『資治通鑑鑑賞』　第86巻　305年〜308年

■資治通鑑第86巻

【解題】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第86巻は永(えい)興(こう)二年［305年］から永(えい)嘉(か)二年［308年］までの4年間を扱っている。

【訳文】

資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)巻八十六　晋(しん)紀(き)八　孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)下(げ)、孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)

【補足】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第86巻は「晋(しん)紀(き)八」に当たり、前半の2年間は「孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)下(げ)」、つまり晋(しん)の皇帝が孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の下巻に当たる。孝恵皇帝は晋の二代皇帝の司(し)馬(ば)衷(ちゅう)。後半の2年間は、「孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)」、つまり晋(しん)の皇帝が孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の上巻に当たる。孝懐皇帝は晋の三代皇帝の司(し)馬(ば)熾(し)。

【概略】晋(しん)朝(ちょう)の支配層によるいわゆる「八(はち)王(おう)の乱(らん)」はいつ果てるともなく続く。司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は皇帝を手元に確保し、長(ちょう)安(あん)から号令を発して国を安定させようとしたものの、皇族同士の潰し合いは競争相手がいなくなるまで終わらない。それは結局は国家そのものを潰す行為であって、それを好機と見て、晋によって抑えつけられていた諸民族が北でも南でも決起し、全土に混乱が広がる。そのなかから、新たな秩序を模索する動きが、地理的条件や政治風土の違いによって地域ごとに異なる特質をもって生まれ出てくるようになる。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の記述は何本もの道筋に分かれ、編年体の避けようのない欠点としてその筋道は断片化され、我々はより注意深く読み進めなければならない。この巻からは、事件のつながりを追うためのガイドとして、☞の記号を用いることにする。

【訳文】

［305-01］永(えい)興(こう)二年、夏、四月、張(ちょう)方(ほう)は羊(よう)皇(こう)后(ごう)を廃した。

［305-02］≪303-08☞≫（司(し)馬(ば)顒(ぎょう)の指示に従って）游(ゆう)楷(かい)らは（秦(しん)州(しゅう)を拠点とする）皇(こう)甫(ほ)重(ちょう)をかねてから攻めていたが、年を重ねても勝利できずにいた。皇甫重はその養子の皇(こう)甫(ほ)昌(しょう)を外に出して救援を求めた。皇甫昌は（東(とう)海(かい)から洛(らく)陽(よう)に移っていた）司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)のもとに詣でた。司馬越は太(たい)宰(さい)の司馬顒が新たに山(さん)東(とう)と連和したことをもって［司馬越の弟の司(し)馬(ば)模(ぼ)が鄴(ぎょう)を入ったことなどをいう］、兵を出すことに同意しなかった。皇甫昌はもとの殿中の人の楊(よう)篇(へん)とともに司馬越の命令だと偽って羊皇后を金(きん)墉(よう)城(じょう)に迎えに行き、皇后の命令で軍を動かして張(ちょう)方(ほう)を撃ち、大(たい)駕(が)［皇帝］を洛陽に迎えようとした。突然の事態に、百官は初めは皇甫昌の言いなりになったが、すぐに詐(いつわ)りだとわかり、皆で皇甫昌を誅殺した。

司馬顒は御(ぎょ)史(し)を皇甫重のもとに派遣して、降伏するよう詔(みことのり)をもって諭した。皇甫重は詔に従わなかった。このころになっても秦州城内では長(ちょう)沙(さ)��(れい)王(おう)の司(し)馬(ば)乂(かい)や皇(こう)甫(ほ)商(しょう)がすでに死んでしまったことを知らずにいた。皇甫重は御史の部下を獲て、「我が弟［皇甫商］が兵を率いてくることになっているのだが、まだ至らないのだろうか」と尋ねた。「すでに河(か)間(かん)王(おう)［司馬顒］様によって害されました」との答えを聞いて、皇甫重は顔色を失い、たちまちその者を殺した。ここにおいて、秦州城内では外からの救援がないのを知り、皆で皇甫重を殺して降伏した。司馬顒は馮(ひょう)翊(よく)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)輔(ほ)を秦(しん)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。

【補足】司(し)馬(ば)顒(ぎょう)のもとでひとまず国政を安定させる態勢が作られたものの、長(ちょう)安(あん)の西の秦(しん)州(しゅう)ではなお皇(こう)甫(ほ)重(ちょう)［→通鑑303-04、303-08の二］が戦い続けていた。それは情報の途絶がもたらしたもので、援軍がもはや来ないとわかった途端に秦州の人々は降伏した。それにしても羊(よう)皇(こう)后(ごう)の翻弄のされ方はすさまじいものがある。

【訳文】

［305-03］六月甲(こう)子(し)、安(あん)豊(ぽう)元(げん)侯(こう)の王(おう)戎(じゅう)は郟(こう)において死んだ。

［305-04］張(ちょう)輔(ほ)は秦(しん)州(しゅう)に行くと、自分の権威を樹立するために天(てん)水(すい)太(たい)守(しゅ)の封(ほう)尚(しょう)を殺した。また、隴(りょう)西(せい)太(たい)守(しゅ)の韓(かん)稚(ち)を呼び寄せた。韓稚は息子の韓(かん)樸(ぼく)に兵士を指揮させて張輔を撃った。張輔の軍は敗れ、張輔は死んだ。

涼(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の張(ちょう)軌(き)に向かって司(し)馬(ば)の楊(よう)胤(いん)が、「韓稚は勝手に刺史を殺しました。明(めい)公(こう)［張軌］は天下の一方を統治されておられます。韓稚を討ないわけにはいきません」。張軌はそれに従い、中(ちゅう)督(とく)護(ご)の氾(はん)瑗(えん)に二万の兵を率いて韓稚を撃たせた。韓稚は張軌のもとに詣でて降った。

そのすぐ後に、鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の若(じゃく)羅(ら)拔(ばつ)能(のう)が涼州に攻め込んだ。張軌は司(し)馬(ば)の宋(そう)配(はい)を出してそれを撃った。宋配は若羅拔能を斬り、十万人余りを捕虜にした。張軌の威名は大いに振るった。

【補足】秦(しん)州(しゅう)は長安から西方に400キロほど離れた町。そこに新たに赴任した張(ちょう)輔(ほ)は事を急ぎ過ぎて自滅した。秦州からさらに西北に数百キロ離れた涼(りょう)州(しゅう)で張(ちょう)軌(き)が地歩を固めつつあったことは通鑑301-01で見ていたが、その威令がより広い範囲に及ぶようになった。

【訳文】

［305-05］≪304-13☞≫漢(かん)王(おう)の劉(りゅう)淵(えん)は東(とう)贏(えい)公(こう)の司(し)馬(ば)騰(とう)を攻撃した。司馬騰は拓(たく)跋(ばつ)猗(い)㐌(た)にまた救援を願った。衛(えい)操(そう)は拓跋猗㐌に助けるよう勧めた。拓跋猗㐌は軽騎兵数千を率いて司馬騰を救い、劉淵の将軍の綦(き)毋(ぶ)豚(とん)を斬った。詔(みことのり)をもって拓跋猗㐌を仮に大(だい)単(ぜん)于(う)にし、加えて操(そう)右(ゆう)将(しょう)軍(ぐん)とした。

甲(こう)申(ゆう)、拓跋猗㐌は死に、子の拓(たく)跋(ばつ)普(ふ)根(こん)が代わって立った。

【補足】中国の北側では、司(し)馬(ば)越(えつ)の弟の司(し)馬(ば)騰(とう)が何とかして晋(しん)の統治を継続させようとしていた。匈(きょう)奴(ど)の劉(りゅう)淵(えん)の台頭を前に、もはや自力ではどうすることもできなくて、、鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)㐌(た)の力を借りたのだった。

【訳文】

［305-06］東(とう)海(かい)中(ちゅう)尉(い)の劉(りゅう)洽(こう)は、張(ちょう)方(ほう)が車(しゃ)駕(が)［皇帝］を無理やり長(ちょう)安(あん)に遷したことをもって、兵を起してそれを討つよう司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)に勧めた。

秋、七月、司馬越は檄(げき)を山(さん)東(とう)の征鎮、州郡に伝えた。その檄には、「義の軍団を合わせて率い、天子を奉迎して、旧都［洛(らく)陽(よう)］にお帰りいただく」とあった。東(とう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)楙(ぼう)はそれを聞いて懼(おそ)れた。長(ちょう)史(し)の王(おう)修(しゅう)は司馬楙に説いた。「東海王［司馬越］様は宗室のお方として人望があって重んじられています。いま義兵を興されましたので、公(こう)［司馬楙］は（任国である）徐(じょ)州(しゅう)を挙げて東海王様にお授けするのがよろしいでしょう。そうすれば難を免れますし、領地を譲ったとの美名も得られましょう」。司馬楙はそれに従った。司馬越は司空として徐(じょ)州(しゅう)都(と)督(とく)も兼ね、司馬楙は自ら兗(えん)州(しゅう)刺(し)史(し)となった。詔(みことのり)を下して劉(りゅう)虔(けん)を使者として派遣してその通りに授けた［追認した］。

こうして司馬越の兄弟が揃って東方の拠点を抑えたので、范(ぼん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)や王(おう)浚(しゅん)らはともに司馬越を盟主として推戴した。司馬越は刺史以下の地方官を選んでそれぞれの地に置き、（洛陽にいた）朝士の多くがそれに従って赴任した。

【補足】晋(しん)の政治はいつまでたっても落ち着かない。司(し)馬(ば)越(えつ)が東方を抑え、西側の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)と対決する構図になった。

【訳文】

［305-07］成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)はすでに皇(こう)太(たい)弟(てい)の地位を廃され、河(か)北(ほく)の人々はそれを憐れんだ。司馬穎のもとの将軍の公(こう)師(し)籓(はん)らは将軍を自称して、趙(ちょう)や魏(ぎ)の地で挙兵し、数万人が集まった。

上(じょう)党(とう)県(けん)武(ぶ)郷(きょう)の羯(けつ)［匈(きょう)奴(ど)の一種］の人の石(せき)勒(ろく)は胆力があり騎射が得意であった。かつて并(へい)州(しゅう)がひどい飢饉に見舞われたときに、建(けん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)の閻(えん)粋(すい)は東(とう)嬴(えい)公(こう)の司(し)馬(ば)騰(とう)にもろもろの胡(えびす)を捉えて山(さん)東(とう)に売ってそれを軍費に充てるとよいと言った。石勒はそのとき掠め取られて売られた一人で、茌(し)平(へい)の人の師(し)懽(かん)の奴隷になった。師懽は石勒の状貌を見て優れ者だと思い、奴隷から解放した。師懽の隣の家は馬の放牧をしていて、石勒は牧人のリーダーの汲(きゅう)桑(そう)とともに壮士たちと結束し、盗賊になった。

公師籓が挙兵すると、汲桑と石勒は数百騎を率いてその軍中に赴いた。汲桑はこのときに石勒に命じて、石を姓に、勒を名とさせた。公師籓は郡県を攻撃して陥れ、二(に)千(せん)石(せき)［知事］や長(ちょう)史(し)を殺し、転戦して進み、ついに鄴(ぎょう)を攻めた。平(へい)昌(しょう)公(こう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)は甚(はなは)だ懼(おそ)れ、范(ぼん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)はその将軍の苟(こう)晞(き)に鄴を救わせた。苟晞は広(こう)平(へい)太(たい)守(しゅ)の丁(てい)紹(しょう)とともに公師籓を撃ってそれを走らせた。

【補足】「八(はち)王(おう)の乱(らん)」の混沌とした状況のなかから、次の時代の英雄となる者が次々と名乗りを上げる。ここには石(せき)勒(ろく)の登場が記されている。石勒は匈(きょう)奴(ど)の一種とされる羯(けつ)の人で、匈奴の名家の出である劉(りゅう)淵(えん)とは異なり、奴隷として売られ、もとの姓も伝わらない。奴隷から雄飛する物語は混沌の時代ならではのものである。なお公(こう)師(し)籓(はん)の名は通鑑303-08の一で見ていて、ここで公師籓を撃退した苟(こう)晞(き)［→通鑑304-07の二］と後に石勒が激突するというように事件の連鎖が繋がってゆく。

【訳文】

［305-08］八月辛(しん)丑(ちゅう)、大赦を下した。

［305-09］司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)は琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)を平(へい)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)監(かん)徐(じょ)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にし、下(か)邳(ひ)を守らせた。司馬睿は王(おう)導(どう)を司(し)馬(ば)にしたいと願い出て、王導に軍事を委ねた。

司馬越は武装した兵士三万を率いて蕭(しょう)県(けん)に駐屯し、范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)は許(きょ)州(しゅう)から出て滎(けい)陽(よう)に駐屯した。司馬越は皇帝の命令だとして、予(よ)州(しゅう)刺(し)史(し)の劉(りゅう)喬(きょう)を冀(き)州(しゅう)刺(し)史(し)にし、司馬虓を予州刺史にしようとした。劉喬は司馬虓が予州にくるのは天子の命令によるものではないとして、兵を出して司馬虓を拒んだ。司馬虓は劉(りゅう)琨(こん)を司馬にし、司馬越は劉(りゅう)蕃(ばん)を淮(わい)北(ほく)護(ご)軍(ぐん)に、劉(りゅう)輿(よ)を穎(えい)川(せん)太(たい)守(しゅ)にした。劉喬は尚(しょう)書(しょ)に申し上げて、劉輿、劉琨兄弟の罪悪を並べ、兵を率いて許州を攻撃した。また、劉喬は長男の劉(りゅう)祐(ゆう)に兵を率いさせて蕭県の霊(れい)壁(へき)で司馬越の軍の進行を妨げた。これによって司馬越の軍は進めなくなった。

東(とう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)楙(ぼう)は兗(えん)州(しゅう)にあって、兵士や物資を際限なく集めさせた。そのために、郡県はその命令に堪えられなかった。范陽王の司馬虓は苟(こう)晞(き)を兗州に帰らせ、司馬楙を移して都(と)督(とく)青(せい)州(しゅう)にしようとした。司馬楙はその命令に従わず、山(さん)東(とう)の諸侯に背いて劉喬と結託した。

【補足】司(し)馬(ば)越(えつ)は勢いよく挙兵したものの、劉(りゅう)喬(きょう)や司(し)馬(ば)楙(ぼう)ら同調しない者が現われ、すぐには西に進めなくなった。

【訳文】

［305-10］（長(ちょう)安(あん)にいる）太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は、（東方の）山(さん)東(とう)で挙兵したことを聞いて甚(はなは)だ懼(おそ)れた。さらに公(こう)師(し)籓(はん)が成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)のために兵を起こしたので、壬(じん)午(ご)、皇帝に申し上げて、司馬穎を鎮(ちん)軍(ぐん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)河(か)北(ほく)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして一千の兵士を与え、盧(ろ)志(し)を魏(ぎ)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)にして司馬穎に従ってともに鄴(ぎょう)を統治させるようにし、それによって（司馬穎を支持する公師籓らの思いをなだめて）山東を鎮めようとした。また、建(けん)武(ぶ)将(しょう)軍(ぐん)の呂(りょ)朗(ろう)を洛(らく)陽(よう)に駐屯させようとした。

