第1章　712年――杜甫誕生の年

先(せん)天(てん)元年［712年］、杜(と)甫(ほ)1歳。

■資治通鑑 巻210［杜甫1歳］

【解題】この「自由訳」は、現存する杜(と)甫(ほ)の詩を、可能ならばその全てを、制作年代順に読んで行こうとする試みである。杜甫は、とりわけ40代以降は、自分がどのような時代を生きているのか、自分はいまどのような詩を作るべきなのか、常に深く思索を巡らせていた。だから、杜甫の詩は、その時代と切り離して読んだのでは十分に理解することはできないだろう。この「自由訳」は特にその点を重視して、時代の流れのなかにその作品を置いて読み進めて行こうとするものである。その一方で、詩の重要な要素である言葉への関心は極めて希薄である。

杜甫はその時代の状況をどのようにして掴み、どの程度のことを知り得ていたのだろうか。理想をいえば、杜甫と時代認識を共有してその詩を鑑賞したいところであるけれど、それはたぶん不可能であろうから、現代のわれわれが杜甫の時代に接近するための基盤として、ここでは『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』を読むことにする。『資治通鑑』は儒学の伝統に基づいて編まれた歴史書で、紀元前403年から959年までの1362年間の歴史を通覧する巨大な書物である。膨大な記述の大半は権力の中枢部の動向に割かれ、それは宮廷史とも呼ぶべき歴史の一側面でしかない。そうではあっても、杜甫の思考の枠組みの基本は儒学によって形成され、杜甫が政治上の事件に強い関心を持っていたのは間違いないので、時代の認識の仕方としては『資治通鑑』と杜甫とでさほど大きく異なることはないといえるだろう。ただし、杜甫が知り得なかった事実は少なくはなかったであろうし、『資治通鑑』が依拠した記録文書には少なからぬ疎漏や歪みがあるのは間違いないだろうから、杜甫が見ていたものと『資治通鑑』からわかることとにはそれ相応の距離があると考えておかなければならない。また、『資治通鑑』が掬い取ることのなかった歴史の諸相は、その時代を生きたさまざまな人のさまざまな視点からさまざまな形で、例えば、随筆、物語、詩歌、画などとして残されていて、杜甫の詩はその代表例の一つである。杜甫ほど自分の生きる時代を鋭く観察していた人は多くはないことからすると、『資治通鑑』と杜甫の詩を合わせて読むならば、その時代に対する理解と杜甫の詩に対する理解とがともに深まるであろうと期待して間違いないだろう。そのようなことから、この「自由訳」では、『資治通鑑』の記事と杜甫の詩を年代順に並行して読んで行くことにする。

ただし、『資治通鑑』は必ずしも読みやすい書物ではない。時間の順序に従って歴史の断片が配列され、一見すると年表のような書物である。ある事件の起承転結を知ろうとしたら、その「年表」のあちらこちらから断片を拾い集め、自分で組み立て直さないとならない。それを組み立てて行く面白さよりは、無味乾燥な「年表」に向き合う苦痛の方が普通は大きいので、『資治通鑑』は昔から一部の熱烈なファンには強く支持されたものの、歴史家によって史料として利用されることを除くと、さほど多くの読者を得たわけではなかった。杜甫の詩に比べたらその読者は千分の一にも満たないであろう。ここでは、ファンの少ない『資治通鑑』をあえて先に読み、その後に杜甫の詩を読むようにする。とはいえ、『資治通鑑』を詳細に読むのは非常な労力を必要とするので、杜甫の詩を理解するのに有益であろうと思われる記事を抜粋し、通読しやすいように適宜言葉を補ったり削ったりしながら、訳文を作成する。したがって、『資治通鑑』の訳としてはかなり不完全なものでしかない。

まずは杜甫が生まれた年の『資治通鑑』の記事を読む。いきなり見たのでは何のことかわからないととまどうであろうが、「補足」の部分に若干の読み方のガイドを記すので、合わせて読んでいただければ、徐々に『資治通鑑』が面白く思えるようになってくるのではないだろうか。

【訳文】

［712-07］蒲(ほ)州(しゅう)刺(し)史(し)の蕭(しょう)至(し)忠(ちゅう)は自ら進んで太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)に己を委ねた。太平公主は蕭至忠を引き上げて刑(けい)部(ぶ)尚(しょう)書(しょ)にした。

華(か)州(しゅう)長(ちょう)史(し)の蒋(しょう)欽(きん)緒(しょ)は、蕭至忠の妹の夫である。蒋欽緒は蕭至忠に言った。「君には大した才能があるのだから、いますぐに昇進できないからといって憂いなくてもよいではないか。身の丈に合わないことを妄(みだ)りに求めるのはよろしくないぞ」。蕭至忠は応えなかった。蒋欽緒は義兄の前から退くと、「九代続いてきた立派な一族も一挙に滅んでしまうのか。哀しいではないか」と、歎(なげ)いた。

蕭至忠はかねてから将来を期待されている人物であった。あるとき、蕭至忠が太平公主の邸宅の門から出て来たときに、たまたま宋(そう)�m(けい)に遇った。宋�mは、「このようなところで蕭君に会うとは思いもよらなかった」。蕭至忠は笑い、「宋先生のお言葉、まことに恐れ入ります」と言うと、あわてて馬に鞭を当てて走り去った。

【補足】［（1）『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』はこのように断片的なエピソードを並べるだけで、ここから何を読み取ったらよいのかという解説は付記されていない。ここで取り上げられているのは、蕭(しょう)至(し)忠(ちゅう)という人物の振る舞いである。蕭至忠は名門の生まれで、才能に恵まれ、将来を嘱望され、蒲(ほ)州(しゅう)刺(し)史(し)、つまり地方都市の知事の任にあった。『資治通鑑』の記事を過去に遡って見直すと、蕭至忠はかつては官僚としての勤めを真面目に果たそうと努めていたことが知れる。しかし、それではせいぜい地方の知事どまりで、朝廷の高い地位には到底昇れないと見て、時の権力者に擦り寄ることにした。そのかいあって蕭至忠は刑(けい)部(ぶ)尚(しょう)書(しょ)という朝廷の要職を獲得できたのだった。なお、官職名の説明は特に必要なときにだけ加える。（2）蕭(しょう)至(し)忠(ちゅう)が己の身を委ねた権力者は太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)であった。公主とは皇帝の娘を意味する。このときの皇帝は叡(えい)宗(そう)で、太平公主はその妹で、三代皇帝の高(こう)宗(そう)の娘である。睿宗は唐(とう)朝(ちょう)の五代皇帝にして八代皇帝。618年に建国された唐は、初代皇帝が高祖(こうそ)、二代皇帝が太宗(たいそう)、三代皇帝が高宗、四代皇帝が中(ちゅう)宗(そう)で、ここまでは父から息子へと皇位が継承された。中宗は自身の母親［後の武(ぶ)則(そく)天(てん)＝則(そく)天(てん)武(ぶ)后(こう)］と対立して廃位となり、弟の睿宗が五代皇帝となった。その睿宗も、武則天が自ら皇位に就いたために廃位となった。武則天は国号を周(しゅう)に改めた時期もあったのだが、一応唐朝の六代皇帝として数えておく。武則天は中国史上唯一の女性の皇帝で、強力なリーダーシップで人事を刷新して斬新な政策を展開しつつ、一方で反対する勢力を徹底的に打ち砕く恐怖政治を布いた。武則天は安定的な権力の継承に失敗し、最晩年になって中宗が復位して七代皇帝となり、それからしばらくの間、宮廷内の血みどろの権力抗争が続いた。中宗は妻の韋(い)皇后によって毒殺され、韋皇后が一時期権力を掌握したのだが、睿宗とその息子の李(り)隆(りゅう)基(き)［後の玄(げん)宗(そう)皇帝］が武力によって韋皇后一派を殺害し、睿宗が復位して八代皇帝になった。それが710年のことである。睿宗は皇帝としての資質に欠け、一方でその妹の太平公主は武則天の才をよく受け継いでいたために実質的なナンバーワンとして振る舞うようになった。しかし、太平公主は武則天の悪い面ばかりを見習うかのように、敵対勢力を徹底的に排除し、己の身内に権力と富を集中させる極めて恣意的な政権運営を行った。（3）時の権力者に対して自分はどのような位置に立つのがよいのか、蕭(しょう)至(し)忠(ちゅう)は進んで権力者に身を投じ、蒋(しょう)欽(きん)緒(しょ)と宋(そう)�m(けい)は適切な距離を保とうとしたということがここの記事には記されている。このようなことは、杜(と)甫(ほ)にとっても非常に大きな課題となるのを後に見るであろう］

