『資治通鑑鑑賞』　第84巻　301年〜302年

■資治通鑑第84巻

【解題】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第84巻は永(えい)寧(ねい)元年［301年］から永寧二年［302年］までの2年間を扱っている。

【訳文】

資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)巻八十四　晋(しん)紀(き)六　孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)中(ちゅう)之(の)上(じょう)

【補足】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第84巻は「晋(しん)紀(き)六」に当たり、「孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)中(ちゅう)之(の)上(じょう)」、つまり晋(しん)の皇帝が孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の中(ちゅう)の部分の上巻に当たる。孝恵皇帝は晋の二代皇帝の司(し)馬(ば)衷(ちゅう)。

【概略】晋が呉(ご)を亡ぼして天下統一を果たしてから22年、その天下はもはや崩壊寸前となっていた。その最大の要因は、前巻で見た『徙(し)戎(じゅう)論(ろん)』［→通鑑299-02］で論じられていた北方諸民族の台頭である。氐(てい)族(ぞく)の斉(せい)万(まん)年(ねん)が引き起こした反乱はかろうじて鎮圧できたものの［→通鑑299-01］、それに関連して秦(しん)州(しゅう)の六郡の民衆が流民化して蜀(しょく)の地へと移動した。その流民の中から指導者として名を現わしてきたのが巴(は)氐(てい)族(ぞく)の李(り)特(とく)兄弟であった［→通鑑300-18］。晋朝崩壊の第二の要因は、支配層が身内同士の低レベルの権力抗争に明け暮れたことで、賈(か)皇(こう)后(ごう)が司(し)馬(ば)倫(りん)によって殺されると［→通鑑300-07の一］、もはやタガが外れたかのようになって混乱が混乱を呼ぶ。司馬倫は勢いに乗って皇位を狙うが、それがいかに無意味な行為であるかはこの巻の最初で明らかになる。

【訳文】

［301-01］永(えい)寧(ねい)元年、春、正月、散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)の張(ちょう)軌(き)を涼(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。張軌はいまは多難の時期であることから、密かに河(か)西(せい)を保って自立する志を抱き、涼州への赴任を求めたのだった。このとき涼州のまわりにはあちこちに盗賊がいて、鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)が侵略してきてもいた。張軌は涼州に至ると、宋(そう)配(はい)と氾(はん)瑗(えん)を参謀にして、周囲の敵をことごとく討ち、西方の地で威を著しく振るった。

【補足】蜀(しょく)の地で自立を図った趙(ちょう)廞(きん)［→通鑑300-17］に続いて、張(ちょう)軌(き)は遠く西方の涼(りょう)州(しゅう)で自立を目指した。中央にいたのではいつ混乱に巻き込まれて殺されてしまうかわからないので、遠隔地の方がむしろ魅力的であったのだろう。張軌は涼州でしっかりと地歩を固め、すぐ後で見るようにたちまち倒れ去った趙廞とは対照的に長期にわたって活躍する。

【訳文】

［301-02］相(しょう)国(こく)の司(し)馬(ば)倫(りん)と孫(そん)秀(しゅう)は、牙(が)門(もん)の趙(ちょう)奉(ほう)を使って宣(せん)帝(てい)［司(し)馬(ば)懿(い)］の神(しん)語(ご)だと偽って、「倫よ、すみやかに西(せい)宮(きゅう)［皇帝の居場所］に入れ」という言葉を伝えた。散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)の義(ぎ)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)威(い)は司(し)馬(ば)望(ぼう)の孫であるが、もとより司馬倫に諂(へつら)い仕えていたので、司馬倫は司馬威に侍(じ)中(ちゅう)を兼ねさせ、司馬威を使って皇帝に迫って（皇帝のしるしである）璽(じ)綬(じゅ)を奪い取り、皇位を禅(ゆず)る詔(みことのり)を作らせた。また、尚(しょう)書(しょ)令(れい)の満(まん)奮(ふん)を使って、璽綬を奉じて司馬倫のもとに送って皇位を禅(ゆず)り渡す使者とした。左(さ)衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)輿(よ)、前(ぜん)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の司(し)馬(ば)雅(が)らは武装した兵士を率いて宮殿に入り、三(さん)部(ぶ)司(し)馬(ば)［近衛兵の指揮官］に威(い)賞(しょう)［アメとムチ］を示して（司馬倫に従うよう）諭した。敢えてそれに違える者はいなかった。張(ちょう)林(りん)らは諸門を守った。

乙(いつ)丑(ちゅう)、司馬倫は法(ほう)駕(が)［皇帝の乗り物］を備えて宮殿に入り、帝位に即(つ)いた。天下に赦令を下し、建(けん)始(し)に改元した。もとの皇帝は華(か)林(りん)の西(せい)門(もん)から出て金(きん)墉(よう)城(じょう)に居所を移した。司馬倫は張(ちょう)衡(こう)に将兵を率いて護衛させた。

丙(へい)寅(いん)、もとの皇帝を尊んで太(たい)上(じょう)皇(こう)にし、金墉城の名を永(えい)昌(しょう)宮(きゅう)に改め、皇(こう)太(たい)孫(そん)［司(し)馬(ば)臧(ぞう)］を廃して濮(ぼく)陽(よう)王(おう)にした。世(せい)子(し)［司馬倫の跡継ぎ］の司(し)馬(ば)荂(か)を皇太子にし、子の司(し)馬(ば)馥(ふく)を京(けい)兆(ちょう)王(おう)に、司(し)馬(ば)虔(けん)を広(こう)平(へい)王(おう)に、司(し)馬(ば)詡(く)を霸(は)城(じょう)王(おう)にし、皆を侍(じ)中(ちゅう)にして兵士を授けた。梁(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)を宰(さい)衡(こう)に、何(か)劭(しょう)を太(たい)宰(さい)に、孫秀を侍(じ)中(ちゅう)中(ちゅう)書(しょ)監(かん)驃(ひょう)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)儀(ぎ)同(どう)三(さん)司(し)に、義(ぎ)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)威(い)を中(ちゅう)書(しょ)令(れい)に、張(ちょう)林(りん)を衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)にし、その他の司馬倫の一派はいずれも卿(けい)や将の位を授かり、序列を超えて昇進した者が非常に多くいて、召使のような者にまで爵位が与えられた。こうして朝廷で人々が集まると、貂(ちょう)蟬(ぜん)［高位にあることを示す冠］をかぶる者が座に満ちた。時の人々は、「貂(てん)の尾が足らなくて、狗(いぬ)の尾を冠にくっつけた」と言い合った。

この年、各地から官員候補として賢(けん)良(りょう)、秀(しゅう)才(さい)、孝(こう)廉(れん)として推薦された者はいずれも審査することなく採用し、郡国の計(けい)吏(り)および太(たい)学(がく)の学生で十六歳以上の者もいずれも官員にした。赦令が下った日に官職に就いていた者はいずれも侯(こう)に封(ほう)じられ、郡の綱(こう)紀(き)［事務の小役人］は孝廉とし、県の綱紀は廉(れん)吏(り)とした。任官のしるしとして役人たちに支給すべき物品が府(ふ)庫(こ)［中央官庁の倉庫］に蓄えていた分では足りなくなった。侯に封じる者に与える印を鑄(い)るのが間に合わなくなり、とりあえず白い板を渡した。

平(へい)南(なん)将(しょう)軍(ぐん)の孫(そん)旂(き)の子の孫(そん)弼(ひつ)や、弟の子の孫(そん)髦(ぼう)、孫(そん)輔(ほ)、孫(そん)琰(えん)は孫秀と附会(つるん)でいたので、同族として合体し、わずかの間に皆が高い地位に就いていたのだが、司馬倫が皇帝になると、その四人の子はいずれも将軍になって郡侯に封じられ、孫旂は車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)開(かい)府(ふ)となった。孫旂は孫弼たちが司馬倫から過剰に官爵を受けるのはきっと家に禍(わざわい)をもたらすと考え、下の息子の孫(そん)回(かい)を遣わして孫弼らを責めたが、誰も従わなかった。孫旂は子供らを制御できなかったので慟哭した。

【補足】（1）司(し)馬(ば)倫(りん)は、亡き父司(し)馬(ば)懿(い)のお告げがあったとひと芝居打って皇位に就いた。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』では省略されているが、先に九(きゅう)錫(せき)を授かったときに［→通鑑300-16］、自分で仕組んだことであるのに、わざわざ辞退して謙譲の美徳を発揮するなど、何だかかんだとひどくもったいぶったうえで即位している。そのようにあたかもやむを得ず即位するのだという形をつくるのが、魏(ぎ)が漢(かん)から皇位を奪って以来のお作法となっていて、この後、確固たるしきたりとして数百年にわたって守られるようになる。

（2）宮廷内抗争の末に勝った者は褒賞を大盤振る舞いする。司馬倫はすでにそれを一回やっていたので、即位した後はもはや官位の投げ売り状態となった。そのありさまから「狗(く)尾(び)続(ぞく)貂(ちょう)」という四字熟語が生まれた。本文にもあるように、高官は貂(てん)の尾で飾った冠をかぶって朝廷の儀式に臨むのであるが、高官の数が増えすぎて貂の尾が足りなくなって、犬の尾で飾らなければいけないような事態になったことから、ごくつまらない連中がわさわさと重要なポストに就くことを揶揄する言葉となった。

（3）子供らの不相応なスピード出世に慟哭した孫(そん)旂(き)は、前の皇帝の妻［羊(よう)皇(こう)后(ごう)］の祖父で、そもそもが孫(そん)秀(しゅう)の力で皇后の外戚になれたのだから［→通鑑300-17］、いまさら禍が及ぶのを心配したところで遅すぎる。その結末は通鑑301-06で見ることになる。

【訳文】

［301-03］癸(き)酉(ゆう)、濮(ぼく)陽(よう)哀(あい)王(おう)の司(し)馬(ば)臧(ぞう)［もとの皇(こう)太(たい)孫(そん)］を殺した。

孫(そん)秀(しゅう)は朝政を好き勝手に取り仕切り、司(し)馬(ば)倫(りん)が詔(しょう)令(れい)を出すと、孫秀がそれを奪って改変し、自分で青い紙に書いて詔(みことのり)とした。司馬倫が朝に決めたことが、夕方には孫秀によって改められ、官員の入れ替えが流れる川のようにとどまることなく続いた。

張(ちょう)林(りん)は以前から孫秀と関係が悪く、しかも開(かい)府(ふ)［自分のもとに官署を設ける権限］を得られなかったのを恨み、密かに皇太子の司(し)馬(ば)荂(か)に手紙で、「孫秀は権力を専らにし、それは衆心と合致するものではありません。しかもいま朝廷に並ぶ功臣はいずれも小(しょう)人(じん)［つまらない人間］で、朝政を歪めて乱しています。ことごとく誅殺すべきです」と言った。司馬荂はそのことについて書いて司馬倫に告げ、司馬倫はそれを孫秀に示した。孫秀は張林を捕らえることを勧めた。張林は殺され、その三族が夷(たいら)げられた。

孫秀は、斉(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)冏(けい)、成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)、河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)がそれぞれ強力な軍団を擁して重要な地点を抑えていたので、その三人を嫌っていた。それで孫秀は自分に親しい者を三王の補佐役に付け、司馬冏に鎮(ちん)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の称号を、司馬穎に征(せい)北(ほく)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の称号を加え、三王をいずれも開(かい)府(ふ)儀(ぎ)同(どう)三(さん)司(し)にして、厚遇しているようにみせかけた。

