第12章　付録『和陶詩』

 

 

■【12-1-008a】和陶止酒、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『酒を止(や)める』の詩に和して弟に贈った。蘇軾の作品には経緯を記した序文がある。

 

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

丁丑歳、余謫海南、子由亦貶雷州。五月十一日相遇於藤、同行至雷。六月十一日相別、渡海。余時病痔呻吟、子由亦終夕不寐。因誦淵明詩、勧余止酒。乃和原韻、因以贈別、庶幾真止矣。

［丁(てい)丑(ちゅう)の歳［紹(しょう)聖(せい)四年］、私は海(かい)南(なん)島(とう)に謫(たく)され、弟もまた雷(らい)州に貶(おとしめ)られた。五月十一日に藤(とう)州で遇い、ともに雷州に至った。六月十一日に別れて、私は海を渡った。私はこのときに痔を病んで呻吟し、弟は一晩中私の横で眠らずにいた。そして、陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩を誦(うた)って、私に酒を止めるよう勧めた。それで、もとの韻に和して、送別の詩として贈った。できれば本当に止めたいものである］

 

　［陶淵明］

居止次城邑、［居(すまい)は城(ま)邑(ち)に次(やど)るのを止(や)めたので］

逍遙自間止。［逍(ぶら)遙(ぶら)して自(おのずか)ら間止(のどか)である］

坐止高蔭下、［坐(すわ)るのは止(た)だ高(たか)い蔭(こかげ)の下(した)だけで］

歩止蓽門裡。［歩(あゆ)むのは止(た)だ蓽(そまつな)門(もん)の裡(なか)だけである］

好味止園葵、［好(この)ましい味(あじ)は止(た)だ園(はたけ)の葵(やさい)だけで］

大歓止稚子。［大(おお)きな歓(よろこ)びは止(ただ)だ稚(おさな)い子(こ)だけである］

平生不止酒、［平生(ふだん)から酒(さけ)を止(や)めたことなどは不(な)く］

止酒情無喜。［酒(さけ)を止(や)めたりしたら情(こころ)に喜(よろこ)びが無(な)いのだ］

暮止不安寝、［暮(ゆうぐれ)に止(や)めたら、安(やす)らかには寝(ね)られ不(な)いし］

晨止不能起。［晨(あさ)に止(や)めたなら、能(うま)く起(お)きられ不(な)い］

日日欲止之、［日(とき)日(どき)は之(これ)を止(や)めようと欲(おも)うことはあるのだが］

営衛止不理。［営衛(ちのめぐり)が止(と)まって理(からだのはたらき)が不(だめ)になってしまう］

徒知止不楽、［徒(とにか)く知(わか)っているのは、止(や)めたら楽(たの)しく不(な)いのであって］

未知止利己。［未(ま)だ知(わか)っていないのは、止(や)めたら己(おのれ)にどんな利(り)があるのかということだ］

始覚止為善、［始(はじ)めてここに止(や)めることが善(ぜん)に為(な)ると覚(さと)ったので］

今朝真止矣。［今(け)朝(さ)は真(ほんとう)に止(や)めることにしたの矣(だった)］

従此一止去、［此(こ)れ従(から)は一(ひと)たび止(や)め去(き)ってしまったならば］

将止扶桑涘。［将(なんな)ら扶(ふ)桑(そう)［仙界の島］の涘(ほと)りにでも止(とど)まるとしようではないか］

清顔止宿容、［清(すがすが)しい（新しい）顔(かお)は宿(むかし)の容(かたち)は止(や)めてしまって］

奚止千万祀。［奚(どう)したって千(せん)万(まん)祀(ねん)どころでは止(とど)まらない［とんでもなく長生きをしてしまうのだ］］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩には、すべての句に「止」という文字が入っているが、蘇軾はそこまでは踏襲しない］

 

　［蘇軾］

時来与物逝、［時が来れば、ものの変化とともに逝くのであって］

路窮非我止。［路が窮まったからといって、僕は止まるわけではない］

与子各意行、［君とそれぞれに行くことを思っていのだが］

同落百蛮裏。［同じく南の涯の地に落ちてしまった］

蕭然両別駕、［二人とも名ばかりの官職に寂しく落とされ］

各携一稚子。［それぞれ一番下の息子を連れている］

子室有孟光、［君の部屋には昔の孟(もう)光(こう)のような立派な妻がいる］

我室惟法喜。［僕の部屋には仏法を信じる喜びがあるだけだ］

相逢山谷間、［僕と君は山と谷との間で逢い］

一月同臥起。［一カ月の間、一緒に寝起きした］

茫茫海南北、［これからは広々とした海の南と北に分かれる］

粗亦足生理。［生きてゆくことはほぼどうにかなるであろう］

勧我師淵明、［君は僕に陶(とう)淵(えん)明(めい)を師匠にせよと勧めてくれる］

力薄且為已。［僕は力が弱いのでしばらくはできてもだめになってしまうだろう］

微屙坐杯酌、［痔というつまらない病は杯を酌む罰として起こるのであって］

止酒則瘳矣。［酒を止めればきっと癒えるはずだ］

望道雖未済、［道を望み見て、まだ渡ってはいないけれど［病気の治療と旅を兼ねて歌っている］］

隱約見津涘。［渡し場はそれとわかるように見えている］

従今東坡室、［とすれば、これからは東(とう)坡(ば)の部屋では］

不立杜康祀。［杜(と)康(こう)［酒造りの名人］を祀ることはしないのだ［酒は止める］］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)も蘇軾も、酒を止めると宣言しつつ、結局は酒との縁は切れなかったようである］

 

■【12-1-015a】和陶還旧居

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『旧(きゅう)居(きょ)に還(かえ)る』の詩に和した。陶淵明のもとの詩は、50歳ごろの作。陶淵明は41歳で最後の職を辞めて故郷に帰り、上(じょう)京(けい)というところに住まいを構えたのだが、44歳のころに火事に遭って南に引っ越した［そのときのことを詠んだ『居(すまい)を移す』という詩を作品番号11-3-014aで見ている］。そこからまたもとの場所に戻ったときにこの『旧居に還る』を詠んだのである。蘇軾の詩は、夢で恵(けい)州のもとの居(すまい)に帰ったことを詠んでいる。

 

【訳文】

　［陶淵明］

疇昔家上京、［疇昔(むかし)は家(いえ)は上(じょう)京(けい)にあった］

六載去還帰。［六(ろく)載(ねん)が去(た)って還(ま)たここに帰(かえ)ってきた］

今日始復来、［今日(きょう)は復(ま)た来(き)た始(ばか)りでありながら］

惻愴多所悲。［惻(じん)愴(じん)と悲(かな)しむ所(ところ)が多(たくさん)にある］

阡陌不移旧、［阡陌(たてよこのみち)は旧(むかし)から移(うつ)って不(いな)いけれど］

邑屋或時非。［邑(むら)の屋(いえ)の或(あ)るものは時(とき)とともに非(なくな)ってしまった］

履歴周故居、［履(あるい)て歴(ぶらぶら)と故(もと)の居(すまい)のあたりを周(めぐ)ると］

隣老罕復遺。［隣(きんじょ)の老(ろうじん)も復(ま)た遺(のこ)っているのは罕(まれ)である］

歩歩尋往跡、［歩(ある)いて歩(ある)いてかつて往(い)った跡(あと)を尋(たず)ねると］

有処特依依。［処(ところ)によって特(とく)に依(しん)依(みり)するものが有(あ)る］

流幻百年中、［百年(いっしょう)の中(あいだ)も流(なが)れる幻(まぼろし)のようなもの］

寒暑日相推。［寒(さむ)い暑(あつ)いが日(ひ)にひに相(それ)ぞれに推(うつ)ってゆくのである］

常恐大化尽、［常(いつ)も恐(おそ)れているのは、わが大(いのちの)化(みなもと)が尽(つ)きてしまって］

気力不及衰。［気(き)力(りょく)が衰(ごじっさい)まで及(も)た不(な)いことだ］

撥置且莫念、［そんなことは撥(はら)って置(お)いて且(しばらく)は念(おも)わ莫(な)いようにして］

一觴聊可揮。［一觴(いっぱいのさけ)を聊(そろ)りと揮(の)むのが可(よい)のだろう］

 

　［蘇軾］

痿人常念起、［腰の立たなくなった人は、いつも起つことを念じているという］

夫我豈忘帰。［故郷を離れた私は、帰ることを忘れはしない］

不敢夢故山、［なのに、故郷を夢に見ないのはなぜなのか］

恐興墳墓悲。［先祖の墓の前で悲しみが興るのを恐れるからなのだろう］

生世本暫寓、［この世に生きるのはしばし寄寓するだけのもの］

此身念念非。［この身は一念ごとにもう異なっている］

鵝城亦何有、［鵞(が)城(じょう)［恵(けい)州］に何があるのかといったら］

偶拾鶴毳遣。［たまたま鶴の毛を拾っただけのところだ］

窮魚守故沼、［夢に行くと、困窮した魚がもとの沼にいて］

聚沫猶相依。［互いにあぶくをかけて寄り添い合っていた］

大児当門戸、［長男が門のところに立って］

時節供丁推。［季節の仕事を丁推(ボーイ)たちに指示していた］

夢与隣翁言、［隣の爺さんと話をしたら］

憫然憐我衰。［私が衰えたのを気の毒がってくれた］

往来付造物、［どこかへと往(い)ったり来たりするのは造物者に任せればよいので］

未用相招麾。［人が招いたり呼んだりするまでもない］

 

■【12-1-018a】和陶連雨独飲二首、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『連(れん)雨(う)に独(ひと)り飲(の)む』という詩に和した。蘇軾の詩には序文がある。

 

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

吾謫海南、尽売酒器以供衣食、独有一荷葉杯工制美妙、留以自娯。乃和淵明連雨独飲。

［私は海(かい)南(なん)島(とう)に謫(たく)され、酒の器を全て売って衣食に換えている。ただ「荷(か)葉(よう)杯(はい)」の一つだけは手元にとどめている。巧みな作りで非常に美しいので、自分の娯(たのしみ)として残しているのである。それで陶(とう)淵(えん)明(めい)の『連(れん)雨(う)独(どく)飲(いん)』の詩に和した］

 

　［陶淵明］

運生会帰尽、［生(せい)を運(めぐ)らせるものは会(かなら)ず尽(つ)きるところへと帰(ゆ)く］

終古謂之然。［終古(むかしからいま)も之(それ)が然(そのとおり)であると謂(い)う］

世間有松喬、［世(せ)間(けん)にもしも松(しょう)さんや喬(きょう)さん（といった昔の仙人）が有(い)たとしても］

於今定何間。［今(いま)に於(お)いて定(はた)して何(ど)の間(あたり)にいるというのか］

故老贈余酒、［故(ちょう)老(ろう)が余(わたし)に酒(さけ)を贈(おく)ってくれて］

乃言飲得仙。［乃(それ)で言(い)うには「飲(の)めば仙(せんにん)に得(なれ)ますよ」と］

試酌百情遠、［試(ため)しに酌(く)んでみたら、百(ひゃく)の情(おもい)が遠(とお)くにいってしまって］

重觴忽忘天。［觴(さかずき)を重(かさ)ねると、忽(たちま)ち天(てん)も忘(わす)れてしまった］

天豈去此哉、［（こうなると）天(てん)は豈(け)っして此(ここ)から去(とお)くない哉(のだ)］

任真無所先。［わが真(まこと)に任(まか)せればよいだけで、（何か）先(さき)んじて（導く）所(ところ)のものなどは無(な)い］

雲鶴有奇翼、［それは雲(くも)ゆく鶴(つる)に奇(ふしぎ)な翼(つばさ)が有(あ)るようなかんじで］

八表須臾還。［八表(てんちのはて)までも須臾(いっしゅん)で還(めぐ)るのである］

自我抱茲独、［我(わたし)が茲(ここ)の独(ひとつのわたし)を抱(いだ)くようになって自(から)］

僶俛四十年。［僶俛(つとめはげむ)こと四(よん)十(じゅう)年(ねん)］

形骸久已化、［形(にく)骸(たい)は久(ながら)く已(すで)に化(だめ)になってしまったけれど］

心在復何言。［心(こころ)というものが在(あ)るのだから復(さら)に何(なに)か言(い)うことなどはないのだ］

【補足】［（1）3句目にある「松(しょう)喬(きょう)」は、赤(せき)松(しょう)子(し)と王(おう)子(じ)喬(きょう)という有名な仙人を指す。本当にそのような仙人がいたのなら、いまもどこかにいるはずだと、陶(とう)淵(えん)明(めい)は仙人が実在することを疑い、酒に酔った心持ちこそ仙人になったも同然とこの詩では歌っている。（2）終わりから4句目の「自我抱茲独」［我(われ)れ茲(こ)の独(どく)を抱(いだ)いて自(より)］は、己の個性故に苦しみがあるといっていて、1600年前の人の言葉とは思えない。陶淵明は当時の虚無的な時代背景もあって、唯物論的で、蘇軾よりもむしろ現代に近いと感じられるところもある］

 

　其の一［蘇軾］

平生我与爾、［これまでずっと私と君［荷(か)葉(よう)杯(はい)］は］

挙意輒自然。［心に思うことがあると、すぐに互いにうなずきあってきた］

豈止磁石針、［磁石と針はぴったり合うというけれど］

雖合猶有間。［それでもときには距離ができる］

此外一子由、［君のほかにも僕には一人の弟がいる］

出処同偏遷。［出るのも退くのも、とにかく移り変わりを一緒にしてきた］

晩景最可惜、［人生の暮れ方には、ほんのひとときであっても惜しまれるのに］

分飛海南天。［弟と分かれて南の空のもとの海辺に来てしまった］

糾纏不吾欺、［「糾(あざな)える縄のごとし」とは私にぴったりで］

寧此憂患先。［憂(ゆう)患(かん)ばかりがいつも先に立つわけではない］

顧引一杯酒、［顧みて、一杯の酒を手にして］

誰謂無往還。［やりとりをする相手が誰もいないわけではない］

寄語海北人、［海の北の人［弟］に言葉を寄せる］

今日為何年。［「今日は何の年でありますかな」と］

酔裏有独覚、［酔うなかで独り覚めることがある］

夢中無雑言。［夢の中だって無駄なことはいわないのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)のもとの詩は1首だけで、蘇軾は2度和している］

 

　其の二［蘇軾］

阿堵不解酔、［阿堵(こやつ)は酔うということがわかっていない］

誰歟此頽然。［誰なのだ、ここで頽(ぐだ)然(ぐだ)になっているのは］

誤入無功郷、［誤って、かの王(おう)積(せき)が村長をしている酔っ払いの里に入ってしまって］

掉臂嵇阮間。［大手を揮って嵇(けい)康(こう)や阮(げん)籍(せき)のなかまになろうとしてみたりする］

飲中八仙人、［かの酔っ払いの八(はち)仙(せん)人(にん)にまざって］

与我俱得仙。［われもいっしょに仙人になったとほざいてみたりもしている］

淵明豈知道、［陶(とう)淵(えん)明(めい)は道(みち)がわかっていたわけではあるまいに］

酔語忽談天。［酔うとたちまち天について語った］

偶見此物真、［つまり酔ったときには真(まこと)が見えるのであって］

遂超天地先。［天地の先にまでも超えてゆくのである］

酔醒可還酒、［酔いが醒めたら、また酒に還ったらよいので］

此覚無所還。［覚ったことは還るところなくずっとここにある］

清風洗徂暑、［すがすがし風が吹いてきてひどい暑さを洗ってくれる］

連雨催豊年。［この連日の雨が豊年をもたらしてくれるだろう］

床頭伯雅君、［枕元にある伯雅君(さかずき)［荷(か)葉(よう)杯(はい)］よ］

此子可与言。［君を相手にとにかく語ろうではないか］

【補足】［3句目に「無功郷」［無(む)功(こう)の郷(さと)］とあるが、「無功」とは大酒飲みの王(おう)績(せき)［→作品番号11-2-006］の字(あざな)で、酔人どもの故郷ということであろう。4句目の「嵇(けい)阮(げん)」は、「竹林の八賢人」の嵇(けい)康(こう)と阮(げん)籍(せき)のこと。5句目の「飲(いん)中(ちゅう)八(はっ)仙(せん)」は、杜(と)甫(ほ)が同じ時代の8人の大酒飲みについて詠んだ『飲中八仙歌』という詩があって、李(り)白(はく)ら8人の大酒飲みのことである］

 

■【12-1-019a】和陶示周掾祖謝

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『周(しゅう)続(ぞく)之(し)、祖(そ)企(き)、謝(しゃ)景(けい)夷(い)の三(さん)郎(にん)に示す』という詩に和した。周続之は「潯(じん)陽(よう)三(さん)隠(いん)」［陶淵明と同時期の隠者］の一人。祖企と謝景夷がどのような人であるかはわかっていない。

 

【訳文】

　［陶淵明］

負痾頽檐下、［わたしは頽(くず)れた檐(ひさし)の下(した)で痾(やまい)を負(お)って］

終日無一欣。［終日(いちにちじゅう) 一(ひと)つの欣(よろこ)びさえも無(な)い］

薬石有時閑、［薬(くすり)や石(はり)［鍼］によって時(とき)に閑(のどか)で有(あ)るときには］

念我意中人。［我(わたし)の意(こころ)の中(なか)にある（本当に心を許せられるような）人(ひと)を念(おも)うのである］

相去不尋常、［（詩の題にある三人と）相(それ)ぞれ去(はな)れること尋(わずか)常(ばかり)も不(ない)のだか］

道路邈何因。［道(みち)路(のり)が邈(はる)かであるのは何(なに)に因(よ)るのだろうか］

周生述孔業、［周(しゅう)生(くん)が孔(こうし)の業(がくもん)を述(おし)えるというので］

祖謝響然臻。［祖(そ)と謝(しゃ)はそれに響(ひび)きあう然(よう)にしてそこに臻(いた)ったという］

道喪向千載、［道(みち)が喪(ほ)ろんでから千(せん)載(ねん)にも向(なろう)としていて］

今朝復斯聞。［今朝(けさ)は復(ま)た斯(ここ)で聞(き)けるというわけだ］

馬隊非講肆、［でもそこは馬(うま)の隊(ぶたい)のいるところで、ほんとうは講(こうぎ)をする肆(ところ)では非(ない)のだ］

校書亦已勤。［書(しょもつ)の校(こうごう)に亦(ま)た已(すで)に勤(つと)めているとか］

老夫有所愛、［この老(お)いた夫(おとこ)［陶淵明］も（学問や校合）は愛(あい)する所(ところ)で有(あ)るから］

思与爾為隣。［爾(きみ)らと与(とも)に隣(とな)りに為(な)りたいとは思(おも)うさ］

願言謝諸子、［でも願(ねが)うのは、言(ここ)で諸(しょ)子(くん)に謝(あやま)ること］

従我穎水浜。［我(わたし)は穎(えい)水(すい)の浜(ほとり)で従(やりたいようにす)るだけなのだ］

【補足】［訳文ではうまく表せていないが、これは実は3人に対する痛烈な皮肉を述べている詩なのである。3人はある有力者のもとに参じて、学問の講義と書物の校合を行うことになり、陶(とう)淵(えん)明(めい)も一緒にやらないかと誘ってきた。それに対して、許(きょ)由(ゆう)がけがらわしいことを聞いたと穎(えい)水(すい)の水で耳を洗った故事［→作品番号11-2-087の其の三］を引いて、強く拒絶したのである］

 

　［蘇軾］

聞有古学舎、［古い学舎(まなびや)があると聞いて］

竊懐淵明欣。［学問好きの陶(とう)淵(えん)明(めい)が抱いたような悦びが湧いた］

攝衣造両塾、［衣をたくし上げて、二つの教室があるそこに行き］

窺戸無一人。［戸からのぞくと中には一人もいない］

邦風方杞夷、［この国の風俗は杞夷(がいこく)のようであるけれど］

廟貌猶殷因。［孔(こう)子(し)の廟はそれでも殷因(いかめしく)つくられている］

先生饌已缺、［学舎の先生は食べるものにも事欠くようで］

弟子散莫臻。［弟子は減っていまでは来る者もいない］

忍饑坐談道、［飢えを忍んで道(みち)を考究していかなければならないのだ］

嗟我亦晩聞。［ああ、私もまた道を聞くことが遅い一人であった］

永言百世祀、［孔子の廟は百世にわたって永く祀られてきたというが］

未補平生勤。［いまでは普段の勤めさえ不足がちだ］

今此復何国、［ここはどのような国であるのか］

豈与陳蔡隣。［まさか孔子が災厄にあった陳(ちん)国(こく)と蔡(さい)国(こく)の隣りに当たるのか］

永愧虞仲翔、［私はかの虞(ぐ)仲(ちゅう)翔(しょう)に対して恥じなければならない］

弦歌滄海浜。［大海の浜辺に放逐されても、古い音楽を演奏してゆくべきなのだ］

 

■【12-1-021a】和陶勧農六首、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『農(のう)を勧(すす)める』という詩に和した。蘇軾の詩には短い序文がある。陶淵明の詩は、最終的に退隠する前の39歳ごろの作と推定されている。

 

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

海南多荒田、俗以留香為業。所産粳稌不足於食、乃以薯芋雑米作粥糜以取飽。余既哀之、乃和淵明勸農詩、以告其有知者。

［海(かい)南(なん)島(とう)には荒れた農地がたくさんある。島の民衆は香(こう)木(ぼく)を島の外に売ることに従事している。島で生産される粳稌(こめ)は人々が食べるには足りないので、米に薯芋(いも)をまぜて粥糜(かゆ)を作って腹を満たしている。私はこのありさまを悲しみ、陶(とう)淵(えん)明(めい)の『農(のう)を勧める』詩に和して、知り合いの者に告げた］

 

　其の一［陶淵明］

悠悠上古、［悠(はる)かな悠(はる)かな上古(おおむかし)］

厥初生民、［厥(そ)の初(はじ)めに生(い)きる民(たみ)は］

傲然自足、［傲(じゆうに)然(あそん)で自(みずか)ら足(みちた)りて］

抱朴含真。［朴(そぼく)さを抱(いだ)き、うちに真(まこと)を含(ふく)んでいた］

智巧既萌、［そこに智(さかしら)と巧(たく)みが既(す)でに萌(きざ)すと］

資待靡因。［（原始的な採集経済が破綻して）資(もたらすもの)も待(まつもの)も因(よ)るところが靡(な)くなってしまった］

誰其贍之、［誰(だれ)が其(そ)のときに之(くらし)を贍(ゆたか)にしたのかというと］

実頼哲人。［実(まこと)に哲(かしこい)人(ひと)に頼(よ)ったのであった］

【補足】［（1）陶(とう)淵(えん)明(めい)のこの一連の詩は一句四言の古風な形式で作られている。（2）第一首は文明の始まりについて歌っている。大昔には、素朴な自給自足の暮らしが成り立っていたのだが、こざかしい知恵が生まれると、世は争乱状態に陥り、安定した生活が破壊されてしまった。そこに哲人＝聖人が現れ、民衆を指導して秩序を取り戻し、世の中を救った。これは中国の伝統的な価値観に基づくストーリーであって、人が集まると必ず欲望をむき出しにした争奪戦となってしまうから、哲人＝聖人が上から統治しなければ安定した社会が築けないとするものである。このことに疑いの余地がないのなら、国家の頂点に皇帝［天からの負託によって哲人＝聖人に擬せられる存在となる］がいて、そのもとで士(し)大(たい)夫(ふ)が働いて［皇帝が哲人＝聖人であるように補佐し、同時に民衆が進んで支配を受けるように教導する］、民衆を搾取するという構図は完全に正当化されるのである。以下、陶淵明はこうした為政者側の論理に依拠して詩を詠んでゆく］

 

　其の一［蘇軾］

咨爾漢黎、［ああ、諸君ら、漢(かん)人(じん)と黎(れい)人(じん)は］

均是一民。［等しく同じ民である］

鄙夷不訓、［漢人は夷(えびす)［黎人］を卑しんで教えようとしない］

夫豈其真。［それは人としての真(まこと)にそむくのではないのか］

怨憤劫質、［黎人はときに怨み憤って漢人を刧(おびや)かして人質にし］

尋戈相因。［あるいは戈(ほこ)を持って集まって騒いだりする］

欺謾莫訴、［そうでもしなければ、漢人の欺瞞を訴えることができないからで］

曲自我人。［落ち度は我ら漢人にあるのだ］

 

　其の二［陶淵明］

哲人伊何、［哲(てつ)人(じん)とは伊(さて)も何(だれ)なのか］

時惟后稷。［時(それ)は惟(まさし)く后(こう)稷(しょく)そのひとである］

贍之伊何、［（后稷が）之(たみ)を贍(ゆた)かにしたのは伊(さて)も何(なん)であったのか］

実曰播植。［実(じつ)に曰(それ)こそは播(ま)いて植(う)えること［農業］であった］

舜既躬耕、［舜(しゅん)は既(もと)より躬(みずか)ら耕(たがや)し］

禹亦稼穡。［禹(う)も亦(ま)た稼(うえ)たり穡(とりいれ)たりした］

遠若周典、［遠(とお)く周(しゅう)典(てん)に若(したが)うなら］

八政始食。［八(はち)政(せい)の始(はじ)まりは食(しょく)にあるのだ］

【補足】［ここでは、農(のう)の起源が歌われている。伝説の聖君主である堯(ぎょう)と舜(しゅん)のもとで農官であった后(こう)稷(しょく)が農の始祖であったとされる。農はその始まりからして上から民衆に授けられたものだったのである。そして、后稷が開いた周(しゅう)王朝の歴史について記した『周(しゅう)典(てん)』には、政治の八つの基本［八(はち)政(せい)］の筆頭に「食(しょく)」が置かれている。こうして、上からの視点で国家の基本を説く装置が多々用意されているのである］

 

　其の二［蘇軾］

天禍爾土、［天は諸君［黎(れい)人(じん)］の土地に禍(わざわい)をなしたのか］

不麦不稷。［麦も稷(きび)も稔らない］

民無用物、［そのかわりに、民にとっては無用のもの］

怪珍是殖。［怪(あや)しく珍しいものがたくさんにある］

播厥熏木、［薫る木ばかりをとかくはびこらせ］

腐餘是穡。［それらが枯れ果てた跡地で耕作をしている］

貪夫汙吏、［（漢人の）貪欲な男や不正を働く官吏が］

鷹鷙狼食。［鷹のように狙い狼のように食らおうとしているのである］

 