さらに、司馬顒は詔(みことのり)を出して、東(とう)海(かい)王(おう)の司(し)馬(ば)越(えつ)らをそれぞれの任国に帰らせようとした。しかし、司馬越らはそれには従わなかった。そこに劉(りゅう)喬(きょう)が（司馬越を阻むことを）朝廷に申し出てきたので、それを受けて、冬、十月丙(へい)子(し)、詔を下し、「劉(りゅう)輿(よ)は范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)に迫って脅かして反逆を構えた。鎮(ちん)南(なん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)弘(こう)、平(へい)南(なん)将(しょう)軍(ぐん)の彭(ほう)城(じょう)王(おう)の司(し)馬(ば)釈(せき)、征(せい)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)準(じゅん)はそれぞれの兵士を率いて劉喬と力を合わせるように。張(ちょう)方(ほう)を大(だい)都(と)督(とく)にし、十万の精鋭を率いて、呂朗と許(きょ)昌(しょう)で合流して劉輿兄弟を誅殺するように」と命じた。司馬釈は宣(せん)帝(てい)［司(し)馬(ば)懿(い)］の弟の子の穆(ぼく)王(おう)の司(し)馬(ば)権(けん)の孫である。丁(てい)丑(ちゅう)、司馬顒は成都王の司馬穎には将軍の楼(ろう)褒(ほう)らを率いて、前(ぜん)車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)の石(せき)超(ちょう)には北(ほく)中(ちゅう)郎(ろう)将(しょう)の王(おう)闡(たん)らを率いて、河(か)橋(きょう)に拠って劉喬を支援するよう命じた。劉喬を鎮(ちん)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)に昇任させて指揮官のしるしを与えた。

（荊(けい)州(しゅう)にいる）劉弘は劉喬と司馬越に手紙を送り、怨みを解いて兵を構えることを止め、ともに王室を助けるようにと説いた。しかし二人とも聴かなかった。劉弘は皇帝に次のように申し上げた。「近頃兵乱が紛々と乱れ、猜疑心から禍(わざわい)が次々に起こり、王公の間に乖離が生じ、災難が皇族全体に及ぶに至っています。今日は皇帝に忠であった者が、翌日には反逆をなし、たちまち身を翻して一方の首領となるありさまです。歴史の記録が残されるようになってより、骨肉の間の禍がこれほどまでにひどいことはかつてなく、臣(わたくし)は竊(ひそ)かにそれを悲しむものであります。いま国境地帯では外に備えるための蓄えがなく、中華においては物資が乏しく、国を支えるべき臣下は国全体について考えることがなく、小さな事で競い合って、互いに足の引っ張り合いをしているだけであります。万が一にもこの虚に乗じて四方の夷(えびす)が異変をなしたならば、中華は猛虎が闘う場となり果ててしまうでありましょう。臣(わたくし)が考えますに、速やかに詔を下して、司馬越らに命じて、双方ともに猜疑を解いて、それぞれ自領を保たせるようにすべきであります。それより以降は、詔書を受けずに勝手に兵馬を動かした者は、天下が共同で伐るべきであります」。

このとき司馬顒は劉喬の助けをもって関東の兵を防ごうとしていたので、劉弘の提言を受け入れなかった。

劉喬は虚に乗じて許(きょ)州(しゅう)を襲撃して破った。劉(りゅう)琨(こん)は兵を率いて許州の救援に向かったが及ばなかった。それで兄の劉輿と范陽王の司馬虓とともに河(か)北(ほく)に奔った。劉琨の父母は劉喬によって捕らえられた。

劉弘は張方が乱暴で残虐であることから、司馬顒は必ず敗れると知って、参(さん)軍(ぐん)の劉(りゅう)盤(ばん)を派遣して督(とく)護(ご)として諸軍を指揮させて、司空の司馬越の指揮下に入らせた。

時に天下は大乱し、劉弘はもっぱら江(こう)漢(かん)の地を統治して、その威は南方の地に行われた。事を謀って成功すると、「これは某人の功績である」と言い、もしも失敗すると、「これは老子(わたし)の罪である」と言った。何か事があって民衆を動かしたり徴発したりするときには、その内容と手順について丁寧に自分で書いて係の者に示したので、人々はそれに感悦して劉弘の指示に従い、皆が、「劉公の一枚の書は、十人の州の部(ぶ)従(じゅう)事(じ)よりも賢い」と言った。前(ぜん)広(こう)漢(かん)太(たい)守(しゅ)の辛(しん)冉(ぜん)は劉弘に縦��の事［劉弘が乱を起こすようなこと］を説いたので、劉弘は怒ってそれを斬った。

【補足】東の司(し)馬(ば)越(えつ)と西の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)が対決する構図となって、長(ちょう)江(こう)中流域を統治する劉(りゅう)弘(こう)が仲裁に動いたものの誰も従う者がいなかった。それで劉弘はやむをえず司馬越側に付いた。このとき晋(しん)朝(ちょう)のまともな人物としては劉弘くらいしかいない［→通鑑304-03］。

【訳文】

［305-11］北(ほく)斗(と)星(せい)に見慣れない星が現われた。

［305-12］平(へい)昌(しょう)公(こう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)［司(し)馬(ば)越(えつ)の弟］は、将軍の宋(そう)冑(ちゅう)を河(か)橋(きょう)に向かわせた。

［305-13］十一月、立(りゅう)節(せつ)将(しょう)軍(ぐん)の周(しゅう)権(けん)は檄(げき)を受けたと偽り、平(へい)西(せい)将(しょう)軍(ぐん)を自称してまた羊(よう)皇(こう)后(ごう)を立てた。洛(らく)陽(よう)令(れい)の何(か)喬(きょう)は周権を攻めて殺し、羊皇后を廃した。

太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は詔(みことのり)を矯(でっちあ)げ、羊皇后がしばしば姦人によって立てられていることをもって、尚(しょう)書(しょ)の田(でん)淑(しゅく)を派遣して、（洛陽を統治する）留(りゅう)台(だい)に命じて羊皇后に死を与えようとした。詔書はしきりに届いたが、（留台の一員である）司(し)隸(れ)校(こう)尉(い)の劉(りゅう)暾(とん)らは廃后の命令を保留し、朝廷に、「羊(よう)庶(しょ)人(じん)の門戸は破れ崩れ、いまや誰もいない宮殿に放逐され、その出入りは厳重に監視されています。姦人が乱を構えることなどできるはずもありません。人々は誰もが羊庶人が無実の罪を着せられていると考えています。いま一人の枯窮した人を殺して、天下の人々の心を惨めに傷つけたところで、統治に何の益があるでしょうか」と上奏した。司馬顒はそれに怒り、呂(りょ)朗(ろう)を派遣して劉暾を捕えさせた。劉暾は青(せい)州(しゅう)に奔(はし)り、高(こう)密(みつ)王(おう)の司(し)馬(ば)略(りゃく)に依った。こうして羊皇后は免れることができた。

［305-14］十二月、呂(りょ)朗(ろう)らは東に進んで滎(けい)陽(よう)に駐屯し、成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)は進んで洛陽に拠った。

［305-15］劉(りゅう)琨(こん)は冀(き)州(しゅう)刺(し)史(し)の温(おん)羨(せん)に説いて、その地位を范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)に譲らせた。司馬虓は冀州を手にすると、劉琨を派遣して幽(ゆう)州(しゅう)に行かせ、王(おう)浚(しゅん)に援軍を頼んだ。王浚は突(とつ)騎(き)［強力な騎兵隊］を供し、黄(こう)河(が)のほとりで王(おう)闡(たん)を撃ち、それを殺した。

劉琨は司馬虓とともに兵を率いて黄河を渡り、滎陽で石(せき)超(ちょう)を斬った。劉(りゅう)喬(きょう)は考(こう)城(じょう)から退却した。司馬虓は劉琨と督(とく)護(ご)の田(でん)徽(き)を東に向かわせて、廩(りん)丘(きゅう)で東(とう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)楙(ぼう)を攻撃した。司馬楙は走って任国に還った。劉琨と田徽は兵を率いて東に進み、司馬越を迎え、譙(しょう)で劉(りゅう)祐(ゆう)を攻撃した。劉祐は敗れて死んだ。劉喬の軍団は潰え、劉喬は平(へい)氏(し)の町に奔った。司馬越は進んで陽(よう)武(ぶ)に駐屯し、王浚はその将軍の祁(き)弘(こう)を派遣して、突騎と鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)、烏(う)桓(がん)族(ぞく)の兵を率いて司馬越の先駆とした。

【補足】（1）羊(よう)皇(こう)后(ごう)は周囲によって翻弄され続けている。

（2）劉(りゅう)琨(こん)の活躍と王(おう)浚(しゅん)の参戦によって、戦局は司(し)馬(ば)越(えつ)側が優勢になった。劉琨は詩文の才能があり、かつては賈(か)謐(ひつ)のもとに集まった二(に)十(じゅう)四(し)友(ゆう)［→通鑑291-02の五］の一人として知られたが、後に武将としても名を馳せた。王浚は鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)や烏(う)桓(かん)族(ぞく)と手を結び、先に司(し)馬(ば)穎(えい)を撃破している［→通鑑304-12の二］。別の史書には王浚が出した突(とつ)騎(き)は800人と記されていて、少なすぎると見る歴史家もいるが、最強の騎兵軍団なら800人もいれば戦場の様相を一変させるほどの力があったのだろう。鮮卑族や烏桓族の兵団の実力はその突騎を上回るものがあった。

【訳文】

［305-16の一］≪304-05☞≫かつて陳(ちん)敏(びん)が（反乱軍の）石(せき)氷(ひょう)に勝利すると、陳敏は己は勇略無敵であると思い込み、江(こう)東(とう)の地に割拠する志を抱いた。その父は怒り、「我が門を滅ぼすのはきっとこの児(こ)である」と言い、憂いを抱いたまま死んだ。陳敏は喪に服すために（広(こう)陵(りょう)相(そう)の）職から去った。その後、司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)は陳敏を立てさせて右(ゆう)将(しょう)軍(ぐん)前(ぜん)鋒(ほう)都(と)督(とく)とした。司馬越が劉(りゅう)祐(ゆう)に敗れると、陳敏は願い出て戦いを止めて東に帰った。そして陳敏はついに歴(れき)陽(よう)県(けん)を拠点として叛(そむ)いた。

このとき呉(ご)王(おう)常(じょう)侍(じ)の甘(かん)卓(たく)は官職を棄てて東に帰り、歴陽に至った。陳敏は息子の陳(ちん)景(けい)のために甘卓の娘を妻として迎えた。陳敏は甘卓に皇(こう)太(たい)弟(てい)の命令が出たと言わせ、それによって陳敏は揚(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)になった。陳敏は弟の陳(ちん)恢(かい)と別(べつ)将(しょう)の銭(せん)端(たん)らを出して南に江(こう)州(しゅう)を攻略し、また弟の陳(ちん)斌(びん)を出して東に諸郡を攻略した。江(こう)州(しゅう)刺(し)史(し)の応(おう)邈(ばく)、揚(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)の劉(りゅう)機(き)、丹(たん)楊(よう)太(たい)守(しゅ)の王(おう)曠(こう)らは官職を棄てて走った。

陳敏は江東に拠って立ち、顧(こ)栄(えい)を右(ゆう)将(しょう)軍(ぐん)に、賀(が)循(じゅん)を丹(たん)楊(よう)内(ない)史(し)に、周(しゅう)玘(き)を安(あん)豊(ぽう)太(たい)守(しゅ)にした。陳敏は江東の豪傑、名士を礼をもって迎え、将軍や郡守になった者が四十人余りいた。病気や老いをもって辞退する者には秩禄を与える命を下した［陳敏はとにかく土地の名士の人望を得ようとしたのである］。賀循は気が触れたと偽って（陳敏の招聘から）免れた。それで陳敏は顧栄に丹楊内史も兼ねさせた。周玘もまた病だとして任地に行かなかった。

陳敏は名士たちが結局は自分の思うように動いてくれないと疑い、ならば全てを誅殺してしまおうとした。顧栄は陳敏に、「中国［ここでは主として三国時代の魏(ぎ)国(こく)のあたりを指す］は乱れ、胡夷(えびす)は中国を侮り、今の情勢を観ると、中国がまた勢いを盛り返すのは難しく、民衆は子孫を遺せないほどであります。ただし、江(こう)南(なん)は石氷の乱を経てもなおしかるべき人物が健在であります。私が常々残念に思っているのは、国を存続させてくれるかつての孫(そん)氏(し)や劉(りゅう)氏(し)のような主人がいないことです。将軍［陳敏］様は世に稀な武勇を具え、勲功はすでに著しく、いま数万の軍団を擁し、無数の船があります。もしも君子を信じて何事もその思うところに委ね、微細な疑いは解いて、讒(ざん)言(げん)や諂(へつら)いの弁を塞ぐならば、長江より北の数州は檄(げき)を伝えるだけで定めることができるでありましょう。そのようにするのでなければついには何も成し遂げられないでありましょう」と説いた。それで陳敏は止めた。

陳敏は同僚や部下に命じて、己を推戴して都(と)督(とく)江(こう)東(とう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)大(だい)司(し)馬(ば)楚(そ)公(こう)とし、九(きゅう)錫(せき)を加え、序列として尚(しょう)書(しょ)令(れい)の上とした。そして、「皇帝の詔(みことのり)を得て、長江から沔(べん)漢(かん)に入って、鑾(らん)駕(が)［皇帝］をお迎えする」と称した。

【補足】かつて張(ちょう)昌(しょう)、石(せき)氷(ひょう)の反乱はもとの呉(ご)国(こく)の名士たちが立ち上がって鎮定し、戦争が終わると名士の多くは郷里に帰った［→通鑑304-05］。陳(ちん)敏(びん)だけは一国一城の主(あるじ)になる野望を抱き、自作自演で周囲に推戴されるというかたちをとって高い位に昇った。

【訳文】

［305-16の二］太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は張(ちょう)光(こう)を順(じゅん)陽(よう)太(たい)守(しゅ)にして、五千の歩兵および騎兵を指揮して（劉(りゅう)弘(こう)のいる）荊(けい)州(しゅう)に行かせ、陳(ちん)敏(びん)を討たせた。劉弘は江(こう)夏(か)太(たい)守(しゅ)の陶(とう)侃(かん)と武(ぶ)陵(りょう)太(たい)守(しゅ)の苗(びょう)光(こう)を派遣して夏(か)口(こう)に駐屯させ、また南(なん)平(ぺい)太(たい)守(しゅ)の応(おう)�･(せん)に水軍を指揮させてそれに継がせた。

