『資治通鑑鑑賞』　第82巻　289年〜298年

■資治通鑑第82巻

【解題】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第82巻は太(たい)康(こう)十年［289年］から元(げん)康(こう)八年［298年］までの10年間を扱っている。

【訳文】

資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)巻八十二晋(しん)紀(き)四　世(せい)祖(そ)武(ぶ)皇(こう)帝(てい)下(げ)および孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)之(の)上(じょう)

【補足】『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の第82巻は「晋(しん)紀(き)四」に当たり、その最初の1年分は「世(せい)祖(そ)武(ぶ)皇(こう)帝(てい)下(げ)」、つまり晋(しん)の皇帝が世(せい)祖(そ)武(ぶ)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の下の部分に当たる。世祖武皇帝は晋の初代皇帝司(し)馬(ば)炎(えん)。後の9年分は「孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)之(の)上(じょう)」つまり、晋の皇帝が孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)であった時代の記録の上の上の部分に当たる。孝恵皇帝は晋の二代皇帝の司(し)馬(ば)衷(ちゅう)。

【訳文】

［289-01］太(たい)康(こう)十年、夏、四月、太(たい)廟(びょう)が完成した。乙(いつ)巳(し)、皇帝の先祖の全てを合わせてそこに祀り、大赦を下した。

［289-02］慕(ぼ)容(よう)廆(かい)が降伏を申し出る使者を送ってきた。五月、詔(みことのり)を下して慕容廆を鮮(せん)卑(ぴ)都(と)督(とく)にした。慕容廆は何(か)龕(かん)のもとに謁見を受けるために行った。そのとき慕容廆は士(し)大(たい)夫(ふ)の礼に従い、巾(きん)衣(い)［士大夫の礼服］で何龕の門に詣でた。何龕が厳重に兵士を配置して会おうとしているのを見て、慕容廆は戎(じゅう)衣(い)［戦闘服］に改めてから入った。ある人がその理由を尋ねると、慕容廆は、「主人が客を待つのに礼に従わないのなら、客はどうしたらよいのかな」と言った。何龕はそれを聞いて甚だ恥じ、慕容廆は並みの人間ではないと深く感じて敬意を払うようになった。

このとき鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)では宇(う)文(ぶん)氏(し)や段(だん)氏(し)の力が強く、慕容廆はしばしばその侵(しん)掠(りゃく)を受けていた。慕容廆は宇文氏や段氏に厚く贈り物をし、腰低く仕えた。段(だん)国(こく)の単(ぜん)于(う)［王］の段(だん)階(かい)はその娘を慕容廆の妻とした。そして慕(ぼ)容(よう)皝(こう)、慕(ぼ)容(よう)仁(じん)、慕(ぼ)容(よう)昭(しょう)が生まれた。慕容廆は遼(りょう)東(とう)が僻遠の地であることから、徒(と)河(か)県(けん)の青(せい)山(ざん)に移った。

［289-03］冬、十月、明(めい)堂(どう)および南(なん)郊(こう)の五(ご)帝(てい)の座をもとに戻した。

［289-04］十一月、丙(へい)辰(しん)、尚(しょう)書(しょ)令(れい)済(せい)北(ほく)成(せい)侯(こう)の荀(じゅん)勖(きょく)が死んだ。荀勖は知恵があり、主君の意向を伺い知るのが巧みであったので固く皇帝に信頼された。長く中(ちゅう)書(しょ)省(しょう)にいて国の重要な事柄に関わり続けていたので、尚(しょう)書(しょ)令(れい)になったときには非常に落胆した。昇進であるとして祝う人がいると、荀勖は、「我が鳳(ほう)皇(おう)池(ち)［宮中の池でそのかたわらに中書省がある］を奪われたのに、諸君は何を祝おうとするのか」と言った。

【補足】（1）2年前に倒壊した太(たい)廟(びょう)殿(でん)［→通鑑287-02］の修復が終わった。

（2）鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)は幾つもの部に分かれて抗争を続けていた。その中から東方では慕(ぼ)容(よう)廆(かい)［→通鑑286-02］が台頭し、中国を侵略したり帰順にしたりしながら勢力を拡大していった。

（3）五(ご)帝(てい)についての議論は通鑑266-04で見ている。20年余りを経て元に戻ったのでる。

【訳文】

［289-05の一］皇帝は声(せい)色(しょく)［女性との遊び］に極めて意欲的であったのでとうとう病気になった。

（皇后の父の）楊(よう)駿(しゅん)は汝(じょ)南(なん)王(おう)の司(し)馬(ば)亮(りょう)を苦手としていたので都の外に追い出そうとした。甲(こう)申(しん)、司(し)馬(ば)亮(りょう)を侍(じ)中(ちゅう)大(だい)司(し)馬(ば)として、黄(こう)鉞(えつ)［指揮官のしるし］を与え、大(だい)都(と)督(とく)督(とく)予(よ)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)に就かせて許(きょ)昌(しょう)に行かせることにした。

また、南(なん)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)柬(かん)を秦(しん)王(おう)都(と)督(とく)関(かん)中(ちゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)に、始(し)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)瑋(い)を楚(そ)王(おう)都(と)督(とく)荊(けい)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)に、濮(ぼく)陽(よう)王(おう)の司(し)馬(ば)允(いん)を淮(わい)南(なん)王(おう)都(と)督(とく)揚(よう)江(こう)二(に)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にして、それぞれ任国に赴かせることにした。皇(おう)子(じ)の司(し)馬(ば)乂(かい)を長(ちょう)沙(さ)王(おう)に、司(し)馬(ば)穎(えい)を成(せい)都(と)王(おう)に、司(し)馬(ば)晏(あん)を呉(ご)王(おう)に、司(し)馬(ば)熾(し)を予(よ)章(しょう)王(おう)に、司(し)馬(ば)演(えん)を代(だい)王(おう)に、皇(こう)孫(そん)の司(し)馬(ば)遹(いつ)を広(こう)陵(りょう)王(おう)にした。淮南王の子の司(し)馬(ば)迪(てき)を漢(かん)王(おう)に、楚王の子の司(し)馬(ば)儀(ぎ)を毘(ひ)陵(りょう)王(おう)にした。さらに、扶(ふ)風(ふう)王(おう)の司(し)馬(ば)暢(ちょう)を順(じゅん)陽(よう)王(おう)に移し、司馬暢の弟の司(し)馬(ば)歆(きん)を新(しん)野(や)公(こう)にした。司馬暢は司(し)馬(ば)駿(しゅん)の子である。琅(ろう)邪(や)王(おう)の司(し)馬(ば)覲(きん)の弟の司(し)馬(ば)澹(たん)を東(とう)武(ぶ)公(こう)に、司(し)馬(ば)繇(よう)を東(とう)安(あん)公(こう)にした。司馬覲は司(し)馬(ば)伷(ちゅう)の子である。

皇帝はかつて才(さい)人(じん)［後宮の女性］の謝(しゃ)玖(きゅう)を皇太子に与えていた。謝玖は皇孫の司(し)馬(ば)遹(いつ)を生んだ。宮中で夜に失火があったときのこと、皇帝は楼に登ってそれ見た。司馬遹はそのとき五歳で、暗闇の中で皇帝の裾を引き、「夜のこの慌ただしさの中では非常事態に備えなくてはなりません。陛下は照らされて見えるようなことがあってはなりません」と言った。皇帝はこれより司馬遹のことを目にかけるようになった。

かつて群臣が「司馬遹様は宣(せん)帝(てい)［皇帝の祖父の司(し)馬(ば)懿(い)］に似ておられます」と称えたことがあり、それからは天下の人々が司馬遹に期待を寄せるようになった。皇帝は皇太子が不才(ぼんくら)であるのは知っていたのだが、司馬遹が明慧(おりこう)であるのを恃(たの)みとして、皇太子を廃する気持ちは持たなかった。また、王(おう)佑(ゆう)の謀(はかりごと)を用いて皇太子の母の弟である楊(よう)柬(かん)、楊(よう)瑋(い)、楊(よう)允(いん)を要害の地に置いた。また楊氏が強くなりすぎるのを警戒して王佑を北(ほく)軍(ぐん)中(ちゅう)候(こう)として禁(きん)兵(ぺい)［近衛兵］の指揮をさせた。

【補足】ここに記されているのは司(し)馬(ば)炎(えん)が死んだ場合に備えての人の動き。皇后の父である楊(よう)駿(しゅん)を中心とする楊一族は王族を順次外に出して権力の基盤を強めようとし、一方で皇帝は楊一族を抑える手立てもしていた。皇太子の司(し)馬(ば)衷(ちゅう)は前の皇后の子で、前の皇后も同じ楊一族である。司馬衷が愚物であることは天下に知れ渡っていたが、司馬炎は孫の司(し)馬(ば)遹(いつ)に期待した。ここで注意しておくべきは、皇太子の正妻は賈(か)充(じゅう)の娘であることで、謝(しゃ)玖(きゅう)が生んだ司馬遹の立場には難しいところがあった。楊駿が煙たがった司(し)馬(ば)亮(りょう)は皇帝の叔父で存在感があった。なお司馬炎には毎夜励んだ成果として子供がどっさりいたので、ここにもずらずらと名が連ねられている。

【訳文】

［289-05の二］皇帝は皇孫の司(し)馬(ば)遹(いつ)のために優れた補佐役を求め、散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)の劉(りゅう)寔(しょく)が志(し)行(こう)清(せい)素(そ)［心も行いも清潔である］であることをもって、広(こう)陵(りょう)王(おう)傅(ふ)［皇孫の家庭教師］にした。

劉寔は当時の人々が出世することばかりを喜んで廉(れん)讓(じょう)をよしとする者が少ない状況を見て、かつて『崇(すう)譲(じょう)論(ろん)』を著し、官職に就く者としては、公文書を理解する力があるだけでなく、賢人を推して能力のある者には（地位を）譲るような人物を高く評価すべきであると記した。そして、一つの官職が空いたならば、最も大勢の者から譲られる人物をその任に就けるのがよいとして、「人の情として、争うときには己に及ばないところをもって他者を陥れようとし、譲るときには己に勝る者を競って推そうとする。そのために、世の中が争い合うときには人の優劣は見分け難く、世の中が譲り合うときには賢く智恵のある者が現われ出やすい。後者のようなときには、身を退けて己の徳を修める者に対して譲ろうとする者が多くいるために、（徳を修めた者は）貧賤を守ろうとしてもできない。一方で、我武者羅に前に進んで人から譲られようとする者は、かえって退きながら前に進もうとするようなありさまとなる」と記した。

淮(わい)南(なん)王(おう)のもとで大臣の任にある劉(りゅう)頌(しょう)は朝廷に次のような文書を出した。「陛下は、かねてからの原因によって法は緩やかにしなければならなかったことをもって、いまもまだ臣下を厳しく制御するときではないと考えられてこられました。それはかつてはまことに時宜に合ったものであったのですが、いまではそうではなくて、世を矯正して弊害から救うために、厳粛へと次第に向って行くべき状況となっているのであります。それを船の航行に譬えますと、速い流れはいきなり横切ることはできませんが、流れに乗りながらも、徐々に向かうべきところへと進んでこそようやく渡り切ることができるようなものであります。（皇帝が即位した）泰(たい)始(し)年間からもはや三十年になろうとしていて、もろもろの国家事業はいまはかつてよりも盛んではなく、陛下が明(めい)聖(せい)であることをもってしても、世のよろしくないところをひっくり返して、当初の隆盛を後世にまで伝えてけるような状況にはいまはなっておりません。これは考えなければならないことであります。陛下の大業を安定的に伝えることができないのなら、それは陛下御自身が最も憂うところとなりましょう。臣(わたくし)は、国家を安定させる計としては、近親の賢者を封建するのが最善であると聞いています。詳しくそのことを見ますと、諸侯のうちでも義によって行動する者を都を取り囲むように置いて、国の禍(わざわい)となるような心を内に秘めた者がたとえいたとしても何もできないようにしておかなければなりません。これは実は非常に難しいことでありますから、陛下は過去の事例に詳しい者とともに深く謀(はかりごと)を巡らせるべきなのであります。周(しゅう)の時代においては、諸侯に罪があれば誅殺したり放逐したりしましたが、諸侯のそれぞれの国を亡ぼすことはしませんでした。一方で、漢(かん)の時代においては諸侯に罪があったり子がなかったりしたときには国は随時取り潰されました。いまは漢の過ちを正して、周の旧い本来のやり方に従うべきで、そうすれば上下ともに固く安泰となるでありましょう。天下は広大で、天下には無数の事柄がありますが、君主は天の太陽と同じく至って少ない［つまり一人だけ］のでありますから、聖王による教化とは、最も肝要なところだけは聖王が行い、後は下の者に委ねるよりないのであります。そのようにするのは労(ろう)を嫌って逸(いつ)を好むからではなく、まことにそれが最もよい政体であるからです。そもそも事の始まりにおいてそれが成功するかどうかを弁別するのは非常に難しく、結果を見て功罪を弁別するのは簡単です。いま陛下は始める前に詳しく考え、終わってからの考察をあまりしていません。このことが国の事業が十分に成功していない一因でありましょう。君主たる者は、要(かなめ)のところを簡潔に見極めて、結果が出たことに対して功罪を定めるならば、臣下は誅賞の正しさから逃れることができません。古(いにしえ)において六(ろく)卿(けい)［六人の大臣］が国の仕事を分担し、塚(ちょう)宰(さい)［一人のリーダー］がそれをまとめていました。秦(しん)、漢以降は九(きゅう)列(れつ)［九人の大臣］が国家の事業を執り行って、丞相がまとめていました。いま尚(しょう)書(しょ)省(しょう)が何事も専ら決定して、その他の官署はそれに従って為すだけであって、古の制度に比べて尚書の重みが甚だ増しています。もろもろの事柄は尚書以外の官署にも出して、それぞれの分野を任せ、尚書はかつての丞相のように大綱のところだけを統率して、毎年の終わりにそれぞれの成果を点検して、賞罰を定めるので十分でありましょう。今はそれぞれの官署が動くときにはどこも上からの指示に従い、上で失策があれば下の罪を問うことはできませんから、毎年の終わりになって成果がなくてもどこを責めたらよいのかわからないようなことになっています。そもそも小さな過ちや思い違いは人として必ずあるもので、それらを法をもっていちいち糾(ただ)したならば朝野ともに人は立つ瀬がありません。近世以来、官員の不正を監視する部署は大(たい)綱(こう)［基本ルール］を適用して正すのではなく、小さな過失を挙げるだけでありますのは、力の強い者を畏れて避けようとしているからであり、また仕事の成果が少ないのを恐れて、ちまちまと微罪を網羅して、ひっきりなしに弾劾しているように見せているだけなのです。それは、公(おおやけ)のために尽くしているように見えながらも、実は法を撓(たわ)めているのであります。このようなことから、聖王は微細な事案を善(よ)しとはしないで、必ず凶(きょう)猾(かつ)［ずるくて悪い］を責める奏上を善しとしたので、政(まつりごと)を害する奸(かん)人(じん)は自然と禽(とりこ)となったのでした。国家の創業で肝要なのは、教えを立て制度を定めることで、それによって後々までも創業時の遺風が伝わり、たとえ幼弱の天子が現われても世の中は正され、後世の人々も暗がりであっても明かりが見え、愚かであっても智があるように振る舞えるのであります。官署における職務に限らず、全ての事業は成果の挙がらないのを憂うのではなく、事が過剰になるのを傷(いた)むべきであります。そのようなことを抑えるならば、陛下が御覧になるまでもなく自ずと物事はよくなるでありましょう。いま勤めるべきことをしないで、拠るべき肝要のところを破るようなことをしているのを、臣(わたくし)は竊(ひそ)かに間違いであると考えております」