【訳文】

［712-15］秋、七月、彗(すい)星(せい)が西の空に現れ、軒(けん)轅(えん)［以下、中国における星座を指す］を通って太(たい)微(び)に入り、大(たい)角(かく)に至った。

［712-17］太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)は、術(じゅつ)者(しゃ)［占星術を行う者］を使って叡(えい)宗(そう)皇帝にこのようなことをいった。「彗(すい)星(せい)が現れましたのは、旧(きゅう)を除いて新(しん)を布(し)くことを天が示したものであります。また、帝座に当たる星にも、太子の位に当たる星にも異変がありました。これは、皇太子が天子になるべきだという意味なのでありましょう」。それを聞いて、皇帝は、「�ｺある者に皇位を伝えて、天の災いが天下に及ぶのを避けるとしよう。我が志は決まった」と、言った。

太平公主とその一党は、皇位を譲るのはよろしくないと、力を込めて皇帝を諫(いさ)めた。皇帝は、「兄上［中(ちゅう)宗(そう)］が皇帝であったときに、悪い連中が政事を行い、しばしば天に変化が現れた。私はそのときに、兄上に賢子を選んで次の皇帝に立てることでこの災異に応じるべきだと言った。兄上はそれを聞いて悦ばず、私は憂い恐れて、数日の間、食事もできなかった。兄上のときにこのように勧めておきながら、いま自分のときにはそれをしないということはありえない」と、言った。太子［後の玄(げん)宗(そう)皇帝］はそれを聞いて急いで皇帝に会い、身を地面に投げ出し、頭を打ち付けつつ、「臣(わたくし)は微(かす)かな功績をもって、（長男ではないのに）順序を崩して皇太子にしていただきました。その地位に堪えられる者ではないと懼(おそ)れておりますのに、陛下がにわかに大位を伝えようとされるのか、私には全く理解することができません。どうしてなのでしょうか」と、言った。「国家が再び安らかになったのも、朕(わたし)が皇帝の位に就けたのも、どちらもそなたの力による。いま帝座には災いがあるという。そなたに帝座を授けようとするのは、禍を転じて福となそうとするものである。何ら疑うべきことではないのだ」と、言った。しかし、太子は固辞した。皇帝は、「そなたは孝子であるはずであろう。だったら、私の柩(ひつぎ)の前に立つのを待ってから即位するのではなくてよいのではないかな」と、言った。太子は涕(なみだ)を流しつつ退出した。

七月壬(じん)辰(しん)、皇帝は太子に位を伝える命令を出し、太子は固辞する文章を提出した。太平公主は皇帝に、「皇帝の位は伝えても、なおも御自身で大政を見るというかたちにしましたなら、太子ももはや断れないでしょう」と、勧めた。それで、皇帝は太子に、「そなたは天下の事を見るのは重すぎると思っているのであろう。ならば、朕(わたし)と一緒に治めるというのではどうだろうか。昔、（古代の聖天子であった）舜(しゅん)は禹(う)に譲位したけれど、なお天下を巡視して回られた。朕(わたし)とて位は伝えても国家のことを忘れるものではない。軍国の大事はそなたとともに見ようではないか」

八月庚(こう)子(し)、玄(げん)宗(そう)が即位し、睿(えい)宗(そう)を尊んで太(たい)上(じょう)皇(こう)とした。上皇は「朕(ちん)」と自称し、その命令を「誥(こう)」とし、五日に一度、太(たい)極(きょく)殿(でん)で朝臣を謁見した。皇帝は「予(よ)」と自称し、その命令を「制(せい)敕(ちょく)」とし、武(ぶ)�ｺ(とく)殿(でん)で毎日朝臣を謁見した。三(さん)品(ぽん)以上の位を授けることと大刑［最も重い刑罰］の決定は上皇が行い、その他のことは皇帝が決定した。

【補足】［（1）彗(すい)星(せい)の出現は当時においては朝廷を揺るがす大異変であった。彗星は天下の乱れに対する天の怒りを示すものであるとされ、その責めは皇帝もしくは大臣が受けなければならないと考えられていた。訳は省いたけれど、宰相の竇(とう)懐(かい)貞(てい)は、占星術者に彗星の出現は宰相が刑罰を受ける兆しであると言われて怖がり、一時期自分で宰相の位から降りて災厄が我が身に及ぶのを避けている。（2）太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)は彗星の出現を好機と捉え、占星術者を使って兄の睿(えい)宗(そう)に皇太子への譲位を勧めた。甥が皇帝になれば、さらに自分の思い通りに政権を運営でき、あわよくば母の武(ぶ)則(そく)天(てん)のように自分が皇位に昇れるかもしれないと考えたのだろう。その一方で、自身の意図を隠すために、譲位しようとする兄を懸命に止めるポーズをとったのである。（3）睿(えい)宗(そう)はもとから権力欲が薄く、兄の中(ちゅう)宗(そう)が毒殺されたのも見ていたから、譲位はむしろ望むところであった。睿宗の「孝子……」の言葉はかなり微妙で、「皇帝になりたくてわしが死ぬのを待ち望むような不孝者ではないだろうな」との意味合いがあり、譲位を断れば不孝者にされてしまうのである。（4）太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)が、睿(えい)宗(そう)に玄(げん)宗(そう)との共同統治を勧めたのは、譲位がスムーズに行われるように調停したかのようであるが、実は自身が二人の間に割って入ってうまく振る舞う余地を作ろうとしたと見るべきであろう。このような解釈は『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』には記されていない。事実関係から推測できるはずのことは何も記さないのが『資治通鑑』の流儀である。（5）太(たい)上(じょう)皇(こう)と皇帝が異なる自称を用い、命令文書の名称を変え、権限を分割し、二重権力構造の形を整えた。上皇側の権限はほぼ太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)の手に握られたと見るべきであって、権力の中枢を担う人選は太平公主の意のままで、恐怖政治を布く道具となる刑罰は太平公主が自在に操ることができた］