　其の三［陶淵明］

熙熙令徳、［熙(ひろ)く熙(ひろ)く（哲人）の令(うるわ)しい徳(とく)がゆきわたって］

猗猗原陸。［猗(うつくし)く猗(うつくし)く原(はら)も陸(りく)もかわった］

卉木繁栄、［卉(くさ)や木(き)が繁(しげ)り栄(さか)え］

和風清穆。［和(なご)やかな風(かぜ)が清(きよ)らかに穆(おだ)やかにふいたのだった］

紛紛士女、［紛(たく)紛(さん)の士(おとこ)や女(おんな)が］

趨時競逐。［時(きせつ)ごとに趨(はし)るようにして競(きそ)って逐(はげ)んだ］

桑婦宵興、［桑(くわ)をつむ婦(おんな)は宵(よる)にも興(お)き］

農夫野宿。［農(のう)夫(ふ)は野(はたけ)に宿(やど)ったのである］

【補足】［ここでは、哲人の教化を受けた民衆が、農作業に勤しんで平和に暮らすようすが歌われている］

 

　其の三［蘇軾］

豈無良田、［良い農地がないわけではない］

膴膴平陸。［肥沃な平らな土地もある］

獣蹤交締。［しかし、獣の足跡が入り乱れ］

鳥喙諧穆。［鳥が楽しげに啄(つい)ばんでいる］

驚麏朝射、［（黎(れい)人(じん)はそこで）朝には鹿を射て］

猛豨夜逐。［夜には猛々しい猪を追いかける］

芋羹薯糜、［里芋の羹(スープ)と長芋の糜(かゆ)で］

以飽耆宿。［老人たちの腹をどうにか満たしているのである］

【補足】［同じ其の三で陶(とう)淵(えん)明(めい)が歌った麗しい世界とは全く異なる海(かい)南(なん)島(とう)の現実が描写されている］

 

　其の四［陶淵明］

気節易過、［気(き)節(せつ)［季節］は過(す)ぎてゆき易(やす)く］

和沢難久。［和(なご)やかな沢(めぐみ)みが久(ひさ)しくあるのは難(むずか)しい］

冀缺携儷、［冀(きのくに)の缺(かつ)は儷(つま)と携(たずさ)えてはげみ］

沮溺結耦。［（長(ちょう)）沮(そ)と（桀(けつ)）溺(でい)は結(ふたり)で耦(たがや)した］

相彼賢達、［彼(そのよう)な賢(けん)（人(じん)）や達(たっ)（士(し)）を相(み)ても］

猶勤壟畝。［猶(やは)り壟畝(はたけ)で勤(つと)めたのである］

矧伊衆庶、［矧(まし)て伊(こ)れらの衆(おおく)の庶(しょ)（民）は］

曳裾拱手。［裾(すそ)を曳(ひ)きずって手(て)を拱(こま)ねいて（だらけていてはならないのだ）］

【補足】［（1）ここで陶(とう)淵(えん)明(めい)は、昔の幾人かの賢人を挙げて、そうした人々も農業に励んだのであるから、一般の民衆はもっともっと励まなければならないと歌っている。陶淵明は為政者側の一員として民衆を叱咤しているのであって、これは退隠後の陶淵明の振る舞いとはいささか異なるものがあるだろう。（2）長(ちょう)沮(そ)と桀(けつ)溺(でい)は『論(ろん)語(ご)』に出てくる隠者で、孔(こう)子(し)はその2人とは価値観を全く異にすると断言した。つまり2人は社会的秩序の外にある人間であるとして見放したのである。しかし、この詩では、長沮と桀溺も上から哲人によって授けられた農にせっせと携わる人であるとして歌われていて、かなり違和感がある］

 

　其の四［蘇軾］

聴我苦言、［私の苦言を聴くがよい］

其福永久。［永く久しい福をもたらすであろう］

利爾耝耜、［諸君の鋤や鍬を研(みが)き］

好爾隣偶。［隣近所と仲良くして］

斬艾蓬藋、［雑草を切り払って］

南東其畝。［南東に向けて畝をつくるのだ］

父兄搢梃、［父兄は梃(つえ)を脇にはさんで］

以抶游手。［遊びまわっている連中を叩くがよい］

 

　其の五［陶淵明］

民生在勤、［民(たみ)の生(くらし)は勤(つと)めることに在(あ)って］

勤則不匱。［勤(つと)めれば則(きっ)と匱(とぼし)くはなら不(な)い］

宴安自逸、［宴安(のんべんだらり)と自逸(かってきまま)でいると］

歳暮奚冀。［歳(とし)の暮(く)れになって奚(どうに)も冀(おもう)ようにならなくなるのだ］

擔石不儲、［擔石(いっぴょうにひょう)でも儲(たくわえ)が不(な)いと］

飢寒交至。［飢(う)えや寒(さむ)さが交(こも)ごも至(やって)くる］

顧余儔列、［余(しょくん)らのそのような儔列(なかま)を顧(かえりみ)て］

能不懐愧。［愧(はじ)を懐(おも)わ不(ず)には能(いられ)ないだろう］

 

　其の五［蘇軾］

天不仮易、［天は安直なことはゆるさないかわりに］

亦不汝匱。［諸君を乏しくさせることはしない］

春無遺勤、［春に怠ることがなければ］

秋有厚冀。［秋には大きな期待が生まれる］

雲挙雨決、［雲が湧き立てば雨が大いに降って］

婦姑畢至。［女たちがみな農地に集まる］

我良孝愛、［我等はまことに孝愛の民］

袒跣何愧。［裸足で肌脱ぎになって喜んで働くのだ］

 

　其の六［陶淵明］

孔耽道徳、［孔(こう)（子(し)）は道(どう)徳(とく)を（講究することに）耽(ふけ)り］

樊須是鄙。［（農を学びたいといった）樊(はん)須(しゅ)は是(さて)も鄙(つまらな)いものだとした］

董楽琴書、［董(とう)（仲(ちゅう)舒(じょ)）は琴(こと)や書(しょもつ)を楽(たの)しんで］

田園弗履。［田園(のうち)には履(ふ)みいら弗(なか)った］

若能超然、［若(もし)も超(ちょう)然(ぜん)として］

投迹高軌。［（孔子や董仲舒のような）高(た)い軌(みち)の迹(あと)を投(たど)ることが能(でき)るのならば］

敢不斂衽、［敢(もち)不(ろん)のこと衽(えり)を斂(ただ)して］

敬賛徳美。［敬(つつし)んで徳(とく)の美(び)を賛(たた)えるのだけれど］

【補足】［（1）この結びの詩を詠んだ陶淵明(とうえんめい)のココロはいささか読み取りにくい。孔(こう)子(し)や董(とう)仲(ちゅう)舒(じょ)［漢(かん)代(だい)の大学者］が学問を重んじて農を軽んじたことを引いて、世俗から超然としていられるのならば、そうした振る舞いを讃えることもできようかと、ちょっぴり皮肉を交えて歌っている。つまりは、人間生活の基本はやはり農にあるのではないかといっているようである。上から教え導くという姿勢で「農を勧める」ことを歌っていながら、ここで孔子や董仲舒に対して斜に構えた態度をとるのはどういうことなのだろうか。（2）もしも、民衆が自らの手で農を始めたとするのなら、長(ちょう)沮(そ)や桀(けつ)溺(でい)は為政者の存在を無視して民衆の代表者として堂々と己の畑を耕していればよく、孔子を笑い飛ばし、さらには搾取構造を破壊する方向に進むのがよいと気づくであろう。陶淵明は退隠後もそこまでの主張はしなかったけれど、この詩では己の足場をどこに置くのか定まっていなかったようである］

 

　其の六［蘇軾］

逸諺戯侮、［遊んで無駄ごとをいうのは笑って侮るべきこと］

博弈頑鄙。［博打(ばくち)は徹底して卑しむべきことだ］

投之生黎、［そうしてことを黎(れい)人(じん)のなかに持ち込んではならない］

俾勿冠履。［漢(かん)人(じん)の官吏の真似をさせてはならないのだ］

霜降稲実、［霜が降るころには稲が稔り］

千箱一軌。［一台の車ごとに千箱の米を載せて運べるようになる］

大作爾社、［諸君らの村は大いににぎわって］

一酔醇美。［うまい酒に酔うことができるようになるのだ］

 

■【12-1-024a】和陶赴仮江陵夜行

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『辛(しん)丑(ちゅう)の歳(とし)の七月、赴仮(やすみをおえ)て江(こう)陵(りょう)に還(かえ)ろうとして、夜に塗(と)口(こう)を行く』という詩に和した。辛丑は隆(りゅう)安(あん)五年［401年］、陶淵明は37歳。このとき江陵［江(こう)州］知事の桓(かん)玄(げん)［当時の実力者］に仕えていて、休暇を得て郷里に帰り、そしてまた江陵に戻る途中でこの詩を詠んだのだった。蘇軾の詩には「郊外を行き、月に歩んで作る」との添え書きがある。

 

【訳文】

　［陶淵明］

閑居三十載、［閑(かん)居(きょ)すること三(さん)十(じゅう)載(ねん)］

遂与塵事冥。［遂(ずっ)と塵(せけん)の事(こと)に与(つい)ては冥(くら)かった］

詩書敦宿好、［詩(し)と書(しょ)には宿(いつ)も好(この)んで敦(あつ)くしたしみ］

林園無世情。［林(はやし)や園(はたけ)には世(せけん)の情(からみ)は無(な)かった］

如何捨此去、［如何(どうしたこと)か此(それ)を捨(す)て去(さ)って］

遙遙至西荊。［遥(はる)かに遥(はる)かに西(にし)の荊(けい)（州）［江(こう)陵(りょう)］に至(く)ることになった］

叩枻新秋月、［枻(かい)を叩(たた)いて［舟を出して］、新(あらた)な秋(あき)の月(つき)のもとで］

臨流別友生。［流(なが)れに臨(のぞ)んで友(とも)生(だち)と別(わか)れた］

涼風起将夕、［涼(すず)しい風(かぜ)が将(ちょう)ど夕(よる)になるころに起(お)こり］

夜景湛虚明。［夜(よる)の景(けしき)は虚(からっぽ)の明(あか)るさに湛(ひた)されている］

昭昭天宇闊、［昭(あかる)く昭(あかる)く天(てん)の宇(おおやね)は闊(ひろ)く］

皛皛川上平。［皛(あかる)く皛(あかる)く川(かわ)の上(うえ)は平(たい)らである］

懐役不遑寐、［役(しごと)を懐(おも)うと寐(ね)る遑(いとま)は不(な)く］

中宵尚孤征。［中宵(まよなか)にも尚(な)お孤(ひと)り征(すす)むのである］

商歌非吾事、［商歌(わがみをうりこむ)のは吾(わたし)のする事(こと)では非(な)く］

依依在耦耕。［依依(こころひかれる)のは耦(ふたり)で耕(たが)やすことに在(あ)る］

投冠旋旧墟、［（いつか）冠(かんむり)を投(な)げすてて旧(もと)の墟(すまい)に旋(かえ)ろうではないか］

不為好爵縈。［好(けっこう)な爵(くらい)の為(ため)に縈(つながれ)たりはし不(な)いのだ］

養真衡茅下、［真(まこと)を衡茅(ぼろや)の下(もと)で養(やしな)って］

庶以善自名。［庶(ねが)うのは善(ぜん)を以(も)って自(みずか)らの名(な)とすることだ］

【補足】［（1）第一句に、三十年とあるのは概数で、桓(かん)玄(げん)のもとに出仕したのは35歳のときであった。（2）「商(しょう)歌(か)」とあるのは、昔、商の歌［悲しい調べの歌］を王様の前でうたって自分の才能を示して用いられた者がいたことから、自身を売り込むことをいう。（3）「耦(ぐう)耕(こう)」は作品番号12-1-021aの其の四などで見ている長(ちょう)沮(そ)と桀(けつ)溺(でい)が二人で並んで耕作した故事で、心を同じくする友と世俗から隔絶して農耕生活を送ることへの憧れをここに籠めている。（4）陶淵明は江(こう)陵(りょう)に帰還する途中、月の光のもとで、いつか必ず退隠しようとの決意をこの歌に示したのである。願うのは、善をもって生きたといわれるような人物になることだった］

 

　［蘇軾］

缺月不早出、［欠けた月は早くには出ない］

長林踏青冥。［林の青黒い影をずっと踏んできた］

犬吠主人怒、［犬が私に向かって吠えたので、そこの主人が叱った］

愧此閭裏情。［この村里の心遣いをありがたく思う］

怪我夜不帰、［夜になっても私が帰らないのを怪しく思って］

茜袂窺柴荊。［茜(あか)い袂の女中が門のあたりをじっと見守っている］

雲間与地上、［雲間にも地上にも］

待我両友生。［私を待ってくれる友がいるというわけだ］

驚鵲再三起、［鵲(かささぎ)が驚いたように再三飛び立つうちに］

樹端已微明。［樹の端がわずかに明るくなってきた］

白露浄原野、［白い露が一面に降りて野原を浄(きよ)らかにしたので］

始覚丘陵平。［丘陵が平らになってしまったかのように感じられる］

暗蛩方夜績、［どこかで、夜なべ仕事に糸を紡いでいるように蛩(きりぎりす)が鳴き］

孤蛍亦宵征。［蛍がひとつぽつんと暗がりを飛んで行く］

帰来閉戸坐、［帰り来て戸を閉じて座り］

寸田且黙耕。［一寸の丹(たん)田(でん)をしばらく黙々と耕す］

莫赴花月期、［もはや花の季節に赴くのはよそう］

免為詩酒縈。［詩や酒にまといつかれるのから免れるであろう］

詩人如布穀、［詩人とは布穀(カッコウ)のようなものだ］

聒聒常自名。［聒(カッコウ)聒(カッコウ)と常に自分の名をいっているのだ］

 

■【12-1-026a】和陶擬古九首

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)が古い時代の詩に似せて詠んだ「擬(ぎ)古(こ)」という詩に和した。陶淵明の詩は50代半ば頃の作だという。蘇軾の詩は、海(かい)南(なん)島(とう)に来てからの種々の思いを詠んだもの。2人の作とも、象徴的で、その多くが含意を読み取りにくい。

 

【訳文】

　其の一［陶淵明］

栄栄窓下蘭、［栄(きら)栄(きら)と窓(まど)の下(した)の蘭(らん)］

密密堂前柳。［密(もこ)密(もこ)と堂(へや)の前(まえ)の柳(やなぎ)］

初与君別時、［初(はじ)めにもどると、（そのような季節に）君(きみ)与(と)別(わか)れた時(とき)には］

不謂行当久。［（君の）行(たび)が当(こう)も久(なが)くなるとは謂(おも)いもし不(な)かった］

出門万里客、［門(もん)を出(で)て（君は）万(ばん)里(り)をゆく客(たびびと)となり］

中道逢嘉友。［道(みち)の中(なか)ほどで嘉(よ)い友(とも)に逢(あ)った］

未言心先酔、［未(ま)だなにも言(い)わないうちに（君の）心(こころ)は先(ま)ず（その友に）酔(よ)ってしまい］

不在接杯酒。［杯(さかずき)の酒(さけ)を接(つぎあ)う在(ことをする)だけでは不(な)いあいだがらとなったのだった］

蘭枯柳亦衰、［蘭(らん)は枯(か)れ柳(やなぎ)も亦(ま)た衰(おとろ)えて］

遂令此言負。［遂(つい)に（私との）此(あのとき)の言(ことば)に負(そむ)くことに令(な)ってしまった］

多謝諸少年、［多謝(よくよくもうしあげ)よう、諸(きみ)ら少年(わかいひと)たちに］

相知不忠厚。［相(とも)に知(し)ることは忠(まごころ)の厚(あつ)いものでは不(な)ったのだと］

意気傾人命、［意(い)気(き)（がぴったりあうなら）人(ひと)は命(いのち)だって傾(かたむ)けるだろうし］

離隔復何有。［離(はな)れ隔(へだ)ったところで復(き)っと何(なに)もさしさわりは有(あ)ろうはずがないのだ］

【補足】［この詩はいろいろな解釈がありうるだろう。ここでは、陶淵明(とうえんめい)のもとを去った若い友人に苦言を呈したとする解釈に基づいて訳した。友人はほかの人に心酔し、陶淵明とは異なる価値観を持つようになってしまったのだ］

 

　其の一［蘇軾］

有客叩我門、［客人が来て我が門を叩いた］

繋馬門前柳。［客人は馬を門の前の柳に繋いだ］

庭空鳥雀散、［我が庭は雀さえいないくらいにがらんとしていて］

門閉客立久。［門が閉ざされたままで、客人は長らく立っていた］

主人枕書臥、［私は書物を枕にして横になっていて］

夢我平生友。［夢に昔の友を見ていた］

忽聞剝啄声、［すると、とんとん叩く音が聞こえてきて］

驚散一杯酒。［一杯の酒による酔い心地もふきとんで目を覚ました］

倒裳起謝客、［あわてて着物を逆さまにひっかけて客人に挨拶をした］

夢覚両愧負。［夢のなかでも目覚めても、どうにも恥ずかしいことばかりだ］

坐談雑今古、［客人ととりとめなく古今のことを語り］

不答顔愈厚。［わからないことがあると、面の皮を厚くして答えなかった］

問我何処来、［どこから来たのかと、私は問われて］

我来無何有。［無何有(ユートピア)からだといっておいた］

【補足】［蘇軾は、陶(とう)淵(えん)明(めい)のもとの詩は架空の相手とのものであると解釈し、自身も架空の訪問客との問答を詩に詠んだのだろう］

 

　其の二［陶淵明］

辞家夙厳駕、［（君は）家(いえ)と辞(わか)れて夙(あさはやく)に駕(ばしゃ)を厳(ととの)え］

当往至無終。［当(きっ)と往(い)こう、無(む)終(しゅう)というところに至(いた)ろうとしたのだった］

問君今何行。［君(きみ)に（私は）問(と)うた、「今(いま)何(どう)してそこに行(ゆ)くのですか」と］

非商復非戎。［（君は答えた）「商(あきない)のためでも非(な)く、復(ま)た戎(いくさ)のためでも非(な)いのです］

聞有田子泰、［聞(き)くところでは、かつて田(でん)子(し)泰(たい)というひとがそこに有(い)て］

節義為士雄。［その節(せつ)義(ぎ)は士(ひと)のなかでも雄(だいいち)であると為(さ)れていました］

斯人久已死、［斯(こ)の人(ひと)は死(し)んで已(すで)に久(ひさ)しいのですが］

郷里習其風。［（その人の）郷(きょう)里(り)（である無終）は其(そ)の風(きがまえ)にいまも習(なら)っているのです］

生有高世名、［（田子泰は）生(い)きていたときに高(たか)く世(よ)に名(な)が有(あ)って］

既没伝無窮。［既(すで)に没(しん)でしまってからでも無(む)窮(きゅう)に（その名が）伝(つた)えられているのです」と］

不学狂馳子、［学(まな)ば不(な)いのだな、狂(くる)ったように馳(は)しりまわる子(しょくん)は］

直在百年中。［（何をしたところで）直(せいぜ)いのところ百(ひゃく)年(ねん)［人の一生］の中(なか)だけのことで在(あ)るのを］

【補足】［この詩もわかりにくい。どこか遠くに「青い鳥」がいると探しに行くのは無意味だといっているのだろう］

 

　其の二［蘇軾］

酒尽君可起、［酒がなくなったから、あなたは起って行くがよろしかろう］

我歌已三終。［私はもう三回も歌い終わってしまった］

由来竹林人、［昔から竹林の七賢人といわれてはいるものの］

不数濤与戎。［こむずかしい二人をその仲間に入れないこともある――あなたもそうだ］

有酒従孟公、［酒を一緒に飲むのなら気の合う相手がよい］

慎勿従揚雄。［厳格な人とは謹んで遠慮申し上げる］

崎嶇頌沙麓、［立派げなことをいう人に限ってとんだおべっかつかいだったりするもので］

塵埃汙西風。［そんな人の風下に立つのはお断りしたい］

昔我未嘗達、［私は昔から栄達とは無縁で］

今者亦安窮。［いまは貧窮のうちに安らぎをえている］

窮達不到処、［栄達も貧窮も到ろうとして到るところではない］

我在阿堵中。［私は阿堵中(まさしくいまここ)にいるだけなのである］

【補足】［原詩にある「濤(とう)」「戎(じゅう)」「孟(もう)公(こう)」「揚(よう)雄(ゆう)」は人名で、「沙(しゃ)麓(ろく)」「塵(じん)埃(あい)」にはそれぞれ由来があるが、その内容には踏み込まずに訳した］

 

　其の三［陶淵明］

仲春遘時雨、［仲(なか)の春(はる)［二月］、時(きせつ)の雨(あめ)に遘(あ)って］

始雷発東隅。［始(はじ)めての雷(かみなり)が東(ひがし)の隅(すみ)で発(おこ)った］

衆蟄各潜駭、［衆(たくさん)の蟄(つちのなかのむし)が各(それ)ぞれ潜(ひそんでいたところ)で駭(おどろ)きめざめ］

草木縱橫舒。［草(くさ)や木(き)が縱(じゅう)橫(おう)に舒(の)びだした］

翩翩新来燕、［翩(ひら)翩(ひら)と来(き)た新(ばかり)の燕(つばめ)が］

双双入我廬。［双(にわ)また双(にわ)と我(わたし)の廬(いおり)へと入(はい)ってくる］

先巣故尚在、［先(さき)の巣(す)が故(もとのまま)に尚(なお)も在(あ)って］

相将還旧居。［相(とも)に将(いっしょ)になって旧(もと)の居(すまい)に還(かえ)ってきたのだ］

自従分別来、［きみたちと分(わか)れ別(わか)れて自(か)従(ら) 来(このかた)］

門庭日荒蕪。［門(もん)も庭(にわ)も日(ひに)ひに荒(あ)れて蕪(みだ)れてしまったが］

我心固匪石、［我(わたし)の心(こころ)は固(もと)よりころげる石(いし)では匪(な)い］

君情定何如。［君(しょくん)の情(こころ)は定(さて)も何(ど)如(う)なのであろうか］

【補足】［この詩も次の蘇軾も詩も抽象的であるが、きっと深い内容があるのだろう］

 

　其の三［蘇軾］

客去室幽幽、［客人が去って幽幽(うすぐら)い部屋］

鵩鳥来座隅。［鵩鳥(みみずく)が私の座る横へと来た］

引吭伸両翅、［喉を引き、二つの翼を伸ばし］

太息意不舒。［大きく息をして、意(こころ)は舒(のび)やかでないようだ］

吾生如寄耳、［私はいう。「吾(わ)が生(せい)は寄(よ)せるが如(ごと)きのみ］

何者為我廬。［どこかを我が廬(いおり)とするわけではない］

去此復何之、［ここを去ってまたどこに行こうとも］

少安与汝居。［少しの安らぎを得て、また君といようではないか」］

夜中聞長嘯、［夜中に、どこかで鵩鳥が鳴くのが聞こえた］

月露荒榛蕪。［月のもと、荒れた草むらに露が降り落ちる］

無問亦無答、［私は鵩鳥に問いもしないし、答えもしない］

吉凶両何如。［吉か凶か、さてどちらなのか］

 

　其の四［陶淵明］

迢迢百尺楼、［迢(たか)い迢(たか)い百(ひゃく)尺(しゃく)の楼(たかどの)がある］

分明望四荒。［分(はっ)明(きり)と四(しほう)の荒(はて)までを望(のぞ)む］

暮作帰雲宅、［ここは暮(ゆうぐれ)には帰(かえ)る雲(くも)の宅(いえ)と作(な)り］

朝為飛鳥堂。［朝(あさ)には飛(と)びたつ鳥(とり)の堂(へや)と為(な)る］

山河満目中、［山(やま)や河(かわ)が目(め)の中(なか)に満(み)ち］

平原独茫茫。［平(たい)らな原(はら)が独(とにか)く茫(ひろ)茫(びろ)としている］

古時功名士、［古(いにしえ)の時(とき)に功(こう)名(みょう)をきそう士(ひと)が］

慷慨争此場。［慷慨(こころをたかぶらせ)て此(こ)の場(ば)で争(あらそ)ったのだ］

一旦百歳後、［一(いっ)旦(たん)百(ひゃく)歳(さい)［人の一生］をへて後(のち)には］

相与還北邙。［相(とも)に与(とも)に北邙(はかば)に還(かえ)ってゆくのだ］

松柏為人伐、［（墓のまわりに植えられた）松(まつ)や柏(はく)もいずれは人(ひと)によって伐(か)られるところと為(な)り］

高墳互低昂。［高(たか)かった墳(はか)も互(それ)ぞれ低(ひく)い昂(でっぱり)だけになる］

頽基無遺主、［頽(くず)れた基(もといし)は遺主(まもるひと)も無(な)くなり］

遊魂在何方。［遊(さまよ)う魂(たましい)は何(ど)方(こ)に在(あ)るのやら］

栄華誠足貴、［栄(えい)華(が)は誠(まこと)に貴(とうと)ぶに足(た)るようなものではあっても］

亦復可憐傷。［亦(ま)たそれ復(とて)も憐(あわ)れみ傷(いた)む可(べ)きものなのだ］

【補足】［これは高所から人間世界を俯瞰するような詩なのだろう］

 

　其の四［蘇軾］

少年好遠遊、［若いころは遠く遊ぶのを好み］

蕩志隘八荒。［揺(ゆ)り動く志は四方八方どこも狭いと感じていた］

九夷為藩籬、［世界中の民も我が囲いのうちにあって］

四海環我堂。［四方の海も我が部屋のまわりを巡っていて］

盧生与若士、［盧(ろ)生(せい)とか若(じゃく)士(し)とかの仙人だって］

何足期渺茫。［遠く彼方で会う約束をするまでもないと思っていた］

稍喜海南州、［海(かい)南(なん)の州(しま)に来て少し喜んでいるのは］

自古無戦場。［昔からここが戦(いくさ)の場ではなかったことだ］

奇峰望黎母、［黎(れい)母(ぼ)山(さん)の奇峰を望むと］

何異嵩与邙。［洛(らく)陽(よう)から見る嵩(すう)山(ざん)や北(ほく)邙(ぼう)山(ざん)と異なるところがない］

飛泉瀉万仞、［滝が飛ぶように万(ばん)仞(じん)の谷へとそそぎ］

舞鶴雙低昂。［二羽の鶴が低く高く舞うように飛んでいる］

分流未入海、［海に入る前に流れは分かれて］

膏沢彌此方。［このあたりの土地を広く豊かにしている］

芋魁倘可飽、［飽きるほどに芋が食べられるのであるから］

無肉亦奚傷。［肉がなくても残念に思うことはないのだ］

【補足】［前半では、何でもできるくらいに思っていた若いときの気分を回想し、後半では、海(かい)南(なん)島(とう)での暮らしを詩的に描写している］

 