皇帝はどちらの意見も用いることができなかった。

【補足】劉(りゅう)寔(しょく)と劉(りゅう)頌(しょう)の提言は十分に理解できなかったので訳文は自信がない。全体としては、朝廷の要職に並んでいるのがしかるべき人物でなく、綱紀が緩んでいることを問題にしているのだろう。

【訳文】

［289-06］詔(みことのり)を下して、劉(りゅう)淵(えん)を匈(きょう)奴(ど)北(ほく)部(ぶ)都(と)尉(い)にした。劉淵は財を軽んじて人に施すのを好み、心を傾けて物事に当たったので、匈奴の五部の豪傑や、幽(ゆう)州(しゅう)、冀(き)州(しゅう)の名士の多くが劉淵に心を寄せた。

［289-07］奚(けい)軻(か)［北方諸民族の一つ］の男女十万人が来降した。

【補足】晋(しん)の朝廷がだらしなくなる一方で、匈(きょう)奴(ど)の劉(りゅう)淵(えん)がめきめきと頭角を現してきていた。

【訳文】

孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)之(の)上(じょう)

［290-01］永(えい)熙(き)元年、春、正月辛(しん)酉(ゆう)朔(さく)、太(たい)熙(き)に改元した。

【補足】（1）ここから「孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)上(じょう)之(の)上(じょう)」となる。

（2）この年の1月1日に太(たい)熙(き)に改元された。しかしそれは短い期間で終わって永(えい)熙(き)に改元される。それで、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』ではこの年は年間を通じて「永熙元年」であるとして扱っている。

【訳文】

［290-02］己(き)巳(し)、王(おう)渾(こん)を司(し)徒(と)にした。

［290-03］司(し)空(くう)侍(じ)中(ちゅう)尚(しょう)書(しょ)令(れい)の衛(えい)瓘(かん)の子の衛(えい)宣(せん)は（皇帝の娘である）繁(はん)昌(しょう)公(こう)主(しゅ)の夫であった。衛宣は酒の上での失敗が多かった。（楊(よう)皇(こう)后(ごう)の父の）楊(よう)駿(しゅん)は衛瓘を嫌っていて、衛瓘を放逐したいと考えていたので、黄(こう)門(もん)［宦(かん)官(がん)］と謀って衛宣を謗(そし)り、武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］に公主を離縁させるよう勧めた。衛瓘は慚(は)じかつ懼(おそ)れ、老齢を理由に高位にあることから退くことを求めた。詔(みことのり)をもって衛瓘の位を太(たい)保(ほう)に進めるとともに、家にいるよう命じた。

［290-04］劇(げき)陽(よう)康(こう)子(し)の魏(ぎ)舒(じょ)が死んだ。

［290-05］三月甲(こう)子(し)、右(ゆう)光(こう)禄(ろく)大(たい)夫(ふ)の石(せき)鑒(がん)を司(し)空(くう)にした。

【補足】細かいことだが、通鑑290-03では司(し)馬(ば)炎(えん)のことを「武(ぶ)帝(てい)」と記している。ここまでは司馬炎のことは『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の原文では「帝(てい)」とか「上(しょう)」とか記していた。武帝とは司馬炎の死後に贈られた廟(びょう)号(ごう)であるから、この時点で武帝と呼ぶのはいささかおかしいのだが、この年からは孝(こう)恵(けい)皇(こう)帝(てい)を中心とした記述に改まったので、「帝」とか「上」と書くと孝恵皇帝を指すことになり、そうではないと明示するために武帝と記しているのである。次の項目では誤読の恐れはないと、司馬炎のことを「帝」と記している。このように『資治通鑑』は表記に関する様々なルールを定めているのだが、訳者はそうしたことにはあまり注意を払わずに訳文を作成している。

【訳文】

［290-06の一］皇帝［司(し)馬(ば)炎(えん)］の病気は重くなり、顧(こ)命(めい)［臨終の際の命令］はまだなかった。かつて国を支えてきた旧臣の多くはすでに死去し、侍(じ)中(ちゅう)車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)の楊(よう)駿(しゅん)だけが禁(きん)中(ちゅう)に入って病気の皇帝のそばにいて、ほかの大臣は近づくことができなかった。楊駿は私意をもって皇帝の親近の者を自分の腹心ばかりに変えた。皇帝は少しく病状が和らいだときに、新たに用いられた者たちを見て、楊駿に向かって厳しく、「どうしてこのようになったのだ」と言った。

このとき汝(じょ)南(なん)王(おう)の司(し)馬(ば)亮(りょう)は（任国に行くよう命じられていたが）まだ都から出発していなかった。それで皇帝は中(ちゅう)書(しょ)省(しょう)に命じて詔(みことのり)を作らせて、司馬亮をもって楊駿とともに政(まつりごと)を輔(たす)け、また朝廷の士で人望のある数人でその態勢を支えるようにしようとした。楊駿は中書省に行って詔を借りてそれを観ると、懐に入れて持ち去った。中(ちゅう)書(しょ)監(かん)の華(か)廙(い)は驚き懼(おそ)れ、自分で行ってそれを渡してくれるよう求めた。しかし、楊駿は渡さなかった。皇帝はまた混濁状態になり、皇后が、「楊駿を輔(ほ)政(せい)といたしましょう」と奏上すると、皇帝は頷いた。

夏、四月辛(しん)丑(ちゅう)、皇后は華廙と中書令の何(か)劭(しょう)を召し寄せ、口頭で皇帝の意向を伝えて詔を作らせ、楊駿を太(たい)尉(い)太(たい)子(し)太(たい)傅(ふ)都(と)督(とく)中(ちゅう)外(がい)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)侍(じ)中(ちゅう)録(ろく)尚(しょう)書(しょ)事(じ)とした。詔を書き終えると、皇后は華廙と何劭にそれを皇帝の前に持って行かせた。皇帝はそれを視て何も言わなかった。華廙は華(か)歆(きん)の孫、何劭は何(か)曽(そう)の子である。

結局のところ、汝南王の司馬亮には任国へ赴くようまた促した。皇帝は小康を得ると、「汝南王はまだ来ないのか」と尋ねた。左右(そばづかえ)の者は、「まだです」と言った。

皇帝は危篤に陥り、己(き)酉(ゆう)、含(がん)章(しょう)殿(でん)で亡くなった。皇帝は宇(う)量(りょう)弘(こう)厚(こう)［度量が大きい］で、聡明で謀(はかりごと)を好み、直言をよく受け入れ、人に向かって失(しっ)色(しょく)する［キレる］ことがなかった。

【補足】司(し)馬(ば)炎(えん)は56歳で死んだ。臨終間際は皇后とその父の楊(よう)駿(しゅん)の思う通りにされてしまった。楊駿の長い肩書は、要するに朝廷におけるほぼ全ての権限を与えたということであろう。最後に記されている司馬炎の評価は、長所とされるところだけを挙げている。確かに人の意見をよく受け入れる人物であったことは『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の記事からも読み取れる。呉(ご)を平定してからの堕落ぶりについては、敢えて死者に鞭を打たないということで記していないのだろう。

【訳文】

［290-06の二］皇太子［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］が皇帝の位に即いた。大赦を下し、（永(えい)熙(き)に）改元した。もとの皇后を尊んで皇太后と呼び、皇太子妃の賈(か)氏を皇后にした。

楊(よう)駿(しゅん)は太(たい)極(きょく)殿(でん)に入り、そのままそこに居続け、棺を移すことになって後宮の女性たちが退いても、楊駿は太極殿から出ないで、百人の虎(こ)賁(ほん)［皇帝直属の兵士］に護衛させた。

詔(みことのり)を下し、石(せき)鑒(かん)と中(ちゅう)護(ご)軍(ぐん)の張(ちょう)劭(しょう)に山(さん)陵(りょう)［皇帝の墓］を造るよう命じた。

汝(じょ)南(なん)王(おう)の司(し)馬(ば)亮(りょう)は楊駿を畏れ、敢えて棺のもとに行こうとはしないで、大(だい)司(し)馬(ば)門(もん)の外で哭し、都を出て宿営した。朝廷に文書を提出し、皇帝の葬儀が終わってから任国に行くようにしたいと要望した。すると、司馬亮は兵を挙げて楊駿を討とうとしていると朝廷に告げる者があった。楊駿はひどく懼(おそ)れ、皇太后に申し上げて、皇帝に手書きの詔を作らせて、石鑒と張劭に命じて兵を率いて司馬亮を討たせようとした。張劭は楊駿の甥である。張劭は部下を指揮し、石鑒を促して速やかに出発しようとした。石鑒はそれはよろしくないとして、兵士を動かさなかった。一方、司馬亮は廷(てい)尉(い)の何(か)勖(きょく)にどうすべきかを尋ねた。何勖は、「いま朝野の人々は誰もが公(こう)［司馬亮］に心を寄せています。公は人を討たずにいて、人に討たれるのを畏れてどうするのですか」と言った。しかし、司馬亮は兵士を動かすことなく、夜の間に許(きょ)昌(しょう)へと向かい、それによって危難を免れた。

楊駿の弟の楊(よう)済(せい)と甥の河(か)南(なん)尹(いん)の李(り)斌(ひん)は、司馬亮を都に留めるよう楊駿に勧めたが、楊駿は従わなかった。楊済は尚(しょう)書(しょ)左(さ)丞(じょう)の傅(ふ)咸(かん)に言った。「家(か)兄(けい)［楊駿］がもしも大(だい)司(し)馬(ば)［司馬亮］殿を呼び、身を退けて大司馬殿を敬うならば、我が一門は安泰でいられるかもしれない」。傅咸は、「皇族と外戚は互いに恃(たの)み合うことで安らかでいられます。もしも大司馬殿を召還して、ともに公正であることを貴んで政(まつりごと)を輔(たす)けるならば、必ずしも退かないでもよろしいでしょう」と言った。楊済は、侍(じ)中(ちゅう)の石(せき)崇(すう)に楊駿に会ってそのことを言うようにさせたのだが、楊駿は従わなかった。

【補足】皇太子の司(し)馬(ば)衷(ちゅう)が皇帝になった。司馬衷はこのとき32歳、本来なら自らの意思で政治の刷新を図るところなのだろうが、歴史に名高い愚帝だけにまわりに動かされるだけである。ここには、新皇帝の祖父の世代の司(し)馬(ば)亮(りょう)と皇太后の父の楊(よう)駿(しゅん)との駆け引きが記されている。ここで見る限りでは、司馬亮は決断力に欠け、楊駿は洞察力に欠けるようだ。

【訳文】

［290-06の三］五月、辛(しん)未(び)、武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］を峻(しゅん)陽(よう)陵(りょう)に葬った。

楊(よう)駿(しゅん)は己の評判がよろしくないのを知っていたので、衆人に媚びを売っておこうと、と魏(ぎ)の明(めい)帝(てい)が即位したときの故事に倣って、人々の爵位を昇進させようとした。左(さ)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の傅(ふ)祗(し)は楊駿に手紙を与え、「帝王が亡くなった直後に臣下の功績を論じるなどかつてなかったことです」と記した。楊駿はその意見を受け入れなかった。傅祗は傅(ふ)嘏(か)の子である。

