『資治通鑑鑑賞』　第88巻　312年〜313年

■資治通鑑第88巻

【解題】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第88巻は永(えい)嘉(か)六年［312年］から建(けん)興(こう)元年［313年］までの2年間を扱っている。

【訳文】

資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)巻八十八　晋(しん)紀(き)十　孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)下(げ)、孝(こう)愍(びん)皇(こう)帝(てい)上(じょう)

【補足】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第88巻は「晋(しん)紀(き)十」に当たり、前半は「孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)下(げ)」、つまり晋(しん)の皇帝が孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の下巻に当たる。孝懐皇帝は晋の三代皇帝司(し)馬(ば)熾(し)。後半は「孝(こう)愍(びん)皇(こう)帝(てい)上(じょう)」、つまり晋の皇帝が孝(こう)愍(びん)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の上巻に当たる。孝愍皇帝は晋の四代皇帝司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)である。

【概略】「八(はち)王(おう)の乱(らん)」の最後の生き残りとなった司(し)馬(ば)越(えつ)が晋(しん)朝(ちょう)の最高実力者というかたちにはなったものの、国としてはもはや崩壊寸前で、天下を動かす主要な力は北方諸民族の側に移ってしまった。その中で、漢(かん)国(こく)では初代皇帝の劉(りゅう)淵(えん)が死んで、後継者争いを経て劉(りゅう)聡(そう)が皇帝となり、晋の都の洛(らく)陽(よう)に総攻撃をかけ、ついに陥落させた。晋の皇帝は漢国の都の平(へい)陽(よう)に連れ去られ、晋は実質的にはここで亡んだ。各地になお散在した晋の残存勢力のうちでまとまった力を比較的安定的に保持していたのは、長江(ちょうこう)の南の建(けん)業(ぎょう)にいた司(し)馬(ば)睿(えい)を中心とする集団であった。

【訳文】

［312-01］永(えい)嘉(か)六年、春、正月、漢(かん)国(こく)の呼(こ)延(えん)皇(こう)后(ごう)が死んだ。謚(おくりな)を武(ぶ)元(げん)という。

［312-02］漢国の鎮(ちん)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)の靳(きん)沖(ちゅう)と平(へい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)の卜(ぼく)珝(く)は并(へい)州(しゅう)を襲った。辛(しん)未(び)、晋(しん)陽(よう)を包囲した。

［312-03］甲(こう)戌(じゅつ)、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は司(し)空(くう)の王(おう)育(いく)の娘と尚(しょう)書(しょ)令(れい)の任(じん)��(がい)の娘をそれぞれ左(さ)昭(しょう)儀(ぎ)と右(ゆう)昭(しょう)儀(ぎ)にし、中(ちゅう)軍(ぐん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)彰(しょう)の娘と中(ちゅう)書(しょ)監(かん)の范(はん)隆(りゅう)の娘、および左(さ)僕(ぼく)射(や)の馬(ば)景(けい)の娘を夫(ふ)人(じん)とし、右(ゆう)僕(ぼく)射(や)の朱(しゅ)紀(き)の娘を貴(き)妃(ひ)として、すべてに金(きん)印(いん)紫(し)綬(じゅ)を与えた。劉聡はさらに太(たい)保(ほう)の劉(りゅう)殷(いん)の娘も納(い)れようとしたので、皇(こう)太(たい)弟(てい)の劉(りゅう)乂(がい)は（同姓同士の婚姻はタブーであると）固く諌めた。劉聡はそのことについて太宰の劉(りゅう)延(えん)年(ねん)や太(たい)傅(ふ)の劉(りゅう)景(けい)に問うと、皆が、「太保［劉殷］は劉(りゅう)康(こう)公(こう)の子孫であると自分で言っています。とすれば陛下とはもともとの先祖が異なりますので、その娘を納れても何ら問題はありません」と言ったので、劉聡は悦び、劉殷の二人の娘の劉(りゅう)英(えい)と劉(りゅう)娥(が)を左(さ)貴(き)嬪(ひん)と右(ゆう)貴(き)嬪(ひん)にして、その位を昭儀の上に置いた。さらに劉殷の四人の孫娘も納れて貴(き)人(じん)とし、その位を貴妃の次に置いた。これより六人の劉氏は後宮において最も寵愛され、劉聡は後宮から出ることがまれになり、政事は中(ちゅう)黄(こう)門(もん)［宦(かん)官(がん)］が奏上することによって決められるようになった。

【補足】漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は、妻の呼(こ)延(えん)皇(こう)后(ごう)［→通鑑310-12の二］が死ぬとタガがはずれてしまったのか、後宮の充実に鋭意努め、あたかも晋(しん)の武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］を見習うかのようにそちら方面に精勤するようになった。洛(らく)陽(よう)や長(ちょう)安(あん)を陥落させはしたものの、安定的に領地を統治する仕組みは全く整えられていないので、皇帝としての仕事はこれからが大切なはずなのだが劉聡にはそうした認識がない。その点も呉(ご)を平定した後の晋の武帝にそっくりで、このことから、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の読者は漢国の滅亡は遠くないと推測するであろう。

【訳文】

［312-04］新(しん)野(や)王(おう)の司(し)馬(ば)歆(きん)の牙(が)門(もん)将(しょう)であった胡(こ)亢(こう)は竟(きょう)陵(りょう)において人を集め、楚(そ)公(こう)を自称して、荊(けい)州(しゅう)一帯を荒らした。胡亢は司馬歆の南(なん)蛮(ばん)司(し)馬(ば)の杜(と)曽(そう)を竟(きょう)陵(りょう)太(たい)守(しゅ)した。杜曽は勇猛で、鎧を着たまま水中を泳ぐことができた。

［312-05］二月、壬(じん)子(し)朔(さく)、日食があった。

［312-06］≪311-23の二☞≫石(せき)勒(ろく)は葛(かつ)陂(ぴ)［建(けん)業(ぎょう)＝南(なん)京(きん)の上流二百キロほどのところ］に壘(とりで)を築き、農作物を取り、舟を造らせて、建業を攻めようとした。琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)は江(こう)南(なん)の人々を寿(じゅ)春(しゅん)［葛(かつ)陂(ぴ)の北西三百キロほどの淮(わい)河(が)沿岸の町］に集め、鎮(ちん)東(とう)長(ちょう)史(し)の紀(き)瞻(せん)を揚(よう)威(い)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)諸(しょ)軍(ぐん)にして石勒を討たせることにした。

たまたま大いに雨が降って、三月になっても止まず、石勒の軍中では飢えと疫病のために大半の者が死ぬありさまとなった。晋(しん)軍(ぐん)がすぐにも攻めて来ると聞いて、将軍たちは集まって議論した［寿春の軍団に北から攻められると石勒は行き場を失う恐れがある］。右(ゆう)長(ちょう)史(し)の刁(ちょう)膺(よう)は、「まず司馬睿に款(かん)［下に付いて友好を求めるしるし］を送り、河(か)朔(さく)［黄(こう)河(が)以北の地域］を平定したことを功績として認めていただいて、司馬睿が軍を退却させてくれるのを待って、それからおもむろに次の手を考えるようにしたらどうでしょうか」と言った。石勒は顔をしかめてひゅうと口を長く鳴らした。中(ちゅう)堅(けん)将(しょう)軍(ぐん)の夔(き)安(あん)は、「とにかく高いところに移って水を避けましょう」と言った。石勒は、「将軍よ、君は臆病であるな」と言った。孔(こう)萇(ちょう)ら三十人余りの将軍は、「我らがそれぞれに兵士を率いて、道を分けて寿春を襲撃し、呉(ご)の将軍の頭を斬り、寿春を根拠地としてそこにある食糧を食べて、今年のうちに丹(たん)楊(よう)を破って江(こう)南(なん)を平定してしまいましょう」と言った。石勒は笑い、「勇将の計であるな」と言って、それぞれに鎧(がい)馬(ば)［武装した馬］を一頭ずつ与えた。石勒は張(ちょう)賓(ひん)の方を見て、「貴君の考えはどうかな」と言った。張賓は、「将軍［石勒］殿は都を攻め落とし、天子を生け捕りにし、王公を殺害し、王妃や皇帝の娘たちを奪い取りました。将軍殿が犯した罪の数は、将軍の髪を抜いて数えても及ばないでありましょう。それでいながらどうして晋の臣として奉仕することなどできましょうか。去年、王(おう)弥(び)を殺した時点で、すでにここにまで来るべきではなかったのです。いま天は数百里にわたって雨を降らせ続け、これは将軍殿がここに留まってはならないことを示しているのであります。鄴(ぎょう)には堅固な三つの宮殿があり、西は平(へい)陽(よう)に接し、四方を山河によって囲まれています。我らは北に移って鄴に拠るべきであります。そこで河北の地を統治し、河北がしっかりと定まりさえしたなら、天下には将軍殿の右に出る者は誰もいないでしょう。晋はいま寿春を保って、将軍殿が攻めてくるのを畏れています。我々が去ったと聞いたならば、自分たちが安泰であるのを喜ぶだけで、我らの後を追って襲って来るようなことは決しないでしょう。我らに不利になるようなことなどできはしないのです。将軍殿はまず輜(し)重(ちょう)［輸送隊］を北に向けて出発させて下さい。一方で、将軍殿は大軍を率いて寿春に向かって下さい。輜重がすでに遠くに去ったならば、それから大軍をおもむろに北に帰すのです。行く場がないなどと心配する必要はまったくありません」と言った。石勒は衣を振るい、髯を叩いて、「よろしい、張君の計で行こう」と言い、刁膺を責めて、「君は孤(わたし)を輔佐する役目に就いていて、ともに大功を成そうとすべきであるのに、どうしてにわかに孤(わたし)に晋に降ることを勧めたのだ。その提案は斬ってしかるべきである。しかし、君が臆病であることは前から知っていたので、今回は特に宥(ゆる)しておこう」と言った。そして刁膺を将軍の地位に落とし、張賓を抜擢して右(ゆう)長(ちょう)史(し)にして、「右(ゆう)侯(こう)」と呼んだ。

石勒は兵を引き上げて葛陂を発ち、石(せき)虎(こ)に二千の騎兵を指揮して寿春に向かわせた。石虎は晋の輸送船に遭い、将士はそれを取ろうとしたが、紀瞻によって敗れた。紀瞻は百里にわたって追いかけ、石勒の軍団に追いついた。石勒は陣を固めて待ち受けた。紀瞻は敢えて攻撃しないで、寿春に帰還した。

【補足】（1）ここに石(せき)勒(ろく)の戦略の大転換が記されている。石勒は長江(ちょうこう)の南の中心都市である建(けん)業(ぎょう)を攻略しようとしたが、天候を初めとして幾つかの悪条件に阻まれて進退窮まり、張(ちょう)賓(ひん)の提言に従って北に帰還することになった。これまでは町を襲って略奪することを繰り返すだけであったのを、安定的に統治するための拠点を作ることへと方針を改めたのである。張賓の名は通鑑309-08で見ていて、国家建設において征服戦から次のステップに進むにはどうしても張賓のような漢(かん)人(じん)の士(し)大(たい)夫(ふ)の力が必要になる。騎馬軍団を使った石勒の戦術は、地形風土の全く異なる江(こう)南(なん)ではほとんど通用しない。それで最も勇猛で知られた石(せき)虎(こ)でさえも紀(き)瞻(せん)の船を使った戦いには全く歯が立たなかった。また、張賓が喝破した通り、司(し)馬(ば)睿(えい)側には寿(じゅ)春(しゅん)から北へと攻め上る気は全くなく、紀瞻は石勒が北に帰るのを見届けるに留まった。北に戦地を移すと、やはり戦術が異なり、歴史的に見ても南方から北を攻めて成功した事例はほとんどない。

（2）石勒が北に帰還したことについて、夷(えびす)を嫌う王(おう)夫(ふう)子(し)も、『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』でその判断に賛辞を贈っている。「王(おう)弥(び)は劉(りゅう)曜(よう)に洛(らく)陽(よう)を都にするよう勧めたが、劉曜が従わなかったために、王弥は劉曜を軽侮して二人は仲たがいした。王弥の知恵は所詮は盗賊のもので、狡猾な夷のために長期的な計を立てることなどできるものではなかった。石勒は劉曜よりも遥かに狡猾で、張(ちょう)賓(ひん)の智は王弥よりも遥か上であった。石勒は、寿(じゅ)春(しゅん)を取ってそこを根拠地とするという孔(こう)萇(ちょう)の策を笑った。南中国は物資が豊かであることは石勒もわかっていたけれど、北方民族には南中国の風土が合わないことの方が問題であった。南の人々にとって春の長雨はいつものことであっても、石勒たちはそれに苦しめられた。地の気と合致しない者を天は佑(たす)けないし、人もそれに服さない。石勒がもしも南中国の豊富な物資を貪ることを利としていたならば、結局は自ら破滅への道を歩んだであろう」

【訳文】

［312-07］≪311-18☞≫漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は晋(しん)の皇帝を会(かい)稽(けい)郡(ぐん)公(こう)に封(ほう)じ、儀(ぎ)同(どう)三(さん)司(し)を加えた。劉聡は従容(ゆったり)と皇帝に言った。「卿(そなた)がかつて予(よ)章(しょう)王(おう)であったときに、朕(ちん)は王(おう)済(せい)君とともに卿(そなた)のところに行った。王済君は卿(そなた)に向かって朕のことを褒めてくれた。すると卿(そなた)は、『以前からお名前を聞いています』と言って、朕に柘(つげ)の弓と銀の研(すずり)を贈ってくれた。卿(そなた)はこのことを覚えていようか」。皇帝は、「どうして忘れましょうか。その日、もっと早くに竜(りゅう)顔(がん)［劉聡のこと］に接することができなかったのを残念に思ったものです」。劉聡は、「卿(そなた)の家ではどうして肉親同士がかくも害(そこな)い合ったのか」。皇帝は、「大(だい)漢(かん)はまさに天より命(めい)を受け、それ故に陛下のために我らは自ずと駆除し合ったのであります。それはほとんど天意によるもので、人によるものではないのです。もしも、臣(わたくし)の家が武(ぶ)皇(こう)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］の業をきちんと奉じて、一族全体が厚く睦み合っていたならば、陛下はどうして天下を得られたでしょうか」。劉聡はそれを聞いて喜び、若い劉(りゅう)貴(き)人(じん)を皇帝の妻として与え、「これは名(めい)公(こう)の孫である。卿(そなた)は善く遇するがよい」と言った。

【補足】（1）晋(しん)の皇帝の司(し)馬(ば)熾(し)と漢(かん)の皇帝の劉(りゅう)聡(そう)の会話が記されている。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』のここの部分は「孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)下(げ)」に含まれていることから、あくまでも晋の皇帝を中心とした記述をしていて、皇帝に格下の郡(ぐん)公(こう)の位が授けられるという変な書き方になっている。囚われの身となった司馬熾は実質的にはもはや皇帝ではないのだが、退位したわけではないので一応はまだ皇帝であると見なしているのだろう。

（2）かつて劉聡を司馬熾にところに連れて行った王(おう)済(せい)の名は通鑑285-02などで見ていて、当時の都の名士の一人として素行はあまりよろしくなかったようだ。劉聡が若いときに洛(らく)陽(よう)に遊学に行き、当時の都の空気に親しんでいたことは通鑑304-12の一で見ている。