陶侃と陳敏は同じ郡の出身で、同じ年に役人として採用された間柄であった。随(ずい)郡(ぐん)内(ない)史(し)の扈(こ)懐(かい)は劉弘に、「陶侃は大郡を治め、強兵を指揮しています。もしも異なる志を抱いたならば、荊州の東の門はないことになってしまうでしょう［陶侃が陳敏に付いたなら荊州はたちまちその手に落ちるということ］」と言った。劉弘は、「陶侃は忠のために働く者であることを私はずっと前から知っている。そのような心配はいらない」と言った。陶侃はそれを聞くと、息子の陶(とう)洪(こう)と兄の子の陶(とう)臻(しん)を劉弘のもとに行かせて、自分の姿勢をはっきりと示した。劉弘はその二人を参(さん)軍(ぐん)にした上で、陶臻に、「君の叔父上は戦に出て、君の祖母は御高齢である。君はすぐに帰るべきだ。匹(ひっ)夫(ぷ)の交わりでさえ心に負(そむ)くことはない。まして君の叔父上は大(だい)丈(じょう)夫(ふ)である」と言って帰郷させた。

陳敏は弟の陳(ちん)恢(かい)を荊(けい)州(しゅう)刺(し)史(し)にして武(ぶ)昌(しょう)を襲撃した。劉弘は陶侃に前(ぜん)鋒(ほう)督(とく)護(ご)を兼ねさせてそれを防がせた。陶侃は輸送のための船を戦艦として使おうとした。ある者がそれはできないと言ったが、陶侃は、「官の船を使って官に歯向かう賊を討つのに何の不都合があろうか」と言った。陶侃は陳恢と戦って、しばしば破った。また皮(ひ)初(しょ)、張光、苗光とともに銭(せん)端(たん)を長(ちょう)岐(き)で破った。

南(なん)陽(よう)太(たい)守(しゅ)の衛(えい)展(てん)は劉弘に、「張光は太宰［司馬顒］様の腹心です。公(こう)［劉弘］はすでに東(とう)海(かい)王(おう)［司(し)馬(ば)越(えつ)］様の側に付いておられます。張光を斬って態度をはっきりと示すべきです」と説いた。劉弘は、「宰(さい)輔(ほ)の得(とく)失(しつ)［朝廷内の確執による失点］は張光の罪ではない。人の身を危うくさせて自身の身を安泰にするなど、君子のすることではない」と言って、張光の殊勲を朝廷に報告し、高い地位に移すように願い出た。

【補足】司(し)馬(ば)越(えつ)と司(し)馬(ば)顒(ぎょう)の争いに対しては、司馬越に与する姿勢を示した劉(りゅう)弘(こう)だが、国に叛く陳敏を討伐することに関しては司馬顒と協力し合っている。

【訳文】

［305-17］≪304-20☞≫この年、漢(かん)王(おう)の劉(りゅう)淵(えん)は、（もともと都としていた）離(り)石(せき)が大飢饉に襲われたために、黎(れい)亭(てい)に居場所を移し、邸(てい)閣(かく)に蓄えられていた穀物を得た。離石には太(たい)尉(い)の劉(りゅう)宏(こう)を留めて守らせ、大(だい)司(し)農(のう)の卜(ぼく)予(よ)がそこに食糧を運んだ。

【訳文】

［306-01］光(こう)熙(き)元年、春、正月戊(ぼう)子(し)朔(さく)、日食があった。

［306-02］かねてから皇(こう)太(たい)弟(てい)中(ちゅう)庶(しょ)子(し)の繆(びゅう)播(は)は司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)に可愛がられていた。繆播の従弟の右(ゆう)衛(えい)率(しゅつ)の繆(びゅう)胤(いん)は太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)の前の妃の弟である。司馬越が挙兵をすると、繆播と繆胤を長(ちょう)安(あん)に派遣して、司馬顒に皇帝を奉じて洛(らく)陽(よう)に還るよう説き、二人で天下を二分してともに皇帝を補佐する約束を結ぼうとした。司馬顒はもとから繆播兄弟を信用していたので、それに従おうとした。張(ちょう)方(ほう)は（皇帝に対する）自分の罪が重いことを知っていたので誅殺されてしまうのではないかと恐れ、司馬顒に、「いま我々は地形的に優れた場所を根拠地としていて、国は富み、兵は強く、天子を奉じて号令を発しています。敢えてそれに従わない者はいないのに、どうして手を上げて人に制せられようとなさるのですか」と言った。それで司馬顒は思い留まった。

ところが劉(りゅう)喬(きょう)が敗れたために司馬顒は懼(おそ)れ、戦いをやめて山(さん)東(とう)［司馬越］と和解しようと考えた。それでも張方が従ないのを恐れ、ぐずぐずと決められずにいた。

張方はもともと長安の財産家の郅(しつ)輔(ほ)と親しくし、張方は郅輔を帳(ちょう)下(か)督(とく)にしていた。司馬顒の参(さん)軍(ぐん)の畢(ひつ)垣(えん)は張方にかつて侮辱されたことがあった。畢垣は司馬顒に、「張方は長らく霸(は)上(じょう)に駐屯したままで、山(さん)東(とう)の兵が盛んであると聞いてなかなか進もうとしていません。よからぬことが萌(きざ)す前に防ぐべきでありましょう［つまり張方は寝返る気でいる］。張方と親しくしている郅輔がかねてからその謀(はかりごと)を知っているはずです」と説いた。繆播と繆胤も司馬顒に、「張方を斬って急いで謝罪すべきです。そうすれば山東は労せずして静まりましょう」と繰り返し説いた。司馬顒は人を出して郅輔を呼び寄せた。畢垣は（長安にきた）郅輔を迎えて、「張方様は叛(そむ)こうとしています。人々は卿(あなた)がそのことを知っていると言っています。王［司馬顒］がもしそのことを卿(あなた)に尋ねたなら、どのようにお答えするつもりでいるのですか」と言った。郅輔は驚き、「謀反など聞いたこともありません。どうしたらよろしいのでしょうか」と言った。畢垣は、「王がもしも卿(あなた)に尋ねたなら、ただ爾(はい)爾(はい)とだけと言いなさい。そのようにしないと、きっと禍(わざわい)から免れることはできないでしょう」と言った。郅輔が司馬顒のもとに行くと、司馬顒は尋ねた。「張方が叛こうとしているとか。卿(そなた)はそれを知っているのか」。郅輔は、「爾(はい)」と答えた。司馬顒が、「卿(そなた)を行かせて張方を捕えようと思う。できるか」と言うと、また、「爾(はい)」と言った。司馬顒は郅輔を使って手紙を張方に送って、張方を殺そうとした。

郅輔は張方とは昵懇の仲であったので、郅輔が刀を持って張方の部屋に入って行こうとしても、門を守る者は疑わなかった。張方は灯の下で手紙の入っている函(はこ)を開いた。郅輔はその頭を斬った。郅輔は長安に還って報告すると、司馬顒は郅輔を安(あん)定(てい)太(たい)守(しゅ)にした。司馬顒は張方の首を司空越に送って和を願った。司馬越は許さなかった。

（司馬越側の）宋(そう)冑(ちゅう)は河(か)橋(きょう)を襲撃し、（河橋を守っていた）楼(ろう)褒(ほう)は西に走った。平(へい)昌(しょう)公(こう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)［司馬越の弟］は前(ぜん)鋒(ぽう)督(とく)護(ご)の馮(ふう)嵩(すう)を派遣して、宋冑と合流して洛陽に迫らせた。成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)は（洛陽を出て）西に長安に奔り、華(か)陰(いん)に至ったところで、司馬顒がすでに山東と和を結ぼうとしていると聞いて、それより進まずに留まった。

滎(けい)陽(よう)に駐屯する呂(りょ)朗(ろう)に、劉(りゅう)琨(こん)は張方の首を示した。呂朗は降参した。

甲(こう)子(し)、司空の司馬越は祁(き)弘(こう)、宋冑、司(し)馬(ば)纂(さん)に鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の兵を率いて西に車(しゃ)駕(が)［皇帝］を迎えに行かせた。また周(しゅう)馥(ふく)を司(し)隸(れい)校(こう)尉(い)仮(か)節(せつ)都(と)督(とく)諸(しょ)軍(ぐん)として澠(べん)池(ち)に駐屯させた。

【補足】ここまでの『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の記述から明らかなように、司(し)馬(ば)顒(ぎょう)が長(ちょう)安(あん)で威を張っていられるのはひとえに張(ちょう)方(ほう)の武力によるものであった。張方を殺した司馬顒は果たして生き続けることができるのだろうか。

【訳文】

［306-03］三月、（中国の東北の隅の）惤(けん)県(けん)令(れい)の劉(りゅう)伯(はく)根(こん)が叛(そむ)いた。その衆は万をもって数え、惤(けん)公(こう)と自称した。

王(おう)弥(び)は家の召使らを引き連れてそれに従い、劉柏根は王弥を長(ちょう)史(し)に、王弥のいとこの王(おう)桑(そう)を東(とう)中(ちゅう)郎(ろう)将(しょう)にした。劉柏根は臨(りん)淄(し)を襲撃したので、青(せい)州(しゅう)都(と)督(とく)の高(こう)密(みつ)王(おう)の司(し)馬(ば)略(りゃく)は劉(りゅう)暾(とん)に兵を指揮させてそれを防いだ。劉暾は破れて洛(らく)陽(よう)に奔(はし)り、司馬略も走って聊(りょう)城(じょう)を保った。王(おう)浚(しゅん)は軍団を出して劉柏根を討って斬った。王弥は逃げて長(ちょう)広(こう)山(ざん)に入り、盗賊となった。

【補足】ここに登場した王(おう)弥(び)の名を見て、我々はずっと以前に見た通鑑279-02の記事を思い出さないといけない。そこには、王弥は任侠を喜び、劉(りゅう)淵(えん)と親しくしたと書いてあった。王弥が活躍する時がようやく巡ってきたのである。

【訳文】

［306-04］≪303-12☞≫（中国の南西の隅の）寧(ねい)州(しゅう)では連年の飢饉と疫病によって死者が十万人にもなった。（先住民の）五(ご)苓(れい)夷(い)が強く盛んになり、州兵はしばしば敗れた。そのために非常に多くの役人や民衆が（ベトナム北部の）交(こう)州(しゅう)へ流入した。五苓夷はついに州城を包囲した。（寧州知事の）李(り)毅(き)はこのとき病気で、救援の路も絶たれていた。李毅は朝廷に次のような文書を送った。「寇(こう)虐(ぎゃく)［賊の侵略］を式(しき)遏(あつ)する［押しとどめる］ことができず、坐して殄(てん)斃(ぺい)［滅亡］を待つばかりです。矜(きょう)恤(じゅつ)を垂れる［救援する］ことができないのならば、大官の者を派遣してくださいますように願います。そのときに臣(わたくし)がなおも生きていたならば、臣(わたくし)に重(じゅう)辟(へき)［重罪］を加えてください。もしも臣(わたくし)が死んでいたならば屍(しかばね)を戮(ばらばら)にしてください」。朝廷からの返事がないままに数年が経過し、李毅の息子の李(り)�ｻ(しょう)が洛(らく)陽(よう)から父の様子を見に行った。まだ到着しないうちに李毅は死んだ。李毅の娘の李(り)秀(しゅう)は父に似て聡明であったので、人々は推して李秀に寧州を統治させた。李秀は戦士を励まして固く城を守った。城中は食糧が尽き、鼠を炙り草を抜いて食べた。五苓夷の攻囲が緩んだ様子を見て取ると、兵を出して一斉攻撃し、それを破った。

【補足】これは一転して都から遠く南西に離れた地域の情勢。寧(ねい)州(しゅう)は先住民の五(ご)苓(れい)夷(い)に包囲され、李(り)毅(き)は悲痛な思いを朝廷に訴えたが、皇族同士の争いに明け暮れる朝廷にはそれを顧みる余裕はなかった。そこに登場したのが、李毅の娘の李(り)秀(しゅう)であった。

【訳文】

［306-05］≪304-15☞≫范(はん)長(ちょう)生(せい)は成(せい)都(と)に詣でた。成(せい)都(と)王(おう)の李(り)雄(ゆう)は門にまで出て、笏を手に迎えた。李雄は范長生を丞(じょう)相(しょう)にし、尊んで范(はん)賢(けん)と呼んだ。

【補足】これは蜀(しょく)の状況。李(り)雄(ゆう)のもとで蜀の統治機構が整ってきたことを示している。

【訳文】

［306-06］≪306-02☞≫夏、四月己(き)巳(し)、司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)は兵を率いて温(おん)県(けん)に駐屯した。太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は張(ちょう)方(ほう)が死んだことで、東方の兵はきっと和解してくれると思っていた。ところが、東方の兵は張方が死んだと聞くと、争うようにして関(かん)中(ちゅう)［長(ちょう)安(あん)を中心とする盆地］に入ろうとした。司馬顒は（張方を殺したことを）後悔し、（張方を殺害した）郅(しつ)輔(ほ)を斬り、弘(こう)農(のう)太(たい)守(しゅ)の彭(ほう)随(ずい)と北(ほく)地(ち)太(たい)守(しゅ)の刁(ちょう)黙(もく)に兵を率いさせて祁(き)弘(こう)らを湖(こ)で防いだ。

五月壬(じん)辰(しん)、祁弘らは彭随と刁黙を攻撃して大いに破った。そして西に進んで関中に入り、司馬顒の将の馬(ば)瞻(せん)と郭(かく)偉(い)を霸(は)水(すい)で破った。司馬顒は独り馬に乗って太(たい)白(はく)山(ざん)に逃げ込んだ。祁弘らは長安に入った。連れてきた鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)が大々的に略奪行為を働き二万人余りを殺した。役人たちは散り散りになって逃げて山中に入り、橡(とち)の実などを拾って食べた。己(き)亥(がい)、祁弘らは皇帝を奉じて牛車に乗せて東に還り、太(たい)弟(てい)太(たい)保(ほう)の梁(りょう)柳(りゅう)を鎮(ちん)西(ぜい)将(しょう)軍(ぐん)として関中を守らせた。

六月、丙(へい)辰(しん)朔(さく)、皇帝は洛(らく)陽(よう)に至った。羊(よう)氏(し)をまた皇后に戻した。辛(しん)未(び)、大赦を下し、（光(こう)熙(き)に）改元した。

［306-07］（司馬顒の将軍の)馬瞻らは長安に入って梁柳を殺し、始(し)平(へい)太(たい)守(しゅ)の梁(りょう)邁(まい)とともに太宰の司馬顒を南(なん)山(ざん)から長安に迎えた。弘(こう)農(のう)太(たい)守(しゅ)の裴(はい)廙(い)、秦(しん)国(こく)内(ない)史(し)の賈(か)龕(がん)、安(あん)定(てい)太(たい)守(しゅ)の賈(か)疋(ひつ)らは兵を起こして司馬顒を攻撃し、馬瞻と梁邁を斬った。賈疋は賈(か)詡(く)の曽孫である。

