『資治通鑑鑑賞』 第87巻 309年～311年
■資治通鑑第87巻
【解題】『資治通鑑』の第87巻は永嘉三年［309年］から永嘉五年［311年］までの3年間を扱っている。
【訳文】
資治通鑑巻八十七 晋紀九 孝懐皇帝中
【補足】『資治通鑑』の第87巻は「晋紀九」に当たり、「孝懐皇帝中」、つまり晋の皇帝が孝懐皇帝であった時代の記録の中巻に当たる。孝懐皇帝は晋の三代皇帝司馬熾。
【概略】晋朝の屋台骨を揺るがせた「八王の乱」は、皇帝の親族同士が争い合った結果として、八王のうちの七王が死に、最後の一人となった司馬越が権力を掌握し、史上最も愚かな皇帝との評さえある司馬衷を毒殺し、新たに司馬熾を皇帝に立てた。各地の戦乱はおさまる気配もなく、西の蜀では李雄が大成国の皇帝となり、北の草原地帯では劉淵が漢国の皇帝となって晋朝を圧迫し、特に劉淵は王弥や石勒らを使って晋国に波状攻撃を仕掛けた。そのようななかで、司馬睿がかつての呉国の都であった建業に赴任したことから、新しい時代への流れがわずかながらも覗き見えるようになってきた。
【訳文】
［309-01］永嘉三年、春、正月辛丑朔、熒惑［火星］が紫微［宮廷に相当する星座］を犯した。漢国の太史令の宣于修之は漢主の劉淵に、「三年もしないうちに必ず洛陽に勝てましょう。都の蒲子は狭苦しい場所で、長く安らかであるのは難しく、平陽には昌になる気運がありますから、そちらに都を移されますように」と言った。劉淵はそれに従った。大赦を下し、河瑞に改元した。
【補足】不吉なことを報せるとされる火星の動きを、劉淵側はよい運命を指し示すと見た。都を移して一段と中国本体に接近した。
【訳文】
［309-02］三月戊申、高密孝王の司馬略が死んだ。尚書左僕射の山簡を征南将軍都督荊湘交広四州諸軍事として襄陽に赴任させた。山簡は山濤の子で、酒を嗜み、政事に留意しなかった。山簡は、「順陽内史の劉璠は人々の心を得ており、民衆に劫されて主として立てられてしまうのを恐れます」と朝廷に報せた。詔を下して劉璠を都に呼んで越騎校尉にした。南方の州はこれより乱れることになり、土地の長老たちは誰もが（劉璠の父の）劉弘のことを追慕した。
【補足】（1）司馬略は征南大将軍都督荊州諸軍事として襄陽において長江中流部に号令を発していた［→通鑑307-09］。その後任として、竹林の七賢人の一人として知られた山濤［→通鑑262-04、264-01、267-02、274-10］の子の山簡が選ばれた。山簡は、劉璠が民衆によって担ぎ上げられて不測の事態を引き起こす危険性があると察知して襄陽から去らせた。当時唯一のまともな人物であった劉弘［→通鑑305-10など］の子である劉璠のもとで治安の回復が進みつつあったので［→通鑑308-20］、山簡の処置は適切であったのか『資治通鑑』は疑問視している。
（2）酒浸りで政務を省みなかった山簡は、当時の貴人たちが極度に堕落していたことを示す典型例であるとして『資治通鑑』は冷ややかに見ているのだが、400年ほど後に襄陽に生まれて襄陽で生涯を過ごした孟浩然は、山簡は複雑な内面を秘めた繊細かつ豪放な人物であったとして敬愛の念を込めてたびたび詩に詠んでいる。その一例として高陽池で友人の朱二を見送ったときの詩を見ておきたい。高陽池は山簡が政務を放り出して日々酩酊するばかりであったとされる池で、古くは習郁という人物が養魚場として築いた溜池であったので、この詩では「習家の池」と詠まれている。『資治通鑑』はその書物の性格からして個人の内面に踏み込んで、例えば山簡がどうして酒浸りでいなければならなかったのかと考察するようなことはしない。孟浩然は志を得ずに郷里での日々を送るなかで、山簡に共感するものを覚えたのだろう。
【訳文】
孟浩然：高陽池送朱二［高陽池にて朱二を送る］
かつて襄陽が雄盛であったとき、
山公［山簡］はつねに習家の池で酔っ払っていた。
付き従う女たちが池のまわりで釣糸を垂れ、
水面に映るその美しい姿を人々は競って見にやってきた。
芙蓉の花が、紅い波のように淡淡と揺れ、
楊柳の枝が、緑の岸に毿毿と垂れさがっていた。
事物はたちまち変化し、
そのころの人々はいなくなり、
四方は荒涼として人の通う径も稀となった。
当時の意気と豪華はどこに行ってしまったのか、
いまやあるのは草の原だけ。
この地にこの朝に来たのは別れに臨む人々、
草の露が衣を湿らせる。
日が斜めになったころに、
旅行く馬がここより出て行く。
その人のために私は空しく嘆息する。
貴君に勧めるのは、
桃花源への路を訪うこと。
私もまた赤松子［伝説の仙人］の家に帰るのである。
【訳文】
［309-03］≪308-11☞≫丁巳、太傅の司馬越は滎陽から都に入った。中書監の王敦は親しい人に、「太傅殿は思いのままに権威を振るっておられる。それなのに、人を選んだり皇帝への上奏に対処したりすることについて、尚書省は旧来の制度に従って自分たちで判断を下している。今日太傅殿が来られたからには、必ず誰かが誅殺されるであろう」と言った。
皇帝［司馬熾］は皇太弟であったときに、中庶子の繆播と親密にしていて、即位してからは、繆播を中書監にし、（繆播の従弟の）繆胤を太僕卿にして、二人を非常に信頼して事を委ねていた。皇帝の舅の散騎常侍の王延、それに尚書の何綏、太史令の高堂沖も国の機密に関わっていた。司馬越は朝臣たちが己に対して異心を抱いていると疑い、その上、劉輿と潘滔は繆播らを誅殺するよう司馬越に勧めていた。司馬越は繆播らが乱をなそうとしていると誣告し、乙丑、平東将軍の王秉に武装兵三千人を指揮して宮中に入らせ、繆播ら十人余りを皇帝の間近で捕らえ、廷尉［罪を罰する役所］に付して皆を殺した。皇帝は歎息し、涙を流してやまなかった。
何綏は何曽の孫で、かつて何曽は武帝［司馬炎］の宴に侍して退席してから、子供たちに向かってこのように言った。「主上は大業を開き創られたのだが、宴において主上にお会いするたびに、ただ日常の普通のことをお話されるだけで、これまでに一度として国家運営の遠いはかりごとについて主上から尋ねられたことがない。これは子孫のために長く国を伝えるための道ではあるまい。国の繁栄は陛下御自身の身には及ぶであろうけれど、後継者はほとんど危ういだろう。汝らはあるいはなおも禍を免れられるであろうか」と言って、孫たちを指し、「この者たちにはきっと難が及ぶであろうな」と言った。何綏が死ぬと、兄の何嵩は哭して、「我が祖父は聖人のようにほぼお見通しであったのだ」と言った。
かつて何曽は一日の食事に一万銭を費やし、それでも箸を付ける気になる物がないとぼやいていた。息子の何劭は一日の食事に二万銭を費やした。孫の代になって何綏と弟の何機、何羨の奢侈は極めてひどく、人に手紙を書いても言葉遣いが非常に傲慢であった。河内の王尼は何綏の書を見て、ある人に、「何綏君は乱世にいながらこのように驕り高ぶっていて、果たして生き抜けるのだろうか」と言うと、「何綏君が卿の言葉を聞いたなら、きっと危害を加えようとするでしょう」と言った。王尼は、「何綏君が私の言葉を聞くころには、すでに自ずと死んでいることだろう」と言った。永嘉年間の終わりに至って、何氏は誰も生き残っていなかった。
［司馬光の評語］臣司馬光はこのように考えるものであります。「何曽は、武帝は怠惰を偸み、目の前を通り過ぎることだけに目を向け、遠い慮りのないと言って謗りました。何曽が、天下は間もなく乱れ、子孫がきっとそれを憂えるようになると言ったのは、なかなかの明察であったといえるでしょう。それでいながら、自身は奢侈に驕り、子孫もその真似をし、ついには驕奢をもって一族を滅亡させてしまいました。その明察とやらはいったどこにあったのでしょうか。自身は宰相となって、その主君に過ちがあるとわかっていながら、そのことについて主君に忠告しないで、家で密かに語っていたのですから、まことの忠臣ではなかったのであります」
【補足】（1）司馬越は都に乗り込んで気に入らない者を皆殺しにした。皇帝はやはり飾り物でしかなかった。先に、「繆播は司馬越に可愛がられていた」との記述があり［→通鑑306-02］、権力抗争の中で生き抜くのはまことに難しい。
（2）『資治通鑑』の編者の司馬光が顔を出して論評するのは通鑑274-12以来久しぶりである。いまさらながら何曽［→通鑑278-13など］を持ち出して批判しているのは、晋の政治が乱れたそもそもの原因は初代皇帝のときにあったと言いたいのだろう。ただし、何曽は忠臣ではなかったという結語でまとめたのでは焦点が定まっていない。王父子が『読通鑑論』で展開している次のような議論の方が的を射ているといえようか。「晋の武帝が諸王に国を分けて兵権を与えてから、晋の勢いは振るわなくなった。諸王は美食、美服に慣れた者たちばかりで、自ら兵士を訓練することもなければ、兵士を結束させるだけの力もなく、ただ軍容を輝かすだけであった。その軍団は国を乱すには足りても、国威を示す力がなかった。諸王は互いに殺し合い、勝利してもわずかな間しか保つことができなかった。民衆の命を玩び、ついには夷狄の力を借りて競うようになった。こうして国の中で争い、外に対して国の弱さを示してしまったために、夷狄の侵入を招いて晋は滅び、さらには千年にわたる禍を中国にもたらしたのだった。劉琨は忠義の心をもって中国を正そうとしたのだろうが、やはり夷狄の力を借りてしまった。これは君子のすべきことではなく、ただ功名を挙げたいとはやる者のすることであった。初めには百年の慮りのない君主がいて、後には思慮の足りない臣下がいたのでは、ただただ天下を乱して国を早く亡ぼすしかなかったのだ。いったい誰を咎めたらよいのか」。劉琨が夷狄の力を借りたことは後に見る。
【訳文】
［309-04］太傅の司馬越は王敦を揚州刺史にした。
［309-05］≪307-23☞≫劉寔は老齢を理由に引退することをずっと願い続けていたが朝廷は許さなかった。尚書左丞の劉坦は、「古の老を養うとは、任務に就かせないことがすなわち優遇することであるとし、また、役人として用いないことがすなわちその人を重んじることであるとしたものです。劉寔が希望するところのものを聴すのがよろしいでしょう」と朝廷に申し上げた。丁卯、詔を下して劉寔を侯の爵位をもって引退させ、王衍を太尉にした。
太傅の司馬越は兗州牧の任を解かれ、司徒となった。司馬越は、これまでの政変の多くが宮中にいる護衛兵に由来していたことから、「宿衛［宮中を護衛する兵士］で侯爵の位がある者は罷めさせましょう」と奏上した。このとき殿中の武官はいずれも侯に封じられていたので、ほぼ全員が外に出されることになり、泣く泣く去って行った。改めて右衛将軍の何倫と左衛将軍の王秉に東海国の兵士数百人を指揮させて宿衛とした。