丙(へい)子(し)、詔(みことのり)を下して、朝廷内外の群臣の全ての位を一等級進め、葬儀に関わった者は二等級進め、二千石(せき)以上の者は全て関(かん)中(ちゅう)侯(こう)にし、租(そ)調(ちょう)を一年間免除するとした。散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)の石(せき)崇(すう)、散(さん)騎(き)侍(じ)郎(ろう)の何(か)攀(はん)は朝廷に以下の文書を提出した。「陛下は皇太子の位にあること二十年余り、いま大業を継承されてすぐに臣下に賞を与えて爵位を進めることが、泰(たい)始(し)の初めに晋(しん)朝(ちょう)が興ったとき、あるいは呉(ご)を平定したときの前例を超えるのでは、事の軽重が合いません。大(だい)晋(しん)がこれから無窮に続いていくなかで、今回のやり方が後世の手本となるとしたら、爵位は必然的にどんどん進んで行くことになり、数世の後には誰もが公(こう)侯(こう)となってしまうでありましょう」。皇帝はそれに従わなかった。

詔を下して、太(たい)尉(い)の楊(よう)駿(しゅん)を太(たい)傅(ふ)大(だい)都(と)督(とく)にして、黄(こう)鉞(えつ)［軍権の象徴］を与え、朝政を取りまとめさせ、百官は全てその指揮下に入るようにした。傅(ふ)咸(かん)は楊駿に言った。「三年の喪という制度は長らく行われておりません。いま陛下は謙虚でおられ、政(まつりごと)を公(こう)［楊駿］に委ねておられます。それは（皇帝が三年の喪に服せるようにするためであって）善い行いであるとして天下の人々が受け止めているわけではありません。このことから、明(めい)公(こう)［楊駿］にとって今後事を進めにくくさせてしまうのを恐れます。（周(しゅう)の時代に皇帝を補佐した）周(しゅう)公(こう)は偉大な聖人でありながらも、何かと陰で言われてしまいました。ましてや、陛下の年齢は（周公が補佐した）成(せい)王(おう)の年齢よりも上なのですから。竊(ひそ)かに思いますに、山陵［先帝の墓］の造営が終わりましたら、明公は進退についてよくよくお考えになるべきでありましょう。陛下に忠誠であろうと考察するなら、もはや多くを言うまでもないでしょう」。楊駿は聴かなかった。傅咸はさらにしばしば諌めたので、楊駿は次第に不快になり、傅咸を郡守として都の外に出そうとした。李(り)斌(ひん)が、「正しい人を排斥したなら、きっと人望を失ってしまうでしょう」と言ったので、それは取りやめになった。

楊(よう)済(せい)は傅咸に手紙を出して次のように書いた。「諺(ことわざ)に、『ぼんやりを決め込んだ方がうまくゆくこともある』と言います。細かく言い過ぎると頭を破られる心配がありましょう」。傅咸は返書に記した。「昔、衛(えい)公(こう)は、『酒色が人を殺すのは、直言が人を殺すよりも甚しいものがある』と言いました。酒色のために死んでも人は悔いないのですから、直言によって禍(わざわい)を招くのを畏れるようでは、もとより心を正しく保つことができていないといえましょう。それは保身をもって優れた洞察力だとするような考えでありましょう。古(いにしえ)から直言によって禍を招いたのは、ひどく過剰に矯正しようとしたり、実は不誠実であったり、名声を挙げることを求めていたりして、怒りを呼んでしまった者たちです。誠実に忠を尽くした者が恨み憎まれたことなどないのです」

楊駿は、賈(か)皇(こう)后(ごう)が険(けん)悍(かん)［荒々しく厳しい］で権(けん)略(りゃく)［策略］に長けていることを警戒していた。それで、甥の段(だん)広(こう)を散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)にして皇帝周辺の機密に関与させ、張(ちょう)劭(しょう)を中(ちゅう)護(ご)軍(ぐん)にして禁(きん)兵(ぺい)［近衛兵］を指揮させた。全ての詔などは皇帝が裁可した後に、皇太后に見せてから施行するようにした。

楊駿の政治は厳(げん)砕(さい)専(せん)愎(ぷく)［極度の専横］で、朝廷の中外の人々がそれを嫌った。馮(ひょう)翊(よく)太(たい)守(しゅ)の孫(そん)楚(そ)が楊駿に言った。「公は外戚として（漢(かん)の時代の）伊(い)尹(いん)や霍(かく)光(こう)のような立場にあるわけですから、至(し)公(こう)、誠(せい)信(しん)、謙(けん)順(じゅん)をもって事に当たるべきです。いま宗室［皇族］は（諸侯として）強く盛んでありながら、公はその方々とともに国政に担って行こうとはされずに、皇室に対して猜疑心を抱き、外側に私党を樹(た)てようとしています。これではすぐさま禍(わざわい)が至るでありましょう」。楊駿は聞き入れなかった。孫楚は孫(そん)資(し)の孫である。

弘(こう)訓(くん)少(しょう)府(ふ)の蒯(かい)欽(きん)は楊駿のおばの子で、しばしば楊駿に面と向かって直言したので、他の人々は危ぶんだ。蒯欽は言った。「楊駿殿は聡明ではないとしても、人に罪があるのかないのか、人をやたらに殺してよいのかいけないかといったことは御存知です。ですから、せいぜい私を疎(うと)んじるだけで、疎んじられれば私は死を免かれます。もしそうならなければ私も楊駿殿とともに一族が誅殺されてしまうでしょう」

楊駿は匈(きょう)奴(ど)の東(とう)部(ぶ)の人である王(おう)彰(しょう)を呼んで司(し)馬(ば)にしようとした。王彰は逃げてそれを受けなかった。王彰の友人の新(しん)興(こう)郡(ぐん)の張(ちょう)宣(せん)子(し)はそれを怪しんで尋ねると、王彰は、「昔から、二人の皇后を出した一族は必ず滅んでいます。ましてや楊(よう)太(たい)傅(ふ)［楊駿］は小(しょう)人(じん)［愚人］を近づけ、君子を遠ざけて、自分の恣(ほしいまま)に権力を専らにしています。破滅するのは間もなくです。私は海を越え、国境の外に出てもなお禍(わざわい)が及ぶのを恐れるくらいで、どうして招聘などに応じるものですか。武(ぶ)帝(てい)は国家の大計を考えずに亡くなり、跡継ぎは皇位の重みに耐えることができず、武帝の違勅を受けたのがまともな人間ではないのですから、天下は瞬く間に乱れるでありましょう」と言った。

【補足】皇太后の父の楊(よう)駿(しゅん)は権力を握ったものの、大局的な見通しは何もなく、知恵を絞っても爵位をばらまいて人気取りをすることくらいしか考えつかなかった。楊駿が要注意人物として見た賈(か)皇(こう)后(ごう)がどのような人物であるのか、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』はフライング気味に18年前の記事で、「妬(と)忌(き)［気が強くて嫉妬深い］であり権(けん)詐(さ)［強引な偽りごと］が多かった」と記していた［→通鑑272-02］。

【訳文】

［290-07］秋、八月壬(じん)午(ご)、広(こう)陵(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)遹(いつ)を皇太子にした。中(ちゅう)書(しょ)監(かん)の何(か)劭(しょう)を太(たい)子(し)太(たい)師(し)に、衛(えい)尉(い)の裴(はい)楷(かい)を少(しょう)師(し)に、吏(り)部(ぶ)尚(しょう)書(しょ)の王(おう)戎(じゅう)を太(たい)傅(ふ)に、前(ぜん)太(たい)常(じょう)の張(ちょう)華(か)を少(しょう)傅(ふ)に、衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の楊(よう)済(せい)を太(たい)保(ほう)に、尚(しょう)書(しょ)の和(わ)嶠(きょう)を少(しょう)保(ほう)にした。また、皇太子の母の謝(しゃ)氏(し)を淑(しゅく)媛(えん)にした。賈(か)皇(こう)后(ごう)は謝氏を別室に置き、皇太子と会うのを許さなかった。

かつて和嶠は折を見て武(ぶ)帝(てい)［司(し)馬(ば)炎(えん)］に、「皇太子［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］様には古(いにしえ)の人のように朴訥なところがありますが、末世の常として偽り多いなかで、陛下の家の事［皇帝としての仕事］を全うできないのではないかと恐れます」と言ったことがあった。武帝はそれを聞くと押し黙ってしまった。後に和嶠が荀(じゅん)勖(きょく)らとともに武帝のそばにいたときに、武帝は、「皇太子は近ごろ朕(ちん)のもとにきたが、やや成長したように見えた。卿(そなた)らは一緒に皇太子のもとに行き、世の中の事について話してみるがよい」と言った。戻ってくると、荀勖らは口を揃えて皇太子の明(めい)識(しき)雅(が)度(ど)［度量があって明察］を称え、「皇太子様のお言葉はまことに明快な詔(みことのり)のようでありました」と言ったが、和嶠だけは、「以前と何も変わっておられませんでした」と言った。武帝は不快に思って席を起った。

皇帝［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］が即位して、和嶠が皇太子の司馬遹に従って皇帝の前に出ると、賈(か)皇(こう)后(ごう)は皇帝を通して和嶠に尋ねた。「卿(そなた)はかつて私は家のことを全うできないと言ったが、今日は果たしてどうであるか」。和嶠は、「臣(わたくし)は昔は先帝に仕えておりましたので、かつてはそのように申し上げました。そのときの言葉通りではなかったのは国にとって福であります」と言った。

【補足】司(し)馬(ば)衷(ちゅう)の皇太子になった司(し)馬(ば)遹(いつ)は司(し)馬(ば)炎(えん)が期待をかけた孫［→通鑑289-05の一］。ただ、司馬衷の正妻である賈(か)皇(こう)后(ごう)の子ではないことから、厳しい未来が待っているであろうことは容易に予想できる。司馬衷が愚かであることを正しく司馬炎に伝えていた和(わ)嶠(きょう)は厳しい問いをとりあえずうまく切り抜けた。権力者に誠実に仕えるのは難しく、荀(じゅん)勖(きょく)のようにおべんちゃらを得意とする者の方が生きやすいのは、いつの時代のどのような組織でもほぼ共通することなのだろう。

【訳文】

［290-08］冬、十月辛(しん)酉(ゆう)、石(せき)鑒(かん)を太(たい)尉(い)に、隴(ろう)西(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)泰(たい)を司(し)空(くう)にした。

［290-09］劉(りゅう)淵(えん)を建(けん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)ならびに匈(きょう)奴(ど)五(ご)部(ぶ)大(だい)都(と)督(とく)にした。

【補足】匈(きょう)奴(ど)の劉(りゅう)淵(えん)は順調に昇進して、匈奴の五部全体を指揮することになった。

【訳文】

［291-01］元(げん)康(こう)元年、春、正月乙(いつ)酉(ゆう)朔(さく)、永(えい)平(へい)に改元した。

【補足】この年は二度改元していて、永(えい)平(へい)から後にまた元(げん)康(こう)に改元している。

【訳文】

［291-02の一］かつて賈(か)皇(こう)后(ごう)が太(たい)子(し)妃(ひ)であったときに、嫉妬心から自ら数人を殺害したり、また妊娠した女に戟(ほこ)を投げつけ、その刃によって子が堕ちたりした。武(ぶ)帝(てい)はひどく怒り、（都の北西にある）金(きん)墉(よう)城(じょう)を修理し、賈妃を廃してそこに押し込めようとした。荀(じゅん)勖(きょく)、馮(ふう)紞(たん)、楊(よう)珧(とう)、充(じゅう)華(か)、趙(ちょう)粲(さん)がともに手段を尽くして救い、「賈妃はまだ年若く、嫉妬は婦人の常の情であります。長じれば次第に治るでありましょう」と武帝に言った。楊(よう)皇(こう)后(ごう)は、「賈(か)充(じゅう)は国家に大きな功績がありました。賈妃はまさしくその娘です。たとえまた嫉妬心を起こしたとしても、賈充のかつての徳を忘れてよいものではありません」と言った。これによって賈妃は廃せられずにすんだ。それからは楊皇后はしばしば賈妃を厳しく戒めた。賈妃は楊皇后が助けてくれたことを知らなかったので、かえって楊皇后が自分の事を武帝に悪く言っていると考え、楊皇后のことを恨むようになった。

新皇帝が即位してからは、賈皇后は婦人の道をもって楊皇太后に仕えることをしなかった。また、賈皇后は政事に関わりたいと思ったのだが、太(たい)傅(ふ)の楊(よう)駿(しゅん)によって抑えつけられた。殿(でん)中(ちゅう)中(ちゅう)郎(ろう)の孟(もう)観(かん)や李(り)肇(けい)は楊駿から軽く扱われていたので、陰で楊駿について、「国家を危うくしようとしている」と言って陥れようとした。黄(こう)門(もん)［宦(かん)官(がん)］の董(とう)猛(もう)はかねてから東(とう)宮(ぐう)［皇太子のいるところ］に仕えていて寺(じ)人(じん)監(かん)になった。賈皇后は密かに董猛、孟観、李肇を使って、楊駿を誅殺し、楊皇太后を廃しようと謀った。それで、李肇を使って汝(じょ)南(なん)王(おう)の司(し)馬(ば)亮(りょう)に兵士を挙げて楊駿を討つようにと告げた。司馬亮はそれはできないと断った。李肇は都(と)督(とく)荊(けい)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)の楚(そ)王(おう)の司(し)馬(ば)瑋(い)に話を持って行くと、司馬瑋は喜んで許諾した。