　其の五［陶淵明］

東方有一士、［東(ひがし)に一(ひとり)の士(おとこ)が有(い)る］

被服常不完。［被(きている)服(ふく)は常(いつ)も完(まとも)では不(な)い］

三旬九遇食、［三(さん)旬(じゅうにち)のあいだに九(きゅうかい)だけ食(たべもの)に遇(あ)い］

十年著一冠。［十(じゅう)年(ねん)で著(つ)けたのは一(ひと)つの冠(かんむり)だけ］

辛苦無此比、［此(こ)れに比(くら)べられる辛(しん)苦(く)は無(な)いのに］

常有好容顏。［常(つね)に好(よ)い容(おだやか)な顔(かお)で有(い)る］

我欲観其人、［我(わたし)は其(そ)の人(ひと)を観(み)たいと欲(おも)い］

晨去越河関。［晨(あさ)に去(で)て河(かわ)や関(やま)を越(こ)えた］

青松夾路生、［青(あお)い松(まつ)が路(みち)を夾(はさ)んで生(は)え］

白雲宿檐端。［白(しろ)い雲(くも)が檐(ひさし)の端(はし)に宿(やど)っていた］

知我故来意、［我(わたし)が故(わざ)わざ来(き)た意(こころ)を知(し)って］

取琴為我弾。［琴(こと)を取(と)って我(わたし)の為(ため)に弾(ひ)いてくれた］

上弦驚別鶴、［上(はじめの)弦(きょく)の『別(わか)れの鶴(つる)』でまず驚(おどろ)かされ］

下弦操孤鸞。［下(おわりの)弦(きょく)には『孤(こどく)な鸞(らん)』を操(ひ)いてくれた］

願留就君住、［願(ねが)うのはここに留(とど)まって君(あなた)に就(つ)いて住(す)み］

従今至歳寒。［今(いま)従(か)ら歳(とし)の寒(さむ)いときにまで至(いた)りたいものだ］

【補足】［（1）この詩は、其の一と異なって、陶(とう)淵(えん)明(めい)が心惹かれる人を訪ねて行ったという、たぶん空想の詩。（2）蘇軾が見た陶淵明の詩集では、詩の配列の順序が異なっていたのか、この詩に和した詩は、蘇軾の作品の第九番目に置かれているので、後に見ることにする。（3）この詩についての考察を蘇軾が記した短文を作品番号11-2-017で見ている］

 

　其の六［陶淵明］

蒼蒼谷中樹、［蒼(あお)蒼(あお)とした谷(たに)の中(なか)の樹(き)］

冬夏常如茲。［冬(ふゆ)も夏(なつ)も常(いつ)も茲(こ)の如(よう)である］

年年見霜雪、［年(ねん)年(ねん) 霜(しも)や雪(ゆき)を見(み)るのであって］

誰謂不知時。［（そうでありながら）誰(だれ)が（谷の樹は）時(きせつ)を知(し)ら不(な)いと謂(い)うのか］

厭聞世上語、［（谷の樹は世間知らずだとする）世上(せけん)の語(はなし)を聞(き)くのを厭(きら)って］

結友到臨淄。［友(とも)と結(つなが)ろうと臨(りん)淄(し)に到(いた)ろうとした］

稷下多談士、［稷(しょく)下(か)［＝臨淄］には談(ぎろん)する士(ひと)が多(たくさん)いて］

指彼決吾疑。［彼(かれら)を指(めざ)せば吾(わたし)の疑(うたが)いが決(かいけつ)するとおもったのだ］

装束既有日、［それで装(しょう)束(ぞく)をととのえ、既(すで)にゆく日(ひ)も有(さだめ)て］

已与家人辞。［已(すで)に家(いえ)の人(ひと)たち与(と)も辞(わか)れたのだった］

行行停出門、［行(ゆ)き行(すす)んで門(もん)を出(で)て停(と)まり］

還坐更自思。［還(かえ)って坐(すわ)って更(さら)に自(みずか)ら思(かんが)えた］

不怨道裏長、［道(みち)裏(のり)の長(なが)さが怨(いや)だったのでは不(な)くて］

但畏人我欺。［但(た)だ人(ひと)が我(わたし)を欺(あざむ)くのを畏(おそ)れたのだ］

万一不合意、［万(まん)に一(ひと)つでも意(こころ)に合(あ)わ不(な)いなら］

永為世笑嗤。［永(なが)く世(よ)から笑(わ)嗤(ら)われて為(しま)うのだ］

伊懐難具道、［伊(こ)の懐(おもい)は具(くわし)くは道(い)い難(がた)いものがある］

為君作此詩。［それで君(きみ)の為(ため)に此(こ)の詩(し)を作(つく)ったのだ］

【補足】［（1）これも空想の詩であろう。一度は遠くに行こうとして思い直したことを歌っている。其の一や其の二では、遠くに行こうとした友に疑問を投げつけていたが、ここでは自身のこととしている。（2）「臨(りん)淄(し)」とあるのは戦国時代に学問の中心地と目された町で、世の俊才が集まるところの象徴としてその名が用いられている。陶(とう)淵(えん)明(めい)は中央で俊才の一員になるよりも、田舎で孤高を守ることを選んだのである］

 

　其の五［蘇軾］

馮冼古烈婦、［かつて馮(ふう)知事の妻になった冼(しょう)氏は古(いにしえ)の烈(れっ)婦(ぷ)である］

翁媼国於茲。［冼氏の先祖は長く嶺(れい)南(なん)の地に国をつくっていた］

策勛梁武後、［梁(りょう)王朝の武(ぶ)帝(てい)の後に冼氏の功勲が讃えられ］

開府隋文時。［隋(ずい)朝(ちょう)の文(ぶん)帝(てい)のときに冼氏は幕府を開いた］

三世更険易、［梁、陳(ちん)、隋と王朝は入れ替わったが］

一心無磷緇。［冼氏が民を安んじようとする一心は少しも汚れることがなかった］

錦繖平積乱、［錦の傘のもとに座ってたびたびの争乱を鎮め］

犀渠破余疑。［犀(さい)の革の鎧を身につけてなお従わぬ者を破った］

廟貌空復存、［冼氏を祀った廟はいまも残っているが］

碑板漫無辞。［碑は摩滅して文字は消えてしまった］

我欲作銘志、［私は冼氏の銘を作って］

慰此父老思。［この地の老人たちの思いを慰めようと思う］

遺民不可問、［冼氏の子孫がいまどこにいるかはもはやわからないけれど］

僂句莫余欺。［裸体で私を驚かすような島民もいない］

犦牲菌雞卜、［牛を犠牲にしたり鳥の骨で占ったする習俗はなおあるので］

我当一訪之。［一度それにしたがって冼氏の子孫を訪ねてみてもよいだろう］

銅鼓壺盧笙、［そのときは、銅の鼓(つづみ)や壺(こ)盧(ろ)の笙(ふえ)を演奏して］

歌此迎送詩。［冼氏を迎えるこの詩を歌うのだ］

 

　其の七［陶淵明］

日暮天無雲、［日(ひ)が暮(く)れて天(そら)には雲(くも)が無(な)く］

春風扇微和。［春(はる)の風(かぜ)が微(わずか)に和(なご)やかに扇(ふい)てくる］

佳人美清夜、［佳(りっぱ)な人(ひと)はこの清(きよ)らかな夜(よる)を美(うつく)しいとおもって］

達曙酣且歌。［曙(あけぼの)に達(いた)るまで酣(たのし)み且(そし)て歌(うた)う］

歌竟長嘆息、［歌(うた)い竟(おわ)って長(なが)く嘆(たん)息(そく)し］

持此感人多。［此(このこと)に持(よ)って人(ひと)は多(たくさん)のことを感(かん)じる］

皎皎雲間月、［皎(きら)皎(きら)とひかる雲(くも)の間(あいだ)の月(つき)］

灼灼葉中華。［灼(あか)灼(あか)とさく葉(は)の中(なか)の華(はな)］

豈無一時好、［これらに豈(け)っして一(いち)時(じ)の好(よ)さが無(な)いわけではない］

不久当如何。［久(なが)くつづか不(な)いのは当(まさ)しく如(ど)何(う)することもできないのだ］

【補足】［これもまた抽象的な詩で、いろいろな解釈が可能だろう］

 

　其の六［蘇軾］

沈香作庭燎、［隋(ずい)の煬(よう)帝(だい)は、沈(じん)香(こう)［高価な香木］をかがり火のかわりに焚き］

甲煎紛相和。［甲(こう)煎(せん)［高価な化粧品］の粉をくべて、その火の勢いを増したという］

豈若炷微火、［わずかな火をともして］

縈煙裊清歌。［その煙のもとで清らかに歌う方がどれほど優れていることか］

貪人無饑飽、［貪欲な人は満足することがなく］

胡椒亦求多。［胡椒を倉いっぱいに貯め込んでいて者もいた］

朱劉両狂子、［朱(しゅ)初(しょ)平(へい)と劉(りゅう)諠(ぎ)の二人の大馬鹿者は］

隕隊如風花。［風に飛ばされた花のようにもはや落ちぶれてしまった］

本欲竭沢漁、［二人は沼を涸らして魚を獲りつくすようなことをしたので］

奈此明年何。［翌年にはもうどうすることもできなかったのだ］

 

　其の八［陶淵明］

少時壮且厲、［少(わか)い時(とき)は壮(げんき)で且(しか)も厲(はげ)しかった］

撫剣独行遊。［剣(けん)を撫(な)ぜつつ独(ひと)りで遊(たび)に行(で)たのだ］

誰言行遊近、［近(ちか)くの遊(たび)に行(い)っただけだろうなどとは誰(だれ)にも言(い)わせない］

張掖至幽州。［（西は）張(ちょう)掖(えき)から（北は）幽(ゆう)州(しゅう)にも至(いた)ったのだ］

饑食首陽薇、［饑(う)えては首(しゅ)陽(よう)（山(さん)）の薇(わらび)を食(く)い］

渇飲易水流。［渇(かわ)いては易(えき)水(すい)の流(なが)れを飲(の)んだ］

不見相知人、［（しかし）相(たがい)に（心の奥までも）知(し)るような人(ひと)には見(あ)わ不(な)くて］

惟見古時丘。［惟(た)だ見(み)たのは古(いにしえ)の時(とき)の丘(はか)であった］

路辺両高墳、［路(みち)辺(ばた)に両(ふた)つの高(たか)い墳(つか)があって］

伯牙与荘周。［それは伯(はく)牙(が) 与(と) 荘(そう)周(しゅう)のものであった］

此士難再得、［此(こ)の士(ひと)たちも（知己とする相手は）再(ふたた)びは得(え)るのが難(むずか)しかった］

吾行欲何求。［吾(わたし)の行(たび)は何(なに)を求(もと)め欲(よう)としたのだろうか］

【補足】［（1）これも想像上の詩。陶(とう)淵(えん)明(めい)が実際に若いときにこのような旅をしたわけではない。陶淵明に時代に、漢(かん)人(じん)王朝は大陸の南半分しか統治できていなかったので、第4句にある張(ちょう)掖(えき)も幽(ゆう)州(しゅう)も行けるはずもない異国の地であった。全体として、陶淵明がこれまでの半生のうちに真の友を得られなかったことを歌っているのであろう。（2）第5句の首(しゅ)陽(よう)山(ざん)も第6句の易(えき)水(すい)もやはり異国の地で、首陽山は殷(いん)が滅ぼされて周(しゅう)の世になったときに、武力によって建てられた国の穀物は食べないと、伯(はく)夷(い)と叔(しゅく)斉(せい)が隠れ、ついには餓死したところ。易水については作品番号11-3-009で見ている。（3）第10句にある伯(はく)牙(が)と荘(そう)周(しゅう)［荘(そう)子(し)］はともに己を最もよく知る親友を失っている。この2人の墓も実際に陶淵明が見たわけではない］

 

　其の七［蘇軾］

雞窠養鶴髮、［鳥の巣の中にいた小児のような白髪の人は］

及与唐人遊。［遠く晋(しん)代(だい)に生まれて、唐(とう)朝(ちょう)の人と会うに至った］

来孫亦垂白、［その子孫も白髪になったころに］

頗識李崖州。［都から流されてきた李(り)徳(とく)裕(ゆう)とすこぶる面識を得た］

再逢盧与丁、［さらには宋(そう)朝(ちょう)の盧(ろ)多(た)遜(そん)とも丁(てい)謂(い)とも逢ったというから］

閲世真東流。［歴史の流れをずっと見てきたわけである］

斯人今在亡、［いまその人たちはいなくて］

未遽掩一丘。［死んで後の評価はまだ定まっていない］

我師呉季子、［私が師と仰ぎたいのは呉(ご)の季(き)札(さつ)で］

守節到晩周。［周(しゅう)代(だい)の末期にも節義を守り続け］

一見春秋末、［春秋時代の終わりにもひとたび現れたという］

渺焉不可求。［いまやその跡は遥かに彼方で捜し求めることもできない］

 

　其の九［陶淵明］

種桑長江辺、［桑(くわ)を種(う)えたのは長(ちょう)江(こう)の辺(ほとり)であった］

三年望当采。［三(さん)年(ねん)もしたら当(き)っと采(つめ)るだろうと望(のぞ)んでいた］

枝条始欲茂、［枝(えだ)条(は)が始(はじ)めて茂(しげ)ろうと欲(した)ときに］

忽値山河改。［忽(たちま)ち山(やま)や河(かわ)が改(かわ)ってしまうことに値(あ)った］

柯葉自摧折、［柯(えだ)も葉(は)も自(おのずか)ら摧(くだ)け折(お)れて］

根株浮滄海。［根(ね)も株(かぶ)も滄(あお)い海(うみ)に浮(うか)んでしまった］

春蠶既無食、［春(はる)の蠶(かいこ)には既(もは)や食(た)べるものが無(な)く］

寒衣欲誰待。［寒(ふゆ)の衣(ころも)は誰(だれ)に待(も)ら欲(おう)とするのか］

本不植高原、［本(もと)もと高(たか)い原(はら)に植(う)え不(な)かったからなので］

今日復何悔。［今日(きょう)になって復(こう)して悔(く)いて何(なに)になるのか］

【補足】［川のほとりに畑を作ったけれど、洪水ですっかり駄目になってしまったという詩。異民族に追われて北から逃れて長(ちょう)江(こう)のほとりに都を置いた晋(しん)王朝が、陶(とう)淵(えん)明(めい)が56歳のときに劉(りゅう)裕(ゆう)［→作品番号08-3-066］によって亡ぼされてしまったことを詠んでいるという説がある。だとすると、終わりの部分は晋王朝にもとから欠陥があったと指摘していることになる］

 

　其の八［蘇軾］

城南有荒池、［町の南に荒れた池がある］

瑣細誰復采。［そこに生えた些細なものは誰も採ろうとしない］

幽姿小芙蕖、［奥ゆかしい姿をしているのは小さな蓮で］

香色独未改。［香りも色もこの花ばかりは変わらない］

欲為中州信、［都に便りを寄せようと思うけれども］

浩蕩絶雲海。［ぼんやりと雲の海に遮られている］

遙知玉井蓮、［遥かに思うのは崋(か)山(ざん)の玉(ぎょく)井(せい)の蓮で］

落蕊不相待。［花は待つことなくやはり落ちてしまう］

攀躋及少壮、［そこへとよじ登るのは若いときでなければならず］

已失那容悔。［その機会を失っていまさら悔いても遅いのだ］

【補足】［先にしておくべきだったことをいまさら悔いても仕方がないというのは、陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩の其の九と同様の結びである］

 

　其の九［蘇軾］

黎山有幽子、［黎(れい)母(ぼ)山(さん)に一人の隠者がいる］

形槁神独完。［形は枯れてしまっているが、精神は完全である］

負薪入城市、［薪を背負って町に入ってきて］

笑我儒衣冠。［私が儒者のなりをしているのを笑う］

生不聞詩書、［その人は、生まれてから詩書があることを聞かないし］

豈知有孔顔。［孔(こう)子(し)やその弟子の顔(がん)回(かい)なんぞ知るはずもない］

翛然独往来、［超然として山と町を行き来し］

栄辱未易関。［世間の栄辱と関わることはない］

日暮鳥獣散、［日暮れには鳥や獣とともにどこかにいなくなり］

家在孤雲端。［住まいはぽつんと浮かぶ雲の端にあるという］

問答了不通、［問答をしようにも言葉が通じないので］

嘆息指屡弾。［いつも指で追いやられて嘆息するしかない］

似言君貴人、［たぶんあなたこそ貴い人であって］

草莽棲竜鸞。［竜や鸞(らん)［伝説の霊鳥］が草むらの中に棲んでいるようなものなのだろう］

遺我吉貝布、［あなたがなぜか吉(きち)貝(ばい)布(ふ)という島の布を贈ってくれたのは］

海風今歳寒。［歳の暮れともなれば海の風がさすがに寒くなるからであろう］

【補足】［これは陶(とう)淵(えん)明(めい)の其の五に和したもので、内容的に重なるところがいくらかある］

 

■【12-1-027a】和陶東方有一士

【解題】上に見た陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩の其の五にもう一度和した。

 

【訳文】

瓶居本近危、［瓶(かめ)は据えてあっても、いつでも危うさがすぐ近くにある］

甑墜知不完。［甑(こしき)は墜(お)ちたなら、もとのままではいられない］

夢求亡楚弓、［夢の中で、私はどこかに置いてきてしまった弓を探し求めていた］

笑解適越冠。［すると、太古のままの国にきて、ここでは冠などは無用だと知って、笑って脱いだ］

忽然反自照、［たちまち夢から返り、我が身を省みると］

識我本来顔。［私の本来の顔は、こんなものであったかのかと知れた］

帰路在脚底、［帰るべき路も、私の脚の下にあるはずだ］

殽潼失重関。［それなのに、通らなければならない二つの関がどこにあるのかわからない］

屡従淵明遊、［これまで私はしばしば陶(とう)淵(えん)明(めい)と遊び］

雲山出毫端。［筆の先から、雲の彼方の山が出てくるのを見た］

借君無弦物、［陶淵明から弦のない琴を借りて］

寓我非指弾。［指を使わずに演奏しようと思う］

豈惟舞独鶴、［それに合わせて、孤独な鶴が舞うであろうし］

便可躡飛鸞。［きっと飛ぶ鸞(らん)を呼び止めることができるであろう］

還将嶺茅瘴、［そして、この南の国の暑熱でもって］

一洗月闕寒。［月の宮殿の寒さを洗い去ってしまおう］

 

■【12-1-030a】和陶停雲四首、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『停(てい)雲(うん)』という詩に和した。それぞれに序文がある。

 

【訳文】

序［陶淵明］

停雲、思親友也。罇湛新醪、園列初栄、願言不従、歎息弥襟。

［この『停(てい)雲(うん)』は親(した)しい友(とも)を思(おも)うもの也(である)。罇(たる)には新(あたら)しい醪(さけ)が湛(たた)えられ、園(にわ)には栄(さ)いた初(ばか)りのはなが列(なら)んでいる。願(ね)言(が)うことはあるのだが、そのとおりには従(な)ら不(な)いので、歎(たん)息(そく)して襟(むね)が弥(いっぱい)になる］

 

引(いん)［序文］［蘇軾］

自立冬以来、風雨無虚日、海道断絶、不得子由書。乃和淵明停雲詩以寄。

［立冬から、雨風のない日はなく、海路は断たれ、弟からの手紙はこない。それで陶(とう)淵(えん)明(めい)の『停(てい)雲(うん)』の詩に和して弟に寄せる］

 

　其の一［陶淵明］

靄靄停雲、［靄(もや)靄(もや)と停(とど)まっている雲(くも)］

濛濛時雨。［濛(もう)濛(もう)とふる時(きせつ)の雨(あめ)］

八表同昏、［八表(てんち)は同(どこ)も昏(くら)く］

平路伊阻。［平(たい)らな路(みち)も伊(ここ)に阻(はば)まれている］

静寄東軒、［静(しず)かに東(ひがし)の軒(のき)に寄(よ)りそい］

春醪独撫。［春(はる)の醪(にごりざけ)を独(ひと)り撫(てに)している］

良朋悠邈、［良(よ)き朋(とも)は悠(はる)かに邈(とお)く］

掻首延佇。［首(あたま)を掻(か)きつつ延(じっ)と佇(たたず)むのである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)のこの詩は、恐らくは想像上の友を想っての作品であろう］

 

　其の一［蘇軾］

停雲在空、［雲が留まって空にあり続けている］

黯其将雨。［暗く今にも雨が降りそうだ］

嗟我懐人、［ああ、僕は君を懐(おも)う］

道修且阻。［道は長く、しかも阻まれている］

眷此区区、［いじましいかなこの小さな心よ］

俯仰再撫。［見上げたりうつむいたり、そして胸を抑える］

良辰過鳥、［良い辰(とき)は鳥にように過ぎて行く］

逝不我佇。［逝(ゆ)くばかりで、私のために待ってはくれないのだ］

【補足】［蘇軾は弟を想う気持ちを歌っている］

 

　其の二［陶淵明］

停雲靄靄、［停(とど)まっている雲(くも)は靄(もや)靄(もや)として］

時雨濛濛。［時(きせつ)の雨(あめ)が濛(もう)濛(もう)とふる］

八表同昏、［八表(てんち)は同(どこ)も昏(くら)く］

平陸成江。［平(たい)らな陸(りく)も江(かわ)に成(な)る］

有酒有酒、［酒(さけ)が有(あ)る、酒(さけ)は有(あ)る］

閑飲東窓。［閑(しずか)に東(ひがし)の窓(まど)で飲(の)む］

願言懐人、［願(いつ)も言(ここ)に人(ひと)を懐(おも)うのだが］

舟車靡従。［舟(ふね)も車(くるま)も従(おもうにまか)せ靡(な)い］

 

　其の二［蘇軾］

颶作海渾、［颶(あらし)がおこって海が渾(にご)り］

天水溟濛。［天と水とは溟濛(くら)くさかいがない］

雲屯九河、［雲が川という川の上にたむろし］

雪立三江。［どの川も雪を飛ばすように波立っている］

我不出門、［私は門を出ることもなく］

寤寐北窓。［北の窓辺で寝たり起きたりしている］

念彼海康、［君のいる海(かい)康(こう)［雷(らい)州］を念(おも)うと］

神馳往従。［神(こころ)が馳(は)せてそのまま行ってしまいそうだ］

 

　其の三［陶淵明］

東園之樹、［東(ひがし)の園(にわ)之(の)樹(き)では］

枝条再栄。［枝(え)条(だ)が再(ふたた)び栄(さか)えている］

競用新好、［新(あら)たな好(よ)さを用(も)って競(きそ)い］

以招余情。［以(それ)で余(わたし)の情(こころ)を招(まね)く］

人亦有言、［人(ひと)にも亦(ま)た言(ことば)が有(あ)って］

日月于征。［日(にち)月(げつ)が于(ここ)に征(すぎさ)ってしまうという］

安得促席、［安(どうにか)して席(せき)を促(すす)めあうことを得(し)て］

説彼平生。［彼(あのころ)の平(あれ)生(これ)を説(はな)したいものだ］

 

　其の三［蘇軾］

凜然清癯、［君は凛(り)々(り)しく清らかに痩せ］

落其驕栄。［驕りや栄えは落ちてしまった］

饋奠化之、［食べることは食べていても］

廓兮忘情。［がらんとして情(こころ)を忘れている］

万里遅子、［万里の彼方の君を思って］

晨興宵征。［朝に起きて、夜には行こうとおもう］

遠虎在側、［でも、君のかたわらには遠(えん)虎(こ)がいて］

以寧先生。［先生の心を安らかにしているのだ］

【補足】［七句目の「遠(えん)虎(こ)」とは蘇轍の息子の蘇(そ)遠(えん)のこと］

 

　其の四［陶淵明］

翩翩飛鳥、［翩(ひら)翩(ひら)と飛(と)ぶ鳥(とり)が］

息我庭柯。［我(わたし)の庭(にわ)の柯(えだ)に息(いこ)う］

斂翮閑止、［翮(はね)を斂(おさ)めて閑止(のどか)にしていて］

好声相和。［好(よ)い声(こえ)で相(いっしょ)に和(わ)す］

豈無他人、［豈(けっし)て他(ほか)にも人(ひと)がい無(な)いわけではないけれど］

念子実多。［子(きみ)を念(おも)うことが実(じつ)に多(おお)いのだ］

願言不獲、［願(いつ)も言(こう)して獲(おもうよう)にはなら不(な)いので］

抱恨如何。［恨(うら)みを抱(いだ)いてしまうのは如何(どうしよう)もない］

 

　其の四［蘇軾］

対弈未終、［仙人の碁の対局がまだ終わらないうちに］

摧然斧柯。［見物していた樵(きこり)の斧の柄は朽ち果ててしまった］

再遊蘭亭、［蘭(らん)亭(てい)に再び遊んで］

黙数永和。［この前ここにきた永(えい)和(わ)年間がいつだったかを数える］

夢幻去来、［人の世の行き来は夢幻のよう］

誰少誰多。［年月の多い少ないはいったところでも仕方がない］

弾指太息、［指をはじいて深く嘆息する］

浮雲幾何。［浮き雲はどれだけそこにあるのか］

 

■【12-1-031a】和陶怨詩楚調示龐鄧

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『怨(えん)詩(し)楚(そ)調(ちょう)にて龐(ほう)主(しゅ)簿(ぼ)と鄧(とう)治(じ)中(ちゅう)に示す』という詩に和した。「怨詩楚調」とは楚(そ)の時代の古い調べによって歌われた漢(かん)代(だい)の怨詩［心の暗がりを歌った詩］で、それに倣った詩を作って、龐主簿と鄧治中［主簿も治中も官名］に贈った。54歳の作品だという。

 