（3）司馬熾の返答はなかなかよく考えられた文言であるといえるだろう。囚われの身となった元の皇帝の振る舞いとして、劉(りゅう)禅(ぜん)［→通鑑264-07の二］や孫(そん)皓(こう)［→通鑑280-02］と比べてみるのも一興であろう。

（4）劉聡が司馬熾に与えた若い劉(りゅう)貴(き)人(じん)とは、通鑑312-03で見た劉(りゅう)殷(いん)の四人の孫娘のうちの年少の者なのだろう。女性は柘(つげ)の弓や銀の研(すずり)の返礼品のように扱われている。

【訳文】

［312-08］≪312-02☞≫代(だい)公(こう)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)は晋(しん)陽(よう)を救うための兵を派遣した。三月乙(いつ)未(び)、漢(かん)国(こく)の兵団は敗走した。卜(ぼく)珝(く)の兵が先に奔(はし)ったことから、靳(きん)沖(ちゅう)は勝手に卜珝を捕えて斬った。劉聡は怒り、使者を出して靳(きん)沖を斬った。

［312-09］劉(りゅう)聡(そう)は舅(しゅうと)の子の輔(ほ)漢(かん)将(しょう)軍(ぐん)の張(ちょう)寔(しょく)の二人の娘の張(ちょう)徽(き)光(こう)と張(ちょう)麗(れい)光(こう)を納(い)れて貴(き)人(じん)とした。これは皇(こう)太(たい)后(ごう)の張(ちょう)氏(し)の意向によるものであった。

［312-10］≪310-23☞≫涼(りょう)州(しゅう)主(しゅ)簿(ぼ)の馬(ば)魴(ほう)が張(ちょう)軌(き)に、「命令を発して軍団を出して、帝室を翼戴すべきであります」と説いた。張軌はそれに従い、檄(げき)を関(かん)中(ちゅう)に飛ばし、（長(ちょう)安(あん)に入った）秦(しん)王(おう)［司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)］をともに尊び輔(たす)けよう」と言い、また、「前(ぜん)鋒(ぽう)督(とく)護(ご)の宋(そう)配(はい)には二万の歩兵および騎兵を率いてただちに長安に向かわせ、西(せい)中(ちゅう)郎(ろう)将(しょう)の張(ちょう)寔(しょく)には三万の中軍を、武(ぶ)威(い)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)琠(てん)には二万の胡騎を率いさせて、続けて出発させる」と宣言した。

【補足】ここに二人の張(ちょう)寔(しょく)が登場していて、全くの別人である。漢(かん)の張寔は二人の娘が貴人として召され、晋(しん)の張寔は張(ちょう)軌(き)の長男で［→通鑑308-06］、長(ちょう)安(あん)の支援に向かった。

【訳文】

［312-11］夏、四月丙(へい)寅(いん)、征(せい)南(なん)将(しょう)軍(ぐん)の山(さん)簡(かん)が死んだ。

［312-12］漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は息子の劉(りゅう)敷(ふ)を渤(ぼつ)海(かい)王(おう)に、劉(りゅう)驥(き)を済(せい)南(なん)王(おう)に、劉(りゅう)鸞(らん)を燕(えん)王(おう)に、劉(りゅう)鴻(こう)を楚(そ)王(おう)に、劉(りゅう)勱(まい)を斉(せい)王(おう)に、劉(りゅう)権(けん)を秦(しん)王(おう)に、劉(りゅう)操(そう)を魏(ぎ)王(おう)に、劉(りゅう)持(じ)を趙(ちょう)王(おう)に封(ほう)じた。

［312-13］漢主の劉聡は食事に魚や蟹が供されなかったことをもって左(さ)都(と)水(すい)使(し)者(しゃ)の襄(じょう)陵(りょう)王(おう)の劉(りゅう)攄(ちょ)を斬った。温(おん)明(めい)殿(でん)と徽(き)光(こう)殿(でん)を作らせ、なかなか完成しなかったので将(しょう)作(さく)大(だい)匠(しょう)の望(ぼう)都(と)公(こう)の靳(きん)陵(りょう)を斬った。また、汾(ふん)水(すい)で漁を見物して夜中まで帰らないことがあったので、中(ちゅう)軍(ぐん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)彰(しょう)は、「近頃の陛下の為されることを観て、臣(わたくし)は実に心を痛ませ頭を悩ませております。いま愚民が漢(かん)に心を寄せる思いはまだ十分ではなく、晋(しん)を思う心がなお強くあります。すぐ近くには劉(りゅう)琨(こん)がいて、あちこちに刺客がいます。帝王が軽々しく外に出ますと、たった一人の男でも敵(かたき)になりえます。陛下がこれまでのことを改めて、これから身を慎んでくださるならば、億兆の民にとって甚(はなは)だ幸いであります」と諌めた。劉聡は激怒し、斬るよう命じた。王(おう)夫(ふ)人(じん)は叩(こう)頭(とう)して憐憫を願ったので、それで囚人とした。

皇(こう)太(たい)后(ごう)の張(ちょう)氏(し)は劉聡の刑罰が度を過ぎているとして、三日間食事をとらなかった。皇(こう)太(たい)弟(てい)の劉(りゅう)乂(がい)と単(ぜん)于(う)の劉(りゅう)粲(さん)［劉聡の息子］は櫬(ひつぎ)を荷って［死を覚悟して］切に諫めた。劉聡は怒り、「私が桀(けつ)や紂(ちゅう)［古代の著名な暴君］だとでもいうのか。ぎゃあぎゃあ何を泣くのか」と言った。

太(たい)宰(さい)の劉(りゅう)延(えん)年(ねん)、太(たい)保(ほう)の劉(りゅう)殷(いん)らの公(こう)卿(けい)、列(れつ)侯(こう)の百人余りが、皆で冠をはずして泣きながら、「陛下の功(いさお)は高く徳は厚く、、長い歴史においても比べられる者はほとんどいません。古(いにしえ)の堯(ぎょう)や舜(しゅん)はまさにいまの陛下であります。しかしながら、近頃では陛下はわずかにお気に召さないことがあっただけですぐに王公を斬り、あるいは直言がお気持ちに添わなかったことですぐに大将を捕えました。これは臣(わたくし)たちが竊(ひそか)に理解できないとしているところでありまして、皆が寝食を忘れるほどに憂いております」と言った。劉聡は慨然として、「朕(ちん)はあのときは大酔していて、あれは本心ではなかった。公らがこのことを言ってくれなかったならば、朕は過ちを聞くことができなかった」と言って、それぞれに絹百匹を与えた。侍(じ)中(ちゅう)に命じて王彰を許し、「先帝が君に頼ることは左右の手のようであった。君は私の世でも勲功をまた新たに表した。朕はこのことを忘れない。今回の過ちはどうか水に流し、国を憂う思いを尽くしてくれるのが朕の望みである。いま君を驃(ひょう)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)定(てい)襄(じょう)郡(ぐん)公(こう)に昇進させる。後にまた及ばないことがあったならば、どうかしばしば正してくれ」

【補足】劉(りゅう)聡(そう)は愚劣な帝王へとたちまち成り下がり、ここでは周囲の忠告によって一歩踏み留まったかのように見えたのだが、果たしてどうなるだろうか。

【訳文】

［312-14］≪311-23の二☞≫王(おう)弥(び)が死んでから、漢(かん)国(こく)の安(あん)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)の趙(ちょう)固(こ)や平(へい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)桑(そう)は石(せき)勒(ろく)に併呑されてしまうのを恐れ、兵を引いて（漢国の都の）平(へい)陽(よう)に帰ろうとした。軍中の食糧が乏しく、士卒が食べ合うような状況で、●(こう)磽(ぎょう)津(しん)［●は石＋交］から西へと渡った。劉(りゅう)琨(こん)は兄の子の劉(りゅう)演(えん)を魏(ぎ)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)にして鄴(ぎょう)を守らせていたので、王桑は劉演に攻撃されるのを恐れ、長(ちょう)史(し)の臨(りん)深(しん)を派遣して劉琨に人質を入れた。劉琨は趙固を雍(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)に、王桑を予(よ)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。

［312-15］≪311-24の一☞≫賈(か)疋(ひつ)らは長(ちょう)安(あん)を数カ月間包囲し、漢国の中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)は戦うたびに敗れたので、八万人余りの士女を掠め取って平陽へと奔(はし)った。秦(しん)王(おう)の司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)は雍(よう)州(しゅう)から長安に入った。

五月、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は劉曜を竜(りゅう)驤(じょう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)行(ぎょう)大(だい)司(し)馬(ば)に落とした。劉聡は河(か)内(ない)王(おう)の劉(りゅう)粲(さん)に三(さん)渚(しょ)で傅(ふ)祗(し)を攻撃させ、右(ゆう)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)参(さん)に懐(かい)で郭(かく)黙(もく)を攻撃させた。たまたま傅祗が病気で死んだために城は陥落し、劉粲は傅祗の子孫とその士民二万戸余りを平陽に遷した。

【補足】（1）趙(ちょう)固(こ)と王(おう)桑(そう)の動きは場当たり的であるが、このころのほとんど人々は何とかして生き抜くために、瞬時に判断を変えることを求められていたのだろう。

（2）晋(しん)は長(ちょう)安(あん)の奪還に成功した。日本で南北朝時代から戦国時代にかけての動乱期に京都を手中にすることに執着したように、中国においては洛(らく)陽(よう)や長(ちょう)安(あん)を取ることが極めて重要な軍事目標であると長い時代にわたって人々に意識されていた。

（3）漢(かん)国(こく)では、遠征軍が帰還したり、各地から人を攫ってきたりして、都の平(へい)陽(よう)の人口がしばしば大きく膨れ上がっているようなのだが、肥沃な農地が近郊に存在しない平陽で果たしてどれだけの人間を養えたのだろうか。劉(りゅう)聡(そう)がひたすら子作りに励んでいるのを見ると、家畜が増えるのは財産が増えることであるというように、人口増加は基本的に歓迎すべきことであったのだろうか。

【訳文】

［312-16］≪312-09☞≫六月、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は貴(き)嬪(ひん)の劉(りゅう)英(えい)を皇后に立てたいと思っていた。しかし、張(ちょう)皇(こう)太(たい)后(ごう)は貴(き)人(じん)の張(ちょう)徽(き)光(こう)を立てようとしたので、劉聡はやむをえずそれを許した。劉英はそのすぐ後で死んだ。

［312-17］漢(かん)国(こく)の大(だい)昌(しょう)文(ぶん)献(けん)公(こう)の劉(りゅう)殷(いん)が死んだ。劉殷は大臣として皇帝の意思に逆らってまで意見を述べることはなかったけれど、それでも事柄に応じて規範とすべきことを進言して、国の益になるよう補うことがしばしばあった。漢主の劉聡が群臣と政事を議論しているときに、その是非について劉殷が述べることはなかったが、群臣が退席すると劉殷は独り留まり、劉聡に向かって条理を敷衍し、事柄のしかるべきところを商(しょう)榷(かく)［深掘りして検討］したので、劉聡は必ずそれに従った。劉殷は常に子孫を戒めて、「君主に仕えて為すべきは、機を見て諌めることである。凡人であっても面と向かってその過ちを指摘したのではうまくいかない。まして万(ばん)乗(じょう)の君(きみ)［皇帝］である。諌めることの功績といったら、結局は相手の顔を潰すことに異ならないのであるから、主君の過ちを露わにしないようにするのが優るといえるのだろう」と言っていた。官位としては侍(じ)中(ちゅう)太(たい)保(ほう)録(ろく)尚(しょう)書(しょ)に至り、剣を帯びたまま上殿すること、皇帝の前で小走りをしないでよいこと、輿(こし)に乗ったまま入殿することが許された。劉殷は公(こう)卿(けい)の間にあるときは、いつも恂恂(おどおど)と低く譲るように振る舞っていた。それで驕(きょう)暴(ぼう)の国に身を置きながらも富貴を保ち、名誉ある地位を失わず、天寿をもって終えることができたのである。

【補足】（1）皇后になれなかった劉(りゅう)英(えい)がすぐに死んだのは何か裏の事情があったのだろうか。劉英は劉(りゅう)殷(いん)の娘であるから、張(ちょう)皇(こう)太(たい)后(ごう)と劉殷の間に確執があったのかもしれない。劉殷の振る舞いは処世術としてありうるものであっても、他の者からしたら、一人だけ残って皇帝にこっそり耳打ちしているとんでもなく嫌な奴だということになるだろう。劉殷よりももしも劉聡が先に死んでいたら、その身は危うかったのではないだろうか。

（2）王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で別の視点から劉殷を厳しく批判している。「歴史を論じて劉殷を賢人だとする向きもある。しかし、劉殷には人として見るべきところは何一つとしてない。『機を見て諌める』との劉殷の言葉は、諂(へつら)い者が直言の士を排斥する口実として使われうるものである。臣下はいつでも皇帝に会えるわけではない。皇帝が誤ったことを言ったときに、いずれまた機を見て言おうと言葉を呑み込んでしまったならば、その非がそのまま通って天下を揺るがす事態にもなってしまいかねない。皇帝の過ちを直ちに諌めるのが君子であって、皇帝の顔色を読んで物を言わないのは禄を貪る小(しょう)人(じん)である。凶暴な君主である劉聡のもとで、劉殷は富貴を保つことの計を立て、邪説を唱え、娘を飾って献じて君主に媚びた。つまり、論じる価値などない人物なのである」

【訳文】

［312-18］漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は河(か)間(かん)王(おう)の劉(りゅう)易(えき)を車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)にし、彭(ほう)城(じょう)王(おう)の劉(りゅう)翼(よく)を衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)並びに典(てん)兵(へい)宿(しゅく)衛(えい)にし、高(こう)平(へい)王(おう)の劉(りゅう)悝(り)を征(せい)南(なん)将(しょう)軍(ぐん)にして離(り)石(せき)に置き、済(せい)南(なん)王(おう)の劉(りゅう)驥(き)を征(せい)西(せい)将(しょう)軍(ぐん)にして西(せい)平(へい)城(じょう)を築いてそこに置き、魏(ぎ)王(おう)の劉(りゅう)操(そう)を征(せい)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)にして蒲(ほ)子(し)に置いた。

［312-19］≪312-14☞≫趙(ちょう)固(こ)と王(おう)桑(そう)は懐(かい)から漢(かん)国(こく)に迎えられることを求めた。漢主の劉聡は鎮(ちん)遠(えん)将(しょう)軍(ぐん)の梁(りょう)伏(ふく)疵(し)に兵を率いて迎えに行かせた。それがまだ至らないうちに、長(ちょう)史(し)の臨(りん)深(しん)と将軍の牟(ぼう)穆(ぼく)は叛(そむ)いて一万の人々を連れて劉(りゅう)演(えん)のもとに帰した。趙固は梁伏疵に随って西に行き、王桑は部下を率いて東に青(せい)州(しゅう)に奔(はし)った。趙固は兵士を出してそれを追って曲(きょく)梁(りょう)で王桑を殺し、王桑の将であった張(ちょう)鳳(ほう)は残った人々を連れて劉演のもとに帰した。劉聡は趙固を荊(けい)州(しゅう)刺(し)史(し)領(りょう)河(か)南(なん)太(たい)守(しゅ)にして洛(らく)陽(よう)を統治させた。