【訳文】

［712-22］劉(りゅう)幽(ゆう)求(きゅう)をもって右(ゆう)僕(ぼく)射(や)同(どう)中(ちゅう)書(しょ)門(もん)下(か)三(さん)品(ぽん)とし、魏(ぎ)知(ち)古(こ)を侍(じ)中(ちゅう)とし、崔(さい)�G(しょく)を検(けん)校(こう)中(ちゅう)書(しょ)令(れい)とした。

【補足】［唐(とう)代(だい)に限らず昔の中国の官僚機構の役職名は、大臣、副大臣、局長、次長のように一目で序列がわかるようにはなっていない。ここにある例えば「右(ゆう)僕(ぼく)射(や)同(どう)中(ちゅう)書(しょ)門(もん)下(か)三(さん)品(ぽん)」は宰相に当たる役職であるのだが、その意味するところをいちいち詮索するのは面倒なので、『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』が記述する人事の記事は、宰相、副宰相クラスの国家の重鎮の異動であるか、今後の事件に関連する人物を登場させるためであることがほとんどであるという理解で、読み流す程度にしておきたい］

【訳文】

［712-23］河(か)内(だい)の人である王(おう)琚(きょ)は、（韋(い)皇(こう)后(ごう)とともに中(ちゅう)宗(そう)を毒殺した武(ぶ)三(さん)思(し)を殺害しようとした）王(おう)同(どう)皎(きょう)の計画にかつて関わったことがあり、（それが失敗して）亡命し、江(こう)都(と)において筆写をする雇われ仕事をしていた。玄(げん)宗(そう)が太子になったときに、王琚は長(ちょう)安(あん)に還り、（王琚のことを知っていた太子の働きかけで）諸(しょ)暨(き)主(しゅ)簿(ぼ)の仕事を授かったので、太子のもとにお礼の挨拶に行った。王琚は廷中に至ると、おもむろにふんぞり返って歩いた。宦(かん)官(がん)が、「殿下が御簾の内におられます」と、（身を屈めて小走りで進むよう）注意した。王琚は、「殿下といわれましたかな。いま、そのような高貴な方といったら、太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)様が一人おられるだけありましょう」と、応じた。太子はすぐに王琚を召してともに語り合った。王琚は言った。「韋皇后が皇帝を弑(しい)逆(ぎゃく)したときは、人心がそれに服さなかったので、（睿(えい)宗(そう)とともに玄(げん)宗(そう)が)韋皇后を誅(ちゅう)するのはたやすいことでありました。太平公主様は武(ぶ)則(そく)天(てん)の娘で、凶(きょう)猾(かつ)無(む)比(ひ)で、大臣の多くは太平公主様のために動いています。私は竊(ひそ)かにこのことを憂いています」。太子は王琚を同じ榻(ながいす)に座らせ（て密談し）、泣いて、「上皇様の御姉妹としてはいま太平公主がいるだけだ。太平公主について言えば恐らくは上皇様のお心を傷つけてしまうだろう。言わなければ日々に国家の患いが深まってしまう。どうしたらよいものだろうか」と、言うと、王琚は、「天子（となる人）の孝は普通の人の孝とは異なるものでありましょう。歴代皇帝の廟(びょう)を安らかに守り、国家のためになることをするのが天子の孝でありましょう。例えば、蓋(がい)主(しゅ)は漢(かん)の昭(しょう)帝(てい)の姉であって、昭帝はその姉によって育てられた恩がありました。それでも、姉に罪があったときには誅(ちゅう)したのでした。天下のためには小さな節義は顧みるべきではないのです」。太子はその言葉を悦び、「そなたは何か芸事ができるのか。それによって私の遊び仲間になるがよい」と、言った。王琚は、「飛(ひ)煉(れん)［仙薬を作ること］や詼(かい)嘲(ちょう)［諧謔の詩歌を詠じること］ならできます」。太子はそれで王琚を�･(せん)事(じ)府(ふ)司(し)直(ちょく)として、日々に遊び、ついで太(たい)子(し)中(ちゅう)舎(しゃ)人(じん)に遷(うつ)した。玄宗が即位するに及んで、王琚は中(ちゅう)書(しょ)侍(じ)郎(ろう)になった。

このとき、宰相の多くは太平公主の一党であった。（数少ない玄宗側の宰相である）劉(りゅう)幽(ゆう)求(きゅう)は右(ゆう)羽(う)林(りん)将(しょう)軍(ぐん)［近衛兵の指揮官］の張(ちょう)暐(い)とともに羽林の兵を用いてそれらの人々を誅(ちゅう)殺(さつ)しようと計画し、張暐を皇帝のもとに遣わして密かにこのように言った。「竇(とう)懷(かい)貞(てい)、崔(さい)�G(しょく)、岑(しん)羲(ぎ)はいずれも太平公主様のお引き立てによって（宰相の地位へと）進み得た者たちで、日夜によろしくないことを相談しています。もしも早くに対処しておかないでいて、いきなり事が起こってしまったならば、太(たい)上(じょう)皇(こう)様［睿(えい)宗(そう)］は安らかにしていられますでしょうか。速やかに誅殺すべきであります。臣(わたくし)と劉幽求とで計画を定めましたので、ただ陛下の御命令を待つばかりです」。皇帝は深くその通りであると考えた。ところが、張暐はその謀(はかりごと)を侍(じ)御(ぎょ)史(し)の�ｹ(とう)光(こう)賓(ひん)に洩らしてしまった。皇帝は（相手側が密議を察知して先手を打たれてしまうことを）大いに懼(おそ)れ、にわかにこの間の事情を太上皇に報せた。丙(へい)辰(しん)、劉幽求は獄に下された。有(ゆう)司(し)［その筋の役人］が以下のように奏上した。「劉幽求等は骨肉の間［皇族の関係］を離反させようとし、その罪は死に当たります」。皇帝は劉幽求には大功があるので、殺すべきではないと主張した。癸(き)亥(がい)、劉幽求は封(ほう)州(しゅう)に、張暐は峰(ほう)州(しゅう)に、�ｹ光賓は繍(しゅう)州(しゅう)に流された。