【補足】（1）殺された司(し)馬(ば)臧(ぞう)はこのときまだ5歳であった。恵(けい)帝(てい)［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］の子の司(し)馬(ば)遹(いつ)の子で、4歳のときに賈(か)皇(こう)后(ごう)によって父母が殺害されると金(きん)墉(よう)城(じょう)に幽閉された［→通鑑299-07の二］。賈皇后が司(し)馬(ば)倫(りん)によって殺されると、皇(こう)太(たい)孫(そん)に立てられた［→通鑑300-11］。そして、司馬倫が皇帝になると、邪魔者であるとして消されてしまった。極めて気の毒な短い一生であった。

（2）司(し)馬(ば)倫(りん)と孫(そん)秀(しゅう)の関係は、前の皇帝と賈(か)皇(こう)后(ごう)の関係に似ている。皇帝は操り人形でしかない。そのような立場になるのがわかっていながら皇位に就いたのだから、司馬倫は相当なぼんくらである。息子の司(し)馬(ば)荂(か)も父に劣らずぼんくらで、張(ちょう)林(りん)の秘密の手紙は孫秀に筒抜けであった。

【訳文】

［301-04］（威(い)寇(こう)将(しょう)軍(ぐん)となって蜀(しょく)への入口である北(ほく)道(どう)を遮断することを命じられた）李(り)庠(しょう)は驍(ぎょう)勇(ゆう)で衆心を得ていたので、趙(ちょう)廞(きん)は次第に警戒するようになり、しかしまだ何も言わずにいた。長(ちょう)史(し)の杜(と)淑(しゅく)や張(ちょう)粲(さん)が趙廞に次のように説いた。「将軍殿［趙廞］はまだ事を起こしたばかりで、にわかに李庠に強兵を握らせて外に置こうとしています。李庠は我らとは族を異にする者で、必ずその心も異なります。これは戈(ほこ)を逆向きにして人に授けるようなものです。早くに対策を立てるべきです」。たまたま李庠は趙廞に尊号［皇帝］を称するように勧めた。杜淑と張粲はそれによって趙廞に、「李庠は大(だい)逆(ぎゃく)不(ふ)道(どう)であります」と言って、李庠を引っ張り出して斬った。そしてその子や甥の十人余りも斬った。

そのとき（李庠の兄弟の）李(り)特(とく)や李(り)流(りゅう)は兵士を指揮して外に出ていた。趙廞は人を派遣して、「李庠は言ってはならないことを口にし、その罪は死に当たるものであった。ただし罪は兄弟に及ぶものではない」と、慰めの言葉を伝えた。また李特、李流を督(とく)将(しょう)にした。李特、李流は趙廞を怨み、兵を引いて綿(めん)竹(ちく)に帰った。

趙廞の牙(が)門(もん)将(しょう)の許(きょ)弇(えん)は巴(は)東(とう)監(かん)軍(ぐん)になることを求めた。杜淑と張粲は断じてそれを許そうとしなかった。許弇は怒り、趙廞の執務室の下で、自分の手で杜淑と張粲を殺害した。すると、杜淑と張粲の部下が許弇を殺した。この三人は趙廞の腹心であったので、これ以降は趙廞の勢いは衰えた。

趙廞は、長史の費(ひ)遠(えん)、蜀(しょく)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)の李(り)苾(ひつ)、督(とく)護(ご)の常(じょう)俊(しゅん)を派遣して、一万人余りを動員して北道を断ち、綿竹の石(せき)亭(てい)に駐屯させた。李特は密かに七千人余りの兵士を集めていて、夜に費遠らの軍営を襲撃して火を付けた。費遠側の兵士の八、九割が死んだ。李特はそのまま進んで（趙廞がいる）成(せい)都(と)を攻めた。費遠と李苾と軍(ぐん)祭(さい)酒(しゅ)の張(ちょう)微(び)らは夜の間に門を開いて逃げ、文武の官員もことごとく消え去ってしまった。独り残された趙廞は家族とともに小さな船に乗って逃げ、広(こう)都(と)に至ったところで従者に殺された。李特は成都に入り、兵士を放って略奪を許した。使者を洛(らく)陽(よう)に送り、趙廞の罪状を並べて報告した。

先に趙廞が叛(そむ)いたときに、梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の羅(ら)尚(しょう)はそれを聞いて朝廷に次のような文書を提出した。「趙廞には特段に優れた才能はなく、蜀の人々は趙廞に従っていません。遠からず敗れて亡びるでありましょう」。詔(みことのり)を下して羅尚を平(へい)西(せい)将(しょう)軍(ぐん)益(えき)州(しゅう)刺(し)史(し)にして、牙(が)門(もん)の王(おう)敦(とん)、蜀(しょく)郡(ぐん)太(たい)守(しゅ)の徐(じょ)倹(けん)、広(こう)漢(かん)太(たい)守(しゅ)の辛(しん)冉(ぜん)ら七千人余りを指揮して蜀(しょく)に入らせた。李特らは羅尚が来たと聞いて非常に懼(おそ)れ、その弟の李(り)驤(じょう)に途中の道で羅尚を出迎えさせ、珍しい物品を献じた。羅尚は喜び、李驤を騎(き)督(とく)にした。李特と李流は肉と酒を贈って羅尚を綿竹で慰労をした。王敦と辛冉は羅尚に、「李特らは何といっても盗賊であります。李特らに会ったらすぐに斬るべきです。そうしなければ、必ず後の患(わずら)いとなりましょう」と言った。羅尚はそれには従わなかった。辛冉は李特とは旧い縁があった。辛冉は李特に、「昔馴染みが再び会うのは、吉でなければきっと凶である」と言った。李特は深く疑い懼れた。

三月、羅尚は成都に至った。汶(びん)山(ざん)の羌(きょう)族(ぞく)が叛き、羅尚は王敦を派遣してそれを討たせたが、羌のために王敦は殺された。

【補足】（1）蜀(しょく)で自立を目指した趙(ちょう)廞(きん)［→通鑑300-17］のその後が記されている。趙廞はあっという間に勢いを失って殺され、代わって流民のボスである李(り)特(とく)が成(せい)都(と)に入った。盗賊と見下されるだけあって、李特は「縦(じゅう)兵(へい)大(だい)掠(りゃく)」［兵士に自由に略奪させること］を許した。中国の町は城壁で囲まれた城塞都市で、それを攻めて勝った側は多くの場合に勝利の報酬として兵士に思う存分略奪させた。李特の場合は、成都と攻防戦を交えたわけでもないのに略奪を行わせているので、かなりまずい行為であった。李特は、後に見るように、盗賊集団からの脱皮を目指して行動を改める。しかしながら、それが成功したわけではない。

（2）辛(しん)冉(ぜん)が李特に、「吉でなければきっと凶である」と言った通りに、二人は激しく戦うようになる。

（3）最後に殺された王(おう)敦(とん)は通鑑300-02で登場した王敦とは別人である。

【訳文】

［301-05の一］斉(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)冏(けい)は、（皇帝となった）趙(ちょう)王(おう)の司(し)馬(ば)倫(りん)を討とうと謀っていた［このとき司馬冏は都の南東にある許(きょ)昌(しょう)にいた］。まだ事を起こさないうちに、たまたま離(り)狐(こ)の王(おう)盛(せい)と穎(えい)川(せん)の処(しょ)穆(ぼく)が人々を濁(だく)沢(たく)に集め、多くの民衆がそれに従い、日に日に増えて一万人にまで膨れ上がった。司馬倫は配下の将である管(かん)襲(しゅう)を司馬冏の軍(ぐん)司(し)にして、王盛と処穆を討って、それを斬った。司馬冏は管襲を捕らえて殺し、予(よ)州(しゅう)刺(し)史(し)の何(か)勗(きょく)や竜(りゅう)驤(じょう)将(しょう)軍(ぐん)の董(とう)艾(がい)らとともに挙兵し、使いを出して成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)、河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)、常(じょう)山(ざん)王(おう)の司(し)馬(ば)乂(かい)および南(なん)中(ちゅう)郎(ろう)将(しょう)の新(しん)野(や)公(こう)の司(し)馬(ば)歆(きん)に告げて、征(せい)、鎮(ちん)、州(しゅう)、郡(ぐん)、県(けん)、国(こく)の各所に、「逆臣の孫(そん)秀(しゅう)が趙王［司馬倫］を惑わし誤らせた。ともに孫秀を誅討すべきである。命令に従わない者は三族を誅殺する」と檄(げき)を飛ばした。

その使者が（司馬穎のいる）鄴(ぎょう)［都から東に離れた黄(こう)河(が)沿いの町］に至ると、司馬穎は鄴(ぎょう)令(れい)の盧(ろ)志(し)を呼んで相談した。盧志は言った。「趙王が簒(さん)逆(ぎゃく)［国に反逆して皇位を奪ったこと］に人神ともに憤っております。殿下［司馬穎］が英俊を招集して人々の望みに添って大(たい)順(じゅん)［正当な大義］によって趙王の討伐に立ち上がったならば、人々は呼ばなくても集まってくるでしょう。人々は腕まくりして、争うようにして進み、勝たないはずがありません」。司馬穎はそれに従い、盧志を諮(し)議(ぎ)参(さん)軍(ぐん)として左(さ)長(ちょう)史(し)にした。盧志は盧(ろ)毓(いく)の孫である。司馬穎は兗(えん)州(しゅう)刺(し)史(し)の王(おう)彦(げん)、冀(き)州(しゅう)刺(し)史(し)の李(り)毅(き)、督(とく)護(ご)の趙(ちょう)驤(じょう)、石(せき)超(ちょう)らを前鋒とした。遠近の人々はそれに応じ、（鄴から黄河に沿って都に向かって）朝(ちょう)歌(か)県(けん)に至ると二十万人余りになった。石超は石(せき)苞(ほう)の孫である。

常山王の司馬乂はその任国［鄴の北にある常山郡］にいて、太(たい)原(げん)の内(ない)史(し)の劉(りゅう)暾(とん)とともにそれぞれ人々を率いて司馬穎の後に続いた。

新野公の司馬歆は（都の南方の町である新野県にいて）司馬冏からの檄を受け取ると、どうしたらよいのか判断が付かなった。嬖人(おべっかづかい)の王(おう)綏(すい)は、「趙王様は公(こう)［司馬歆］と近縁で強く、斉王様は遠縁で弱いので、公は趙王様に従うべきであります」と言った。参(さん)軍(ぐん)の孫(そん)洵(じゅん)は大声で人々に向かって、「趙王は凶(きょう)逆(ぎゃく)、天下とともに誅すべきである。近縁か遠縁か、強いか弱いかなど言っている場合ではない」と言った。司馬歆はそれで司馬冏に応じることにした。

前(ぜん)安(あん)西(せい)参(さん)軍(ぐん)の夏(か)侯(こう)奭(せき)は始(し)平(へい)［長(ちょう)安(あん)の西の町］にいて、数千人を集めて司馬冏に応じ、使者を河間王の司馬顒［このとき長安にいた］に送って同じ陣営に迎えようとした。司馬顒は長(ちょう)史(し)の李(り)含(がん)の謀(はかりごと)を用いて（司馬倫側に付くと決め）、振(しん)武(ぶ)将(しょう)軍(ぐん)の張(ちょう)方(ほう)を出して夏侯奭とその仲間を捕らえて斬った。司馬冏の檄が司馬顒のもとに届くと、司馬顒はその使者を司馬倫のもとに送り、張方に兵団を指揮させて司馬倫の助っ人として都に向かわせた。張方が華(か)陰(いん)に至ったときに、司馬顒は二王［司馬冏と司馬穎］の軍団の勢いが盛んであると聞いて、張方を呼び戻し、二王の方に付くことにした。