司馬瑋は入朝することを求めた。楊駿は前から司馬瑋が勇(ゆう)鋭(えい)［勇ましくて強い］であるのを憚り、司馬瑋を呼び寄せ（て利用し）たいと思いながらもまだそうしないでいたので、入朝を求めてきたのを聴(ゆる)すことにした。二月癸(き)酉(ゆう)、司馬瑋と都(と)督(とく)揚(よう)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)の淮(わい)南(なん)王(おう)の司(し)馬(ば)允(いん)が都に来た。

【補足】（1）初めに賈(か)妃(ひ)のすさまじい嫉妬ぶりが記されている。権力を掌握して後に敗れた女性は大なり小なり必ずこのように嫉妬狂いであったと描かれるので、全てを事実として信用する必要はないだろう。昔の歴史家は自ら権力を振るおうとした女性がいると、何としてでもこき下ろさなければならないという使命感に燃えたかのようだ。歴史家が賈皇后の印象を悪くするために筆を盛ったとみなして、そのような部分を除外して読み直すと、賈皇后は愚かな皇帝を一貫して守り抜こうと独り奮闘していたと解釈することも可能である。外戚の専横を排除して皇帝の権限を守ろうとする行為は、しばしば歴史家が称賛するところなのだが、賈皇后に対してはなぜか一切の賛辞はない。

（2）外戚の楊(よう)駿(しゅん)は皇帝直属の軍隊の指揮権を握っていたので、賈皇后はそれに対抗するために皇族を都に呼び寄せようとした。晋(しん)朝(ちょう)の始まりから国を守るために皇族を各地に封建して武力を保有させていた。慎重な司(し)馬(ば)亮(りょう)［→通鑑290-06の二］は賈皇后の呼びかけに応じなかったが、司(し)馬(ば)瑋(い)は喜び勇んで都に乗り込んできた。司馬瑋は皇帝の異母弟で、勇敢だが軽はずみなところがあったようだ。楊駿はそのような司馬瑋を利用したいと思ってもいたので、都にくることを許したのだが、その判断はどうであったのか。

【訳文】

［291-02の二］三月辛(しん)卯(ぼう)、孟(もう)観(かん)と李(り)肇(けい)が皇帝に楊(よう)駿(しゅん)は謀反を起こそうとしていると告げた。夜の間に詔(みことのり)を作り、内外に厳戒態勢を取らせ、使者を派遣して楊駿を廃して家に退去するよう命じるとした。また、東(とん)安(あん)公(こう)の司(し)馬(ば)繇(よう)に殿中の兵士四百人を率いて楊駿を討たせ、楚(そ)王(おう)の司(し)馬(ば)瑋(い)を司(し)馬(ば)門(もん)に駐屯させるとともに、淮(わい)南(なん)王(おう)の大臣である劉(りゅう)頌(しょう)を三(さん)公(こう)尚(しょう)書(しょ)にして殿中を護衛させるとした。（楊駿の甥である）段(だん)広(こう)は跪(ひざまず)いて皇帝に、「楊駿は子のいない独り者です。謀反を起こす理由がありません。どうか詳しくお調べください」と言ったが、皇帝は答えなかった。

このとき楊駿はかつての（魏(ぎ)の）曹(そう)爽(そう)の官署にいた。それは武器倉庫の南にあった。楊駿は宮中内の異変を聞くと、官員たちを呼んで協議した。太(たい)傅(ふ)主(しゅ)簿(ぼ)の朱(しゅ)振(しん)は楊駿に説いた。「宮中内での変事はおよそ察しがつきます。これはきっと宦官たちが賈(か)皇(こう)后(ごう)のために謀ったものであって、公(こう)［楊駿］のためにはよろしくないことでありましょう。雲(うん)竜(りゅう)門(もん)を焼いてその連中たちを脅し、首謀者を探し出すべきです。また、万(ばん)春(しゅん)門(もん)を開いて、東宮および外営の兵士を指揮して皇太子を擁して宮中に入り、奸人どもを捕らえるべきでありましょう。宮中の連中は恐れおののいて、きっと首謀者を斬って送ってくるでしょう。そのようにしなければ、この難は逃れられません」。楊駿はもとより臆病であったので、決断できなかった。楊駿は、「雲竜門は魏(ぎ)の明(めい)帝(てい)が造ったもので、その労力と費用は莫大であった。どうしてそれを焼けようか」と言った。侍(じ)中(ちゅう)の傅(ふ)祗(し)は楊駿に、「尚(しょう)書(しょ)の武(ぶ)茂(も)とともに宮中の様子を見てきます」と言い、群僚に向かって、「宮中を空(から)にしておくわけにはいかないだろう」と声を掛け、楊駿に会釈をして階段を下った［つまり楊駿を見捨てた］。人々はさっと走り去り、それでも武茂はまだ坐っていたので、傅祗は振り返り、「貴君は天子の臣ではないのか。宮中の内と外が隔絶して国家の行く末がわからないいまのこのときに、安閑と坐っていてどうするのか」と言った。武茂は驚いて起った。

楊駿の一派の左(さ)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の劉(りゅう)予(よ)は兵士を連れて門のところにいた。劉予は右(ゆう)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の裴(はい)頠(き)に遇うと、太(たい)傅(ふ)［楊駿］の所在を尋ねた。裴頠は紿(あざむ)いて言った。「さっき、公(こう)［楊駿］が車に乗り、二人を従えて、西(せい)掖(えき)門(もん)から西に出て行くのに出会ったところだ」。劉予は、「ならば私はどこに行ったらよいのだろうか」と言うと、裴頠は、「廷(てい)尉(い)［不正を糾す部署］のところに行くのがよいだろう」と言ったので、劉予は（事は去ったと判断して）兵士を置いて立ち去った。

次いで詔が出され、裴頠を劉予に代えて左軍将軍にして、万春門を守らせた。裴頠は裴(はい)秀(しゅう)の子である。

楊(よう)皇(こう)太(たい)后(ごう)は絹に字を書いて城外に垂らした。そこには「太傅［楊駿］を救う者に賞を与える」とあった。一方、賈(か)皇后(こうごう)は楊皇太后もまた叛(そむ)いたと宣言した。次いで殿中の兵を出して、楊駿のいる官署を焼き、また閣上に弩(ど)士(し)［弓の射手］を並べて楊駿の居場所に向けて矢を射させた。楊駿の兵士は中から出ることができず、楊駿は馬の厩舎に逃れ、ついには殺された。

孟観らは楊駿の弟の楊(よう)珧(とう)や楊(よう)済(せい)、張(ちょう)劭(しょう)、李(り)斌(ひん)、段(だん)広(こう)、劉予、武(ぶ)茂(も)、および散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)の楊(よう)邈(ばく)、中(ちゅう)書(しょ)令(れい)の蒋(しょう)俊(しゅん)、東(とう)夷(い)校(こう)尉(い)の文(ぶん)鴦(おう)らを捕らえ、全て三族を夷(たいら)げた。死者は数千人に及んだ。

楊珧は刑に臨んで東(とう)安(あん)公(こう)の司(し)馬(ば)繇(よう)に言った。「私が書いた文書が石(せき)函(かん)の中にあるはずです。張(ちょう)華(か)殿にどうか尋ねてください」。人々は鐘(しょう)毓(いく)の前例に倣って審理すべきだと言ったが、司馬繇は聴かなかった。また賈氏の一族の者たちも楊珧に対する刑の執行を促した。楊珧は叫び続け、刑の執行人は刀でその頭を破った。

司馬繇は諸(しょ)葛(かつ)誕(たん)の外孫で、もとから文鴦を嫌っていたので、楊駿の一党の者を誣(ぶ)告(こく)して誅殺した。その夜の誅賞の命令は司馬繇から出され、大いに威勢を振るった。王(おう)戎(じゅう)は司馬繇に、「大事の後には権勢から遠く離れるのがよろしいでしょう」と言ったが、司馬繇はそれに従わなかった。

【補足】（1）宮廷内の武力闘争で勝敗を分けるのは兵士をどれだけすばやく動かせるかにかかっているようだ。そのためには命令系統がしっかりしていなければならない。賈(か)皇(こう)后(ごう)と司(し)馬(ば)瑋(い)ら皇族たちの側は皇帝を内に抱え込んだので、詔(みことのり)をもって人々を動かすことができた。一方で、楊(よう)駿(しゅん)と楊(よう)皇(こう)太(たい)后(ごう)の側は禁軍の指揮権も含めて主要な権限を握っていたのにもかかわらず、楊駿が優柔不断であったためにせっかくの命令系統を迅速に機能させることができずに敗れた。朱(しゅ)振(しん)が言う通りに、皇太子を擁してすばやく反撃していたら結果は変わっていたのかもしれない。

（2）楊(よう)珧(とう)の命乞いは見苦しい。楊珧は楊皇太后がかつて皇后になったときに一門の将来を危惧し、何かあったときにも自分には罪が及ばないようにしてほしいと司(し)馬(ば)炎(えん)に願い、その証拠となる文書が残されていた［→通鑑276-07］。鐘(しょう)毓(いく)の前例とは、鐘毓は鐘(しょう)会(かい)の兄で、弟が要注意人物であることをかねてから司(し)馬(ば)昭(しょう)に忠告していた。そのことから、鐘会が謀反を起こして誅殺された後に、すでに故人となっていた鐘毓の家には累が及ばなかった［→通鑑264-01の四］。楊珧と鐘毓では決定的な違いがあり、鐘毓が賢者で自身の振る舞いにおいて落ち度がなかったのに対して、楊珧は「三(さん)楊(よう)」の一人として多くの害毒を流していた［→通鑑281-01］。

（3）終わりところで、司(し)馬(ば)繇(よう)に関して予言めいたことが記されている。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』はこのような筆法を非常に好み、読者はここからは司馬繇に注意を払いつつ読み進めることになる。なお司馬繇の名は通鑑289-05の一で皇族の名を列挙したところにあった。たくさんいる皇族の一人一人の動きをフォローするのはなかなかやっかいである。

【訳文】

［291-02の三］壬(じん)辰(しん)、天下に赦令を下し、（元(げん)康(こう)に）改元した。

賈(か)皇(こう)后(ごう)は詔(みことのり)を矯(でっちあげ)げ、後(こう)軍(ぐん)将(しょう)軍(ぐん)の荀(じゅん)悝(かい)を使って楊(よう)皇(こう)太(たい)后(ごう)を永(えい)寧(ねい)宮(きゅう)に送り出した。皇太后の母の高(こう)都(と)君(くん)の龐(ほう)氏［楊(よう)駿(しゅん)の妻］の生命は特に保全して皇太后とともに居ることを許した。次いで、賈皇后は群公を動かし、有(ゆう)司(し)［当該部署］が次のように奏上した。「皇太后は密かに奸(かん)謀(ぼう)を錬(ね)り、国を危うくさせ、矢に文書を繋いで将士を募集しました。これは悪事を為して、天の正しい定めを自ら絶つものでありました。かつて魯(ろ)侯(こう)は母である文(ぶん)姜(きょう)と絶縁しましたが、（孔(こう)子(し)が編んだ史書の）『春(しゅん)秋(じゅう)』において、文姜が国に大悪を為したことをもって魯侯の行為を容認しました。陛下がやむをえない思いから皇太后を赦そうとされても、祖(そ)宗(そう)を祀り続け、至(し)公(こう)をもって天下を治めるためには、臣下としてはその詔(みことのり)を奉じるわけにはいかないのであります」。詔が下され、「これは重大な事であるのでさらに詳しく議論せよ」。有司はまた奏上した。「皇太后を廃して峻(しゅん)陽(よう)の庶(しょ)人(じん)としますように」。これに対して中(ちゅう)書(しょ)監(かん)の張(ちょう)華(か)が次のように提議した。「皇太后は先帝のときに罪を得たわけではなく、その親類の一党となって、聖世の母としてふさわしくないことをしたのであります。漢(かん)の時代に趙(ちょう)太(たい)后(こう)を廃して孝(こう)成(せい)后(こう)とした故事に倣って、皇太后の号から落として武(ぶ)皇(こう)后(ごう)と称するようにして、別の宮殿に移し、（罪があったことを明らかにするとともに）これまでの恩を無にすることなく全うするのがよろしいでしょう」。左(さ)僕(ぼく)射(や)の荀(じゅん)�ﾄ(がい)と太(たい)子(し)少(しょう)師(し)の下(か)邳(ひ)王(おう)の司(し)馬(ば)晃(こう)らは次のように提議した。「皇太后は国家を危うくすることを謀ったので、先帝の后(きさき)とするわけにはいきません。尊号を去って、金(きん)墉(よう)城(じょう)に置くべきであります」。かくて有司は司馬晃らの提議に従って皇太后を廃して庶人にするよう奏上した。詔が下され、「可」とされた。

有司はまた奏上した。「楊駿は乱を起こし、一族は誅殺すべきとなりましたが、詔をもってその妻の龐氏の命を赦しましたのは、皇太后様のお心を慰めるためでありました。いま皇太后を廃して庶人としますので、龐氏を廷(てい)尉(い)に付して刑を行うことを願います」。詔をもってそれは許さないとした。有司はまた固く願ったので、皇帝はそれに従った。龐氏は刑に臨み、皇太后は母を抱きかかえて号叫し、髪を切って地に額づいて、賈皇后のもとで召使となることで母の命を助けたいとの文書を出した。それは顧みられることがなかった。