これより二年ほど前のこと、崔(さい)�G(しょく)は襄(じょう)州(しゅう)刺(し)史(し)の任にあって、譙(しょう)王(おう)［皇帝にごく近い皇族には王号が与えられる］の李(り)重(じゅう)福(ふく)と密かに手紙のやりとりをし、李重福は崔�Gに金帯を贈った。（李重福は韋皇后を誅殺しようと計画していた。ところが実行する前に韋皇后一派は滅ぼされてしまったので、目的を変えて決起しようとしたのだが、密告によって知られてしまったために）李重福は敗死し、崔�Gは死罪に当たるとされた。張(ちょう)説(えつ)と劉(りゅう)幽(ゆう)求(きゅう)とが救ったので崔�Gは刑を免れることができた。（つまり崔�Gはもとは政治の乱れを正そうとする意欲があったのだが）その後は太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)の側に付き、太平公主と相談して、張説を国の政事を見ることから外し、左(さ)丞(じょう)の地位のまま東(とう)都(と)［洛(らく)陽(よう)］に行かせた。また、劉幽求が封(ほう)州(しゅう)に流されると、崔�Gは（封州を管轄下に置く）広(こう)州(しゅう)都(と)督(とく)の周(しゅう)利(り)貞(てい)に劉幽求を殺してしまうよう示唆した。桂(けい)州(しゅう)都(と)督(とく)の王(おう)�ﾗ(しゅん)はその計画を知り、劉幽求を桂州に匿って封州に行かせなかった。周利貞はしばしば捜査状を出して劉幽求の引き渡しを求めたけれど、王�ﾗは応じなかった。周利貞はそのことを朝廷に報告したので、崔�Gは王�ﾗに劉幽求を出すよう何度も迫った。劉幽求は王�ﾗに、「貴君が執政の命令を拒んで流(る)人(にん)を保護しようとしても、それはとても成し遂げられるものではありません。ただ貴君に累(るい)が及んでしまうだけです」と言って、広州に行くことを強く求めた。王�ﾗは、「貴君が罪とされたことは、友情を絶つべき義がそこにあるものではありません。私は貴君のために罪を獲(え)ても恨むところは何もありません」と言って、ついに劉幽求を留め置いた。それで劉幽求は死を免れたのだった。

【補足】［（1）ここに記されているのは、玄(げん)宗(そう)皇帝と太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)との水面下でのせめぎ合いである。太平公主は武(ぶ)則(そく)天(てん)の娘で凶(きょう)猾(かつ)無(む)比(ひ)と記されているが、玄宗皇帝も武則天の孫で、なかなかにしたたかである。玄宗皇帝は密かに王(おう)琚(きょ)のような忠実な人物を集め、一方で太平公主は宰相以下の政権の主要ポストを自分の一党で固めた。（2）劉(りゅう)幽(ゆう)求(きゅう)は近衛兵を動かして武力で一気に太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)を亡ぼそうと計画した。しかし、時期尚早であったために、玄(げん)宗(そう)皇帝はやむを得ない判断で、陰謀は劉幽求等が勝手に企てたものとして上皇に報告した。それによって、玄宗皇帝に累が及ぶことはなかった。（3）崔(さい)�G(しょく)は太(たい)平(へい)公(こう)主(しゅ)側の人間がいかに愚劣であったかを示す典型的な事例として取り上げられている。殺すか殺されるかの熾烈な権力抗争の渦中に置かれた人々は、もともとは良心に従いたいと思っていても、次第に力のある側になびいて身の安泰を計るようになるのはやむを得ないところがあるのかもしれない。それにしても崔�Gの身の処し方は特にひどいものであった］

■［01-杜-01］進�G賦表

【解題】杜(と)甫(ほ)［字(あざな)は子(し)美(び)］は、上に見たような事件のあった年、つまりは玄(げん)宗(そう)皇帝が即位した年に生まれた。誕生と即位の二つの事柄が同じ年であったのは単なる偶然でしかないのだが、後世のわれわれの目には何やら意味あることのように映る。玄宗皇帝についてネットや事典で調べると、治世の前半は精力的に政治に取り組んで唐の最盛期をもたらし、後半は政治に倦み、唐朝を根底から揺るがす大反乱が起こる要因をつくってしまったというようなことが必ず記されている。杜甫は玄宗皇帝の治世の前半の国家の成長期に自身も成長し、青年期から壮年期に至る間に国家の最盛期に潜む様々な歪みを目撃し、44歳のときに大反乱に遭遇した。

杜甫の生地は洛(らく)陽(よう)から東に数十キロ余り離れた鞏(きょう)県(けん)の町から二里［昔の中国の一里は約600メートル］の瑶(よう)湾(わん)村(そん)であったようだ。杜甫は、己の出自は長(ちょう)安(あん)の南の少(しょう)陵(りょう)にあるとし、杜(と)少(しょう)陵(りょう)としばしば自称するが、実際にそこに住んでいたわけではないようだ。杜甫の父の杜(と)閑(かん)は地方官として各地を転々とし、最も高い地位は県知事レベルであったようだ。すべてを推測で記しているのは確実な史料が残っていないからである

杜甫の作品としてここで最初に読むのは、杜甫が43歳のときに書いたと推測されている文章である。これを取り上げるのは、杜甫の一生をあたかも規定するかのような、「奉儒守官、未墜素業」［儒(じゅ)を奉(ほう)じて官(かん)を守(まも)り、未(いま)だ素(そ)業(ぎょう)より墜(お)ちず］の八文字が記されているからである。この八文字は、莫礪鋒・童強著『杜甫伝』（2001年）や陳貽焮著『杜甫評伝』（2003年）で注目すべき句として解説されている。

「素(そ)業(ぎょう)」とは、先祖から代々受け継がれてきた家の伝統、つまり家業である。杜甫は自身の家系を顧みて、「儒(じゅ)を奉(ほう)じて官(かん)を守(まも)る」、つまり、儒学の基本を身に付け、官職に就いて国家と人民のために尽くすことを素業とし、それからはずれたことはなかったとの認識のもと、自分もその素業に就かなければならないと強く考えていた。

その素業がいつ始まったのか、明確にわかる範囲では、三(さん)国(ごく)時(じ)代(だい)の魏(ぎ)の人であった杜(と)恕(じょ)であったとこの文章には記されている。杜甫より514年早くに生まれた人である。自身の先祖で最も優れた功績を残した人物として杜甫が捉えていたのは、杜恕の息子の杜(と)預(よ)であった。杜預は魏の次の王朝である晋(しん)の時代に朝廷の高官となり、数々の輝かしい事績が史書に記録されている。それ以降、先祖代々必ず素業に就いていたとする確かな記録はないものの、祖父の杜(と)審(しん)言(げん)は朝廷に並ぶ高官になり、父の杜(と)閑(かん)は地方官僚であった。

杜甫は唐の最盛期に巡り合いながらも、40歳を超えても官職に就くことができなかった。「儒(じゅ)を奉(ほう)じる」ことでは決して誰にも引けを取らないとの強い自負があり、実際に優れた文才があった。このまま世に埋もれて一生を終えてしまうのではないかとの強烈な焦燥感を杜甫は抱き、何とかして自分の才能を直接に皇帝に認めてもらおうと、『�G(ちょう)の賦(ふ)』を作って玄(げん)宗(そう)皇帝に献上した。最後の手段として、特別な才能がある者として皇帝自身によって引き上げてもらおうとしたのである。ここに読むのは、賦を献上するに至った理由を記した文章である。