司馬冏の檄が揚(よう)州(しゅう)［長(ちょう)江(こう)に近い町］に至ると、州人は皆が司馬冏に応じようとした。揚(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)の郗(ち)隆(りゅう)は郗(ち)慮(りょ)の玄孫であるが、兄の子の郗(ち)鑒(かん)やその他の一族が洛(らく)陽(よう)にいたために、迷って決められずにいた。そこで州の役人を全て集めた相談した。主(しゅ)簿(ぼ)の趙(ちょう)誘(ゆう)、前(ぜん)秀(しゅう)才(さい)の虞(ぐ)潭(たん)らは、「趙王の簒逆は天下の憎むところであります。いま義兵が四方に起り、趙王の敗北は決定的です。明(めい)使(し)君(くん)［郗隆］のための計としは、御自身で精兵を率いてただちに（司馬冏がいる）許(きょ)昌(しょう)に赴くのが上策であります。将兵を派遣して諸軍に合流させるのが中策であります。わずかな軍勢を出し、情勢を見て勝者を助けるのが下策であります」と言った。郗隆は退席して、密かに別(べつ)駕(が)の顧(こ)彦(げん)と相談した。顧彦は、「趙誘らの下策こそが上計であります」と言った。治(ち)中(ちゅう)の留(りゅう)宝(ほう)、主(しゅ)簿(ぼ)の張(ちょう)褒(ほう)、西(せい)曹(そう)の留(りゅう)承(しょう)はそれを聞くと、郗隆に会うことを求めて、「明使君がいま何をされようとしているのかいぶかしく思います」と言った。郗隆は、「私は二帝［司(し)馬(ば)炎(えん)と司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］より恩を受けながら、恩返しが少しもできてない。だからこの州を守りたいと思うだけなのだ」と言った。留承は言った。「そもそもこの天下は世(せい)祖(そ)［司(し)馬(ば)昭(しょう)］様の天下であります。太(たい)上(じょう)皇(こう)［司馬衷］様が皇位を継承されてからすでに久しい歳月が経過し、今(きん)上(じょう)［司馬倫］が皇位を取ってから天下は平穏ではなくなってしまいました。斉王［司馬冏］様は時勢に応じて事を挙げられましたので、成功するのは明白であります。使(し)君(くん)［郗隆］がこれに応じてすばやく軍を動かすのではなくて、狐疑してぐずぐずしていますと、異変が生じて、この州を保つこともできないでしょう」と言った。郗隆は聞き入れなかった。虞潭は虞(ぐ)翻(ほん)の孫である。郗隆は（司馬冏からの）檄を六日の間、手元に留めて下の者たちに示さなかった。将士は憤慨した。このとき参(さん)軍(ぐん)の王(おう)邃(すい)が（揚州のすぐ南の）石(せき)頭(とう)にいて、将士は争うようにしてそのもとに集まろうとした。郗隆は従事を牛(ぎゅう)渚(しょ)に派遣してそれを止めさせたが、どうすることもできなかった。将士はついに王邃を奉じて郗隆を攻撃した。郗隆父子および顧彦らは死に、郗隆の首は司馬冏のところに送られた。

【補足】（1）孫(そん)秀(しゅう)が強く警戒していた司(し)馬(ば)冏(けい)と司(し)馬(ば)穎(えい)［→通鑑301-03］が動き出し、次いで司(し)馬(ば)顒(ぎょう)も同調したことで、情勢が一転した。天下の趨勢を見誤った郗(ち)隆(りゅう)はたちまち殺されてしまった。

（2）司(し)馬(ば)瑋(い)が楊(よう)駿(しゅん)を倒して［→通鑑291-02］から、晋(しん)朝(ちょう)の皇族が権力の奪い合いを繰り広げた一連の出来事を「八(はち)王(おう)の乱(らん)」という。王号をもった八人が次々に主役になっては消えて行ったからである。八王を世代順に並べると、司(し)馬(ば)昭(しょう)［文(ぶん)帝(てい)］と同世代の者が司(し)馬(ば)亮(りょう)と司(し)馬(ば)倫(りん)、司(し)馬(ば)炎(えん)［武(ぶ)帝(てい)］と同世代の者が司(し)馬(ば)顒(ぎょう)と司(し)馬(ば)越(えつ)、司(し)馬(ば)衷(ちゅう)［恵(けい)帝(てい)］と同じ世代の者が司(し)馬(ば)瑋(い)、司(し)馬(ば)乂(かい)、司(し)馬(ば)穎(えい)、司(し)馬(ば)冏(けい)である。このうち、司馬亮と司馬瑋の二人はすでに敗者となって消えていた。

【訳文】

［301-05の二］安(あん)南(なん)将(しょう)軍(ぐん)監(かん)沔(べん)北(ほく)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)の孟(もう)観(かん)は、「（天空の星座の）紫(し)宮(きゅう)の帝坐には何も異変が見えない。司(し)馬(ば)倫(りん)様はきっと敗れないだろう」と考えて、（都の南方にある宛(えん)の町の）守備を固めた。

（都にいる）司(し)馬(ば)倫(りん)と孫(そん)秀(しゅう)は三王［司(し)馬(ば)冏(けい)、司(し)馬(ば)穎(えい)、司(し)馬(ば)乂(かい)］が挙兵したと聞いて大いに懼(おそ)れた。司馬倫は、司馬冏が送ってきたものだと偽って皇帝に次のような文書を出した。「何の賊であるのか不明な者たちに攻囲されております。臣(わたくし)は懦(だ)弱(じゃく)で自分だけで守り通すことができませんので、中(ちゅう)軍(ぐん)［皇帝直属の軍団］を派遣してお救いください。死を覚悟して戦います」。その文章を朝廷の内外に示し、（司馬冏を救うための援軍を出すと見せかけて）上(じょう)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の孫(そん)輔(ほ)、折(せっ)衝(しょう)将(しょう)軍(ぐん)の李(り)厳(げん)に七千の兵士を率いさせて廷(えん)寿(じゅ)関(かん)から出し、征(せい)虜(りょ)将(しょう)軍(ぐん)の張(ちょう)泓(こう)、左(さ)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の蔡(さい)璜(こう)、前(ぜん)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の閭(りょ)和(わ)に九千の兵士を率いさせて崿(がく)阪(はん)関(かん)から出し、鎮(ちん)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の司(し)馬(ば)雅(が)、揚(よう)威(い)将(しょう)軍(ぐん)の莫(ばく)原(げん)に八千の兵士を率いさせて成(せい)皋(こう)関(かん)より出して、司馬冏が南東から都に向かって来るのを拒もうとした。また、孫秀の子の孫(そん)会(かい)に将軍の士(し)猗(い)や許(きょ)超(ちょう)を指揮させて、宿(しゅく)衛(えい)兵(へい)［近衛兵］の三万を率いて司(し)馬(ば)穎(えい)が東から都に向かって来るのを拒もうとした。さらに、東(とう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)楙(ぼう)を衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)諸(しょ)軍(ぐん)にして、王(おう)馥(ふく)と王(おう)虔(けん)に八千の兵を率いさせて三軍［孫会、士猗、許超の軍団］の応援とした。

司馬倫と孫秀は日夜、祈祷と呪いによって福を求め、巫覡(まじないし)に戦(いくさ)の日を占わせた。また、人を嵩(すう)山(ざん)に行かせ、羽(う)衣(い)を着て王(おう)喬(きょう)［伝説的な有名な仙人］であると偽って、司馬倫の世が永久に続くとの文書を作って、衆人の心を惑わせようとした。

［301-06］閏三月丙(へい)戌(じゅつ)朔(さく)、日食があった。正月からこの月に至るまで、五星［水星、金星、火星、木星、土星］が互いに天を縦��に尋常でない動きをした。

［301-07］張泓らは進んで陽(よう)翟(たく)に拠って斉(せい)王(おう)の司馬冏と戦い、しばしばそれを破った。司馬冏は穎(えい)陰(いん)に駐留した。

夏、四月、張泓は勝ちに乗じて司馬冏に迫った。司馬冏は軍勢を出して迎え撃った。諸軍は陣を動かさなかったが、孫輔と徐(じょ)建(けん)の軍が夜の間に乱れ、にわかに洛(らく)陽(よう)に帰って、「斉王の軍団は勢いが盛んで、太刀打ちできません。張泓らはすでに死んでしまいました」と、報告した。司馬倫は大いに恐れ、それを隠し、息子の司(し)馬(ば)虔(けん)と許(きょ)超(ちょう)を自身の領地［都から東に離れたところにある］に還らせようとした。そのときに張泓が司馬冏を破ったとの報告が届いたので、その二人をまた（前線に）派遣することにした。

張泓らは全軍を指揮して穎(えい)水(すい)を渡って司馬冏の軍営を攻撃した。司馬冏は兵を出して、張泓の別将の孫(そん)髦(ぼう)、司(し)馬(ば)譚(たん)らを撃って、それを破った。張泓らは退却した。孫秀は偽って、「司馬冏の軍営を破り、司馬冏を捕らえた」と称した。百官はそれを祝った。［以上は都の南方での戦局、以下は都の北東での戦局］

成(せい)都(と)王(おう)の司馬穎の前鋒が黄(こう)橋(きょう)に至ると、孫会、士猗、許超によって敗れ、一万人余りが死傷した。司馬穎の士卒は震駭し、司馬穎は退いて朝(ちょう)歌(か)を保とうとした。盧(ろ)志(し)と王(おう)彦(げん)は、「いま我が軍は利を失い、敵は新たに志を得ましたので、敵には我らを軽んじる心があります。我らがもし退却して縮こまったならば、我らの士気は挫かれ、もはや用いることができなくなり、もう戦っても勝負にならないでしょう。精兵を選び抜いて、夜の間も二倍の速さで進んで、敵の不意を撃つのがよろしいでしょう。これは兵を用いる奇策であります」と言った。司馬穎はその提案に従った。

司馬倫は黄橋での勝利を賞して士猗、許超、孫会にそれぞれ指揮権を与えた。それによって各自人い従うことがなく、軍政は一つにまとまらなくなり、勝ちを恃んで司馬穎を軽んじて備えを設けなかった。司馬穎は諸軍を率いてそれを撃ち、湨(けき)水(すい)において大勝した。孫会らは大敗し、軍団を棄てて南に走った。司馬穎は勝ちに乗じて長駆して黄(こう)河(が)を渡った。

司馬冏らが起兵してから、百官将士は司馬倫と孫秀が誅殺されることを望んだ。孫秀は懼れて中(ちゅう)書(しょ)省(しょう)に出ないでいた。河(か)北(ほく)の軍が（司馬穎に）敗れたと聞いて、憂い悶えてどうしたらよいのかわからなかった。孫会、許超、士猗らが都に戻ってきて孫秀と相談した。残りの兵士を集めて都の外に出て戦おうといい、あるいは宮殿を焚(や)いて我らに付かない者を誅殺し、司馬倫を連れて南に走って孫(そん)旂(き)、孟(もう)観(かん)のところに行こうといい、あるいは船に乗って東に走って海に入ろうといい、計画が定まらなかった。