その後で、（隠者の）董(とう)養(よう)が太(たい)学(がく)［都の学問所］を訪れ、堂に上がって嘆息し、「朝廷はこの堂を建てたのは、一体何をするためなのか。これまでに国家が出した赦(しゃ)書(しょ)を見ると、謀反の大逆であっても赦されている。ただし、祖父母や父母を殺した場合には赦されていない。それは王(おう)法(ほう)［国の根本法規］の容認できないところだからだ。公(こう)卿(けい)が寄り集まって議論し、経典を引いて文章を作っていながら、どうしてこのようなこと［皇太后を廃して龐氏を処刑したこと］になったのか。これでは天の理(ことわり)も人の理(ことわり)もすでに滅んだようなもの。大乱が間もなく起こるであろう」と言った。

【補足】（1）最初に「賈(か)皇(こう)后(ごう)が詔(みことのり)を矯(でっちあげ)た」とあるのは、歴史家がわざわざ「矯」の一字を加えて賈皇后の印象を悪くしたもの。楊(よう)駿(しゅん)が権力を掌握していたときの詔だって、程度の差はあっても矯(でっちあげ)だったのは間違いない。

（2）宮廷内武力闘争の後の敗者に対する処分は過酷であった。特に楊(よう)皇(こう)太(たい)后(ごう)とその母の扱いは尋常でなく、その全責任は賈(か)皇(こう)后(ごう)にあったとされている。この点においては賈皇后は確かに批難されてしかるべきであろう。ただし、より問題なのは皇帝［司(し)馬(ば)衷(ちゅう)］の意思が全く働いていないことだ。楊皇太后や楊駿の側に立つと、朱(しゅ)振(しん)が言ったように、聡明と見られる司(し)馬(ば)遹(いつ)を擁して、愚かな皇帝とともに賈皇后を廃する挙に及んでいたならあるいは新時代を開くことができたのかもしれない。

（2）隠者の董(とう)養(よう)の言葉は『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』好みの予言である。国に対する反逆罪であっても赦されることはあるけれども、決して赦されることのない祖父母や父母を殺害する罪を犯す者が皇后の地位にあるようでは、もはや国は亡ぶしかないと言っている。それは単純に賈皇后の行為が国の滅亡と直結するということではなくて、国が亡びに向かいつつあるからこそ賈皇后のような人物が権力を恣にする状況が生まれたということであるのだろう。このあたりのことについて王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』において次のように記している。「恵(けい)帝(てい)［司馬衷］が愚かであるのは古今に匹敵する者がいない。だから晋(しん)は亡んだ。唐(とう)の順(じゅん)宗(そう)も宋(そう)の光(こう)宗(そう)も恵帝よりさほど優っていたとはいえないのだが、そのときにはまだしも国を支えようとする人物がいた。晋朝には、司(し)馬(ば)攸(ゆう)や傅(ふ)咸(かん)、劉(りゅう)毅(き)、張(ちょう)華(か)といった者がいたけれどいずれも国家の危急を救えるほどの力量はなく、逆に荀(じゅん)勗(きょく)、馮(ふう)紞(たん)、賈(か)謐(ひつ)、楊(よう)駿(しゅん)といったろくでもない連中がどっさりいた。晋の朝廷にはこれといった人物は一人もいなかったといっても言い過ぎではなく、それは魏(ぎ)の終わりから順次形成されてきた風潮によるものであった。晋の人士は驕(きょう)淫(いん)愞(だ)靡(び)［いばり坊の弱虫］で名(め)教(きょう)毀(き)裂(れつ)［口ではご立派なことを言ってすることは真逆］の者ばかりで、国家の基礎を固める大方針や自身の身を立てる基本理念などは考えることもなく、国の存亡にきちんと向き合おうともしなかったので、そこそこまともな皇帝がいたとしても長く世を保つのは不可能で、まして愚かな恵帝ではどうにもならなかったのである。『天(てん)人(にん)の理(り)すでに滅び、大乱まさに作(おこ)らんとする』と、董養が言ったのはまことにその通りであったのだ」

【訳文】

［291-02の四］有(ゆう)司(し)は楊(よう)駿(しゅん)の部下であった官員の全てを誅殺しようとした。侍(じ)中(ちゅう)の傅(ふ)祗(し)が、「昔、魯(ろ)芝(し)は曹(そう)爽(そう)の司(し)馬(ば)でありました。（そのころに魏(ぎ)朝(ちょう)における主導権争いを曹爽と繰り広げていた司(し)馬(ば)懿(い)は、曹爽が郊外に出た隙に乗じて軍を動かして皇城を包囲した。そのときに）魯芝は（残っていた兵士を率いて）門を破って曹爽のもとに走りました（そして、反撃する作戦を提案したが、曹爽はそれに従わなかったので破滅した）。しかし、宣(せん)帝(てい)［司馬懿］は（魯芝の節義を認めて）青(せい)州(しゅう)刺(し)史(し)として用いました。このような前例もありますから、楊駿の官署にいた者であっても全員に罪を加えるべきではありません」と申し出た。詔(みことのり)をもって人々を赦した。

壬(じん)寅(いん)、汝(じょ)南(なん)王(おう)の司(し)馬(ば)亮(りょう)を呼んで太(たい)宰(さい)にして、太(たい)保(ほう)の衛(えい)瓘(かん)とともに尚(しょう)書(しょ)省(しょう)の事を行って、国政を補佐するとした。また、秦(しん)王(おう)の司(し)馬(ば)柬(かん)を大(だい)将(しょう)軍(ぐん)に、東(とう)平(へい)王(おう)の司(し)馬(ば)楙(ぼう)を撫(ぶ)軍(ぐん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)にし、楚(そ)王(おう)の司(し)馬(ば)瑋(い)を衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)にして北(ほく)軍(ぐん)中(ちゅう)候(こう)を指揮させ、下(か)邳(ひ)王(おう)の司(し)馬(ば)晃(こう)を尚(しょう)書(しょ)令(れい)に、東(とう)安(あん)公(こう)の司(し)馬(ば)繇(よう)を尚(しょう)書(しょ)左(さ)僕(ぼく)射(や)にして公(こう)から王に爵位を進めた。司馬楙は司(し)馬(ば)望(ぼう)の子である。董(とう)猛(もう)を武(ぶ)安(あん)侯(こう)に封(ほう)じ、その三人の兄は亭(てい)侯(こう)になった。

司馬亮は衆人の心を喜ばせようと、楊駿を誅した功績を論じて千八十一人の将士を侯(こう)にしようとした。御(ぎょ)史(し)中(ちゅう)丞(じょう)の傅(ふ)咸(かん)が司馬亮に手紙で、「いま封賞をぎらぎらと天地を揺らがすばかりに輝かせようとしているのは古(いにしえ)からかつてなかったことであります。大して功績がないのに厚い賞を獲られるのであれば、人は何か国に禍(わざわい)が生じるのを楽しみとするようになるでありましょう。その禍はいずれ無限に大きくなっていくでありましょう。このようなことが始まったのは東安公［司馬繇］様からです。人々は、『殿下［司馬亮］が朝廷に来られたなら、きっとこうしたことは正されるに違いない』と考えていました。正しい道理によって正すなら人々が怒ることはありません。衆人が怒るのは不公平があるときです。いま殿下は賞を倍に増やされましたので、皆が失望しております」と書いた。

司馬亮は思うがままに権勢を振るったので、傅咸がまた諫めた。「楊駿は皇帝を凌ぐばかりに威を振るい、親戚に権限を委ねたことから、天下に騒動を引き起こしました。いま重んじるべきは、この失敗の逆をすることで、つまり、静かに思案し、問題が生じたときにもそれを維持して、特別に大きな事でなければ物事が乱れないように抑えておくのです。近頃、貴公の門を過ったところ、多数の車馬が道を塞いでおりました。このように人々が集まることはやめにするのがよろしいでしょう。また、夏(か)侯(こう)駿(しゅん)殿は何ら功績がないのににわかに少(しょう)府(ふ)に抜擢され、人々は『夏侯駿殿は公の姻戚であるからこうなったのだ』と言い合っています。そのようなことが四方に流れ聞かれるのは公にとって益にはならないでしょう」。司馬亮は全て聞き入れなかった。

賈(か)皇(こう)后(ごう)の族(ぞく)兄(けい)［一族のなかでいとこの世代］の車(しゃ)騎(き)司(し)馬(ば)の賈(か)模(ぼ)、従(じゅう)舅(しゅう)［母方のいとこ］の右(ゆう)衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)の郭(かく)彰(しょう)、妹の子の賈(か)謐(ひつ)、それに楚王の司馬瑋、東安王の司馬繇が国政に預かった。

【補足】ここの記事からだけも、乱後の政権が前途多難であることが読み取れるであろう。皇族が要職に名を連ね、一方で賈(か)皇(こう)后(ごう)の親族も入り込んで、きちんとした針路を見定める舵取り役はいない。賈(か)謐(ひつ)は、賈(か)充(じゅう)の死後ににわかに後継者として立てられた韓(かん)謐(ひつ)である［→通鑑282-02］。

【訳文】

［291-02の五］賈(か)皇(こう)后(ごう)は次第に横暴の度合いを強めたので、司(し)馬(ば)繇(よう)は密かに皇后を廃することを謀った。賈氏は司馬繇の動きを警戒した。司馬繇の兄の東(とう)武(ぶ)公(こう)の司(し)馬(ば)澹(たん)は前から弟との仲が悪く、しばしば弟のことを太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)亮(りょう)に向かって、「弟は誅賞を勝手に執り行い、朝政を独占しようとしています」と譖(そし)った。詔(みことのり)が下され、司馬繇を免官にした。さらに暴言があったことをもって爵位を剥奪して遠く帯(たい)方(ほう)郡(ぐん)に流した。

ここにおいて賈(か)謐(ひつ)と郭(かく)彰(しょう)の権勢がいよいよ盛んになり、賓客がその門に溢れた。賈謐は驕(きょう)奢(しゃ)であったけれども学問を好み、士(し)大(たい)夫(ふ)を喜んで迎えた。郭彰、石(せき)崇(すう)、陸(りく)機(き)、陸機の弟の陸(りく)雲(うん)、和(わ)郁(いく)と滎(けい)陽(よう)の潘(はん)岳(がく)、清(せい)河(が)の崔(さい)基(き)、勃(ぼつ)海(かい)の欧(おう)陽(よう)建(けん)、蘭(らん)陵(りょう)の繆(びゅう)徴(ちょう)、京(けい)兆(ちょう)の杜(と)斌(ひん)、摯(し)虞(ぐ)、琅(ろう)邪(や)の諸(しょ)葛(かつ)詮(せん)、弘(こう)農(のう)の王(おう)粋(すい)、襄(じょう)城(じょう)の杜(と)育(いく)、南(なん)陽(よう)の鄒(すう)捷(しょう)、斉(せい)国(こく)の左(さ)思(し)、沛(はい)国(こく)の劉(りゅう)瑰(かい)、周(しゅう)恢(かい)、安(あん)平(ぺい)の牽(けん)秀(しゅう)、穎(えい)川(せん)の陳(ちん)眕(しん)、高(こう)陽(よう)の許(きょ)猛(もう)、彭(ほう)城(じょう)の劉(りゅう)訥(とつ)、中(ちゅう)山(ざん)の劉(りゅう)輿(よ)、劉輿の弟の劉(りゅう)琨(こん)はいずれも賈謐のもとに集まり、「二(に)十(じゅう)四(し)友(ゆう)」と号した。和郁は和(わ)嶠(きょう)の弟である。石崇と潘岳は賈謐に最も諂(へつら)い仕え、いつも賈謐と広(こう)城(じょう)君(くん)の郭(かく)槐(かい)［賈謐を後継者に選んだ賈(か)充(じゅう)の妻］が外出するのに従い、車が走る路の左に降りて、車の立てる塵を浴びながら拝礼した。

【補足】（1）早くも政権内に亀裂が走り、司(し)馬(ば)繇(よう)が追放された。司馬繇はこれで消えたわけではなく、また出てくることになる。

（2）賈(か)謐(ひつ)のもとに集まった「二(に)十(じゅう)四(し)友(ゆう)」には当時の有名人が多く、後世に大きな影響を与えた文学作品を作った者もいる。ここでは潘(はん)岳(がく)についてだけ補足しておこう。潘岳は大変なイケメンで、町に出るとたちまち多数の女性に囲まれたという。その美貌にふさわしい美しい詩文を作り、妻の死を嘆いた『悼(とう)亡(ぼう)』の詩は一見すると極めて感動的である。それは、人格の高下と作品の高下は無関係であるという最もよい事例として知られている。潘岳の品性を端的に示すのがここに記されている諂(へつら)い方で、これより「後(こう)塵(じん)を拝(はい)す」の慣用句が生まれた。このころ潘岳は45歳を超え、いい年齢のおじさんが道にはいつくばって塵を浴びて喜んでいるのを見て、かつてイケメンぶりにきゃあきゃあ言っていた女性たちもさぞやげんなりしたであろう。

【訳文】

［291-03の一］太(たい)宰(さい)の司(し)馬(ば)亮(りょう)と太(たい)保(ほう)の衛(えい)瓘(かん)は、楚(そ)王(おう)の司(し)馬(ば)瑋(い)が剛(ごう)愎(ふく)［我が強く人と同調しない］で誅殺を好むのを嫌い、その兵権を奪おうと、臨(りん)海(かい)侯(こう)の裴(はい)楷(かい)を司馬瑋に代えて北(ほく)軍(ぐん)中(ちゅう)候(こう)にしようとした。司馬瑋は怒り、裴楷はそれを聞いて、辞退した。