【補足】（1）劉寔が太尉になったのは2年前で、このときも老齢をもって辞退しようとしていた［→通鑑307-23］。実際に劉寔はすでに90歳になろうとしていた。劉寔は56年前の通鑑263-03で登場して以来、魏から晋へと政権が移る過程も、晋が天下統一を果たした全盛期も、そして八王の乱によって晋がガタガタになるありさまも具に目撃してきた人物である。
（2）宮中でクーデター騒ぎが起きないように、司馬越は自身の部下で皇帝のまわりを固めた。
【訳文】
［309-06］左積弩将軍の朱誕は漢国に奔り、漢主の劉淵に、洛陽は孤立して弱いことを具に述べて、攻めるよう勧めた。劉淵は朱誕を前鋒都督とし、滅晋大将軍の劉景を大都督として、兵士を率いて黎陽を攻撃させて勝利した。さらに、王堪を延津で破り、男女三万人余りを黄河に沈めた。劉淵はそのことを聞くと怒り、「劉景はどのような面を下げて朕に会うつもりでいるのか。天道が許すと思っているのか。朕が除きたいと思っているのでは司馬氏だけであって、民衆には何の罪もない」と言い、劉景を降格させて平虜将軍にした。
［309-07］夏、ひどい旱魃となり、長江、漢水、黄河、洛水などがいずれも水が尽きて歩いて渡れるようになった。
【補足】（1）漢国の劉淵が洛陽を目指して大攻勢に出た。滅晋大将軍の称号はなかなかすさまじい。「三万人余りを黄河に沈めた」とあるのは、具体的な手順を想像すれば、（軍団の人数とか戦死者とか他の数字と同様に）かなり誇張されているのは間違いない。それでも劉淵が怒るくらいだから、多数の者が虐殺されたのは事実である。数字に確たる根拠がないからといって虐殺を否定することはできない。
（2）日照りによって主要な諸河川が干上がったのは亡国の徴候であるとして史書に記録されている。
【訳文】
［309-08］≪308-16☞≫漢国の安東大将軍の石勒は鉅鹿、常山を攻略した。石勒配下の者は十万人余りに膨れ上がった。その中から士大夫［学問のある者］を別に分けて集め、それを君子営と称した。趙郡の張賓を参謀とし、刁膺を股肱［腹心］とし、夔安、孔萇、支雄、桃豹、逯明を爪牙［手足］とし、并州のもろもろの胡羯の多くがそれに従った。
張賓は学問を好み、度量が大きく、大志を抱き、常に自分を張良［劉邦の名臣］に比していた。石勒が山東を攻略したときに、張賓は親しい者に、「もろもろの将軍たちを観て、この胡将軍［石勒］に及ぶ者はいない。ともに大業を成そうと思う」と言って、剣を引っ提げて石勒の軍門に詣で、大きく叫んで会うことを求めた。石勒はすぐには張賓が優れ者であるとは思わなかったのだが、張賓はしばしばずけずけと策を石勒に提案し、どれもが言った通りになった。石勒はそれよりその才能を認め、軍功曹として、動静について咨るようになった。
【補足】奴隷の身から這い上がった石勒は大将軍として十万人を率いるまでになり、張賓を初めとして有用な人材を次々に集めて行った。
【訳文】
［309-09］漢主の劉淵は王弥を侍中にし、都督青徐兗予荊揚六州諸軍事征東大将軍青州牧として、楚王の劉聡とともに壺関を攻めさせた。このとき石勒は前鋒都督となった。
劉琨は壺関を救うために、護軍の黄肅、韓述を派遣した。劉聡は韓述を西澗で破り、石勒は黄肅を封田で破り、二人を殺した。
太傅の司馬越は淮南内史の王曠、将軍の施融、曹超を派遣し、兵を率いて劉聡らの攻撃を防がせた。王曠は黄河を渡って長駆して前進しようとした。施融は、「敵は険阻なところにいて、隙を見て出てこようとしています。我らには数万の軍勢があっても、一つの軍団ごとに敵を受けることになりましょう。しばらく黄河を隔てて守りを固め、様子を見て次の策を考えるべきです」と言った。王曠は怒り、「君は人々のやる気を失わせたいのか」と言った。施融は退いて、「敵は用兵に優れ、王曠殿には事勢を見る目がない。吾らは必ず死ぬであろう」と言った。
王曠らは黄河を渡って太行山脈を越え、劉聡と遭遇し、長平のあたりで戦った。王曠の軍団は大敗し、施融も曹超も死んだ。
劉聡は屯留、長子を破り、およそ一万九千の首を斬った。
上党太守の龐淳は壺関をもって漢国に降った。劉琨は都尉の張倚を上党太守として襄垣に拠らせた。
≪272-01☞≫かつて匈奴の劉猛が死んだときに、右賢王の去卑の子の誥升爰［劉訓兜］が劉猛に代わってその配下にいた人々を率いた。誥升爰が死ぬと、その子の劉虎が立ち、新興を居所として、鉄弗氏と号した。鉄弗氏は白部の鮮卑族とともに漢国に付いた。
劉琨は自ら兵を率いて劉虎を攻撃した。
劉聡は兵士を派遣して晋陽を襲撃したが勝てなかった。
【補足】漢国は二方向から洛陽を目指した。ここにはその経緯が混ざり合って記されている。西側では壺関［→通鑑308-14］を再び攻撃して勝利し、東側では王曠の軍団に大勝した。鉄弗氏の劉虎は匈奴の系統を次へと繋げて行くキーパーソンとなる人物。
【訳文】
［309-10］五月、漢主の劉淵は息子の劉裕を斉王に、劉隆を魯王に封じた。
［309-11］秋、八月、漢主の劉淵は楚王の劉聡らに、進んで洛陽を攻めるよう命じた。
（晋の皇帝は）詔を下して平北将軍の曹武らに防がせたが、すべて劉聡のために敗れた。
劉聡は長駆して宜陽に至り、速やかに勝ったことを誇って、備えを設けずにいた。
九月、弘農太守の垣延が偽って劉聡に降った。垣延は夜に劉聡の軍を襲撃し、劉聡は大敗して還った。
≪308-05☞≫王浚は祁弘と鮮卑族の段務勿塵を出して石勒を飛劉山で攻撃し、大いに破った。石勒は黎陽に退却した。
［309-12］冬、十月、漢主の劉淵はまた楚王の劉聡、王弥、始安王の劉曜、汝陰王の劉景に精鋭五万騎を率いて洛陽を攻撃させた。大司空の剛穆公の呼延翼は歩兵を率いてそれに続いた。丙辰、劉聡らは宜陽に至った。
朝廷は漢の軍団は敗れたばかりであったのに、不意にまた迫ってきたので大いに懼れた。
辛酉、劉聡は洛陽の西明門に駐屯した。（晋側の）北宮純らは夜に勇士千人余りを率いて門の外に出て漢側の壁を攻め、その征虜将軍の呼延顥を斬った。
壬戌、劉聡は南に移って洛水に駐屯した。
乙丑、呼延翼はその配下の者に殺され、率いてきた者たちは大陽からばらばらになって帰った。
劉淵は劉聡らに引き上げるよう命じた。劉聡は、「晋軍は微弱で、呼延翼や呼延顥が死んだからといって退却すべきではありません」と言って、留まって洛陽を攻め続けることを強く要望した。劉淵はそれを承諾した。
太傅の司馬越は洛陽城の守りを固めた。
戊寅、劉聡は嵩山に祈りに行き、平晋将軍の哀王の劉厲と冠軍将軍の呼延朗を留めて漢の軍団を監督させた。（晋側の）太傅参軍の孫詢はその隙に出撃して呼延朗を討つことを司馬越に説き、出撃して呼延朗を斬った。劉厲は水に赴いて死んだ。
王弥は劉聡に、「今我が軍はすでに利を失い、洛陽はなお固く守られています。輸送用の車はいまは陝にいて、我らの食糧は数日分もありません。殿下は竜驤大将軍［劉曜］とともに平陽に帰って、兵士に食糧を与えてから次の挙に出るのがよろしいでしょう。私もまた食糧を補給して、兗州、予州のあたりで次の命令を待ちたいと思います」と言った。劉聡は先に留まることを劉淵に願っていたことから、還ろうとしなかった。
宣于修之は劉淵に、「いま歳星［木星］は辛未の方角にあって、それは洛陽に当たります。つまり、晋の気はなお盛んでありますので、大軍は帰らなければ必ず敗れましょう」と言った。それで劉淵は劉聡らを呼び戻した。
【補足】洛陽はさすがによく抵抗した。涼州の張軌が派遣した北宮純［→通鑑308-08］がなお洛陽に留まって奮闘している。洛陽から遠く北東に離れた幽州を拠点とする王浚は、晋側の人間として鮮卑族の段務勿塵と同盟して石勒と戦っている。ただし、晋の忠実な臣下というわけではない。幽州刺史の和演が死んで、王浚がその兵士を手に入れてから異志を抱くようになったことは通鑑304-08で見ている。
【訳文】
［309-13］天水の人の訇琦らは成国の太尉の李離や尚書令の閻式を殺し、梓潼をもって（巴郡にいる晋側の）羅尚に降った。成主の李雄は太傅の李驤、司徒の李雲、司空の李璜を出してそれを攻撃したが、勝てずに李雲、李璜が戦死した。
かつて譙周の息子が巴西にいて、成国の巴西太守の馬脱によって殺された。その息子の譙登は劉弘のもとに詣でて仇を討つための派兵を要請した。劉弘は朝廷に申し出て譙登を梓潼内史にし、譙登は巴、蜀の流民を募って二千人を得た。譙登は西に進んで巴郡に至り、羅尚に兵士を増やしてほしいと求めたが、得られなかった。それでも譙登は進んで宕渠を攻め、馬脱を斬って、その肝を食らった。たまたま梓潼が降ったことから、譙登は進んで涪城に拠った。
李雄は自ら涪城を攻めたが、譙登のために敗れた。
【補足】ここには成国に対する抵抗運動、なかでも譙周の孫の譙登のかたき討ちが記されている。譙周は蜀の二代皇帝の劉禅にすばやい降伏を勧めた人物［→通鑑263-08など］。
【訳文】
［309-14］≪309-12☞≫十一月甲申、漢国の楚王の劉聡、始安王の劉曜は平陽に帰還した。
王弥は南に轘轅に出た。穎川、襄城、汝南、南陽、河南にいる数万戸の流民はもとからそこにいた住民からひどい扱いを受けていたので、流民たちは町を焼き、二千石［首長］や長吏を殺して王弥に応じた。
［309-15］石勒は信都を攻撃し、冀州刺史の王斌を殺した。王浚は（その隙に）冀州を自身の統治下に置いた。
（晋は）詔を下して車騎将軍の王堪、北中郎将の裴憲に兵士を率いて石勒を討たせた。石勒は兵を引いて帰り、その動きを妨害した。魏郡太守の劉矩は石勒に降り、石勒は黎陽に至った。裴憲は軍を棄てて淮南に奔り、王堪は退却して倉垣を保った。
［309-16］十二月、漢主の劉淵は陳留王の歓楽を太傅に、楚王の劉聡を大司徒に、江都王の劉延年を大司空にした。都護大将軍の曲陽王の劉賢を派遣して、征北大将軍の劉霊、安北将軍の趙固、平北将軍の王桑とともに東に内黄に駐屯させた。
王弥は、左長史の曹嶷を安東将軍にして、東に向かって青州を攻略して、そこにいる王弥の一族を迎え入れたいと劉淵に願い出て、劉淵はそれを許した。
［309-17］かつて東夷校尉の李臻は王浚とともに晋室を輔けようと約束していた。ところが、王浚は内心に異志［反逆の意図］を抱くようになったので、李臻はそれを残念に思っていた。和演が死ぬと、別駕の王誕は李臻のもとに逃げ込み、李臻に兵を挙げて王浚を討つよう説いた。李臻は息子の李成に兵を率いさせて王浚を攻撃した。遼東太守の龐本はもとから李臻とは関係が悪く、虚に乗じて李臻を襲って殺し、人を派遣して李成を無慮県で殺した。王誕は慕容廆のもとに逃げ込んだ。（晋は）詔を下して、勃海の封釈を李臻に代わって東夷校尉にした。ところが、龐本は封釈も殺そうと謀った。封釈の子の封悛は父に伏兵を置いて龐本を呼ぶよう勧め、それで龐本を捕えて殺し、その一族を全て誅殺した。
【訳文】