司空の司馬越は督(とく)護(ご)の麋(び)晃(こう)に兵を指揮させて司馬顒を撃った。麋晃は鄭(てい)に至り、司馬顒は平(へい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)の牽(けん)秀(しゅう)を馮(ひょう)翊(よく)に行かせた。司馬顒の長(ちょう)史(し)の楊(よう)騰(とう)は司馬顒の命令だと偽って、牽秀に戦うことを止めさせた。結局、楊騰は牽秀を殺したので、関中はどこも司馬越に服し、司馬顒は長安城を保つだけとなった。

【補足】司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は張(ちょう)方(ほう)を殺した自身の行為の結果として、一気に劣勢となり、皇帝を奪い取られた。

【訳文】

［306-08］≪306-05☞≫成(せい)都(と)王(おう)の李(り)雄(ゆう)は皇帝の位に即(つ)き、大赦を下し、晏(あん)平(ぺい)に改元し、国号を大(だい)成(せい)とした。父の李(り)特(とく)を追尊して景(けい)皇(こう)帝(てい)とし、廟号を始(し)祖(そ)とした。王(おう)太(たい)后(こう)を尊んで皇(こう)太(たい)后(ごう)とした。范(はん)長(ちょう)生(せい)を天(てん)地(ち)太(たい)師(し)にし、その部(ぶ)曲(きょく)［私領］を特別に優遇して徴兵や徴税を免除した。諸将は李雄との関係を恃(たの)んで、互いに序列を争った。尚(しょう)書(しょ)令(れい)の閻(えん)式(しき)は漢(かん)や晋(しん)の故事に倣って百官の制度を立てるように言い、李雄はそれに従った。

【補足】李(り)雄(ゆう)は皇帝を称し、国号を大(だい)成(せい)とした。

【訳文】

［306-09］秋、七月乙(いつ)酉(ゆう)朔(さく)、日食があった。

［306-10］八月、司(し)空(くう)の司(し)馬(ば)越(えつ)を太(たい)傅(ふ)録(ろく)尚(しょう)書(しょ)事(じ)とし、范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)を司(し)空(くう)にして鄴(ぎょう)を治めさせ、平(へい)昌(しょう)公(こう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)を鎮(ちん)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)にして許(きょ)昌(しょう)を治めさせ、王(おう)浚(しゅん)を驃(ひょう)騎(き)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)東(とう)夷(い)河(か)北(ほく)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして幽(ゆう)州(しゅう)刺(し)史(し)の任に就かせた。

司馬越は吏(り)部(ぶ)郎(ろう)の庾(ゆ)敳(がい)を軍(ぐん)諮(し)祭(さい)酒(しゅ)にし、前(ぜん)太(たい)弟(てい)中(ちゅう)庶(しょ)子(し)の胡(こ)母(ぼ)輔(ほ)之(し)を従(じゅう)事(じ)中(ちゅう)郎(ろう)に、黄(こう)門(もん)侍(じ)郎(ろう)の郭(かく)象(しょう)を主(しゅ)簿(ぼ)に、鴻(こう)臚(ろ)丞(じょう)の阮(げん)修(しゅう)を行(こう)参(さん)軍(ぐん)に、謝(しゃ)鯤(こん)を掾(じょう)にした。胡母輔之は楽(らく)安(あん)の光(こう)逸(いつ)を司馬越に勧め、司馬越はそれを招いた。庾敳らはいずれも虚(きょ)玄(げん)を尚(とうと)び、政治の務めについて心にかけることがなく、酒ばかり飲んで勝手気ままな振る舞いをした。庾敳は財産を殖やすことにすこぶる熱心で、郭象は人間が軽薄で権勢をかさにきるのを好んだ。司馬越はそれらの者が世間では名を重んじられているので招いたのである。

【補足】郭(かく)象(しょう)は『荘(そう)子(じ)』の注釈者として知られるがここでの評価は著しく低い。国政が大混乱に陥っているときに、司(し)馬(ば)越(えつ)の招きに応じていそいそと高位に就いて、まともな仕事を一切しないのだから、ろくでもない人物であるのは間違いない。王(おう)夫(ふう)子(し)は嵇(けい)紹(しょう)も同類であると見なして酷評したのであろう［→通鑑304-07の二の補足］。

【訳文】

［306-11］≪306-02☞≫成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)は、祁(き)弘(こう)が関(かん)中(ちゅう)に入ったときに、武(ぶ)関(かん)から新(しん)野(や)県(けん)に奔(はし)った。たまたま新(しん)城(じょう)元(げん)公(こう)の劉(りゅう)弘(こう)が死んだので、司(し)馬(ば)の郭(かく)勱(れい)は乱を起こし、司馬穎を迎えて盟主に立てようとした。治(ち)中(ちゅう)の郭(かく)舒(じょ)は劉弘の子の劉(りゅう)璠(はん)を奉じて郭勱を討って斬った。

詔(みことのり)を下して南(なん)中(ちゅう)郎(ろう)将(しょう)の劉(りゅう)陶(とう)に司馬穎を捕えるよう命じた。司馬穎は北に進んで黄(こう)河(が)を渡り、朝(ちょう)歌(か)に奔り、もとの将士を集めて数百人を得た。司馬穎は公(こう)師(し)籓(はん)のところに行こうとした。九月、頓(とん)丘(きゅう)太(たい)守(しゅ)の馮(ふう)嵩(すう)が司馬穎を捕えて鄴(ぎょう)に送った。范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)は司馬穎を殺すのは忍びないとして幽閉した。公師籓は白(はく)馬(ば)から南に行って黄河を渡った。兗(えん)州(しゅう)刺(し)史(し)の苟(こう)晞(き)がそれを討って斬った。

【補足】（1）一時期は天下に君臨するほどの勢いであった司(し)馬(ば)穎(えい)は惨めにも行き場を失い、捕らわれの身となった。

（2）唯一のまともな人間であった劉(りゅう)弘(こう)が死んだ。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、「劉弘は天下が乱れたときにも正義をもってそれを一つにしようとし、行うべきことを行い、留まるべきところに留まり、公正に物事を判断した。高山のように聳え、海のように広いその精神は千年の後になってもまざまざと見てとることができる。もしも晋(しん)が国を挙げて劉弘に委ねていたならば、たとえ乱れるくらいのことはあっても亡びはしなかったであろう。晋は十分に劉弘を用いることができなかったが、劉弘は十分に晋のために働いた」と絶賛している。

【訳文】

［306-12］東(とう)贏(えい)公(こう)の司(し)馬(ば)騰(とう)を東(とう)燕(えん)王(おう)に、平(へい)昌(しょう)公(こう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)を南(なん)陽(よう)王(おう)にした。

［306-13］≪306-11☞≫冬、十月、范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)が死んだ。長(ちょう)史(し)の劉(りゅう)輿(よ)は、鄴(ぎょう)の人々がもともと成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)に懐(なつ)いていたので、司馬虓の死を隠し、偽って人に皇帝からの使者の真似をさせて、詔(みことのり)だと称して夜の間に司馬穎に死を与え、その二人の子も殺した。司馬穎に付いていた官員は全て逃げ去っていたが、盧(ろ)志(し)だけがなお従っていた。盧志は死に至るまで怠ることなく仕え、司馬穎の遺骸を収めて葬った。太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は盧志を招いて軍(ぐん)諮(し)祭(さい)酒(しゅ)にした。

司馬越は劉輿を重く用いようとして、ある人が、「劉輿は油まみれの垢のような人間で、それに近づくだけで汚れてしまいます」と言ったので、劉輿が来ても司馬越はしばし距離を置いていた。劉輿は密かに国の軍事に関する帳簿や倉庫にある物を見て、牛馬や武器の状況や、水陸の形状などについて全てを頭に入れた。このとき軍事に関わる課題が多岐にわたって山積みだったが、会議を開くたびに長(ちょう)史(し)の潘(はん)滔(とう)以下の者はきちんと答えることができなかった。そのときに劉輿が機敏に緻密に弁じたので、司馬越は膝を進めて問い尋ねた。司馬越は劉輿を左(さ)長(ちょう)史(し)にして、軍政についてそっくり委ねた。

劉輿は司馬越に、弟の劉(りゅう)琨(こん)を并(へい)州(しゅう)に行かせて北面に睨みをきかせることを説いた。司馬越は劉琨を并(へい)州(しゅう)刺(し)史(し)にし、東(とう)燕(えん)王(おう)の司(し)馬(ば)騰(とう)を車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)鄴(ぎょう)城(じょう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして鄴(ぎょう)を治めさせた。

【補足】盧(ろ)志(し)が司(し)馬(ば)穎(えい)に仕える姿勢は通鑑301-05の一から一貫して変わることがなかった。一方で、劉(りゅう)輿(よ)は有能であったが、通鑑305-09には「劉(りゅう)喬(きょう)は劉輿、劉(りゅう)琨(こん)の兄弟の罪悪を並べた」と記されていて、油断のならない人物でもあったのだろう。劉琨が赴任することになった并州は、匈奴の劉淵ら北方諸民族の勢力拡大に伴って、北に突き出した晋国の最前線と地域となっていた。

【訳文】

［306-14］十一月己(き)巳(し)、夜、皇帝は麺類を食べて毒に中(あた)り、（翌日の）庚(こう)午(ご)、顕(けん)陽(よう)殿(でん)で亡くなった。

羊(よう)皇(こう)后(ごう)は、自分は皇(こう)太(たい)弟(てい)の司(し)馬(ば)熾(し)にとっては兄嫁であることから、（司馬熾が皇帝になると）皇(こう)太(たい)后(ごう)にはなれないことに恐れを抱き、清(せい)河(が)王(おう)の司(し)馬(ば)覃(たん)を次の皇帝に立てたいと思った。侍(じ)中(ちゅう)の華(か)混(こん)はそれを諌め、「皇太弟様は東(とう)宮(ぐう)にあることすでに長く、民の望みはすでに定まっています。今日それを変えることができましょうか」と言った。すぐに馳せて太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)に告げ、皇太弟が宮中に入った。司馬覃は羊皇后に呼ばれて尚(しょう)書(しょ)閣(かく)にまで至ったのだが、異変が生じているのを察知し、病にかこつけて引き返した。

癸(き)酉(ゆう)、皇太弟の司馬熾が皇帝の位に即(つ)いた。大赦を下し、羊皇后を尊んで恵(けい)皇(こう)后(ごう)とし、弘(こう)訓(くん)宮(きゅう)を居所とした。司馬熾の母の王(おう)才(さい)人(じん)を追尊して皇太后とし、妃の梁(りょう)氏(し)を皇后に立てた。

司馬熾は初めは旧制を遵守して、東(とう)堂(どう)において政(まつりごと)を聴(き)いた。宴(えん)があるごとに群官とともにもろもろの務めについて論じ、典籍を参考にした。黄(こう)門(もん)侍(じ)郎(ろう)の傅(ふ)宣(せん)は、「今日また武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］の世のありさまを見るとは」と感嘆した。

【補足】（1）飾り物として散々弄ばれた恵(けい)帝(てい)［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］は毒に中(あた)って死んだ。単なる事故であったのか、誰かに殺害されたのか、明確な記録はないが、王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、「恵帝が司(し)馬(ば)越(えつ)によって毒殺されたのは疑いようがない」と記している。その論拠は以下のようである。「司馬越以外の者が行ったとは考えられない。司馬越ならばその罪を隠すことができるであろうし、実際には誰も罪を糾そうとする者がいなかった。それは暗愚な帝王が王朝にとってずっとお荷物になっていたからである。かつて恵帝に代わって皇帝になった者も、恵帝を上に奉じて政治を取り仕切ろうとした者も皆が失敗していて、晋(しん)朝(ちょう)に再生の可能性があるとしたら、いくらかまともな皇帝を立ててそのもとに人々がまとまるということ以外にはなかったであろう。それで司馬越は恵帝を殺して司(し)馬(ば)熾(し)を立てるという挙に出たのである。後に司馬越は司馬熾に取って代わろうとするような動きは見せていないので、司馬越が王朝の存続のために敢えて荒業に出たとの推測は十分に成り立つし、当時の人々も司馬越の意図を察して、毒殺の経緯を詮索しなかったのである。そもそも恵帝は皇帝になるべき人物ではなく、父の武(ぶ)帝(てい)にも迷いはあった。ならば他の誰を後継者にしていたらよかったのかというと、結果論としては、司馬氏には誰一人として帝王としての資質を具える者はいなかったのであるから、どうあっても国は乱れるしかなかったのだ」。終わりのところで、傅(ふ)宣(せん)が、「武帝の世のありさまを見るようだ」と喜んだのは、武帝が学問に熱心であったと美化されて言い伝えられていたからである。なお、日本では武帝にまつわる好(こう)文(ぶん)木(ぼく)の伝説が知られていた。武帝が熱心に書物を読むと花が開き、学問を怠ると花がつぼんで散ってしまう梅の木があったので、好文木が梅の異名になったというのである。しかしながら、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の読者には羊の引く車に乗って後宮を渡り歩いた武帝のイメージの方が強烈であろう［→通鑑281-01］。

（2）何回となく廃位の憂き目に遭った羊(よう)皇(こう)后(ごう)は、ここでまた地位を追われるのを恐れ、自らの意志で対処しようと試みるが失敗に終わる。羊皇后が次の皇帝に立てようと目論んだ司(し)馬(ば)覃(たん)は一時期皇太子となっていた人物［→通鑑302-05、304-04］で、羊皇后の子ではないが恵帝の異母弟の子であるので、羊皇后から見ると一世代下であることから羊皇后は皇太后という立場に十分になり得た。一方で、司馬熾は恵帝の異母弟であるので［→通鑑304-19］、皇帝の兄嫁という立場では特別な地位を得ることができない。こうして羊皇后は過去の人物として弘(こう)訓(くん)宮(きゅう)でひっそりと暮らすことになったのだが、この先に羊皇后はもう一回大きな波乱を経験することになる。丹念に数えた人によると羊皇后はたびたび廃位されつつ合わせて6回皇后として擁立されている。

【訳文】

［306-15］十二月壬(じん)午(ご)朔(さく)、日食があった。

［306-16］≪306-07☞≫太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は詔書をもって河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)を司(し)徒(と)にするとして呼んだ。司馬顒はそれに応じた。南(なん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)はその将の梁(りょう)臣(しん)に新(しん)安(あん)にまで司馬顒を迎えに行かせた。梁臣は車の上で司馬顒を絞め殺し、三人の息子も殺した。

［306-17］辛(しん)丑(ちゅう)、中(ちゅう)書(しょ)監(かん)の温(おん)羨(せん)を左(さ)光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)にして司徒のことを視させ、尚(しょう)書(しょ)左(さ)僕(ぼく)射(や)の王(おう)衍(えん)を司(し)空(くう)にした。