［312-20］≪312-06☞≫石(せき)勒(ろく)は葛(かつ)陂(ぴ)から北に進んだが、どこも堅(けん)壁(ぺき)清(せい)野(や)［城壁の中に籠って、野には一物も残さない焦土作戦］で、奪い取る物が何もなく、軍中の飢えは甚だしく、士卒は互いに食い合うまでになった。（黄(こう)河(が)の南の）東(とう)燕(えん)に至ると、（黄河の北側の）汲(きゅう)郡(ぐん)の向(しょう)氷(ひょう)が数千の人々を集めて枋(ぼう)頭(とう)に防御壁を築いていると聞き、石勒は黄河を渡ってもそこで向氷に迎え撃ちにされてしまうのを恐れた。張(ちょう)賓(ひん)は、「向氷の船はいまは全て瀆(とく)中(ちゅう)にあってまだ陸に上げられていません。軽兵を出して間道を走らせて船を奪い取り、それで大軍を渡すのがよろしいでしょう。大軍が渡り終えたなら、向氷はきっと擒(とりこ)にできます」。

秋、七月、石勒は支(し)雄(ゆう)や孔(こう)萇(ちょう)に文(ぶん)石(せき)津(しん)から筏を作って密かに黄河を渡らせてその船を奪った。石勒は兵を率いて棘(きょく)津(しん)から黄河を渡り、向氷を撃って大いに破り、そこに蓄えてあった物資を全て奪った。それで軍の勢いがまた振るうようになり、ついに長駆して鄴(ぎょう)に至った。（劉(りゅう)琨(こん)から鄴を任されていた）劉(りゅう)演(えん)は三(さん)台(だい)［鄴の三宮殿］を保って守りを固め、臨(りん)深(しん)と牟(ぼう)穆(ぼく)は部下を率いて石勒に降った。

石勒の諸将は三台を攻めようとした。張賓は、「劉演は弱いとはいっても数千の者がいて、三台は堅固でありますから、これを攻めても簡単には抜くことができないでしょう。ここは捨て置くなら、きっと自ずと潰れます。いまは王(おう)浚(しゅん)と劉琨こそが公(こう)［石勒］にとっての大敵であります。先にそちらに対処すべきで、劉演などは顧みるまでもありません。いま天下は飢え乱れ、明(めい)公(こう)［石勒］は大軍を擁してはいましても、各地を移動し続けていたのでは人々に定まった心がありません。これは万全を保って四方を制する方策ではありません。条件のよい場所を選んでそこを根拠地とし、広く食糧や物資を集め、西に平(へい)陽(よう)に稟(はか)っておもむろに幽(ゆう)州(しゅう)［王浚］、并(へい)州(しゅう)［劉琨］を図るのがよろしいでしょう。それこそが霸王の業であります。（鄴(ぎょう)の北の町である）邯(かん)鄲(たん)あるいは襄(じょう)国(こく)は形勝の地でありますから、どちらか一つを選んで都とすることを願います」と言った。石勒は、「右(ゆう)侯(こう)［張賓］の計でいこう」と言った。ついに進んで襄国を拠点とすることになった。

張賓はまた石勒に、「王浚と劉琨は、我らがいまここにいるのをひどく嫌っています。城の守りがまだ固められず、物資がまだ広く集められないうちに、二方の敵が交互に来てしまうのを恐れないではいられません。いま野にある穀物を収穫し、使者を平陽に出して、ここを居場所とする意図を申し述べるのがよいでしょう」と言った。石勒はそれに従い、諸将を分けて（北東の町の）冀(き)州(しゅう)を攻撃させ、郡県の壘(とりで)の多くを降して、そこにあった穀物を襄国へと運び込んだ。また漢主の劉聡に上奏文を出したので、劉聡は石勒を都(と)督(とく)冀(き)幽(ゆう)并(へい)営(えい)四(し)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)冀(き)州(しゅう)牧(ぼく)にして上(じょう)党(とう)公(こう)に昇格させた。

【補足】苦労して黄(こう)河(が)の北の地に帰り着いた石(せき)勒(ろく)は、参謀の張(ちょう)賓(ひん)の意見を入れて、ついに根拠地とすべき場所を定めた。このときの黄河以北の状況をおおまかに見ると、北東の縁の幽(ゆう)州(しゅう)に王(おう)浚(しゅん)が、その南東数百キロの襄(じょう)国(こく)に石勒が、そのまた西方数百キロの平(へい)陽(よう)に劉(りゅう)聡(そう)が、そしてその北方二百キロの并(へい)州(しゅう)に劉(りゅう)琨(こん)が、そして平陽の南西数百キロの長(ちょう)安(あん)に司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)がいるという構図になっている。

【訳文】

［312-21］劉(りゅう)琨(こん)は、十月を期として平(へい)陽(よう)に集まって漢(かん)を撃つべしとの檄(げき)を各地の州郡に飛ばした。劉琨はもともと奢(しゃ)豪(ごう)［贅沢で派手好き］で、声(せい)色(しょく)［艶っぽい遊び］を好んだ。河(か)南(なん)の徐(じょ)潤(じゅん)は音律が得意だったので劉琨に可愛がられ、劉琨は徐潤を晋(しん)陽(よう)令(れい)にした。徐潤は驕(おご)って恣(ほしいまま)に振る舞い、政事に口出しした。護(ご)軍(ぐん)令(れい)の令(れい)狐(こ)盛(せい)はしばしばそれはよろしくないと言い、劉琨に徐潤を殺してしまうよう勧めていた。劉琨はそれには従わず、徐潤は盛んに令狐盛のことを劉琨に謗(そし)った。劉琨は令狐盛を捕えて殺した。劉琨の母は、「そなたは豪傑たちを制御して遠い謀(はかりごと)を成し遂げることができないのか。己よりも勝るものを除くようなことばかりしていたら、禍(わざわい)がきっとそなた自身に及ぶだろう」と言った。

令狐盛の子の令(れい)狐(こ)泥(でい)は漢に奔り、劉琨の内情を具さに述べた。漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は大いに喜び、河(か)内(ない)王(おう)の劉(りゅう)粲(さん)、中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)に兵士を率いて并(へい)州(しゅう)を攻撃させ、令狐泥を案内役とした。劉琨はそれを聞くと東に出て、兵士を常(じょう)山(ざん)と中(ちゅう)山(ざん)に集め、郝(かく)詵(しん)と張(ちょう)喬(きょう)に劉粲が来るのを防がせた。かつ使者を送って代(だい)公(こう)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)に救援を求めた。郝詵と張喬はともに敗死し、劉粲と劉曜は虚に乗じて晋(しん)陽(よう)［并州の中心都市］を攻撃した。太(たい)原(げん)太(たい)守(しゅ)の高(こう)喬(きょう)と并(へい)州(しゅう)別(べつ)駕(が)の郝(かく)聿(いつ)は晋陽をもって漢に降伏した。八月庚(こう)戌(じゅつ)、劉琨は引き返して晋陽を救おうとしたが間に合わなかったので、数十騎の部下を連れて常山に奔った。辛(しん)亥(がい)、劉粲と劉曜は晋陽に入った。壬(じん)子(し)、令狐泥は劉琨の父母を殺した。

劉粲と劉曜は（晋(しん)の）尚(しょう)書(しょ)の盧(ろ)志(し)、侍(じ)中(ちゅう)の許(きょ)遐(い)、太(たい)子(し)右(ゆう)衛(えい)率(しゅつ)の崔(さい)瑋(い)を平陽に送った。劉聡は劉曜をまた車(しゃ)騎(き)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)にし、前(ぜん)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)豊(ほう)を并(へい)州(しゅう)刺(し)史(し)にして晋陽を統治させた。九月、劉聡は盧志を太(たい)弟(てい)太(たい)師(し)に、崔瑋を太(たい)傅(ふ)に、許遐を太(たい)保(ほう)に、高喬や令狐泥を武(ぶ)衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)にした。

【補足】劉(りゅう)琨(こん)は晋(しん)の北の拠点を独り守って、その気構えはなかなか大したものであるとしても、上に立つ人間としては欠点が目立ち、失策によって晋(しん)陽(よう)は陥落し、父母を殺されてしまった。ただしこれで終わったわけではなく、まだ二転三転する。劉琨は困ったときの拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)頼みで［→通鑑311-25］、その救援を待った。

【訳文】

［312-22］己(き)卯(ぼう)、漢(かん)国(こく)の衛(えい)尉(い)の梁(りょう)芬(ふん)が長(ちょう)安(あん)に奔(はし)った。

【補足】梁(りょう)芬(ふん)がどのような人物なのか、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』からはわからないのだが、晋(しん)の懐(かい)帝(てい)［司(し)馬(ば)熾(し)］の妻であった梁(りょう)皇(こう)后(ごう)［→通鑑306-14］の父である。漢の軍団によって洛(らく)陽(よう)が陥落したときに、懐帝は平(へい)陽(よう)に連れ去られ［→通鑑311-18］、梁芬は漢から衛(えい)尉(い)の官を授けられ、いつしかの時にどこからか脱出に成功して長(ちょう)安(あん)に逃げ込んだ。一方で、梁皇后は消息不明であった。

【訳文】

［312-23］≪312-15☞≫辛(しん)巳(し)、賈(か)疋(ひつ)らは秦(しん)王(おう)の司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)を奉じて皇太子とした。司馬鄴は行(こう)台(だい)を長(ちょう)安(あん)に建て、壇に登って天を祀り、宗(そう)廟(びょう)および社(しゃ)稷(しょく)［地の神の神殿］を建て、大赦を下した。閻(えん)鼎(てい)を太(たい)子(し)�･(せん)事(じ)にして庶政全般を見させ、賈疋に征(せい)西(せい)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)を加え、秦(しん)州(しゅう)刺(し)史(し)の南(なん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)保(ほう)を大(だい)司(し)馬(ば)にした。司空の荀(じゅん)藩(はん)に命じて遠近を統治させ、光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)の荀(じゅん)組(そ)を司(し)隸(れい)校(こう)尉(い)として予(よ)州(しゅう)刺(し)史(し)にして、荀藩とともに開(かい)封(ほう)を確保させた。

【補足】長(ちょう)安(あん)では国家としての体制を何とかして整えようとした。閻(えん)鼎(てい)とは別れて東方に残った荀(じゅん)藩(はん)は東における拠点作りを命じられた。なお、司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)の母は荀(じゅん)勗(きょく)の娘で、荀藩とは兄弟である。

【訳文】

［312-24］≪312-10☞≫（晋(しん)に反抗していた）秦(しん)州(しゅう)刺(し)史(し)の裴(はい)苞(ほう)は要害の地に拠って涼(りょう)州(しゅう)からの兵団と戦った。張(ちょう)寔(しょく)、宋(そう)配(はい)らはそれを撃って破り、裴苞は柔(じゅう)凶(きょう)塢(お)に奔(はし)った。

［312-25］冬、十月、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は息子の劉(りゅう)恆(こう)を代(だい)王(おう)に、劉(りゅう)逞(てい)を呉(ご)王(おう)に、劉(りゅう)朗(ろう)を穎(えい)川(せん)王(おう)に、劉(りゅう)皋(こう)を零(れい)陵(りょう)王(おう)に、劉(りゅう)旭(きょく)を丹(たん)楊(よう)王(おう)に、劉(りゅう)京(けい)を蜀(しょく)王(おう)に、劉(りゅう)坦(たん)を九(きゅう)江(こう)王(おう)に、劉(りゅう)晃(こう)を臨(りん)川(せん)王(おう)に封(ほう)じた。王(おう)育(いく)を太(たい)保(ほう)に、王(おう)彰(しょう)を太(たい)尉(い)に、任(じん)��(がい)を司(し)徒(と)に、馬(ば)景(けい)を司(し)空(くう)に、朱(しゅ)紀(き)を尚(しょう)書(しょ)令(れい)に、范(はん)隆(りゅう)を左(さ)僕(ぼく)射(や)に、呼(こ)延(えん)晏(あん)を右(ゆう)僕(ぼく)射(や)にした。

【補足】劉(りゅう)聡(そう)が大勢の息子たちに王の位を与えるのは、通鑑310-12、312-012に続いて3回目で、何よりも後宮での勤めを優先した成果である。むろん娘もたくさんいたのだろう。

【訳文】

［312-26］≪312-21☞≫代(だい)公(こう)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)は息子の拓(たく)跋(ばつ)六(ろく)脩(しゅう)と兄の子の拓(たく)跋(ばつ)普(ふ)根(こん)、将軍の衛(えい)雄(ゆう)、范(はん)班(はん)、箕(き)澹(たん)らを派遣して数万人を率いて前鋒として晋(しん)陽(よう)を攻撃させるとともに、拓跋猗盧自ら二十万人を率いてそれに続いた。劉(りゅう)琨(こん)は散り散りになった兵士数千を集め、拓跋猗盧の道案内をした。

拓跋六脩と漢国の中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)が汾(ふん)東(とう)で戦った。劉曜は敗れ、七カ所の傷を負って馬から墜ちた。そのとき討(とう)虜(りょ)将(しょう)軍(ぐん)の傅(ふ)虎(こ)が劉曜に馬を授けようとしたが劉曜は受け取らなかった。「卿(そなた)が乗って逃れるがよい。私の傷は重い。ここが死に場所なのだ」と劉曜は言った。傅虎は泣いて、「私は大王様に識(し)っていただいたお陰でこのような身になりましたので、常に大王様に命を捧げたいと思っておりました。その時がいまなのです。漢(かん)室(しつ)は基(もとい)を開いたばかりで、天下に私などいなくてもよいのですが、大王様なしではいけなのです」と言って、劉曜を助けて馬に乗せ、馬を走らせ汾(ふん)河(が)を渡らせた。一方で、傅虎は戻って戦死した。劉曜は晋陽に入り、夜に大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)粲(さん)、鎮(ちん)北(ほく)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)豊(ほう)とともに晋陽の民をさらって蒙(もう)山(ざん)を越えて（平(へい)陽(よう)に）帰ろうとした。

十一月、拓跋猗盧はそれを追って藍(らん)谷(こく)において戦い、漢兵は大敗した。劉豊を擒(とりこ)にし、邢(けい)延(えん)ら三千人余りを斬り、屍(しかばね)が数百里にわたって続いた。

拓跋猗盧は寿(じゅ)陽(よう)山(ざん)で大規模な狩猟を行った。並べた獲物の血で山全体が赤く染まるほどであった。劉琨は軍門から歩いて入り、拓跋猗盧に拝謝し、軍をさらに進めることを強く願った。拓跋猗盧は、「私が早くに来なかったために、卿(そなた)の父母が害されてしまったのは誠に慚愧に堪えません。いま卿(そなた)はすでに州域を回復し、我らは遠くからきて兵士も馬も疲弊しております。しばし後挙を待たれよ。劉聡はまだ滅ぼせるものではありません」と言って、劉琨に馬、牛、羊各千頭余りと、車百乗を与えて還り、部下の箕(き)澹(たん)や段(だん)繁(はん)らを残して晋陽を守らせた。

劉琨は居所を陽(よう)曲(きょく)に移して逃げ去った者を集めた。盧(ろ)�ｪ(じん)は劉粲の参軍となっていたが、逃げて劉琨のもとに帰った。それで漢国は盧�ｪの父の盧(ろ)志(し)と弟の盧(ろ)謐(ひつ)、盧(ろ)詵(せん)を殺した。また傅虎に幽(ゆう)州(しゅう)刺(し)史(し)を追贈した。