辛(しん)酉(ゆう)、左(さ)衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)輿(よ)と尚(しょう)書(しょ)陵(りょう)公(こう)の司(し)馬(ば)漼(さい)が営兵七百人余りを率いて南(なん)掖(えき)門(もん)から宮中に入り、三(さん)部(ぶ)司(し)馬(ば)［護衛兵の指揮官］が内側で応じ、孫秀、許超、士猗を中書省で攻め、全員を斬った。さらに、孫(そん)奇(き)、孫(そん)弼(ひつ)、前(ぜん)将(しょう)軍(ぐん)の謝(しゃ)惔(たん)らを殺した。司馬漼は司(し)馬(ば)伷(ちゅう)の子である。王輿は雲(うん)竜(りゅう)門(もん)に駐屯して、諸官を呼び集めた。皆が殿中に入り、司馬倫に次のような詔(みことのり)を作らせた。「吾は孫秀のために誤まり、三王の怒りを招いた。いますでに孫秀を誅した。太(だい)上(じょう)皇(こう)［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］を迎えて皇位に復し、吾は農地に帰って老いを送ることにする」。騶(すう)虞(ぐ)幡(はん)［旗の一種］を振ってその詔を将士に伝え、武装を解かせた。黄(こう)門(もん)［宦(かん)官(がん)］は司馬倫を連れて華(か)林(りん)東(とう)門(もん)から出て、皇太子の司(し)馬(ば)荂(か)らとともに（洛(らく)陽(よう)の）汶(ふん)陽(よう)里(り)の私邸に帰らせた。そして数千の兵士を出して元の皇帝を金(きん)墉(よう)城(じょう)に迎えに行った。皇帝がくると人々は万歳を唱えた。皇帝は端(たん)門(もん)から入って宮殿に昇り、群臣は頓首謝罪した。皇帝は詔を下して、司馬倫と司馬荂を送って金墉城に閉じ込めた。広(こう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)虔(けん)［司馬倫の子］は黄河の北から還って九(きゅう)曲(きょく)に至ったところで異変を聞いて、軍を棄てて数十人を率いて私邸に帰った。

癸(き)亥(がい)、天下に赦令を下して、（永(えい)寧(ねい)に）改元した。大(たい)酺(ほ)［祝賀の宴］すること五日間、使者を三王のそれぞれに送って慰労した。梁(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)らが、「司馬倫父子は凶逆であります。誅に伏すべきです」と皇帝に文書を提出した。丁(てい)卯(ぼう)、尚(しょう)書(しょ)の袁(えん)敞(しょう)を派遣して司馬倫に死を与え、その子の司馬荂、司(し)馬(ば)馥(ふく)、司馬虔、司(し)馬(ば)詡(く)らも皆誅された。百官で司馬倫によっても用いられた者はすべて罷免され、台、省、府、衛の官署に残るのはわずかな者だけとなった。この日、成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)が都に着いた。

己(き)巳(し)、河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)が都に至った。司馬穎は趙(ちょう)驤(じょう)、石(せき)超(ちょう)らに命じて司馬冏を助けて、張泓らを陽翟で討たせた。張泓らは降伏した。

挙兵してから六十日余り、戦闘で死んだ者は十万人に近かった。張衡、閭和、孫髦を東(とう)市(し)で斬り、蔡璜は自殺した。

五月、議(ぎ)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)威(い)を誅殺した。襄(じょう)陽(よう)太(たい)守(しゅ)の宗(そう)岱(たい)は司馬冏の檄(げき)を受けて孫旂を斬り、永(えい)饒(じょう)冶(や)令(れい)の空(くう)桐(どう)機(き)は孟観を斬り、それらの首は洛陽に送られ、三族が夷(たいらげ)られた。

【補足】諸王同士の争いは、今回は都の外での本格的な戦闘となり、十万人近い死者を出した。その結果、司(し)馬(ば)倫(りん)は敗れ、帝位にあることわずかに半年であった。晋(しん)の時代を扱った正史の『晋(しん)書(じょ)』では司馬倫を皇帝として認めていないし、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』でも、「帝」ではなく普通に趙王倫と記している。司馬倫は毒を飲まされて死んだときに、「孫(そん)秀(しゅう)のせいだ」と慟哭したと伝えられているが、そのようみっともない人物のために多くの血が流されなければならなかったのは理不尽としかいいようがない。ただし、理不尽さはまだまだ増幅しつつ続くのである。

【訳文】

［301-08］襄(じょう)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)尚(しょう)［司(し)馬(ば)遹(いつ)の子］を皇(こう)太(たい)孫(そん)に立てた。

［301-09］六月、乙(いつ)卯(ぼう)、斉(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)冏(けい)が人々を連れて洛(らく)陽(よう)に入った。軍団を通(つう)章(しょう)署(しょ)に留め、武装した兵士は数十万に及び、都に威を振るった。

［301-10］戊(ぼ)辰(しん)、天下に赦令を下した。

［301-11］賓(ひん)徒(と)県(けん)王(おう)の司(し)馬(ば)晏(あん)を復位させて呉(ご)王(おう)に封じた。

［301-12の一］甲(こう)戌(じゅつ)、詔(みことのり)を下して、斉王の司馬冏を大(だい)司(し)馬(ば)にし、九(きゅう)錫(せき)を加え、与えられる調度品についても、宣(せん)帝(てい)［司(し)馬(ば)懿(い)］、景(けい)帝(てい)［司(し)馬(ば)師(し)］、文(ぶん)帝(てい)［司(し)馬(ば)昭(しょう)］、武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］が魏(ぎ)朝(ちょう)を輔(たす)けたときの故事通りとした。成(せい)都(と)王(おう)の司(し)馬(ば)穎(えい)を大(だい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)中(ちゅう)外(がい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にし、黄(こう)鉞(えつ)を与え、尚(しょう)書(しょ)省(しょう)のことを見させ、九錫を加え、皇帝の前で小走りをする礼をしなくてよいとし、剣を帯びたまま上殿するのを許した。河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)を侍(じ)中(ちゅう)太(たい)尉(い)とし、三(さん)賜(し)の礼(れい)を加えた。常(じょう)山(ざん)王(おう)の司(し)馬(ば)乂(かい)を撫(ぶ)軍(ぐん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)領(りょう)左(さ)軍(ぐん)とした。広(こう)陵(りょう)公(こう)の司(し)馬(ば)漼(さい)の爵(しゃく)を進めて王とし、侍(じ)中(ちゅう)に加えて、尚書省のことを見させた。新(しん)野(や)公(こう)の司(し)馬(ば)歆(きん)の爵を進めて王とし、都(と)督(とく)荊(けい)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして鎮(ちん)南(なん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)も加えた。斉王、成都王、河間王のもとにある府署には四十人の官員が配属された。朝廷には武官がずらりと並び、文官はわずかに備わるだけであった。それで識者は兵乱はまだまだおさまらないと知った。

己(き)卯(ぼう)、梁(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)を太(たい)宰(さい)として司(し)徒(と)の事を見させた。

光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)の劉(りゅう)蕃(ばん)の娘は司(し)馬(ば)倫(りん)の世(せい)子(し)の司(し)馬(ば)荂(か)の妻であった。それで劉蕃も、息子の散(さん)騎(き)侍(じ)郎(ろう)の劉(りゅう)輿(よ)も冠(かん)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)琨(こん)も司馬倫によって官職に就いていた。大司馬の司馬冏は劉琨父子には才望があるとして、特に宥(ゆる)して、劉輿を中(ちゅう)書(しょ)郎(ろう)に、劉琨を尚(しょう)書(しょ)左(さ)丞(じょう)にした。また、前(ぜん)司(し)徒(と)の王(おう)戎(じゅう)を尚(しょう)書(しょ)令(れい)に、劉(りゅう)暾(とん)を御(ぎょ)史(し)中(ちゅう)丞(じょう)に、王(おう)衍(えん)を河(か)南(なん)尹(いん)にした。

【補足】（1）恵(けい)帝(てい)［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］の跡継ぎとして皇(こう)太(たい)孫(そん)に立てられた司(し)馬(ば)尚(しょう)はこのとき2歳であった。かつて皇太子であった司(し)馬(ば)遹(いつ)は賈(か)皇(こう)后(ごう)によって殺害され、次いで司馬遹の息子の司(し)馬(ば)臧(ぞう)が皇太孫になったものの司(し)馬(ば)倫(りん)によってやはり殺害されている。それでその弟の司馬尚が皇太孫になったのである。司馬衷にはたくさんの異母弟がいたので、弟の誰かを皇(こう)太(たい)弟(てい)として跡継ぎとして立てることもありえたのだろうが、諸王がこれほどもめていると誰を選ぶのかが難しく、とりあえず幼い孫を指名しておくのが無難であったのだろう。

（2）戦いが終わった後の人事が記されている。諸王に対して様々な恩賞が与えられている。諸王は少しも一致団結しているわけではないので、このようなかたちでおさまるまでにはいろいろな駆け引きがあったのだろうと推測される。むろん無能皇帝の司(し)馬(ば)衷(ちゅう)には何ら決定権はなかったであろう。九(きゅう)錫(せき)が司(し)馬(ば)冏(けい)と司(し)馬(ば)穎(えい)の二人に同時に与えられているのは異例のことで、二人の力の差がごくわずかでどちらかだけというわけにはいかなかったのだろう。

（3）劉(りゅう)琨(こん)、王(おう)戎(じゅう)、王(おう)衍(えん)について特に触れられているのは、この後でそれぞれ記すべき事柄が出てくるからである。

【訳文】

［301-12の二］新(しん)野(や)王(おう)の司(し)馬(ば)歆(きん)は（都から新野県に）戻る前に、司(し)馬(ば)冏(けい)と同じ車で陵(りょう)［先帝たちの墓所］に行った。そのときに司馬歆は次のように司馬冏に説いた。「成(せい)都(と)王(おう)［司(し)馬(ば)穎(えい)］殿は陛下の至親［弟］で、公(こう)［司馬冏］とともに大勳を建てられました。いま成都王殿を都に留めてともに政(まつりごと)を輔(たす)けるのがよろしいでしょう。もしそれができないのであれば成都王殿から兵権を奪うべきです」。

常(じょう)山(ざん)王(おう)の司(し)馬(ば)乂(かい)は成都王の司馬穎とともに陵に詣で、司馬乂は司馬穎に言った。「天下は先帝［司(し)馬(ば)炎(えん)］の業によって治まったものです。王［司馬穎］よ、これを正して新たにすべきです」。このことを聞いた者は（また波乱が起こるのではないかと）皆が憂い懼(おそ)れた。

盧(ろ)志(し)は司馬穎に言った。「斉(せい)王(おう)［司馬冏］様の軍団は百万と号しています。しかし、張(ちょう)泓(こう)らと対峙して勝利を決められませんでした。大王［司馬穎］様は直ちに進んで黄(こう)河(が)を渡り、この功業は並ぶ者がありません。そうでありながらいま斉王様は大王様とともに朝政を輔けようとしています。私は『両雄は並び立たず』と聞いています。太(たい)妃(ひ)［司馬穎の母の程(てい)氏(し)］様がいまわずかに御病気でありますので、その看病をするためとして（鄴(ぎょう)に）帰ることを（皇帝に）お求めになって、国の重い任務を斉王様に委ね、天下の人々の心を安心させるのが上策でありましょう」。司馬穎はそれに従うことにした。