［306-18］己(き)酉(ゆう)、恵(けい)帝(てい)を太(たい)陽(よう)陵(りょう)に葬った。

【補足】司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は結局、騙し討ちにされた。「八(はち)王(おう)の乱(らん)」と総称される騒乱で、八王のうちで生き残っているのは司(し)馬(ば)越(えつ)だけとなり、この時点で八王が争い合うという構図は終了するのだが、新皇帝のもとで国が安定するということにはならない。

【訳文】

［306-19］（任地の并(へい)州(しゅう)へと向かっていた）劉(りゅう)琨(こん)は上(じょう)党(とう)にまで至り、一方で東(とう)燕(えん)王(おう)の司(し)馬(ば)騰(とう)は井(せい)陘(けい)［并州の東方の町］から東へと退却した。このころ并州は饑饉に見舞われ、しばしば胡(えびす)に攻められて略奪され、郡県はどこも治安を保てずにいた。并州の将である田(でん)甄(けん)は、弟の田(でん)蘭(らん)や任(じん)祉(し)、祁(き)済(せい)、李(り)�ﾂ(うん)、薄(はく)盛(せい)らとともに一万人余りを引き連れて司馬騰に従い、冀(き)州(しゅう)［井陘の南東の町］に行って食糧にありつこうとした。これを「乞(きつ)活(かつ)」と号した。并州に残ったのは二万戸に満たず、寇(こう)賊(ぞく)が縦横に動き回って、并州への道は断ち塞がれていた。

劉琨は上党で兵を募集した。得られたのは五百人で、戦いつつ前進した。晋(しん)陽(よう)［并州の中心都市］に至ると、庁舎は焼かれて破壊され、村も農地も蕭(しょう)条(じょう)としていた。劉琨は民衆を労わり、流民が徐々に集まるようになった。

【補足】并(へい)州(しゅう)の知事に任命された劉(りゅう)琨(こん)［→通鑑306-13］は、まさしく決死隊として任地に向かい、并州の立て直しに取り組んだ。

【訳文】

孝(こう)懐(かい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)

【補足】恵(けい)帝(てい)が死んだので、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』はこれより懐(かい)帝(てい)［司(し)馬(ば)熾(し)］を中心に据えた記述に代わる。

【訳文】

［307-01］永(えい)嘉(か)元年、春、正月癸(き)丑(ちゅう)、大赦を下し、（永嘉に）改元した。

［307-02］吏(り)部(ぶ)郎(ろう)の周(しゅう)穆(ぼく)は太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)のいとこであるが、その妹の夫の御(ぎょ)史(し)中(ちゅう)丞(じょう)の諸(しょ)葛(かつ)玫(ばい)とともに司馬越に向かって、「主上がかつて皇(こう)太(たい)弟(てい)になられたのは張(ちょう)方(ほう)の意向によるものでありました。清(せい)河(が)王(おう)［司(し)馬(ば)覃(たん)］様はもともと皇太子でありましたから、公(こう)はそちらを立てる方がよろしいでしょう」と説いていたのだが、司馬越は許諾しなかった。二人は重ねてそのことを言ったので、司馬越は怒って斬った。

［307-03］≪306-03☞≫二月、王(おう)弥(び)が青(せい)州(しゅう)、徐(じょ)州(しゅう)に来寇した。王弥は征(せい)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)を自称し、州知事を殺した。司馬越は公(こう)車(しゃ)令(れい)の鞠(きく)羨(せん)を太守にして王弥を討たせたが、王弥はそれを攻撃して殺した。

【補足】王(おう)弥(び)が襲撃した青(せい)州(しゅう)や徐(じょ)州(しゅう)は黄(こう)河(が)の南の山(さん)東(とう)半(はん)島(とう)の大きな都市である。戦乱は様々なかたちで全土に拡大していった。

【訳文】

［307-04］≪305-16☞≫（長(ちょう)江(こう)下流部で反乱を起こした）陳(ちん)敏(びん)の刑(けい)政(せい)［政治の運用］には秩序だったものがなく、地域の英俊たちは陳敏のもとに集まろうとしなかった。陳敏の子弟は凶暴で、至るところで悪さをした。（陳敏のもとに付いていた）顧(こ)栄(えい)や周(しゅう)玘(き)らはそのようなことを憂いていた。廬(ろ)江(こう)内(ない)史(し)の華(か)譚(たん)は顧栄らに手紙を送り、「呉(ご)や会(かい)の地を盗み取った陳敏の命は朝の露のように危うく、諸君らのある者は大きな郡を任され、ある者は近臣に連なっている。姦(かん)人(じん)の朝廷にいて身を辱(はずかし)め、節義を捨てて反逆の一党となっているのは、恥ずべきことである。呉の武(ぶ)烈(れつ)父子［孫(そん)堅(けん)親子］はいずれも英傑の才があり、大業を受け継がれた。いま陳敏は凶(きょう)狡(こう)で、七人の弟は愚劣揃いでありながら、桓(かん)王(おう)［孫(そん)策(さく)］の高みを踏もうとし、大(たい)皇(こう)［孫(そん)権(けん)］の絶頂を極めようとしている。遠くより諸賢のことを思うに、陳敏を許さない気持ちはいまもなおあるに違いない。皇帝はいま東［洛(らく)陽(よう)］に還られ、俊才の士が朝廷に満ち、官軍をもって建(けん)業(ぎょう)［南(なん)京(きん)］を清めようとするであろう。果たして諸賢は中(ちゅう)州(しゅう)の士［晋朝の人々］に顔を向けることができるであろうか」と書いた。顧栄らにももともと陳敏を図ろうとする心があったので、この手紙を得ると甚(はなは)だ慚(は)じ、密かに使者を征(せい)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)準(じゅん)に出し、劉準が兵を発して長江へと向かうなら、内応すると言い、髮を切ってその証とした。劉準は揚(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)の劉(りゅう)機(き)らを派遣して、歴(れき)陽(よう)に兵を出して陳敏を討った。

陳敏は、弟の広(こう)武(ぶ)将(しょう)軍(ぐん)の陳(ちん)昶(ちょう)に数万の兵を率いさせて烏(う)江(こう)に、また歴(れき)陽(よう)太(たい)守(しゅ)の陳(ちん)宏(こう)を牛(ぎゅう)渚(しょ)に駐屯させた。陳敏の弟の陳(ちん)処(しょ)は顧栄らにはふた心があると疑い、殺すよう陳敏に勧めたが、陳敏は従わなかった。

陳昶の司(し)馬(ば)の銭(せん)広(こう)は周玘と同郡で、周玘は密かに銭広に陳昶を殺させた。銭広は、「揚州刺史の命令ですでに陳敏を殺した。動く者は三族を誅殺する」と宣言し、兵を率いて（建業にある）朱(しゅ)雀(じゃく)橋(きょう)の南に陣を構えた。陳敏は甘(かん)卓(たく)に銭広を討たせ、重装備の精兵を全て甘卓に委ねた。顧栄は陳敏が疑いを抱くのを心配し、敢えて陳敏のもとに行った。陳敏は、「卿(そなた)は四方の守りにつくべきである。私のところにいるべきではない」と言ったので、顧栄は出て、周玘とともに甘卓に、「もしも江(こう)東(とう)の事［陳敏の政治］が完遂するならばともにそれを為すのもよいだろう。しかし、卿(そなた)はいまの時勢を観て、完遂する理(ことわり)があると思うのかな。陳敏は凡庸な人物で、政令は反覆し、国の計は定まるところがない。陳敏の子弟は驕り高ぶり、必ず敗れるであろう。吾らが安(あん)然(ぜん)と陳敏から官禄を受けていたのでは、事が敗れた日には、江(こう)西(せい)の諸軍は我らの首を函(はこ)に入れて洛陽に送り、それには、『逆賊顧栄、逆賊甘卓の首』と題するであろう。これは万世の恥辱である」と説いた。

甘卓は偽って病を称して、（陳敏の子の陳(ちん)景(けい)に嫁いでいた)娘を迎え、朱雀橋を断って、船を南岸に収めた。顧栄は前(ぜん)松(しょう)滋(じ)侯(こう)相(しょう)の紀(き)瞻(せん)とともに陳敏を攻撃した。陳敏は自ら一万人余りを率いて甘卓を討った。軍人は水を隔てて陳敏に従う者に向かって言った。「もともと我らが陳公のために力を尽くしてきたのは、顧栄様や周玘様がおられたからだ。いまやお二人ともこちらにおられる。汝らは何をするつもりなのか」。陳敏の兵士はとまどい、どうしたらよいのか決められなかった。顧栄は白い羽の扇で合図を送った。人々は潰え去り、陳敏は独り北に走った。それを追って江(こう)乗(じょう)県(けん)で捕らえた。陳敏は、「諸君らが私を誤らせ、今日に至ってしまったのだ」と嘆いた。そして弟の陳処に、「私は卿(そなた)に負いたが、卿(そなた)は私に負かなかった」と言った。陳敏を建業で斬り、三族を夷(たいら)げた。ここにおいて会(かい)稽(けい)などの郡ではどこも陳敏の弟たちを殺した。

平(へい)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)の周(しゅう)馥(ふく)が劉準に代わって寿(じゅ)春(しゅん)に赴任した。三月己(き)未(び)朔(さく)、周馥が送った陳敏の首が都に着いた。詔(みことのり)をもって顧栄を侍(じ)中(ちゅう)に、紀瞻を尚(しょう)書(しょ)郎(ろう)にした。太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は周玘を招いて参(さん)軍(ぐん)に、陸(りく)玩(がん)を招いて掾(じょう)にしようとした。陸玩は陸(りく)機(き)の従弟である。顧栄らは徐州に至り、北方がいよいよ乱れていると聞いて進むのをためらった。司馬越は徐州刺史の裴(はい)盾(とん)に手紙を送り、「もし顧栄らが逡巡しているのなら、軍礼をもって連れてくるように」と言った。顧栄らは懼(おそ)れ、徐州から逃げ帰った。裴盾は裴(はい)楷(かい)の兄の子で、司馬越の妃の兄に当たる。

【補足】（1）長(ちょう)江(こう)下流域で晋(しん)朝(ちょう)に叛(そむ)いた陳(ちん)敏(びん)は人心を失って崩壊した。華(か)譚(たん)の手紙や川を隔てて呼び掛けた兵士の言葉、あるいは、顧(こ)栄(えい)が白い羽の扇で合図を送っただけで陳敏に従っていた兵士が崩れ去ったことには、南方の人々の志向するところがよく現れている。このことについて、王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で次のように論じている。「孟(もう)子(し)は、国を保つために最も重要なのは、その土地に根を張って代々仕え続ける臣下、すなわち世(せ)臣(しん)を大切にすることだと言っている。顧栄や紀(き)瞻(せん)らはいずれも孫(そん)氏(し)が国を興してからずっと培植してきた世臣である。大地には必ず人がいる。民衆はその中でも人望のある者のもとに集まる。劉(りゅう)備(び)が蜀(しょく)を建てたときに用いたのは、諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう)を初めとして他所の土地から連れて来た者たちで、蜀の士は一人として採用しなかった。だから、蜀が亡ぶと民衆はすぐに劉備の治世については忘れてしまった。百年にわたる基盤を築くには、その土地に生きて人望のある者を用いることが肝心なのである」。この論は、通鑑304-15の補足で引いた議論と共通するものがある。

（2）顧栄らが徐(じょ)州(しゅう)から引き返したのは今後の晋(しん)朝(ちょう)の行方を示す象徴的な出来事である。南北の隔たりは再び開きつつあった。

【訳文】

［307-05］西(せい)陽(よう)の夷(えびす)が江(こう)夏(か)に来襲した。江(こう)夏(か)太(たい)守(しゅ)の楊(よう)鈱(びん)は督(とく)将(しょう)たちを呼んで議論した。諸将は争って方略を献じた。騎(き)督(とく)の朱(しゅ)伺(し)だけは何も言わなかった。楊鈱は、「朱将軍はどうして何も言わないのか」と言ったので、「人々は舌で賊を撃とうとしていますが、私は力で撃つだけであります」と言った。それで楊鈱は、「将軍はこれまで賊を撃ち、どのようにして常に勝っていたのか」と、尋ねた。「両敵が対峙したときに、ただただ戦わずに耐え続けます。相手が耐えられなくなるまで我らが耐えるならば、それで勝つことができます」。楊鈱は感心した。

【補足】これは長(ちょう)江(こう)中流域でのこと。江(こう)夏(か)は建(けん)業(ぎょう)と荊(けい)州(しゅう)の中間点よりはやや上流側に位置する。そのあたりの先住民族である西(せい)陽(よう)夷(い)が反乱を起こしたのだ。

【訳文】

［307-06］詔(みことのり)をもって楊(よう)太(たい)后(こう)の尊号をもとに戻した。丁(てい)卯(ぼう)、楊太后を改めて葬り、諡(おくりな)を武(ぶ)悼(とう)とした。

【補足】司(し)馬(ば)炎(えん)のもとの皇后であった楊(よう)皇(こう)太(たい)后(ごう)が金(きん)墉(よう)城(じょう)で餓死したのは15年前のこと［→通鑑292-01］。ここにようやくその名誉が回復された。

【訳文】

［307-07］庚(こう)午(ご)、清(せい)河(が)王(おう)の司(し)馬(ば)覃(たん)の弟の予(よ)章(しょう)王(おう)の司(し)馬(ば)詮(せん)を皇太子に立てた。辛(しん)未(び)、大赦を下した。

［307-08］皇帝は自ら大(たい)政(せい)を覧(み)て、もろもろの事に心を留めた。太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)はそれを悦ばず、都の外に出ることを強く求めた。庚(こう)辰(しん)、司馬越は都を出て許(きょ)昌(しょう)に行った。

［307-09］高(こう)密(みつ)王(おう)の司(し)馬(ば)略(りゃく)を征(せい)南(なん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)荊(けい)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして襄(じょう)陽(よう)を治めさせ、南(なん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)を征(せい)西(せい)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)秦(しん)雍(よう)梁(りょう)益(えき)四(し)州(し)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして長(ちょう)安(あん)を治めさせ、東(とう)燕(えん)王(おう)の司(し)馬(ば)騰(とう)を新(しん)蔡(さい)王(おう)にし、都(と)督(とく)司(し)冀(き)二(に)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)として鄴(ぎょう)を治めさせることにした。

【訳文】新たに皇帝になった懐(かい)帝(てい)［司(し)馬(ば)熾(し)］は、前の皇帝と異なって意欲的に政治に取り組もうとしていた。通鑑306-14で紹介した王(おう)夫(ふう)子(し)の見立てでは、暗愚な皇帝がいつまでも上にいたのでは国はなりゆかないと考えて司(し)馬(ば)越(えつ)は前の皇帝を暗殺したということであったが、新皇帝が実際に皇帝らしく振る舞うようになると、司馬越は不愉快な気分になったのだろう、都から出て行ってしまった。若い新皇帝をしっかり支えようとする殊勝な心構えがもしも司馬越にあるのなら、そもそも「八(はち)王(おう)の乱(らん)」の様相もずいぶんと違っていたのかもしれない。