［310-01］永嘉四年、春、正月乙丑朔、大赦を下した。
［310-02］漢主の劉淵は単徴の娘を皇后に立て、梁王の劉和を皇太子にし、大赦を下した。息子の劉乂を北海王に、長楽王の劉洋を大司馬にした。
［310-03］漢国の鎮東大将軍の石勒は黄河を渡り、白馬を占領した。王弥は三万人を率い合流し、ともに徐州、予州、兗州を攻略した。二月、石勒は鄄城を襲い、兗州刺史の袁孚を殺し、さらに倉垣を占領して王堪を殺した。また北に黄河を渡り、冀州の諸郡を襲い、民衆の九万人余りがそれに従った。
［310-04］≪309-13☞≫成国の太尉の李国は巴西を統治していたが、部下の文石は李国を殺し、巴西をもって羅尚に降った。
【補足】このあたりの記述はごちゃごちゃと込み入っているが、漢国は攻勢を続け、一方で、成国では自領を維持するのに苦労している。漢の王弥や石勒は要するに各地を略奪して回っているだけで、占領した町を安定的に統治しようとしているわけではない。そこが成との大きな相違点である。
【訳文】
［310-05］太傅の司馬越は、呉興にいる建威将軍の銭璯と揚州刺史の王敦を呼び寄せた。このとき銭璯は王敦を殺して叛こうと謀った。王敦は建業に奔って琅邪王の司馬睿に告げた。銭璯は結局叛いて、（呉興から）進んで陽羨を攻撃した。司馬睿は将軍の郭逸らを派遣してそれを撃った。周玘は郷里の人々を集めて郭逸とともに銭璯を討ち、銭璯を斬った。周玘が江南を鎮めたのはこれで三度目であった。司馬睿は周玘を呉興太守にし、周玘の郷里の義興郡に旌を立ててその功績を称えた。
【補足】長江下流の南側の地域、江東とか江南とか呼ばれる地域での状況が記されている。太湖の南岸の町である呉興で反乱が起こり、周玘が郷里の義勇軍を率いて討伐した。三度目とあるのは、先に石氷［→通鑑304-05］と陳敏［→通鑑307-04］を討っていたからだ。地域の有力者がしっかりと土地に根を張っていることを如実に示す事例である。
【訳文】
［310-06］≪309-16☞≫曹嶷は大梁から兵を率いて東に進み、至るところすべてを下し、東平を占領して、琅邪へと侵攻した。
［310-07］≪［309-11☞≫夏、四月、王浚の将の祁弘は漢国の冀州刺史の劉霊を広宗で破り、劉霊を殺した。
【補足】漢国の勢力拡大に対して王浚はよく抵抗している。
【訳文】
［310-08］≪309-13☞≫成主の李雄は将軍の張宝に、「そなたが梓潼を取り返したなら、その賞として李離がもっていた官位をそなたに与えよう」と言った。張宝はまず人を殺し、奔って梓潼に逃げ込んだ。訇琦らそのことを信じ、張宝に心腹を委ねた。たまたま羅尚の使者が梓潼に至り、訇琦らは見送るために町から出て行った。張宝はその後で門を閉ざし、訇琦らは巴西に奔った。李雄は張宝を太尉にした。
［310-09］幽、并、司、冀、秦、雍の六州で蝗の被害が大きく、草や木が食べられただけでなく、牛や馬の毛までも食べ尽くされた。
［310-10］秋、七月、漢国の楚王の劉聡、始安王の劉曜、石勒、安北大将軍の趙固は河内太守の裴整を懐で囲んだ。（晋は）詔を下して征虜将軍の宋抽を懐へ救援に向かわせた。石勒と平北大将軍の王桑がそれを迎撃して宋抽を殺した。河内の人々は裴整を捕えて漢国に降った。漢主の劉淵は裴整を尚書左丞にした。河内督将の郭黙は残った裴整配下の人々を集め、自ら塢の主となった。劉琨は郭黙を河内太守にした。
［310-11］羅尚は巴郡において死に、詔を下して長沙太守の皮素をその代わりとした。
【補足】（1）戦乱と天災は結び付いて民衆を困らせるものなのだろうか。旱魃［→通鑑309-07］に加えて蝗の害が生じた。
（2）蜀の地で流民勢力に長く対抗してきた羅尚が死んだ。羅尚は貪欲で［→通鑑301-17］、何度か戦略を誤ったけれど、ねばり強く戦い続けたことは評価されるべきなのだろう。
【訳文】
［310-12の一］庚午、漢主の劉淵は病に伏せた。辛未、陳留王の歓楽を太宰に、長楽王の劉洋を太傅に、江都王の劉延年を太保に、楚王の劉聡を大司馬ならびに大単于にして尚書の事を取りまとめさせ、単于台を平陽の西に置いた。また、斉王の劉裕を大司徒に、魯王の劉隆を尚書令に、北海王の劉乂を撫軍大将軍領司隸校尉に、始安王の劉曜を征討大都督領単于左輔に、廷尉の喬智明を冠軍大将軍領単于右輔に、光禄大夫の劉殷を左僕射に、王育を右僕射に、任顗を吏部尚書に、朱紀を中書監に、護軍の馬景を領左衛将軍に、永安王の安国を領右衛将軍に、安昌王の劉盛、安邑王の劉飲、西陽王の劉璿をいずれも領武衛将軍にして分担して禁兵［近衛兵］を指揮させた。
（劉淵の弟の）劉盛は少年のころは学問を嫌い、ただ『孝経』と『論語』を読んで、「これを朗読して実行すればそれで十分だ。何度も読んだところで実行しなければ意味がない」と言った。李熹は劉盛について、「遠くから見ると侮っているかのようだが、近くで見ると厳しく律している。君子といってよいのだろう」と言った。劉淵は劉盛は忠篤であるとして、臨終の際に要職を委ねた。
丁丑、劉淵は太宰の歓楽らを近くに呼んだ。歓楽は遺詔［遺言］を受けて政治を補佐することになった。
己卯、劉淵は死に、太子の劉和が即位した。
【補足】この項の最初に多数の人名が並んでいるは、劉淵が死ぬ前に己の亡き後の体制を整えようとしたことを示している。新皇帝となった劉和は劉淵の長男で、この年の初めに皇太子になっていた［→通鑑310-02］。ただし、戦場での活躍はこれまで特に記されていないので、晋を倒すという大事業がまだ完遂していない段階で皇位を継承したことに危うさを感じないわけにはいかないだろう。以下に見るように、たちまち事態は急変する。
【訳文】
［310-12の二］劉和は猜疑心が強く、人に恩愛を施すことがなかった。宗正の呼延攸は、呼延翼の息子であるが、劉淵は呼延攸には才能も振る舞いも見るべきものがないとしてずっと昇進させなかった。また、侍中の劉乗はもともと楚王の劉聡と関係が悪く、衛尉の西昌王の劉鋭は劉淵の臨終の際に何も託されなかったのを悔しく思っていた。それで三人は一緒に相談して、劉和に、「先帝は事の軽重をきちんとお考えにならずに、内側では三人の王に強兵を指揮させ、外では大司馬［劉聡］に十万の兵を与えて近郊に置き、陛下はただお座りになっているだけであります。早くに手を打たなければなりません」と説いた。劉和は呼延攸の甥であることからこのことをすっかり信じた。
辛巳の夜、劉和は安昌王の劉盛や安邑王の劉欽らを呼んで、（兵権を握る）四人の王を除くべきだと告げた。劉盛は、「先帝の棺がまだ置かれたままであり、四人の王に反逆のしるしはありません。このようなときに近親同士で争ったならば、天下の人々は陛下のことをどのように言うでしょうか。国家の大事業はまだ始まったばかりです。陛下におかれては讒言を弄する者を信じて御兄弟を疑ったりなさいませんように。兄弟を信じないで、どうして他人から信じられましょうか」。呼延攸と劉鋭は怒り、「今日の議は、理は一つしかなく異論などはない。領軍［劉盛］は何を言うか」と言って、近くの者に命じて劉盛を斬らせた。劉盛は死に、劉欽は懼れ、「ただ陛下の御命令のままに」と言った。
壬午、劉鋭は馬景を率いて楚王の劉聡を単于台に攻め、呼延攸は永安王の劉安国を率いて斉王の劉裕を司徒府に攻め、劉乗は安邑王の劉飲を率いて魯王の劉隆を攻め、尚書の田密と武衛将軍の劉璿を使って北海王の劉乂を攻めた。田密と劉璿は（指示されたことに反して）劉乂を連れて関を破って劉聡のもとに行った。劉聡は兵士に命じてそれを迎えさせた。劉鋭は劉聡が備えをしているのを見て馳せて還り、呼延攸、劉乗とともに劉隆と劉裕を攻めた。呼延攸と劉乗は劉安国と劉欽が裏切るのではないかと疑って殺した。この日、劉裕を斬り、癸未、劉隆を斬った。
甲申、劉聡は西明門を攻撃して打ち破った。劉鋭らは南宮に入り、劉聡の前鋒がその後に従って中に入った。乙酉、劉和を光極殿の西室で殺し、劉鋭、呼延攸、劉乗を捕え、往来にその首をさらした。
群臣は劉聡に帝位に即くよう願った。劉聡は北海王の劉乂は（劉淵の正妻であった）単皇后の子であることから、そちらに位を讓ろうとした。劉乂は泣いて劉聡に即位するよう固く願い、劉聡はしばらくして同意し、「劉乂や群公が孤を推すのは、禍難がなお多く、孤がいたずらに年をとっているという理由だけである。国家のためとあるなら孤は敢えて辞退はしない。劉乂が年長けたならば、大業を返すであろうと」と言って、ついに即位した。大赦を下し、光興と改元した。単皇后を尊んで皇太后とし、自身の母の張氏を帝太后とした。劉乂を皇太弟領大単于大司徒にした。妻の呼延氏を皇后に立てた。呼延氏は劉淵の皇后のいとこである。息子の劉粲を河内王に、劉易を河間王に、劉翼を彭城王に、劉悝を高平王にそれぞれ封じた。そして劉粲を撫軍大将軍都督中外諸軍事にし、石勒を并州刺史にして汲郡公に封じた。
【補足】二代皇帝となった劉和は軍事面での実績がなくて己に忠実な軍団を持っていなかったことから、今後の政権運営に不安があったのだろう。それで、呼延攸らにそそのかされるままに、兵権を握っている諸王を消し去ろうとした。しかし、その計画はもろくも潰え、劉和は帝位にあることわずか6日で殺された。この項目の最初にある劉和の人物評や戦闘の経緯はむろん勝者の側の記録によるものであるから、素直に信じる必要はない。確実なのは、皇位を巡るこうしたごたごたあから導かれる唯一の真理ｈ、皇位の世襲制は極めて不道徳な制度であるということだけである。三代目の皇帝となったのは劉聡で、劉淵の四男ではあるが、側室の子であることから、単皇后が生んだ末子の劉乂が皇帝になるべきであると一度は辞退した。結局はすでに実績のある劉聡が皇位に就いたのだが、この経緯が後の波乱の一因となる。
【訳文】
［310-13］略陽郡臨渭県の氐族の長の蒲洪は勇敢で策略家であったので、もろもろの氐族はそれに畏服するようになった。漢主の劉聡は使者を派遣して蒲洪を洪平遠将軍にしようとしたが、蒲洪は受けずに、護氐校尉秦州刺史略陽公を自称した。
【補足】長安の西方200キロ余りの地での出来事。氐族の中から蒲洪が頭角を現し、そこから次代のうねりが生じるようになる。
【訳文】
［310-14］九月辛未、漢主の劉淵を永光陵に葬り、謚を光文皇帝、廟号を高祖とした。
［310-15］雍州からの流民が南陽に大勢いたので、（晋は）詔書をもって郷里に還そうとした。流民は関中が荒れ果ててしまっていたことから誰も帰りたがらなかった。征南将軍の山簡と南中郎将の杜蕤はそれぞれ兵士を出して流民を送り出そうとし、期日を決めて流民に出発を促した。京兆の王如は密かに壮士と結び、夜に二つの軍団を襲ってそれを破った。ここにおいて馮翊の厳嶷や京兆の侯脱がそれぞれ人々を率いて町を攻めてそこの長官を殺して、王如の動きに応じた。わずかの間に叛徒は四五万に達し、王如は自ら大将軍領司雍二州牧と号して、漢国の藩であると称した。