司馬亮はまた衛瓘と謀り、司馬瑋と諸王を任国に行かせようとした。司馬瑋はますます怒り怨んだ。司馬瑋の長(ちょう)史(し)の公(こう)孫(そん)宏(こう)や舎(しゃ)人(じん)の岐(き)盛(せい)は司馬瑋に可愛がられていて、賈(か)皇(こう)后(ごう)に接近するよう司馬瑋に勧めた。賈皇后は司馬瑋に太(たい)子(し)太(たい)傅(ふ)を兼務させて都に留めた。岐盛はもとは楊(よう)駿(しゅん)と親密であったので、衛瓘はその節操のないのを嫌って、捕縛しようとした。岐盛は公孫宏と謀り、司馬瑋の意向であると偽って、積(せき)弩(ど)将(しょう)軍(ぐん)の李(り)肇(けい)を動かして、司馬亮と衛瓘が皇帝の廃立を企んでいると、賈皇后に謗(そし)った。賈皇后はもとより衛瓘には恨みがあり、また衛瓘と司馬亮が政治を取り仕切って自分の思い通りにできないのを残念に思っていた。

夏、六月、賈皇后は皇帝の手書きの詔(みことのり)を作って、司馬瑋に与えた。そこには、「司馬亮と衛瓘は漢(かん)の時代の伊(い)尹(いん)や霍(かく)光(こう)のようになろうとしている［朝廷の実権を独占すること］。司馬瑋は朕(ちん)の言葉を人々に告げて、淮(わい)南(なん)王(おう)［司(し)馬(ば)允(いん)］、長(ちょう)沙(さ)王(おう)［司(し)馬(ば)乂(かい)］、成(せい)都(と)王(おう)［司(し)馬(ば)穎(えい)］に宮城の諸門を守らせ、司馬亮と衛瓘を免官にせよ」と書かれていた。夜、黄(こう)門(もん)［宦(かん)官(がん)］がその詔を司馬瑋に授けると、司馬瑋は皇帝に問い直そうとした。黄門は言った。「事が漏れてしまう恐れがあります。それは密かに詔を下された陛下の本意に反します」。司馬瑋にはこの際、私的な怨みを晴らしたいとの思いもあったので、ついに自身が掌握する北軍を動かし、詔を偽って宮中の三十六軍を招集し、「二公［司馬亮と衛瓘］は密かに不軌を図った。私はいま詔を受けて中外の諸軍を全て指揮することになった。宮城の各所で任務に当っている者は厳しく警備をせよ。宮城の外にいる者は直ちに本営に行き、正しい命令に従って逆賊を討つように」と命じた。さらに詔を偽って、「司馬亮と衛瓘の部下の官員に対しては一切問うものではない。皆、職務から離れるように。もしこの詔に従わないのなら、軍法によって罪を問われるであろう」と言った。

司馬瑋は公孫宏と李肇を派遣して、司馬亮のいる官署を兵士で包囲させ、また、侍(じ)中(ちゅう)の清(せい)河(が)王(おう)の司(し)馬(ば)遐(か)に衛瓘を捕らえさせた。

司馬亮のもとにいた李(り)竜(りゅう)は、「外で異変があります。命令を拒絶しましょう」、と言ったが、司馬亮は聴かなかった。にわかに兵士が塀を登って大きな声を挙げた。司馬亮は驚き、「私には二心はないに、どうしてこのようなことになったのか。詔書があれば見せてほしい」と告げた。公孫宏らはそれを許さず、兵士を動かして攻撃した。長(ちょう)史(し)の劉(りゅう)準(じゅん)は司馬亮に言った。「この状況を観るに、これはきっと悪い企みによるものです。ここには多数の勝れ者がいます。いまならまだ戦えます」。司馬亮は聴かずに、李肇によって執らえられた。司馬亮は、「私の赤心(まごころ)は胸を割って天下に示すことができる」と言って、世(せい)子(し)の司(し)馬(ば)矩(く)とともに死んだ。

衛瓘のそばに仕える者は、司馬遐が詔を偽っていると疑い、「いまは命令を拒み、こちらから皇帝に文書を提出し、その返事を待ってから処分に応じても遅くはないでしょう」と言った。衛瓘は聴かなかった。かつて衛瓘が司(し)空(くう)であったとき、部下の栄(えい)晦(かい)に罪があったためにそれを斥けて追放した。ここに至って栄晦は司馬遐に従って衛瓘を捕らえに来て、たちまち衛瓘とその子や孫の九人を殺害した。司馬遐はそれを止めることができなかった。

岐(き)盛(せい)は司馬瑋に、「いまの兵士の勢いでもって、賈(か)氏も郭(かく)氏も誅殺して王室を正し、天下を安らかにすべきです」と説いた。司馬瑋は躊躇して決めることができなかった。

夜が明けて、太(たい)子(し)少(しょう)傅(ふ)の張(ちょう)華(か)が董(とう)猛(もう)を使って賈皇后に次のように説いた。「楚王［司馬瑋］様はすでに二公［司馬亮と衛瓘］を誅殺しました。このままでは、天下の権威は楚王様のもとに帰すことになりましょう。それで陛下は安らかでいられましょうか。勝手に殺害を行った罪で楚王様を誅殺すべきです」。賈皇后はこの際、司馬瑋を除きたいと思って、深く同意した。

このとき騒乱が続いて起こったために、朝廷の人々は恐れ慄き、どうしたらよいのかわからなかった。張華は皇帝に申し出て、殿(でん)中(ちゅう)将(しょう)軍(ぐん)の王(おう)宮(きゅう)に騶(すう)虞(ふ)幡(はん)［旗の名］を持たせ、宮殿の外に出て衆人を招き寄せ、「楚王［司馬瑋］は詔を偽った。その命令を聞いてはならない」と言わせた。人々は武器を捨てて走り、司馬瑋のまわりには誰も残らなかった。司馬瑋はどうしてよいのか困り果て、ついには執えられて廷(てい)尉(い)のもとに送られた。

乙(いつ)丑(ちゅう)、司馬瑋は斬られた。そのとき司馬瑋は懐(ふところ)から青い紙に記された詔を出し、涙を流して、刑の執行の立ち合い人である尚(しょう)書(しょ)の劉(りゅう)頌(しょう)に冤罪であることを示し、「幸いにも先帝から信頼を受けながら、このような無実の罪を受けてしまうとは」と言った。公孫宏、岐盛はともに三族を夷(たいら)げられた。

司馬瑋が起兵したとき、隴(ろう)西(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)泰(たい)は兵士を武装させて司馬瑋を助けようとした。祭(さい)酒(しゅ)の丁(てい)綏(すい)はそれを諌めて、「公は宰相であります。軽々しく動いてはなりません。しかも夜中の混乱状態で様子がわかりません。人を派遣して詳しく実状を見るべきです」と言った。司馬泰はそれで動かなかった。

【補足】宮中内の武力抗争がまた起こり、勝者がたちまち敗者になるという大混乱となった。結果、皇帝を守り抜いた賈(か)皇(こう)后(ごう)が権力を掌握した。

【訳文】

［291-03の二］衛(えい)瓘(かん)の娘が大臣に手紙を記した。「先(せん)公(こう)［衛瓘］の謚(おくりな)がいまもって定められようとしていません。一国のうちに声を挙げる者が誰もなく、暗く塞がれているのを残念に思います。過ちをしたと後世に伝えられるような咎(とが)はどこにあったのでしょうか」。ここにおいて、太(たい)保(ほう)主(しゅ)簿(ぼ)の劉(りゅう)繇(よう)らが黄(こう)幡(はん)［黄色い旗］を持って登(とう)聞(ぶん)鼓(こ)［皇帝に直接請願したい者が叩く太鼓］を打ち、皇帝に次のように申し上げた。「初めに偽りの詔(みことのり)を持った者が参りましたときには、公［衛瓘］を免官にするとだけありましたので、公は大臣のしるしを送って、車に乗ってその命令に従いました。ところが、もとの給(きゅう)使(し)の栄(えい)晦(かい)はすぐさま公の子や孫までも捕らえ、たちまち斬り殺してしまいました。どうか全ての事情を明らかにして、正しい刑罰を加えられますよう願います」。これによって栄晦の一族を誅殺し、司馬亮の爵位をもとに戻して謚を文(ぶん)成(せい)とし、衛瓘を蘭(らん)陵(りょう)郡(ぐん)公(こう)に封(ほう)じて、謚を成(せい)とした。

これより賈(か)皇(こう)后(ごう)が朝廷を支配し、その親族一党に職務を委ね、賈(か)模(ぼ)を散(さん)騎(き)常(じょう)侍(じ)にして侍(じ)中(ちゅう)に加えた。賈(か)謐(ひつ)は賈皇后と相談して、張(ちょう)華(か)が皇族関係者ではなく、皇帝の権限に逼(せま)るようなことはしないし、儒学に基づいて国の計略を立てて衆望を集めてもいるので、国政を委ねようとしたが、なお危惧するところもあって決められずにいた。裴(はい)頠(き)に尋ねると賛同したので、張華を侍(じ)中(ちゅう)中(ちゅう)書(しょ)監(かん)にして、裴頠を侍中にし、安(あん)南(なん)将(しょう)軍(ぐん)の裴(はい)楷(かい)を中(ちゅう)書(しょ)令(れい)にしてやはり侍中に加え、右(ゆう)僕(ぼく)射(や)の王(おう)戎(じゅう)とともに国家の重要事項を職掌させた。張華は帝室のために忠を尽くして、政治の綻びを補った。それで、賈皇后は凶(きょう)険(けん)であったけれども、張華を敬い重んじた。

こうして賈模と張華、裴頠は心を合わせて政治を輔(たす)けた。これより数年間は、上に暗愚な皇帝がいても朝廷の内外は安らかで静かであったのは、張華らの功績によるものであった。

【補足】ようやく朝廷は小康状態を得た。『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』は張(ちょう)華(か)らの功績だとしているが、政治の安定期をもたらしたのは賢人を起用した賈(か)皇(こう)后(ごう)だと見ることも可能であるのだろう。ただし、賈皇后には大局的な展望はなく、この数年間を国のために有効に活用することはなかった。だから、『資治通鑑』も、「張華は政治の綻びを補った」としか書いていない。ここで『資治通鑑』はわざわざ「賈皇后は凶(きょう)険(けん)であった」と書き添え、読者が万が一にも賈皇后の評価を（訳者のように）誤らないよう手引きしている。『資治通鑑』は、通鑑271-16で賈(か)充(じゅう)の娘には五つの難点があると記してから、要所要所で賈皇后に対して悪い印象を読む人に与えるよう仕込んできていた。『資治通鑑』の個々の記述は史料として使った『晋(しん)書(じょ)』を引き写しているだけなのだが、その使い方が実に巧妙で、稀代の悪女としての賈皇后のイメージを読者に植え付けることにかなりの程度成功していて、ここでさらに念には念を入れているのである。

【訳文】

［291-04］秋、七月、荊(けい)州(しゅう)、揚(よう)州(しゅう)から十郡を分けて江(こう)州(しゅう)とした。

［291-05］八月辛(しん)未(び)、隴(りょう)西(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)泰(たい)の世(せい)子(し)の司(し)馬(ば)越(えつ)を東(とう)海(かい)王(おう)にした。

［291-06］九月甲(こう)午(ご)、秦(しん)献(けん)王(おう)の司(し)馬(ば)柬(かん)が死んだ。

［291-07］辛(しん)丑(ちゅう)、征(せい)西(せい)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の梁(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)を都に呼んで衛(えい)将(しょう)軍(ぐん)にして尚(しょう)書(しょ)省(しょう)のことに関わらせた。

【訳文】

［292-01］元(げん)康(こう)二年、春、二月己(き)酉(ゆう)、もとの楊(よう)皇(こう)太(たい)后(ごう)が金(きん)墉(よう)城(じょう)で亡くなった。このとき、皇太后に仕える者が十人余りいたのだが、賈(か)皇(こう)后(ごう)はその全て奪い取り、楊皇太后は食事を絶たれて八日で死んだのだった。賈皇后は、皇太后の亡霊が出ることや、先帝に冤罪であると訴えることを恐れ、厳重に埋葬し、様々なまじないの符や薬をその周りに施した。

［292-01］秋、八月壬(じん)子(し)、天下に赦令を出した。

【訳文】

［293-01］元(げん)康(こう)三年、夏、六月、弘(こう)農(のう)で雹が降り、三尺も積もった。

［293-02］鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の宇(う)文(ぶん)莫(ばく)槐(かい)が部下によって殺され、弟の宇(う)文(ぶん)普(ふ)撥(はつ)が立った。

［293-03］（鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の）拓(たく)跋(ばつ)綽(しゃく)が死んで、息子の拓(たく)跋(ばつ)弗(ふつ)が立った。

【訳文】

［294-01］元(げん)康(こう)四年、春、正月丁(てい)酉(ゆう)、安(あん)昌(しょう)元(げん)公(こう)の石(せき)鑒(かん)が死んだ。

［294-02］夏、五月、匈(きょう)奴(ど)の郝(かく)散(さん)が叛(そむ)き、上(じょう)党(とう)を攻めて長(ちょう)吏(り)を殺した。秋、八月、郝散は人々を連れて降参したので、馮(ひょう)翊(よく)郡(ぐん)の都(と)尉(い)はそれを殺した。