【訳文】

［307-10］≪306-11☞≫公(こう)師(し)籓(はん)が死ぬと、（もともと牧人であった）汲(きゅう)桑(そう)は北の遊牧の地に還り、そこで人々を集め直し、また郡県を荒し回って、大将軍を自称し、成(せい)都(と)王(おう)［司(し)馬(ば)穎(えい)］の仇に報いると声高に言った。汲桑は石(せき)勒(ろく)を先駆けとして使い、向かうところ全てに勝利した。石勒を掃(そう)虜(りょ)将(しょう)軍(ぐん)にし、進んでついに鄴(ぎょう)を攻撃した。このとき鄴の府庫は空っぽで、新(しん)蔡(さい)王(おう)の司(し)馬(ば)騰(とう)の個人資産は非常に豊かであったのだが、司馬騰は吝嗇(けちんぼ)で人々に恵みを垂れるようなことをしていなかった。急に迫られ、司馬騰は将士それぞれに数升の米と、一丈ほどの絹を配ることにした。人々は（それっぽっちかと呆れ）司馬騰のために働こうとしなかった。

夏、五月、汲桑は魏(ぎ)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)の馮(ふう)嵩(すう)に大勝し、長駆して鄴に入った。司馬騰は馬に乗って奔(はし)り、汲桑の将の李(り)豊(ほう)によって殺された。汲桑は成都王の司馬穎の棺を掘り出して車に載せ、事あるごとに棺に申し上げてから行った。汲桑は鄴の宮殿を焼き、火は十日経っても消えなかった。一万人余りの士民を殺し、大々的に略奪してから去った。延(えん)津(しん)で黄(こう)河(が)を渡り、南に兗(えん)州(しゅう)を攻撃した。（兗州から南西に二百キロ余りの許(きょ)昌(しょう)に移っていた）太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は大いに懼(おそ)れ、苟(こう)晞(き)と将軍の王(おう)讃(さん)らに汲桑を討たせた。

【補足】かつて公(こう)師(し)籓(はん)が黄(こう)河(が)を南に渡ったところで苟(こう)晞(き)の迎撃に遭って死んだことは通鑑306-11で見ていた。公師籓のもとにいた汲(きゅう)桑(そう)はいったん北に還って力を蓄え、再び南下し、石(せき)勒(ろく)［→通鑑306-11］の活躍で勝利を重ね、鄴(ぎょう)を破壊し尽くして後にまた黄河を渡った。司(し)馬(ば)騰(とう)は自分の財産を惜しんだことから兵士の離散を招いて殺されてしまった。吝嗇のせいで最後に惨めに殺されるという話は史書によく見られ、たぶんいずれの場合も日頃の振る舞いがすでに人々の心を遠ざけてしまうものであったのだろう。なお、司馬騰は人身売買によって軍費を補っていて［→通鑑305-07］、そのときに奴隷として売り払われた石(せき)勒(ろく)によって攻め滅ぼされたのは、何かしら因果物語のようである。

【訳文】

［307-11］秦(しん)州(しゅう)の流民の�ｹ(とう)定(てい)や訇(こう)氐(てい)らは（南に移動して）成(せい)固(こ)に拠って、漢(かん)中(ちゅう)に攻め入って略奪を働いた。梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の張(ちょう)殷(いん)は巴(は)西(せい)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)燕(えん)を派遣してそれを討った。�ｹ定らは飢えに苦しみ、偽って張燕に降り、賄賂を贈ったので、張燕は戦闘の構えを緩めた。�ｹ定は密かに訇氐を派遣して（蜀(しょく)の地に興った）成(せい)国(こく)に救いを求めた。成(せい)主(しゅ)の李(り)雄(ゆう)は太(たい)尉(い)の李(り)離(り)、司(し)徒(と)の李(り)雲(うん)、司(し)空(くう)の李(り)璜(こう)に二万の兵を率いて�ｹ定を救わせた。李離らは張燕と戦って大いに破り、張殷および漢(かん)中(ちゅう)太(たい)守(しゅ)の杜(と)孟(もう)治(ち)は城を棄てて走った。十日余りして李離らは引き返し、漢中の民を全て蜀に移動させた。その途中で、漢中の人の句(こう)方(ほう)と白(はく)落(らく)は人々を連れて帰還し、南(なん)鄭(てい)を守った。

【補足】秦(しん)州(しゅう)といえば皇(こう)甫(ほ)重(ちょう)が立て籠もって長く戦い続けていたところである［→通鑑305-02］。その影響で疲弊した民衆が南に流れ、漢(かん)中(ちゅう)で乱暴を働いた。同じく流民から身を興した大(だい)成(せい)国(こく)の李(り)雄(ゆう)がその人々を支援し、蜀(しょく)の地へと連れて行った。それは戦乱で激減した人口を補うためであろう。この時代に生まれ合わせた人々はまことに気の毒である。

【訳文】

［307-12］≪307-10☞≫石(せき)勒(ろく)と苟(こう)晞(き)らは数カ月にわたって平(へい)原(げん)と陽(よう)平(へい)で対峙し、大小三十戦余りを闘い、勝負がつかなかった。秋、七月己(き)酉(ゆう)朔(さく)、太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は官(かん)渡(と)に出陣して、苟晞を応援した。

［307-13］≪305-09☞≫己(き)未(び)、琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)を安(あん)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)揚(よう)州(しゅう)江(こう)南(なん)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にし、指揮官の節(しるし)を与えて、建(けん)業(ぎょう)を治めさせることにした。

【補足】司(し)馬(ば)睿(えい)はかつての呉(ご)国(こく)の都の建(けん)業(ぎょう)に派遣された。それは晋(しん)朝(ちょう)の将来に関わる重大な出来事となった。

【訳文】

［307-14］≪307-12☞≫八月己(き)卯(ぼう)朔(さく)、苟(こう)晞(き)は汲(きゅう)桑(そう)を東(とう)武(ぶ)陽(よう)において攻撃し、大いにそれを破った。汲桑は退いて清(せい)淵(えん)を保った。

［307-15］荊(けい)州(しゅう)および江(こう)州(しゅう)から八郡を分けて湘(しょう)州(しゅう)とした。

［307-16］≪307-13☞≫九月戊(ぼう)申(しん)、琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)睿(えい)は建(けん)業(ぎょう)に至った。司馬睿は安(あん)東(とう)司(し)馬(ば)の王(おう)導(どう)を相談相手とし、心から信頼して事あるごとに王導に諮(はか)った。もともと司馬睿の評判はあまり高くなかったので、呉(ご)の人々は始めは寄り付こうとしなかった。建業に来てしばらく経っても、名のある士(し)大(たい)夫(ふ)は誰一人として来ないので、王導は困り果てた。

司馬睿は禊(みそぎ)を観に出ることになった。王導は司馬睿を肩(けん)輿(よ)［肩で担ぐ乗り物］に載せ、司馬睿はその上で威儀を正し、王導は幾人かの名のある人とともに馬に乗ってその後ろに従った。紀(き)瞻(せん)、顧(こ)栄(えい)らはこの様子を見ていささか驚き、道の左側に控えて拝礼した。

王導は司馬睿に、「顧栄と賀(が)循(じゅん)はこの地の名望家であります。二人を招いて人心を掌握するのがよろしいでしょう。二人が来てくれれば、もはや来ない者は誰もいなくなります」と説いた。司馬睿はすぐに王導自身を顧栄と賀循のところに行かせた。二人は司馬穎の招聘に応じてやってきた。賀循を呉(ご)国(こく)内(ない)史(し)に、顧栄を軍(ぐん)司(し)にして散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)を加え、軍事、民政の全てについてこの二人と相談するようにした。また、紀瞻を軍(ぐん)祭(さい)酒(しゅ)に、卞(べん)壼(こん)を従(じゅう)事(じ)中(ちゅう)郎(ろう)に、周(しゅう)玘(き)を倉(そう)曹(そう)属(ぞく)に、劉(りゅう)超(ちょう)を舎(しゃ)人(じん)に、張(ちょう)闓(かい)と孔(こう)衍(えん)を参(さん)軍(ぐん)にした。卞壼は卞(べん)粋(すい)の子、張闓は張(ちょう)昭(しょう)の曽孫である。

王導は司馬睿に、「士には謙(へりくだ)って接し、倹約によっていまの歳入で用を足らし、政治は清く静かに行い、新来の者も土地の者も分け隔てなく大切にするように」と説いた。このようなことから江(こう)東(とう)の人々は司馬睿に心を寄せるようになった。

司馬睿が来た最初のころは、酒のために仕事をしなくなることがしばしばあった。王導が苦言を呈すると、司馬睿は酒を注ぐよう命じ、觴(さかずき)を手に取るとそれをひっくり返し、それからは酒を絶った。

【補足】（1）北からやってきた司(し)馬(ば)睿(えい)を、呉(ご)の人々は初めは冷ややかに迎えた。王(おう)導(どう)は土地の事情に即した統治の仕方を考え、地に根を張る名士たちを取り込むことに成功した。司馬睿と王導の名コンビはこのときともに32歳であった。

（2）賀(が)循(じゅん)は先に陳(ちん)敏(びん)に招かれたときには気が触れたと偽って逃れ［→通鑑305-16の一］、今回は司(し)馬(ば)睿(えい)の誘いに応じている。いつどのような場合に仕えるのか、あるいは逃れて身の安全を保つのを優先するのか、その選択は士(し)大(たい)夫(ふ)にとって重大な問題であった。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、士大夫の責務について極めて厳しく論じている。「外敵に攻め込まれて国の命運が尽きようとしているようなときであっても、しかるべき天子に仕えているなら自身の身のことなど心配したりはしない。横暴な大臣によって天子が孤立状態にあるようなときであっても、志をしっかりと持つなら、大臣に阻まれて功績を立てるのが困難であっても自身の身のことなど心配したりはしない。仕えずに身を保つことが称賛される唯一の場合は、天子のいない世だけである。それは群雄が割拠して天下を争っているような時代を指すのではない。そのときには、乱を鎮めるには最もふさわしい人を選んで仕えるべきである。晋(しん)の恵(けい)帝(てい)の時代だけは、天子がいても人々はそれをないもののように扱い、天子になろうとする者が大勢で争い合い、天下の人々は天子の存在を意識しなくなっていた。正も邪もなく、敗れる者は敗れ、一時だけ成功する者もやはり敗れ、もはや天子のいない世に近い状態になっていた。顧(こ)栄(えい)が酒浸りになり、張(ちょう)翰(かん)が故郷の味を懐かしんで帰郷し［→通鑑302-07の一］、賀循が気が触れたとして逃れたりしたのは、人より優れた叡智があったからではなく、天子がいない時代のやむをえない行動だったのである」

【訳文】

［307-17］≪307-14☞≫苟(こう)晞(き)は汲(きゅう)桑(そう)を追撃し、その八カ所の壘(とりで)を破り、死者が一万人を超えた。汲桑は石(せき)勒(ろく)とともに残った人々を収めて漢(かん)国(こく)に奔(はし)ろうとした。冀(き)州(しゅう)刺(し)史(し)の丁(てい)紹(しょう)がそれを赤(せき)橋(きょう)で待ち受けていて破った。汲桑はもとの放牧地に奔り、石勒は楽(らく)平(へい)に奔った。太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は許(きょ)昌(しょう)に還り、苟晞に撫(ぶ)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)青(せい)兗(えん)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)を加え、丁紹を寧(ねい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)監(かん)冀(き)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)として、二人に指揮官の節(しるし)を与えた。

苟晞はしばしば強い外敵を破り、威名が甚(はなは)だ盛んになった。苟晞は難しい事態によく対処し、法を用いることが極めて厳格であった。その従母(おば)は苟晞を頼って暮らし、苟晞はおばを非常に大切にしていた。おばの子は武将になることを求め、苟晞は、「私は国の法に従って、誰に対しても便宜を図ったりはしない。そうしていれば後悔することがないからだ」と言って許さなかった。それでも強く求めたので、苟晞は甥を督(とく)護(ご)にした。後に甥は法を犯し、苟晞は定めの通りに斬ろうとした。おばは叩(こう)頭(とう)して救ってほしいと求めたが、苟晞は許さなかった。そして喪服を着て哭(こく)し、「卿(そなた)を殺したのは兗(えん)州(しゅう)刺(し)史(し)である。甥に対して哭しているのは苟晞である」と言った。

［307-18］胡(えびす)の部(ぶ)大(だい)［部族の長］の張(ちょう)㔨(はい)督(とく)と馮(ふう)莫(ばく)突(とつ)らは数千の人々を擁して上(じょう)党(とう)に城壁を築いていた。石(せき)勒(ろく)はそこに行って付き従い、張㔨督らに、「劉(りゅう)淵(えん)単(ぜん)于(う)は兵を挙げて晋(しん)と戦い、部大殿は単于の招きを拒んで従おうとされていません。このまま独立を保てるとお考えなのでしょうか」と言った。「できないだろう」と答えたので、石勒は、「ならばどうして早くに単于に属そうとなさらないのですか。いまあちこちの部落は単于の賞募を受け、しばしば集まって議論していて、部大殿に叛(そむ)いて単于のもとに走ろうとしておるのですぞ」と言った。張㔨督らはその通りだと思った。

冬、十月、張㔨督らは石勒の後に従って馬を走らせて漢(かん)国(こく)に行った。漢王の劉淵は、張㔨督を親(しん)漢(かん)王(おう)に、馮莫突を都(と)督(とく)部(ぶ)大(だい)にし、石勒を輔(ほ)漢(かん)将(しょう)軍(ぐん)平(へい)晋(しん)王(おう)にして二人を指揮させた。

烏(う)桓(がん)族(ぞく)の張(ちょう)伏(ふく)利(り)度(ど)のもとには二千の人々がいて、楽(らく)平(へい)に城壁を作っていた。しばしば劉淵に招かれていたが応じていなかった。石勒は偽って劉淵に罪を獲たとして、張伏利度のもとに奔(はし)った。張伏利度は喜び、兄弟の義を結び、石勒に諸(しょ)胡(こ)［各種民族］を率いて各地を侵略させた。向かうところ前進を阻む者はなく、諸胡は畏服した。石勒は衆心が己に附いていると知ると、機会を見て張伏利度を執(と)らえ、諸胡に、「今大きな事を起こそうとして、そのときに私と張伏利度とどちらが主(あるじ)であるべきなのか」と言った。諸胡は皆が石勒を推した。石勒は張伏利度を釈(ゆる)し、人々を率いて漢国に帰順した。劉淵は石勒に督(とく)山(さん)東(とう)征(せい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)を加え、張伏利度の人々をそのもとに配した。

【補足】戦場で激しく戦った苟(こう)晞(き)と石(せき)勒(ろく)の人物像を、対照的な二人として描いている。苟晞は秩序を守り、石勒は自在に行動している。

【訳文】

［307-19］十一月戊(ぼう)申(しん)朔(さく)、日食があった。

［307-20］甲(こう)寅(いん)、尚(しょう)書(しょ)右(ゆう)僕(ぼく)射(や)の和(わ)郁(いく)を征(せい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)として鄴(ぎょう)を治めさせることにした。