【訳文】

　［陶淵明］

天道幽且遠、［天(てん)の道(みち)は幽(かす)かで且(しか)も遠(とお)い］

鬼神茫昧然。［鬼(き)神(しん)も茫(ぼんやり)と昧(くら)い然(ありさま)である］

結髪念善事、［（成人して）髪(かみ)を結(ゆ)ったころから善(よ)い事(こと)をしようと念(おも)い］

黽勉六九年。［黽(はげ)み勉(つと)めてきた六九(ろくかけるきゅう)［＝五十四］年(ねん)であった］

弱冠逢世阻、［弱冠(はたち)から世(よ)の阻(けわ)しさに逢(あ)い］

始室喪其偏。［始室(さんじっさい)で其(わたし)の偏(つれあい)を喪(うしな)った］

炎火屡焚如、［炎(も)える火(ひ)（のような日照り）は屡(しば)しば（農地を）焚(た)く如(ほど)で］

螟蜮恣中田。［螟蜮(がいちゅう)が田(た)の中(なか)を恣(ほしいまま)にした］

風雨縦橫至、［風(かぜ)と雨(あめ)が縦橫(ほしいまま)に至(き)て］

収斂不盈廛。［収(おさ)め斂(あつ)めたものは廛(わずか)にも盈(み)た不(な)かった］

夏日長抱饑、［夏(なつ)の日(ひ)には長(いつ)も饑(うえ)を抱(いだ)き］

寒夜無被眠。［寒(さむ)い夜(よる)には被(かぶるもの)も無(な)いままに眠(ねむ)った］

造夕思雞鳴、［夕(よる)に造(な)ると雞(とり)が鳴(な)く（朝にはやくなればと）思(おも)い］

及晨願烏遷。［晨(あさ)に及(な)ると烏(おひさま)が（はやく）遷(うつ)るのを願(ねが)った］

在己何怨天、［（すべては）己(おのれ)に在(あ)るのであって何(どう)して天(てん)を怨(うら)もうか］

離憂悽目前。［（しかし）憂(うれ)いに離(あ)うのは目(もく)前(ぜん)においては（やはり）悽(かな)しい］

吁嗟身後名、［吁嗟(ああ)、身後(しんだあと)の名(な)などは］

於我若浮煙。［我(わたし)に於(お)いては浮(う)く煙(けむり)の若(ような)ものだ］

慷慨独悲歌、［慷慨(こころたかぶ)って独(ひと)りで悲(かな)しく歌(うた)う］

鐘期信為賢。［鐘(しょう)期(き)とは信(まこと)に賢(かしこ)いひとで為(あ)ったのだ］

【補足】［（1）これは陶(とう)淵(えん)明(めい)が己の半生を振り返った重苦しい雰囲気の詩である。（2）最初の2句は、天の道も鬼神も信じることができないと歌っていて、それは当時の多くの人に共通する思潮であった。（3）6句目に30歳で妻を喪ったと歌っているが、陶淵明の最初の妻についてはこれ以外に知れるところはないという。（4）最後の句にある「鐘(しょう)期(き)」は「鐘(しょう)子(し)期(き)」という人物で、伯(はく)牙(が)という琴の名手の友であった。鐘子期が先に死ぬと、伯牙は琴を弾いてもわかってくれる者がいないと嘆いた。陶淵明は鐘子期のような友の存在を望み、龐(ほう)主(しゅ)簿(ぼ)と鄧(とう)治(じ)中(ちゅう)がそうであってほしいとの思いをここに籠めたのである］

 

　［蘇軾］

当歓有余楽、［歓びにあっては楽しさにひたるのがよい］

在戚亦頽然。［悲しみあってはくずれてしまうのがよい］

淵明得此理、［陶(とう)淵(えん)明(めい)はこの理(ことわり)を得てからは］

安処故有年。［安らかな年月を過ごせた］

嗟我与先生、［ああ、私と陶淵明先生は］

所賦良竒偏。［詩に賦すところはまことに妙に偏っている］

人間少宜適、［人間世界においては私の心に適うものは少なく］

惟有帰耘田。［ただ帰って農地を耕すことだけがある］

我昔墮軒冕、［しかしながら、私は昔、官服を着る身に堕(お)ちてしまってからは］

毫釐真市㕓。［間断なく都会において暮らしたのだった］

困来臥重裀、［困り果てて布団にもぐりこんでも］

憂愧自不眠。［憂いやら恥やらで眠ることができなかった］

如今破茅屋、［いまは破れたぼろ家にいて］

一夕或三遷。［雨漏りを避けて一晩に三度も寝床を遷さなければならない］

風雨睡不知、［それでも、風も雨も知らずによく眠ることができて］

黄葉満枕前。［目覚めたときには、枕の前に黄色い葉がいっぱいに積もっている］

寧当出怨句、［だから、怨みの句は出そうとはしないけれど］

慘慘如孤烟。［我が家から上がるのは寂しくもただ一本の煙である］

但恨不早悟、［残念なのは、こうしたことを早くに悟らなかったことだ］

猶推淵明賢。［やはり陶淵明の賢さを見上げるのである］

【補足】［蘇軾もまた半生を振り返っている。ここまで見てきたように、海(かい)南(なん)島(とう)に来てから、蘇軾は陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩に次々に和しつつ施策を深めてゆき、これからもそれは続く。もしも海南島に流されていなければ、「和(わ)陶(とう)詩(し)」という独自の作品群はこれほど豊かなものにはならなかったであろう。つまり、「詩人の不幸は詩の幸い」ということができるのかもしれない。蘇軾より56年後れて生まれた元(げん)好(こう)問(もん)は、宋(そう)から大陸の北半分を奪った金(きん)国(こく)の誠実な官僚として中央政府の高官にまでなったのだが、金国は当時破竹の勢いであったモンゴルに攻め込まれ、その都は元好問の目の前で陥落し、皇族は北に地に連れ去られた。元好問はその一連の事件を詩に詠み、中国の長い詩の伝統のなかでも、最も悲痛を極めた作品群となった。清(しん)代(だい)の学者(がくしゃ)の趙(ちょう)翼(よく)は元好問の文学の特質について詩に詠み、「国家不幸詩家幸」［国(こっ)家(か)の不(ふ)幸(こう)は詩(し)家(か)の幸(さいわ)い］と歌った。元好問がもしも国家の滅亡に際会しなかったならば、恐らく詩家としての名はさほど高いものとはならなかったのだろう。蘇軾の大恩人である欧(おう)陽(よう)脩(しゅう)は「困窮して後に人は詩に巧みになる」［→作品番号06-1-001］といっていた。陶淵明にしても、平穏な時代に巡り合わせて官僚としてそこそこ出世していたなら、われわれが知る詩は一つも生まれなかったであろうから、和陶詩は詩家の二重の不幸によって生まれ得たということができるのだろう］

 

■【12-1-034】和陶雑詩十一首

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『雑(ざつ)詩(し)十一首』に和した。「雑詩」とは折々の様々な感慨を詠んだもの。陶淵明の作品は「十二首」として伝わるが、第十二首は陶淵明に作ではないと疑われていて、蘇軾はそれには和していない。

 

【訳文】

　其の一［陶淵明］

人生無根蒂、［人(ひと)が生(い)きるのに、根(ね)とか蒂(へた)とかは無(な)いので］

飄如陌上塵。［飄(ひるがえ)ること、陌(みち)の上(うえ)の塵(ちり)の如(よう)である］

分散逐風転、［分(わか)れて散(ち)って風(かぜ)を逐(お)って転(ころ)がりゆくので］

此已非常身。［此(これ)は已(もと)より常(いつも)の身(み)では非(な)くなってしまうのである］

落地為兄弟、［（たまたま）地(ち)に落(お)ちて（うまれて）兄(きょう)弟(だい)に為(な)った（としても）］

何必骨肉親。［何(なに)も必(かなら)ずしも骨(こつ)肉(にく)のあいだだけが親(した)しいのではない］

得歓当作楽、［歓(よろこ)びを得(え)たなら当(き)っと楽(たの)しみを作(な)すべきで］

斗酒聚比隣。［斗(いっと)の酒(さけ)で比隣(ちかくのなかま)を聚(あつ)めるがよい］

盛年不重来、［盛(さか)んな年(とし)は重(かさ)ねては来(こ)不(な)いのだし］

一日難再晨。［一(いち)日(にち)は再(ふたた)び晨(あさ)にはなり難(がた)いのだ］

及時当勉励、［（楽しめる）時(とき)が及(き)たなら当(き)っと勉(つと)め励(はげ)むべきである］

歳月不待人。［歳(さい)月(げつ)は人(ひと)を待(ま)ってはくれ不(な)いのだから］

【補足】［先の「怨(えん)詩(し)」［→作品番号12-1-031a］の冒頭の2句とこの詩を合わせ見ると、陶(とう)淵(えん)明(めい)は虚無的というか唯物論的もしくはエピクロス的であるように思われる。蘇軾は、自分と陶淵明は「所賦良奇偏」［賦(ふ)す所(ところ)は良(まこと)に奇(き)偏(へん)］と詠んでいたが［→作品番号12-1-031a］、陶淵明は旧中国においては確かになかなかに異端だったのである］

 

　其の一［蘇軾］

斜日照孤隙、［斜めになった日ざしが小さな隙間からさしこむと］

始知空有塵。［空しいところにも塵があると初めて知れる］

微風動衆竅、［わずかな風にも、あれこれの穴が呼応して動く］

誰信我忘身。［このようなときに我が身のあることを忘れるといっても誰も信じてはくれないだろう］

一笑問児子、［私は笑って息子に尋ねる］

与汝定何親。［「おまえとは、はてさて、何をもって親しいというのだろうか］

従我來海南、［わたしにくっついて海(かい)南(なん)島(とう)に来たわけだが］

幽絶無四隣。［ここは寂しく隔絶して隣人もいない］

耿耿如欠月、［きらきらと光る欠けた月のように］

独与長庚晨。［朝を迎える相手は金星がいるだけだ］

此道固応爾、［この道はもとよりきっとこうなるものであっただけで］

不当怨尤人。［決して怨んだり尤(とが)めたりすべきではないのだ」］

【補足】［上の陶(とう)淵(えん)明(めい)の其の一に呼応して、蘇軾のこの詩も哲学的である］

 

　其の二［陶淵明］

白日淪西阿、［白(しろ)い日(たいよう)は西(にし)の阿(やま)へと淪(しず)み］

素月出東嶺。［素(しろ)い月(つき)が東(ひがし)の嶺(みね)から出(で)る］

遙遙万里輝、［遙(はる)かな遙(はる)かな万(ばん)里(り)の輝(かがや)き］

蕩蕩空中景。［蕩(ひろ)く蕩(ひろ)い空(くう)中(ちゅう)の景(ひかり)］

風来入房戸、［風(かぜ)が来(き)て房(へや)の戸(と)へと入(はい)り］

夜中枕席冷。［夜(よる)の中(うち)に枕(まくら)と席(ねどこ)が冷(ひ)えてゆく］

気変悟時易、［（自然の）気(けはい)が変(か)わって時(とき)が易(かわ)ったと悟(さと)り］

不眠知夕永。［眠(ねむ)られ不(ず)にいて夕(よる)が永(なが)いのを知(し)る］

欲言無予和、［（何かしら）言(い)欲(お)うとしても予(わたし)に和(わ)するひとはい無(な)い］

揮杯勧孤影。［杯(さかずき)を揮(ふる)って孤(ひとり)わが影(かげ)に勧(すす)める］

日月擲人去、［日(にち)月(げつ)は人(ひと)を擲(なげう)って去(さ)ってゆき］

有志不獲騁。［志(こころざし)は有(あ)っても（思いのままに）騁(は)することを獲(え)られはし不(な)い］

念此懐悲淒、［此(こ)のことを念(おも)って悲(かな)淒(しみ)を懐(いだ)き］

終暁不能静。［暁(あかつき)を終(お)えるまで静(しず)めることが能(でき)不(な)いのだった］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)が其の一で楽しめと歌ったのは、ここに詠まれているような焦燥感が常にあったからなのだろう］

 

　其の二［蘇軾］

故山不可到、［故郷の山へは到ることができない］

飛夢隔五嶺。［夢に飛んでも、いくつもの嶺に隔てられている］

真游有黄庭、［本当に遊ぶべきところは我が身の内である］

閉目寓両景。［目を閉じるなら、内と外をつなぐ光が見えるであろう］

室空無可照、［部屋がからっぽなら照らす必要もない――余計な思念がないなら惑いもない］

火滅膏自冷。［火が消えれば油は自然と冷える――余計な思念が鎮まれば我が本心も定まる］

披衣起視夜、［衣をとって起きて夜を視ると］

海闊河漢永。［海は広く天の川は長々と流れている］

西窓半明月、［西の窓に半ば明るい月があって］

散乱梧楸影。［木々の影が乱れ動いている］

良辰不可繋、［この良い夜を繋ぎ止めておくことはできない］

逝水無留騁。［逝く水は走るのを留めはしないのだ］

我苗期後枯、［私の苗は季節に後れて枯れるのだろう――我が歳月はなお残されている］

持此一念静。［この一念を持つなら、心は静まるのである］

 

　其の三［陶淵明］

栄華難久居、［華(はな)は栄(さか)えても久(なが)くそこに居(あ)るのは難(むずか)しく］

盛衰不可量。［盛(さか)んなときも、衰(おとろ)えるときも、それをいつだと量(はか)れは不(し)可(な)い］

昔為三春蕖、［昔(むかし)は三(みつき)の春(はる)をすごす蕖(はすのはな)で為(あ)ったものが］

今作秋蓮房。［今(いま)では秋(あき)の蓮(はすのみ)の房(ふさ)と作(な)っている］

厳霜結野草、［厳(きび)しい霜(しも)が野(の)の草(くさ)に結(むす)び］

枯悴未遽央。［枯(か)れ悴(おとろ)えて未(ま)だ遽(ま)だ央(つ)きずにある］

日月環復周、［日(ひ)や月(つき)は環(めぐ)り復(ま)た周(めぐ)るのだが］

我去不再陽。［我(わたし)は去(さ)ってしまえば再(ふたた)びは陽(い)られ不(な)い］

眷眷往昔時、［眷眷(しきりにひかれる)のは往(い)ってしまった昔(むかし)の時(とき)］

憶此断人腸。［此(こ)のことを憶(おも)うと人(ひと)の腸(はらわた)は断(た)たれるのである］

 

　其の三［蘇軾］

真人有妙観、［道(みち)を得た真(しん)人(じん)には妙(みょう)観(かん)［奥深い宇宙観］があるが］

俗子多妄量。［俗な人間には妄(もう)量(りょう)［あやふやな当て推量］ばかりがたくさんある］

区区勧粒食、［漢(かん)の世のこと、皇后がせっせと張(ちょう)良(りょう)に御馳走を勧めたのは］

此豈知子房。［仙人になろうとしていた張良のことをまるでわかっていなかったからだ］

我非徒跣相、［蕭(しょう)何(か)は罪を赦されると裸足になって感謝し］

終老懐未央。［ついには皇帝のために立派な宮殿を作った］

兔死縛淮陰、［兎を狩り終わったなら犬は烹(に)られるのたとえの通り、韓(かん)信(しん)は捕縛されてしまい］

狗功指平陽。［あるいは犬のように駈けずりまわった功績の第一は曹(そう)参(さん)だとされた］

哀哉亦可羞、［漢(かん)の世を開いた人々を思うと哀しくもあり、また我が身を恥ずかしくも思う］

世路皆羊腸。［世間に生きるとは羊の腸(はらわた)のように変転やまないものなのである］

 

　其の四［陶淵明］

丈夫志四海、［丈夫(おとこ)というものは四海(てんか)にでることを志(こころざ)すというが］

我願不知老。［我(わたし)が願(ねが)うのは、老(おい)を知(し)ら不(な)いということ］

親戚共一処、［そして、親(しん)戚(せき)が共(とも)に一(ひと)つの処(ところ)にいて］

子孫還相保。［子(し)孫(そん)も還(ま)た相(いっしょ)に保(くら)すことである］

觴弦肆朝日、［觴(さかずき)と弦(こと)を朝(あさ)日(ひ)に肆(なら)べ］

樽中酒不燥。［樽(たる)の中(なか)には酒(さけ)が燥(かわ)か不(ず)にある］

緩帯尽歓娯、［帯(おび)を緩(ゆる)めて歓(よろこ)びと娯(たのし)みを尽(つく)し］

起晩眠常早。［晩(おそ)くに起(お)きて常(いつ)も早(はや)くに眠(ねむ)る］

孰若当世士、［孰(どちら)が若(まし)なのか、世(よ)に当(はぶりのよ)い士(ひと)たちが］

氷炭満懐抱。［氷(こおり)と炭(すみ)（のような矛盾した欲望）を懐(むね)に満(いっぱ)いに抱(いだ)いているのと］

百年帰丘壟、［百(ひゃく)年(ねん)もしたらどうせ丘壟(はかば)に帰(かえ)ってゆとくいうのに］

用此空名道。［ずっと此(こ)の空(むな)しい名(めあて)の用(ため)に道(みちび)かれてゆくとはな］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩は、自身の思索を淡々と述べていてわかりやすい。このような作品は、長らく詩の範疇には入らないと思われていて、陶淵明は異端中の異端だったのである］

 

　其の四［蘇軾］

相如偶一官、［司(し)馬(ば)相(そう)如(じょ)がうまく官職にありついたとき］

嗤鄙蜀父老。［故郷の蜀(しょく)の老人たちを見下してあざ笑った］

不記犢鼻時、［かつては（妻の営む酒店で）褌(ふんどし)いっちょうで］

滌器混傭保。［使用人とともに食器を洗っていたことなど忘れてしまったかのようだった］

著書曽幾許、［ところが、書物をわずかに著しただけで］

渇肺灰土燥。［病気となって、酒店の竈の灰も乾ききってしまった］

琴台有遺魄、［成(せい)都(と)の琴(きん)台(だい)には司馬相如の魂が残っていて］

笑我帰不早。［私がちっとも帰ってこないのを笑っていることだろう］

作書遺故人、［私は昔なじみの人たちに向かって］

皎皎我懷抱。［皎(しろ)く皎(きよ)らかな私の思いを書いておこう］

余生幸無愧、［残された日々に恥じることがないのなら］

可与君平道。［私はかの厳(げん)君(くん)平(ぺい)と並ぶものといってもよいのだろう］

 

　其の五［陶淵明］

憶我少壮時、［憶(おも)うに、我(わたし)が少(わか)く壮(さかん)な時(とき)には］

無楽自欣豫。［とくに楽(たの)しむことが無(な)くても、自(おのずか)ら欣(よろこ)び豫(たのし)むことができた］

猛志逸四海、［猛(はげし)い志(こころざし)が四海(てんか)に逸(あふれ)れだし］

騫翮思遠翥。［翮(はね)を騫(あ)げて遠(とお)くへ翥(と)ぶことを思(おも)ったのだった］

荏苒歳月頽、［あれから荏(じり)苒(じり)と歳(さい)月(げつ)は頽(くず)れ］

此心稍已去。［此(そ)のような心(こころ)は稍(しだい)に已(す)でに去(さ)ってしまった］

値歓無復娯、［歓(よろこ)びごとに値(あ)っても復(もは)や娯(たの)しめ無(な)いし］

毎毎多憂慮。［毎(いつ)も毎(いつ)も憂(うれ)いの慮(おも)いばかりが多(おお)い］

気力漸衰損、［気(き)力(りょく)は漸(じわじわ)と衰(おとろ)え損(そこ)なわれ］

転覚日不如。［転(よくよ)く覚(おぼ)えるのは、日(ひ)ごとに如(およ)ば不(な)くなっていくことだ］

壑舟無須臾、［（時の流れは）壑(たに)をゆく舟(ふね)のように須臾(わずかなすき)も無(な)しに］

引我不得住。［我(わたし)を引(ひ)いて、住(とどま)ることが得(で)き不(な)い］

前途当幾許、［これから前(さき)の途(みち)は当(いった)い幾(どれ)許(だけ)あるのか］

未知止泊処。［どこかに止(とど)まり泊(やど)る処(ところ)があるのか、未(いま)だに知(わか)らないでいる］

古人惜寸陰、［古(むかし)の人(ひと)は寸(ちょっと)の陰(とき)も惜(おし)んだという］

念此使人懼。［此(こ)のことを念(おも)うと、人(ひと)は懼(おそ)れ使(させら)れてしまうのだ］

【補足】［終わりから2句目は陶(とう)淵(えん)明(めい)の曽祖父の陶(とう)侃(かん)の言葉を踏まえている。陶侃は当時の実力者で、国家のために多大な貢献があった。若いころの陶淵明は、曽祖父のように天下の趨勢を左右するような大活躍をしたいとの志があった。陶侃はすこぶる勤勉で、「聖人でも寸(すん)陰(いん)を惜しんだのだから、凡人はなおさらもっと短い時間も惜しまなければならない」といっていた。曽祖父に近づくことができないままに50歳に至った陶淵明は、身をよじるような焦燥感に時に襲われたのだろう］

 

　其の五［蘇軾］

孟徳黠老狐、［漢(かん)の終わりに、曹(そう)操(そう)は老いた狐よりもずる賢く］

奸言嗾鴻豫。［いかさまな言葉で郗(ち)慮(りょ)をそそのかして邪魔者の孔(こう)融(ゆう)を罪に落とそうとした］

哀哉喪乱世、［悲しいにことに、乱世においては］

梟鸞各騰翥。［君子と小(しょう)人(じん)が飛びかかり合ったのだった］

逝者知幾人、［そのために大勢の人がこの世を去り］

文挙独不去。［孔融だけが漢朝のために尽くす人として残っていた］

天方斫漢室、［しかし、天はまさに漢朝を滅ぼそうとしていたのであって］

豈計一郗慮。［郗慮ひとりがいてもいなくてもかわるものではなかった］

昆虫正相噛、［昆虫が噛み合うように争うなかで］

乃比藺相如。［曹操はあやしく孔融をおだてて実は貶(おとし)めたのだった］

我知公所坐、［私が思うに、孔融が罪に落とされたのは］

大名難久住。［正しいことを長く言い続けるのは非常に難しいからである］

細徳方険微、［ましてちまちました屁理屈が横行する時代に］

豈有容公処。［孔融がいられる場所はなかった］

既往不可悔、［過去のことはいまさら悔やんでも仕方ないので］

庶為来者懼。［これからの人々は何を懼(おそ)れるべきかよくよく考えていただきたい］

 

　其の六［陶淵明］

昔聞長者言、［昔(むかし)は長(としとっ)た者(もの)が言(い)うのを聞(き)くと］

掩耳毎不喜。［耳(みみ)を掩(おお)って毎(いつ)も喜(おもしろ)く不(な)くおもっていた］

奈何五十年、［奈何(どうしたこと)か五(ご)十(じゅう)年(ねん)がたつと］

忽已親此事。［忽已(もうとっく)に（当時の老人と同じ）此(そ)のとおりの事(こと)を親(じぶんでして)いるのである］

求我盛年歓、［我(わたし)の盛(さか)りだった年(とし)の歓(よろこ)びを求(もと)めようと］

一毫無復意。［復(ま)たおもう意(こころ)は一毫(これっぽっち)も無(な)い］

去去転欲遠、［（若いころは）去(さ)って去(さ)って転(どん)どん遠(とお)く欲(なって)ゆくばかりで］

此生豈再値。［此(こ)の生(せい)は豈(け)っして再(ふたた)びは値(あ)えないものである］

傾家持作楽、［家(いえにあるもの)を傾(はたい)て持(それ)で楽(たのし)みを作(な)そうではないか］

竟此歳月駛。［そのようにして此(こ)の歳(さい)月(げつ)が駛(かけ)ていってしまうのを竟(お)えるとしよう］

有子不留金、［子(こ)が有(あ)っても金(かね)は留(とど)めておか不(な)い］

何用身後置。［何(どう)して身(しん)だ後(あと)の置(はからい)まで用(してお)くものか］

【補足】［前半にある陶(とう)淵(えん)明(めい)の反省は、2000年経っても多くの人は共有することなく老人になるのである］

 

　其の六［蘇軾］

博大古真人、［博(ひろ)く大(おお)きな古(いにしえ)の真(しん)人(じん)とは］

老聃関尹喜。［老(ろう)子(し)と尹(いん)喜(き)である］

独立万物表、［この二人だけは万物の外に立って］

長生乃余事。［長(ちょう)生(せい)の術などはほんの余技でしかなかった］

稚川差可近、［葛(かつ)洪(こう)はこの二人にやや近かったが］

倘有接物意。［それでも物にとらわれる心があったようだ］

我頃登羅浮、［私は先ごろ羅(ら)浮(ふ)山(ざん)に登り］

物色恐相値。［あるいは葛洪に逢えることもあろうかと探してみた］

徘徊朱明洞、［山中の朱(しゅ)明(めい)洞(どう)のあたりを歩きまわると］

沙水自清駛。［沙の上を馳せ下る清らかな水だけがあった］

満把菖蒲根、［仙薬になるという菖蒲の根を手にいっぱい取ったものの］

嘆息復棄置。［嘆息して棄て去ってしまった］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は一貫して現実主義者であるが、蘇軾は神仙世界へと思考を飛躍させている］

 

　其の七［陶淵明］

日月不肯遅、［日(たいよう)も月(つき)も肯(あ)えて遅(ゆっくり)しようとはしてくれ不(な)い］

四時相催迫。［四(よっ)つの時(きせつ)が相(たが)いに催(せきた)てあって迫(せま)ってくる］

寒風払枯条、［寒(さむ)い風(かぜ)が枯(か)れた条(えだ)を払(はら)い］

落葉掩長陌。［落(お)ちた葉(は)が長(なが)い陌(みち)を掩(おお)う］

弱質与運頽、［弱(よわ)い質(たち)のわたしは運(ときのめぐり)と与(と)もに頽(くず)れてゆき］

玄鬢早已白。［玄(くろ)い鬢(かみ)は早(はや)くも已(すで)に白(しろ)くなってしまった］

素標插人頭、［素(しろ)い標(かみ)が人(ひと)の頭(あたま)に插(まじ)るということは］

前途漸就窄。［これから前(さき)の途(みち)が漸(そろ)そろ窄(おわ)りに就(な)るということだ］

家為逆旅舎、［家(いえ)とは逆旅(やどや)の舎(たてもの)で為(あ)るのだから］

我如当去客。［我(わたし)は当(き)っと去(さ)ってゆく客(きゃく)の如(よう)であるのだろう］

去去欲何之、［去(さ)って去(さ)って何(どこ)に之(ゆ)こうと欲(して)いるのか］

南山有旧宅。［南(みなみ)の山(やま)に旧(ふる)い宅(すまい)［墓地］が有(あ)るではないか］

【補足】［不老長生のような神仙術に期待しないのなら、歳月が間断なく流れ去って行くのがなおさら厳しく感じられるのだろう］

 