［294-03］この年、大きな飢饉があった。

［294-04］司(し)隸(れい)校(こう)尉(い)の傅(ふ)咸(かん)が死んだ。傅咸は強く大柄な人間で、厳しく整った風格があった。司隸校尉になったときに、「賄賂が蔓延していますので、この風潮を絶つべきです」と皇帝に言った。そのころ朝政は弛緩し、力のある高官たちは好き放題をしていた。傅咸が河(か)南(なん)の尹(いん)澹(たん)らを免官とするよう奏上したことで、都は肅然とした。

［294-05］慕(ぼ)容(よう)廆(かい)は大(だい)棘(きょく)城(じょう)に居所を移した。

［294-06］拓(たく)跋(ばつ)弗(ふつ)が死に、叔父の拓(たく)跋(ばつ)禄(ろく)官(かん)が立った。

【補足】このころの数年間の『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の記事量はいたって少ない。国政はひとまず安定していたのだろう。ただしそれは大嵐の前の不気味な静けさであって、「永(えい)寧(ねい)以後、ついには天下大乱となった」［→通鑑280-08］と先の予言されていた時期まで残すところ数年となっていた。少ない記事からでも、傅(ふ)咸(かん)が指摘した風紀が弛緩していること、皇族たちが依然として力を持ち続けていること、北方諸民族が活動的であることなど、大乱につながる幾つかの要因に対して抜本的な方策を立てることのないままであったことが読み取れるであろう。加えて自然災害の記録が増えてもいる。

【訳文】

［295-01］元(げん)康(こう)五年、夏、六月、東(とう)海(かい)に雹が降り、深さ五寸に達した。

［295-02］荊(けい)、揚(よう)、兗(えん)、予(よ)、青(せい)、徐(じょ)の六州で洪水があった。

［295-03］冬、十月、武庫で火事があり、代々伝えられてきた宝や二百万人分の武器が燃えた。十二月丙(へい)戌(じゅつ)、新たに武庫を作り、兵器を大々的に整えた。

［295-04］拓(たく)跋(ばつ)禄(ろく)官(かん)はその国を三部に分けた。一つは上(じょう)谷(こく)の北、濡(だん)源(げん)の西にあって、拓跋禄官自身が統率した。一つは代(だい)郡(ぐん)の三(さん)合(ごう)陂(ひ)の北にあって、兄の拓(たく)跋(ばつ)沙(さ)漠(ばく)汗(かん)の子の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)㐌(た)に統率させ、一つは定(てい)襄(じょう)の盛(せい)楽(らく)のもとの城にあって、拓跋猗㐌の弟の拓(たく)跋(ばつ)猗(い)盧(ろ)に統率させた。拓跋猗盧は兵士をよく用い、西方で匈(きょう)奴(ど)や烏(う)桓(かん)などの諸部を攻撃していつも破った。代(だい)州(しゅう)の人の衛(えい)操(そう)はその従弟の衛(えい)雄(ゆう)や同郡の箕(き)澹(たん)とともに拓跋氏のもとに行き、拓跋猗㐌や拓跋猗盧に晋(しん)の人間を招き入れるように説いた。拓跋猗㐌はその提案を悦び、衛操に国事を任せた。それより晋の人々が次第に集まるようになった。

【補足】ここに重要なことが記されている。北方諸民族の動きは新たな潮目を迎えていた。鮮(せん)卑(ぴ)族(ぞく)の拓(たく)跋(ばつ)氏(し)のもとに晋(しん)の人々が集まるようになり、北方における力関係が逆転してゆくのである。

【訳文】

［296-01］元(げん)康(こう)六年、春、正月、天下に赦令が下された。

［296-02］下(か)邳(ひ)献(けん)王(おう)の司(し)馬(ば)晃(こう)が死んだ。中(ちゅう)書(しょ)監(かん)の張(ちょう)華(か)を司(し)空(くう)にし、太(たい)尉(い)の隴(りょう)西(せい)王(おう)の司(し)馬(ば)泰(たい)を尚(しょう)書(しょ)令(れい)にして、高(こう)密(みつ)王(おう)に封(ほう)じた。

［296-03］夏、匈(きょう)奴(ど)の郝(かく)散(さん)の弟の郝(かく)度(ど)元(げん)とともに、馮(ひょう)翊(よく)から北(ほく)地(ち)に住む馬(ば)蘭(らん)羌(きょう)と盧(ろ)水(すい)胡(こ)［北方諸民族の二つの部族］が叛(そむ)き、北(ほく)地(ち)太(たい)守(しゅ)の張(ちょう)損(そん)を殺し、馮(ひょう)翊(よく)太(たい)守(しゅ)の欧(おう)陽(よう)建(けん)を破った。

征(せい)西(せい)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)の趙(ちょう)王(おう)の司(し)馬(ば)倫(りん)は嬖(へい)人(じん)［お気に入りの部下］の孫(そん)秀(しゅう)の言うことを信じて、雍(よう)州(しゅう)刺(し)史(し)の解(かい)系(けい)と（現在の情勢に関する）軍事的方針で言い争いとなり、互いに朝廷に文書を出し合った。一方で、欧陽建は司馬倫の罪悪を朝廷に告げた。朝廷は司馬倫が関(かん)右(ゆう)の地を混乱させているとして、都に呼び寄せて車(しゃ)騎(き)将(しょう)軍(ぐん)にし、梁(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)を征(せい)西(せい)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)都(と)督(とく)雍(よう)涼(りょう)二(に)州(しゅう)諸(しょ)軍(ぐん)事(じ)にした。解系とその弟の御(ぎょ)史(し)中(ちゅう)丞(じょう)の解(かい)結(けつ)らは孫秀を誅殺して氐(てい)、羌(きょう)の諸族に謝るよう朝廷に申し出た。張(ちょう)華(か)は司馬肜に孫秀を誅殺するよう告げ、司馬肜は許諾した。一方で、孫秀の友人の辛(しん)冉(ぜん)は司馬肜に、「氐や羌は自ら叛いたのであって、孫秀に罪があるわけではありません」と言った。孫秀はこれによって免れた。

司馬倫は洛(らく)陽(よう)に至ると、孫秀の計を用いて、賈(か)氏(し)や郭(かく)氏(し)と深く交わり、賈(か)皇(こう)后(ごう)の信頼を得ることに成功した。司馬倫は尚(しょう)書(しょ)省(しょう)の事に関わることを求め、さらに尚(しょう)書(しょ)令(れい)になることを望んだ。張華と裴(はい)頠(き)はそれはよくないと強く主張した。これによって二人は司馬倫と孫秀に怨まれるようになった。

秋、八月、解系は郝度元と戦って敗れた。これによって秦(しん)州(しゅう)や雍(よう)州(しゅう)の氐や羌の諸族はことごとく叛き、氐の指揮官である斉(せい)万(まん)年(ねん)を皇帝にして、��(けい)陽(よう)を囲んだ。

御(ぎょう)史(し)中(ちゅう)丞(じょう)の周(しゅう)処(しょ)は権威にひるむことなく弾劾をする人物で、かつて梁王の司馬肜に違法な行為があったときに周処は告発していた。冬、十一月、詔(みことのり)を下して、周処を建(けん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)にして、振(しん)威(い)将(しょう)軍(ぐん)の盧(ろ)播(はん)とともに安(あん)西(せい)将(しょう)軍(ぐん)の夏(か)侯(こう)駿(しゅん)の指揮下に入って、斉万年を討つよう命じた。中書令の陳(ちん)準(じゅん)は朝廷で、「夏侯駿や司馬肜は高貴な家柄で、将帥の才能があるわけではなく、これ以上に名声を求める必要もなければ、罪を畏れて退く必要もない方々であります。周処は呉(ご)の人で、忠節で勇敢ではあっても、仇と思う者たちがいて支援する者はいません。積(せき)弩(ど)将(しょう)軍(ぐん)の孟(もう)観(かん)に命じて、精兵一万人を率いて前鋒とするならば、必ず敵を全滅させられるでしょう。そのようにしなければ、司馬肜はきっと周処を先駆として、困難に陥っても助けようとはしないでしょうから、必ずや敗れてしまいます」と言った。朝廷はその意見を聞かなかった。斉万年は周処が来ると聞くと、「周処はかつて新(しん)平(ぺい)太(たい)守(しゅ)であったときには文武の才を発揮していた。もしも周処が自身の判断で行動できるのなら、我らは勝てないだろうが、人によって抑制されているのなら、簡単に禽(とりこ)にできる」と言った。

【補足】匈(きょう)奴(ど)や氐(てい)、羌(きょう)の北方諸民族が晋(しん)に対してあからさまに反抗し始めた。ここに挙がっている馮(ひょう)翊(よく)、雍(よう)州(しゅう)、秦(しん)州(しゅう)、��(けい)陽(よう)はいずれも長(ちょう)安(あん)を取り囲む関(かん)中(ちゅう)の地で、つまり、晋の中心に近いところで火の手が上がったのである。諸民族は斉(せい)万(まん)年(ねん)をリーダーとし、一方で、晋の方は内輪もめを抱えていて、その弱点を斉万年に見透かされていた。

【訳文】

［296-04］関(かん)中(ちゅう)で飢饉となり、疫病がはやった。

［296-05］略(りゃく)陽(よう)の清(せい)水(すい)氐(てい)の楊(よう)駒(く)は始めは仇(きゅう)池(ち)に居住していた。仇池は面積が百頃(けい)ほどで、二十里余りの平地があって、四面を高い山に閉ざされ、蟠(わだかま)る道を三十六回もうねうねと曲がりながら上らなければならないようなところである。楊駒の孫の楊(よう)千(せん)万(まん)に至って魏(ぎ)に付き従い、百(ひゃく)頃(けい)王(おう)に封じられた。楊千万の孫の楊(よう)飛(ひ)竜(りゅう)は次第に強盛になり、略陽に移った。楊飛竜は甥の令(れい)狐(こ)茂(も)捜(そう)を子とした。楊茂捜は斉万年の乱を避けて、部落四千家を率いて、十二月に略陽から仇池に帰還し、自ら輔(ほ)国(こく)将(しょう)軍(ぐん)右(ゆう)賢(けん)王(おう)と号した。関中の人士は乱を避けようと楊茂捜を頼ろうとする者が多くいた。楊茂捜はそのような人々を受け入れて慰撫し、去ろうとする者には物資を与えて送り出した。

［296-06］この年、揚(よう)烈(れつ)将(しょう)軍(ぐん)の趙(ちょう)廞(きん)を益(えき)州(しゅう)刺(し)史(し)にし、梁(りょう)州(しゅう)、益(えき)州(しゅう)の兵士および食糧を発して、雍(よう)州(しゅう)を助けて氐(てい)、羌(きょう)を討とうとした。

【補足】斉(せい)万(まん)年(ねん)が反乱を起こした関(かん)中(ちゅう)は飢饉となって疫病が流行した。氐(てい)といわれる部族は各地に分散し、斉万年に付く者がいる一方で、隔絶した地形のところに移って乱を避ける楊(よう)茂(も)捜(そう)のような者もいた。仇(きゅう)池(ち)は関中の西側の地。晋は蜀(しょく)から兵士を動員して反乱を鎮めようとした。

【訳文】

［297-01］元(げん)康(こう)七年、春、正月、斉(せい)万(まん)年(ねん)は梁(りょう)山(ざん)に拠り、その勢力は七万人であった。梁(りょう)王(おう)の司(し)馬(ば)肜(ゆう)と夏(か)侯(こう)駿(しゅん)は、周(しゅう)処(しょ)に五千の兵を率いて斉(せい)万(まん)年(ねん)を攻撃させようとした。周処は、「軍団を動かしても後に続く者がいないのであれば必ず敗れます。いたずらに身を亡ぼし、しかも国のために恥となってしまいます」と言ったのだが、司馬肜と夏侯駿は聴かずに、周処に行くことを迫った。

癸(き)丑(ちゅう)、周処と盧(ろ)播(はん)、解(かい)系(けい)は六(りく)陌(はく)において斉万年を攻めた。周処の軍士がまだ食事を終えないうちに、司馬肜は速く進むよう促した。周処は夜明けから日暮れまで戦い、非常に多くの敵を斬ったり獲えたりした。弓の弦は切れ、矢は尽きたが、援軍はこなかった。部下は周処に退くよう勧めたが、周処は剣を按じて、「今日は我が節義を尽くして命を終える日なのだ」と言って、力戦して死んだ。

朝廷は司馬肜を咎めはしたが、罪を咎めることはできなかった。

［297-01］秋、七月、雍(よう)州(しゅう)、秦(しん)州(しゅう)は大旱魃となり、疾疫がはやり、米の値が万銭に上がった。

【補足】周(しゅう)処(しょ)は見殺しにされた。国家の大局よりも私怨を晴らすことを優先する皇族が跋扈するようでは、晋(しん)に未来はないのは明らかであろう。内輪揉めを最大の関心事とする傾向はより強まって行く。

【訳文】

［297-03］丁(てい)丑(ちゅう)、京(けい)陵(りょう)元(げん)公(こう)の王(おう)渾(こん)が死んだ。九月、尚(しょう)書(しょ)右(ゆう)僕(ぼく)射(や)の王(おう)戎(じゅう)を司(し)徒(と)に、太(たい)子(し)太(たい)師(し)の何(か)劭(しょう)を尚(しょう)書(しょ)左(さ)僕(ぼく)射(や)にした。