【補足】雍州は長安のすぐ西隣の地。そこから南東300キロほどの南陽に流れた人々を無理やり帰還させようとして反乱を誘発してしまった。内乱と難民によって引き起こされる諸問題の基本構図は現代に至るも変わらないのかもしれない。
【訳文】
［310-16］冬、十月、漢国の河内王の劉粲、始安王の劉曜、および王弥は四万人を率いて洛陽を攻撃した。石勒は二万騎を率いて大陽で劉粲と合流し、監軍の裴邈を澠池で破り、長駆して洛川に入った。劉粲は軒轅から出て、梁州、陳州、汝州、穎州のあたりを略奪した。石勒は成皋関から出て、壬寅、陳留太守の王讃を倉垣で囲んだが、王讃によって破れ、退却して文石津に駐屯した。
［310-17］劉琨は自ら指揮して劉虎と白部［鮮卑族の一部族］を撃つとともに、鮮卑族の拓跋猗盧に使者を派遣して、腰低く礼を厚くして援兵を要請した。拓跋猗盧は弟の拓跋弗の子の拓跋鬱律に二万騎を率いさせて劉琨を助け、劉虎と白部を破り、その軍営を破壊した。劉琨は拓跋猗盧と兄弟の縁を結び、拓跋猗盧を大単于にして代郡をもって代公に封じるよう朝廷に申し出た。このとき代郡は幽州に属していて、王浚は代郡を拓跋猗盧に与えるのを許さず、兵士を派遣して拓跋猗盧を攻撃した。拓跋猗盧は抗戦して破った。このことから王浚と劉琨の関係が悪化した。
拓跋猗盧は封じられた町は本国から遠く隔たり、民衆が行こうとしなかったので、数万戸の部落を率いて雲中から雁門に入り、劉琨に陘北の地を求めた。劉琨はそれを抑えることができず、また拓跋猗盧の援助を必要としていたので、楼煩、馬邑、陰館、繁畤、崞の五県の民を陘南に移して、その地を拓跋猗盧に与えた。これより拓跋猗盧の勢いが盛んになった。
劉琨は使者を太傅の司馬越のもとに派遣して、劉聡と石勒を討つために出兵を要請した。司馬越は苟晞と予州刺史の馮嵩を警戒していて、それが後方の患いとなるのを恐れて出兵に同意しなかった。劉琨はそれで拓跋猗盧の兵団に謝って帰国してもらった。
（拓跋猗盧に敗れた）劉虎は残った兵を集め、西に黄河を渡って、（黄河が北に大きく湾曲した）朔方の地の肆盧川を居住地とした。漢主の劉聡は劉虎が同族であることをもって楼煩公に封じた。
［310-18］壬子、劉琨を平北大将軍に、王浚を司空に、鮮卑族の段務勿塵を大単于にした。
【補足】漢国の洛陽攻撃が再開された。劉琨は鮮卑族の拓跋猗盧に援兵を求め、当面の危機を脱したものの、その代償として拓跋猗盧の南下を許してしまった。このようなことをもって、王父子は『読通鑑論』で劉琨のことを「思慮の足りない臣」と評したのである［→通鑑309-03の補足］。
【訳文】
［310-19］洛陽は日に日に食糧が不足して甚だしい困窮に陥った。太傅の司馬越は各地に檄を飛ばして天下から兵士を徴集して都に救援にくるよう求めた。皇帝は檄を持って発つ使者に、「私のためにもろもろの征鎮に語ってほしい。今日ならばまだ救われるだろうが、遅れたならばもう間に合いはしないのだ」と言った。しかし、援兵は一人も来なかった。
征南将軍の山簡は督護の王万に兵士を率いて救援に入らせようとした。王万が涅陽に駐屯したときに（叛徒を率いる）王如によって破れ、王如は沔州、漢州のあたりで大々的な略奪を働き、ついには襄陽に迫った。山簡は町を固めて守った。
荊州刺史の王澄は自ら兵士を率いて都の救援に向かったが、沶口に至ったところで山簡が敗れたと知れたために兵士は散り散りになり、帰還した。
朝廷の議論は遷都して難を避けることに傾いた。王衍はそれに反対して、車牛を売って人々の心を安堵させようとした。
山簡は厳嶷に迫られ、襄陽から夏口へ移動した。
【補足】『資治通鑑』では評価の低い山簡ではあるが、洛陽に援兵を送ろうと試みている。
【訳文】
［310-20］石勒は兵士を率いて黄河を渡って南陽に向かった。王如、侯脱、厳嶷らそれを聞くと、一万人を襄城に置いて石勒を防ごうとした。石勒はそれを攻撃し、人々を捕虜にして進んで宛北に駐屯した。このとき侯脱は宛を根拠地とし、王如は穰を根拠地としていた。王如は侯脱とはもともとうまくいっていなかったので、石勒に使者を出し、重く賄賂を贈って兄弟の縁を結び、ともに侯脱を攻めることを石勒に説いた。石勒は宛を攻めて勝利した。厳嶷は率いて宛の救援に赴いたが、間に合わなかったので石勒に降参した。石勒は侯脱を斬り、厳嶷を捕えて平陽に送り、その配下の者たちを合わせて、南に進んで襄陽を攻撃した。江西の三十カ所余りに壘を抜き、引き返して襄城に向かった。王如は弟の王璃を出して石勒を攻撃させた。石勒はそれを迎撃して滅ぼし、また江西に駐屯した。
【補足】洛陽の攻防戦が南の南陽、襄陽のあたりへと飛び火し、叛徒を率いていた王如、厳嶷、侯脱らと石勒が戦う事態となった。
【訳文】
［310-21］≪309-03☞≫太傅の司馬越は、先に王延らを殺したことから衆望を失っていた。また胡寇［北方諸民族おの侵攻］がますます盛んになってきたこともあって、内身不安を抱き、軍服を着て皇帝の前に出て、石勒を自ら討伐するために、兗州、予州のあたりにおいて兵士を集めたいと願った。皇帝は言った。「今胡虜は近郊を侵略し、民衆はしっかりした考えを持つことできず、朝廷も国家もただ公を頼りとしている。どうして遠くに出て国の根本を孤立させてしまうのか」と言った。司馬越は、「臣が出ることによって幸いにも賊を破れたならば、国威はまた振るいましょう。坐して困窮を待つよりはよいのです」と言った。
十一月甲戌、司馬越は武装兵四万を率いて許昌に向かった。王妃［司馬越の妻］の裴氏、世子の司馬毘、および竜驤将軍の李惲、右衛将軍の何倫を留めて都を守らせるとｔもに、宮中を監視させた。また潘滔を河南尹として朝廷のことを委ねた。司馬越は朝廷に申し出て行台［皇帝が外にあるときなどに置く臨時の官庁］を自分に随わせ、太尉の王衍を軍司にし、朝廷において人望のある者は全て行台の役人にして、名将や強い兵士もことごとくその下に組み入れた。こうして宮廷には守衛の兵士もいなくなり、洛陽の飢えはますますひどく、宮殿内でも続々と死者が出た。盗賊が横行し、官舎はそれぞれ堀を掘って自衛した。
司馬越は東に進んで項に駐屯し、馮嵩を左司馬にし、自身は予州牧となった。
竟陵王の司馬楙は皇帝に申し出て、兵士を出して（司馬越が残した）何倫を襲った。しかし勝てなかった。皇帝は罪を司馬楙になすりつけたので、司馬楙は逃げ去って免れた。
【補足】司馬越が先に王延らを殺したことは通鑑309-03で見ている。司馬越はもはや洛陽にいても事態を打開する見込みはないと判断し、皇帝を残して外に出て行った。このことは一見すると皇帝を見捨てて自分だけが生き延びようとしたかのようであるのだが、王夫子は『読通鑑論』で意外にも司馬越を擁護している。「食糧が尽きて孤立無援となった洛陽に留まったのでは、もはや死を待つ以外にない。外に出て敵を背後から討つのはありうる策である。司馬越が責められるべきはこのことにあるのではなく、それ以前に国を救う策を採らなかったことにある。王衍のような虚浮の徒を用い、無策のままに洛陽を孤立させてしまい、もはや晋を滅びるしかないまでに至たらせたのだ。残された策として少しだけましなのは皇帝が自ら外に出て戦うことで、敵が洛陽に入ってくれれば攻守が逆転して戦況の好転も望めたかもしれない。司馬越が皇帝とともに洛陽に留まってともに死ぬのは、主君を守るという名目は立つかのようであっても、国家の命運を度外視したもので、全くの論外である」。王夫子は玉砕戦法は無意味であるとして否定する。
【訳文】
［310-22］揚州都督の周馥は洛陽が孤立して危機にあるのを見て、（洛陽から南東に数百キロ離れた）寿春への遷都を皇帝に願い出た。太傅の司馬越はそのことを先に自分に言わないで直接皇帝に申し出たので大怒し、周馥と淮南太守の裴碩を呼びつけた。周馥は行くことを承知せず、裴碩に兵を率いて先に行かせた。裴碩は司馬越の指令を密かに受けたと偽って周馥を襲い、かえって周馥に敗れ、退いて東城を保った。
【補足】司馬越は度量の小ささを露呈し、力を合わせて外敵に立ち向かわなければならないときに、内部抗争の火種を増やしてしまった。周馥が洛陽から揚州に赴任したことは通鑑307-04で見ていて、それまでにも時折名が挙がっている。「八王の乱」の難しい時代に比較的中正の立場を保って生き延びてきたようである。
【訳文】
［310-23］≪308-09☞≫詔を下して（涼州にいる）張軌に鎮西将軍都督隴右諸軍事を兼ねさせた。光禄大夫の傅祗と太常の摯虞は張軌に手紙を送って、都が飢えに苦しんでいることを告げた。張軌は参軍の杜勲を派遣して馬五百匹と毛織物三万匹を献上した。
［310-24］≪309-13☞≫成国の太傅の李驤は、涪城の譙登を攻撃した。羅尚の子の羅宇や参佐［下役］はもとから譙登を嫌っていたので涪城に食糧を補給しなかった。それを聞いて益州刺史の皮素は怒り、罰しようとした。十二月、皮素は巴郡に至り、羅宇らは人を使って夜に皮素を殺し、その羅宇を建平都尉の暴重が殺した。こうして巴郡は乱れた。
李驤は譙登の食糧が尽き、援軍が来ないと知って、ますます厳しく涪城を攻めた。涪城の人々は鼠を燻じて食べ、非常に多くの者が餓死した。それでも離反する者は一人もいなかった。これより先に李驤の子の李寿は譙登のもとにいた。譙登はそれを父のところに帰した。
近隣の三府の官属が、巴東監軍の韓松を益州刺史にして巴東を治めさせるよう朝廷に申し出た。
［310-25］≪310-06☞≫先に王弥と石勒が都に侵攻してきたときに、皇帝は詔を下して苟晞に州郡の兵を率いて討つように命じていた。そのときに曹嶷が琅邪を破り、北に進んで斉の地を占拠してその兵勢が非常に盛んになった。そのために（苟晞の弟の）苟純は城を閉ざして守った。苟晞は都に向かう途中で引き返して青州を救い、曹嶷と連戦して破った。
［310-26］≪307-26☞≫この年、寧州刺史の王遜は任地に到着し、李釗を朱提太守にするよう朝廷に申し出た。そのとき寧州は外からは成国に迫られ、内側には夷の反乱があり、町は廃墟と化していた。王遜は粗末な服と食事に甘んじて、離散した人々を集め、民衆を日々に励まし労わった。数年のうちに州の中は安定するようになった。王遜は法に従わない豪族の十余家を誅殺し、五苓夷の乱を為した首謀者を撃って滅ぼしたので、寧州内外はその威に服した。
【訳文】
［310-27］漢主の劉聡は自分が兄弟の序列を越えて皇帝になったことから、同母兄の劉恭を忌まわしく思っていた。それで劉恭が寝ているのを伺って、壁に穴をあけて刺し殺した。