　其の七［蘇軾］

藍喬近得道、［近頃道(みち)を得た藍(らん)喬(きょう)は］

常苦世褊迫。［常々こせこせとした世間に迫られていたので］

西遊王屋山、［西方はるかの王(おう)屋(おく)山(ざん)［伝説の仙山］に遊びに行き］

不踐長安陌。［もはや都の道を踏むことはなかった］

爾來寧復見、［それからは会った者は誰もおらず］

鳥道度太白。［藍喬は鳥の道を渡って金星に飛んで行ったのだった］

昔与呉遠遊、［昔、藍喬は呉(ご)復(ふく)古(こ)と遊んで］

同蔵一瓢窄。［二人で小さな瓢箪の中に隠れたという］

潮陽隔雲海、［呉復古の住む潮(ちょう)陽(よう)［潮州］は雲海を隔てた彼方］

晩歳儻見客。［我が最後の日々にもしもそこを訪れることはできたなら］

伐薪供養火、［薪を伐って供養の火をたき］

看作棲鳳宅。［そこを鳳(おおとり)［仙人］の棲む家であると見るであろう］

 

　其の八［陶淵明］

代耕本非望、［耕(たがや)す代(か)わりに（俸禄をもらうのは）本(もと)より望(のぞ)むところでは非(な)かった］

所業在田桑。［業(なりわい)とする所(ところ)は田(はたけ)と桑(かいこ)に在(あ)るとおもっていた］

躬親未曽替、［わが躬(み)をかえりみて親(じぶん)としては未(これま)で曽(かつ)て替(おこた)ることはなかったのに］

寒餒常糟糠。［寒(さむ)さや餒(う)えのなかで常(いつ)も糟(かす)や糠(ぬか)しかなかった］

豈期過満腹、［豈(け)っして腹(はら)を満(みた)す過(いじょうのこと)を期(のぞ)んでいるのではなくて］

但願飽粳糧。［但(た)だ願(ねが)うのは粳(こ)糧(め)が飽(ちゃんとく)えて］

禦冬足大布、［冬(ふゆ)を禦(ふせ)ぐための大(あら)い布(ぬの)が足(た)りて］

粗絺以応陽。［陽(ひざし)に応(おう)じる以(ため)の粗(あら)い絺(くずのぬの)があればよいのだ］

正爾不能得、［正(まさ)しく爾(それだけのもの)も得(え)ることが能(で)き不(な)かったのだから］

哀哉亦可傷。［哀(かな)しいでは哉(ないか)、亦(やは)り傷(いた)ましくおもわ可(なけ)ればならない］

人皆尽獲宜、［ほかの人は皆(みな)が尽(ことごと)く宜(よろ)しいところを獲(え)ているのに］

拙生失其方。［拙(つたな)いわたしの生(いきざま)は其(そ)の方(てだて)を失(うしな)ってしまったのだ］

理也可奈何、［ものの理(ことわり)という也(もの)は奈(どう)何(する)ことも可(でき)ない］

且為陶一觴。［且(しば)し一(いっぱい)の觴(さかずき)を陶(たのし)もうと為(し)よう］

 

　其の八［蘇軾］

南栄晩聞道、［南(なん)栄(えい)は道(みち)を聞くことが遅かったので］

未肯化庚桑。［庚(こう)桑(そう)を十分に教え導くことができなくて］

陶頑鑄強獷、［頑(かたく)なで荒っぽいところを直すのに］

枉費塵与糠。［ひどく苦労したと、荘(そう)子(し)は書いている］

越子古成之、［宋(そう)の初めに、南国の古(こ)成(せい)之(し)は］

韓生教休糧。［韓(かん)泳(えい)に繰り返し導かれて］

参同得霊鑰、［仙界への鍵を得て］

九鎖啓伯陽。［不老長生の道を開いたという］

鵝城見諸孫、［恵(けい)州でその子孫を見たことがあるが］

貧苦我為傷。［痛ましいことに貧苦に苦しんでいた］

空余焦先室、［かつての住まいだけを残して］

不伝元化方。［霊薬を煉る方法は伝えなかったのだ］

遺像似李白、［古成之の画像は李(り)白(はく)に似ていて］

一奠臨江觴。［私は江(かわ)に臨んで一杯の酒を手向けたのだった］

 

　其の九［陶淵明］

遙遙従羈役、［遙(はる)かに遥(はる)かに役(しごと)の羈(たび)に従(あ)って］

一心処両端。［一(ひと)つだけの心(こころ)が両(ふたつ)の端(はし)にわかれて処(い)る］

掩涙泛東逝、［涙(なみだ)を掩(かく)しつつ泛(うか)んで東(ひがし)へと逝(ゆ)き］

順流追時遷。［流(なが)れに順(したが)って時(とき)の遷(うつ)るのを追(お)っている］

日没星与昴、［日(ひ)が没(しず)んで（空に見えるのは）星(せい)と与(それ)に昴(ぼう)（の星座）］

勢翳西山巔。［その勢(うごき)によって西(にし)の山(やま)の巔(いただき)の翳(かげ)にかくれる］

蕭条隔天涯、［蕭条(わびしく)も（家族とは）天(てん)の涯(はて)を隔(へだ)てているかのよう］

惆悵念常餐。［惆悵(しょんぼり)と（家族とともにしていた）常(いつも)の餐(ごはん)を念(おも)うのである］

慷慨思南帰、［慷慨(たかぶっ)て南(みなみ)に帰(かえ)ろうと思(おも)うのだが］

路遐無由縁。［路(みち)は遐(はる)かで由縁(ゆくあて)が無(な)い］

関梁難虧替、［関(せき)も梁(わたしば)も虧替(のりこえてゆく)のは難(むずか)しいから］

絶音寄斯篇。［これまで絶(た)えていた音(たより)を斯(こ)の篇(し)に寄(よ)せるのである］

【補足】［この詩は、ここまでの8篇とは異なって、まだ30代後半のころに役人暮らしをしていて東に旅したときに詠まれた作品であるとされている］

 

　其の九［蘇軾］

余齢難把玩、［余すところの齢(よわい)はもてあそべるほどの長さはないので］

妙解寄筆端。［よい解釈が得られたなら筆で書き留めておかなければならない］

常恐抱永嘆、［常に恐れて、いつも嘆かずにはいられないのは］

不及丘明遷。［昔の左(さ)邱(きゅう)明(めい)や司(し)馬(ば)遷(せん)のような立派な著作を遺せないことだ］

親友復勧我、［親しい友が私に勧めるのは］

放心餞華顛。［白髪頭から心を自由に解き放つのがよかろうと］

虚名非我有、［虚名を得たところで仕方ないし］

至味知誰餐。［本当の味わいは誰か他の人がわかってくれるわけではない］

思我無所思、［私が思うのは、思うところがないということ］

安能観諸縁。［そうすればもろもろの機縁が観えてくるのではないだろうか］

已矣復何嘆、［そうだ、もう嘆くのはようそう］

旧説易両篇。［かつて『易(えき)経(きょう)』について説いた二つの書物があるのだから］

 

　其の十［陶淵明］

閑居執蕩志、［閑(のんびり)と居(くらし)ていたときには蕩(わきたつ)ような志(こころざし)を執(も)っていた］

時駛不可稽。［時(とき)は駛(は)せ、稽(とど)まらせることが可(で)き不(な)い］

駆役無停息、［（気持ちのあせりから）役(しごと)に駆(か)られて停(とどま)り息(いこ)うことが無(な)くなって］

軒裳逝東崖。［軒裳(やくにんのくるま)で東(ひがし)の崖(はて)に逝(ゆ)くことになった］

沈陰擬薰麝、［沈(しず)み陰(かげ)るなかで、麝(じゃこう)の薰(かおり)で擬(ごまか)すようなことをしてみても］

寒気激我懐。［寒(かん)気(き)が我(わたし)の懐(おもい)を激(はげ)しくさせてしまう］

歳月有常御、［歳(さい)月(げつ)には常(いつも)の御(めぐり)が有(あ)って］

我来淹已弥。［我(わたし)が（東に）来(き)てから淹(たちま)ち已(すで)に（歳月が）］弥(みち)てしまった］

慷慨憶綢繆、［慷慨(たかぶっ)て綢繆(いとしいものたち)を憶(おも)うも］

此情久已離。［此(こ)の情(こころ)は久(なが)く已(ずっ)と離(はな)れたままなのだ］

荏苒経十載、［荏(どん)苒(どん)と十(じゅう)載(ねん)を経(へ)て］

暫為人所羈。［暫(しばら)く人(ひと)の為(ため)に羈(つな)がれる所(ところ)となっている］

庭宇翳余木、［庭(にわ)や宇(いえ)には余(あま)りある木(き)が翳(かげ)をつくっているであろう］

倏忽日月虧。［倏(たち)忽(まち) 日(にち)月(げつ)は虧(すぎさって)ゆくのだ］

【補足】［これは其の八に続いて役人暮らしをしていたころの詩であろう］

 

　其の十［蘇軾］

申韓本自聖、［申(しん)不(ふ)害(がい)と韓(かん)非(ぴ)は自分たちが聖(せい)である［真理を得ている］として］

陋古不復稽。［古(いにしえ)などは劣っていると、もはや学びなおそうとしなかった］

巨君縦独欲、［王(おう)莽(もう)は自分の欲をひたすら大きくして］

借経作巌崖。［それを守るための崖を、経典を使って作った］

遂令青衿子、［そのような連中は、学問をする人々に］

珠璧人人懐。［それぞれが勝手な理屈を抱くようにさせた］

鑿歯井蛙耳、［鑿(さく)歯(し)とかいう怪物は井の中の蛙で］

信謂天可弥。［天をも渡ることができると自分では思い込んでいた］

大道久分裂、［大いなる道は長く分裂し］

破砕日愈離。［破壊されて日に日にますます真から離れてしまった］

我如終不言、［私がついにいわずにいたならば］

誰悟角与羈。［誰も音階の区別さえできなくなってしまうだろう］

吾琴豈得已、［私はそれでやむをえず琴を弾くのだ］

昭氏有成虧。［琴には本来の音が具わっているだから］

 

　其の十一［陶淵明］

我行未云遠、［我(わたし)の行(たび)は未(ま)だ云(ここ)であって遠(とお)くにはきていない］

回顧慘風涼。［回(あたり)を顧(かえりみ)れば慘(さびしく)も風(かぜ)は涼(すず)しい］

春燕応節起、［春(はる)の燕(つばめ)は節(きせつ)に応(おう)じて起(た)ち］

高飛払塵梁。［高(たか)く飛(と)んで梁(はり)の塵(ちり)を払(はら)う］

辺雁悲無所、［辺(とおくにす)む雁(かり)はここがいるべき所(ところ)では無(な)いのを悲(かな)しみ］

代謝帰北郷。［（燕と）代謝(いれかわ)って北(きた)の郷(さと)へと帰(かえ)ってゆく］

離鵾鳴清池、［（群れから）離(はな)れた鵾(こん)［ニワトリの一種］は清(きよ)らかな池(いけ)に鳴(な)いて］

渉暑経秋霜。［暑(あつ)さを渉(すぎ)て秋(あき)の霜(しも)も経(へ)てゆく］

愁人難為辞、［愁(うれ)いにしずむ人(ひと)は辞(ことば)に為(す)るのが難(むずか)しい］

遙遙春夜長。［遙(ゆる)遙(ゆる)と春(はる)の夜(よる)は長(なが)い］

【補足】［これは、役人暮らしにあって、いたずらに時間が過ぎ去ってしまうことを象徴的に歌ったものであろう］

 

　其の十一［蘇軾］

我昔登朐山、［私は昔、朐(く)山(ざん)に登ったとき］

出日観滄涼。［日が青く清々(すがすが)しく出るのを見た］

欲済東海県、［東にあるという仙界の地に渡りたく思ったが］

恨無石橋梁。［残念なことにそこに至る橋がなかった］

今茲黎母国、［いまここ黎(れい)人(じん)の国にいて］

何異于公郷。［仙界の地にいるのと何ら異なるところがない］

蠔浦既黏山、［牡蠣(かき)を食べて山のように殻を積み上げ］

暑退亦飛霜。［暑さが退けば霜が飛ぶようにもなるだろう］

所欣非自誷、［このように欣(よろこ)んでいるのは自分をごまかしているのではない］

不怨道里長。［長い道のりを経てきたことは少しも恨んでいないのだ］

 

■【12-1-036a】和陶癸卯歳始春懐古田舎、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『癸(き)卯(ぼう)の歳、春の始めに田(でん)舎(しゃ)で古(いにしえ)を懐(おも)う』という詩に和した。陶淵明の詩は、母の孟(もう)氏が亡くなって喪に服していた39歳のときの作。蘇軾の詩には序文がある。

 

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

儋人黎子雲兄弟、居城東南、躬農圃之労。偶与軍使張中同訪之、居臨大池、水木幽茂、坐客欲為醵銭作屋、余亦欣然許之。名其屋曰載酒堂、用淵明始春懐古田舍韻、作二首。

［儋(たん)耳(じ)［昌(しょう)化(か)軍］の人である黎(れい)子(し)雲(うん)兄弟は城(まち)の東南に住んでいて、農圃(はたけ)での労働は自分達自身で行っている。たまたま昌化軍知事の張(ちょう)中(ちゅう)とそこを訪れると、住まいは大きな池に臨み、木が茂って、水に奥ゆかしさがあり、客人たちは銭を集めてここに建物を作ったらどうだろうかと考えた。私も喜んで賛成し、それを載(さい)酒(しゅ)堂(どう)と名付け、陶(とう)淵(えん)明(めい)の『始(し)春(しゅん)に田(でん)舎(しゃ)に懐(かい)古(こ)する』の韻を用いて、二首を作った］

 

　其の一［陶淵明］

在昔聞南畝、［在昔(むかし)のこと、南(みなみ)にある畝(はたけ)について聞(き)いた］

当年竟未踐。［当年(そのころ)は竟(つい)に未(ま)だ（その地を）踐(ふ)むことはなかった］

屡空既有人、［「屡(しば)しば空(むな)し」（と評された顔(がん)回(かい)のように貧苦に甘んじた）人(ひと)は既(むかし)から有(い)たのだから］

春興豈自免。［春(はる)の興(つちおこし)のようなことを豈(どう)して自(わたし)が免(まぬか)れたりしようか［苦労するのが当たり前なのだ］］

夙晨装吾駕、［夙(はや)い晨(あさ)に吾(わたし)の駕(くるま)に（農具などを）装(つ)んで］

啓塗情已緬。［塗(みち)を啓(ひら)くと情(こころ)は已(すで)に緬(はるか)へとゆく］

鳥哢歓新節、［鳥(とり)の哢(さえずり)は新(あら)たな節(きせつ)を歓(よろこ)び］

泠風送余善。［泠(かろ)やかな風(かぜ)は余(あま)りある善(よ)さを送(おく)ってくる］

寒竹被荒蹊、［寒(ひんやり)とした竹(たけ)は荒(あ)れた蹊(みち)を被(おお)い］

地為罕人遠。［この地(ち)は人(ひと)が罕(まれ)である為(ため)に遠(とお)くかんじられる］

是以植杖翁、［「杖(つえ)を植(つ)く翁(おきな)」（として『論(ろん)語(ご)』に見える隠者）も是(こ)のようなことを以(も)って］

悠然不復返。［悠(ゆう)然(ぜん)として復(も)う（俗世）には返(かえ)ら不(な)かったのだ］

即理愧通識、［理(ことわり)に即(つ)いては識(ちしき)に通(つう)じているひとには愧(は)じるものがあるけれど］

所保詎乃浅。［保(たも)つ所(ところ)の（思いは）詎(き)っと乃(そう)は浅(あさ)くはないのである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)には、家から南に少し離れたところに昔から伝わる土地があって、長らく放置していたのだが、必要に迫られてそこを耕しに行ってこの詩を詠んだ。詩の題にある「古(いにしえ)を懐(おも)う」とは、孔(こう)子(し)やその弟子の顔(がん)回(かい)、あるいは『論(ろん)語(ご)』に見える隠者に思いを馳せるということで、古を懐いつつ自ら耕して生きる覚悟を固めつつあることを歌っている。陶淵明は母の喪が明けると一度は官職に戻るが、その後41歳で最終的に引退する］

 

　其の一［蘇軾］

退居有成言、［郷里に退くのをよしとする格言は多々あるのに］

垂老竟未踐。［私は老境に至ってもまだ実践できていない］

何曾淵明帰、［陶(とう)淵(えん)明(めい)のように帰ることができないばかりか］

屡作敬通免。［漢(かん)代(だい)の馮(ふう)衍(えん)のようにしばしば罪によって職を免じられてきた］

休閑等一味、［退隠も謫(たく)居(きょ)も休閑であることについては同じ味わいであろうか］

妄想生愧靦。［さすがにそれは妄想であって、靦(あつかまし)さに愧(はず)かしくなる］

聊将自知明、［自身のことを知る洞察力を少しは働かせて］

稍積在家善。［家においていくらか善を積もうとしている］

城東両黎子、［町の東に二人の黎(れい)くんがいて］

室邇人自遠。［その住まいは近いけれど、その人となりは俗から遠く離れている］

呼我釣其池、［私を呼んでくれて、そこの池で釣りをした］

人魚両忘返。［人も魚もそこから帰ることを忘れてしまった］

使君亦命駕、［知事どのも駕籠を命じてここに来て］

恨子林塘浅。［土手の林が浅いのが残念だといった］

【補足】［6句目の韻として、陶(とう)淵(えん)明(めい)は「緬」の字を使っているが、蘇軾は同音の「靦」の字に換えたと断り書きを添えている。次韻の名手も、時には難儀することもあったのだろう］

 

　其の二［陶淵明］

先師有遺訓、［先(せん)師(し)［孔(こう)子(し)］の遺(い)訓(くん)が有(あ)る］

憂道不憂貧。［「道(みち)（が行われていないこと）を憂(うれ)いて、（我が身の）貧(ひん)を憂(うれ)うことはし不(な)い」］

瞻望邈難逮、［（その言葉は）瞻(あお)ぎ望(のぞ)むこと邈(はるか)かで逮(およ)ぶのは難(むずか)しいだけに］

転欲志長勤。［転(ます)ます長(なが)く勤(つと)めることを志(こころざ)そうと欲(す)るのである］

秉耒歓時務、［耒(すき)を秉(と)って時(きせつ)の務(つと)めを歓(よろこ)び］

解顔勧農人。［顔(かお)を解(ほころ)ばせて農(のらしごと)を人(ひと)に勧(すす)める］

平疇交遠風、［平(たい)らな疇(はたけ)で遠(とお)くからの風(かぜ)が交(ゆきか)い］

良苗亦懐新。［良(よ)い苗(なえ)が亦(ま)た新(あたら)しい（芽を）懐(いだ)いている］

雖未量歳功、［未(いま)だ歳(ことし)の功(とれだか)を量(はか)れるわけではない雖(けれ)ど］

即事多所欣。［事(こと)に即(そく)して欣(よろこ)ぶ所(ところ)が多(たくさん)ある］

耕種有時息、［耕(たがや)したり種(う)えたりして時(とき)に息(いこ)うことも有(あ)るのだが］

行者無問津。［行(たびゆ)く者(もの)で津(わたしば)を問(と)うものはい無(な)い］

日入相与帰、［日(ひ)が入(い)ると相(たがい)に与(とも)に帰(かえ)り］

壺漿労近隣。［壺(さけ)漿(つぼ)で近(きん)隣(りん)のひとびとを労(ねぎら)う］

長吟掩柴門、［長(なが)く吟(ぎん)じて柴(しば)の門(もん)を掩(おお)い］

聊為隴畝民。［聊(ひと)まず隴畝(はたけ)の民(たみ)と為(な)ったようである］

【補足】［12句目にある「津(わたしば)を問(と)う」とは、『論(ろん)語(ご)』にある故事を用いている。孔(こう)子(し)は旅の途中で、畑を耕す隠者［長(ちょう)沮(そ)と桀(けつ)溺(でい)］［→作品番号12-1-021aなど］に渡し場のあるところを尋ねた。隠者は、渡し場の位置もわからないのに、天下の行く末を議論するのかと、孔子のことを嘲って教えなかった。一方、孔子は、あのような隠者とは志すところが全く違うと、隠者を厳しく批判した。この詩で、陶淵明は、あたかも長沮や桀溺のように畑を耕しているけれども、もしも孔子が来て渡し場を尋ねてくれたなら、その後に従って付いて行きたいとの気持ちを歌っているかのようである。この詩の時点では、陶淵明と蘇軾は近い距離にいたといえるのではなかろうか］

 

　其の二［蘇軾］

茅茨破不補、［茅葺の家が壊れても補わない］

嗟子乃爾貧。［黎(れい)くんがそれほど貧乏であるのを残念に思う］

菜肥人愈痩、［畑で菜は肥えつつあるが、人はますます痩せている］

竈閑井常勤。［竈(かまど)はひっそりとし、井戸では頻繁に汲まれている［水で飢えをしのいでいるということ］］

我欲致薄少、［私はわずかばかりの贈り物をしようと］

解衣勸坐人。［衣を脱いで家に坐す人に勧めた］

臨池作虚堂、［池に臨んでちょっとした部屋を作ろうではないか］

雨急瓦声新。［雨が強く降ったときには瓦に真新しい音が響くであろう］

客來有美載、［客人はうまいものを持って来るだろう］

果熟多幽欣。［果実が熟すときには奥深い欣(よろこ)びがたくさんにあるだろう］

丹荔破玉膚、［紅い荔枝(ライチ)が玉(ぎょく)の膚(はだえ)を破り］

黄柑溢芳津。［黄色い蜜柑から芳しい汁が溢れでる］

借我三畝地、［私に三畝(ぽ)の土地を貸してくれるなら］

結茅為子隣。［君の隣に廬を結びたいものだ］

鴃舌儻可学、［鴃舌(とちのことば)をもし学ぶことができるのなら］

化為黎母民。［私は身を変化させて黎(れい)母(ぼ)山(さん)の民になりたいものだ］

 

■【12-1-037a】和陶贈羊長史

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『羊(よう)長(ちょう)史(し)に贈る』という詩に和した。どちらにも序文がある。

 

【訳文】

序［陶淵明］

左軍羊長史、銜使秦川、作此与之。

［左(さ)軍(ぐん)の羊(よう)長(ちょう)史(し)［名は松(しょう)齢(れい)］は、使(つかい)を銜(お)びて秦(しん)川(せん)にゆくことになった。此(このし)を作(つく)って之(このひと)に与(あた)える］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)が53歳のときの作。当時、中国は南北に分かれ、南は漢(かん)人(じん)王朝の晋(しん)国(こく)で、北は異民族の建てた秦(しん)国(こく)であった。晋国は奪われた北半分を取り戻すことを国の悲願としていたが、軍事的に劣勢で、現有する領土を守るのがせいいっぱいであった。前年のこと、南朝には珍しい軍事的天才であった劉(りゅう)裕(ゆう)が北伐軍を指揮し、秦国の都長(ちょう)安(あん)を急襲して占領することに成功した。陶淵明の友人である羊(よう)松(しょう)齢(れい)は左将軍の命令を受けて、戦勝祝いの使者として劉裕のもとに行くことになり、陶淵明がこの詩を贈った］

 

引(いん)［序文］［蘇軾］

得鄭嘉会靖老書、欲於海舶載書千余卷見借。因読淵明｢贈羊長史｣詩云、愚生三季後、慨然念黄虞。得知千載事、上頼古人書。次其韻以謝鄭君。

［鄭(てい)嘉(か)会(かい)、字(あざな)は靖(せい)老(ろう)の手紙を受け取ったところ、海を渡る船に千余巻の書物を載せて貸してくださるとのことである。陶(とう)淵(えん)明(めい)の『羊(よう)長(ちょう)史(し)に贈る』詩にこのようにある。「愚生三季後、慨然念黄虞。得知千載上、正頼古人書」［愚(ぐ)は三(さん)季(き)の後(のち)に生(うま)れ、慨(がい)然(ぜん)として黄(こう)虞(ぐ)を念(おも)う。千(せん)載(ざい)の上(うえ)を知(し)るを得(う)るは、正(まさ)に古(こ)人(じん)の書(しょ)に頼(よ)るのみ］。それに次韻して鄭君への謝礼とする］

 

　［陶淵明］

愚生三季後、［愚(わたし)が生(うま)れたのは（太古の理想とされた）三(みっつのじだい)の季(おわり)のそのまた後(あと)であるので］

慨然念黄虞。［慨然(なげき)つつ黄(こう)（帝(てい)）や虞(ぐ)（舜(しゅん)）のような（古代の聖天子）を念(おも)うのである］

得知千載上、［千(せん)載(ねん)よりも上(まえ)のことを知(し)る得(ため)には］

正頼古人書。［正(まさ)しく古(いにしえ)の人(ひと)の書(しょもつ)に頼(たよ)るしかない］

賢聖留余跡、［賢(けん)（人(じん)）や聖(せい)（人(じん)）の余(のこ)りの跡(あと)が留(とど)まっているところといえば］

事事在中都。［事(こと)事(ごと)に中(ちゅう)都(と)［長(ちょう)安(あん)や洛(らく)陽(よう)のあたり］に在(あ)る］

豈忘遊心目、［そこに心(こころ)や目(め)を遊(あそ)ばせることを豈(けっ)して忘(わす)れるものではないけれど］

関河不可踰。［そこにいたる関(せき)や河(かわ)は踰(こ)えることが可(で)き不(な)い］

九域甫已一、［（北伐の成功で中国の）九(ここの)つの域(ちいき)が甫(はじ)めて已(すで)に一(ひと)つになろうとしているから］

逝将理舟輿。［逝(ゆく)ゆくは将(き)っと舟(ふね)や輿(くるま)を理(ととの)えて（出かける）としよう］

聞君当先邁、［すると、君(きみ)が当(ちょう)ど先(ま)ず邁(ゆ)こうとしていると聞(き)いたのだ］

負痾不獲倶。［しかし、痾(やまい)を負(お)ってしまって倶(とも)にゆくことは獲(で)き不(な)い］

路若経商山、［（君のゆく）路(みち)が若(もし)も商(しょう)山(ざん)を経(へ)るのならば］

為我少躊躇。［我(わたし)の為(ため)に少(しばら)く躊躇(とどま)って］

多謝綺与甪、［綺(き)（里(り)季(き)）と与(とも)に甪(ろく)（里(り)）にも多謝(あいさつ)してもらいたい］

精爽今何如。［「精爽(おげんき)で、今(いま)は何如(いかが)でありましょうか」と］

紫芝誰復采、［（商山の霊妙な茸である）紫(し)芝(し)を采(と)るものは復(も)う誰(だれ)もいなくて］

深谷久応蕪。［深(ふか)い谷(たに)は久(ず)っと応(き)っと蕪(あ)れてしまっているのだろう］

駟馬無貰患、［駟馬(よんとうだてのばしゃ)（に乗るような地位の高い人）は患(うれい)を貰(まぬか)れることは無(な)く］

貧賤有交娯。［貧(ひん)賤(せん)にこそ娯(たのしみ)が交(ま)じることが有(あ)る］

清謠結心曲、［（商山の隠者の）清(きよ)らかな謠(うた)はわたしの心(こころ)の曲(おく)と結(むす)ばれているが］

人乖運見疏。［その人(ひと)たちとは乖(はな)れ、運(うん)には疏(うと)んじ見(ら)れている］

擁懐累代下、［（商山の隠者を慕う）懐(おもい)は累(いくつ)もの代(じだい)の下(もと)でも擁(いだ)かれてきた］

言尽意不舒。［わたしの言(ことば)はここに尽(つ)き、意(こころ)は舒(のび)やかになら不(な)い］

【補足】［（1）この詩の前半は、中国の北半分を異民族に支配されていて、南に住む人々は、中華文明の発祥の地とされる長(ちょう)安(あん)や洛(らく)陽(よう)のあたりに行くことはできないという事情を踏まえて歌われている。劉(りゅう)裕(ゆう)が長安に至ったのは、もしかしたら中国の再統一が果たせるのかもしれないという意味では、ひとまずは朗報であった。しかし、劉裕の真の目的はそこにはなく、軍事的成功をバックに晋(しん)朝(ちょう)から皇位を簒奪することにあって、長安を長く占領する気は劉裕にはなかった。陶淵明はそうしたことも見通していたようである。（2）詩の中ほどからは、秦(しん)の世の乱れを避けて商(しょう)山(ざん)に入った4人の隠者［綺(き)里(り)季(き)、甪(ろく)里(り)、東(とう)園(えん)公(こう)、夏(か)黄(こう)公(こう)］、すなわち「商(しょう)山(ざん)四(し)皓(こう)」［→作品番号11-2-080など］の故事を引いて、現在の政治情勢に対する陶淵明の思いを歌っている。すなわち、いまは「商山四皓」のように山に隠れるべきであるとの時代認識を陶淵明は持っていたのである。だから、友人の羊(よう)松(しょう)齢(れい)には商山に入ることを実は勧めているのである］