【訳文】

臣(わたくし)杜(と)甫(ほ)が申し上げます。

臣(わたくし)の近い世の先祖は次第に下り坂となり、公(こう)侯(こう)のような貴(とうと)い位に昇る者はいなくなり、鼎(かなえ)に刻まれるような勲功をその時代に輝かすこともなくなってしまいました。それでも、臣(わたくし)の（十三代前の）先祖である杜(と)恕(じょ)や（その子の）杜(と)預(よ)の後にも、常に儒学を奉じて官職を守り、我が家の本来の業から墜ちてしまうようなことはありませんでした。亡き祖父の尚(しょう)書(しょ)膳(ぜん)部(ぶ)員(いん)外(がい)郎(ろう)の杜(と)審(しん)言(げん)は、中(ちゅう)宗(そう)皇帝の朝廷において修(しゅう)文(ぶん)館(かん)直(ちょく)学(がく)士(し)になり、書物に関連する事柄において高い見識を示し、天下の学ぶ者からはいまも師として仰がれております。

臣(わたくし)は幸いにも祖父の業を継いで、七歳から詩文を綴り始め、四十年になろうとするいま、その数は約千篇余りにもなりました。今の時代において、（漢(かん)代(だい)の著名な文章家の）賈(か)誼(ぎ)や司(し)馬(ば)相(そう)如(じょ)のような者は、非常に多くが皇城の門が開かれて宮殿に昇っているのでありますが、臣(わたくし)だけは体を十分に覆えないような衣をまとい、他人の家に居候となって、日々生きるために奔走し、溝や谷に転げ落ちて死んでしまうことをひたすら恐れて、仕官を望むなどは到底ありえないありさまでいるのであります。

伏して思案しますに、賢明なる天子はこのような者を憐れむでありましょう。もしも臣(わたくし)の先祖が抜擢された故事に準じて、長く泥に沈んでいる屈辱から臣(わたくし)を抜き出して下さったならば、臣(わたくし)の著作は、古(いにしえ)の諸家を超えて（儒学の基本書である）六(ろく)経(けい)を称揚するまでには至らずとも、沈(ちん)鬱(うつ)頓(とん)挫(ざ)［重く含蓄のあること］、および随(ずい)時(じ)敏(びん)捷(しょう)［自在に変化すること］であることにおいて、（漢代の著名な名文家の）揚(よう)雄(ゆう)や枚(まい)皋(こう)らにはきっと迫れるでありましょう。

臣(わたくし)がこのようでありますのを、陛下はこのまま捨てておかれるのでありましょうか。伏して思案しますに、賢明なる天子はこのようなことを哀れみ、老い衰えるまでおろおろさせたままにはしておかないでありましょう。臣(わたくし)杜甫は誠(まこと)に惶(おそ)れ誠(まこと)に恐(おそ)れ、頓(とん)首(しゅ)頓(とん)首(しゅ)、死(し)罪(ざい)死(し)罪(ざい)［ひたすら恐縮するありさま］。

臣(わたくし)が考えますに、雕(ちょう)なるものは鷙(わし)たちのなかでも特に優れ、翼で打ち合って敵う鳥はなく、天子の門にいればそれだけで壮観であり、原野にいれば恐ろしく勇猛であって、そればかりか、大臣が威儀を正して朝廷に立つありさまと同じものを具えているのであります。臣(わたくし)としては、とりわけ英雄の姿を見せているのを重んじるのであります。それで、聖(せい)聴(ちょう)［天子の耳］に達することをまことに望みつつ、この賦を作ったのであります。身の程知らずの浅はか者ながらも、謹んでこの賦を延(えん)恩(おん)匭(き)［投書箱］に投じて、陛下にお聞きいただけるようここに表［献上の文章］を添えます。以上、謹んで申し上げます。

【補足】［（1）一読してわかるように、涙ぐましいまでに懸命に自分を売り込もうとする自己ピーアールの文章である。（2）杜甫の先祖で最も顕著な業績があったのが杜(と)恕(じょ)と杜(と)預(よ)の父子で、この文章ではその次に祖父の杜(と)審(しん)言(げん)［字(あざな)は必(ひつ)簡(かん)］の名を挙げ、中(ちゅう)宗(そう)皇帝のもとで修(しゅう)文(ぶん)館(かん)直(ちょく)学(がく)士(し)になったことなどを記している。杜審言は上級官僚を採用するための試験、科(か)挙(きょ)の合格者で、武(ぶ)則(そく)天(てん)のもとで朝廷の一員となった。才能ある者をどしどし登用した点で、武則天の時代は唐(とう)朝(ちょう)の歴史のなかで異彩を放っている。杜審言は文章や詩に優れ、文章では李(り)嶠(きょう)、崔(さい)融(ゆう)、蘇(そ)味(み)道(どう)とともに「文章四友」と称され、詩では沈(しん)佺(せん)期(き)、宋(そう)之(し)問(もん)とともに宮廷詩人として活躍し、今(きん)体(たい)詩(し)［唐代に完成した詩のスタイル］の形式を整えることに力を注ぎ、後に唐詩の隆盛期がもたらされる基盤を作った。武則天の治世の後半は、寵臣の張(ちょう)易(えき)之(し)兄弟を政治に参与させたために乱れ、有力貴族の出身者ではない杜審言等はその張易之兄弟を自分たちの後ろ盾として仰いだ。武則天の最晩年に至って中(ちゅう)宗(そう)が復位すると張易之兄弟は失脚し、杜審言、沈佺期、宋之問はいずれも遠く南方に流された。杜甫の誕生する7年前のことである。後に杜審言は都へ召還され、前述の通り修文館直学士になったものの、間もなく708年に64歳で没した。ついでながら、同時に流された宋之問は南方から密かに逃げ帰り、友人の王(おう)同(どう)皎(きょう)の屋敷に身を隠した。王同皎は、上で見た『資(し)治(じ)通(つ)鑑(がん)』の23番の項目［以下、「通鑑712-23」のように表記する］にあった陰謀事件の主役であった。王同皎が陰謀の相談をしているのを宋之問の弟の宋(そう)之(し)遜(そん)が立ち聞きをして密告し、王同皎はたちまち捕まって切られてしまった。この密告の功績で弟とともに宋之問は朝廷の一員に返り咲いた。後に宋之問は収賄の罪で都から追放され、とかく破廉恥な行為が多かったために最期は皇帝から死を命じられた。杜審言等が宮廷詩人として活躍したころの詩は、形式美に優れたものの我々の興味を引くような作品はそれほど多くはない。（4）杜(と)審(しん)言(げん)の孫である杜甫は、祖父の業を継いで、この文章に書かれているように、7歳から詩文を学び、千篇余りの詩文を作り、誰にも負けない文才があるとの自負があった。『�G(ちょう)の賦(ふ)』は鷲(わし)のなかでも特に優れる�G(ちょう)を讃える賦［韻文の一形式］で、�Gは杜甫自身を暗示するものである。（5）杜甫の文章は簡明さに欠け、いみじくも杜甫自身がここに記しているように「沈(ちん)鬱(うつ)頓(とん)挫(ざ)」の面が強く、訳者にはとても手に負えないものである。ただ、この表に関しては、幸いにも、谷口眞由美著「杜甫「進�G賦表」訳注」、中国文化:研究と教育、No. 77、p. 88-98、（2022年）があって、参考にすることができた］