［310-28］漢国の皇太后の単氏が死に、漢主の劉聡は自分の生母の張氏を皇太后にした。かつて単氏が皇太后になったとき、まだ年若く美しかったので、劉聡はそれを烝した［凌辱した］。皇太弟の劉乂はしばしばそのことについて諌め、そのことから単氏は恥じつつ怒って死んだのだった。これより劉聡の劉乂への愛情は衰えた。ただし単氏のことがあったので、皇太弟の地位を廃することはなかった。
呼延皇后は劉聡に、「父が死んでその後を子が継ぐのは古今の常の道です。陛下は高祖［劉淵］の業を受け継がれましたが、皇太弟［劉乂］様は何をなさったのでしょうか。陛下の百年の後には［死後のことをいう］、劉粲［劉聡の長男で呼延氏の子］の兄弟はきっと誰も生き残れないでしょう」と言った。劉聡は、「確かにそうかもしれない。ゆるゆると考えるとしよう」。呼延皇后は、「ぐずぐずしていたのでは異変が生じてしまいます。皇太弟様は劉粲兄弟が次第に成長してくるのを見れば、必ず不安になりましょう。万一、つまらない者たちがその間に入って何かを構えたりしましたならどうなりましょうか。今日にもそれが起こらないとは限らないのです」と言った。劉聡は心の内でその通りだと思った。
劉乂の舅の光禄大夫の単沖は涙をこぼしながら劉乂に言った。「遠縁の者は近縁の者には及ばないと言います。主上は河内王［劉粲］に心を置いておられます。殿下は危険を避けなければなりませんぞ」。劉乂は、「河瑞［漢国の元号］の終わりに、主上は嫡子と庶子の区分をわきまえて、私に皇位を譲ろうとされた。私は主上の方が年長であることをもって、主上を皇帝に推戴した。そもそもこの天下は高祖［劉淵］の天下であって、兄が終れば弟に及ぶことに何の問題があろうか。劉粲兄弟が成長しても、今と何も変わりはしない。子と弟では親疎の距離はほとんど同じである。主上だって全く同じ考えであろう」と言った。
【補足】（1）劉聡が皇帝になった経緯［→通鑑310-12の二］を振り返ると、皇太弟つまり皇位継承順第一位の劉乂との関係は難しいものがあると容易に推測できる。劉聡は同母兄の劉恭をすでに殺しているのだから、異母弟の劉乂が安泰でいられるはずはないと思えるのだが、劉乂はなぜか劉聡を信じている。
（2）劉聡が父の正妻であった単皇后を蒸したのは、中国の伝統的な道徳観からも、我々のセンスからしても甚だ忌まわしい行為であって、劉乂も兄を諌めた。しかし、父親の妻妾で自分の生母以外の女性を子が受け継ぐのは匈奴においてはごく普通の行為であったという。それは庇護者を失った女性を救うという人道的な意味合いもあったのだろう。もちろん『資治通鑑』は劉聡をけがらわしく見ていて、それで「蒸す」という表現を採用している。
【訳文】
［311-01］≪310-25☞≫春、正月壬申、苟晞は曹嶷に敗れ、城を棄てて高平に奔った。
［311-02］≪310-20☞≫石勒は江漢の地を保ってそこに拠って立とうと考えたのだが、参軍都尉の張賓はそれはよろしくないとした。そのとき軍中では飢えと疫病によって多数の死者が出たために、沔河を渡って江夏を襲い、癸酉、江夏を占拠した。
【補足】各地で様々な事件が並行して起こるために『資治通鑑』の記述はますます断片化する。いずれにしても戦局は晋にとって絶望的であり、民衆にとっては絶望以外の何物でもない。石勒は軍団を安定的に留めることを志向したものの、結局は兵士を養うためには町を順に破壊していくしかなく、南東方向へと移動したために、戦火はさらに拡大した。
【訳文】
［311-03］≪310-24☞≫乙亥、成国の太傅の李驤は涪城を抜いて、譙登を獲た。太保の李始は巴西を抜き、文石を殺した。ここに成主の李雄は大赦を下し、玉衡と改元した。譙登が成都に至ると、李雄は宥めて用いようとした。しかし譙登の言辞はまるで屈するところがなかったために、李雄はそれを殺した。
［311-04］（かつての成国の動乱によって西の）巴蜀から（長江の流れによって東下した）流民は荊州から湘州のあたりに広がり、流民は土地の人々をしばしば侵して苦しめた。蜀の人の李驤は人々を集めて楽郷に拠って叛いた。南平太守の応詹と醴陵令の杜弢がともに撃ってそれを破った。王澄は成都内史の王機に李驤を討たせた。李驤は降伏を願い出たので、王澄は偽ってそれを許すと見せかけて、襲撃して李驤を殺した。その妻子をおとりに使って八千人余りの流民を長江に沈めた。それで流民はますます怨み怒った。
蜀の人の杜疇らがまた叛いた。湘州参軍の馮素は蜀の人の汝班と仲が悪く、刺史の荀眺に、「巴蜀からの流民は全て叛こうとしています」と言った。荀眺はそれを信じ、流民を尽く誅殺しようとした。流民は大いに懼れ、四五万の家が一斉に叛いた。杜弢が土地で人望があることから、流民はともに主として推した。杜弢は梁益二州牧領湘州刺史と自称した。
【補足】（1）ここには二人の李驤が登場している。成国の大官の李驤は晋側の勢力を排除することに成功し、流民のリーダーの李驤は蜂起に失敗して殺された。
（2）巴蜀からの流民はもとは同じく晋朝の人民であったのだが、治安を脅かすものとして為政者によって虐殺された。それは流民の激しい反発を招いて、かえって事態を難しくした。虐殺を実行した王澄は飲んだくれの駄目人間だと通鑑307-21には記されていた。杜弢が久しぶりに登場し［→通鑑301-17］、流民を鎮圧する側から流民のリーダーへと立場を転換した。
（3）王澄や馮素が流民を虐殺しようとしたことについて、王夫子は『読通鑑論』で次のように論じている。「夷狄であっても、困窮して我らを頼って来たときには、適切な距離は保ちつつも、憐れんで生きられるようにしてやるべきで、その窮乏に乗じて乱暴に扱い、卑しんで我が利を得ようとしてはならない。もしもそのようにしたならばかえって禍を大きくしてしまうのは歴史の事例から明らかである。まして中国の中で発生した流民を虐げてよいはずがない。流民が我が地に入り込んで来るのを見れば、その地の民衆は必ず怒るであろう。そのときに上に立つ者が流民を駆除することが我が民を守るための正しい行為だとしならば、民はそれに煽られて流民を仇のように見て、怒りのままに人倫に反することをしてしまう。馮素らは郷里を保つためだとするそのような邪説を奉じて狂愚残忍にも流民を尽く誅殺してしまおうとした。杜弢が乱をなしたのは天道の必然であって、人情として必ず至るところのものであった。それを見て、『事態をまずくさせたのはすみやかに全てを殺してしまわなかったからだ』と言うのは、不仁の極みで、そのような論者とは到底ともに語ることができない」。この論は、難民の排斥を声高に唱える排外主義者が台頭する現代の情勢にそのまま当てはまるといってよいだろう。
【訳文】
［311-05］≪310-22☞≫裴碩は（建業にいる）琅邪王の司馬睿に救援を求めた。司馬睿は揚威将軍の甘卓らに寿春にいる周馥を攻めさせた。周馥の部下は潰れ、項に奔った。予州都督の新蔡王の司馬確は周馥を捕え、周馥は憂憤して死んだ。司馬確は司馬騰の子である。
［311-06］揚州刺史の劉陶が死んだ。琅邪王の司馬睿は安東軍咨祭酒の王敦を揚州刺史にし、ついで都督征討諸軍事を加えた。
【補足】揚州刺史になった王敦と上で見た王澄とは同族である［→通鑑301-17］。王衍の目論見通り、一族は生き延びる場を南方に確保しつつあった。王氏の一族としては結構なことではあったろうが、王敦を重要な職務に就けたのは国にとっても民にとっても甚だ迷惑な事態をもたらすことになる。
【訳文】
［311-07］庚辰、平原王の司馬幹が死んだ。
［311-08］≪311-02☞≫二月、石勒は新蔡を攻め、新蔡荘王の司馬確を南頓で殺し、進んで許昌を占拠して平東将軍の王康を殺した。
［311-09］氐族の苻成と隗文がまた叛いて宜都から巴東に向かった。建平都尉の暴重がこれを討った。暴重はこれに乗じて（益州刺史の）韓松を殺し、自ら三府を支配するようになった。
【補足】（1）司馬確は周馥を捕らえる功績を挙げた直後に石勒によって殺されてしまった。片時たりとも安心できる間がない。
（2）暴重は先に通鑑310-24に登場し、それと合わせて見ても場当たり的に動いているだけのようである。苻成の名は通鑑303-01の二で見ている。
【訳文】
［311-10］≪［310-21☞≫東海孝献王の司馬越は苟晞とはすでに関係が悪くなっていたので、河南尹の潘滔や尚書の劉望らはそれにつけ込んで苟晞を謗った。苟晞は怒り、朝廷に文書を出して潘滔らの首を求め、「司馬越は宰相として公平ではなく、天下を混乱させている。この私を不義をもって使うことなどできはしないのだ」と宣言し、諸州に檄を飛ばし、自らの功績を誇り、司馬越の罪状を並べた。
皇帝もまた司馬越が権力を専らにして、詔に違えることが多く、さらには司馬越が都に留めた何倫らの将士が公卿から略奪したり、公主［皇帝の娘］に逼って辱めたりするのを憎んでいたので、密かに苟晞に自分で書いた詔を与え、司馬越を討たせようとした。
苟晞と皇帝の間をしばしば文書が往来しているのを司馬越は疑い、成皋のあたりに騎兵を放って様子を偵察させ、果たして苟晞の使者と詔書を獲た。それによって司馬越は檄を発して苟晞の罪状を並べ、従事中郎の楊瑁を兗州刺史にして、徐州刺史の裴盾とともに苟晞を討たせた。苟晞は騎兵を出して潘滔を捕えようとしたが、潘滔は夜のうちに逃れて免れた。ただ尚書の劉曽と侍中の程延は捕らえられて斬られた。司馬越は憂憤の余り病気になり、後事を王衍に託した。
三月丙子、司馬越は項で死に、喪を発するのをしばし秘した。人々はともに王衍を元帥に推した。しかし、王衍はその任に就こうしないで、襄陽王の司馬範に譲った。司馬範も受けなかった。司馬範は司馬瑋の子である。
王衍らは司馬越の棺を携えて東海に還って葬ろうとした。
（洛陽にいる）何倫、李惲らは司馬越が死んだと聞くと、司馬越の妃と世子の司馬毘を連れて洛陽から東に走った。城中の士民は争うようにしてそれに随った。
皇帝は司馬越の位を県王に落とし、苟晞を大将軍大都督督青徐兗予荊揚六州諸軍事にした。
【補足】大局的な国難よりも目先の内紛が優先されるのは必然法則であるのだろう。洛陽から出た司馬越は苟晞を打倒することに情熱を傾けたものの手詰まりとなって死んだ。洛陽からはさらに人が逃げ去ってしまった。
【訳文】
［311-11］≪311-09☞≫益州の人々は暴重を殺し、朝廷に申し出て巴郡太守の張羅に三府の事を行わせた。張羅は隗文らと戦って死に、隗文らは民衆を掠め取って西に進んで成国に降った。三府の文武の官は平西司馬の蜀郡の王異に三府の事を行わせて、巴郡太守とすることを朝廷に申し出た。
［311-12］≪308-20☞≫梁州刺史の張光は諸郡の首長を魏興に集め、ともに事態の打開を謀った。張燕が最初に、「漢中は荒廃し、大賊に迫られ、そこを回復させるには英雄の出現を待たなければなりません」と言った。張光は、張燕が（流民の）鄧定から賄賂を受けて漢中を失い、いままた人々の勢いを挫こうとしているのを見て、怒鳴りつけて外に出して斬った。張光は戦いつつ進み、年を経て漢中に至り、荒れた地域を綏撫したので、民衆は悦んで服した。