 

　［蘇軾］

我非皇甫謐、［私は皇帝から書物を借り受けた晋(しん)の皇(こう)甫(ほ)謐(ひつ)に比べられるような者ではないが］

門人如摯虞。［貴君は皇甫謐の門人の摯(し)虞(ぐ)のような名臣になる人物である］

不持両鴟酒、［一巻の書物を借りる謝礼は一杯の酒とされていて、二杯の酒さえ持たない私に］

肯借一車書。［貴君は一台の車に満載した書物を貸してくださるという］

欲令海外士、［海の彼方に住む者［蘇軾のこと］に対しても、後(ご)漢(かん)の時代に、経典を碑に刻んで］

観経似鴻都。［都の門の外に建てて衆人に学ばせたようなことを、貴君はするものである］

結髮事文史、［私は髪を結った少年のころから文学、歴史を学び］

俯仰六十踰。［たちまち六十歳を超えてしまった］

老馬不耐放、［老いた馬も、放置されているのはつらく］

長鳴思服輿。［やはり車を曳きたいと長く嘶くという］

故知根塵在、［私もやはり、根に書物好きという癖がどうしてもあって］

未免病薬倶。［それは病ともなれば薬ともなるのである］

念君千里足、［思うに、貴君は千里をたちまち駆け抜ける足がありながら］

歴塊猶踟躕。［いまは土塊(つちくれ)を踏んでぐずぐずしている］

好学真伯業、［貴君は、学問を好むことでは天下に二人しかいないと評された袁(えん)伯(はく)業(ぎょう)と］

比肩可相如。［肩を並べて全く引けを取るものではない］

此書久已熟、［貴君はすでにずっと前に熟読し終えたものであるからと］

救我今荒蕪。［いま書物のない荒れ地にいる私を救うためにそれを貸してくれるという］

顧慚桑楡迫、［我が身を顧みると、もはや日没が迫っていて］

久厭詩書娯。［詩書の楽しみさえ厭わしく思えていた］

奏賦病未能、［貴君への謝礼に詩を賦そうとしても、病んでなかなかできず］

草玄老更疏。［道教の経典を写そうとしても老いのためにままならない］

猶当距楊墨、［それでも、貴君の書物によって、楊(よう)朱(しゅ)や墨(ぼく)子(し)のような異端の学を防いで］

稍欲懲荊舒。［海(かい)南(なん)島(とう)の民を正しい教えへと導きたいと思っている］

 

■【12-2-005a】和陶形影神

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『形(けい)影(えい)神(しん)』の詩に和した。陶淵明の詩の訳文はすでに作品番号09-2-070に掲げたが、ここでは少し異なるスタイルで訳す。

 

【訳文】

序［陶淵明］

貴賤賢愚、莫不営営以惜生、斯甚惑焉。故極陳形影之苦、言神弁自然以釈之。好事君子、共取其心焉。

［貴(とうと)いひとも賤(いや)しいひとも賢(かしこ)いひとも愚(おろ)かなひとも、営(あく)営(せく)として以(それ)で生(い)きているときを惜(お)しま不(な)いものは莫(いな)い。斯(これ)は甚(ひど)く惑(まど)っている焉(のだ)。故(それ)で極(くわし)く形(かたち)［肉体ないし物理的実態］と影(かげ)［文字通りシャドウであり、実体の背後にある生命力のようなもの］に之(そ)の苦(くる)しみを陳(の)べさせてから、神(しん)［精神ないし霊的な非実体］に自(し)然(ぜん)の（摂理を）弁(の)べさせて、以(それ)で之(こ)の（惑いを）釈(と)くことを言(い)うものである。好(こう)事(ず)の君(くん)子(し)たちよ、其(そこ)にいうところの心(こころ)を共(いっしょ)に取(くみと)って焉(くれ)］

 

　形贈影［陶淵明］［形(かたち)が影(かげ)に贈(おく)る］

天地長不没、［天(てん)と地(ち)は長(とこしえ)に没(なく)なら不(な)い］

山川無改時。［山(やま)や川(かわ)は改(あらた)まる時(とき)が無(な)い］

草木得常理、［草(くさ)や木(き)には常(つね)の理(ことわり)が得(そなわ)っていて］

霜露栄悴之。［霜(しも)や露(つゆ)が之(それ)を栄(さか)えさせたり悴(しぼ)ませたりしている］

謂人最霊智、［人(ひと)は最(もっと)も霊(すぐ)れて智(かしこ)いと謂(い)われているけれど］

独復不如茲。［独(ただ)ひと復(だけ)は茲(そ)の如(よう)では不(な)い［永続する自然とは異なっている］］

適見在世中、［適(たま)たまこの世(よ)の中(なか)に在(あ)ると見(み)えても］

奄去靡帰期。［奄(たち)まち去(さ)ってしまって帰(かえ)ってくる期(とき)はもう靡(な)いのだ］

奚覚無一人、［たった一人(ひとり)がい無(な)くなったからといって奚(き)っと覚(きづ)かないし］

親識豈相思。［親(した)しく識(し)っていたものでも豈(けっ)して相(も)う思(おも)ったりしてくれない］

但余平生物、［但(た)だ平生(ふだん)からつかっていた物(もの)が余(のこ)っていたりすると］

挙目情淒洏。［それを目(め)に挙(し)て情(きぶん)が淒洏(おちこん)だりすることはある］

我無騰化術、［我(わたし)だって騰化(せんにんになる)ための術(じゅつ)が無(な)いのなら］

必爾不復疑。［必(き)っと爾(このよう)になることは復(け)っして疑(うたが)いようが不(な)いのだ］

願君取吾言、［願(ねが)うのは、君(きみ)［＝影］が吾(わたし)の言(い)うことをくみ取(と)ってくれることだ］

得酒莫苟辞。［（結論としては）酒(さけ)が得(あ)るときは苟(け)っして辞(ことわ)ってはなら莫(な)いのだ］

 

　形贈影［蘇軾］［形(かたち)が影(かげ)に贈(おく)る］

天地有常運、［天地は常に変わらずに運行し］

日月無閑時。［日も月も閑(ひま)にしているときはない］

孰居無事中、［何事もなく運行する中にも何かがあって］

作止推行之。［働いたり止まったり、推し進めたりしているのだろうか］

細察我与汝、［細やかに観察すると私［形］と君［影］は］

相因以成茲。［お互いに因(よ)り合って人というものを成しているのである］

忽然乗物化、［物の変化に従ってたちまち移りゆくものであるから］

豈与生滅期。［生まれて滅びるときがあって、永久に一緒にいられるわけではない］

夢時我方寂、［夢をみているときには私は静かにしていて］

偃然無所思。［じっと何も思うものはないはずであるのに］

胡為有哀楽、［夢の中でも、悲しかったり楽しかったりして］

輒復随漣洏。［それによって涙があふれたりするのはどうしてなのだろうか］

我舞汝凌乱、［私が酔って舞うと君が乱れ動くのを見る］

相応不少疑。［私と君が互いに応じ合っていることに少しも疑いはない］

還将酔時語、［つまり、酔ったときに君が乱れて語るのは］

答我夢中辞。［夢の中で私がいう言葉への答えなのである］

 

　影答形［陶淵明］［影が形に答える］

存生不可言、［生(いのち)をずっと存(あ)るようにさせるてだてはこれであると言(い)うことは可(で)き不(な)い］

衛生毎苦拙。［生(いのち)を衛(まも)るだけでも毎(いつ)も拙(むずかし)いと苦(くる)しんでいるのだ］

誠願遊昆華、［誠(まこと)に願(ねが)うのは昆(せんにん)華(のせかい)に遊(あそ)ぶことなのだが］

邈然茲道絶。［それは邈然(はるかにとおく)で茲(そこ)にいたる道(みち)は絶(た)えてしまっている］

与子相遇来、［子(きみ)［＝形］と与(とも)に相(いっしょ)に遇(であ)って来(から)］

未嘗異悲悦。［未(いま)だ嘗(かつ)て悲(かな)しみも悦(よろこ)びも異(べつべつ)だったことはない］

憩蔭若暫乖、［もの蔭(かげ)に憩(いこ)うときはわたしときみは暫(しばら)く乖(はな)れるかの若(よう)だけど］

止日終不別。［日(ひざし)のもとに止(とどま)れば終(つい)いに別(わか)れることは不(な)い］

此同既難常、［此(こ)のように同(いっしょ)であるのが、既(もとよ)り常(いつ)もであるのは難(むずか)しく］

黯爾倶時滅。［黯爾(おもくかなしい)ことに時(とき)と倶(とも)に滅(ほろ)びてしまうのだ］

身没名亦尽、［身(み)［実体］が没(な)くなれば名(な)［実体を指し示す概念、イデア］も亦(ま)た尽(つ)きてしまう］

念之五情熱。［之(これ)を念(おも)うと五(いつ)つの情(きもち)がかっと熱(あつ)くなる］

立善有遺愛、［善(ぜん)を立(た)てると（子孫に）愛(めぐみ)を遺(のこ)せることが有(あ)るという］

胡為不自竭。［だから、胡為(なにはさておき)、自(みずか)ら竭(がんば)らないわけにはいか不(な)いだろう］

酒云能消憂、［酒(さけ)は能(うま)く憂(うれ)いを消(け)すときみは云(い)うけれど］

方此詎不劣。［此(こ)のような（善行を積むことに）方(くら)べたなら、詎(どうした)って劣(おと)ら不(な)いということはないのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の先の詩で、「形」は「影」に向かって、憂いは酒で消すしかないといっていたのに対して、「影」は「形」に対して子孫のために善行を積めと諭しているのである］

 

　影答形［蘇軾］［影が形に答える］

丹青写君容、［絵描きが君［形］の容(すがた)を写すとき］

常恐画師拙。［君がいつも恐れるのは画師が下手であること］

我依月燈出、［私［影］は月や燈火に依って現れ出るのだが］

相肖両奇絶。［画も私もまことに君にそっくりではないか］

妍媸本在君、［美しいのか醜いのかということはもとより君にあって］

我豈相媚悦。［私はどちらであれ媚びたり悦んだりすることはない］

君如火上烟、［君は火の上にのぼる煙のようなもの］

火尽君乃別。［火が消えると君は火と別れなくてはならない］

我如鏡中像、［私は鏡の中の像のようで］

鏡壊我不滅。［鏡を割ったからといって私が消滅するわけではない］

雖云附陰晴、［私は晴れたり曇ったりすることには依存するけれど］

了不受寒熱。［暑さや寒さの作用を受けることはない］

無心但因物、［私は無心で物に因って生じるもの］

万変豈有竭。［千変万化して尽きることがない］

酔醒皆夢耳、［酔うも醒めるも夢であって］

未用議優劣。［形と影に優劣などはないのである］

【補足】［蘇軾は陶(とう)淵(えん)明(めい)とはやや異なるテーマを論じている］

 

　神釈［陶淵明］［神(しん)が釈(と)く］

大釣無私力、［大(おお)きな釣(ろくろ)［自然の造化作用］は力(ちから)を私(わたくし)する［不公平に使う］ことが無(な)く］

万理自森著。［万(よろず)の理(ことわり)は自(おのずか)ら森(それぞれたくさん)に著(あらわ)れでるのである］

人為三才中、［（そのなかで）人(ひと)が三(さん)才(さい)［天、地ｌ、人］の中(まんなか)に為(あ)るとされるのは］

豈不以我故。［我(わたし)［神］があることを以(も)ってその故(りゆう)であるとするのに豈不(ちがいな)い］

与君雖異物、［君(きみ)たち［形と影］与(と)は異(こと)なる物(もの)ではある雖(けれ)ど］

生而相依附。［生(うまれ)れて而(より)は相(いっしょ)に依(い)附(ふ)［依存］しあってきた］

結托善悪同、［（君らと）結(むす)んで（命運に）托(たく)して善(よ)いも悪(わる)いも同(いっしょ)だったのだから］

安得不相語。［相(とも)に語(かた)ら不(な)いでいて安得(よいはずがない)だろう］

三皇大聖人、［三(さん)皇(こう)［伝説の太古の三帝］は大(だい)聖(せい)人(じん)であったけれど］

今復在何処。［今(いま)は復(さ)て何(ど)処(こ)に在(い)るのか］

彭祖愛永年、［彭(ほう)祖(そ)［八百歳まで生きたという人］は永(なが)く年(とし)とることを愛(あい)したけれど］

欲留不得住。［（この世にずっと）留(とどま)りたいと欲(おも)っても住(とど)まることは得(で)き不(な)かった］

老少同一死、［老(お)いて（死のうと）少(わか)くして（死のうと）同(おな)じく一(ひと)つの死(し)があるだけ］

賢愚無復数。［賢(かしこ)いひとも愚(おろ)かなひとも復(もう)いちど（生きる）］数(うんめい)というのは無(な)い］

日酔或能忘、［（形がいうように）日(ひ)にひに酔(よ)えば或(あるい)は能(うま)く（死を）忘(わす)れることもあるのだろうが］

将非促齡具。［（それとても）将(きっと)と齡(よわい)を促(せか)す具(てだて)でしか非(ない)のだろう］

立善常所欣、［（影がいうように）善(ぜん)を立(た)てるのは常(いつ)でも欣(よろこ)ぶ所(こと)ではあるが］

誰当為汝誉。［誰(だれ)かが当(き)っと汝(きみ)を誉(ほ)めて為(くれ)るとはきまっていない］

甚念傷吾生、［（善を是非とも為そうと）甚(はげ)しく念(おも)うのは吾(わたし)の生(いのち)を傷(きず)つけもするので］

正宜委運去。［正(ちょう)ど宜(よろし)いくらいに運(うんめい)に委(まか)せて去(ゆ)くのがよいのではなかろうか］

縱浪大化中、［大(おお)きな化(うつりかわり)の中(なか)を浪(なみ)に縱(まか)せてただよい］

不喜亦不懼。［喜(よろこ)ぶことも不(な)く亦(ま)た懼(おそれ)れることも不(な)く］

応尽便須尽、［応(ちょど)ど尽(つ)きるときがきたら便(す)ぐに須(その)まま尽(つ)きるということにして］

無復独多慮。［復(も)う独(ひと)りで多(あれ)これ慮(かんがえ)るのは無(な)しにしてはどうだろうか］

 

　神釈［蘇軾］［神(しん)が釈(と)く］

二子本無我、［二人［形と影］は、もともと私［神］とは関係がなく］

其初因物著。［最初は物に因って現れ出たのであった］

豈惟老変衰、［二人は老いて衰えるだけでなく］

念念不如故。［いつも前に及ばないと思うのである］

知君非金石、［君らは堅い金石ではないので］

安得長託附。［いつまでも長く付託し合えるものではない］

莫従老君言、［老(ろう)子(し)の言葉に従えば君らの悩みが解決するというわけでもなく］

亦莫用仏語。［仏(ぶっ)陀(だ)の言葉を用いれば君らが理解できるようになるというわけでもない］

仙山与仏国、［仙人の山も仏陀の国も］

終恐無是処。［恐らくはどこにもないのだろう］

甚欲随陶翁、［陶(とう)淵(えん)明(めい)のいう通りにしようではないか］

移家酒中住。［家を酒の中に移して住むのである］

酔醒要有尽、［それでも酔いも醒めるし尽きるときがあって］

未易逃諸数。［もろもろの運命から逃れられるものではない］

平生逐児戯、［普段から子供の戯れのようなことを追いかけて］

処処余作具。［あちこちに為したあとを遺してきた］

所至人聚観、［それで至る所で人が集まって］

指目生毀誉。［それを見て、褒めたり貶(けな)したりしている］

如今一弄火、［ならば今こそ人を使って］

好悪都焚去。［好悪ともにすべて焼き尽くしてしまうのがよいだろう］

既無負載労、［そうすればもはや背に負う苦労もなくなり］

又無冦攘懼。［こともない］盗まれてしまうのを懼れる

仲尼晩乃覚、［孔(こう)子(し)も晩年には悟ったのだ］

天下何思慮。［「天下について思慮するまでもない」と］

【補足】［（1）蘇軾は陶(とう)淵(えん)明(めい)と同じ結論に至るかのように見えていささか異なるところへと飛翔する。（2）本来は緻密に議論すべき主題を詩で表現しているので、この一連の詩は解釈が難しい］

 

■【12-2-007a】和陶使都経銭渓

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『乙(いつ)巳(し)の歳(とし)三月、建(けん)威(い)参(さん)軍(ぐん)と為(な)り、都に使(つかい)して銭(せん)渓(けい)を経る』という詩に和した。「乙巳の歳」は義(ぎ)煕(き)元年［405年］、陶淵明は41歳。建威将軍の劉(りゅう)敬(けい)宣(せん)の部下として都に派遣され、その途中でこの詩を詠んだ。一方、蘇軾の詩には、「城(まち)の北の謝(しゃ)氏の廃園に遊んで作る」との添え書きがある。

 

【訳文】

　［陶淵明］

我不踐斯境、［我(わたし)が斯(こ)の境(あたり)を踐(ふ)まなく不(な)ってから］

歳月好已積。［歳(さい)月(げつ)が好(たくさん)に已(すで)に積(つ)みかさなった］

晨夕看山川、［ここまで晨(あさ)に夕(ゆう)に山(やま)や川(かわ)を看(み)てきたが］

事事悉如昔。［事(あれ)も事(これ)も悉(ことごと)く昔(むかし)の如(まま)だ］

微雨洗高林、［微(ほのか)な雨(あめ)が高(たか)い林(はやし)を洗(あら)い］

清颷矯雲翮。［清(すず)しい颷(つむじかぜ)が雲(くも)へと翮(とり)を矯(あ)がらせる］

眷彼品物存、［彼(これら)の品物(あれこれ)が（変わらずに）存(あ)るのを眷(み)ると］

義風都未隔。［義(ただしいこと)がおこなわれる風(ふうちょう)から都(すっか)り隔(へだ)たってしまったというわけでも未(な)いのだろう］

伊余何為者、［伊(さて)も余(わたし)は何(なに)を為(す)る者(もの)なのか］

勉励従茲役。［勉(しい)て励(はげ)んで茲(こ)の役(しごと)に従(したが)っているとは……］

一形似有制、［一(わたし)の形(からだ)は制(しば)られて有(い)るかの似(よう)であるけれど］

素襟不可易。［素(もと)からの襟(きもち)は易(か)えることは可(で)き不(な)い］

園田日夢想、［園(えん)田(でん)を日(ひ)ごと夢(ゆめ)に想(おも)っている］

安得久離析。［安(どうした)って久(なが)く離(はな)れ析(ばな)れでい得(られ)るはずがないのだ］

終懐在帰舟、［終(つい)の懐(おも)いは帰(かえ)る舟(ふね)に在(あ)る］

諒哉宜霜柏。［諒(まこと)にそのとおりな哉(のだ)、霜(しも)にまけぬ柏(はく)を宜(よろ)しとするのは］

【補足】［終わりの部分は、冬にも緑を変えることのない松や柏(はく)を堅い節操の持ち主に譬える古くからの常套句を用いて、ついには帰隠するとの志を述べたもの。この年の11月に陶(とう)淵(えん)明(めい)は最後の職を擲って、それを果たしたのだった］

 

　［蘇軾］

喬木巻蒼藤、［高い木に蒼(あお)い藤が巻き付いて］

浩浩崩雲積。［積み上がった雲が崩れ落ちてくるかのようである］

謝家堂前燕、［（かの建(けん)康(こう)の）謝(しゃ)家の軒端の燕ではないけれど］

対語悲宿昔。［昔の日々を悲しんで鳥は語り合っているのだろうか］

仰看桄榔樹、［仰ぎ看るのは桄(こう)榔(ろう)の樹(き)］

玄鶴舞長翮。［その頂では（二千年を経た）玄(くろ)い鶴が長い翼を広げて舞うのだろう］

新年結荔子、［新たな年を迎えて荔子(ライチ)は実を結んだけれど］

主人黄壊隔。［この家［廃園］の主人は黄色い土を隔てたあちらの世界に行ってしまった］

溪陰宜館我、［渓(たに)川(がわ)の陰(かげ)は私の庵を建てるのによさそうだ］

稍省薪水役。［薪や水をとる労力を省けるだろう］

相如売車騎、［いくらかでも売り払うものが私にあるのなら］

五畝亦可易。［五畝(ほ)の土地と換えられるのだろうが……］

但恐鵩鳥来、［恐れるのは、不吉な未来を告げるという鵩(ふく)鳥(ちょう)［ミミズクの仲間］が来て］

此生還蕩析。［我が人生がまたしても滅茶苦茶になってしまうことだ］

誰能插籬槿、［せめて誰かここに槿(むくげ)を挿しこんで］

護此残竹柏。［崩れかけている庭を守る垣根を作ってくれないだろうか］

【補足】［1月に燕が飛びかい、桄(こう)榔(ろう)が高く聳え立ち、荔子(ライチ)が実を結ぶ……、まさに海(かい)南(なん)島(とう)ならではの風光のなかで、陶(とう)淵(えん)明(めい)が必ず帰隠するとの志を述べた詩に和して、廃園の跡に庵を結ぶ希望を歌ったのである］

 

■【12-2-013a】和陶帰去来兮辞、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『帰(き)去(きょ)来(らい)兮(けい)の辞(じ)』に次韻した。それぞれに序文がある。

 

【訳文】

序［陶淵明］

余家貧、耕植不足以自給。幼稚盈室、缾無儲粟。生生所資、未見其術。親故多勧余為長吏、脱然有懐、求之靡途。会有四方之事、諸侯以恵愛為徳、家叔以余貧苦、遂見用於小邑。於時風波未静、心憚遠役。彭沢去家百里、公田之利、足以為酒、故便求之。及少日、眷然有帰歟之情。何則、質性自然、非矯励所得。饑凍雖切、違己交病。嘗従人事、皆口腹自役。於是悵然慷慨、深愧平生之志。猶望一稔、当斂裳宵逝。尋程氏妹喪於武昌、情在駿奔、自免去職。仲秋至冬、在官八十余日。因事順心、命篇曰帰去来兮。乙巳歳十一月也。

［余(わたし)の家(いえ)は貧(まず)しく、耕(たがや)して植(う)えるのでは以(それ)で自(じ)給(きゅう)するのには足(た)り不(な)かった。幼稚(おさないこ)が室(へや)に盈(み)ちて、缾(かめ)には儲(たくわえ)の粟(こめ)も無(な)かった。生(い)きて生(く)らすためのものを資(もと)める所(ところ)について、其(そ)の術(すべ)を見(み)られ未(なか)ったのだ。親(しんせき)や故(ともだち)の多(おお)くが余(わたし)に長(やく)吏(にん)に為(な)るよう勧(すす)めたので、脱然(ふんぱつ)して懐(おも)うところが有(あ)って、之(そうすること)を求(もと)めたものの途(てづる)が靡(な)かった。会(たま)たま四方之事(あちこちでごたごた)が有(あ)って、諸(しょ)侯(こう)は（賢人を）恵(けい)愛(あい)を以(も)って（用いるのを）徳(とく)のあることと為(し)たし、家(いえ)の叔(おじ)が余(わたし)の貧(ひん)苦(く)を以(も)って（推薦してくれもしたので）、遂(つい)に小(ちい)さな邑(けん)に於(お)いて用(もち)い見(ら)れることとなった。時(とき)に於(お)いて風(ふう)波(は)［世の騒乱］は未(ま)だ静(しず)まっていなかったので、心(こころ)のうちでは遠(とお)くに役(しごとにゆく)ことに憚(はばか)りがあった。彭(ぼう)沢(たく)は家(いえ)を去(さ)ること百(ひゃく)里(り)で（近く）、公(おおやけ)の田(た)から之(の)利(あがり)は、それで以(も)って酒(さけ)を為(つく)るに足(た)りるので、故(それ)で便(すぐ)に之(そこにゆくこと)を求(もと)めた。（それから）少(すこ)しばかり日(ひ)がたつに及(およ)んで、眷然(こいしさ)から帰(かえ)ろう歟(か)と之(の)情(こころ)が有(うま)れた。何則(どうしてそうなったのか)というと、（わたしの）質(たち)は性(もと)から自(し)然(ぜん)であることを（よしとして）、（おのれを）矯(ま)げて励(はげ)むのは（わたしが）得(でき)る所(ところ)のものでは非(な)いからだ。饑(うえ)や凍(こごえ)を（さけるのは）切(せっぱつまった)ことではある雖(けれど)も、己(おのれ)と違(ちが)うことをすると交(あれ)これ病(や)んでしまうのだ。嘗(かつ)て人事(しごと)に従(したが)ったのは、皆(すべ)て口(くう)腹(ため)に自(みずか)ら（無理して）役(がんばった)のである。是(ここ)に於(お)いて悵然(がっくり)として慷慨(こころがたかぶ)って、深(ふか)く平生(ふだん)から之(の)志(こころざし)に（反していることを）愧(はずか)しくおもった。それでも猶(なお)も望(のぞ)んでいたのは（秋になって）一(ひと)たびの稔(みの)りをえることで、それから当(すぐ)に裳(ころも)を斂(たくしあげ)て宵(よる)のうちにも逝(い)ってしまうつもりだった。尋(する)と程(てい)氏(し)にとついでいた妹(いもうと)が武(ぶ)昌(しょう)に於(お)いて喪(なくな)り、情(こころ)は(もはや)駿奔(はやくはしる)ことのほうに在(あ)って、自(みずか)ら免(や)めて職(しょく)を去(さ)ったのだった。秋(あき)の仲(なかば)から冬(ふゆ)に至(いた)るまで、官(かん)に在(あ)ること八(はち)十(じゅう)余(よ)日(にち)であった。しかじかの事(こと)を因(きっか)けに心(こころ)に順(したが)えたわけで、この篇(へん)を命(なづけ)て帰(き)去(きょ)来(らい)兮(けい)と曰(い)う。乙(いつ)巳(し)の歳(とし)［405年］の十(じゅう)一(いち)月(がつ)で也(あ)った］