［307-21］乙(いつ)亥(がい)、王(おう)衍(えん)を司(し)徒(と)にした。王衍は太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)に、「朝廷は危乱に瀕し、優れた方(ほう)伯(はく)［諸侯の長］を得てそれを頼みとするべきであります。文武の才を兼ね具えた者を選んでその任に就けるのがよいでしょう」と説いた。そして、弟の王(おう)澄(ちょう)を荊(けい)州(しゅう)都(と)督(とく)に、一族の弟の王(おう)敦(とん)を青(せい)州(しゅう)刺(し)史(し)にし、二人に、「荊州には江(こう)と漢(かん)による固さがあり、青州には海を負った険しさがある［地理的条件が優れている］。卿(そなた)たち二人は朝廷の外にあり、私は中にある。これによっては我らには三(さん)窟(くつ)［兎は三つの隠れ場所を持っている］があるといってよいだろう」。王澄は任地に至ると、郭(かく)舒(じょ)を別(べつ)駕(が)として州の政治を委ね、日夜酒にひたるだけで職務に親しむことがなく、様々な侵略の危機が迫っているのにも全く気にかけなかった。郭舒は常に強く諌め、民を愛し兵を養い州域の安定を保つよう説いたのだが、王澄は従わなかった。

【補足】（1）和(わ)郁(いく)は破壊された鄴(ぎょう)［→通鑑307-10 ］を再建するという極めて困難な任務を命じられた。和郁はかつて権勢を振るった賈(か)皇(こう)后(ごう)を金(きん)墉(よう)城(じょう)に連れて行って幽閉するという仕事をしていた［→通鑑300-07の一］。あまり人の喜ばないことをさせられる巡り合わせの人だったのだろうか。

（2）王(おう)衍(えん)が見苦しい振る舞いをすると通鑑300-07の補足で予告しておいたが、ここに記されているのはその一例である。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の記述によれば、王衍が王(おう)澄(ちょう)と王(おう)敦(とん)を要所に置いたのは、国のためを思ってではなく、いざというときに一族が逃げ込める場所を用意するためであったということになる。ここには王澄がだらしない人物であることが記述され、王敦もなかなかの食わせ物であることは後で記される。なお、先に見た王(おう)導(どう)［→通鑑307-16］は同じ一族で王敦の従兄弟である。

【訳文】

［307-22］十二月戊(ぼう)寅(いん)、乞(きつ)活(かつ)の田(でん)甄(けん)、田(でん)蘭(らん)、薄(はく)盛(せい)らが挙兵し、新(しん)蔡(さい)王(おう)の司(し)馬(ば)騰(とう)の仇に報いるとして、汲(きゅう)桑(そう)を楽(らく)陵(りょう)で斬り、（汲桑が崇めていた）成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)の棺を井戸の中に棄てた。司馬穎のもとの部下がその棺を回収して葬った。

【補足】あまりの吝ん坊ぶりで命を落とした司(し)馬(ば)騰(とう)であっても、恩に着る者もいた。乞(きつ)活(かつ)［→通鑑306-19］で救われた田(でん)甄(けん)たちである。田甄らは司馬騰を殺した汲(きゅう)桑(そう)［→通鑑307-10］を殺した。事件の連鎖の中で、司(し)馬(ば)穎(えい)の棺はまことに気の毒な運命をたどった。

【訳文】

［307-23］甲(こう)午(ご)、前(ぜん)太(たい)傅(ふ)の劉(りゅう)寔(しょく)を太(たい)尉(い)にした。劉寔は老齢を理由に固く辞退したが許されなかった。

庚(こう)子(し)、光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)の高(こう)光(こう)を尚(しょう)書(しょ)令(れい)にした。

［307-24］前(ぜん)北(ほく)軍(ぐん)中(ちゅう)候(こう)の呂(りょ)雍(よう)や度(たく)支(し)校(こう)尉(い)の陳(ちん)顔(がん)らが、清(せ)河(が)王(おう)の司(し)馬(ば)覃(たん)を立てて皇太子にしようと謀った。事が発覚し、太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は詔(みことのり)を矯(でっちあ)げて司馬覃を金(きん)墉(よう)城(じょう)に幽閉した。

［307-25］≪307-17☞≫太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)と苟(こう)晞(き)は初めは善い関係にあって、司馬越は苟晞を座敷に上げて兄弟の契りを結ぶほどであった。ところが、司(し)馬(ば)潘(はん)滔(とう)が司馬越に、「兗(えん)州(しゅう)は要衝かつ魏(ぎ)の武(ぶ)帝(てい)［曹(そう)操(そう)］の創業の地でもあります。苟晞は大志を抱いていて、純朴な臣下とはいえません。長く兗州に居させると、心腹に患いが生じるようなことになってしまうでしょう。もしも青(せい)州(しゅう)に遷すならば、名目的には厚く遇したことになって、苟晞もきっと悦ぶでしょう。そして、公(こう)［司馬越］自ら兗州を治めて、諸州を縦横に繋ぎ合わせて本朝を衛(まも)る態勢を作るならば、これこそ乱れる前に収めるということになりましょう」と説いた。司馬越はその通りだと考えた。

癸(き)卯(ぼう)、司馬越は自ら丞相となって、兗(えん)州(しゅう)牧(ぼく)を兼ねて都(と)督(とく)兗(えん)予(よ)司(し)冀(き)幽(ゆう)并(へい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)となった。苟晞を征(せい)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)開(かい)府(ふ)儀(ぎ)同(どう)三(さん)司(し)にして、侍(じ)中(ちゅう)を加え、指揮官の節(しるし)を与え、都(と)督(とく)青(せい)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)として青(せい)州(しゅう)刺(し)史(し)を兼ねて、東(とう)平(へい)郡(ぐん)公(こう)に封(ほう)じた。これより司馬越と苟晞は関係が悪くなった。

苟晞は青州に至ると、権威を立てるために極めて厳格に政治を行い、毎日のように死刑を執行した。そのことから州の人々は苟晞を「屠(と)伯(はく)」と呼んだ。

頓(とん)丘(きゅう)太(たい)守(しゅ)の魏(ぎ)植(しょく)は流民に逼(せま)られて、五六万の人々を率いて兗州各地を荒しまわった。苟晞は青州から出て無(ぶ)塩(えん)に駐屯して魏植を討った。その間は弟の苟(こう)純(じゅん)に青川を任せた。苟純は兄よりも処刑することが多かった。苟晞は魏植を打ち破った。

陽(よう)平(へい)の劉(りゅう)霊(れい)は若いときから貧乏で、力は暴れ牛をも抑え、走れば馬にも追いつけたので、人々からは異才と見られていたのだが、世間から浮上することができずにいた。劉霊は胸を叩いて、「天よ、どうか乱世にしてくれ」と嘆いていた。公(こう)師(し)籓(はん)が挙兵したときに、劉霊は将軍を自称して、趙(ちょう)や魏(ぎ)の地を攻略した。

ここに（やはり各地を攻略していた）王(おう)弥(び)が苟純によって敗れ、劉霊もまた王(おう)讃(さん)によって敗れたために、ともに使者を出して漢(かん)国(こく)に降った。漢国は王弥を鎮(ちん)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)青(せい)徐(じょ)二(に)州(しゅう)牧(ぼく)都(と)督(とく)縁(えん)海(かい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして東(とう)萊(らい)公(こう)に封じ、劉霊を平(へい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)にした。

【補足】（1）中央政権はいつになっても安定しない。かつて皇太子だったことのある司(し)馬(ば)覃(たん)を担ぎ上げようとする者がいたが失敗し、司馬覃は例によって金(きん)墉(よう)城(じょう)に閉じ込められてしまう。

（2）秩序が乱れた時代には、厳罰主義で引き締めようとする者が必ず出てくる。苟(こう)晞(き)は正しいことをしているつもりなのだろうが、民衆にとっては極めて質の悪い冷酷な独善者である。

（3）兗(えん)州(しゅう)は洛(らく)陽(よう)から見ると東北東方向に300キロ余り離れた黄(こう)河(が)よりは南の地。これまでしばしば出てきた鄴(ぎょう)はほぼ同じくらい洛陽から離れた黄河よりは北の町。黄河の北側にあるために遊牧民たちの襲撃を受けやすい。青(せい)州(しゅう)は兗州からさらに300キロ余り離れたやはり黄河の南側の地で、もはや渤(ぼつ)海(かい)に近い。陽(よう)平(へい)は鄴から北に100キロほどの町。劉(りゅう)霊(れい)は世が乱れれば自在に活躍できると思っていたところに公(こう)師(し)籓(はん)が挙兵したので好機到来と見て決起した。公師籓は苟(こう)晞(き)に斬られ［→通鑑306-11］、また青州方面を荒していた王(おう)弥(び)［→通鑑307-03］も苟(こう)純(じゅん)に敗れたために、劉霊も王弥も北に走って漢(かん)国(こく)の劉(りゅう)淵(えん)のもとに行った。先に石(せき)勒(ろく)がいろいろな人を劉淵のもとに集めていたように［→通鑑307-18］、既存の秩序からはみ出した者を次々と受け入れることによって、劉淵は力をつけていった。

【訳文】

［307-26］≪306-04☞≫李(り)�ｻ(しょう)はようやく寧(ねい)州(しゅう)に至り、州の人々は李�ｻを奉じて領(りょう)州(しゅう)事(じ)とした。治(じ)中(ちゅう)の毛(もう)孟(もう)は都に詣で、州知事の派遣を求め、しばしば上奏したのだが省みられなかった。毛孟は、「主君［李(り)毅(き)］が亡くなり、親を喪い、町は封鎖されたまま、万里の彼方に衷情を訴えに来ても、この誠(まこと)に感じてくれる相手がいないのでは、もはや死ぬしかない」と嘆いて自刎しようとした。朝廷はこれを憐れみ、魏(ぎ)興(こう)大(たい)守(しゅ)の王(おう)遜(そん)を寧(ねい)州(しゅう)刺(し)史(し)にし、交(こう)州(しゅう)に命じて出兵して李�ｻを救わせた。交州刺史の吾(ご)彦(げん)はその子の吾(ご)咨(し)に兵を率いて救援に向かわせた。

【補足】これはベトナムに近い寧(ねい)州(しゅう)の事情の続き。孤立無援の寧(ねい)州(しゅう)にいる父の李(り)毅(き)の様子をはるばる都から見に行った息子の李(り)�ｻ(しょう)が到着したときには李毅はすでに死んでいた。

【訳文】

［307-27］慕(ぼ)容(よう)廆(かい)は鮮(せん)卑(ぴ)大(だい)単(ぜん)于(う)を自称した。

［307-28］拓(たく)跋(ばつ)禄(ろく)官(かん)が死に、弟の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)が（拓跋族の）三部を統合して、慕容廆と好(よしみ)を通じた。

【補足】中国大陸の南の端から北の端へと叙述が飛ぶ。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の読者はこれから隋(ずい)朝(ちょう)による統一に至るまで、こうした飛び飛びの記述についていかないとならない。ここの二項目には、先に見た陽(よう)平(へい)よりも数百キロ北に離れた遊牧地帯における鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の慕(ぼ)容(よう)部(ぶ)と拓(たく)跋(ばつ)部(ぶ)の動きが記されている。慕(ぼ)容(よう)廆(かい)［→通鑑302-09］は順調に力を蓄え、一方で、拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)が三つにわかれていた拓跋部［→通鑑295-04］を統合し、両者が接近した。

【訳文】

［308-01］永(えい)嘉(か)二年、春、正月丙(へい)午(ご)朔(さく)、日食があった。

［308-02］丁(てい)未(び)、大赦を下した。

［308-03］漢(かん)王(おう)の劉(りゅう)淵(えん)は撫(ぶ)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)聡(そう)ら十将に南に出て太(たい)行(こう)に拠らせ、輔(ほ)漢(かん)将(しょう)軍(ぐん)の石(せき)勒(ろく)ら十将に東に出て趙(ちょう)、魏(ぎ)へと下らせた。

【補足】匈(きょう)奴(ど)の劉(りゅう)淵(えん)は晋(しん)国(こく)の攻略に全軍を動員した。

【訳文】

［308-04］≪［307-24☞≫二月辛(しん)卯(ぼう)、太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は清(せい)河(が)王(おう)の司(し)馬(ば)覃(たん)を殺した。

［308-05］≪308-03☞≫庚(こう)子(し)、石(せき)勒(ろく)は常(じょう)山(ざん)を襲撃し、王(おう)浚(しゅん)はそれを撃破した。

［308-06］涼(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の張(ちょう)軌(き)は中風になりものが言えなくなり、息子の張(ちょう)茂(ぼう)に州の事を代理で行わせた。隴(りょう)西(せい)内(ない)史(し)の張(ちょう)越(えつ)は涼州の大きな一族の者で、張軌を逐って取って代ろうと考え、兄の酒(しゅ)泉(せん)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)鎮(ちん)と西(せい)平(へい)太(たい)守(しゅ)の曹(そう)祛(きょ)と謀って使者を長(ちょう)安(あん)の南(なん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)模(ぼ)のところに送って、張軌は重病であるから秦(しん)州(しゅう)刺(し)史(し)の賈(か)龕(がん)をその代わりにしてほしいと願い出た。賈龕がそれを受けようとすると、その兄は、「張軌殿は名士で、その威名は西域に著しい。おまえはいったい何の徳があってそれに代わろうというのか」と賈龕を責めた。賈龕はそれで思い留まった。張鎮と曹祛はさらに朝廷に刺史の派遣を要望し、その返答がまだないうちに二人は檄(げき)を飛ばして、張軌を廃し、軍(ぐん)司(し)の杜(と)耽(たん)に州の事を行わせ、杜耽から朝廷に張越を刺史にするよう申し出ることにした。

張軌は教書を下し、位を譲って宜(ぎ)陽(よう)に帰って老いの日々を送ると言った。長(ちょう)史(し)の王(おう)融(ゆう)と参(さん)軍(ぐん)の孟(もう)暢(ちょう)は張鎮の檄を踏み折り、張軌の部屋に入って、「晋の皇室が多事多難のときに、明(めい)公(こう)［張軌］は西(せい)夏(か)の地を安らかに治めてこられました。張鎮兄弟は敢えて凶逆を恣(ほしいまま)にしようとしているので、太鼓を鳴らしてこれを誅すべきです」と言って、部屋より出て戒厳令を出した。たまたま張軌の長男の張(ちょう)寔(しょく)が都から還ってきていたので、張寔を中(ちゅう)督(とく)護(ご)にして兵を指揮して張鎮を討つことにした。張寔は張鎮の甥の太(たい)府(ふ)主(しゅ)簿(ぼ)の令(れい)狐(こ)亜(あ)を張鎮のもとに先に行かせて利害について述べさせた。張鎮は涙を流し、「人が私を誤らせたのだ」と言って、張寔のもとに詣でて罪に就いた。張寔は南に出て曹祛を撃ってそれを走らせた。