【補足】張光は通鑑304-02の二を見ると、なかなか気骨のある人であったようだ。
【訳文】
［311-13］≪311-10☞≫夏、四月、石勒は軽装の騎兵を率いて太傅の司馬越の葬列を追いかけ、苦県寧平城で追いついた。晋兵を大いに破り、騎兵を放って囲み、さんざんに矢を射た。将士十万人余りが互いに重なり合って倒れ、免れる者は一人もいなかった。太尉の王衍、襄陽王の司馬範、任城王の司馬済、武陵荘王の司馬澹、西河王の司馬喜、梁懐王の司馬禧、斉王の司馬超、吏部尚書の劉望、廷尉の諸葛銓、予州刺史の劉喬、太傅長史の庾敳らを捕らえ、これらを幕下に座らせ、晋がここに至ったことについて問うた。王衍は晋の政治の禍と失敗について具に述べ、「私は国家の謀に関わっていませんでした」と言い、さらに、「若いころより官の仕事に興味がなく、世間の事には関わってきませんでした」と言い、石勒に尊号［王と称すること］を勧めて、あわよくば罪を免れようとした。石勒は、「そなたは若いときから朝廷に並び、その名は天下に響き、身を重い任務に置きながら、どうして官の仕事に関心はなかったなどと言うのか。天下を破壊したのはそなたでなくていったい誰なのか」と言って、近くの者に命じて抱えて外へと出した。人々は死を畏れ、多くの者が自ら陳述した。襄陽王の司馬範だけは威儀を正し、大きな声で叱りつけるように、「今に至った事をいまさらあれこれ並べて何になろうか」と言った。石勒は孔萇に言った。「私はこれまで天下を広く巡ってきてこのような人を見たことがない。生かしておくべきではなかろうか」。孔萇は、「ここにいるのはいずれも晋の王公であります。決して我らの用を為す者ではありません」と言った。石勒は、「そうではあっても、鋒や刀で傷を加えるべきではない」と言った。夜、壁で圧し潰して殺した。司馬済は宣帝［司馬懿］の弟の子の景王の司馬陵の子で、司馬禧は司馬澹の子である。
石勒は司馬越の柩を剖き、その遺骸を焚き、「天下を乱したのはこの者である。私は天下のためにその報いを与える。骨を焚いて天地にその罪を告げるのだ」
（都から逃げた）何倫らは洧倉に至ったところで石勒に遭遇し、戦って敗れた。東海世子の司馬毘を初めとして宗室の四十八王は石勒のもとに没し、何倫は下邳に奔り、李惲は広宗に奔った。
（司馬越の妻の）裴妃は人に掠め取れて売られ、しばらく後に長江を南に渡った。琅邪王の司馬睿が建業に赴任したのは裴妃の意向によるものであったことから、司馬睿をそのことを徳として、手厚く慰撫し、その子の司馬沖に司馬越の後を継がせた。
【補足】（1）石勒は司馬越の棺を運ぶ隊列を襲った。それは容赦のない非人道的な行為であったが、王衍の見苦しい振る舞いの前では、石勒がむしろ正邪をわきまえた堂々の人物のように見える。『資治通鑑』のここの記述では、司馬範だけは鋒や刀で傷つけられずに圧殺されたように読めるのだが、『晋書』の王衍伝や石勒伝によると斬られることなく例外的に圧殺されたのは王衍であった。昔の中国の人は死後ももとの身体を使うと考えていて、遺体を傷つけられることを非常に嫌ったので、圧殺はかなりの温情なのである。石勒は司馬越を極悪人とみなして骨まで焼くという懲らしめ方をしている。『資治通鑑』の編者は、王衍は温情を施すに値する人間ではあるとは全く見ていないので、読者を敢えてミスリードするよう『晋書』の記事を再構成したのかもしれない。訳者としてはミスリードの方を採りたくて上のように訳した。
（2）王衍とともに捕らえられた庾敳に対するマイナス評価を通鑑306-10ですでに見ている。
（3）司馬越の妻の裴妃の後日談を『晋書』によってもう少し詳しく記すと、「裴妃は捕虜として奪い去られ、呉氏に売られ、十年ほど後の太興年間に長江を渡って東晋の地に至ることができた。裴妃は司馬越の魂を招いて改めて葬ろうとしたのだが、皇帝の司馬睿は関係機関に議論させた上で、許可しなかった。裴妃は皇帝の指示に従わずに広陵に葬った。太興年間の終わりにその墓は壊れてしまったので、丹徒に改葬した。かつて司馬睿が建業に赴任することになったのは裴妃の発案によるものであったことから、司馬睿はその恩徳を深く感じて、何度か裴妃の家を訪れ、第三子の司馬継に司馬毗の後を継がせ、司馬越に東海孝献王の諡を与えた」。司馬越の妻という非常に高い身分の者であっても、庇護者を失った女性は人身売買の対象にされてしまうのだった。
【訳文】
［311-14］≪311-10☞≫漢国の趙固と王桑は裴盾を攻めて、これを殺した。
【補足】ここで殺された徐州刺史の裴盾は上で見た裴妃の兄である。我々はここの記述から、夫や一族を失った平家の公達の妻に思いを馳せてもよいだろう。
【訳文】
［311-15］≪311-04☞≫杜弢は長沙を攻撃した。五月、荀眺は城を棄てて広州へと奔り、杜弢はそれを追って擒にした。こうして杜弢は、南は零州、桂州を破り、東は武昌を掠め、非常に多くの二千石［首長］や長吏を殺した。
［311-16］（晋の皇帝は）太子太傅の傅祗を司徒に、尚書令の荀藩を司空にし、王浚に大司馬侍中大都督督幽冀諸軍事を加え、南陽王の司馬模を太尉大都督に、張軌を車騎大将軍に、琅邪王の司馬睿を鎮東大将軍兼督揚江湘交広五州諸軍事にした。
かつて太傅の司馬越は、南陽王の司馬模には関中を治めることができないとして、皇帝に申し出て、司馬模を呼んで司空にしようとした。将軍の淳于定はそれに応じてはならないと言ったので、司馬模はそれに従い、朝廷に申し出て世子の司馬保を平西中郎将にして上邽に置いた。秦州刺史の裴苞は司馬保が来るのを拒んだ。司馬模は部下の都尉の陳安に裴苞を攻撃させた。裴苞は安定に奔り、太守の賈疋がそれを受け入れた。
［311-17］苟晞は都を倉垣に遷すよう朝廷に申し出て、従事中郎の劉会に数十艘の船と、護衛兵五百人、千斛の穀物をもって皇帝を迎えさせた。皇帝はそれに従おうとしたが、公卿たちは躊躇し、近習の者たちが財産に恋々としたために果たすことができなかった。
その後、洛陽は飢えに苦しんで人が人を食べるような状況になり、役人の十人に八、九人は消え去ってしまった。皇帝は公卿を集めて議論し、いよいよ洛陽を出ると決めたのだが、隊列を備えることさえできなかった。皇帝は腕組みをして、「どうして車さえもないかの」と嘆き、傅祗を出して河陰に行かせて舟を調達し、朝士数十人が皇帝のお供をすることになった。皇帝は歩いて西掖門から出て、銅駝街に至ったところで盗賊の略奪に遭い、進むことができなくなって宮中に引き返した。度支校尉の魏浚は数百戸の流民を率いて河陰の峡石を保っていたが、麦を略奪して得たのでそれを皇帝に献じた。皇帝は魏浚を揚威将軍平陽太守にして、度支の職務はもとのままとした。
【補足】かつて周馥が寿春への遷都を願い［→通鑑)310-22］、苟晞が倉垣への遷都を願ったのに［→通鑑311-17］、いずれも実現できずに、いよいよ切羽詰まって脱出しようとしてももはやそれさえできなくなってしまった。財産に恋々として時機を逸するというのは人間としていかにもありがちな失敗であろう。そのことについて、王夫子は『読通鑑論』で、「遷都ができなかったのは、朝廷の高官たちが二つのことを嫌ったからである。第一は、遷都を勧めた者が権力を握ってしまうこと、第二は、都に積み上げた財産を失ってしまうことである。財産に恋々としたために戦乱に倒れ、妻女を略奪されてしまったのだから、愚かしい限りである」と論じている。事態は悪化の一途をたどり、皇帝さえも都の大通りを安全に歩くことができなくなり、最終的な破局が目前に迫っていた。
【訳文】
［311-18］漢主の劉聡は前軍大将軍の呼延晏に将兵二万七千を率いて洛陽を攻撃させた。黄河の南に至るまでの間に、晋軍を十二回破り、その死者は三万人を超えた。漢国の始安王の劉曜、王弥、石勒らは兵士を率いてそれと合流することになっていた。まだそれらが揃わないうちに、呼延晏はかつて張方が作った壘に輜重［輸送部隊］を留め、癸未、先行して洛陽に至った。甲申、平昌門を攻撃し、丙戌、それに打ち勝ち、東陽門と諸庁舎を焚いた。
六月、丁亥朔、後続部隊がまだ来ないことから、呼延晏は略奪した上で都の外に出た。皇帝が東に逃げるため洛水に備えていて舟を、呼延晏は全て焼き掃った。
庚寅、荀藩と弟の光禄大夫の荀組は（都を出て）轘轅に奔った。
辛卯、王弥が宣陽門に至った。壬辰、始安王の劉曜が西明門に至った。丁酉、王弥と呼延晏は宣陽門を破って南宮に入り、太極前殿に昇り、兵士を放って大々的に略奪し、宮人［後宮の女性］を連れ去り、珍宝を全て持って行った。皇帝は華林園門から出て長安に奔ろうとした。漢国の兵士が追いかけてそれを捕え、端門に幽閉した。劉曜は西明門から入って武庫に駐屯した。
戊戌、劉曜は太子の司馬詮、呉孝王の司馬晏、竟陵王の司馬楙、右僕射の曹馥、尚書の閭丘沖、河南尹の劉黙らを殺した。士民の死者は三万人を超えた。さらに歴代皇帝の墓を暴き、宮廟を焚いた。こうして洛陽の宮殿は灰燼に帰した。劉曜は恵帝の羊皇后を我がものとし、皇帝と六璽［皇帝のしるし］を平陽［漢国の都］に遷した。石勒は兵を率いて轘轅から出て許昌に駐屯した。光禄大夫の劉蕃と尚書の盧志は并州に奔った。
丁未、漢主の劉聡は大赦を下し、嘉平と改元した。晋の皇帝を特進左光禄大夫にして平阿公に封じ、侍中の庾鈱、王儁を光禄大夫にした。庾鈱は庾敳の兄である。
始安王の劉曜は王弥が自分の来るのを待たずに先に洛陽に入ったのを怨んでいた。王弥は劉曜に、「洛陽は天下の中心で、山河によって四方を囲まれ、城も宮室も修繕することなく使えます。主上に申し上げて、平陽からここに都を移すべきです」と説いたのだが、劉曜は、「天下はまだ定まっていない。洛陽は四面に敵を受けたなら守ることができない」と言って、王弥の策を用いないで洛陽を焚いてしまった。王弥は、「屠各［部落の名］の息子なんぞには帝王になる心などありはしないのだな」と罵った。こうして王弥と劉曜の関係は悪くなった。
王弥は兵を率いて東に出て項先に駐屯した。前司隸校尉劉暾は王弥に、「今天下は糜のように沸き立ち、群雄が競って逐い合っています。将軍殿は漢国において並びない功績を挙げ、しかし始安王［劉曜］殿とはよろしくないことになってしまいました。もはや漢国には身の置き所はありませんでしょう。東方を根拠地として、おもむろに天下の趨勢を観るのがよいでしょう。うまくすれば天下を一つに合わせられるでしょうし、悪くても鼎を保つ［天下の一方を確保する］ことができるでしょう。これが上策というものです」と説いた。王弥は心の内でその通りだと思った。