皇帝は司馬穎と東(とう)堂(どう)で会って慰労した。司馬穎は拝謝し、「これは大(だい)司(し)馬(ば)［司馬冏］様の勲功で、臣(わたくし)は何ら預かっておりません」と言って、司馬冏の功績と徳を称え、政治万端を委ねるように言い、自分は母の病気を看るために帰ることを願った。司馬穎は辞去すると、そのまま営舎に戻らずに、太廟に詣でてから東(とう)陽(よう)城(じょう)門(もん)を出て、鄴に帰った。そして司馬冏のもとに別れを告げる使者を出した。司馬冏は驚き、馳せて司馬穎を追いかけ、七(しち)里(り)澗(かん)に至ったところで追いついた。司馬穎は車を止め、涙を流して別れを告げ、「母の病気がとにかく心配で、他のことは考えられないのです」と言った。これによって人々は司馬穎を称え、心を寄せるようになった。

司馬冏は新(しん)興(こう)の劉(りゅう)殷(いん)を呼んで軍(ぐん)諮(し)祭(さい)酒(しゅ)にし、洛(らく)陽(よう)令(れい)の曹(そう)攄(ちょ)を記(き)室(しつ)督(とく)に、尚(しょう)書(しょ)郎(ろう)の江(こう)統(とう)と陽(よう)平(へい)太(たい)守(しゅ)の苟(こう)晞(き)を参(さん)軍(ぐん)事(じ)にし、張(ちょう)翰(かん)を東(とう)曹(そう)掾(じょう)に、孫(そん)恵(けい)を戸(こ)曹(そう)掾(じょう)に、前(ぜん)廷(てい)尉(い)正(せい)の顧(こ)栄(えい)と王(おう)豹(ひょう)を主(しゅ)簿(ぼ)にした。孫恵は孫(そん)賁(ふん)の曽孫、顧栄は顧(こ)雍(よう)の孫である。

劉殷は幼くして父を喪って貧乏で、曽祖母に養われ、孝行をもって聞こえた。人々は穀物や布を贈り、劉殷はそれを受けても特に謝礼を言わずに、「後に貴くなったならば、きっと酬いようと思うだけだ」と言っていた。成長にするにつれて、経典や史書に通じ、抜きんでた才能があって大志を抱いた。倹約であっても陋(けち)ではなく、清廉であっても介(かたくな)ではなく、みかけは頽然(やわらか)くても侵すことのできない強さがあった。

司馬冏は何(か)勗(きょく)を中(ちゅう)領(りょう)軍(ぐん)にし、董(とう)艾(がい)に国家の機密に預からせた。その部下で功があった者を用いて、葛(かつ)旟(よ)、路(ろ)秀(しゅう)、衛(えい)毅(き)、劉(りゅう)真(しん)、韓(かん)泰(たい)を県(けん)公(こう)に封(ほう)じて腹心とした。その五人は「五(ご)公(こう)」と呼ばれた。

成都王の司馬穎が鄴に戻ると、皇帝は詔をもって使者を派遣し、先の命令［大将軍に任じることなど］を受けるように言った。司馬穎は大将軍を受けたが、九(きゅう)錫(せき)の礼は辞退した。そして、義を興した功臣たちを賞するよう皇帝に文書を提出し、そこに記された者［盧志ら］は公侯に封じられた。また、「先に大司馬［司馬冏］が陽(よう)翟(てき)で賊軍と長く対峙したときに民衆は困苦しました。河(か)北(ほく)の邸閣にある米十五万斛(こく)を運んで陽翟の飢えた民衆を救いますように」と、皇帝に申し出た。また八千余りの棺を作り、手元にある蓄えを使って衣服を作り、黄(こう)橋(きょう)で戦没した者を葬った。戦士の家に旗を立てて顕彰し、通常の戦没者よりも二等級上の扱いをした。また、温(うん)県(けん)に命じて、司(し)馬(ば)倫(りん)側の一万四千人余りの戦死者の遺骸も埋葬させた。これらのこと全ては盧志が謀ったことである。

司馬穎は外見は堂々として立派であったけれど、神(あたま)は昏(ぼんやり)で、書物を知らなかった。ただ気性が敦(とん)厚(こう)［人情に厚く誠実］であったので、盧志に事を委ねて、このようによいことを成したのだった。

詔をもってまた使者を出して、司馬穎に都で政治を輔け、九錫を受けるように言った。司馬穎の嬖人(おきにいり)の孟(もう)玖(きゅう)が洛(らく)陽(よう)に帰るのを望まなかったのと、（母の）程(てい)太(たい)妃(ひ)が鄴を愛していたのとで、司馬穎は辞退してついに受けなかった。

大司馬の司馬冏は、中(ちゅう)書(しょ)郎(ろう)の陸(りく)機(き)が司馬倫のために皇位を禅(ゆず)る詔を書いたと疑い、陸機を捕らえて殺そうと思っていた。司馬穎が陸機のために弁護したので死を免れた。司馬穎が皇帝に申し出たことで、陸機は平(へい)原(げん)内(ない)史(し)に、その弟の陸(りく)雲(うん)は清(せい)河(が)内(ない)史(し)になった。陸機の友人の顧(こ)栄(えい)と戴(たい)淵(えん)は国に難が多いことをもって呉(ご)へ還るよう陸機に勧めた。陸機は司馬穎が命を助けてくれた恩に応え、かつ司馬穎が人望を集めていることをもって、司馬穎とともに功績を建てようと思い、ついに都に留まった。

【補足】（1）盧(ろ)志(し)は司(し)馬(ば)穎(えい)のブレーンで、司(し)馬(ば)冏(けい)の呼びかけに応じて挙兵することを勧めて以来［→通鑑301-05の一］、盧志の助言は司馬穎に聞き入れられている。二人の関係は、孫(そん)秀(しゅう)と司(し)馬(ば)倫(りん)の関係に似ていて、司馬穎も司馬倫も同じく凡庸であるのも共通しているが、盧志と孫秀の違いは非常に大きい。盧志については今後も注意しながら『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』を読み進めるとよいだろう。

（2）陸(りく)機(き)と陸(りく)雲(うん)の兄弟は、賈(か)謐(ひつ)のもとに集まった「二(に)十(じゅう)四(し)友(ゆう)」の仲間として『資治通鑑』に初めて登場している［→通鑑291-02］。呉(ご)の名族の出身で、晋(しん)と呉の最後の戦いで戦死した陸(りく)晏(あん)［→通鑑280-02の一］の弟である。陸機と陸雲は学問に優れ、呉の人間として北の人士に負けまいとの気概があった。陸機が司馬倫に用いられたことは通鑑300-07の二に記されていたから、司馬倫のために詔(みことのり)の文章を作った可能性は十分にあるだろう。かろうじて命を救われたのを幸いとして、友人の助言に従って帰郷していればよかっただろうに、洛(らく)陽(よう)に留まったことで非常に困難な歳月を送るようになる。

【訳文】

［301-13］秋、七月、常(じょう)山(ざん)王(おう)の司(し)馬(ば)乂(かい)をまた長(ちょう)沙(さ)王(おう)にし、開(かい)府(ふ)驃(ひょう)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)に遷した。

［301-14］東(とう)萊(らい)王(おう)の司(し)馬(ば)蕤(ずい)は凶暴で大酒を飲み、しばしば大(だい)司(し)馬(ば)の司(し)馬(ば)冏(けい)を侮蔑していた。司馬冏に開(かい)府(ふ)［自分の官署を持つこと］を求めたものの得られなかったので怨んでいた。司馬蕤は密かに皇帝に、司馬冏は自分勝手に権力を使っているとの文書を出して、左(さ)衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)輿(よ)とともに司馬冏を廃することを謀った。そのことが発覚して、八月、詔(みことのり)をもって司馬蕤を庶(しょ)人(じん)にし、王輿は三族ともに誅殺された。司馬蕤は上(じょう)庸(よう)に移され、上(じょう)庸(よう)内(ない)史(し)の陳(ちん)鐘(しょう)は司馬冏の意向を受けて潜(ひそか)にこれを殺した。

［301-15］天下に赦令を下した。

［301-16］東(とう)武(ぶ)公(こう)の司(し)馬(ば)澹(たん)は不孝の罪で遼(りょう)東(とう)に移された。九月、その弟の東(とん)安(あん)王(おう)の司(し)馬(ば)繇(よう)を呼んでもとの爵に戻し、尚(しょう)書(しょ)左(さ)僕(ぼく)射(や)にした。司馬繇は東(とう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)楙(ぼう)を挙げて平(へい)東(とう)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)徐(じょ)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして、下(か)邳(ひ)に置いた。

【訳文】

［301-17］朝廷はもともと秦(しん)州(しゅう)や雍(よう)州(しゅう)に命じて、蜀(しょく)に入り込んだ流民を元いた場所に帰還させることにしていて、その監督として御(ぎょ)史(し)の馮(ふう)該(がい)と張(ちょう)昌(しょう)を派遣していた。李(り)特(とく)［流民の首領］の兄の李(り)輔(ほ)は略(りゃく)陽(よう)から蜀に行き、「中国はまさに混乱しているから、いま還るのは駄目だ」と、（綿(めん)竹(ちく)にいる）李特に言った。李特はその通りだと考え、閻(えん)式(しょく)を（成(せい)都(と)にいる）羅(ら)尚(しょう)のもとに行かせて、ひとまず秋まで待ってほしいと言った。また賄賂を羅尚や馮該に贈ったので、羅尚や馮該は李特の申し出を許した。

朝廷は趙(ちょう)廞(きん)を討った功績を論じて、李特を宣(せん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)に、弟の李(り)流(りゅう)を奮(ふん)武(ぶ)将(しょう)軍(ぐん)にし、いずれも侯(こう)に封(ほう)じた。そのことを記した璽(じ)書(しょ)が益(えき)州(しゅう)に下り、（秦州などの）六郡（から発生した）流民で李特とともに趙廞を討った者を列挙して封賞を加えることになった。ところが、広(こう)漢(かん)太(たい)守(しゅ)の辛(しん)冉(ぜん)は趙廞を滅ぼした功績を自分たけのものにしようとして、朝廷からの命令を実行することなく、朝廷には本当のことを伝えなかった。それで人々は辛冉を怨んだ。

羅尚は従(じゅう)事(じ)を派遣し、流民に対して七月には移動を始めるよう督促した。このとき流民は梁(りょう)州(しゅう)、益州の各地に広がって雇われ仕事をして急場をしのいでいた。州郡の役人から移動を迫られて、人々は愁い怨み、どうしたらよいのかわからなかった。また、大雨によって水が出て、この年の穀物はまだ収穫されてもいなかったので、移動しようにもその手立てがなかった。李特は閻式をまた羅尚のもとに行かせて、とりあえず冬まで待ってほしいと言った。辛冉と犍(けん)為(い)太(たい)守(しゅ)の李(り)苾(ひつ)はそのようなことは許してはならないと言った。このときに羅尚は別(べつ)駕(が)の杜(と)弢(とう)を秀才［中央で官員として採用される資格の一つ］として推挙していた。閻式は杜弢に向かって流民に移動を迫ることの利害について説き、杜弢は流民に一年の猶予を与えるべきだと考えた。羅尚は辛冉と李苾の謀(はかりごと)を用い、杜弢の意見には従わなかった。杜弢はそれで秀才の推薦状を返上して郷里に還った。

辛冉は貪欲で粗暴な人間で、流民の首領を殺してその財産を奪い取ってやろうと目論んでいたので、李苾とともに羅尚に、「流民は趙廞の乱に乗じてたくさんの物を強奪しました。流民が移動するに際して関所を設けて、それらを剥奪すべきです」と言った。羅尚は梓(し)潼(どう)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)演(えん)に指令を送って、要所に関所を設けて、流民が宝貨を携えていないか捜査するように言った。