【補足】鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)が北から救援に駆け付けると、その圧倒的な軍事力によってたちまち漢(かん)国(こく)の軍団は晋(しん)陽(よう)から駆逐された。その際に、傅(ふ)虎(こ)の忠義物語と盧(ろ)志(し)一家の悲劇が生じた。盧志は後漢(ごかん)の時代から続く名門の出で、一家は劉(りゅう)琨(こん)のもとに身を寄せていた。漢によって晋陽が占領されたときに平(へい)陽(よう)に連れ去られ［→通鑑312-21］、息子の盧(ろ)�ｪ(じん)は劉(りゅう)粲(さん)に用いられて晋陽に残った。劉粲が敗れて逃げたときに盧�ｪは劉琨のもとに戻ったのだが、漢側にいた盧志たちは殺されてしまった。

【訳文】

［312-27］≪312-16☞≫十二月、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は張(ちょう)氏(し)を皇后に立て、その父の張(ちょう)寔(しょく)を左(さ)光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)にした。

［312-28］彭(ほう)仲(ちゅう)蕩(とう)の子の彭(ほう)天(てん)護(ご)はもろもろの胡(えびす)を率いて（長(ちょう)安(あん)を守る）賈(か)疋(ひつ)を攻撃した。彭天護は負けたふりをして走り、賈疋はそれを追い、夜に谷に中に墜ちた。彭天護は賈疋を捕えて殺した。漢(かん)国(こく)は彭天護を涼(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。

人々は始(し)平(へい)太(たい)守(しゅ)の麴(きく)允(いん)を推して（賈疋の後任として）雍(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)に据えた。閻(えん)鼎(てい)と京(けい)兆(ちょう)太(たい)守(しゅ)の梁(りょう)綜(そう)は（長安における）権力を争い合い、ついに閻鼎は梁綜を殺した。麴允と撫(ぶ)夷(い)護(ご)軍(ぐん)の索(さく)綝(ちん)、馮(ひょう)翊(よく)太(たい)守(しゅ)の梁(りょう)肅(しゅく)は兵力を合わせて閻鼎を攻め、閻鼎は雍州に逃れ、氐(てい)竇(とう)首(しゅ)によって殺された。

【補足】長(ちょう)安(あん)の司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)の政権は寄り合い所帯で安定しなかった。司馬鄴を皇太子に擁立した中心人物であった賈(か)疋(ひつ)は、かつて彭(ほう)仲(ちゅう)蕩(とう)を殺していたことから［→通鑑311-24］、その息子の彭(ほう)天(てん)護(ご)によって討たれてしまった。その後を埋めるごたごたを経て、麴(きく)允(いん)と索(さく)綝(ちん)らが権力を荷うことになった。

【訳文】

［312-29］≪312-20☞≫（襄(じょう)国(こく)の東の）広(こう)平(へい)郡(ぐん)の游(ゆう)綸(りん)と張(ちょう)豺(さい)は数万の人々を擁して苑(えん)郷(きょう)を拠点にして、王(おう)浚(しゅん)の統制下に入った。石(せき)勒(ろく)は夔(き)安(あん)や支(し)雄(ゆう)ら七将を派遣してそこを攻撃し、外壘を破った。王浚は督(とく)護(ご)の王(おう)昌(しょう)を出して、諸軍および遼(りょう)西(せい)公(こう)の段(だん)疾(しつ)陸(りく)眷(けん)、段疾陸眷の弟の段(だん)匹(ひつ)磾(てい)、段(だん)文(ぶん)鴦(おう)、従弟の段(だん)末(まつ)柸(はい)の部族の五万を率いて襄国の石勒を攻撃させた。

段疾陸眷は渚(しょ)陽(よう)に駐屯した。石勒は諸将を出してそれと戦ったが、全て敗れた。段疾陸眷は攻め道具を大々的に作って城を攻めようとしたために、石勒配下の人々は甚(はなは)だ懼(おそ)れた。石勒は将軍たちを集めて協議した。「いまこの城の構えはまだ固められていないし、食糧の蓄えも多くない。敵は多く、我らは少ない。外からの救授もない。全軍をもって決戦に出ようと思うがどうだろうか」と石勒は言った。諸将は、「堅く守って、敵が疲れて退却するのを待って攻撃するのがよいと思います」と言った。張(ちょう)賓(ひん)と孔(こう)萇(ちょう)は、「鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の中でも、段氏が最も勇(ゆう)悍(かん)［勇ましくたけだけしい］で、そのなかでも段末柸が最も甚しく、敵の鋭卒は全て段末柸のもとにいます。いま聞くところでは、段疾陸眷は日を決めて北城を攻めようとしています。その兵士たちは遠くから来て、戦闘を毎日続けて疲れています。我らは孤立して弱いと思っているので、我らが出て戦おうとしなければ、連中はきっと気を緩めて怠けるでありましょう。しばらくは城からは出ないで、怯えているのを見せましょう。その間に北城を鑿(うが)って突(とつ)門(もん)［突撃するための出口］を二十余り作っておき、敵がいよいよ攻めてきて、向こうの隊陣が定まる前に、不意に突門より出て、直ちに段末柸の陣を衝くのです。段末柸はきっと震駭し、対応する暇もないままにきっと破れるでありましょう。段末柸が負ければ、その他の連中は攻める前に潰れるに違いありません」と言った。石勒はそれに従い、密かに突門を作った。

段疾陸眷が北城を攻め始めると、石勒は城に登ってそれを望み、敵の将士が武器を手放して寝ているのを見て、鋭卒を率いて突門から出て攻撃するよう孔萇に命じた。城の上では太鼓を打ってその勢いを助けた。孔萇は段末柸の陣を攻め、しかし勝てなかったので退却した。段末柸はそれを追い、壘(とりで)の門から入った。石勒の兵士たちは段末柸を生け捕りにした。段疾陸眷らの軍団は退却し、孔萇は勝ちに乗じて追撃した。屍(しかばね)が三十里余りにわたって連なり、鎧(がい)馬(ば)五千頭を獲た。段疾陸眷は残った人々を集めて、渚陽に戻って駐屯した。

石勒は使者を派遣して、段末柸を人質として和を結ぶことを段疾陸眷に求めた。段疾陸眷はそれを許そうとしたが、段文鴦は、「段末柸一人をもって、いまにも亡びるはずの敵を縦(ゆる)したとあっては、王浚様にきっと怨まれ、後の患いを招くでありましょう」と諌めたが、段疾陸眷は従わなかった。段疾陸眷は鎧馬や金銀を石勒に贈って、段末柸の三人の弟を代わりの人質として段末柸を返してもらうことを願った。一方、石勒側では諸将は口を揃えて段末柸を殺すことを勧めたのだが、石勒は、「遼(りょう)西(せい)の鮮卑族は健国［強い国］であり、我らとはもともと仇敵でも何でもない。段氏は王浚に使われているだけなのだ。いま一人を殺して、一国と怨みを結ぶのはよいはかりごとではない。段末柸を帰せば、きっと深く我らを徳として、もはや王浚の用を為すことはないだろう」と言った。そして金や絹を厚く贈って応酬し、石(せき)虎(こ)を派遣して、段疾陸眷と渚陽で盟を結び、兄弟の約束をした。

こうして段疾陸眷は退却したので、（王浚が派遣した）王昌らはもはや留まっていることができなくなって、兵を引いて薊(けい)州(しゅう)に帰った。

石勒は段末柸のために酒宴を開き、父子の誓いをしてから、遼西に帰した。段末柸は帰る道すがら、一日に三回、（石勒のいる）南に向って拝礼した。これより段氏は専ら石勒に心を寄せることになり、王浚の勢いは衰えて行った。

游綸、張豺は石勒に降伏した。石勒は信(しん)都(と)を攻め、冀(き)州(しゅう)刺(し)史(し)の王(おう)象(しょう)を殺した。王浚はまた邵(しょう)挙(きょ)を冀州刺史にして信都を保った。

【補足】襄(じょう)国(こく)を根拠地として定めたばかりの石(せき)勒(ろく)はすぐに大きな危機を見舞われた。敵対関係にある王(おう)浚(しゅん)が鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の段(だん)氏(し)［→通鑑303-11］に出撃を要請したのである。このころ、鮮卑族の拓(たく)跋(ばつ)氏(し)の軍団が漢(かん)国(こく)軍(ぐん)を圧倒していたように［→通鑑312-26］、武力で鮮卑族に適う者はいなかった。石勒はかろうじて勝利し、段氏と盟を結びことに成功した。これによって石勒の地盤が一気に強固になった。段(だん)末(まつ)柸(はい)がすっかり心服したのを見ると、石勒には人間的な魅力があったのだろう。

【訳文】

［312-30］この年、疫病が大流行した。

［312-31の一］≪311-15☞≫王(おう)澄(ちょう)は若いときから兄の王(おう)衍(えん)とともにその名が天下に知れ渡っていた。かつて劉(りゅう)琨(こん)は王澄に、「卿(そなた)は見た目は軽やかで明るく、内実は動きやすく任侠に傾きがちである。それは世間を生き抜く上では、よい死に場所を得にくいのかもしれない」と言ったことがあった。王澄は荊(けい)州(しゅう)に赴任してからは、内(ない)史(し)の王(おう)機(き)を好み、自身の亜(コピー)であると思って、心の内をすっかり委ね、外に対しては己の手足のように使った。王澄はしばしば杜(と)弢(とう)に敗れ、声望も実態もすっかり損なわれてしまった。それでも傲(ごう)然(ぜん)と自得(うぬぼれ)たまま憂(ゆう)懼(く)する様子はなく、王機と日夜酒を飲み、博打(ばくち)ばかりしていた。これによって人々の心がすっかり離れてしまった。南(なん)平(ぺい)太(たい)守(しゅ)の応(おう)�･(せん)がしばしば諌めたが聞かなかった。

【補足】流民のリーダーとなった杜(と)弢(とう)が長(ちょう)江(こう)中流域でその勢力範囲を広げていて、荊(けい)州(しゅう)刺(し)史(し)の王(おう)澄(ちょう)がそれを討伐すべきキーパーソンであるのだが、最後に醜態をさらした王(おう)衍(えん)［→通鑑311-13］の弟として、やはり危機に対処できるような人間ではなかった。王澄が荊州にきてから日夜酒にひたっていたことはすでに通鑑307-21で見ている。

【訳文】

［312-31の二］王(おう)澄(ちょう)は自ら出軍して杜(と)弢(とう)を撃ち、作(さく)塘(とう)県(けん)に軍団を置いた。もとの山(さん)簡(かん)の参(さん)軍(ぐん)だった王(おう)沖(ちゅう)は人々とともに応(おう)�･(せん)を迎えて荊(けい)州(しゅう)刺(し)史(し)にしようとした。しかし応�･は王沖が無頼であることから見捨てて南(なん)平(ぺい)に帰った。それで王沖は刺史を自称した。

王澄は（帰る場を失って）懼(おそ)れ、その将の杜(と)蕤(ずい)に江(こう)陵(りょう)を守らせて、自身は孱(せん)陵(りょう)県(けん)に移り、ついで沓(とう)中(ちゅう)に奔(はし)った。別(べつ)駕(が)の郭(かく)舒(じょ)が、「使(し)君(くん)［王澄］は州に臨んで優れた政(まつりごと)があるわけではないとしても、それでも一州の人心を繋ぎとめるべきお方であります。いま西に進んで華(か)容(よう)県(けん)の兵士を集めるなら、この小悪党［王沖］を擒(とりこ)にできるでありましょう。どうして自ら棄てて、俄かに逃げようとなさるのですか」と諌めた。王澄はそれには従わず、郭舒を連れて長(ちょう)江(こう)を東に下ろうとした。郭舒は、「私は一州の紀綱を正す役目を与えられていながらそれができず、いまや使君が奔って逃げる事態となってしまいました。私としては長江を渡るのはまことに忍び難いことです」と言って、沌(とん)口(こう)に留まった。琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)はこのことを聞いて、王澄を呼んで軍(ぐん)諮(し)祭(さい)酒(しゅ)にして、軍諮祭酒の周(しゅう)��(がい)と王澄を交代させることにした。王澄はそれに応じて赴いた。

周��が荊州に至ると、建(けん)平(ぺい)の流民の傅(ふ)密(みつ)らが叛いて杜弢を迎え入れようとした。杜弢の別将の王(おう)真(しん)は沔(べん)陽(よう)を襲い、周��は狼狽して為すすべを知らなかった。

征(せい)討(とう)都(と)督(とく)の王(おう)敦(とん)は武(ぶ)昌(しょう)太(たい)守(しゅ)の陶(とう)侃(かん)、尋(じん)陽(よう)太(たい)守(しゅ)の周(しゅう)訪(ほう)、歴(れき)陽(よう)内(ない)史(し)の甘(かん)卓(たく)を派遣して杜弢を撃たせた。王敦は進んで予(よ)章(しょう)に駐屯して、諸軍が続くのを待った。

王澄は（長江を下る途中で）王敦のもとに詣で、自身の名声がもともと王敦の上にあったことをもって、昔のままのつもりで王敦を侮った。王敦は怒り、王澄は杜(と)弢(とう)と交流があったと誣告し、壮士を使って王澄を扼(やく)殺(さつ)した。（王澄の亜(コピー)である）王機は王澄が死んだと聞いて禍(わざわい)が及ぶのを懼れ、父の王(おう)毅(き)も兄の王(おう)矩(く)もかつて広(こう)州(しゅう)刺(し)史(し)であったことから、広州に赴任することを王敦に求めた。王敦は許さなかった。たまたま広州の将の温(おん)邵(しょう)らが刺史の郭(かく)訥(とつ)に叛いて、王機を迎えて刺史にしようとした。王機は門生や私兵を千人余り連れて広州に入った。郭訥は兵士を出してそれを拒んだ。その兵士はもともと王機の父や兄にときにその部下であったので、戦わずに王機にもとに降った。郭訥はそれで刺史の地位を降りて王機に授けた。

【補足】（1）王(おう)澄(ちょう)は当事者能力がゼロでさっさと長(ちょう)江(こう)を下って逃げて行こうとした。途中で会った王(おう)敦(とん)は同族であるが、王澄の見下した態度に腹を立てて殺してしまった。周章狼狽した周(しゅう)��(がい)も北から逃げてきた人物で［→通鑑311-24の二］、司(し)馬(ば)睿(えい)は自己の政権を固めるためには、あまりあてにはできずともそのような北の人脈を使う必要があった。

（2）事件の連鎖は予期しない方向に進み、王(おう)機(き)が広(こう)州(しゅう)に行ったことで次の展開が生じる。

【訳文】

［312-32］≪310-20☞≫王(おう)如(じょ)の軍中は食糧がなくなり、官軍が討つとその一党の多くの者が降った。王如は打つ手がなく、ついに王(おう)敦(とん)に降った。

［312-33］鎮(ちん)東(とう)軍(ぐん)司(じ)の顧(こ)栄(えい)、前(ぜん)太(たい)子(し)洗(せん)馬(ば)の衛(えい)玠(かい)が死んだ。衛玠は衛(えい)瓘(かん)の孫で、外見も精神も美しく、清談を善くした。常日頃考えていたのは、人に及ばないところがあっても思いやりをもって接し、意見が衝突したときには理(ことわり)をもってそれを解消するということで、いつでも喜びや怒りの色を見せることがなかった。