【補足】（1）洛陽はついに陥落し、晋の皇帝は漢国の都の平陽に連れ去られた。多数の犠牲者が出るなかで、恵帝の皇后であった羊氏は劉曜によってその身を奪われた。何度となく皇后の座を追われ［→通鑑306-14］、今度は敵国で生きることになったのである。
（2）勝利した途端に仲間割れをするというのは避けられないことなのだろうか。王弥は自立の道を模索することになる。
【訳文】
［311-19］司徒の傅祗は行台［臨時政府］を河陰に建てた。このとき司空の荀藩は陽城に、河南尹に華薈は成皋にいた。汝陰太守の李矩は行台のための建物を作り、穀物を運んでそこに供給した。華薈は華歆の曽孫である。
荀藩と弟の荀組、一族の中護軍の荀崧、華薈と弟の中領軍の華恆は行台を密県に建て、檄を四方に飛ばし、琅邪王の司馬睿を推して盟主とした。荀藩は承制［皇帝に代わって指令を出すこと］をもって荀崧を襄城太守に李矩を滎陽太守に、前冠軍将軍の褚翜を梁国内史にした。揚威将軍の魏浚は洛北の石梁塢に駐屯していたが、劉琨は承制をもって魏浚を河南尹にした。魏浚は荀藩のもとに詣でて軍事について諮った。荀藩はともに相談しようと李矩を迎え、李矩は夜の間に赴こうとした。李矩の部下たちは口を揃えて、「魏浚は信用できません。夜に行くはよろしくありません」と言った。李矩は、「忠臣は同じ心だ。何の疑いもない」と言って出かけ、ともに歓を結んで引き返した。魏浚の同族の魏該は人々と協議して一泉塢に拠ることにした。荀藩は魏該を武威将軍にした。
予章王の司馬端は太子だった司馬詮の弟であるが、東に倉垣に奔り、苟晞は群官を率いて司馬端を奉じて皇太子として、行台を置いた。司馬端は承制をもって苟晞を太子太傅都督中外諸軍録尚書事として、倉垣から蒙城に移った。
撫軍将軍の秦王の司馬鄴は、呉孝王［司馬晏］の子で荀藩の甥で、このとき十二歳だった。南に奔って密県に至り、荀藩らはそれを奉じて南に許昌に赴いた。前予州刺史の閻鼎は数千人の西州から流民を密県に集めて郷里に帰ろうとしていた。荀藩は閻鼎には才があり衆人に擁立されていることから、起用して予州刺史にし、中書令の李絚、司徒左長史の劉疇、鎮軍長史の周顗、司馬の李述らをその補佐とした。周顗は周浚の子である。
このとき天下は大いに乱れ、（長江下流部の南側の）江東だけがやや安定していたので、中国の士民で乱を避けようとする者の多くは南に長江を渡った。鎮東司馬の王導は、北から来た賢俊の者を用いてともに事を為すよう琅邪王の司馬睿に説いた。司馬睿はそれに従い、官と関係する百人余りを招いた。時の人々はそれを百六掾と呼んだ。前穎川太守の刁協を軍咨祭酒に、前東海太守の王承と広陵相の卞壺を従事中郎に、江寧令の諸葛恢と歴陽参軍の陳頵を行参軍に、前太傅掾の庾亮を西曹掾にした。王承は王渾の弟の子で、諸葛恢は諸葛靚の子、庾亮は庾兗の弟の子である。
【補足】洛陽が陥落した後、晋側には立て直しを図る幾つかの動きがあった。そのなかから、司馬鄴と司馬睿が求心力を発揮するようになる。
【訳文】
［311-20］江州刺史の華軼は華歆の曽孫の子である。華軼は、自分は朝廷の命令を受けたのだから琅邪王の司馬睿の指図は受けたくないとして、その指令に従わなかった。郡県の首長の多くはそのことを諌めたが、華軼は、「私は詔書を見たいと思っているだけなのだ」と言った。司馬睿は荀藩の檄を受け取ってからは承制をもって官司を監督し長吏を任命し直すようになった。華軼と予州刺史の裴憲はその命令に従わなかった。司馬睿は揚州刺史の王敦、歴陽内史の甘卓を派遣して、揚烈将軍の周訪と兵と合わせて華軼を討たせた。華軼は敗れ、安成に奔った。周訪は追いかけて華軼と五人の子を斬った。裴憲は（王浚のいる）幽州に奔った。司馬睿は甘卓を湘州刺史に、周訪を尋陽太守にし、また揚武将軍の陶侃を武昌太守にした。
【補足】華軼はなかなかに強情な人物で、皇帝の命令なら謹んで受けるが、司馬睿の指示には従えないと拒んだ。確かに、政治機構上はその通りなのだろうが、そのよう意地を張るべき状況なのかは疑問である。
【訳文】
［311-21］秋、七月、王浚は壇を設けて天に告げて、皇太子を立て、天下に布告して、中詔を受けたと称し、承制をもって百官及び征、鎮の長を任命した。荀藩を太尉に、琅邪王の司馬睿を大将軍にした。王浚は自身を尚書令にして、裴憲およびその婿の棗嵩を尚書にし、田徽を兗州刺史に、李惲を青州刺史にした。
【補足】中国の北西の隅の幽州にいる王浚［→通鑑309-17］は独自に皇太子を立てて自立しようとした。皇太子の名は伝わっていない。
【訳文】
［311-22］≪311-16☞≫南陽王の司馬模は牙門の趙染に蒲坂を守らせていた。趙染は馮翊太守になることを求めて得られなかったので怒り、兵士を率いて漢国に降った。漢主の劉聡は趙染を平西将軍にした。
八月、劉聡は趙染を派遣して、安西将軍の劉雅とともに二万の騎兵を率いて長安の司馬模を攻撃した。河内王の劉粲、始安王の劉曜も大軍を率いてそれに続いた。趙染は司馬模の兵を潼関で破り、長駆して下邽に至った。涼州の将の北宮純は長安からその兵士を連れて漢国に降った。漢の兵士は長安を囲んだ。司馬模は淳于定を出して戦ったが敗れた。司馬模の倉庫は物資が尽きて空っぽになり、兵士は離散してしまったので、ついに漢国に降った。趙染は司馬模を河内王の劉粲のもとに送った。九月、劉粲は司馬模を殺した。関西は饑饉のために、白骨が野を覆い、士民で生き残ったのは百人に一人か二人もいなかった。
劉聡は始安王の劉曜を車騎大将軍雍州牧にし、改めて中山王に封じて長安を統治させた。王弥を大将軍にして斉公に封じた。
【補足】涼州から派遣されてこれまで奮闘してきた北宮純も降参し、長安も漢国側に落ちた。
【訳文】
［311-23の一］≪311-19☞≫苟晞は驕奢で苛酷であった。前遼西太守の閻亨は閻纘の子であるが、しばしば苟晞を諌めたために苟晞によって殺されてしまった。従事中郎の明預は病の身を輿に載せて官署に入って苟晞を諌めた。苟晞を、「わしが閻亨を殺したのは、他の者に何ら関りのないことだ。病気でありながら輿に乗ってわざわざ罵りにきたのか」と言い、明預は、「明公［苟晞］は礼をもって私に接してくださったので、私も礼をもってこれまで尽くしてまいりました。いま明公は私に怒っておられますので、他の者が明公に対して怒ってもどうすることもできますまい。昔、桀は天子でありましたけれど、驕って乱暴であったために亡びました。まして人臣であれば亡びないはずがありません。どうか明公におかれてはしばし怒りを脇において、私の申したことをお考えになってください」。それでも苟晞は従わなかった。これより人々の心は苟晞から離れて怨むようになり、加えて疫病と飢饉がこの地を襲った。
石勒は王讃を陽夏に攻めて擒にした。さらに蒙城を襲い、苟晞と予章王の司馬端を捕えた。苟晞は首に鎖を付けられたのだが、後に石勒のもとで左司馬となった。
漢主の劉聡は石勒を幽州牧にした。
【補足】苟晞は法を厳しく守る人であった［→通鑑307-17］。規律がはなはだ緩んでいた時代に貴重な存在のように思えたのだが、極度に厳密でかつ法の運用が恣意的であれば人々の心は離れてしまう。『資治通鑑』では省略されているが、他の史書には、「飢饉が襲った」の後に続いて、部下の反乱が記されている。そこに石勒の攻撃を受けてひとたまりもなく敗れた。苟晞は戦に強かったので、殺されずに漢国で用いられた。
【訳文】
［311-23の二］≪311-18☞≫かねてから王弥と石勒は一見すると親しくしているようでいて内側では互いに警戒し合っていた。劉暾は、王弥に曹嶷の兵を呼んで石勒を図るよう説いた。王弥は手紙を書いて、劉暾を使者として曹嶷を呼び、なおかつ石勒を迎えてともに青州に向かおうとした。劉暾は東阿に至ったところで、石勒の游騎［偵察隊］によって捕獲されてしまった。石勒は密かに劉暾を殺し、王弥はそれを知らずにいた。たまたま王弥の将の徐邈と高梁が部下を連れて去ったので、王弥の兵力はやや衰えた。
王弥は石勒が苟晞を擒にしたと聞くと、心の内で憎みつつも、石勒に祝賀する手紙を書いた。「公［石勒］は苟晞を獲てしかもこれを用いられたのはまさに神業であります。苟晞を公の左手とし、私王弥を公の右手とするならば、天下はたやすく定められましょう」。石勒はそれを見て張賓に言った。「王公［王弥］は重い位に就いていながら、この手紙の言葉は軽すぎます。きっと我らを図る意図がありましょう」。張賓は、王弥が少し衰えたのに乗じて、誘いをかけて取ってしまうことを石勒に勧めた。
このとき石勒は乞活の陳午と蓬関で攻め合っていた。また王弥は劉瑞と対峙して事態が甚だ切迫していた。王弥は石勒に救援を求め、石勒はすぐには同意しなかった。張賓は、「公［石勒］は常に王公［王弥］を得る便りがないのを恐れておられましたが、いま天は王公を我らに授けようしています。陳午などは小豎で憂うに足りません。王公は人傑でありますから、早くに除くべきです」。石勒は兵を率いて劉瑞を撃ち、それを斬った。王弥は大いに喜び、石勒は己に親しんでくれていると思って、もう疑わなくなった。
冬、十月、石勒は己吾で宴を開こうと要望した。王弥が行こうとすると、長史の張嵩が諌めたが聴かなかった。酒酣のとき、石勒は自ら王弥とその部下を斬った。
石勒は漢主の劉聡には王弥が叛逆を企てたと報告した。劉聡はひどく怒り、使者を送って、「国家を輔ける大臣を勝手に殺し、君主を重んじる心がない」と石勒を責めた。しかし、それでも石勒に鎮東大将軍に加え、督并幽二州諸軍事領并州刺史として、石勒の心をなだめた。苟晞と王讃は密かに石勒に叛こうとしたので、石勒は二人と苟晞の弟の苟純も殺した。
石勒は兵を率いて予州の諸郡を略奪し、長江に臨んでから還り、葛陂に駐屯した。
石勒はもとは人に掠め取られて売られ、そのときから母の王氏とは離れ離れになっていた。劉琨はその母と甥の石虎を得て、石勒のもとに送り、石勒に手紙を与え、「将軍［石勒］の用兵は神の如くで、向かうところ敵無しであります。天下をあまねく移動し、しかしながら足を容れる地がなく、百戦百勝して、しかし尺寸の土地も得ることができておられません。それはつまり、しかるべき主君を得れば義兵となり、逆賊に付けば賊衆になってしまうということによるものであります。事の成敗の分かれ目は、呼吸と似ていて、吹けば寒く、噓けば温かく、そのどちらを取るかであります。いま侍中車騎大将軍領護匈奴中郎将襄城郡公をお授けしますので、将軍よ、どうかこれを受けますように」と書いた［つまり晋に帰順することを説いた］。石勒は返事を出し、「仕えるか功業を打ち立てるかは途を殊にし、腐れ儒者どもの知るところではありません。貴君は晋朝に節を尽くすことに励まれよ、私は難を平らげることを功績とするだけです」と書いて、石勒は劉琨に名馬、珍宝を贈り、その使者を厚く礼遇したが、以降は関係を断った。