 

引(いん)［序文］［蘇軾］

子瞻謫居昌化、追和淵明帰去来辞、蓋以無何有之郷為家、雖在海外、未嘗不帰云爾。

［私は昌(しょう)化(か)軍(ぐん)に謫(たく)居(きょ)となり、陶(とう)淵(えん)明(めい)の『帰(き)去(きょ)来(らい)の辞(じ)』に和した。そのこころは、私は無何有之郷(ユートピア)をもって家としているので、海の外であっても、そこが帰るところではないということはないのである］

 

　［陶淵明］

帰去来兮、［帰去来兮(かえりなん、いざ)］

田園将蕪胡不帰。［田(でん)園(えん)は将(いまし)も蕪(あ)れようとしている、胡(どう)して帰(かえ)ら不(な)いということがあろうか］

既自以心為形役、［既(すで)に自(すすん)でわが心(こころ)を以(も)って形(からだ)のための役(したばたらき)に為(し)てしまったのだ］

奚惆悵而独悲。［いまさら奚(どうし)て惆悵(くよくよ)して而(そし)て独(ひと)り悲(かな)しむのか］

悟已往之不諫、［悟(さと)ったのは、已(すで)に往(おわ)ったことに之(つい)ては諫(いさ)めようが不(な)いということ］

知来者之可追。［知(し)ったのは、これから来(く)る者(こと)に之(つい)ては追(どうに)か可(でき)るということ］

実迷途其未遠、［実(まこと)に途(みち)に迷(まよ)ったものの、其(それ)は未(ま)ださほど遠(とお)くではなくて］

覚今是而昨非。［今(いま)が是(ただしく)て而(そし)て昨(これまで)が非(まちが)っていたのが覚(わか)ったのである］

舟遙遙以軽颺、［舟(ふね)は遙(ゆら)遙(ゆら)と、以(そし)て軽(かろ)やかに颺(あが)り］

風飄飄而吹衣。［風(かぜ)は飄(ひゅう)飄(ひゅう)と、而(そし)てわたしの衣(ころも)を吹(ふ)く］

問征夫以前路、［征(たびゆ)く夫(おとこ)に前(このさき)の路(みち)に以(つい)て問(と)うたところ］

恨晨光之熹微。［晨(あさ)の光(ひかり)之(の)まだ熹(ほのか)で微(かすか)なのが恨(ざんねん)である］

乃瞻衡宇、［乃(こうし)てわが衡(もん)や宇(いえ)が瞻(み)えてきたので］

載欣載奔。［載(すぐ)に欣(よろこ)び、載(すぐ)に奔(はし)った］

僮僕歓迎、［僮僕(しようにん)たちが歓(よろこ)んで迎(むか)えてくれて］

稚子候門。［稚(おさな)い子(こ)らが門(もん)で候(ま)っている］

三径就荒、［わがやへの三(みすじ)の径(みち)は荒(あ)れ就(はじめ)ているけれど］

松菊猶存。［松(まつ)や菊(きく)は猶(なお)ももとのままに存(あ)る］

携幼入室、［幼(おさないこ)らを携(たずさ)えて室(へや)に入(はい)ると］

有酒盈罇。［酒(さけ)が有(あ)って罇(たる)に盈(み)ちている］

引壺觴以自酌、［壺(とっくり)と觴(さかずき)を引(ひ)きよせて以(そし)て自(みずか)ら酌(く)んで］

眄庭柯以怡顔。［庭(にわ)の柯(えだ)を眄(み)て以(そし)て顔(かお)を怡(よろこ)ばせる］

倚南窓以寄傲、［南(みなみ)の窓(まど)に倚(もたれ)て以(そし)てわが傲(こころいき)を寄(よ)せる］

審容膝之易安。［膝(ひざ)を容(い)れるのがやっとの之(ところ)でこそ安(やす)らかでいられ易(やすい)ことを審(しみじみしる)のである］

園日渉以成趣、［園(にわ)は、日(ひ)が渉(すぎ)るに以(つれ)て趣(おもむき)を成(な)し］

門雖設而常関。［門(もん)は、設(もう)けてある雖(けれど)も而(しか)し常(いつ)も関(とざ)している］

策扶老以流憩、［老(おい)を扶(たす)けるつえを策(つ)いて以(それ)で流(さまよい)つつ憩(いこ)い］

時矯首而遐観。［時(とき)に首(こうべ)を矯(あげ)て而(そ)して遐(とお)くを観(み)たりする］

雲無心以出岫、［雲(くも)は無(む)心(しん)で、以(それ)で岫(みね)を出(で)るが］

鳥倦飛而知還。［鳥(とり)は飛(と)ぶに倦(う)んで、而(それ)から還(かえ)るを知(し)る］

景翳翳以将入、［景(たいよう)は翳翳(ほのぐらく)なって以(それ)で将(そろ)そろ入(はい)ろうとし］

撫孤松而盤桓。［孤(いっぽん)の松(まつ)を撫(な)で而(なが)ら盤桓(ぶらぶらとどまって)いる］

帰去來兮、［帰去来兮(かえりなん、いざ)］

請息交以絶遊。［請(きめ)よう、交(まじわ)るのを息(や)めて以(それ)で遊(こうゆう)を絶(た)つのだ］

世与我而相違、［世(よのなか) 与(と) 我(わたし)とは而(とか)く相違(ずれている)のだ］

復駕言兮焉求。［復(ま)た駕(しかん)言(なんぞ)したところで、兮(さ)て焉(いったいなに)を求(もと)めようというのだ］

悦親戚之情話、［親(しん)戚(せき)之(の)情(こころ)のある話(はなし)を悦(よろこ)び］

楽琴書以消憂。［琴(こと)と書(しょもつ)を楽(たの)しんで以(それ)で憂(うれ)いを消(け)すのだ］

農人告余以春及、［農(のうか)の人(ひと)が余(わたし)に告(つ)げるのには、「以(ほ)れ春(はる)が及(きまし)たよ］

将有事于西疇。［将(いよ)いよ西(にし)の疇(はたけ)に于(おい)て事(しごと)が有(あ)りますよ」と］

或命巾車、［或(ある)ときは巾(ほろ)つきの車(くるま)を命(めい)じもし］

或棹孤舟。［或(ある)ときは孤(いっそう)の舟(ふね)で棹(さお)さすこともある］

既窈窕以尋壑、［既(まず)は窈(ずん)窕(ずん)と以(すす)んで壑(たに)を尋(たず)ね］

亦崎嶇而経丘。［亦(また)は崎(ぐい)嶇(ぐい)と而(すす)んで丘(おか)を経(へ)てゆくのである］

木欣欣以向栄、［木(き)は欣(にこ)欣(にこ)と、以(そ)して栄(さか)えに向(む)かい］

泉涓涓而始流。［泉(いずみ)は涓(さら)涓(さら)と、而(そ)して流(なが)れ始(はじ)める］

善万物之得時、［万(ばん)物(ぶつ)之(が)よい時(とき)を得(え)たことを善(よ)ろしいとして］

感吾生之行休。［吾(わたし)の生(いのち)之(の)行(ゆく)ゆくは休(や)むことを感(かん)じるのである］

已矣乎、［已矣乎(とどのつまり)］

寓形宇内復幾時。［形(にくたい)を宇(うちゅう)の内(うち)に寓(やど)しておくのは復(さ)ても幾(どれほど)の時(じかん)でもないのだ］

曷不委心任去留、［曷(どう)して去(さ)るも留(とど)まるも心(こころ)に委(ゆだ)ねて任(まか)せないなどいうことをするのか］

胡為乎遑遑欲何之。［胡為(なんだっ)てこうも遑(ばた)遑(ばた)して何(どこ)に之(ゆ)こうと欲(して)いるの乎(か)］

富貴非吾願、［富(ふう)貴(き)は吾(わたし)が願(ねが)うものでは非(な)いし］

帝郷不可期。［帝郷(せんにんのせかい)などは期(たのみ)に可(でき)るものでは不(な)い］

懐良辰以孤往、［良(よ)い辰(とき)は懐(たいせつに)して以(それ)で孤(ひと)りで往(ゆ)くし］

或植杖而耘耔。［或(ある)いは杖(つえ)を植(つ)いて而(そ)して耘(くさとりをし)たり耔(つちをかぶせ)たりもする］

登東皋以舒嘯、［東(ひがし)の皋(おか)に登(のぼ)って以(そ)して舒(ゆったり)と嘯(うそぶ)き］

臨清流而賦詩。［清(きよ)い流(なが)れに臨(のぞ)んで而(そ)して詩(し)を賦(ふ)したりする］

聊乗化以帰尽、［聊(しばらく)くは（大自然の）化(うつりかわり)に乗(の)って、以(そ)れで尽(つ)きるところに帰(かえ)るのだ］

楽夫天命復奚疑。［夫(か)の天(てん)命(めい)を楽(たの)しんで復(も)う奚(けっし)て疑(うたが)わないのである］

 

　［蘇軾］

帰去来兮、［帰ろうではないか］

吾方南遷安得帰。［南へ南へと遷(うつ)ってきた私が、どうして帰れようか］

臥江海之澒洞、［いま臥すのは海のほとりのがらんとした洞穴］

弔鼓角之淒悲。［悲しげに響く角(つの)笛(ぶえ)の音をしみじみと聞く］

跡泥蟠而愈深、［私の足は泥にはまってますます深く］

時電往而莫追。［時は電光のように速く進んで追うことはできない］

懐西南之帰路、［西南にある帰郷の路を懐(おも)うに］

夢良是而覚非。［夢ではしかとそこにあっても、目覚めるとどこにもない］

悟此生之何常、［我が人生において常に変わらないものは何もない］

猶寒暑之異衣。［暑さ寒さによって衣を替えるようなものだ］

豈襲裘而念葛、［厚い毛皮を着ているときに、薄い葛の衣を求めはしない］

蓋得觕角而喪微。［精緻なものを失って、粗雑なものを得ても何にもならない］

我帰甚易、［私が帰るのは、実は、はなは易しいのだ］

匪馳匪奔。［馳せるのでもなく奔(は)しるのでもない］

府仰還家、［瞬時に家に還っていて］

下車闔門。［車を下って門を閉ざすのだ］

藩垣雖欠、［垣根は壊れたところがあるけれど］

堂室故存。［家はなおもとのままだ］

挹我天醴、［天の美酒を酌んで］

註之窪樽。［窪んだ樽に注ぎ入れる］

飲月露以洗心、［月からの露を飲んで心を洗い］

餐朝霞而眩顔。［朝焼けを食べて顔色を輝かせる］

混客主以為一、［客と主人が混然と一つになり］

俾婦姑之相安。［女性たちはみなが安らかにしている］

知盜竊之何有、［盗みなどというものはないとわかっているから］

乃掊門而折関。［鍵は折って門を倒してしまおう］

廓圜鏡以外照、［大きな円い鏡を掛けて外を照らし］

納万象而中観。［その中に万象を納めて観るのだ］

治廃井以晨汲、［壊れた井戸を修理して朝に汲めば］

滃百泉之夜還。［夜の間に百の泉が還ってきて水が勢いよく出る］

守静極以自作、［静かなることを守って、自分の内側にあるものを働かせ］

時爵躍而鯢桓。［時に雀のように躍り上がり、ときに鯨のようにわだかまる］

帰去来兮、［帰ろうではないか］

請終老於斯遊。［よしこの（無何有之郷(ユートピア)での）遊びをもって老いを終えようではないか］

我先人之敝廬、［こここそ我が先人たちの結んだ廬であるから］

復舍此而焉求。［そこを棄ててどこに何を求めようというのか］

均海南与漠北、［南の海も北の砂漠も等しく一つ（の無何有之郷(ユートピア)）］

挈往来而無憂。［誰とでも手を携えて憂いなく行き来する］

畸人告余以一言、［ある変わった人が一つの言葉を告げた］

非八卦与九疇。［八(はっ)卦(け)とか九(きゅう)疇(ちゅう)とかの占いの言葉ではない］

方饑須糧、［それは「飢えたら食えばよい］

已済無舟。［渡り終えたならもう舟はいらない］

忽人牛之皆喪、［人にしても牛にしても皆死ぬのであって］

但喬木与高丘。［高い木と高い丘［墓地］があるだけとなる］

驚六用之無成、［六根［視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、意識］の作用は何も成就させず］

自一根之反流。［一根［精神］が本来のところへと帰るのにまかせるのだ］

望故家而求息、［（無何有之郷(ユートピア)にある）もとの家を見てそこに憩うことを求めるならば］

曷中道之三休。［途中でぐずぐず休んだりしてはならない」と］

已矣乎、［そうだ、つまるところ］

吾生有命帰有時、［私の人生には定まった運命があり帰るに決まった時があるのだ］

我初無行亦無留。［初めから行くこともなく留まることもない］

駕言随子聴所之、［私という車に乗って、私が行くところに行けばよいのだ］

豈以師南華而廃従安期。［荘(そう)子(し)を師としてもよいし、（仙人の）安(あん)期(き)生(せい)に従ってもよい］

謂湯稼之終枯、［日照りにあった稲はきっと枯れる］

遂不漑而不耔。［わざわざ水をやるまでもなく土をかぶせるまでもない］

師淵明之雅放、［陶(とう)淵(えん)明(めい)の雅にして豪放なところに倣って］

和百篇之新詩。［すでに百篇の詩に和した］

賦帰来之清引、［さらに帰(き)去(きょ)来(らい)の清らかな歌に従って賦したのであるから］

我其後身蓋無疑。［私はその後(こう)身(しん)［生まれ変わり］であることには何ら疑いがない］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の『(「)帰(き)去(きょ)来(らい)兮(けい)の辞(じ)』が現実の帰郷を歌っているのに対して、蘇軾が和した作品は精神の帰るべきところを歌っている。それを読んで蘇軾が言う通り陶淵明の後(こう)身(しん)だと感じるか、全く異なる人格だと感じるのか、人それぞれの受け止め方あるのではなかろうか］

 

■【12-2-017a】和陶和劉柴桑

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『劉(りゅう)柴(さい)桑(そう)に和す』という詩に和した。劉柴桑とは、陶淵明と同時期の隠者で「潯(じん)陽(よう)三(さん)隠(いん)」［→作品番号12-1-019a］の一人といわれた劉(りゅう)程(てい)之(し)である。かつて柴桑県の知事であったことから劉柴桑と呼ばれた。その劉程之から、家族も棄てて山で一緒に暮らさないかと誘う詩がきて、それに対して詩を返したのが『劉柴桑に和す』である。なお、劉程之への返事の詩は2篇あり、もう一つの詩を後に作品番号12-2-047aで見ることになる。

 

【訳文】

　［陶淵明］

山沢久見招、［山沢(しぜんのなか)でのくらしに久(ずっ)と招(まね)か見(れ)ていながら］

胡事乃躊躇。［胡(いったい)どういう事(こと)で乃(なお)も躊(ちゅう)躇(ちょ)しているのか］

直為親旧故、［直(ただ)ただ親(かぞく)や旧(ふるいとも)がいる為(ため)だ故(から)なので］

未忍言索居。［未(ま)だ忍(へいき)で索(ひとりはなれ)て居(く)らすことを言(い)えずにいるのだ］

良辰入奇懐、［あるとき、良(よ)い辰(ひより)であることから奇(おつ)な懐(おも)いが入(はい)ってきたので］

挈杖還西廬。［杖(つえ)を挈(つ)いて（きみがかつてすんでいた）西(にし)の廬(いおり)へと還(かえ)ってみた］

荒途無帰人、［荒(あ)れた途(みち)には帰(かえ)りゆく人(ひと)も無(な)くて］

時時見廃墟。［時(とき)時(どき)は廃(はい)墟(きょ)をも見(み)た］

茅茨已就治、［（わがやでは）茅(やねの)茨(かや)を已(すで)に治(なお)し就(おわ)って］

新疇復応畬。［新(あたら)しい疇(はたけ)では復(ちょう)ど応(いま)こそ畬(ひをいれる)ときである］

谷風転淒薄、［谷(ひがし)の風(かぜ)は転(や)や淒(きびし)く薄(つめた)いけれど］

春醪解饑劬。［春(はる)の醪(にごりざけ)は饑(うえ)と劬(つかれ)を解(ほぐし)てくれる］

弱女雖非男、［弱(じゃく)女(じょ)［女児、あるいは薄い酒］は男(だん)［男児、あるいは濃い酒］では非(な)いのだ雖(けれ)ど］

慰情良勝無。［情(こころ)を慰(なぐさ)めることでは良(まこと)に無(な)いよりも勝(まさ)るのである］

栖栖世中事、［栖栖(あわただしい)のは世(よ)の中(なか)の事(こと)］

歳月共相疏。［歳(さい)月(げつ)と共(とも)にわたしは（世間）相(と)は疏(うと)くなっている］

耕織称其用、［耕(はたけしごと)と織(はたおり)は其(そ)れを用(つか)うだけのぶんには称(かな)っているのだから］

過此奚所須。［此(こ)れを過(こ)えて奚(いった)い須(もとめ)る所(ところ)があるというのか］

去去百年外、［去(ゆ)く去(ゆ)く百(ひゃく)年(ねん)（の一生）の外(ほか)となったなら］

身名同翳如。［身(み)も名(な)も同(とも)に翳如(くらくきえて)しまうのだ］

【補足】［（1）「弱(じゃく)女(じょ)」の句は、「弱女」が薄い酒の譬えであるのと同時に、劉(りゅう)程(てい)之(し)には女児しかいなかったことを重ねて言い表しているようである。（2）陶(とう)淵(えん)明(めい)は独りで自然の中に隠棲するよりも、家族や知人とともに自給自足の暮らしを続けることをよしとしたのである］

 

　［蘇軾］

万劫互起滅、［無限の時間の中で世界は生まれ滅びることを繰り返している］

百年一踟躇。［百年［人の一生］などはほんのちょっと立ち止まっている間のこと］

漂流四十年、［私は漂流すること四十年］

今乃言卜居。［いまはここに住まいを定めることとなった］

且喜天壊間、［しばし喜ぼう、天地の間に］

一席亦吾廬。［小さくとも我が廬があることを］

稍理蘭桂叢、［手始めに草木がぼうぼうに茂るのを始末し］

尽平狐兎墟。［狐や兎の穴をすっかり平らにしてやろう］

黄櫞出旧枿、［黄色い櫞(えん)の木［橙の一種］が古い切り株から出て］

紫茗抽新畬。［紫の茗(めい)［茶］が焼いたあとの畑から伸びてくるだろう］

我本早衰人、［私はもともと早くに衰える者であったから］

不謂老更劬。［老いてさらに苦労するとは思ってもいなかった］

邦君助畚鍤、［この邦の知事殿が工事を支援してくれて］

隣里通有無。［近所の人たちは有る物を融通してくれる］

竹屋従低深、［我が竹の家は土地が低くて深いのにぴったりで］

山窓自明踈。［山に向いた窓は明るくがらんとしている］

一飽便終日、［ひとたび満腹になれば一日それで足り］

高眠忘百須。［枕を高くして眠れば百事を忘れてしまう］

自笑四壁空、［自分で笑ってしまうのは、部屋には何もなく］

無妻老相如。［あたかも妻を亡くした司(し)馬(ば)相(そう)如(じょ)のようであることだ］

 

■【12-2-030a】和陶九日閑居、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『九(きゅう)日(じつ)閑(かん)居(きょ)』の詩に和した。「九日」とは九月九日の重(ちょう)陽(よう)の節句である。陶淵明の詩は54歳ころの作品。それぞれに序文がある。

 

【訳文】

序［陶淵明］

余閑居、愛重九之名。秋菊盈園、而持醪靡由、空服九華、寄懐於言。

［余(わたし)は閑(かん)居(きょ)し、重(ちょう)九(きゅう)之(の)名(な)を愛(あい)する。秋(あき)の菊(きく)が園(にわ)に盈(み)ちて、而(しか)しながら醪(にごりざけ)を持(も)つ由(あて)が靡(な)い。空(むな)しく九(きくの)華(はな)を服(た)べて、懐(おもい)を言(ことば)に於(お)いて寄(よ)せるのである］

【補足】［九は陽(よう)の数のなかで最も大きく、また音が久(きゅう)に通じることから、九が重なる九月九日に長寿を願う、それが重(ちょう)九(きゅう)の節である。それで縁起のよい「重九の名」を愛するのだが、あいにく酒がないと陶(とう)淵(えん)明(めい)は嘆いている］

 

引(いん)［序文］［蘇軾］

明日重九、雨甚、輾転不能寐、起索酒和淵明一篇、酔熟昏然、殆不能佳也。

［明日は重(ちょう)九(きゅう)である。雨が激しく降り、ごろごろ寝返りを打って眠ることができない。起きて酒を求めて、陶(とう)淵(えん)明(めい)の一篇に和した。酔いがまわってぼんやりとしてしまい、あまり佳(よ)いものではない］

 

　［陶淵明］

世短意常多、［世(よ)にあることは短(みじか)く、意(おもい)は常(つね)に多(おお)い］

斯人楽久生。［斯(ここ)に人(ひと)は久(なが)く生(い)きることを楽(たの)しみとする］

日月依辰至、［（九月九日の）その日(ひ)その月(つき)は辰(とき)のめぐりに依(よ)って至(いた)るのであって］

挙俗愛其名。［俗(せけんのひと)は挙(こぞ)って其(そ)の名(な)［重(ちょう)九(きゅう)］を愛(あい)している］

露淒暄風息、［露(つゆ)が淒(ひんやり)として、暄(あたたか)い風(かぜ)は息(や)み］

気澈天象明。［気(き)が澈(す)みわたって、天(そら)の象(ありさま)は明(すっきり)とする］

往燕無遺影、［往(い)ってしまった燕(つばめ)はもはや遺(なごり)の影(かげ)も無(な)く］

来雁有余声。［やって来(く)る雁(かり)の余(ひび)く声(こえ)が有(あ)る］

酒能祛百慮、［酒(さけ)は百(ひゃく)の慮(うれい)を祛(はら)うことが能(でき)て］

菊為制頽齢。［菊(きく)は齢(よわい)が頽(くず)れるのを制(おさ)えることを為(す)る］

如何蓬廬士、［なのに如(どうし)何(たこと)か、蓬(あば)廬(らや)の士(ひと)よ］

空視時運傾。［（酒がなくて）空(むな)しく時運(きせつ)が傾(かたむ)くのをただ視(み)ているだけだとは］

塵爵恥虚罍、［塵(ちり)のつもった爵(さかずき)に、罍(さかだる)が虚(からっぽ)なのを恥(は)じるしかなく］

寒華徒自栄。［寒(き)華(く)だけが徒(いたずら)に自(おのずか)ら栄(さか)えている］

斂襟独閑謠、［襟(えり)を斂(ただ)して独(ひと)り閑(しず)かに謠(うた)うと］

緬焉起深情。［緬(しみ)焉(じみ)と深(ふか)い情(おもい)が起(お)こる］

棲遅固多娯、［遅(ゆったり)と棲(す)むことには固(もと)より娯(たのし)みが多(おお)く］

淹留豈無成。［淹(ぐずぐず)留(とどまって)いても豈(けっ)して成(な)ることが無(な)いわけではないのだ］

【補足】［退隠して10年余り、重(ちょう)陽(よう)の節句に酒もないような暮らしであっても、何も成し遂げるものがないわけではないと歌っている。先の『勧(かん)農(のう)』の詩［→作品番号12-1-021a］とは作者の姿勢はかなり異なっている。このような詩こそが、陶(とう)淵(えん)明(めい)が人類に遺した偉大な成果なのである］

 

　［蘇軾］

九日独何日、［九月九日はいったいどのような日なのか］

欣然惬平生。［かねて思っていた通りの歓びが湧いてくる］

四時靡不佳、［四つの季節はどれも佳(よ)いものではあるけれど］

楽此古所名。［昔から名付けた重(ちょう)九(きゅう)の名をとくに楽しむ］

竜山憶孟子、［その日に、竜(りゅう)山(ざん)では孟(もう)嘉(か)の帽子が飛ばされたことを思い］

栗里懐淵明。［その日に、栗(りつ)里(り)では陶(とう)淵(えん)明(めい)が詩を詠んだことを思う］

鮮鮮霜菊艷、［鮮(つや)鮮(つや)として白い菊があでやかで］

溜溜糟牀声。［溜(ふつ)溜(ふつ)と酒が発酵する声がする］

閑居知令節、［のどかな暮らしでこそ節句のよさが知れ］

楽事満余齢。［残された歳月は楽しさで満たされるのだ］

登高望雲海、［高いところに登って雲の広がる海を望むと］

酔覚三山傾。［酔って、海中の三つの神(しん)山(ざん)が傾くかのように感じられる］

長歌振履商、［孔(こう)子(し)の弟子の子(し)夏(か)のように歌いつつ履(くつ)を振るい落し］

起舞帯索栄。［縄をからだに巻いた古(いにしえ)の隠者の栄(えい)啓(けい)期(き)のように起って舞う］

坎軻識天意、［坎(かん)軻(か)［思い通りにならないこと］によって天の意(こころ)が知られ］

淹留見人情。［淹(えん)留(りゅう)［長く同じところに留まること］によって人の情(こころ)が見られる］

但願飽秔稌、［私が願うのは、米がたらふく食べられること］

年年楽秋成。［とにかく秋の稔りを毎年楽しめることなのである］

 