李特は流民を蜀に留めるようしばしば要請したので、流民はそのことに恩義を感じて李特を頼り、多くの流民が声を掛け合って李特のもとに集まった。李特は綿(めん)竹(ちく)に大きな宿営地を設けて流民を置き、辛冉に文書を送って寛大な処置を求めた。辛冉は激怒し、方々の道に立札を置き、李特兄弟を捕らえた者に重く賞を与えると記した。李特はそれを見ると、立札を取り集め、弟の李(り)驤(じょう)とともにその文言を変えて、「六郡［流民］の豪族である李(り)氏(し)、任(じん)氏(し)、閻(えん)氏(し)、趙(ちょう)氏(し)、楊(よう)氏(し)、上(じょう)官(かん)氏(し)、および氐(てい)族(ぞく)、叟(そう)族(ぞく)の侯(こう)王(おう)の首を一つ持ってきた者には絹百匹を与える」と書いて置き直した。流民はそれ見て大いに懼(おそ)れ、李特のもとに集まる者がますます増え、一カ月ほどで二万人を越えた。李流もまた数千人を集めた。

李特はまた閻式を羅尚のところに派遣して期限を延ばすことを求めた。閻式は、要所に柵を設けて、流民を無理やり追い出そうとしているのを見て、「民心が危うくなっているときに、このように拙速に事を為そうとしている。きっと乱が起こるに違いない」と嘆いた。また辛冉、李苾の考えが変わることはないと知り、羅尚のもとを辞して綿(めん)竹(ちく)に帰った。そのときに羅尚は閻式に、「寛大な処置をしようとしている吾が意(こころ)を、貴君はどうか流民に告げてほしい」と言った。閻式は、「明(めい)公(こう)［羅尚］は奸(かん)説(せつ)に惑わされておられ、寛(ゆる)める気がないのではないかと恐れます。弱くても軽んじてはならないのが民であります。いま道理に基づかないで民を促せば、人々の怒りはどうすることもできなくなり、浅からぬ禍(わざわい)となるでありましょう」と言った。「わかった。私は貴君を欺くようなことはしない。だから貴君も私が言う通りにしてくれ」。

閻式は綿竹に戻ると、李特に言った。「羅尚はこのように言いましたが、信用できません。なぜならば、羅尚の威令は十分に行われていないからです。辛冉らはそれぞれに強い兵力を擁していて、異変が起こっても、羅尚はそれを制することができません。よくよく備えをなしておくべきです」。李特はその意見に従った。冬、十月、李特は宿営地を二つに分け、李特は北営に、李流は東営にいて、武器を整え、厳重に警戒して待機した。

辛冉と李苾は相談して、「羅(ら)侯(こう)［羅尚］は貪欲で決断力がない。一日延ばしにしていて、流民たちに悪だくみを展開するひまを与えている。李特兄弟には雄才があるから、吾らは虜(とりこ)になってしまいかねない。為すべきことを決めないといけない。羅侯にはもはや尋ねるまでもない」として、広(こう)漢(かん)都(と)尉(い)の曽(そう)元(げん)、牙(が)門(もん)の張(ちょう)顕(けん)、劉(りゅう)並(へい)らを密かに派遣して、歩兵と騎兵の三万人で李特の宿営地を襲撃させようとした。羅尚はそれを聞くと、督(とく)護(ご)の田(でん)佐(さ)を派遣して曽元に加勢した。曽元らが至ると、李特は安臥して動かずに、敵が半ばまで入ってくるのを待って、伏兵を発して攻撃した。死者が多数に上り、田佐、曽元、張顕を殺し、その首を羅尚、辛冉のもとに送って示した。羅尚は部下に言った。「虜(えびす)たちは蜀を去ろうとしていた。しかし、広漢太守［辛冉］はわしの言葉を用いなかった。そのために賊の勢力を増長させてしまった。いまやどうすることもできない」

ここにおいて六郡の流民の李(り)含(がん)らはともに李特を推して鎮(ちん)北(ほく)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)とした。朝廷からの正式の指令を得て、弟の李流を鎮(ちん)東(とう)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)として東(とう)督(とく)護(ご)と号し、ともに統治することとなった。また、兄の李(り)輔(ほ)を驃(ひょう)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)に、弟の李(り)驤(じょう)を驍(ぎょう)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)にして、軍を進めて広漢に辛冉を攻めた。羅尚は李苾、費(ひ)遠(えん)に命じて兵士を率いて辛冉を救わせたたが、李特を畏れて敢えて進まなかった。李冉は出て戦い、しばしば敗れたために、囲みを破って徳(とく)陽(よう)に奔(はし)った。李特は広漢に入ってそこを拠点とし、李(り)超(ちょう)を太守にした。李特は軍を進めて成都に羅尚を攻撃した。羅尚は閻式に手紙を送ってなだめた。閻式はその返事に、「辛冉は狡猾、曽元はこわっぱ、李苾には将軍としての器量がありません。私は先に節(せつ)下(か)［閻式］や杜弢殿に流民を移動させるのをしばし留めるよう申し上げました。人は誰もが故郷を思い、帰るのを願わない者はいません。しかし流民はここに至った当初から食べ物を得るために雇われ仕事をして、一家が五つにも分かれて暮らすようになっていました。秋の大水にも遭ったことから、移動するのは穀物の収穫が終わる冬まで待ってほしいと願いました。しかしそれは聴かれることなく、はなはだ過剰なまでに強要したのでした。窮した鹿は虎にもぶつかって行くと言います。流民が首を伸ばして刀で斬られるのを待つわけもなく、異変をなしたのです。私の言うことを聴いて、寛大に扱って、旅支度をさせていれば、九月のうちには流民は集結して、十月には旅立ち、いまごろは郷里に達していたでありましょう。このようなことにはもとよりならなかったのです」

李特は兄の李輔、弟の李驤、息子の李(り)始(し)、李(り)蕩(とう)、李(り)雄(ゆう)、それに李含、李含の子の李(り)国(こく)、李(り)離(り)、さらに任(じん)回(かい)、李(り)攀(はん)、李攀の弟の李(り)恭(きょう)、上(じょう)官(かん)晶(しょう)、任(じん)臧(ぞう)、楊(よう)褒(ほう)、上(じょう)官(かん)悖(じゅん)らを将(しょう)帥(すい)とし、閻式、李(り)遠(えん)らを僚(りょう)佐(さ)とした。

羅尚はもとより貪欲で残虐であったので民衆はそれに苦しんでいた。李特は蜀の民と三つの法だけを約束した。それは、施(し)捨(しゃ)振(しん)貸(たい)［施しを与えて民衆を賑わす］、礼(れい)賢(けん)抜(ばつ)滞(じゅう)［賢者を礼遇して滞りなく起用する］、軍(ぐん)政(せい)肅(しゅく)然(ぜん)［軍政を正す］であった。蜀の民はそれを歓迎した。

羅尚は李特のためにしばしば敗れ、長い囲いを作り、郫(ひ)水(すい)に沿って軍営を置いた。それは七百里に及び、それによって李特を防ぐとともに、梁州や南(なん)夷(い)校(こう)尉(い)に救援を求めた。

【補足】（1）蜀(しょく)に入り込んだ流民［→通鑑300-17、301-04］のその後の動きが記されている。流民を元の地に強引に帰還させようとする方策は失敗し、李(り)特(とく)は民衆の指導者としての自覚を次第に強めていった。

（2）ここには注目すべき2人の人物が登場している。閻(えん)式(しょく)と杜(と)弢(とう)である。閻式は李特のブレーンとして非常に優れた判断力を発揮している。流民に1年の猶予を与えるよう提言した杜弢は郷里に帰った後に、民衆側に立って正規軍に抵抗する指導者として活躍するようになる。

【訳文】

［301-18］十二月、穎(えい)昌(しょう)康(こう)公(こう)の何(か)劭(しょう)が死んだ。

［301-19］太(だい)司(し)馬(ば)の司(し)馬(ば)冏(けい)の子の司(し)馬(ば)氷(ひょう)を楽(らく)安(あん)王(おう)に、司(し)馬(ば)英(えい)を済(せい)陽(よう)王(おう)に、司(し)馬(ば)超(ちょう)を淮(わい)南(なん)王(おう)に封(ほう)じた。

【訳文】

［302-01］太(たい)安(あん)元年、春、三月、皇(こう)太(たい)孫(そん)の司(し)馬(ば)尚(しょう)が死んだ。

［302-02］夏、五月乙(いつ)酉(ゆう)、梁(りょう)孝(こう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)が死んだ。

［302-03］右(ゆう)光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)の劉(りゅう)寔(しょく)を太(たい)傅(ふ)にした。次いで老病をもって罷(や)めた。

［302-04］（長(ちょう)安(あん)にいる）河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)は督(とく)護(ご)の衙(が)博(はく)を派遣して李(り)特(とく)を討たせた。衙博は軍を梓(し)潼(どう)に置いた。また、朝廷は張(ちょう)微(び)を広(こう)漢(かん)太(たい)守(しゅ)にして、徳(とく)陽(よう)に軍団を置いた。（成(せい)都(と)にいる）羅(ら)尚(しょう)は督護の張(ちょう)亀(き)を派遣して、繁(はん)城(じょう)に軍団を置いた。

（綿(めん)竹(ちく)にいる）李(り)特(とく)は息子の鎮(ちん)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の李(り)蕩(とう)らに衙博を襲撃させた。李特自身は張亀を攻撃して破った。李蕩は衙博の兵団を陽(よう)沔(べん)で破った。梓潼太守の張(ちょう)演(えん)は城を捨てて走り、巴(は)西(せい)丞(じょう)の毛(もう)植(しょく)は郡を挙げて降伏した。李蕩は進んで衙博を葭(か)萌(ほう)で攻め、衙博は逃げ、その配下の者は尽く降伏した。

河間王の司馬顒はさらに許(きょ)雄(ゆう)を梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)にした。

李特は大(だい)将(しょう)軍(ぐん)益(えき)州(しゅう)牧(ぼく)都(と)督(とく)梁(りょう)益(えき)二(に)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)を自称した。

［302-05］大(だい)司(し)馬(ば)の司(し)馬(ば)冏(けい)はこれからも永く大政を専有し続けたいと思っていた。このとき、（司(し)馬(ば)尚(しょう)が死んだことで）皇帝の子も孫もいなくなり、大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の司(し)馬(ば)穎(えい)［皇帝の異母弟］には次の皇帝になる勢いがあった。一方で、清(せい)河(が)王(おう)の司(し)馬(ば)覃(たん)は司(し)馬(ば)遐(か)［皇帝の異母弟］の子でこのとき八歳だった。司馬冏は皇帝に、司馬覃を皇太子にするよう願い出た。癸(き)卯(ぼう)、司馬覃を皇太子にして、司馬冏を太(たい)子(し)太(たい)師(し)にし、東(とう)海(かい)王(おう)の司(し)馬(ば)越(えつ)を司(し)空(くう)にして中(ちゅう)書(しょ)省(しょう)のことを視させた。

［302-06］秋、八月、李(り)特(とく)は張(ちょう)微(び)を攻めた。張微はそれを撃破し、進んで李特の軍営を攻めた。李(り)蕩(とう)は兵を引いてその救援に赴いた。山の道は狭く険しかったが、李蕩は激しく戦って前進し、ついに張微の軍団を破った。李特は涪(ふ)州(しゅう)に帰ろうとした。李蕩と司(し)馬(ば)の王(おう)幸(こう)が諌めた。「張微は戦いに敗れ、智勇ともに竭(つ)きております。いまの我らの鋭気のままに進めば張微を禽(とりこ)にできます」。李特はまた進んで張微を攻めて殺し、その子の張(ちょう)存(そん)を生け捕った。張微を葬らせるために張存を還した。