このとき石虎は十七歳で、途方もなく残忍で、軍中のやっかい者となった。石勒は母に、「この児は凶暴無頼で、兵士たちにこれを殺させたのでは外聞が悪いので、自分で取り除くしかないのでしょう」と言った。母は、「優れた牛も仔牛のときには車を壊したりしてしまうものです。そなたは少し耐え忍びなさい」と言った。
石虎は成長するにつれて、弓馬の腕をあげ、その勇ましさは当時において冠たるものとなった。石勒は石虎を征虜将軍とした。石虎が城や邑を屠る［全滅させて略奪する］と、ほとんど何も残らなかった。しかし衆人を制御すると厳しく、そして煩わしさがなく、敢えて犯す者がいなかった。石虎に攻撃を指示すると、向かうところ阻む者がいなかったので、石勒は石虎を寵任するようになった。
石勒は滎陽太守の李矩を攻め、李矩は迎え撃って退けた。
【補足】（1）石勒はライバルの王弥を滅ぼし、漢主の劉聡も手出しできない存在となった。石勒がもとは奴隷として売られたことは通鑑305-07で見ているが、劉琨はその母と甥を見つけ出して石勒のもとに送り、晋朝への帰順を説いた。石勒は劉琨に感謝しつつもその誘いは断った。石勒の甥の石虎はこれより恐るべき活躍をする。
（2）劉琨が石勒を帰順させられなかったことについて、王夫子は『読通鑑論』で、「人の父母を捕えて、それを人質として降伏するよう脅迫し、降伏しなかったときには父母を殺してしまうことと比べたら、劉琨に母や甥を返したのは、人として遥かに優れた行為であった。しかし、それでも石勒の心を動かせなかったのは、晋朝の威望がすでに地に落ち、かつ劉琨自身が真の仁者ではなかったからである。仁者が確固たる信義をもって堂々と事に臨むなら、石勒とて服さないことはなかったはずである」と論じている。劉琨が晋朝のために奮闘し続けたのは称賛に値する行為であったのが、十全の人格者というわけではなかった。
【訳文】
［311-24の一］≪311-22☞≫かつて南陽王の司馬模は従事中郎の索綝を馮翊太守にした。索綝は索靖の子である。司馬模が死ぬと、索綝と安夷護軍の麴允や頻陽令の梁肅はともに安定に奔った。そのときに安定太守の賈疋はもろもろの氐族、羌族とともに漢国に人質を送り出していた。索綝らはその一行と陰密で遭い、それを連れて臨涇に還り、賈疋とともに晋室を復興させることを相談し、賈疋はそれに従った。かくて共同で賈疋を推して平西将軍として、五万人を率いて長安に向かった。雍州刺史の麴特、新平太守の竺恢らが漢国に降っていなかったので、賈疋が挙兵をしたと聞くと、扶風太守の梁綜とともに十万人を率いてそれと合流した。梁綜は梁肅の兄である。
漢国の河内王の劉粲は新豐にいて、その将の劉雅と趙染に新平を攻撃させたが勝てなかった。索綝は新平を救援し、大小百戦して、劉雅らは敗退した。漢国の中山王の劉曜は賈疋らと黄丘で戦い、劉曜は大敗した。賈疋は漢国の梁州刺史の彭蕩仲を襲撃して殺した。麴特らは劉粲を新豐で破り、劉粲は平陽に還った。
ここにおいて賈疋の兵の勢いは大いに振るい、関西の胡や晋の人々はにわかにそれに応じたのだった。
≪311-19☞≫閻鼎は秦王の司馬鄴を奉じて関中に入り、長安に拠って天下に号令することを目論んだ。河陰令の傅暢は傅祗の子であるが、やはり手紙でそのことを勧めたので、閻鼎はついに関中に向かった。閻鼎に従う荀藩、劉疇、周顗、李述らはいずれも山東の人で、西に行くのを望まなかったので、中途で逃げ去ってしまった。閻鼎は兵士を出してそれを追ったが及ばなかったので、残っていた李絚らを殺した。閻鼎と司馬鄴は宛から武関へと向かい、その途中の上洛で盗賊に遭い、士卒は敗れて散り散りになった。残った者たちを集め直して進み、藍田に至ると、人を賈疋のもとに派遣した。賈疋は兵士を出してそれを迎えた。十二月、閻鼎は雍城に入り、梁綜の将兵がそこを守った。
【補足】晋側も洛陽および長安を落とされてそのままノックダウンしたわけではなかった。ここには長安を再興する動きが記されている。
【訳文】
［311-24の二］（閻鼎のもとから逃げた）周顗は琅邪王の司馬睿のもとに奔った。司馬睿は周顗を軍諮祭酒にした。
前騎都尉の桓彝もまた乱を避けて長江を南に渡った。桓彝は司馬睿の勢いが微弱であるのを見て周顗に、「私は中州［洛陽から長安のあたり］に事が多くあることから、身を全うしようとここに来たのですが、ここがこのように孤立して弱いありさまであっては、いったい何ができるのでしょうか」と言った。ところが王導と会って世の中のことを論じると、その後で周顗に、「いまお会いしてきたのは管仲［戦国時代に斉国を再建した名臣］でありました。もう何の憂いもありません」と言った。
諸名士は（建業にある）新亭に登って游宴を開いた。周顗は座中にあって、「川辺を臨む風景の中に身を置くことでは洛陽と異なりはしないけれど、目を挙げるとここを流れるのは違う河川なのであります」と嘆き、人々は互いに顔を見合わせて涙を流した。王導は深く思うところがあり、表情を変え、「いまは王室のために力を合わせて国家を再興すべきときであります。敵国の捕虜となって泣いてばかりいた楚国の囚われ人のようになってどうするつもりなのですか」と言った。人々は涙をおさめ、王導に謝った。
陳頵は王導に手紙を与えた。「中華［晋］が傾き衰えた理由は、才能のある人物を朝廷に集められなかったことにあります。実体よりも虚名が優先され、浮ついたことを競い合って互いに推薦し、言辞が重々しい者が先んじて顕われ、言辞が格別でない者は後回しにされ、そのような風潮が波のように広がって、ついには世の中が崩れるに至ったのであります。加えて老子や荘子の思想が流行して朝廷を惑わし、声望の高い者が高雅とされ、政事に関わる者は俗人とされ、国の仕事に心を向けなくなり、秩序が崩壊してしまいました。遠い先の目標を達成するには、まずは近いところから始めて行かなければなりません。いまは琴の弦を張り替えるときで、信に基づいて賞罰を明らかにし、漢の時代に卓茂や朱邑が大抜擢されたようなことをし、その後で大きな事業を挙げるならば、国家の中興も望む通りにできるでありましょう」。王導はこの提言に従うことはできなかった。
【補足】（1）ここには建業を拠点とする司馬睿のもとに集まった人々のことが記されている。王導が言った、「当共戮力王室、克復神州、何至作楚囚対泣邪」［当に共に力を王室に戮せて神州を克復すべし。何ぞ楚囚と作って対して泣くに至る邪］は、晋朝の再興に向けて人々を奮い立たせた有名な言葉。
（2）陳頵の提言は抽象的でわかりにくいが、要するに王衍のような浮ついた人間が国を駄目にしたのであるから、人材の登用を抜本的に改めるべきだということが言いたいのだろう。司馬睿と王導はいわば北から天下ってきたばかりで、土地に根を張る有力者の支持がなければ何事もできない上に、北からは次々に逃げてくる人々が加わってくるような状況にあっては、人心を統御していくのは非常に難しい課題であったから、思い切った策はなかなか採りにくかったであろう。王夫子は『読通鑑論』で、「急に弦を張り替えるようなことをしたなら、かえって人心が瓦解して内に乱が生じて留めようのない状況になっていただろう」と論じている。
【訳文】
［311-25］劉琨は人々を招き寄せるのは上手であったが、その人々を大切にして統御していくのは不得手で、たとえ一日に数千人が来ても、同じくらいの者が去ってしまうのだった。
劉琨は子の劉遵を派遣して、援兵を代公の拓跋猗盧に要請し、また同族の高陽内史の劉希を派遣して中山に人々を集めさせた。幽州が統治する代郡、上谷、広寧の民が劉希のもとに集まり、三万人に達した。（幽州の主である）王浚は怒り、燕相の胡矩を出して諸軍を動かし、遼西公の段疾陸眷とともに劉希を攻撃して殺し、三郡の士女を略奪して去った。段疾陸眷は段務勿塵の子である。
拓跋猗盧は息子の拓跋六脩に兵を率いさせて劉琨を助けて新興を守った。劉琨の牙門将の邢延は碧石を劉琨に献じた。劉琨はそれを拓跋六脩に与えた。拓跋六脩は邢延に碧石をさらに求めたが、得られなかったので、邢延の妻子を捕えた。邢延は怒り、部下を率いて拓跋六脩を襲撃した。拓跋六脩は走り、邢延は新興をもって漢国に付き、并州を攻めるために援兵を要請した。
【補足】劉琨は北方の最前線で奮闘していたが、北方諸民族の力を借りて事態を打開しようとする策は齟齬を来たし、かえって状況を悪化させてしまった。外敵を抑えるのに別の外敵をもってする策は根本からして誤っているという王夫子の指摘はすでに通鑑309-03の補足で紹介している。
【訳文】［311-26］≪309-17☞≫李臻が死ぬと、遼東附塞の鮮卑族の素喜連と木丸津の二部は李臻の仇に報いるとの名目で諸県を攻めて陥落させ、士民を殺したり略奪したりした。しばしば郡兵を破り、長らく害を為した。東夷校尉の封釈は討伐できず、和を結ぼうとしたが、素喜連も木丸津も従わなかった。民衆は生業を失い、非常に多くの者が慕容廆のもとに行った。慕容廆は食糧を与えて帰るよう促したが、留まろうとする者は慰撫した。
慕容廆の末子の鷹揚将軍の慕容翰は慕容廆に、「古から事を為そうとする君子は、必ず天子を尊び、民の望むところに従って、大業を成し遂げてきました。いま、素喜連と木丸津は龐本が李臻を殺したことの仇を討つのを名目としつつも、実際には災いを幸いとして乱を為すだけの連中です。封釈はすでに龐本を誅殺して和を請うているのに、乱暴をやめようとしていません。中原［中国の中心部］は乱れ、州軍は振るわず、遼東の地は荒れて人々は離散し、しかし救おうとする者がいません。単于［慕容廆］におかれては、二部の罪を列挙して討つべきです。小さいところではそれを併呑し、大きいところでは遼東を復興させ、忠義を天下に明らかにし、我らの国の利益となりましょう。これは霸王の基礎となるものです」と言った。慕容廆は笑い、「孺子め、よくそこまで考えたな」と言った。慕容廆は人々を率いて東に進み、慕容翰を前鋒として素喜連と木丸津を討って破り、首謀者を斬って、二部の人々を併合した。三千戸余りを得て、先に慕容廆に帰した者とともに郡のもとに置いたので、遼東は慕容廆によって存続することができた。
封釈は病気になり、その孫の封弈を慕容廆に託した。封釈が死ぬと、慕容廆は封弈を呼んで語り、「優れ者だ」と言って、小都督にした。封釈の子の冀州主簿の封悛と幽州参軍の封抽が喪に服すために来ると、慕容廆は二人と会うと、「千斤の重さを引く牛のような強さを引く家柄である」と言った。二人は葬儀が終わっても世が乱れて道が通じないために還ることができず、留まって慕容廆に仕えることになった。慕容廆は封抽を長史に、封悛を参軍にした。
王浚は舅の崔毖を東夷校尉にした。崔毖は崔琰の曽孫である。
【補足】これは中国の北東方面の事情。鮮卑族の慕容廆が着々と地歩を固めつつあった。