【補足】顧(こ)栄(えい)［→通鑑307-16］も衛(えい)玠(かい)も北から逃れてきた名士である。中国四大美男というのがあって、潘(はん)岳(がく)、蘭(らん)陵(りょう)王(おう)、宋(そう)玉(ぎょく)、衛玠の4人を挙げるのが一般的であるらしい。潘岳については通鑑291-02の五や300-14の二で見ていて、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』からはろくでもない人間だったという印象しか得られない。蘭陵王はしばらく後の時代の人、宋玉はずっと昔の人で、衛玠は潘岳が死んだときには15歳であったから、四大美男のうち2人が同時にこの世に存在するという奇跡の時期があったことになる。『資治通鑑』のここの記事には衛玠は心がけのよい人であったように記されている。衛玠はもともと病弱で、北からやっとの思いで建(けん)業(ぎょう)へと逃れて来たのだが、城門をくぐると、評判の美男子を一目見ようと見物客が殺到し、もみくちゃになって少しも進めなくなった。わずかな距離の宿舎まで三日を要し、到着後間もなく死んでしまった。美男子も度が過ぎると人の視線によって殺されてしまうという気の毒な事例とされている。

【訳文】

［312-34］≪311-11☞≫江(こう)陽(よう)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)啓(けい)は益(えき)州(しゅう)刺(し)史(し)の王(おう)異(い)を殺してその代わりとなった。張啓は張(ちょう)翼(よく)の孫である。張啓はその後すぐに死んだので、三府の文武官はともに涪(ふ)陵(りょう)太(たい)守(しゅ)の向(しょう)沈(ちん)を西(せい)夷(い)校(こう)尉(い)として涪(ふ)陵(りょう)を保つことを朝廷に申し出た。

［312-35］南(なん)安(あん)の赤(せき)亭(てい)にいた羌(きょう)族(ぞく)の姚(よう)弋(よく)仲(ちゅう)は東の楡(ゆ)眉(び)に移動した。戎(えびす)や夏(か)［漢人］の数万の人々が老人や赤ん坊を背負ってそれに従った。姚弋仲は護(ご)羌(きょう)校(こう)尉(い)雍(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)扶(ふ)風(ふう)公(こう)を自称した。

【補足】ここにまた次代の英雄が登場する。姚(よう)弋(よく)仲(ちゅう)は羌(きょう)族(ぞく)の長で、南(なん)安(あん)は長(ちょう)安(あん)と涼(りょう)州(しゅう)との中間点あたり。西方から様々な人が波状的に流入して、中国の政治、軍事に大きな影響を与えている。

【訳文】

孝(こう)愍(びん)皇(こう)帝(てい)上(じょう)

【補足】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』はこれより孝(こう)愍(びん)皇(こう)帝(てい)上(じょう)となる。

【訳文】

［313-01］建(けん)興(こう)元年、春、正月丁(てい)丑(ちゅう)朔(さく)、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は群臣と光(こう)極(ぎょく)殿(でん)で宴(うたげ)を開き、（晋(しん)の）懐(かい)帝(てい)［司(し)馬(ば)熾(し)］に青(せい)衣(い)［召使の服］を着せて酒の酌をさせた。（もとの晋(しん)の臣であった）庾(ゆ)鈱(びん)、王(おう)儁(しゅん)らは悲憤に堪えられずに慟哭した。劉聡はそれを憎んだ。ある人が庾鈱らは平(へい)陽(よう)において劉(りゅう)琨(こん)に応じて事を図ろうとしていると告げた。二月丁(てい)未(び)、劉聡は庾鈱、王儁らもとの晋(しん)臣(しん)十人余りを殺し、懐帝もまた害に遭った。劉聡は大赦を下し、会(かい)稽(けい)の劉(りゅう)夫(ふ)人(じん)をまた貴(き)人(じん)とした。

［荀(じゅん)�ｯ(すう)による評語］懐(かい)帝(てい)は、天から与えられた姿は清(せい)劭(しょう)［清らかで気高い］で、若くして英(えい)猷(ゆう)［優れた考え］を著(あら)わした。もしも平和な時代であったならば、文明の伝統を守る佳(よ)い天子になれたであろう。しかし、恵(けい)帝(てい)［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］の擾乱の後を継いで、東(とう)海(かい)王(おう)［司(し)馬(ば)越(えつ)］が政治を専らにし、幽(ゆう)王(おう)、��(れい)王(おう)［太古の愚帝の典型］のような釁(きず)はなかったにもかかわらず、流亡の禍(わざわい)に遭ってしまったのだ。

【補足】（1）劉(りゅう)聡(そう)はもとの晋(しん)の皇帝の司(し)馬(ば)熾(し)に召使の格好をさせて愚弄した挙句に殺してしまった。司馬熾は30歳であった。「会(かい)稽(けい)の劉(りゅう)夫(ふ)人(じん)」とは、会(かい)稽(けい)公(こう)に封(ほう)じられた司馬熾の夫人で、これは劉聡が与えた女性であった［→通鑑312-07］。劉聡をそれをまた自分の手元に戻したのであって、劉聡の倫理観は当時としてもかなりいかれている。

（2）『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』は荀(じゅん)�ｯ(すう)の言葉を引いている。荀�ｯは司馬熾と同時代の人で、洛(らく)陽(よう)が陥落した際に脱出し、途中で母を喪うなど苦難の末に密(みつ)県(けん)に逃れた［→通鑑311-19］。司馬熾を間近に見ていた荀�ｯはここに記されているようなことをしばしば言って慨嘆したという。

【訳文】

［313-02］乙(いつ)亥(い)、漢(かん)国(こく)の皇(こう)太(たい)后(ごう)の張(ちょう)氏(し)が死んだ。謚(おくりな)を光(こう)献(けん)とした。張(ちょう)皇(こう)后(ごう)［皇太后の姪］は哀しみに耐えられず、丁(てい)丑(ちゅう)、やはり死んでしまった。謚を武(ぶ)孝(こう)とした。

［313-03］己(き)卯(ぼう)、漢国の定(てい)襄(じょう)忠(ちゅう)穆(ぼく)公(こう)の王(おう)彰(しょう)が死んだ。

［313-04］三月、漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は貴(き)嬪(ひん)の劉(りゅう)娥(が)を皇后に立て、皇后のために●(こう)儀(ぎ)殿(でん)を建てようとした［●は皇＋鳥］。廷(てい)尉(い)の陳(ちん)元(げん)達(たつ)はそれを強く諌めた。「天が民を生み、君主を樹(た)てて民を司(し)牧(ぼく)［養い治める］させるのは、一兆の民の命をもって一人の欲を窮めさせるためではありません。晋(しん)氏(し)が徳を失い、大(だい)漢(かん)がその後を受けましたのは、民衆がほっと息をつくことを待ち望んでいたからであります。光(こう)文(ぶん)皇(こう)帝(てい)［劉(りゅう)淵(えん)］は簡素な服を着て、敷物を重ねることもなく、后妃にきらびやかな衣はなく、乗る馬も餌が十分ではなかったのは、何よりも民を大切になさったからであります。陛下は即位されてから、すでに四十余りもの宮殿を作られ、それに加えてしばしば遠征軍を出して絶えず食糧を輸送し、民衆は饑饉と疾疫のために死ぬ者が続出しております。ここでさらに新築に意を注がれますのは果たして民の父母たる者の意(こころ)なのでありましょうか。いまなお晋の遺類が西は関(かん)中(ちゅう)に拠り、南は長(ちょう)江(こう)一帯をほしいままにしています。さらに李(り)雄(ゆう)は巴(は)や蜀(しょく)を抑え、王(おう)浚(しゅん)と劉(りゅう)琨(こん)は我らの肘や腋を窺い見ており、石(せき)勒(ろく)や曹(そう)嶷(ぎょう)からの貢納物は途絶えがちとなっています。陛下はこうした事態に目を向けずに憂えず、中宮様のために御殿を作られようしていますのは、果たしてそれが目前の急務だからなのでありましょうか。かつて前(ぜん)漢(かん)の文(ぶん)帝(てい)は平和な世に食糧が十分に行き渡っているときであっても、なお百金の費えを惜しんで露台の建設をやめさせました。陛下は荒乱の後を受け、所有する土地は文帝の広大な領土のうちのわずか二郡でしかありません。文帝が備えをしなければならない相手は匈(きょう)奴(ど)と南(なん)越(えつ)だけでありました。しかし宮殿の驕りはいまやここに至り、臣(わたくし)は敢えて死を冒して言わずにはいられないのであります」。劉聡は激怒し、「朕(ちん)は天子である。一殿を営むだけのことに、どうして鼠のようなきさまにがたがた言われなければならないのか。妄言をもって衆人を惑わそうというのか。この鼠を殺さなければ、朕は建物を作れないのか」。左(さ)右(ゆう)［近(きん)習(じゅう)］に命じて、「曳き出してこやつを斬れ。その妻子とともに東の市(いち)に首をさらし、鼠どもに穴をあけさせるのだ」と言った。

そのとき劉聡は逍(しょう)遙(よう)園(えん)の李(り)中(ちゅう)堂(どう)にいた。陳元達は腰に鎖を付けて入り、すぐに鎖を堂下の樹に繋ぎ、「臣(わたくし)が申し上げたのは国家の計であります。しかし陛下は臣(わたくし)を殺します。（前漢の時代に成(せい)帝(てい)を諌めた）朱(しゅ)雲(うん)は言ったものです。『臣(わたくし)が（殺されて）竜(りゅう)逢(ほう)［暴君の桀(けつ)王(おう)を諫めて殺された］や比(ひ)干(かん)［暴君の紂(ちゅう)王(おう)を諌めて殺された］と（あの世で）遊べるのなら満足です』と」。左右はその身体を曳いたが動かすことができなかった。

大(だい)司(し)徒(と)の任(じん)��(がい)、光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)の朱(しゅ)紀(き)、范(はん)隆(りゅう)、驃(ひょう)騎(き)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)河(か)間(かん)王(おう)の劉(りゅう)易(えき)らが叩(こう)頭(とう)［土下座して額を擦り付ける］して額から血を流しながら、「陳元達は先(せん)帝(てい)［劉淵］に知られ、漢国を興した最初のときから幕(ばく)下(か)に抜擢され、忠を尽くし、思慮を尽くし、知ることがあれば必ず申し上げてきました。臣(わたくし)どもは禄を竊(ぬす)み安楽を偸(ぬす)むだけで、陳元達を見るたびに恥じずにはいられませんでした。いま言うところは狂直ではありましても、どうか陛下におかれましては許容されますように。諫(かん)諍(そう)をもって居並ぶ公(こう)卿(けい)を斬ったならば、後世の評価はどのようになるでありましょうか」。劉聡は押し黙ってしまった。

劉皇后はこのことを聞くと、左右の者に命じて刑を止めさせ、自ら手記を書いて上言した。「いま宮殿はすでに備わっていて、さらに営むまでもありません。天下はまだ一つになっておりませんので、民の力を大切にすべきです。廷尉［陳元達］の言葉は国家にとっての福であります。陛下はどうか封賞を加えられますように。そうでなくて誅殺しましたなら、天下は陛下のことをどのように思うでしょうか。忠臣が諫めるときにはもとより自身の身など顧みません。人主は諫めを拒むときもやはりその身を顧みません。陛下が妾(わたくし)のために御殿を作って、諫言する大臣を殺しましたなら、忠良の者の口を閉ざさせたのは妾(わたくし)であって、天下の人々は妾(わたくし)を怨み怒り、公私が疲弊しているのは妾(わたくし)のせいであり、国家が危うくなっているのも妾(わたくし)のせいであるとして、天下の罪は全て妾(わたくし)に集まってしまいましょう。妾(わたくし)はそのようなことにどうして耐えられましょうか。古(いにしえ)から国が敗れ家を喪うありさまを観ますに、どれも婦人に原因があることを妾(わたくし)は心の内で常に憎んでおりました。思いがけず今や妾(わたくし)がそれをしているのです。妾(わたくし)が昔の憎むべき婦人を視るのと同じように、後世の者は妾(わたくし)のことを視るようになりましょう。妾(わたくし)は面目がなく、この堂において死を賜り、陛下の過ちを塞ぐことを願うものであります」。劉聡はこれを見て顔色を変えた。

任��らは叩(こう)頭(とう)して泣き続けた。劉聡はおもむろに言った。「朕はここのところいささか風(ふう)疾(しつ)［心の病］を得ているようで、喜怒の度合いが普通ではなく、自制がきかないときがある。陳元達は忠臣である。朕はまだ十分にそれがわかっていなかった。諸公は額を破ってそれを明らかにしてくれた。誠に輔(ほ)弼(ひつ)の義を得たものである。朕は恥じてこのことを心に収め、敢えて忘れることはない」と言って、任��らに冠をかぶって坐に就くよう命じ、陳元達を殿上に上がらせて劉皇后の文章を見せた。「外には公(こう)［陳元達］のような輔(たす)けがあり、内には皇后のような輔けがあるなら、朕は何ら憂いはない」と言って、任��らにそれぞれ褒美を与え、逍遙園を納(のう)賢(けん)園(えん)に、李中堂を愧(き)賢(けん)堂(どう)に改めた。劉聡は陳元達に、「卿(そなた)は朕を畏れていたであろうが、かえって朕が卿(そなた)を畏れるようになった」と言った。

【補足】（1）ここの記事を読んで、うっかり同じところをまた見てしまったかと感じたかもしれない。われわれはこれとそっくりのことをすでに通鑑312-12で見ていて、つまりは劉(りゅう)聡(そう)が性根を改められるとは全く期待できないのである。

（2）新たに皇后になって皇帝を諌めた劉(りゅう)娥(が)は劉(りゅう)殷(いん)の孫娘である。劉殷は、面と向かって皇帝を諌めるのではなく、機会を見てやんわりと意見を言うのがよいとしていた［→通鑑312-17］。それに反して、陳(ちん)元(げん)達(たつ)は真正面から諌めたために危うく殺されそうになった。陳元達が劉(りゅう)淵(えん)によって用いられたことは通鑑304-16で見ている。劉淵と劉聡では上に立つ者としての度量の差は極めて大きく、二代目がこうも駄目だと、「売り家と唐(から)様(よう)で書く三代目」ではないが、漢(かん)国(こく)の将来はかなり危ういと思わないわけにはいかない。

【訳文】

［313-05］≪312-34☞≫西(せい)夷(い)校(こう)尉(い)の向(しょう)沈(ちん)が死に、人々は汶(びん)山(ざん)太(たい)守(しゅ)の蘭(らん)維(い)を推して西夷校尉とした。蘭維は役人や人々を率いて北に出て巴(は)東(とう)に向かおうとした。成(せい)国(こく)の将軍の李(り)恭(きょう)と費(ひ)黒(こく)がそれを迎え撃ち、人々を獲た。

［313-06］夏、四月丙(へい)午(ご)、懐(かい)帝(てい)が殺されたことが長(ちょう)安(あん)に伝わり、皇太子［司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)］は哀しみの声を挙げた。皇太子は元服し、壬(じん)申(しん)、帝位に即(つ)いた。大赦を下し、（建(けん)興(こう)に）改元した。衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の梁(りょう)芬(ふん)を司(し)徒(と)に、雍(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)の麴(きく)允(いん)を尚(しょう)書(しょ)左(さ)僕(ぼく)射(や)録(ろく)尚(しょう)書(しょ)事(じ)に、京(けい)兆(ちょう)太(たい)守(しゅ)の索(さく)綝(ちん)を尚(しょう)書(しょ)右(ゆう)僕(ぼく)射(や)領(りょう)吏(り)部(ぶ)京(けい)兆(ちょう)尹(いん)にした。このとき長安城中は百戸に満たず、蒿(よもぎ)や棘(いばら)が林のように茂り、公私合わせても車は四台しかなく、百官には位に応じた服も印綬もなく、桑の木の板に官職を書いたものがあるだけだった。ついで索綝を衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)領(りょう)太(たい)尉(い)にして、軍事国政を悉く委ねた。