■［01-杜-02］祭遠祖当陽君文

【解題】これは上で見た文章より13年前の開(かい)元(げん)二十九年［741年］、杜甫が30歳のときに先祖の杜(と)預(よ)の霊に捧げたもの。杜甫はこの6年前に科挙の試験を受けて不合格になったものの、このころはなお意気盛んで、各地を放浪しつつ英気を養い、この年に洛(らく)陽(よう)の東にある首(しゅ)陽(よう)山(ざん)の麓に家を建ててしばらく住むことになった。首陽山には遠い先祖の杜預と、祖父の杜(と)審(しん)言(げん)の墓があった。この文章で、杜甫はこれから進むべき我が道について誓っている。難しい言葉を連ねたこの文章を日本語に正確に移し替えるのは訳者の能力を超えているので、大意がわかる程度にごく雑な訳文を掲げておく。

【訳文】

開(かい)元(げん)二十九年某月某日、ここに十三代後の子孫である杜(と)甫(ほ)は、慎んで寒(かん)食(しょく)の奠(そなえもの)をし、先祖の晋(しん)の駙(ふ)馬(ば)都(と)尉(い)鎮(ちん)南(なん)大(だい)将(しょう)軍(ぐん)当(とう)陽(よう)成(せい)侯(こう)［杜(と)預(よ)］の霊に申し上げます。

伊(い)祁(き)氏より陶(とう)唐(とう)［堯(ぎょう)のこと］が出て聖人の世となり、それから後の世に我が祖は聖人の旧徳によって生きることができ、……［杜(と)預(よ)が勇にして智であって、数々の功績を挙げ、『春(しゅん)秋(じゅう)』の研究書を著したことなどを讃える］……、高い頂の上にぽつんと墳(ふん)墓(ぼ)が蒼(そう)蒼(そう)と聳え、骨肉の子孫である私は静かに思ううちに、悲しみとともに胸が激しく動揺いたします。……［あたりの様子を描写する］……、小(しょう)子(し)［杜甫］はここ首(しゅ)陽(よう)山(ざん)の下に室(しつ)を築き、我が根本を決して忘れまいとし、また、決して仁に違うことはないと誓うものであります。できることならこの文を石に刻み、道の傍らに立て、……［決意のほどを表す言葉を続けて先祖を祭る文章の結びとする］……。

【補足】［（1）これは寒(かん)食(しょく)のときに先祖の墓に捧げるために書いた文章である。寒食は重要な年中行事の一つで、冬至から105日目に火断って煮たきしないで食事をした。寒食が終わると清(せい)明(めい)節(せつ)で、その前後に一族が揃って墓参りをした。（2）この文章で重要なキーワードは「不敢忘本、不敢違仁」［敢(あ)えて本(もと)を忘(わす)れず、敢(あ)えて仁(じん)に違(たが)わず］であろう。上で見た「儒(じゅ)を奉(ほう)じて官(かん)を守(まも)り、未(いま)だ素(そ)業(ぎょう)より墜(お)ちず」と同じ趣旨である。つまり、儒学を学びかつ実践し、杜(と)預(よ)のような立派な仕事をしてみせると杜預の霊に誓ったのである］

■［01-孟-01］孟浩然：送張子容進士挙

【解題】杜(と)甫(ほ)は7歳で詩文を作り始めたと自身で記していた［→作品番号01-杜-01］。実際に残っている作品で最も若いときのものとされるのは25歳のころの作と推測される詩で、それ以前のものは自ら捨て去ったようだ。杜甫が生まれてからその年齢に達するあたりの時期に、中国の詩はかつてない隆盛期を迎えつつあった。中国の詩はすでに千年以上の歴史を有し、杜甫の祖父の杜(と)審(しん)言(げん)等によって詩の新しい形式が完成させられたことによって、詩表現の新たな広大なフロンティアへの扉が大きく開け放たれ、大勢の人々がその扉から未開の地へと飛び出し、己の詩才をもって開墾して作物を育て、誰も見たことがないような豊かな稔りを得ようとした。杜甫もその一人で、25歳のころはまだまだ模索の段階で、本当に杜甫らしい詩が生まれるにはさらに10年余りを要した。

この「自由訳」は、時代の流れのなかで杜甫がどのような詩を作ったのかを見ようとするものであるが、杜甫が成熟期を迎えるまでにはこれから30年以上を要するので、その間に、杜甫に先立ってフロンティアに入って豊饒な稔りを生み出してみせた人の作品を見ておくことにしたい。この時期には多数の人が活躍しているが、ここでは孟(もう)浩(こう)然(ねん)と王(おう)維(い)の二人の詩を読む。より視野を広げればより多く知れるだろうけれど、焦点がぼやけてかえって見えにくくなる恐れもあり、また訳者の能力の問題もあるので、杜甫、孟浩然、王維以外の人の詩を取り上げることはしない。

ここの項目に掲げているのは、孟(もう)浩(こう)然(ねん)の詩。孟浩然は、一説には名は浩(こう)、字(あざな)は浩(こう)然(ねん)とされるが、普通は孟浩然と呼ばれる。孟浩然は、都長(ちょう)安(あん)から南東に350キロ余り離れた襄(じょう)州(しゅう)の中心都市である襄(じょう)陽(よう)の町の南にあった「南(なん)園(えん)」と呼ばれる地域で生まれ育った。杜甫が生まれたこの年、孟浩然はすでに24歳になっていた。かの偉大な儒者である孟(もう)子(し)と先祖を同じくすると孟浩然は言うが、同じ孟姓というだけで確たる根拠はないようだ。父の名も、母の姓も伝わらず、孟浩然という人がこの世に出なかったならば、襄陽のとある農家のことなどは歴史の彼方に消え去ってしまっていたであろう。

詩の題にある張(ちょう)子(し)容(よう)は孟浩然の親友。訳者による推測をまじえて記すと、二人はともに鹿(ろく)門(もん)山(ざん)にある鹿(ろく)門(もん)寺(じ)に籠って学問に打ち込み、張子容は次の年の春に都で行われる科(か)挙(きょ)の進(しん)士(し)科(か)の試験を受けるために山から出て上京することになった。孟浩然は一緒に受験するのではなく山に残り、この送別の詩を贈った。

孟浩然の伝記的資料はさほど多くないために、どの詩がいつどのような状況で作られたのか、事実が確定しているものはそれほど多くない。ここでは劉文剛『孟浩然年譜』（1995年）に依拠しつつ、訳者の不確かな推測を織り込んで詩を読んで行くことにする。不確かな度合いが極めて高い場合にはその旨を注記するようにし、例えばこの詩がそれで、訳者は、張子容が鹿門寺から出て行く場面を想定して訳文を作っているのだが、実際にそうであったかどうかはわからない。いずれにしても、孟浩然の詩の解釈については想像によって補っている部分がかなりあると理解していただきたい。