その一方で、朝廷は張鎮と曹祛の申し出を得て、侍(じ)中(ちゅう)の袁(えん)瑜(ゆ)を涼州刺史した。涼州の治(ち)中(ちゅう)の楊(よう)澹(たん)は馳せて長安に詣で、耳を割いて盤上の載せ、張軌は偽りの告発を受けていると訴えた。それを聞いた南陽王の司馬模は朝廷に袁瑜の派遣を停めるよう申し出た。武(ぶ)威(い)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)琠(てん)もまた張軌を元通りの任に置くことを朝廷に申し出た。詔が下され、司馬模の申し出の通りにし、曹祛を誅殺するよう命じた。

張軌はここにおいて張寔に歩騎三万を率いて曹祛を討たせ、それを切った。張越は鄴(ぎょう)に奔(はし)り、涼州は定まった。

【補足】（1）これまで何とか生き延びてきた司(し)馬(ば)覃(たん)がついに殺された。顧みると、8歳で皇太子に立てられて以来、まことに気の毒な6年間であった。

（2）北西に遠く離れた涼(りょう)州(しゅう)で四方に目を光らせていた張(ちょう)軌(き)［→通鑑305-04］が病気になり、たちまち怪しい動きをする者が出てきた。涼州、長(ちょう)安(あん)、洛(らく)陽(よう)は遠く離れ、情報伝達に時間差があるために朝廷側の対応はちぐはぐになったが、結局は張軌を慕う人々の行動によって事は収まった。

【訳文】

［308-07］三月、太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は許(きょ)昌(しょう)から兗(えん)州(しゅう)の鄄(けん)城(じょう)に移った。

［308-08］≪307-25☞≫王(おう)弥(び)は逃げ散った者たちを集め、その軍団はまた勢いづいた。王弥は諸将を分けて青(せい)、徐(じょ)、兗(えん)、予(よ)の四州を攻撃、略奪し、通過するところの郡県を陥れ、多数の知事を殺し、数万人を得た。苟(こう)晞(き)はそれと連戦したが勝つことができなかった。

夏、四月丁(てい)亥(がい)、王弥は許昌に入った。

太傅の司馬越は司(し)馬(ば)の王(おう)斌(ひん)に甲(こう)士(し)五千を指揮して都に入って守備につかせ、張(ちょう)軌(き)もまた（涼(りょう)州(しゅう)から）督(とく)護(ご)の北(ほく)宮(きゅう)純(じゅん)を派遣して都を守らせた。

五月、王弥は轘(かん)轅(えん)から都に接近し、伊(い)水(すい)の北で官軍を破った。都の人々は震え上がり、宮城の門は昼も閉じられた。

壬(じん)戌(じゅつ)、王弥は洛(らく)陽(よう)に至り、津(しん)陽(よう)門(もん)に駐屯した。詔(みことのり)を下して、王(おう)衍(えん)を都(と)督(とく)征(せい)討(とう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)とした。

甲(こう)子(し)、王衍は王斌らとともに都の外に出て戦った。北宮純は勇士百余人を募って敵陣を突き、王弥の兵は大敗した。

乙(いつ)丑(ちゅう)、王弥は建(けん)春(しゅん)門(もん)を焼いて東に去った。王衍は左(さ)衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)秉(へい)にそれを追わせ、七(しち)里(り)澗(かん)で戦ってまた破った。王弥は敗走して黄(こう)河(が)を北に渡り、王(おう)桑(そう)とともに軹(し)関(かん)から平(へい)陽(よう)に行った。漢(かん)王(おう)の劉(りゅう)淵(えん)は侍(じ)中(ちゅう)兼(けん)御(ぎょ)史(し)大(たい)夫(ふ)を出して途中で迎えさせ、「孤(わたし)は自ら将軍［王弥］の館に行って、席を掃い、爵(しゃく)を洗って、敬って将軍をお待ちする」と言わせた。王弥が至ると司(し)隸(れい)校(こう)尉(い)にして特別に侍(じ)中(ちゅう)に進め、王桑を散(さん)騎(き)侍(じ)郎(ろう)にした。

北宮純らは漢国の劉(りゅう)聡(そう)と河(か)東(とう)で戦ってそれを破った。

［308-09］詔を下して張軌を西(せい)平(へい)郡(ぐん)公(こう)に拝したが、張軌は辞退して受けなかった。このとき各地の州郡から都まで使者が来ることのないなかで、張軌だけは季節ごとの献納の使いを絶やさなかった。

【補足】（1）劉(りゅう)淵(えん)が出した王(おう)弥(び)が洛(らく)陽(よう)に迫った。王(おう)衍(えん)はここではよく都を守っている。遠く涼(りょう)州(しゅう)から派遣した北(ほく)宮(きゅう)純(じゅん)は西域での実戦経験が豊富だったのだろう、王弥を撃退し、さらに北上して劉(りゅう)聡(そう)も打ち破った。

（2）劉淵は都の門にまで迫りながらも敗れて帰ってきた王弥を手厚く迎え、王者らしくおおらかに振る舞っている。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、劉淵について厳しく論評している。北から怒涛の勢いで南下してきた清(しん)によって明(みん)が滅ぼされるのを目の当たりにした王夫子は、北方諸民族に対して強い敵愾心を抱き、それが『読通鑑論』を書かせた原動力の一つになっている。王夫子は劉淵に対して、「天下に毒を為し、自らその毒によって一族は滅んだ」と道義的に断じている。「その毒のそもそものもとは王(おう)浚(しゅん)が鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の段(だん)務(む)勿(ふつ)塵(じん)と手を結んだことにあった［→通鑑303-11］。司(し)馬(ば)穎(えい)はその鮮卑族の力を恐れて、劉淵を通じて匈(きょう)奴(ど)の力を借りようとした。こうして相互に夷(えびす)を用いたことから、その後千年にもわたる夷による禍(わざわい)が始まってしまったのである。天下に毒を流した者には必ずその毒がその身に及ぶのであって、王浚は千古の凶人の魁(さきがけ)として誅殺されたのである」。王浚が石(せき)勒(ろく)によって殺害されるのはこれより6年後である。

【訳文】

［308-10］秋、七月、甲(こう)辰(しん)、漢(かん)王(おう)の劉(りゅう)淵(えん)は平(へい)陽(よう)を襲撃し、平(へい)陽(よう)太(たい)守(しゅ)の宋(そう)抽(ちゅう)は郡を棄てて走り、河(か)東(とう)太(たい)守(しゅ)の路(ろ)述(じゅつ)は戦死した。劉淵は都を蒲(ほ)子(し)に移した。

上(じょう)郡(ぐん)の鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の陸(りく)逐(ちく)延(えん)や氐(てい)族(ぞく)の長の単(ぜん)徴(ちょう)も漢に降った。

［308-11］八月丁(てい)亥(がい)、太(たい)傅(ふ)の司(し)馬(ば)越(えつ)は鄄(けん)城(じょう)から濮(ぼく)陽(よう)に移動したが、すぐまた滎(けい)陽(よう)に移動した。

［308-12］≪307-20☞≫九月、漢国の王(おう)弥(び)と石(せき)勒(ろく)は鄴(ぎょう)を襲撃した。和(わ)郁(いく)は城を棄てて走った。

詔(みことのり)を下し、予(よ)州(しゅう)刺(し)史(し)の裴(はい)憲(けん)を白(はく)馬(ば)に駐屯させて王弥を拒み、車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)堪(たん)を東(とう)燕(えん)に駐屯させて石勒を拒み、平(へい)北(ほく)将(しょう)軍(ぐん)の曹(そう)武(ぶ)を大(たい)陽(よう)に駐屯させて蒲子の動きに備えさせた。裴憲は裴(はい)楷(かい)の子である。

［308-13］冬、十月甲(こう)戌(じゅつ)、漢王の劉淵は皇帝の位に即(つ)き、大赦を下し、永(えい)鳳(ほう)と改元した。十一月、その子の劉(りゅう)和(わ)を大(だい)将(しょう)軍(ぐん)に、劉(りゅう)聡(そう)を車(しゃ)騎(き)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)に、一族の子の劉(りゅう)曜(よう)を竜(りゅう)驤(じょう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)にした。

【補足】劉(りゅう)淵(えん)は徐々に南下しつつ晋(しん)への圧力を強め、ついに皇帝として即位した。

【訳文】

［308-14］≪306-19☞≫壬(じん)寅(いん)、并(へい)州(しゅう)刺(し)史(し)の劉(りゅう)琨(こん)は上(じょう)党(とう)太(たい)守(しゅ)の劉(りゅう)惇(じゅん)に鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)を率いて壺(こ)関(かん)を攻撃させた。漢(かん)の鎮(ちん)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)の綦(き)毋(ぶ)達(たつ)はそれと戦って敗れて逃げ帰った。

［308-15］丙(へい)午(ご)、漢の都(と)督(とく)中(ちゅう)外(がい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)大(だい)司(し)馬(ば)領(りょう)丞(じょう)相(しょう)右(ゆう)賢(けん)王(おう)の劉(りゅう)宣(せん)が死んだ。

【補足】（1）劉(りゅう)琨(こん)が決死の覚悟で赴任した并(へい)州(しゅう)は、漢(かん)の新しい都となった蒲(ほ)子(し)とは山脈を挟んで対峙する関係となり、壺(こ)関(かん)から敵が侵攻してくるのを防ぐことに成功した。

（2）劉(りゅう)宣(せん)は民族の尊厳を目覚めさせる演説を行った人物である［→通鑑304-12の一］。

【訳文】

［308-16］石(せき)勒(ろく)と劉(りゅう)霊(れい)は三万人を率いて魏(ぎ)郡(ぐん)、汲(きゅう)郡(ぐん)、頓(とん)丘(きゅう)に来襲した。人々はその勢いを見て、五十余りの壘(とりで)が降参した。壘の主(あるじ)を将(しょう)軍(ぐん)や都(と)尉(い)にして印綬を授け、強壮な者五万を軍士にし、老弱の者はそのまま安堵させた。

己(き)酉(ゆう)、石勒は魏(ぎ)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)の王(おう)粋(すい)を鄴(ぎょう)の三(さん)台(だい)で捕らえて殺した。

［308-17］十二月辛(しん)未(び)朔(さく)、大赦を下した。

［308-18］乙(いつ)亥(がい)、漢(かん)主(しゅ)の劉淵は大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)和(わ)を大(だい)司(し)馬(ば)にして梁(りょう)王(おう)に封(ほう)じ、尚(しょう)書(しょ)令(れい)の歓(かん)楽(らく)を大(だい)司(し)徒(と)にして陳(ちん)留(りゅう)王(おう)に封じ、皇后の父の御(ぎょ)史(し)大(たい)夫(ふ)の呼(こ)延(えん)翼(よく)を大(だい)司(し)空(くう)にして鴈(がん)門(もん)郡(ぐん)公(こう)に封じ、劉淵と同族の者は縁の遠近に応じて郡県の王に封じ、異姓の者は功績に応じて郡県公侯に封じた。

【補足】先に李(り)雄(ゆう)が、続いて劉(りゅう)淵(えん)が皇帝になったことで、天下に複数の皇帝が並び立つことになった。そのような場合に、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』は最も勢力がある国を選んで、それを叙述の中心に据える。だから、通鑑308-17で「大赦を下した」と記述されている主体は晋(しん)国(こく)である。何の断りもなく皇帝とあるのは晋の懐(かい)帝(てい)を指し、成(せい)国(こく)の李雄は成(せい)主(しゅ)、漢(かん)国(こく)の劉淵は漢(かん)主(しゅ)と記される。

【訳文】

［308-19］≪306-08☞≫成(せい)国(こく)の尚(しょう)書(しょ)令(れい)の楊(よう)褒(ほう)が死んだ。楊褒は直言を好んだ。成(せい)主(しゅ)の李(り)雄(ゆう)が蜀(しょく)を得たばかりのころは不足分を補うために、金銀を献じた者に官職を与えることがあった。楊褒はそれを諌めて、「陛下が官爵を設けられているのは、天下の英豪を我が朝廷に網羅するためでありましょう。官位を金の引き換えにしてよろしいのでしょうか」と言ったので、李雄は謝った。李雄はあるとき酔って中(ちゅう)書(しょ)令(れい)に命じて太(たい)官(かん)令(れい)を杖(じょう)で撃たせた。楊褒は進み出て、「『天子は穆(ぼく)穆(ぼく)［慎み深い］、諸侯は皇(こう)皇(こう)［美しく輝く］』と申します。酔って乱れる天子などありましょうか」と言った。李雄は慚(は)じて止めた。

［308-20］成国の平(へい)寇(こう)将(しょう)軍(ぐん)の李(り)鳳(ほう)は晋(しん)寿(じゅ)に駐屯し、しばしば漢(かん)中(ちゅう)を襲撃したので、漢中の民は東に荊(けい)沔(べん)の地に走った。

（晋(しん)は）詔(みことのり)を下して張(ちょう)光(こう)を梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。また荊(けい)州(しゅう)では盗賊の活動がやまなかったので、詔を下して劉(りゅう)璠(はん)を順(じゅん)陽(よう)刺(し)史(し)にした。それからは江(こう)漢(かん)の間は一斉に劉璠の指揮に従うようになった。

【補足】（1）楊(よう)褒(ほう)の名は通鑑304-15や301-17で見ているが、特に何をしたかは記されていなかった。李(り)雄(ゆう)を中国流の帝王像へと近づけるべく助言していたようである。北方諸民族は戦争は強くても、定住する農耕民を統治する経験はなかったので、洗練された中国流の官僚機構を使わないではいられなかった。その上に立つ支配階層は順次中国化されていくようになる。またこの前後の一連の記述からわかるように、成(せい)国(こく)も漢(かん)国(こく)も経済のかなりの部分を略奪に依存している。そのままでは継続性はないので、どこかで自立する経済へと脱皮しなければならない。劉淵はもともと文武の両立を目指していたので［→通鑑279-02］、漢国を中国的国家へと成熟させていこうとする意欲を持っていたのだろうが、結果としてはそれを果たすことができず、劉淵一族は滅亡してしまうことになる。王(おう)夫(ふう)子(し)は、劉淵は自らが流した毒に中って滅んだと論評していたが［→通鑑308-09の補足］、そのように道義的に糾弾するのは我々にはあまり意味があるとは思えない。

（2）劉(りゅう)璠(はん)は通鑑306-11にその名を見ていて、かつて長(ちょう)江(こう)中流域で優れた統治能力を発揮した劉(りゅう)弘(こう)の子である。劉弘は中国的官僚のお手本であった。父の徳を偲ぶ人々が劉璠のもとに心を合わせ、治安が回復しそうになった。ところが、すぐに後で見るように、中央政府はおかしな対応をしてしまう。