王戎は三(さん)公(こう)［国家のトップスリー］となって、時勢の流れのままに浮沈し、国の政治を匡(きょう)救(きゅう)する［正したり救ったりする］ことなく、仕事は部下に委ねて軽々しく遊び惚けていた。しかも貪欲でしみったれで、天下にたくさんの田園を持っていながら、いつも自分で牙(が)籌(ちゅう)［計算道具］を手に、まるで不足があるかのように昼夜に計算をしていた。王戎の家には好い実を付ける李(すもも)の木があり、その実を売っていた。人がその種を得るのを恐れて、常に錐(きり)で種に穴をあけていた。王戎についてのよい評判はすべてが虚名であった。阮(げん)咸(かん)の子の阮(げん)瞻(せん)が王戎に会ったときに、王戎は、「聖人は名(めい)教(きょう)［人が行うべき正しい教え］を尊び、老(ろう)子(し)や荘(そう)子(じ)は自ずから然(しか)るという理を明らかにした。その主旨は同じであろうか、異なるであろうか」と尋ねた。阮瞻は、「将無同」［同じでないようにしただけです」と答えた。王戎はしばし感嘆し、阮瞻を招聘して官職に就けた。当時の人々は、「三(さん)語(ご)の掾(えん)」［三語で役職を得た者］と言った。

そのときに、尚(しょう)書(しょ)令(れい)の王(おう)衍(えん)や河(か)南(なん)尹(いん)の楽(がく)広(こう)らは清(せい)談(だん)を得意とし、心を俗事の外に置いて、当時の世に名を重んじられた。朝廷に並ぶ人も在野の人もそれを慕って争うにようにして見習った。王衍と弟の王(おう)澄(ちょう)は人物評定を好み、世の人は挙って二人の評価を基準とした。王衍は神(しん)情(じょう)明(めい)秀(しゅう)で、まだ幼いときに山(さん)濤(とう)［竹林の七賢人］は王衍を見て、長く嘆息して、「どのような御婦人がこのような子を生んだのやら。天下の人々を誤らせる者がいるとしたら、この者でないことはないだろう」と言った。

楽広は無欲な人間で、人と争うことがなかった。楽広は談論するごとに、短い言葉でその理を明らかにして、人々の心を満足させた。ただし知らないことについては沈黙した。人を論じるときには先に長所を称え、短所については言わなかったが、それでも自然と明らかになった。

王澄、阮咸、阮咸のいとこの阮(げん)修(しゅう)、泰(たい)山(ざん)の胡(こ)毋(ぼ)輔(ほ)之(し)、陳(ちん)国(こく)の謝(しゃ)鯤(こん)、城(じょう)陽(よう)の王(おう)夷(い)、新(しん)蔡(さい)の畢(ひつ)卓(たく)らは皆は任(にん)放(ほう)［自然の成り行きに任せる］をもって達(たつ)［最高のパフォーマンス］だとして、裸で酔い狂っても少しも悪いとはしなかった。あるとき胡毋輔之が酔いつぶれたのを、その子の胡(こ)毋(ぼ)謙(けん)之(し)が窺い見て、父の字(あざな)を大きな声で叫んで、「彦(げん)国(こく)よ、年老いたなあ、もうだめだとは」と言った。胡毋輔之は笑い、悦んで息子を呼んで一緒に飲んだ。

畢卓が吏(り)部(ぶ)郎(ろう)であったときに、近所の役人の家でよい酒ができあがった。畢卓は酔った勢いで夜にその家の甕(かめ)の間に座り込んで盗み飲んだ。酒作りの職人がそれを捕らえて縛った。朝になって視ると畢卓であることが知れた。楽広はそれを聞いて笑い、「名教の内に自ずと楽しい境地があるというのに、どうしてそこまでしてしまうのか」と言った。

もともと（清談の流行の始まりは魏(ぎ)の時代に）何(か)晏(あん)らは老子や荘子の考えに基づいて議論を展開したことにあった。何晏は、「天地万物は全て無(む)を根本とし、無からものが生まれ働きが生じ、無の往くところに全てが存在する。陰陽の相互関係によって生成作用が生じ、賢者はそれを受けて徳を成す。だから無の作用は何よりも貴いのだ」と言った。王衍らは皆がその説を好んで重んじた。これより朝廷の士(し)大(たい)夫(ふ)は浮(ふ)誕(たん)をもって美として、本来の職務を怠り廃するようになった。裴(はい)頠(き)は『崇(すう)有(ゆう)論(ろん)』を著してその弊害についてこのように述べた。「そもそも（無を重んじることで）利欲を少なくはできるが、有(ゆう)を絶(た)つことはできない。（無を重んじることで）務めるべき事柄を減らすことはできるが、全てをなくせはしない。高踏な議論を飾り立てる者は、有形による累(わずらい)を列挙して、空(くう)無(む)の美点を盛んに連ねる。実体のあるものの累(わずらい)は確かに見えるが、空無の意味するところは検証するのが難しい。巧みな弁舌は人を喜ばせ、まことしやかな言論は人を惑わせる。人々はそれを聞いて目が眩み、その説に溺れてしまう。心の中で納得できないところがあっても、反論の辞を組み立てることができずに屈服させられてしまう。それで虚無の理はまことに計り知れないものがあると思ってしまうのである。一人が唱えて百人が和し、もはやもとに戻ることがなく、ついには世の務めを軽んじ、実益のある仕事を卑しいとして、浮ついた所業を高く評価し、世のためになる賢い行動を低く評価するようになる。人々はそのような風潮に従い、名利もそれも伴うようになって、才覚のある者はその流れに乗った言辞を展開し、拙い者はその考えにただ賛同するようになる。虚無によって論を立てることを『玄(げん)妙(みょう)』と称え、官職に就いても職務に親しまないことを「雅(が)遠(えん)」と称え、身の振る舞い方として節操を棄てることを『曠(こう)達(たつ)』と称えた。こうして自身を磨こうとする姿勢はいよいよ損なわれ、勝手気ままな者が礼の定めに背を向け、外見を整えることを忽(ゆるが)せにし、長幼の序を乱し、貴賤の等級を混乱させ、甚だしくは裸になって野放図に何でもするまでになり、士としての品格を欠くこととなった。そもそも万物の形あるものは無から生じたのだとしても、生じたからには有(ゆう)こそがその本分となるのであって、それを無だとするのは、有を無理やり棄てることになる。すでに有となったものを養うのは、無の作用だけでできるものではない。すでに有となったもろもろのものを修めるのは無為によってできるものではない。心と事物は別物ではあるけれど、事物を制御するのは必ず心による。だから、心が無であってはならない。匠(たくみ)は器物ではない。器物を制御するのは必ず匠である。匠が無であるとはいえない。深い淵にいる魚を取ろうとして、寝転がっていたのではそれは獲られない。高いところの鳥を落とそうとして、じっと腕組みしていたのではできない。そのようなことを思えば、有に対して作用するのは全て有なければならないのである。虚無はすでに有であるところの物に対しては何ら益するところがない」。しかし習俗がすでにできあがっていて、裴頠の議論によっても救うことはできなかった。

【補足】清(せい)談(だん)は始まりにおいては、その根底に反骨精神があったはずなのだが［→通鑑262-04］、晋(しん)の朝廷においては、精神を弛(たる)ませる遊戯と化してしまった。その弛んだ人物の代表例として王(おう)戎(じゅう)のとんでもぶりが記されている。王戎の従弟の王(おう)衍(えん)に対する山(さん)濤(とう)による評価は、ほとんど同じことを羊(よう)祜(こ)も言っていた［→通鑑272-14］。王衍一人に国を誤らせるだけの力があるはずはないが、王衍にはいかにも時代精神の先端を行くような雰囲気があったのだろう。王衍に冠せられた「神(しん)情(じょう)明(めい)秀(しゅう)」の四字熟語はいかにもよさげな印象の文字面であるが、中身はからっぽということなのだろう。

【訳文】

［297-04］拓(たく)跋(ばつ)猗(い)㐌(た)は砂漠の北を巡って西方の諸国を攻略し、五年間で三十余国を従えた。

【補足】拓(たく)跋(ばつ)猗(い)㐌(た)のもとに晋(しん)の人々が集まるようになっていったことを通鑑295-04で見ていた。ここの記事で五年とあるのは、それからの年月よりも少し幅広い時間で事柄の推移を見ているのだろう。王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』で、拓跋猗㐌が台頭してきたことに関連して次のように述べている。「夷(い)狄(てき)［北方諸民族］は朔(さく)漠(ばく)荒(こう)遠(えん)の郷(きょう)［遠く北に離れた荒れた沙漠］で飢寒に耐え、畜牧に勤め、射猟を習い、禽獣と生死を争って生きている。だから、夷狄は麤(そ)�_(こう)悍(かん)庽(れい)［荒く猛々しい］であって、中国の穏やかな気風を圧倒してしまう。その夷狄が中国の中に入ってくると、中国の気風に染まり、もとの荒々しさを失ってしまう。すると、別の夷狄がその虚に乗じて勢いを増すようになる。拓跋氏は中国の中に深く入り込み、中国の礼楽文章を借り、中国の姓を名乗り、中国の民となって、門閥の繁栄を誇るまでになった。すると新たに次の夷狄が同じようにして中国へと進み来るようになり、あたかも続々と蟹が上陸するかのようなありさまで留まるところを知らないのである」

【訳文】

［298-01］元(げん)康(こう)八年、春、三月壬(じん)戌(じゅつ)、天下に赦令を下した。

［298-02］秋、九月、荊(けい)、予(よ)、徐(じょ)、揚(よう)、冀(き)の五州で洪水があった。

［298-03］かつて漢(かん)の時代の終わりに張(ちょう)魯(ろ)が漢(かん)中(ちゅう)にいたときに、（西方民族の一つである）賨(そう)の人間である李(り)氏(し)が巴(は)西(せい)の宕(とう)渠(きょ)から来て張魯のもとに身を寄せた。魏(ぎ)の武(ぶ)帝(てい)［曹(そう)操(そう)］が漢中を打ち破ると、李氏は五百余家を率いて武帝に従い、将軍職を授かり、略(りゃく)陽(よう)の北の地に移り、巴(は)氐(てい)と号した。その孫の李(り)特(とく)、李(り)庠(しょう)、李(り)流(りゅう)はいずれも武に優れ、騎射が巧みで、任侠を重んじたので、周辺の人々は多く李氏に付いた。斉(せい)万(まん)年(ねん)が叛いてから、関(かん)中(ちゅう)ではしきりに飢饉が生じ、（関中の西縁の地である）略陽、天(てん)水(すい)など六郡の民は穀物を求めて移動し、漢(かん)川(せん)方面［つまり漢中］へと入る者が数万家に及んだ。移動中に病気になったり窮乏したりする者がいると、（ともに移動していた）李特兄弟はいつもそのような者を保護して施し物を与えた。これによって李特兄弟は人々の心を得た。流民は漢中に至ると、朝廷に文書を出して巴(は)や蜀(しょく)の地に行って食糧を得て定住したいと願った。朝廷はそれを許さずに、侍(じ)御(ぎょ)史(し)の李(り)苾(ひつ)を派遣し、流民を慰労しつつ監視して剣(けん)閣(かく)の峠を越えて蜀に入らせないようにした。李苾は漢中に至ると、流民から賄賂を受け、朝廷にこのように言った。「流民の十万人余りを漢中一郡ではとても救い賑わすことはできません。蜀には食糧の蓄えがあり、人も大勢いますので、流民には蜀の地で食糧を与えるのがよろしいでしょう」。朝廷はそれに従った。これより流民は梁(りょう)州(しゅう)、益(えき)州(しゅう)に散在するようになり、止めることができなくなった。李特は剣閣に至ると大きく嘆息し、「（もとの蜀(しょく)漢(かん)の皇帝の）劉(りゅう)禅(ぜん)にはこのような地がありながら、面(めん)縛(ばく)して人に降参した。凡庸であったと言うしかない」と言った。それを聞いた者は李特は並みの人間ではないと思った。

［298-04］張(ちょう)華(か)と陳(ちん)準(じゅん)は趙(ちょう)王(おう)［司(し)馬(ば)倫(りん)］、梁(りょう)王(おう)［司(し)馬(ば)肜(よう))］が相次いで関(かん)中(ちゅう)にいながら、雍(よう)容(よう)驕(きょう)貴(き)［ふにゃふにゃでお高くとまっている］で軍を指揮しても何ら功績がないので、孟(もう)観(かん)が沈着で剛毅で文武の才能があることをもって推薦し、斉(せい)万(まん)年(ねん)を討伐させた。孟観は自ら前線に立って大いに戦うこと十回余り、すべてに勝利した。

【補足】（1）斉(せい)万(まん)年(ねん)の反乱［→通鑑296-03］はいろいろな影響を及ぼした。李(り)特(とく)は蜀(しょく)の地に移動し、この後、大きな活躍をする。主役は雍(よう)容(よう)驕(きょう)貴(き)の皇族から北方諸民族へと移っていくのだが、まだしばらくは皇族たちのごちゃごちゃした内輪揉めを見ていかなければならない。

（2）「流民の名は晋(しん)の李特に始まる」と王(おう)夫(ふう)子(し)は『読(どく)通(つ)鑑(がん)論(ろん)』でここの記事に特に着目している。「外から入ってきた流民は、教え導いて農民として定着させて、国ために税を納め賦役に就くような者にすべきである。そのようにしないから盗賊となってますます暴れ狂うようになってしまうのである」と記している。現代社会における流民、難民の問題と全く無縁のことではないであろう。