科挙は上級官僚を採用する試験として隋(ずい)の時代に始まり、唐(とう)の時代になってかなりその制度が整備された。ここで上級官僚といっているのは、最低でも地方の町の部長クラス以上の地位に就き、好条件に恵まれれば朝廷の高官に昇る可能性のあるレベルの官僚で、かつては有力な貴族たちによってほぼ独占されていた。科挙は上級官僚の門戸を、血筋によらずに有能な者たちにも開こうとするものであるが、貴族たち既得権益者からしたら、自分たちを脅かすような恐れのある者は政権中枢部には入れたくはないので、当然ながら何かと試験に介入した。実力勝負の公平な競争によって結果が決まったわけではなく、合否はそれを決定する人々の意向によってかなり左右された。受験前に有力者と強力なコネを作れた者が有利とされ、そうした事前運動がさかんに行われた。その上、筆記試験に合格しても実際に官職に就く前には面接試験があり、そこではより一層介入の度合いが強かった。つまり、唐代の科挙はコネがかなり大きくものを言ったのである。武(ぶ)則(そく)天(てん)は権力を掌握する過程で、貴族たち既得権益者と熾烈な闘いを繰り広げたことから、出自によらず科挙の優秀な合格者をどしどし政権中枢部に入れて科挙の新時代を拓いた。それとて、武則天に気に入られるという究極のコネが必要だったともいえなくはない。このように唐の時代の科挙はまだまだ不完全な制度であったとはいえ、貴族ではない人間が上級官僚になりたいと思ったなら、科挙がほぼ唯一の道であったから、中国全土から多数の者が科挙を目指し、競争は年々激化し、受験生は何年もかけて必死に勉強に励まなければならなかった。そうしたことができるのはある程度豊かな家だけあるから、一般庶民にとっては上級官僚への道はやはり遥かに遠いものであった。また、実際に科挙を受験するかどうかは別として、学問の研鑽を積んだ人々は社会の中で特別な存在として見られ、必ずしも唐の時代の用語ではないけれども、読(どく)書(しょ)人(じん)とか士(し)大(たい)夫(ふ)とか呼ばれ、一般庶民の上に立つ階層を形成した。貴族は血筋によって維持される階層であるが、こちらは学問に励むことで自ら到達できる階層である。孟浩然も張子容も新進の読書人であった。武則天の時代から詩の実作が科挙の試験で課せられるようになり、読書人にとって詩は必須のアイテムとなった。そのことから、詩のフロンティアに飛び込んで行ったのはいずれも新進の読書人で、かつての貴族社会において詩の担い手の大多数が宮廷詩人であったような時代は終わったのだった。

【訳文】

山を照らしていた夕日の残りが消えるころに、

貴君を送って柴の門を出る。

野中での別れに思いは尽きず、

互いに異なる道を行くともう一度言い合う。

私は林の茂みにひっそりと潜み、

貴君は大樹の上へと翻り飛ぶ。

朋(ほう)友(ゆう)の道は絶えたと誰が嘆くのか。

私たちの友情は必ずや続くであろう。

■［01-孟-02］孟浩然：題鹿門山

【解題】孟(もう)浩(こう)然(ねん)はどうして張(ちょう)子(し)容(よう)とともに都に行かなかったのか。その理由を孟浩然自身が言葉にして残しているわけではない。そもそも張子容とともに受験勉強に励んでいたとするのが一つの推測であるので、以下は推測の上に推測を重ねるものである。考えられる一つの理由として、都の情勢がなお不安定であるのを危惧したのかもしれない。孟浩然が勉強のために籠っていた鹿(ろく)門(もん)寺(じ)は、襄(じょう)州(しゅう)の中心都市である襄(じょう)陽(よう)の町とは漢(かん)水(すい)の流れをはさんで東側に位置する鹿(ろく)門(もん)山(ざん)の中にある。襄州は、通鑑712-23で見たように崔(さい)�G(しょく)が知事を務めたところであるが、北中国と南中国の結束点に当たり、地理的に重要な位置にある地方都市である。後の時代にモンゴルが南(なん)宋(そう)を攻撃したときに襄州での熾烈な攻防戦に勝利したモンゴルは、たちまち南中国の征服に成功した。そのような町であるので、都からの情報もある程度すばやく入ってきていたであろうから、孟浩然も都の情勢についてそれなりに情報は得ていたはずである。考えられるもう一つの理由として、鹿門山への強い愛着があったと推測される。その心情を知るために鹿門山について詠んだ詩を見ておこう。これは上の詩よりも4年ほど前の作であろうと推測されている。

【訳文】

清らかな暁に、興(きょう)がもととなってここに来ることとなった。

流れに乗って、漢(かん)水(すい)に臨む峴(けん)山(ざん)の前を越える。

沙(すな)辺(べ)の鳥は、近づいて初めてそれと識(し)れ、

浦(うら)辺(べ)の樹は、遠くに見わけられなくなる。

ようやく鹿(ろく)門(もん)山(ざん)に到るなら、

山は明るく、あたりは浅い靄に包まれている。

川は、巌と淵のたびに曲がるので、

舟をしばしば回転させなければならない。

聞くところでは、昔むかしに龐(ほう)徳(とく)公(こう)は、

薬草を採りに山に入ってついに返らなかったという。

龐徳公は不老長生薬の得られる谷で仙草を食べ、

石の寝床に苔を敷いて臥した。

心が乱れている私は、古(いにしえ)の人に感じ、

纜(ともづな)を結び、ひたすらに攀じ登る。

隠れ棲んだ跡はいまも残っているのに、

高き風ははるかに遠のくばかり。

白雲のように高潔な人はいつか行ってしまい、

群を抜く才のある人は他と関わらずに聳え立っている。

深く訪ねて行く思いはなお窮まらないが、

夕陽が暮れるままに舟を廻(めぐ)らせる。

【補足】［（1）これはある朝、思い立って鹿(ろく)門(もん)山(ざん)に登った半日のことを詠んだ詩。前半には鹿門山への道筋が歌われている。孟(もう)浩(こう)然(ねん)は舟に乗って襄(じょう)陽(よう)の町から漢(かん)水(すい)の流れを渡った。漢水は長(ちょう)江(こう)の支流の大きな川で、中に大きな中州があったりして舟からは変化に富んだ景観が見られる。町のかたわらには峴(けん)山(ざん)という小さいけれど歴史的に有名な山があり、川をはさんで鹿門山と対峙している。（2）詩の途中で「高き風」と歌っているのは、龐(ほう)徳(とく)公(こう)の風儀である。龐徳公は、孟浩然よりも500年ほど前、諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう)と同じ時代にほぼ同じ場所にいた人である。諸葛亮は劉(りゅう)備(び)の招きに応じて襄州を出て、いわゆる「天下三分の計」をもって蜀(しょく)の建国を助けたのだが、龐徳公はその少し前に、劉(りゅう)表(ひょう)の誘いを拒んで鹿門山に隠れ住んだ。龐徳公は漢(かん)水(すい)の中州の一つである魚(ぎょ)粱(りょう)洲(しゅう)にいたとも峴山の南にいたともいわれ、龐徳公と交わりを結びたいと思う者が大勢いた。しかし、龐徳公は町に足を踏み入れようとしなかった。このころ強盛になりつつあった劉表は、龐徳公を参謀に招こうとして幾人もの使者を送ったのだが全く応答がなかった。劉表は自ら出向き、「一身を保全するのと、天下を保全するのと、どちらがより大切なお仕事でありましょうか」と、龐徳公に尋ねた。龐徳公は、「鴻鵠(おおとり)の巣は高(こう)林(りん)の上にあって、日の暮れ方にそこにすみかを得ます。黿鼉(おおがめ)の穴は深い淵の底にあって、夕べにそこに宿を得ます。仕官するか隠遁するかは、巣か穴を求めるだけのことです。それぞれにすみかや宿を得ればよろしいので、私は天下を保つなど考えもしません」と答え、劉表の出現で中断させられていた野良仕事を再開した。妻と子は傍らでずっと草むしりを続けていた。劉表はなお龐徳公の脇に立ち、「先生は畑でこのように御苦労されていて、官に就いて禄を得ようとなさいません。それで子孫のために何をお遺しになるのでしょうか」。「世人が遺そうとするものは危うく、私が遺そうとするものは安らかです。遺すところは同じではなくても、遺すものがないわけではありません」。龐徳公はそれ以上は全く取り合わず、劉表は嘆息して去った。龐徳公は後に仙薬を採るために妻子を連れて鹿門山に入り、それきり帰って来なかった。（3）この詩は孟浩然が20歳のころの作だと推測されていて、目の前の風光を描写した対句、「沙禽近初識、浦樹遥莫弁」［沙(さ)禽(きん)は近(ちか)くして初(はじ)めて識(し)れ、浦(ほ)樹(じゅ)は遥(はる)かにして弁(べん)ずる莫(な)し］などには、すでに孟浩然の個性が溢れ出ている］