［313-07］漢(かん)国(こく)の中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)、司(し)隸(れい)校(こう)尉(い)の喬(きょう)智(ち)明(めい)が長(ちょう)安(あん)に来襲した。平(へい)西(せい)将(しょう)軍(ぐん)の趙(ちょう)染(せん)が人々を率いて救援に赴いた。詔(みことのり)を下して麴(きく)允(いん)に黄(こう)白(はく)城(じょう)で防戦させた。

【補足】懐(かい)帝(てい)［司(し)馬(ば)熾(し)］の死を受けて、長(ちょう)安(あん)で司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)が晋(しん)の第四代皇帝として即位した。このとき14歳であった。長(ちょう)安(あん)は一国の首都として存立しうる条件を何一つ具えていなかった。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、「司馬鄴が長安に入ったのは必然的に亡びることを選択するものであった」と論じている。「長安は後(ご)漢(かん)の時代から荒れて都を置くべきところではなくなっていた。このとき、長安は石(せき)勒(ろく)からも劉(りゅう)聡(そう)からも侵入しやすく、張(ちょう)軌(き)の涼(りょう)州(しゅう)とは遠く隔たって孤立し、南西の蜀(しょく)の地には李(り)特(とく)が割拠していた。天下でまだしも安定していたのは長(ちょう)江(こう)の南側の地だけであったから、司馬鄴がもしも洛(らく)陽(よう)の南に逃れ、長江の近くに留まっていたならば、晋朝の回復の可能性もわずかにあったのかもしれない」

【訳文】

［313-08］≪312-29☞≫石(せき)勒(ろく)は石(せき)虎(こ)に鄴(ぎょう)を攻めさせた。鄴は潰(つい)え、劉(りゅう)演(えん)は廩(りん)丘(きゅう)に奔(はし)った。三(さん)台(だい)にいた流民は全て石勒に降った。石勒は桃(とう)豹(ひょう)を魏(ぎ)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)にしてそれを治めさせた。その後、石虎が桃豹に代わって鄴を統治した。

かつて劉(りゅう)琨(こん)は陳(ちん)留(りゅう)太(たい)守(しゅ)の焦(しょう)求(きゅう)を用いて兗(えん)州(しゅう)刺(し)史(し)にし、一方で荀(じゅん)藩(はん)は李(り)述(じゅつ)を用いて兗州刺史にした。李述は焦求を攻めようとしたので、劉琨は焦求を呼び戻した。鄴城が陥落すると、劉琨は劉演を兗州刺史にして廩丘を治めさせた。

前(ぜん)中(ちゅう)書(しょ)侍(じ)郎(ろう)の郗(ち)鑒(かん)は若いときから清節をもって名を著わした。郗鑒は高(こう)平(へい)の千戸余りを率いて乱を避けて嶧(えき)山(ざん)を保った。琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)は郗鑒を用いて兗州刺史にして鄒(すう)山(ざん)を治めさせた。

こうして三人の兗州刺史がそれぞれ一郡を居場所としたので、兗州の役人や民衆は誰に従えばよいのかわからなかった。

【補足】石(せき)勒(ろく)が鄴(ぎょう)を陥落させたことに関連して、鄴とは黄(こう)河(が)をはさんで南側の兗(えん)州(しゅう)の混乱状況が記されている。

【訳文】

［313-09］琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)は前(ぜん)廬(ろ)江(こう)内(ない)史(し)の華(か)譚(たん)を軍(ぐん)咨(し)祭(さい)酒(しゅ)にした。華譚はかつて周(しゅう)馥(ふく)を頼って寿(じゅ)春(しゅん)にいたことがあった。司馬睿は華譚に、「周馥はどうして叛(そむ)いたのか」と尋ねた。華譚は、「周馥は死にましたが、天下の人々はいまも周馥は直言の士であったと考えています。周馥は寇(こう)賊(ぞく)がそこらに充満しているので、都を移すことで国難を緩和させようとしました。しかし、執(しっ)政(せい)［司(し)馬(ば)越(えつ)］はそれを悦ばずに、兵を興して討ちました。周馥が死んで時を置かずに洛(らく)陽(よう)は陥落してしまいました。このようなことからすると、周馥が叛いたというのは、事実に反して誣(そし)るものであったのではないでしょうか」と言った。司馬睿は、「周馥は征鎮の地位にあって強兵を握っていた。都に召しても上京しないで危うい状況にあるのを支えようとしなかった。これは天下の罪人ではないか」「確かに、危うい状況を支えなかったことは、天下の人々とともに責めを受けるべきでありましょうが、それは周馥一人のことではないのであります」

司馬睿の参(さん)佐(さ)［幕僚］の多くは難事を避けて楽をしようという傾向があった。録(ろく)事(じ)参(さん)軍(ぐん)の陳(ちん)頵(いん)は司馬睿に、「洛(らく)陽(よう)が泰平であったときに、朝廷の士は小(しょう)心(しん)恭(きょう)恪(かく)［注意深く慎重に行動する］であるのは凡俗であるとし、偃(えん)蹇(けん)倨(きょ)肆(し)［驕り自分勝手に行動する］であるのを優雅であるとし、その風潮に天下が染まって、国が敗れるに至りました。いまここの同僚たちも洛陽の弊害の余波を承けて、評判を高めることが己を高めることだとしています。これは、前の車がすでに覆った軌道をそのままなぞって後ろの車も進むようなものであります。今後は役目を授かりながら病だと称して辞退する者は全て免官にするよう願います」と言った。司馬睿はそれには従わなかった。

かつて三人の王が趙(ちょう)王(おう)の司(し)馬(ば)倫(りん)を誅殺したときに、「己(き)亥(がい)格(かく)」を定めて功を賞して以来、その規定に従った運用がなされていた。陳頵は、「かつて趙王は皇位の簒奪を謀って恵(けい)帝(てい)は位を失い、三人の王が挙兵して趙王を討ちました。そのときに、義に向かおうとする心を人々に抱かせるために賞を厚くしました。いまでは功績の大小によらずに全てを『己亥格』に従って判断するようになり、そのために士卒の身でありながら金(きん)印(いん)紫(し)綬(じゅ)を佩(お)び、符(ふ)策(さく)［功績を顕彰する特別なしるし］が僕(ぼく)隸(れい)の門にも掲げられるまでになっています。これは本当に力量のある者を重んじて、紀綱を正すことにはつながりません。どうか一切を停止しますように」と言った。

陳頵は低い身分の出身でしばしば正論を述べたので、官員にはそれを嫌う者が多くいた。それで陳頵は外に出されて譙(しょう)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)となった。

【補足】（1）建(けん)業(ぎょう)の司(し)馬(ば)睿(えい)のもとに集まった人々の中から、ここには華(か)譚(たん)と陳(ちん)頵(いん)の言動が記録されている。周(しゅう)馥(ふく)が遷都を提案して司(し)馬(ば)越(えつ)に討伐されたことは通鑑310-22と311-05で見ていて、討伐には司馬睿も加わっているので、周馥を弁護するのは勇気を要する行為であった。三人の王が司(し)馬(ば)倫(りん)を誅殺した経緯は通鑑301-07で見ていて、このころは権力闘争で勝った側が極端なまでに賞を濫発していたので、それがそのままずっと踏襲されていたとは驚きである。陳頵については、父親が家を建てて門を作ろうとしたときに、まだ若かった陳頵が、「馬車を入れられるくらい大きくすべきです」と言ったというエピソードが有名である。馬車で門を出入りするような高い位に自分は昇ってみせるとの意気込みを若い陳頵は示したのである。

（2）褒賞を濫発することを留めるようにとの陳(ちん)頵(いん)の提言について、王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、「このときに褒賞を抑制したならば、世の乱れは功名を立てる好機である見るような人は夷(い)狄(てき)盗(とう)賊(ぞく)の方に流れてしまっただろう。そのような連中は中国としては恃(たの)みとするような者ではないとしても、夷狄盗賊側に付いたならかなりの脅威になりうるような者ではあるので、褒賞を厳密化するのはよい策ではない」と論じていて、ではどうしたらよいのかというと、「天子や大臣の志を明らかにすべし」と、上から人心を教化していくことを主張している。信念の人である王夫子らしい考え方ではあるが、実効性があるとは思えない。

【訳文】

［313-10］呉(ご)興(こう)太(たい)守(しゅ)の周(しゅう)玘(き)の一族は強く盛んであったので、琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)はそれをすこぶる警戒していた。司馬睿の左右で事を用いる者の多くは中(ちゅう)州(しゅう)［洛(らく)陽(よう)や長(ちょう)安(あん)の一帯］から逃れてきた官員であり国の守りを失った士でありながら、もとの呉(ご)国(こく)の人々の上に立っていたので、呉の人々はすこぶる怨んでいた。周玘は自ら失職し、また刁(ちょう)協(きょう)に軽んじられたことをもって、甚(はなは)だ恥じ、怒りを強めていた。それで密かにその一党とともに、執政を誅殺して、南方の士と交代させることを謀った。しかし事が洩れたために、周玘は憂憤の余り死んでしまった。死に際してその息子の周(しゅう)勰(きょう)に、「私を殺したのはもろもろの傖(そう)子(し)どもだ。あやつらに復讐してくれてこそ我が子である」と言った。

【補足】ここには司(し)馬(ば)睿(えい)政権の内部に深刻な南北対立があったことが記されている。それを象徴的に示すのが最後にある「傖(そう)子(し)」という語で、「傖」とはいやしい田舎者という意味合いである。晋(しん)国(こく)によって征服されたもとの呉(ご)国(こく)の人々は、もともと晋国側の人々を快く思っていなかったのに加えて、政治を乱して都を失って逃げ込んできたくせに上に立って威張っていると強く恨むようになっていた。そうした南の人々を代表するのが周(しゅう)玘(き)であった。周玘は義勇兵を指揮して三度も内乱を鎮め、民衆から絶大な信頼を得ていたのだが［→通鑑310-05］、政権内における地位は高くなかった。「自ら失職し、また刁(ちょう)協(きょう)に軽んじられた」とあることについて『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』には具体的な記述はなく、また「事が洩れた」という経緯も省略されているが、周玘の恨みは息子に引き継がれたのだった。

【訳文】

［313-11］≪311-21☞≫石(せき)勒(ろく)は上(じょう)白(はく)で李(り)�ﾂ(うん)を攻撃し、李�ﾂを斬った。王(おう)浚(しゅん)は薄(はく)盛(せい)を青(せい)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。

［313-12の一］≪312-29☞≫王浚は棗(さん)嵩(すう)に命じて諸軍を指揮して易(えき)水(すい)に駐屯させ、段(だん)疾(しつ)陸(りく)眷(けん)を呼んでともに石(せき)勒(ろく)を撃とうとした。段疾陸眷は来なかったので王浚は怒った。王浚は拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)に重く賄賂を贈り、また慕(ぼ)容(よう)廆(かい)らに檄(げき)を送ってともに段疾陸眷を討とうした。拓跋猗盧は右(ゆう)賢(けん)王(おう)の拓(たく)跋(ばつ)六(ろく)脩(しゅう)に兵を率いて合流させたが、段疾陸眷によって敗れた。慕容廆は慕(ぼ)容(よう)翰(かん)を出して段氏を攻めようとして、徒(と)河(か)の新(しん)城(じょう)を取って陽(よう)楽(らく)に至ったが、拓跋六脩が敗れて還ったと聞いて、慕容翰は留まって徒河に駐屯し、青(せい)山(ざん)に防衛壁を作った。

【補足】中国の北東部での勢力争いが記されている。王(おう)浚(しゅん)、石(せき)勒(ろく)、段(だん)疾(しつ)陸(りく)眷(けん)、拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)、慕(ぼ)容(よう)廆(かい)の5人の実力者の名が挙げられていて、もともと晋(しん)朝(ちょう)の将軍として幽(ゆう)州(しゅう)に派遣された王浚のほかは北方遊牧民の出身である。この中から誰が抜け出すのか。

【訳文】

［313-12の二］初めのころは、中国の士民で乱を避ける者の多くは王(おう)浚(しゅん)を頼って北に行った。しかし王浚はそうした人々を受け入れて慈しむことができず、また政法を正しく立てることもできなかったので、士民は来ては去ってしまうのだった。一方で段(だん)氏兄弟は武勇だけを尚(とうど)び、士(し)大(たい)夫(ふ)［教養人］を礼遇しなかった。ただ慕(ぼ)容(よう)廆(かい)の政事は明快で整っていて、人を大切に重んじたので、士民の多くはそちらに帰するようになった。慕容廆は英俊の者を挙げ、才能に応じて任務を授けた。河(か)東(とう)の裴(はい)嶷(ぎょく)、北(ほく)平(へい)の陽(よう)耽(たん)、廬(ろ)江(こう)の黄(こう)泓(こう)、代(だい)郡(ぐん)の魯(ろ)昌(しょう)を謀(ぼう)主(しゅ)［相談役］とし、広(こう)平(へい)の游(ゆう)邃(すい)、北(ほっ)海(かい)の逢(ほう)羨(せん)、北(ほく)平(へい)の西(せい)方(ほう)虔(けん)、西(せい)河(が)の宋(そう)奭(せき)および封(ほう)抽(ちゅう)、裴(はい)開(かい)を股(こ)肱(こう)［腹心の部下］とし、平(へい)原(げん)の宋(そう)該(がい)、安(あん)定(てい)の皇(こう)甫(ほ)岌(きゅう)、皇甫岌の弟の皇(こう)甫(ほ)真(しん)、蘭(らん)陵(りょう)の繆(びゅう)�ﾄ(がい)、昌(しょう)黎(れい)の劉(りゅう)斌(ひん)および封(ほう)弈(えき)、封(ほう)裕(ゆう)に重要事項を管理させた。封裕は封(ほう)抽(ちゅう)の子である。

かつて裴嶷は昌(しょう)黎(れい)太(たい)守(しゅ)であった。誠実で実行力があり、また兄の裴(はい)武(ぶ)は玄(げん)菟(と)太(たい)守(しゅ)であった。裴武が死ぬと、裴嶷は兄の子の裴(はい)開(かい)とともに喪に服すために帰郷する途中で慕容廆のもとを過った。慕容廆は礼をもって敬って迎え、立ち去る際には手厚く贈り物をした。二人が進んで遼(りょう)西(せい)に至ったところで、（戦乱のために）道が塞がっていたので、裴嶷は戻って慕容廆のもとに行こうとした。裴開は、「郷里は南にあるのにどうして北に行くのですか。流寓の身をどこかに置くにしても、段(だん)氏(し)は強くて慕容氏は弱いのに、郷里に帰ろうともせずに慕容氏に付くなどどうしてできましょうか」と言った。裴嶷は、「中国は乱れ、いま郷里に帰ろうとするのは、二人で虎の口に飛び込むようなものだ。しかも道は遠いのだから、到達するはずがない。もし道が通じるまで待つとしたら、どれだけの歳月がかかるのかわからない。いま足を置く場所を求めるに当たって、慎重に人を選ばなければならない。汝(そなた)が観て段氏には遠略があると思うか、かつ国士をよく待遇してくれると思うか。慕容公は仁を修め義を行い、霸王の志があって、加えて国は豊かで民は安らかである。いま行って慕容公に従うならば、うまくすれば功名を立てることができるだろうし、少なくとも我が一族はその庇護を受けることができるだろう。汝(そなた)は疑うでない」と言った。裴開はそれに従い、慕容廆のもとに行くと大喜びで迎えられた。