李特は将軍の寋(けん)碩(せき)に徳(とく)陽(よう)を守らせた。（李特の弟の）李(り)驤(じょう)の兵団が毘(こん)橋(きょう)にいるのを、羅(ら)尚(しょう)は軍を出して攻撃したが、しばしば敗れた。李驤は進んでついに成(せい)都(と)を攻撃し、その城門を焼いた。また、（李特の弟の）李(り)流(りゅう)の兵団は成都の北いた。羅尚は勇敢な精兵一万人を選んで李驤を攻撃した。李驤と李流が合同で迎撃し、大いに破り、羅尚側で還り得たのは十人に一人か二人であった。許(きょ)雄(ゆう)は何度か李特を攻撃したが勝てなかった。李特の勢いはますます盛んになった。

建(けん)寧(ねい)の大(だい)姓(せい)［豪族］の李(り)叡(えい)と毛(もう)詵(せん)は太(たい)守(しゅ)の杜(と)俊(しゅん)を追い払い、朱(しゅ)提(てい)の大姓の李(り)猛(もう)は太守の雍(よう)約(やく)を追い払い、ともに李特に呼応した。それぞれの勢力は数万人であった。南(なん)夷(い)校(こう)尉(い)の李(り)毅(き)はそれを討って破り毛詵を斬った。李猛は降伏したが、その言動は不遜であった。李毅は巧みにそれを殺した。

冬、十一月丙(へい)戌(じゅつ)、寧(ねい)州(しゅう)を復活させて李毅を刺(し)史(し)にした。

【補足】蜀(しょく)の李(り)特(とく)の動きと、都の情勢が交互に記されている。蜀においては晋(しん)の支配体制が根底から崩れ去ろうとしていて、一方で都では相も変らぬ皇族同士の権力抗争が続いていた。一般の民衆にとってはどちらにしても戦乱に巻き込まれて、平穏な日々は夢見ることもできない。

【訳文】

［302-07の一］司(し)馬(ば)冏(けい)は思い通りに事が運んで、ひどく驕(きょう)奢(しゃ)擅(せん)権(けん)［驕り高ぶって権力をほしいままに行使する］となり、大々的に屋敷の建設を手がけた。公私の建物を百余りも破壊し、西(せい)宮(きゅう)［皇帝の居所］と同等の規模のものを造ろうとした。朝廷内外の人々は司馬冏の政(まつりごと)に失望した。

侍(じ)中(ちゅう)の嵇(けい)紹(しょう)は次のような意見書を朝廷に提出した。「『存(そん)して亡(ぼう)を忘れず』［平穏なときにも亡びることを考える］とは『易(えき)経(きょう)』にある善い戒めであります。臣(わたくし)が願いますのは、陛下におかれましては金(きん)墉(よう)城(じょう)に幽閉されましたことをお忘れになりませんように、大(だい)司(し)馬(ば)［司馬冏］殿におかれましては穎(えい)水(すい)のほとりで苦戦したことをお忘れになりませんように、大(だい)将(しょう)軍(ぐん)［司(し)馬(ば)穎(えい)］殿におかれましては黄(こう)橋(きょう)での戦闘をお忘れになりませんように。禍(か)乱(らん)は兆(きざし)なくして生じるものではないのであります」。また嵇紹は司馬冏に手紙を出し、「（古(いにしえ)の聖天子の）堯(ぎょう)も舜(しゅん)も禹(う)もその住まいは粗末な小さなものでありました。いま大邸宅を起工し、さらに（息子の）三王のためにも邸宅を建てようとしておられますが、これは果たして今日の急務なのでありましょうか」と書いた。司馬冏はへりくだった返事をしたものの、その意見に従うことはなかった。

司馬冏は宴楽に耽り、皇帝のもとには伺候しないで、己のところに百官を呼びつけて三(さん)台(だい)［国政を担う三つの役所］に命令を下した。官員の人事は公平ではなく、お気に入りの者を任用した。殿(でん)中(ちゅう)御(ぎょ)史(し)の桓(かん)豹(ひょう)が司馬冏のところに先に行かないで皇帝に事を奏上すると、即座に桓豹を獄に下して厳しく罪を追究した。

南(なん)陽(よう)の処(しょ)士(し)［無官の者］の鄭(てい)方(ほう)が司馬冏を諌める文書を提出した。「いま大王［司馬冏］様は安寧のときにおいて危難を慮(おもんばか)らずにいて、宴楽は度を越しておられます。これが第一の過失であります。皇族は骨肉の間柄であってわずかな距離でもあってはならないのでありますが、いまはそのようにはなっておりません。これが第二の過失であります。蛮(ばん)夷(い)［四方の外敵］はいま静かではありません。大王様は立派な功業を成し遂げたと思われていて、外のことを考えておられません。これが第三の過失であります。いまは兵乱の後で民衆は困窮しています。しかしそれを救って賑わせようとしているとは聞きません。これが第四の過失であります。大王様は義のために立ち上がった兵士に対して、事が定まった後には時間を経ずに恩賞を与えると約束されました。しかしいまなお功績が論じられていない者がおります。これが第五の過失であります」。司馬冏は、「貴君がいなければ、孤(わたし)は我が過失を知ることができなかった」と謝った（そして何もしなかった）。

孫(そん)恵(けい)は次のような文書を司馬冏に提出した。「天下には五つの難事と四つの不可があります。明(めい)公(こう)［司馬冏］はその全てを揃えておられます。鋒(ほう)刃(じん)を冒して戦うこと、それが一つ目の難事であります。英豪を集めること、それが二つ目の難事であります。将士と労苦を一つにすること、それが三つ目の難事であります。弱きをもって強きに勝つ、それが四つ目の難事であります。皇業を再び興す、それが五つ目の難事であります。四つの不可とは、大きな名誉を長く荷い続けること、大きな功績をもって長く任にあり続けること、大きな権力を長く執り続けること、大きな威勢に長く居続けることであります。大王［司馬冏］様は五つの難事を難しいとはしないで行いましたが、不可とするところに居てそれを可としておられます。私はそのことを竊(ひそ)かに不安に思っております。明公におかれましては、功を成し遂げたなら退くという道があることを思われますように。近親の者を敬い、推して用いられますように。長(ちょう)沙(さ)王(おう)［司(し)馬(ば)乂(かい)］と成(せい)都(と)王(おう)［司(し)馬(ば)穎(えい)］のお二人に朝廷の重い任務を委ねて、都に別れを告げてお国に帰られますように。それは遠く昔の呉(ご)の太(たい)伯(はく)や晋(しん)の子(し)臧(ぞう)が為した美事を明公も踏み行うこととなるでありましょう。いま明公は高きを極めて危うきを知ることを忘れて権勢を貪っていると人々から疑われております。明公は大邸宅で遊び、厳重な塀の内側で逍遙しておられますが、愚かな私が竊かに思いますに、危亡の憂いは、かつて穎水、陽(よう)翟(たく)で戦っておられたとき以上のものがあるのであります」。司馬冏はその意見を受け入れなかった。孫恵は病を理由に辞去した。

司馬冏は曹(そう)攄(ちょ)に言った。「ある者が、権力を捨てて国に還ることを私に勧めた。どのように思うか」。曹攄は、「何事も盛んになり過ぎるのはよろしくありません。大王様が高きに居て危きを慮り、裾を掲げてそこから立ち去るのなら、善の上の善であります」。司馬冏はそれを聴き入れなかった。

張(ちょう)翰(かん)や顧(こ)栄(えい)は身に禍(わざわい)が及ぶことを危惧した。張翰は吹き始めた秋風に、（故郷の味である）菰(まこも)の菜(おかず)、蓴(じゅんさい)の羹(スープ)、鱸(ろ)魚(ぎょ)の鱠(さしみ)を思い、「人が生きるのに最も貴いのは志(こころざし)に適(かな)うことだ。富貴などどうでもよい」と言って、ただちに洛(らく)陽(よう)から引き払った。顧栄は酒浸りとなって、役所の仕事を省みなくなった。長(ちょう)史(し)の葛(かつ)旟(よ)は顧栄が職務を放棄していると司馬冏に告げ、顧栄は中(ちゅう)書(しょ)侍(じ)郎(ろう)に移された。

穎(えい)川(せん)の処士の庾(ゆ)袞(こん)は司馬冏が皇帝の前に伺候しないことが足掛け二年になると聞いて、「晋の皇室がこうまで卑(ひく)く見られては、禍乱がいまにも起こるだろうと」と嘆いて、妻子を連れて林(りん)慮(りょ)山(さん)の中に逃れた。

王(おう)豹(ひょう)は司馬冏に次のような手紙を書いた。「伏して思いますに、元(げん)康(こう)年間以来、宰相の位にあった者で、終わりを全うした者は一人もいません。これは時勢としてそのようになったのであって、誰もが不善を為したからというわけではありません。いま公(こう)［司馬冏］は禍乱を平定して、国家を安定させました。しかし、すでに車が覆ったことのある軌道をまたしてもたどって、このまま長くあり続けようとするのは難しいといわざるをえません。いま河(か)間(かん)王(おう)［司(し)馬(ば)顒(ぎょう)］様は関(かん)右(ゆう)の地に根をしっかりと張り、成(せい)都(と)王(おう)［司(し)馬(ば)穎(えい)］様はもとの魏(ぎ)の地［鄴(ぎょう)］にわだかまり、新(しん)野(や)王(おう)［司(し)馬(ば)歆(きん)の］様は広大な江(こう)漢(かん)の地に封(ほう)じられています。三王はそれぞれ剛強であり、盛りの年齢で、軍団を指揮して、要害の地におられます。明(めい)公(こう)［司馬冏］は賞することのできないほどの功績を挙げて、皇帝の威光を我がものとして、独り都にいて、大権を専らとしておられ、進んではいわゆる『亢(こう)竜(りゅう)は悔(く)い有(あ)り』［昇りつめた竜は落ちるしかない］となり、退いてはいわゆる『蒺(しつ)藜(り)に拠(よ)る』［草の上に乗るような不安定な状態］となり、安らかであることを求めても、福を見ることはできないのであります」。そして、王侯を全て任国に行かせて、（周(しゅう)の時代の）周(しゅう)公(こう)や召(しょう)公(こう)のように地方において天下を守らせるようにすることを願った。つまり、成都王には北の守りとして鄴(ぎょう)を治めさせ、司馬冏自身は南の守りとして宛(えん)を治め、黄(こう)河(が)を境として成都王と司馬冏が分担して王侯を統制して天子を輔(たす)けるようにするとよいと言った。司馬冏はうやうやしくそれに返答をした。長沙王の司(し)馬(ば)乂(かい)は王豹の書簡を見て司馬冏に言った。「つまらない奴が骨肉の間を切り離そうとしている。（都の門に置かれている）銅の駞(らくだ)の下で打ち殺してしまえばよい」と言った。司馬冏は、「王豹は讒言によって内外を離間させ、人々に猜疑心を生じさせて、不忠不義の罪に当たる」と奏上し、王豹を鞭で打って殺した。王豹は死ぬ間際に、「俺の頭を大司馬の門に懸けてくれ。兵士が司馬冏を攻めるのを見てやるのだ」と叫んだ。