■［01-孟-03］孟浩然：澗南即事貽皎上人

【解題】上の詩で見たように鹿(ろく)門(もん)山(ざん)に強い憧れを抱いていた孟(もう)浩(こう)然(ねん)は、友人の張(ちょう)子(し)容(よう)も誘って、科挙の受験勉強に打ち込むために鹿(ろく)門(もん)寺(じ)に籠るようになった。孟浩然の家は農民であったと推測され、若い孟浩然が働かないで勉強に集中にできたのは、一族の支えがあったからで、一族にはそうするだけの余裕があったのだろう。

唐(とう)はよく知られているように律(りつ)令(りょう)制(せい)の国家で、人民は国家によって管理され、成人になると国から農地が配られ、兵役や租(そ)庸(よう)調(ちょう)の各種の負担を強いられた。普通の農民であるならば、孟浩然のように勉強に専心する息子を養うなど到底不可能である。貴族や上級官僚の家は様々な特権によって財を築き、それによって子弟に十分な教育を受けさせることもできた。杜(と)甫(ほ)の家は裕福ではなかったけれど、父が官人であったお蔭で7歳から詩賦を作るほどに勉学に打ち込むことができた。孟浩然の一族の経済の実態は明らかではないので、農民でありながらも何らかの例外的な特権に基づいて豊かな暮らしを獲得していたのだろうと仮に推測するしかない。例外的な特権を安定的なものにするには、一族から上級官僚を出すのが最も強力な手段となる。有望そうな少年を選んで教育を施し、特に見込みのある者はひたすら学問だけに専念させるにはそれなりの費用を要するが、科挙に合格して官職を得られたならば、投資に対する見返りは莫大なものがある。孟浩然はそうした一族の期待を一身に受けて鹿(ろく)門(もん)寺(じ)に籠ったのであろう。

孟浩然の先祖はいつのころかはわからないが、襄陽の南に定住し、土地を開墾し、豊かな農地を作り上げ、そこを「南(なん)園(えん)」と呼ぶようになった。孟浩然は南園の風光をこのほか愛し、繰り返し詩に歌っている。ここにその一例を見ておこう。これは四十代中頃の作品であろうかと推測されている。皎(きょう)上(しょう)人(にん)という僧に贈った詩で、題にある「澗(かん)南(なん)」とは澗(かわ)の南のこと、つまり漢(かん)水(すい)の南の土地、すなわち南園のあたりを指す。

【訳文】

傷んだ家は町から離れたところにあり、

生きる糧は田園から得るものだけ。

あたりに林や野が広がり、

名利を争う喧(けん)噪(そう)は聞えて来ない。

北の川で釣り竿を垂れ、

南の軒で樵(きこり)が歌うのを聞く。

詩文に書くのは静かな住まいのことだけ、

静(せい)浄(じょう)の道(みち)を得られた貴僧のお話を聞きたく思う。

【補足】［（1）二句目の原文は「素産唯田園」［素(そ)産(さん)は唯(た)だ田(でん)園(えん)］である。テキストによっては、「素業唯田園」となっているものもある。素(そ)業(ぎょう)は作品番号01-杜-01にもあった語で、杜(と)甫(ほ)は素業は官職にあったとし、孟浩然は田園にあったとする。二人の立ち位置は大きく異なっていた。（2）「名利を争う喧噪」と訳した原文は「朝市喧」［朝(ちょう)市(し)の喧(けん)］で、「朝(ちょう)」とは朝廷、「市(し)」とは一般社会のことであって、官員になれば「朝(ちょう)市(し)の喧(けん)」の真っただ中に自分の身を置くことになる。この詩ではその騒がしさから離れた南(なん)園(えん)にいられる幸いを歌っている］

■［01-孟-04］孟浩然：夜帰鹿門寺

【解題】孟(もう)浩(こう)然(ねん)は南(なん)園(えん)での暮らしを愛し、鹿(ろく)門(もん)山(ざん)にかつて隠棲した龐(ほう)徳(とく)公(こう)を強く慕っていた。それと、南園を守るためには官界に出なければならないという使命感とは、かなりの矛盾をはらんでいる。ここに掲げたのは、張(ちょう)子(し)容(よう)とともに上京しなかった前の年の作品。ある日、外出して鹿(ろく)門(もん)寺(じ)に戻ったときの思いを詠んだもの。この詩から、孟浩然は心中に悩ましい矛盾を抱えていたと推測することができるのではないだろうか。

【訳文】

山の寺は昼からすでに暗く、

鐘が響くころに、漁(ぎょ)粱(りょう)の渡し場では、

人々が騒がしく争い合う。

人は沙(すな)の路をたどってそれぞれの村に向かい、

私は舟に乗って鹿(ろく)門(もん)寺(じ)へと帰る。

月が昇って鹿(ろく)門(もん)山(ざん)を照らすと、

煙るような樹木が広がり、

なぜか私は龐(ほう)徳(とく)公(こう)の隠棲の場に来ている。

山の道は遥か遠くではないのにとこしえに寂(せき)寥(りょう)として、

夜に行き来するのは世に用なき人だけだ。

【補足】［川を渡って鹿(ろく)門(もん)寺(じ)に帰ってきた孟(もう)浩(こう)然(ねん)は、勉強のために借りている部屋にすぐに戻るのではなく、いつの間にか龐(ほう)徳(とく)公(こう)の隠棲の場として言い伝えられている山の中のとある場所に来ていた。孟浩然はこの詩で自分のことを「幽(ゆう)人(じん)」と表現している。幽人とは世間から離れてひっそりと暮らす人である。孟浩然は、疑似的な幽人暮らしを脱して官界に雄飛しなければならないのだが、真正の幽人にしか自分はなれそうにないと感じていたのだろう］