陽耽は実直で明敏で、かつて遼(りょう)西(せい)太(たい)守(しゅ)となっていた。慕(ぼ)容(よう)翰(かん)が陽(よう)楽(らく)で段氏を破ったときに、陽耽を獲た。慕容廆は礼をもって陽耽を迎えて用いた。

游邃、逢羨、宋奭らはいずれもかつて昌(しょう)黎(れい)太(たい)守(しゅ)となり、黄(こう)泓(こう)とともに薊(けい)州(しゅう)に避難し、後に慕容廆のもとに帰した。王浚はしばしば手紙を送って游邃の兄の游(ゆう)暢(よう)を呼ぼうとし、游暢はそれに応じて赴こうとした。游邃は、「王浚は刑政が整っていません。中国と戎(えびす)が戦い合っているいま、私が見るところでは、王浚は長く保てないでしょう。兄上はじっと構えて待つべきです」と言った。游暢は、「王浚は残忍で疑い深い。このごろでは流民が北にくると、それを追っ払って殺しているという。今この手紙は丁寧であるが、私がぐずぐず行かずにいると、その累(るい)が卿(そなた)に及ぶであろう。乱世においては一族を分けた方が子孫を遺せると期待できよう」と言ったので、游邃はそれに同意した。それで游暢はついに王浚とともに没したのだった。

宋該は平原の杜(と)群(ぐん)、劉(りゅう)翔(しょう)とともに先に王浚のもとにいて、それから段氏を頼ったのだが、いずれも身を託するに足りないと考え、他の流寓の人々を連れて慕容廆のもとに帰した。

東(とう)夷(い)校(こう)尉(い)の崔(さい)��(ひ)は皇甫岌を呼んで長(ちょう)史(し)にしようとして、言葉を丁寧に誘ったのだが、呼び寄せることができなかった。慕容廆が皇甫岌を招くと、皇甫岌と弟の皇(こう)甫(ほ)真(しん)は直ちにともに至った。

遼(りょう)東(とう)の張(ちょう)統(とう)は楽(らく)浪(ろう)と帯(たい)方(ほう)の二郡を根拠地として、高(こう)句(く)麗(り)王(おう)の乙(いつ)弗(ふつ)利(り)と対立し、毎年のように戦っていた。楽浪の王(おう)遵(じゅん)は張統にその民千戸余りを率いて慕容廆のもとに帰すよう説いた。慕容廆は楽浪郡を置いて、張統を太守に、王遵を参(さん)軍(ぐん)事(じ)にした。

【補足】ここには慕(ぼ)容(よう)廆(かい)のもとに優れた人々が次々に集まってきていたことが記されている。

【訳文】

［313-13］≪312-3☞≫王(おう)如(じょ)の残党の涪(ふ)陵(りょう)の李(り)運(うん)、巴(は)西(せい)の王(おう)建(けん)らは襄(じょう)陽(よう)から三千戸余りを率いて漢(かん)中(ちゅう)に入った。梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の張(ちょう)光(こう)は参(さん)軍(ぐん)の晋(しん)邈(ばく)に兵を指揮させてそれを拒んだ。晋邈は李運や王建から賄賂を受け、張光に受け入れるよう勧めた。張光はそれに従い、成(せい)固(こ)に置いた。ところが、晋邈は李運や王建やその徒が珍宝を持っているのを見て、それらを全て取ってやろうと思い、張光に今度は、「李運や王建の連中は農事に就こうとしないで、もっぱら武具を整えています。何を考えているのかわからないので、全て殺してしまうのがよいでしょう。そうしなければ必ず乱が起こるでしょう」と説いた。張光はそれに同意した。

五月、晋邈は兵士を率いて李運、王建を攻撃して殺した。王建の婿の楊(よう)虎(こ)は残った人々を集めて張光を討ち、厄(やく)水(すい)に駐屯した。張光は息子の孟(もう)萇(ちょう)にそれを討たせたが勝てなかった。

【補足】流民の受難は続く。かつては漢(かん)中(ちゅう)から襄(じょう)州(しゅう)方面へと移動した流民もいたが、ここでは逆方向に動いている。

【訳文】

［313-14］壬(じん)辰(しん)、（皇帝は）琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)を左(さ)丞(じょう)相(しょう)大(だい)都(と)督(とく)督(とく)陝(せん)東(とう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)に、南(なん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)保(ほう)を右(ゆう)丞(じょう)相(しょう)大(だい)都(と)督(とく)督(とく)陝(せん)西(せい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にした。そして詔(みことのり)が下された。「いまこそ鯨鯢(げいげい)［巨大クジラ＝強大な敵］を掃除して、梓(し)宮(きゅう)［懐(かい)帝(てい)の棺］を奉迎すべきときである。幽(ゆう)州(しゅう)［王(おう)浚(しゅん)］、并(へい)州(しゅう)［劉(りゅう)琨(こん)］の両州は三十万の兵士をもってただちに平(へい)陽(よう)［漢(かん)国(こく)の都］に向かうように。右丞相［司馬保］は秦(しん)州(しゅう)、涼(りょう)州(しゅう)、梁(りょう)州(しゅう)、雍(よう)州(しゅう)の兵団三十万を指揮して長(ちょう)安(あん)に詣でるように。左丞相［司馬睿］は配下の精兵二十万を率いて直ちに洛(らく)陽(よう)に向かうように。この重大な時期にともに赴いて、偉大な功績を成し遂げるようにせよ」。

【補足】長(ちょう)安(あん)の皇帝の司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)が発したこの詔(みことのり)は何なのだろうか。ドラえもんの四次元ポケットのように、たちまち三十万、三十万、二十万という軍団が飛び出てくると本気で思っていたのだろうか。最後の望みをあまりにも虚しいこの詔に託していたかと思うと悲しくなる。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、「司馬鄴が皇帝となったのは賈(か)疋(ひつ)らが立てただけであって、天下の心は司馬鄴のもとに集まっていたわけではない。左(さ)丞(じょう)相(しょう)、右(ゆう)丞(じょう)相(しょう)に任じられた二人の王に対して、司馬鄴が命令を発するような状況にはなく、その詔は実現性のない戯れのようなものであった。司馬鄴としては、皇太子の地位に留まって、二人の王と協力して晋朝の再興に務めるのがまだしも最善の策であっただろう」と論じている。

【訳文】

［313-15］漢(かん)国(こく)の中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)が蒲(ほ)板(はん)に出陣した。

［313-16］≪313-11☞≫石(せき)勒(ろく)は孔(こう)萇(ちょう)に定(てい)陵(りょう)を攻撃させ、（王(おう)浚(しゅん)の部下の）田(でん)徽(き)を殺した。（やはり王浚の部下で青(せい)州(しゅう)刺(し)史(し)の）薄(はく)盛(せい)は人々とともに石勒に降った。山(さん)東(とう)の郡県はこうして相次いで石勒の取るところとなった。漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は石勒を侍(じ)中(ちゅう)征(せい)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)にした。烏(う)桓(がん)族(ぞく)も王浚に叛(そむ)き、密かに石勒に付いた。

［313-17］≪312-26☞≫六月、劉(りゅう)琨(こん)は代(だい)公(こう)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)と陘(けい)北(ほく)で合流して漢(かん)国(こく)を討とうと謀った。

秋、七月、劉琨は進んで藍(らん)谷(こく)に拠り、拓跋猗盧は拓(たく)跋(ばつ)普(ふ)根(こん)を出して北(ほく)屈(くつ)に駐屯させた。劉琨は監(かん)軍(ぐん)の韓(かん)拠(きょ)を西(せい)河(が)から南に進ませて西(せい)平(へい)を攻撃しようとした。漢(かん)主(しゅ)の劉(りゅう)聡(そう)は大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)粲(さん)らを出して劉琨を防がせ、驃(ひょう)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)易(えき)らを出して拓跋普根を防がせ、蕩(とう)晋(しん)将(しょう)軍(ぐん)の蘭(らん)陽(よう)らを出して西平の守りを助けさせた。劉琨らはそのことを聞くと、兵を引いて還った。劉聡は諸軍を各地に駐屯させて、進撃の機会を狙った。

［313-18の一］皇帝は殿(でん)中(ちゅう)都(と)尉(い)の劉(りゅう)蜀(しょく)を派遣し、左(さ)丞(じょう)相(しょう)の司(し)馬(ば)睿(えい)に、時節を見て進軍し、乗(じょう)輿(よ)［皇帝］と中(ちゅう)原(げん)で合流するようにとの詔(みことのり)を渡そうとした。

八月癸(き)亥(がい)、劉蜀は建(けん)康(こう)［＝建(けん)業(ぎょう)］に至った。司馬睿は、いまは江(こう)東(とう)を平定しつつあるときなので、北伐に出る暇(いとま)はないと辞退した。

【補足】司(し)馬(ば)鄴(ぎょう)が一縷の望みを託した詔(みことのり)は早くも頓挫した。

【訳文】

［313-18の二］左(さ)丞(じょう)相(しょう)の司(し)馬(ば)睿(えい)は、鎮(ちん)東(とう)長(ちょう)史(し)の刁(ちょう)協(きょう)を丞(じょう)相(しょう)左(さ)長(ちょう)史(し)に、従(じゅう)事(じ)中(ちゅう)郎(ろう)の劉(りゅう)隗(かい)を司(し)直(ちょく)に、邵(しょう)陵(りょう)内(ない)史(し)の戴(たい)邈(ばく)を軍(ぐん)咨(し)祭(さい)酒(しゅ)に、参(さん)軍(ぐん)の張(ちょう)闓(がい)を従(じゅう)事(じ)中(ちゅう)郎(ろう)に、尚(しょう)書(しょ)郎(ろう)の鐘(しょう)雅(が)を記(き)室(しつ)参(さん)軍(ぐん)に、桓(かん)宣(せん)を舎(しゃ)人(じん)に、熊(ゆう)遠(えん)を主(しゅ)簿(ぼ)に、孔(こう)愉(ゆ)を掾(えん)にした。劉隗は典雅で文学や歴史に通じ、司馬睿の意向を汲み取るのがうまく、司馬睿に特に親愛されていた。

熊遠は次のような文書を提出した。「戦乱が起こってからは、何事も律令に拠るのではなくて、競って新しい考えを出し、事に臨んでそのたびに決まりを作るようなことになり、朝に決まり作っては夕べに改めるような状況で、事に関わる役人は法に従うのではなく、何かあるたびに上の意向を伺っています。これは政(まつりごと)の体裁をなしておりません。愚かな私が考えますに、何か意見をいうときには必ず律(りつ)令(りょう)や経(けい)伝(でん)［律令の解釈書］を引くべきで、拠り所なく気分でものを言って旧例を破壊するようなことはなくさなければなりません。開(かい)塞(そく)［言論を通じさせるか抑えるか］を適切に行い、権力を適切に制御するのは、君主が行うべきことであって、臣下が勝手にすべきではありません」。司馬睿はいまは事が多いことをもってその意見を採用できなかった。

范(はん)陽(よう)の祖(そ)逖(てき)は若いときから大きな志があった。かつて劉(りゅう)琨(こん)とともに司(し)州(しゅう)主(しゅ)簿(ぼ)になったあるときのこと、一緒に寝ていて夜中に鶏が鳴いた。祖逖は劉琨を蹴って目覚めさせ、「これは我らにとっては悪い鳴き声ではない」［夜中に鶏が鳴くのは世が乱れる兆しとされた］と言って、（我らが活躍する時代がくるのだと）起って舞った。

祖逖は（洛(らく)陽(よう)が陥落して南に逃れて）長(ちょう)江(こう)を渡った。司馬睿は祖逖を軍(ぐん)咨(し)祭(さい)酒(しゅ)にした。祖逖は京(けい)口(こう)に居を定め、驍(ぎょう)健(けん)［勇ましく元気のいい者］を集めた。司馬睿に、「晋(しん)室(しつ)が乱れたのは、皇帝が無道で民が怨んで叛(そむ)いたのではなく、皇族が権力を争って、互いに殺し合って、ついには戎狄(えびす)がその隙に乗じて中国に毒を流したのでありました。いま土地を追われた人々は賊のために酷い目に遭って、自ら奮い立とうとしています。大王［司馬睿］様が誠に出陣の御命令を出され、もしも私のような者に指揮をさせて中(ちゅう)原(げん)を回復しようとなさるのなら、各地の豪傑は必ずやこの機運に呼応して立ち上がるでありましょう」と言った。しかし、司馬睿にはもとより北伐の志はなく、祖逖を奮(ふん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)予(よ)州(しゅう)刺(し)史(し)にして、千人分の食糧と三千匹の布を与えた。しかし、武具は供給しないで、兵士は自力で集めさせた。祖逖は自身の部下の百戸余りを率いて長江を北へと渡った。長江の流れの中ほどで楫(かじ)を撃ちつつ、「この祖逖、中原を清めることができずにまたここを渡ったならば、大江のもくずと消え去るであろう」と誓った。淮(わい)陰(いん)に駐屯し、武具を作り、二千人余りを集め、それから前進した。

【補足】司(し)馬(ば)睿(えい)が失地回復に乗り出しても成算はなかっただろうし、そのようにする意欲も持ち合わせていなかった。祖(そ)逖(てき)が一人気概を示したのだが、この先どのようになるであろうか。

【訳文】

［313-19］≪312-04☞≫胡(こ)亢(こう)は猜疑心が強くて、勇猛な数人の武将を殺した。杜(と)曽(そう)は懼(おそ)れ、密かに王(おう)沖(ちゅう)の兵を引き入れ胡亢を攻めた。胡亢は精兵を全て出して防戦したので、城中は空っぽになり、杜曽は胡亢を殺して、その部下を自分の下に置いた。

［313-20］≪312-31の二☞≫周(しゅう)��(がい)は潯(じん)水(すい)城(じょう)に駐屯していたが、杜(と)弢(とう)によって苦しめられた。陶(とう)侃(かん)は明(めい)威(い)将(しょう)軍(ぐん)の朱(しゅ)伺(し)を出してそれを救い、杜弢は退却して冷(れい)口(こう)を保った。陶侃は、「杜弢はきっと武(ぶ)昌(しょう)に向かうだろう」と言って、近道を使って武昌に還って自身が待ち受けた。果たして杜弢が攻めてきたので、陶侃は朱伺に迎撃させ、大いに破った。杜弢は長(ちょう)沙(さ)に逃げ帰った。

周��は潯水城を出て予(よ)章(しょう)にいる王(おう)敦(とん)のもとに身を投じた。王敦は周��を自分のところに留めた。陶侃は参(さん)軍(ぐん)の王(おう)貢(こう)を使者として勝利を王敦に告げた。王敦は、「もし陶侯がいなかったならば、荊(けい)州(しゅう)は失われていた」と言って、陶侃を荊(けい)州(しゅう)刺(し)史(し)にして沔(べん)江(こう)に置くよう左(さ)丞(じょう)相(しょう)の司(し)馬(ば)睿(えい)に申し出た。