【補足】（1）同じようなことも何度も繰り返されるので、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』を読んでいて、いま中央で威張っているのが、司(し)馬(ば)冏(けい)なのか司(し)馬(ば)倫(りん)なのか誰なのか何が何だかよくわからない状態になる。権力を握って何をするのかといったら、近しい者に爵位をばらまき、遊宴に耽るというおよそ無意味なことしかしない。鄭(てい)方(ほう)が指摘した四つの過失も、孫(そん)恵(けい)が指摘した四つの不可も、何度も繰り返されてきたことである。にわかに独裁者になった者は、自分だけは例外で権力を永久に握り続けることができると思ってしまうものであるらしい。司馬冏は王(おう)豹(ひょう)を殺したが、それは事態を悪化させるだけで、司馬冏の政権も間もなく倒れる以外にないである。

（2）張(ちょう)翰(かん)が故郷の味を思って都から去ったことは非常に有名な故事として、後の人々によって頻繁に引用されるようになる。

（3）張翰、顧(こ)栄(えい)、孫(そん)恵(けい)、曹(そう)攄(ちょ)、王(おう)豹(ひょう)が司馬冏によって起用されたことは通鑑301-12の二で見ていて、司馬冏は単に人望のある者を並べただけでその意見を聞き入れる意志は最初からなかったのだろう。

【訳文】

［302-07の二］河(か)間(かん)王(おう)の司(し)馬(ば)顒(ぎょう)がもともとは司(し)馬(ば)倫(りん)に付き従っていたことから、司(し)馬(ば)冏(けい)は心の中では司馬顒のことをずっと恨んでいた。梁(りょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の皇(こう)甫(ほ)商(しょう)は司馬顒の長(ちょう)史(し)の李(り)含(がん)と関係が悪かった。李含は都に呼ばれて翊(よく)軍(ぐん)校(こう)尉(い)となった。皇甫商は司馬冏の軍事に参与し、（司馬顒に殺された）夏(か)侯(こう)奭(せき)の兄も司馬冏の役所にいた。このことから李含は（都にくると）心に不安を抱いた。また、李含は司馬冏の右(ゆう)司(し)馬(ば)の趙(ちょう)驤(じょう)とも関係が悪かった。李含は独り馬に乗って（長(ちょう)安(あん)にいる）司馬顒のもとへ奔(はし)り、秘密の詔(みことのり)を受け取ったと偽って、司馬顒を動かして司馬冏を誅殺させようとした。李含は司馬顒に、「成(せい)都(と)王(おう)［司(し)馬(ば)穎(えい)］様は皇帝と極めて近親の間柄で、大功がありましたが、謙譲の徳をもって国に還られ、甚だ衆心を得られました。斉(せい)王(おう)［司馬冏］様は皇帝とは遠縁でありながら政(まつりごと)を専有して、朝廷の人々はそれを畏れつつ見ています。いま長(ちょう)沙(さ)王(おう)［司(し)馬(ば)乂(かい)］様に檄(げき)を飛ばして、斉王様を討たせるように仕向けたなら、斉王様は必ず長沙王様を誅殺するでしょう。それによって今度は我らが斉王様の罪を挙げて討つならば、きっと禽(とりこ)にできます。斉王様を去って成都王様を建てることは、皇帝を脅かす者を除いて近親者を建てて国家を安らかにするものでありますから、大きな勲(いさお)となりましょう」。司馬顒はその策に従った。

このとき、武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］の一族につながる范(はん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)虓(こう)は都(と)督(とく)予(よ)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)であった。司馬顒は皇帝に文章を提出して司馬冏の罪状を並べて、「十万の兵士を連れて、成都王の司馬穎、新(しん)野(や)王(おう)の司(し)馬(ば)歆(きん)、范陽王の司馬虓と洛陽で合流して、長沙王の司馬乂に要請して、司馬冏を廃して私邸に還らせ、司馬冏に代わって司馬穎を輔(ほ)政(せい)とする」と言った。司馬顒は挙兵し、李含を都(と)督(とく)にして張(ちょう)方(ほう)らを率いて洛陽に向かわせ、また、使者を送って司馬穎を迎えた。司馬穎は応じようとしたが盧(ろ)志(し)は諌めた。司馬穎はそれを聴かなった。

十二月丁(てい)卯(ぼう)、司馬顒が提出した文章が届き、司馬冏はひどく懼(おそ)れ、百官を集めて議論した。司馬冏は、「孤(わたし)が真っ先に義兵を挙げることを唱えたのは、臣として子としての節義によるもので、その信(まこと)は神の前でも明らかであった。いま二王［司馬顒と司馬穎］が讒言を信じて難を為すのは、果たしていかがなものであろう」と言った。尚(しょう)書(しょ)令(れい)の王(おう)戎(じゅう)は、「公(こう)［司馬冏］の勲業は誠に大きく、しかしながら人々にはその労苦にふさわしい賞が与えられていません。そのためにふた心を抱いているのであります。いま二王の兵威は盛んで、当たるべからざる勢いがあります。もし公が私邸に帰られて、権力を手放して謙譲の美を発揮なさるならば、安らかであることを求められましょう」と言った。それに対して司馬冏の従(じゅう)事(じ)中(ちゅう)郎(ろう)の葛(かつ)旟(よ)が怒って言った。「尚書の役人どもは政治の本質がわかっていない。褒賞が遅れているのは斉(せい)王(おう)［司馬冏］様の責任ではない。讒言を流して逆乱を為す者は誅討すべきであって、偽りの文書を真に受けて公を私邸にお還しするなどとんでもないことだ。漢(かん)朝(ちょう)、魏(ぎ)朝(ちょう)からこの方、王侯で私邸に帰って妻子を保ち得た者がいただろうか。そのようなことを提議する者は斬るべきだ」。百官は青ざめて震え上がった。王戎は偽って薬を飲むためだとして廁に行き、免れることができた。

李含は（長(ちょう)安(あん)を発って）陰(いん)盤(ばん)に駐屯し、張(ちょう)方(ほう)は二万の兵を指揮して新(しん)安(あん)に進み、（都にいる）長沙王の司馬乂に檄を飛ばして司馬冏を討たせた。司馬冏は董(とう)艾(がい)を出して司馬乂を攻撃させた。司馬乂は百人余りの手兵を連れて宮中に駆け入り、諸門を閉じて、皇帝を奉じて大(だい)司(し)馬(ば)府(ふ)［司馬冏のいるところ］を攻めた。董艾は宮殿の西に兵士を並べ、火を放って千(せん)秋(しゅう)神(しん)武(ぶ)門(もん)を焼いた。司馬冏は人を使って騶(すう)虞(ぐ)幡(はん)を振らせて、「長沙王は詔を矯(でっちあ)げた」と言わせた。司馬乂は、「大司馬は謀反を起こした」と言った。

この夜、宮城内で大戦となり、矢が雨のように降り注ぎ、火が天にまで上った。皇帝は上(じょう)東(とう)門(もん)に行き、矢が御前にも集まり、群臣が枕を並べて死んだ。

戦い続けることを三日、司馬冏側がついに大敗した。大(だい)司(し)馬(ば)長(ちょう)史(し)の趙(ちょう)淵(えん)は（寝返って）何(か)勗(きょく)を殺して司馬冏を捕らえて降伏した。司馬冏は殿前に連れて行かれ、皇帝はそれを憐れんで生かしてやろうとした。司馬乂がその近くにいる者を叱りつけ、司馬冏を牽いて外に出させ、閶(しょう)闔(こう)門(もん)の外で斬り、その首を六軍に示した。司馬冏の一党の者は皆三族を夷(たいら)げられ、死者は二千人を超えた。司馬冏の子の司(し)馬(ば)超(ちょう)、司(し)馬(ば)氷(ひょう)、司(し)馬(ば)英(えい)は金(きん)墉(よう)城(じょう)に幽閉され、司馬冏の弟の北(ほっ)海(かい)王(おう)の司(し)馬(ば)寔(しょく)を廃した。

天下に赦令を下し、（太(たい)安(あん)に）改元した。李含らは司馬冏が死んだと聞くと、兵を引いて長安に帰った。

長沙王の司馬乂は朝廷にいても、事の大小にかかわらず、全てのことを鄴(ぎょう)に使者を送って大将軍の司馬穎に相談した。司馬穎は孫(そん)恵(けい)を参(さん)軍(ぐん)に、陸(りく)雲(うん)を右(ゆう)司(し)馬(ば)にした。

［302-08］この年、陳(ちん)留(りゅう)王(おう)［曹(そう)奐(かん)］が死に、謚(おくりな)を魏(ぎ)の元(げん)皇(こう)帝(てい)とした。

【補足】（1）またしても皇族同士が争い、宮中での激戦の末に司(し)馬(ば)冏(けい)が倒れた。司馬冏が数十万人を引き連れて洛(らく)陽(よう)に入城してから1年半であった［→通鑑301-09］。勝利した司(し)馬(ば)乂(かい)は自分では政治を動かそうとはしないで司(し)馬(ば)穎(えい)を上に立てた。これまでに次々に倒れた連中とは少々異なっていたのだが、果たして司馬穎、司馬乂、司(し)馬(ば)顒(ぎょう)の連携はいつまで保てるのだろうか。

（2）最後に曹(そう)奐(かん)の死亡記事が掲げられている。曹奐は魏(ぎ)朝(ちょう)の最後の皇帝で、司(し)馬(ば)炎(えん)に皇位を禅(ゆず)ってから［→通鑑265-11］、すでに37年が経過していた。このとき曹奐は57歳、晋(しん)の王族たちが権力を巡って果てしなく殺し合うありさまを見てどのように思っていたのだろうか。早々と皇位から去ることで、平穏な日々を送れた喜びをしみじみと味わっていたに違いない。

【訳文】

［302-09］鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の宇(う)文(ぶん)部(ぶ)の単(ぜん)于(う)［首領］の宇(う)文(ぶん)莫(ばく)圭(けい)の部族は強く盛んであった。宇文莫圭は弟の宇(う)文(ぶん)屈(くつ)雲(うん)に（やはり鮮卑族の）慕(ぼ)容(よう)廆(かい)を攻撃させた。慕容廆は敵のもう一人の指揮官である宇(う)文(ぶん)素(そ)怒(ど)延(えん)を撃って破った。宇文素怒延はそれを恥として、また十万の兵を起こして、慕容廆を棘(きょく)城(じょう)に囲んだ。慕容廆の部下たちは恐れをなしたが、慕容廆は、「宇文素怒延の兵は多いけれど、統制がとれていない。すでに私が計画した通りに事が運んでいる。諸君は一生懸命に戦えばよいのであって、何ら心配はいらない」と言って、出撃し、大いに破って、追いかけること百里、捕虜にしたり斬ったりした者は万をもって数えた。

遼(りょう)東(とう)の孟(もう)暉(き)は先に宇文部の中に取り込まれていたが、数千戸の人々を率いて慕容廆に降った。慕容廆は孟暉を建(けん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)にした。慕容廆は慕(ぼ)輿(よ)句(く)が勤(きん)恪(かく)廉(れん)靖(せい)［勤勉で正直］であるのを見て府(ふ)庫(こ)を管理させた。慕輿句は心の内で事を掌握し、帳簿をつけなくても遺漏がなかった。また慕(ぼ)輿(よ)河(か)は明(めい)敏(びん)精(せい)審(しん)［賢くて精査する］であったので、訴訟事を司らせると、清潔で正しい審理を行った。

【補足】都から北東に遠く離れたところでの鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)どうしの争いが記述されている。そのなかから慕(ぼ)容(よう)廆(かい)が台頭しつつあった。慕容廆が大(だい)棘(きょう)城(じょう)を拠点としたことは通鑑294-05で見ている。