司馬睿は周��を呼んで、また軍(ぐん)諮(し)祭(さい)酒(しゅ)にした。

［313-21］かつて氐(てい)王(おう)の楊(よう)茂(も)搜(そう)の子の楊(よう)難(なん)敵(てき)は、その養子を出して梁(りょう)州(しゅう)で商売をさせていた。その養子が良家の子を一人売ったことから、梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の張(ちょう)光(こう)は鞭で打って殺した。楊難敵はそれを怨み、「使(し)君(くん)［張光］が来たのは大飢饉の後で、兵士も民衆も我が氐族が命を救ってやったではないか。氐族の小さな罪くらいを赦すこともできないのか」と言った。

≪313-13☞≫張光と楊(よう)虎(こ)が攻め合うようになって、それぞれ楊茂搜に救援を求めた。楊茂搜は楊難敵を出して張光を救わせた。楊難敵は張光に金を要求したが、張光は与えなかった。一方で、楊虎は手厚く賄賂を楊難敵に贈り、「流民の宝はすべて張光のところにあります。私を討伐するよりも、張光を討伐した方がお得でしょう」と言った。楊難敵は大いに喜んだ。張光は楊虎と戦い、張(ちょう)孟(もう)萇(ちょう)を前に出して、楊難敵をそれに続かせた。すると、楊難敵は楊虎とともに張孟萇を挟み撃ちにして大いに破り、張孟萇もその弟の張(ちょう)援(えん)も死んでしまった。張光は城に籠って守った。

九月、張光は怒りの余り病気になり、幕僚は張光に魏(ぎ)興(こう)に退去するよう勧めた。張光は剣を持って、「私は国から重い任務を授かって賊を討つことができなかった。死は仙界に登るようなものだ。退くことなどありえない」と絶叫して死んだ。梁州の人々は若い息子の張(ちょう)邁(まい)を立てた。張邁も戦って死んだので、人々は始(し)平(へい)太(たい)守(しゅ)の胡(こ)子(し)序(じょ)を推して梁州を治めてもらうことにした。

【補足】各地の戦乱の様子が断片的に並べられている。三つ目の記事に氐(てい)王(おう)の楊(よう)茂(も)捜(そう)の名が挙がっている。通鑑296-05で見たように、氐(てい)族(ぞく)の楊茂捜は仇(きゅう)池(ち)において流民を受け入れて保護していた。善意の人のように見えるが、事はさほど単純ではない。乱れた世を生き抜くのは怪しい商売をする必要もあっただろうし、何よりも金が大事だとの価値観を息子の楊(よう)難(なん)敵(てき)が持ったのも自然な流れであったのだろう。

【訳文】

［313-22］荀(じゅん)藩(はん)が開(かい)封(ほう)で死んだ。

［313-23］≪313-07☞≫漢(かん)国(こく)の中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)と趙(ちょう)染(せん)が黄(こう)白(はく)城(じょう)の麴(きく)允(いん)を攻撃した。麴允は何度か戦った全て敗れた。詔(みことのり)をもって索(さく)綝(ちん)を征(せい)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)にして麴允を助けることにした。

［313-24］≪313-20☞≫王(おう)貢(こう)は王(おう)敦(とん)のところから還って竟(きょう)陵(りょう)に至ると、陶(とう)侃(かん)の命令を矯(でっちあげ)て、杜(と)曽(そう)を前(ぜん)鋒(ぽう)大(だい)都(と)督(とく)にして王(おう)沖(ちゅう)を攻撃して斬り、その部下を全て降した。陶侃は杜曽を呼んだが杜曽は行かなかった。王貢は命令を矯(でっちあげ)たことで罪を獲るのを恐れ、ついに杜曽とともに叛いて陶侃を攻撃した。

冬、十月、陶侃の軍は大敗し、陶侃はかろうじて逃れた。王敦は陶侃は白(はく)衣(い)［官職からはずすこと］をもって職務を続けさせることを奏上した。陶侃は周(しゅう)訪(ほう)らを率いて進んで杜(と)弢(とう)を攻めて、大いに破った。王敦は陶侃の官職を戻すよう奏上した。

［313-25］漢国の趙(ちょう)染(せん)は中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)に言った。「麴允は多数の者を率いて外に出ているので、長(ちょう)安(あん)は空っぽです。襲撃すべきです」。劉曜は趙染に騎兵の精鋭五千を率いさせて長安を襲撃した。庚(こう)寅(いん)の夜、趙染は長安の外城に入った。皇帝は射(せき)雁(がん)楼(ろう)に奔(はし)った。趙染は竜(りゅう)尾(び)［城壁に沿った通路］および諸営を焼き、千人余りを捕えて連れ去った。辛(しん)卯(う)の朝、趙染は退いて逍(しょう)遙(よう)園(えん)に駐屯した。

壬(じん)辰(しん)、将軍の麴(きく)鑒(かん)が阿(あ)城(じょう)から五千人を率いて長安の救援にきた。癸(き)巳(し)、趙染は退却し、麴鑒はそれを追い、劉曜と零武で遭った。麴鑒は大敗した。

［313-26］≪［313-21☞≫楊(よう)虎(こ)、楊(よう)難(なん)敵(てき)は急に梁(りょう)州(しゅう)を攻撃した。胡(こ)子(し)序(じょ)は城を棄てて走った。楊難敵は梁州刺史を自称した。

［313-27］漢国の中山王の劉曜は勝ったことで気を緩めて備えを設けなった。十一月、麴允が兵を率いて襲撃した。劉曜は大敗し、その冠(かん)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の喬(きょう)智(ち)明(めい)が殺された。劉曜は退却して平(へい)陽(よう)に帰った。

【補足】各地の戦況が記されている。どこもごたごたと入り組んでいる。

【訳文】

［313-28の一］≪313-16☞≫王(おう)浚(しゅん)は父の字(あざな)が処(しょ)道(どう)であることから、「漢(かん)に代わるのは当(とう)塗(と)高(こう)」というかつて流行った予言が自分に相当すると考えて、尊(そん)号(ごう)［帝位］を称することを謀った。それに対して、前(ぜん)勃(ぼつ)海(かい)太(たい)守(しゅ)の劉(りゅう)亮(りょう)、北(ほっ)海(かい)太(たい)守(しゅ)の王(おう)摶(そん)、司(し)空(くう)掾(えん)の高(こう)柔(じゅう)が固く諌めたので、王浚は皆を殺した。燕(えん)国(こく)の霍(かく)原(げん)は志節が清らかで高く、しばしば王浚に招かれていたけれども避けていた。王浚は霍原に尊号について尋ねた。霍原は返事をしなかった。王浚は、霍原は盗賊たちと通じていると誣告し、殺してその首をさらした。

ここにおいて人々は驚いて王浚を怨み、一方で王浚は甚(はなは)だ驕慢になった。王浚は政事に親しまなくなり、苛烈な小(しょう)人(じん)に政務を任せ、特に棗(そう)嵩(すう)と朱(しゅ)碩(せき)が最も貪欲で横暴であった。北の地ではこのような謠(うた)が流行った。「役場で大威張り、朱碩は十の囊(ふくろ)、棗嵩は五の囊、がっぽりがっぽり」。徴発が頻繁に盛んに行われ、人々はそれに耐えられず、多くの者が叛(そむ)いて鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の下についた。従(じゅう)事(じ)の韓(かん)鹹(かん)は柳(りゅう)城(じょう)を守っていたが、慕(ぼ)容(よう)廆(かい)が士民を受け入れていることを盛んに称賛して王浚に非を気づかせようとした。王浚は怒って韓鹹を殺した。

【補足】ここで王(おう)浚(しゅん)の状況がまとまって記されている。後(ご)漢(かん)の時代の終わりに、次の世の到来を示す予言が民間に流行っていた。それと王浚の父の字(あざな)とどう関係するのか訳者は理解できないのだが、王浚はなぜか自分が皇帝になれると思い込んでしまった。絶望的な状況に追い込まれた人は、突拍子もないことを夢想し、それが実現するとなぜか確信してしまうことが時にあるらしく、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』には何人かの類型が見られる。そのような意味で、『資治通鑑』は人間標本館として観ることもできるだろう。

【訳文】

［313-28の二］王(おう)浚(しゅん)は初めのころは鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)、烏(う)桓(がん)族(ぞく)の力を頼って強大化したのだが、どちらにもすでに叛(そむ)かれてしまった。加えて、蝗(こう)害(がい)と干害に毎年のように襲われ、兵力がますます弱体化した。

石(せき)勒(ろく)は王浚を襲撃しようと思ったが、実情が十分には知れないので、使者を出して様子を窺おうとした。石勒の部下は（敵対しながらも交流を深めた）羊(よう)祜(こ)と陸(りく)抗(こう)の故事を用いて、王浚に（友好的な）手紙を出すよう勧めた。石勒はそのことについて張(ちょう)賓(ひん)に尋ねた。、張賓は、「王浚は名目上は晋(しん)朝(ちょう)の臣でありますが、実際には晋を廃して自立しようとしています。ただ周囲の英雄たちで己に従ってくれる者がいないのをいまは悩んでいます。王浚が将軍［石勒］殿をほしがっているのは、項(こう)羽(う)が（敵対する劉(りゅう)邦(ほう)の参謀であった）韓(かん)信(しん)を得たいと思うようなものです。将軍殿の威名は天下に振るい、いま将軍殿が言葉を卑(ひ)くくし礼を厚くして腰をかがめて王浚に仕えると言っても、なかなか信じてもらえないでしょう。まして、羊祜と陸抗の真似をしたくらいでは無理です。人を謀(はか)ろうしても、人に下心を覚られてしまったのでは、目的を達成することはできません」と言った。石勒は、「よくわかった」と言った。

十二月、石勒は舎(しゃ)人(じん)の王(おう)子(し)春(しゅん)と董(とう)肇(ちょう)を派遣して多くの珍宝を届け、次のような上奏文を王浚に提出した。「私はもとよりしがない胡(えびす)で、世の衰え乱れるときに遭い、流離して災厄に見舞われ、命からがら冀(き)州(しゅう)に逃れ、かろうじて仲間とともに生きながらえているだけです。いま晋の皇統は夷(えびす)の中に沈み、中(ちゅう)原(げん)には主人がいません。殿下［王浚］はこの地の貴いお方で、天下の人々の仰ぎ見るところ、帝王となるのは公のほかに誰がおりましょうか。私が身を捨てて挙兵し、暴乱を為す者を誅討してきましたのは、まさしく殿下のために賊を駆除するためでありました。伏して願いますのは、殿下が天に応じ、人々の願いを叶えて、早くに皇位に昇られることであります。私は殿下を天地の父母として奉戴申し上げる所存であります。殿下におかれては私のこの微心を察せられて、私を子のように御覧になりますように」。また棗(さん)嵩(すう)に手紙を送り、厚く賄賂を贈った。

王浚は段(だん)疾(しつ)陸(りく)眷(けん)が新たに叛いて、士民の多くが己を棄てて去ってしまったので、石勒が自分に付いてくれると聞いて非常に喜んだ。王子春に、「石(せき)公(こう)はいまの英傑である。趙(ちょう)、魏(ぎ)を拠点として、孤(わたし)に対して藩(はん)を称してくれるという。信じてよいのだろうか」と言うと、王子春は、「石将軍の才力は強く盛んであることは誠におっしゃる通りです。ただ殿下は中(ちゅう)州(しゅう)［中国の中心地域］において名が貴く、その威令は夷(えびす)にも夏(か)［中国］にも行われています。一方で、古(いにしえ)から胡人(えびす)は輔佐の名臣になることはあっても、帝王になった者はおりません。石将軍は帝王の位を嫌ってそれを殿下に譲ろうとしているのではありません。帝王には自ずからなるべき運命の人がなるものであって、智や力によって取るべきものではありません。強いて取ったところで、天や人の与えるところとはなりません。項羽は強かったけれども、ついには天下は漢(かん)のものになりました。石将軍と殿下を比べれば、月と太陽のようなものでありましょうか。このようなことから、石将軍は前例を鑑みて殿下に身を帰そうしているのです。これは石将軍の明識が人を遥かに凌ぐものであることを示しているといえましょう。殿下はお疑いになるまでもないことです」と言ったので、王浚は大いに悦んだ、王子春も董肇も列侯に封(ほう)じて、返礼の使いを出し、手厚い贈り物で酬いた。

游(ゆう)綸(りん)の兄の游(ゆう)統(とう)は王浚の司(し)馬(ば)となり范(はん)陽(よう)を統治していた。游統は個人的に使者を送って石勒に付こうとした。石勒はその使者を斬って王浚に送った。王浚は游統を罰しなかったが、ますます石勒の忠誠を信じて、もはや疑わなくなった。

【補足】（1）王(おう)浚(しゅん)が北方諸民族の力を借りて自己の勢力を強めることを始めたのは10年前であった［→通鑑303-11］。ところが、肝心の北方諸民族と仲違いしてしまったのでは、その命運は窮まってしまう。

（2）「豚もおだてりゃ木に登る」とか。石(せき)勒(ろく)は巧みに王浚をおだて、もとから木に登りたがっていた王浚をてっぺんまで登らせようとした。うっかり登り切ってしまった豚の運命は明らかであろう。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、「諛(へつらい)を好む者は、諛の言葉に惑わされ、大きな悪を為していても自分は善を為していると思い、ひどい辱めを蒙るようなことを自身でしていても自分は栄誉を得ていると思い、大きな禍(わざわい)が目の前にあっても我は福を得ていると思ってしまう。石勒は警戒すべき危険な人物であったのにもかかわらず、ひとたび諛の言葉を聞くと、王浚はそれを信じて疑わなかった。徳を失い身を亡ぼす最悪のものは諛であって、それは酒や色の害にも勝るのである」と論じている。

【訳文】

［313-29］この年、左(さ)丞(じょう)相(しょう)の司(し)馬(ば)睿(えい)は世(せい)子(し)の司(し)馬(ば)紹(しょう)に広(こう)陵(りょう)を統治させ、丞(じょう)相(しょう)掾(えん)の蔡(さい)謨(ぼ)を参(さん)軍(ぐん)にした。蔡謨は蔡(さい)克(かつ)の子である。

［313-30］漢(かん)国(こく)の中(ちゅう)山(ざん)王(おう)の劉(りゅう)曜(よう)は河(か)南(なん)尹(いん)の魏(ぎ)浚(しゅん)を石(せき)梁(りょう)に包囲した。兗(えん)州(しゅう)刺(し)史(し)の劉(りゅう)演(えん)、河(か)内(ない)太(たい)守(しゅ)の郭(かく)黙(もく)は兵士を出してそれを救おうとした。劉曜は兵を分けて河(か)北(ほく)で迎え撃ってそれを破り、夜に逃げた魏浚を捕えて殺した。

［313-31］代(だい)公(こう)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)は盛(せい)楽(らく)に城を築いて北(ほく)都(と)とし、もとの平(へい)城(じょう)を改修して南(なん)都(と)とした。また新たに平(へい)城(じょう)を灅(るい)水(すい)の北に作り、右(ゆう)賢(けん)王(おう)の拓(たく)跋(ばつ)六(ろく)脩(しゅう)を置いて南部を統治させた。

【補足】拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)は着実に力を蓄えていた。