■【12-2-044a】和陶西田穫早稲、并引

【解題】年末に陶(とう)淵(えん)明(めい)の5編の詩に和した。いずれも収穫や植物に関連する詩である。その第一は『庚(こう)戌(ぼ)の歳の九月中に、西(にし)の田(た)に於(お)いて早(はや)い稲(いね)を穫(と)る』という詩に和したもの。「庚戌の歳」とは義(ぎ)煕(き)六年［410年］で、陶淵明は46歳、最終的に退隠した5年後である。蘇軾の作には短い序文がある。

 

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］　

小圃栽植漸成、取淵明詩有及草木蔬穀者五篇、次其韻。

［小さな圃(にわ)に栽植したものが次第に成長してきた。陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩で草木や野菜、穀物について詠んだもの五篇を選んで、それに次韻する］

 

　［陶淵明］

人生帰有道、［人(ひと)は生(い)きて道(みち)［正しい道義］の有(あ)るところに帰(かえ)るべきであるが］

衣食固其端。［衣(い)食(しょく)は固(もと)より其(そも)そもの端(はじめ)としてなければならないものである］

孰是都不営、［孰(だれ)でも是(これ)らの都(すべ)てを営(いとな)むこと不(な)くして］

而以求自安。［而(しか)も以(それ)で自(おのずか)ら安(やす)らかであることを求(もと)められはしない］

開春理常業、［（今年は）春(はる)が開(はじま)るとともに常(いつもの)の業(しごと)を理(きちん)とつとめたのだから］

歳功聊可観。［歳(いちねん)の功(みのり)は聊(まず)まず観(み)る可(べ)きものがあるはずだ］

晨出肆微勤、［晨(あさはやく)に出(で)て微(ささやか)ながらも勤(つとめ)を肆(つく)したし］

日入負耒還。［日(ひ)が入(はい)ってから耒(すき)を負(せお)って還(かえ)ったのだった］

山中饒霜露、［山(やま)の中(なか)は霜(しも)や露(つゆ)が饒(たくさん)にあって］

風気亦先寒。［風(かぜ)の気(けはい)も亦(ま)たほかより先(さき)に寒(さむ)くなる］

田家豈不苦、［田家(のうか)は豈(け)っして苦(くる)しく不(な)いということはないので］

弗獲辞此難。［此(こ)の難(むずかし)さを辞(さ)けることは獲(で)き弗(な)いのだ］

四体誠乃疲、［四(し)体(たい)［手足］は誠(まこと)に乃(き)っと疲(つか)れてしまう］

庶無異患干。［庶(こいねが)うのは、異(こと)なる患(わずら)いに干(おか)され無(な)いことだ］

盥濯息簷下、［盥(てをあら)い濯(あしをあら)って簷(のき)下(した)に息(いこ)い］

斗酒散襟顔。［斗(いっと)の酒(さけ)で襟(こころ)や顔(かお)を散(ほぐ)す］

遙遙沮溺心、［遥(はる)かな遙(はる)かな（長(ちょう)）沮(そ)と（桀(けつ)）溺(でい)の心(こころ)よ］

千載乃相関。［千(せん)載(ねん)をへだてても乃(こう)して相(わたし)と関(つう)じている］

但願常如此、［但(た)だ願(ねが)うのは、常(いつ)も此(こ)の如(よう)であることだけだ］

躬耕非所歎。［躬(みずか)ら耕(たがや)すのは、歎(なげ)くような所(こと)では非(な)いのだ］

【補足】［終わりの4句は、古(いにしえ)の隠者である長(ちょう)沮(そ)と桀(けつ)溺(でい)［→作品番号12-1-021aの其の四など］の故事を引いて、自分で耕して収穫したもので暮らすことへの願いを述べている］

 

　［蘇軾］

蓬頭三獠奴、［髪がぼさぼさの三人の獠(りょう)奴(ど)［現地雇いの使用人］］

誰謂願且端。［慎ましくて礼儀正しいとは誰もいってくれない］

晨興灑掃罷、［それでも、朝早くに掃除をすませたくらいで］

飽食不自安。［腹いっぱい食べているのでは落ち着かないと］

願治此圃畦、［ここの庭や畑をよく世話して］

少資主遊観。［主人が見て楽しめるようにしたいと願っている］

昼功不自覚、［昼のうちにしたことも十分ではないと感じて］

夜気乃潜還。［夜の気配につつまれてからそっと帰ってくる］

早韭欲争春、［おかげで、韮(にら)は春を争って早くにできるであろうし］

晩菘先破寒。［その前に、寒さを破って青菜が成長するであろう］

人間無正味、［人間世界に初めから正しい味わいというのはなくて］

美好出艱難。［美しいものも好(よ)いものも艱難から出てくるのだ］

早知農圃楽、［農圃の楽しみを早くから知っていたならば］

豈有非意干。［それより他に何も求めたりはしなかっただろう］

尚恨不持鋤、［残念なのは、鋤を上手に使えないので］

未免騂我顔。［どうしても顔を赤らめてしまうことだ］

此心苟未降、［この心さえしっかりしているなら］

何適不間関。［どこへ行ってもさすらいの旅人ではないのだ］

休去復歇去、［休もう、さあ、休もう］

菜食何所嘆。［ここで菜食するのもよいではないか］

 

■【12-2-045a】和陶下潠田舎穫

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『丙(へい)辰(しん)の歳(とし)の八月のなかば、下(か)潠(そん)の田のなかの小屋で収穫した』という詩に和した。丙辰の歳とは義(ぎ)煕(き)十二年［416年］、陶淵明52歳。「下(か)潠(そん)田(でん)舎(しゃ)」とは、水が湧き出る低い土地の田んぼにある小屋で、そこに寝泊まりして稲を収穫したのである。

 

【訳文】

　［陶淵明］

貧居依稼穡、［貧(まず)しい居(くらし)は稼穡(のらしごと)に依(たよる)るしかないので］

戮力東林隈。［力(ちから)を戮(つく)したのは東(ひがし)の林(はやし)の隈(へり)であった］

不言春作苦、［春(はる)の作(しごと)の苦(くる)しさはもう言(い)わ不(な)い］

常恐負所懐。［常(いつも)も恐(おそ)れていたのは懐(おも)う所(ところ)に負(そむ)いて（うまく稔らない）のではないかということ］

司田眷有秋、［田(のうじ)を司(つかさど)る（役人が）秋(あき)のみのりが有(あ)るのを眷(み)て］

寄声与我諧。［声(こえ)を（人を介して）寄(よ)せてきて、我(わたし)に与(たい)して（うまくやっているなと）諧(たわむれ)をいった］

饑者歓初飽、［饑(う)えた者(もの)が初(はじ)めて飽(はらいっぱい)になるのを歓(よろこ)べるのだと］

束帯候鳴雞。［帯(おび)を束(し)めて雞(にわとり)が鳴(な)くのを候(ま)ったのであった］

揚檝越平湖、［（田に行くために）檝(かい)を揚(あ)げて平(たい)らな湖(みずうみ)を越(こ)え］

汎随清壑迴。［汎(うか)んで清(きよ)らかな壑(たに)に随(したが)って迴(めぐ)りきた］

鬱鬱荒山裡、［（田では）鬱鬱(こんもり)とした荒(いかめ)しい山(やま)の裡(うち)から］

猿声閑且哀。［猿(さる)の声(こえ)が閑(しずか)に且(そし)て哀(あわ)れにきこえてきた］

悲風愛静夜、［悲(かな)しげな風(かぜ)も静(しず)かな夜(よる)は愛(いと)おしくおもい］

林鳥喜晨開。［林(はやし)の鳥(とり)とともに晨(あさ)が開(あ)けるのを喜(よろこ)んだ］

曰余作此来、［曰(さて)も余(わたし)は此(こ)のしごとを作(な)して来(から)は］

三四星火頽。［三(さん)かける四(よん)［すなわち十二］かい星(せい)火(か)［火星］が頽(お)ちるのを見た］

姿年逝已老、［わたしの姿(すがた)も年(とし)も已(す)でに逝(すす)んで老(お)いてしまったけれど］

其事未云乖。［其(そ)の事(こと)［すなわち田畑での仕事］には未(けっ)して云(き)っと乖(そむ)かれることはないのだ］

遙謝荷蓧翁、［遙(はる)かに謝(かんしゃ)するのはかの「荷(か)蓧(じょう)翁(おう)」である］

聊得従君栖。［聊(とにもかくに)も君(あなた)に従(したが)って栖(くら)すことを得(え)たのである］

【補足】［「荷(か)蓧(じょう)翁(おう)」［蓧(たけかご)を荷(にな)う翁(おきな)］は『論(ろん)語(ご)』に見える隠者で、作品番号12-1-036aに「植(しょく)杖(じょう)翁(おう)」［杖(つえ)を植(つ)く翁(おきな)］とあったのと同じ人ある。陶(とう)淵(えん)明(めい)はこれまでも数々の詩で見てきたように遠い昔の先人を見習って、たとえ同時期の人々には認められなくても、自ら耕す暮らしを充実させようと努めていたのである］

 

　［蘇軾］

聚糞西垣下、［堆肥を集めるは、西の垣根の下］

鑿泉東垣隈。［井戸を掘ったのは、東の垣根の隅］

労辱何時休、［はしなくも休む間もなく働かねばならなくなったので］

宴安不可懐。［のんびり安らかに過ごそうなどと思うわけにはいかない］

天公豈相喜、［それは天(てん)公(こう)［造物者］も喜びはしないので］

雨霽与意諧。［雨だろうが晴れだろうが、いずれもよい按排であるのだ］

黄菘養土膏、［肥えた土によって菜の黄色い芽が養われ］

老楮生樹雞。［茂った楮(こうぞ)には樹雞(きくらげ)が生え出てくる］

未忍便烹煮、［それらは煮て食べてしまうのはまだまだ早いかと］

繞観日百回。［一日に百回も見に回る］

跨海得遠信、［海を跨って遠くから便りがあり］

氷盤鳴玉哀。［玉(ぎょく)のように涼しい音をたてる氷(ひょう)盤(ばん)［白磁の皿］を得た］

茵蔯點膾縷、［そこに若菜のおひたしと細く切った刺身を並べると］

照坐如花開。［花が開いたかのように座敷を照らしてくれる］

一与蜑叟酔、［蜑(たん)民(みん)［水上生活をする先住民］の親父とちょいと酔っぱらったところ］

蒼顔両摧頽。［二人ともさえない顔色でますます爺むさくなってしまった］

歯根日浮動、［日に日に歯の根がぐらぐらするようになり］

自与粱肉乖。［どうしたって肉や御馳走には近づけない］

食菜豈不足、［つまりは、菜があれば不足はないので］

呼児拆雞棲。［そこで、息子を呼んで、鶏を小屋から出してやった］

 

■【12-2-046a】和陶戴主簿

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『五(ご)月(がつ)旦(ついたち)に作(つく)る、戴(たい)主(しゅ)簿(ぼ)に和(わ)す』という詩に和した。陶淵明は49歳、戴主簿がどのような人であるかは不明だという。

 

【訳文】

　［陶淵明］

虚舟縦逸棹、［虚(ひとのいな)い舟(ふね)が棹(さお)を逸(なく)して縦(かって)にながれる（ように時が過ぎゆき）］

回復遂無窮。［（自然の変化は）回(めぐ)り復(ま)ためぐって遂(つい)いに窮(きわ)まることが無(な)い］

発歳始俯仰、［歳(とし)が発(はじま)って始(ちょい)と俯(くびを)仰(ふった)だけで］

星紀奄将中。［星(うし)紀(どし)も奄(たちま)ち将(もは)や中(なか)ばになろうとしている］

南窓罕悴物、［南(みなみ)の窓(まど)からみると悴(かれ)たままの物(もの)は罕(まれ)で］

北林栄且豊。［北(きた)の林(はやし)は栄(さか)え且(そし)て豊(ゆた)かである］

神淵写時雨、［（天の上にある）神(かみ)の淵(ふち)から時(きせつ)の雨(あめ)が写(そそ)がれ］

晨色奏景風。［晨(あさ)の色(ひかり)のなかで景(なつ)の風(かぜ)がよいおとを奏(かなで)る］

既来孰不去、［（この世に）既(すで)に来(き)て孰(だれ)も去(さ)ら不(な)いものはいない］

人理固有終。［人(ひと)の理(ことわり)として固(もと)より終(おわ)りが有(あ)るのだ］

居常待其尽、［常(いつも)のままに居(くら)して其(じんせい)が尽(つ)きるのを待(ま)つだけ］

曲肱豈傷沖。［肱(ひじ)を曲(ま)げてまくらにしていれば、沖(ほどよさ)を傷(そこな)うことは豈(け)っしてないのだ］

遷化或夷険、［（世の中が）遷(うつ)り化(かわ)ることには或(ある)いは夷(たいら)なときや険(けわ)しいときがあるにしても］

肆志無窊隆。［志(こころざし)を肆(まっすぐ)にしていれば窊(さが)ったり隆(のぼ)ったりすることは無(な)い］

即事如已高、［ふだんの事(こと)に即(たい)しても已(すで)に高(たか)い（境地にあって見て）いる如(よう)なら］

何必升華嵩。［何(なに)も必(かなら)ずしも華(か)（山(ざん)）や嵩(すう)（山(ざん)）の（ような高い山に）升(のぼ)らなくてもよいのだ］

 

　［蘇軾］

海南無冬夏、［海(かい)南(なん)島(とう)には夏と冬の区別もなく］

安知歳将窮。［一年がいよいよ終わると知れるものもない］

時時小搖落、［いろいろな時に葉が落ち］

栄瘁俯仰中。［たちまちあちらで繁りそしてたちまちこちらでしぼんでゆく］

上天信包荒、［天は荒々しさも包み込むというけれど］

佳植無由豊。［これでは佳(よ)いものを植えても豊かになりようがない］

鉏耰代肅殺、［自然の厳しさに代わってやさしく耕すよりなく］

有択非霜風。［冬の風に強い植物を選ばせるようなことはできない］

手栽蘭与菊、［我が手で蘭や菊を栽培して］

侑我清宴終。［我が宴を清く飾って終わりとなる］

擷芳眼已明、［芳しい花を摘めば、眼の内が明るくなり］

飲酒腹尚沖。［それに対して酒を飲むなら、腹の内は和やかである］

草去土自隤、［草を取ってしまうと土は崩れやすいので］

井深墻愈隆。［深い井戸には、それを守る墻(かき)をいよいよ立派にしないとならない］

勿笑一畝園、［たった一畝(ぽ)の庭ではないかと笑わないでほしい］

蟻垤斉衡嵩。［蟻塚がなんと衡(こう)山(ざん)や嵩(すう)山(ざん)のように聳え立っているではないか］

【補足】［陶淵明の詩の特徴を、もしも、平明で穏やかで温かみがあり、その奥に渋さや凄みが潜んでいるというようにまとめるとしたら、この二首を並べると、蘇軾が和した方がより陶淵明的であるかのようである］

 

■【12-2-047a】和陶酬劉柴桑

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『劉(りゅう)柴(さい)桑(そう)に酬(むく)いる』という詩に和した。劉柴桑のことは作品番号12-2-017aですでに見ているように、陶淵明は、先に廬(ろ)山(ざん)に隠棲した劉(りゅう)程(てい)之(し)から、山に来ないかと誘われたのだが、それには応じかねると詩で返事をしていた。その半年後にまた劉程之に贈ったのがここで見る『劉柴桑に酬いる』の詩である。

 

【訳文】

　［陶淵明］

窮居寡人用、［窮(おくまったところ)での居(くらし)には人(ひと)なみの用(ようじ)は寡(すく)ないので］

時忘四運周。［時(とき)には四(しき)が運(めぐ)り周(めぐ)るのも忘(わす)れてしまう］

櫚庭多落葉、［櫚(むら)の庭(にわ)に落(お)ち葉(ば)が多(おお)くなって］

慨然已知秋。［慨(びっ)然(くり)して已(すで)に秋(あき)だったのかと知(し)るのである］

新葵鬱北牖、［新(あたら)しい葵(ひまわり)が北(きた)の牖(かべ)に鬱(こんもり)とのびて］

嘉穂養南疇。［嘉(よ)い穂(いなほ)が南(みなみ)の疇(たんぼ)で養(やしな)われている］

今我不為楽、［今(いま)こそ我(わたし)は楽(たのしみ)を為(な)さ不(な)ければいけない］

知有来歳不。［来(らい)歳(ねん)が有(あ)るかどうかも知(し)ら不(な)いのだから］

命室携童弱、［室(つま)に命(い)って童(こど)弱(もら)を携(つ)れて］

良日登遠遊。［良(よ)い日(ひ)に登(のぼ)って遠(とお)く遊(あそ)ぼうではないか］

【補足】［劉(りゅう)程(てい)之(し)のような孤独な隠棲ではなく、家族とのささやかな楽しみを陶(とう)淵(えん)明(めい)は大切にしたのである］

 

　［蘇軾］

紅藷与紫芽、［紅い藷(いも)と紫の藷の芽を］

遠挿牆四周。［産地から遠く離れたここの垣根のまわりに植える］

且放幽蘭春、［佳(よ)い香りを放つ蘭とともに春に育ち］

莫争霜菊秋。［秋には、菊とともに寒くなるまで頑張らずともよいだろう］

窮冬出甕盎、［冬の終わりには甕(かめ)のような大きさになって］

磊落勝農疇。［畑で作ったもの以上にごろごろとたくさんできるだろう］

淇上白玉延、［淇(き)上(じょう)に玉(ぎょく)延(えん)という白い薬草があるが］

能復過此不。［この藷にはそれに勝る効能がきっとある］

一飽忘故山、［たらふく食べたら、故郷のことを忘れてしまうし］

不思馬少游。［暑熱の地で悪い病気に苦しんだ将軍のことも思わないですむのだから］

 

■【12-2-048a】和陶和胡西曹示顧賊曹

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『胡(こ)西(せい)曹(そう)の詩に和して、あわせて顧(こ)賦(ふ)曹(そう)に示す』という詩に和した。この和陶詩は作品番号11-3-038ですでに訳しているが、ここには海(かい)南(なん)島(とう)での作として見た場合の訳を掲げておく。

 

【訳文】

　［陶淵明］

蕤賓五月中、［蕤(すい)賓(ひん)［は音階の五番目］、すなわち五(ご)月(がつ)の中(うち)の］

清朝起南䴙。［清(きよ)らかな朝(あさ)に、南(みなみ)から䴙(すずしいかぜ)が起(た)つ］

不駛亦不遅、［駛(はや)くも不(な)く、亦(ま)た遅(おそ)くも不(な)く］

飄飄吹我衣。［飄(ふわ)飄(ふわ)と我(わたし)の衣(ころも)を吹(ふ)く］

重雲蔽白日、［重(かさ)なる雲(くも)が白(たい)日(よう)を蔽(おお)って］

閑雨紛微微。［閑(しず)かに雨(あめ)が紛(みだ)れて微(しと)微(しと)とふる］

流目視西園、［目(め)を流(うつ)して西(にし)の園(はたけ)を視(み)ると］

曄曄栄紫葵。［曄(きら)曄(きら)と紫(むらさき)の葵(あおい)が栄(さか)えている］

於今甚可愛、［今(いま)に於(おい)ては甚(はなは)だ愛(め)でる可(べ)きものであるのだが］

奈何当復衰。［当(きっ)と復(ま)た衰(おとろ)えてしまうのを奈(どうす)何(ること)もできない］

感物願及時、［物(もの)に感(かん)じて、（そのもっともよい）時(とき)を及(とら)えたいと願(ねが)うが］

毎恨靡所揮。［毎(いつ)も恨(くやしい)ことに揮(ふる)っても（飲むべき）所(ところ)の（酒が）靡(な)いのだ］

悠悠待秋稼、［悠(ゆる)悠(ゆる)と秋(あき)の稼(みのり)を待(ま)っていたところ］

寥落将賒遅。［寥(さびし)く落(かれ)てしまって、将(どうや)ら賒(あてにしていた)ものを遅(とりそこな)ってしまったのだった］

逸想不可淹、［逸(はや)る想(おも)いは淹(とど)め可(よう)が不(な)く］

猖狂独長悲。［猖(もの)狂(くる)おしく独(ひと)り長(なが)く悲(かな)しむのである］

 

　［蘇軾］

長春如稚女、［長(ちょう)春(しゅん)花(か)は若い娘のように］

飄颻倚軽颸。［飄(ゆら)颻(ゆら)と軽やかな風に寄り添っている］

卯酒暈玉頬、［朝の酒に玉(たま)の顔(かんばせ)をぽっと染めて］

紅綃巻生衣。［おろしたての紅(あか)い衣を巻いたかのよう］

低顔香自斂、［顔を垂れて香りを内におさめ］

含睇意頗微。［目に思いを含ませた様子はなかなかに微妙である］

寧当娣黄菊、［菊と比べたらその姉とすべきであって］

未肯姒戎葵。［葵(あおい)と比べてもその妹というわけではないだろう］

誰言此弱質、［見かけはいかにも弱々しいだのが］

閲世観盛衰。［世の盛衰を実は見守っているのである］

頩然疑薄怒、［つんとして少し怒っているようにも見えるので］

沃盥未可揮。［化粧をするための水を差し出すのをはばかれもする］

瘴雨吹蛮風、［ところが、熱気を含んだ雨と南の荒い風が吹いて］

凋零豈容遅。［凋んで枯れてしまうのをとどめることはできなかった］

老人不解飲、［老人は酒を飲んで思いを解くこともできないで］

短句余清悲。［不十分ながらもこの悲しみを短いに句に託すしかない］

 

■【12-3-001a】和陶游斜川

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『斜(しゃ)川(せん)に游(あそ)ぶ』という詩に和した。陶淵明の作は以下の序文に見るように37歳のときの作品とされる。蘇軾の作には「正月五日、息子の蘇(そ)過(か)と遊びに出て作る」との添え書きがある。

 

【訳文】

序文［陶淵明］

辛丑正月五日、天気澄和、風物閑美。与二三隣曲、同遊斜川。臨長流、望曽城、魴鯉躍鱗於将夕、水鴎乗和以翻飛。彼南阜者、名実旧矣、不復乃爲嗟嘆。若夫曽城、傍無依接、独秀中皐、遥想霊山、有愛嘉名。欣対不足、率共賦詩。悲日月之遂往、悼吾年之不留。各疏年紀郷里、以記其時日。

［辛(しん)丑(ちゅう)［隆(りゅう)安(あん)五年］正(しょう)月(がつ)五(いつ)日(か)、天(てん)の気(き)は澄(す)んで和(なごや)かで、風(ふう)物(ぶつ)は閑(のど)かで美(うつく)しい。二(に)三(さん)の隣(となり)曲(きんじょ)のひとと与(とも)に、同(いっしょ)に斜(しゃ)川(せん)で遊(あそ)んだ。長(なが)い流(なが)れに臨(のぞ)み、曽(そう)城(じょう)［山(ざん)］を望(なが)め、魴(ほう)や鯉(こい)が鱗(うろこ)を将(ちょう)ど夕(ゆうべ)になろうとする於(なか)で躍(おど)りあがらせ、水(みず)の鴎(かもめ)が和(なごや)かなながれに乗(の)って以(そこ)から翻(ひるがえ)って飛(と)ぶのであった。彼(そちら)の南(なん)阜(ふ)［廬(ろ)山(ざん)］なる者(もの)は、その名(な)は実(まこと)に旧(ふる)くからしられている矣(のだ)が、復(ま)た乃(いま)さらその爲(ため)に嗟嘆(びっくりぎょうてん)はし不(な)い。夫(あちら)の曽(そう)城(じょう)（山(ざん)）に若(ついて)いえば、傍(かたわら)に依(くっつ)き接(せっ)するものが無(な)くて、独(ひと)り中(あたり)の皐(おか)から秀(ひいで)ていて、遥(はる)かに（崑(こん)崙(ろん)にある同名の）霊(れい)山(ざん)を想(おも)わせて、その嘉(よ)い名(な)を愛(あい)する有(もの)である。欣(よろこ)んで（友と）対(むきあ)っているだけではもの足(た)ら不(な)くて、率(ふ)と共(とも)に詩(し)を賦(ふ)したのだった。日(にち)月(げつ)之(の)遂(つ)いには往(ゆ)くものであるのを悲(かな)しみ、吾(わ)が年(とし)之(が)留(とどま)ら不(な)いのを悼(いた)んだ。各(それ)ぞれの年(ねん)紀(れい)と郷(きょう)里(り)を疏(か)き、以(そし)て其(こ)の時(じ)日(じつ)を記(しる)した］

【補足】［斜(しゃ)川(せん)は、陶(とう)淵(えん)明(めい)の故郷とは鄱(は)陽(よう)湖(こ)をはさんで対岸側にあり、曽(そう)城(じょう)山(ざん)は廬(ろ)山(ざん)の手前に見える山である。このころ陶淵明は官職に就いていた］

 

　［陶淵明］

開歳倏五日、［歳(とし)が開(あ)けて倏(たちま)ち五(いつ)日(か)］

吾生行帰休。［吾(わたし)の生(じんせい)は行(ゆくゆく)は（故郷に）帰(かえ)って休(やす)むのだ］

念之動中懐、［之(この)ことを念(おも)うと懐(むね)の中(なか)が（歓びで）動(うご)く］

及辰為茲遊。［よい辰(とき)に及(なっ)たので茲(こ)の遊(あそ)びを為(す)ることにした］

気和天惟澄、［気(き)は和(なご)やかで天(てん)は惟(まこと)に澄(す)みわたり］

班坐依遠流。［坐(すわ)るところを班(さだめ)て遠(とお)い流(なが)れに（思いを）依(まかせ)る］

弱湍馳文魴、［弱(よわ)い湍(せ)には文(もよう)のきれいな魴(ほう)が馳(は)せ］

閑谷矯鳴鴎。［閑(しず)かな谷(たに)には鳴(な)きながら鴎(かもめ)が矯(あ)がる］

迥沢散遊目、［迥(はる)かな沢(みずべ)の散(あち)こちに目(め)を遊(あそ)ばせ］

緬然睇曽丘。［緬然(はるかとおく)に曽(そう)丘(きゅう)［曽(そう)城(じょう)山(ざん)］を睇(じっとみ)る］

雖微九重秀、［（崑(こん)崙(ろん)山(ざん)のように）九重(ここのえ)に秀(ひい)でることは微(な)いのだ雖(けれ)ど］

顧瞻無匹儔。［あたりを顧(かえ)り瞻(み)るとこれと匹(なら)ぶ儔(ともがら)は無(な)い］

提壺接賓侶、［壺(とっくり)を提(さ)げて賓(きゃくじん)侶(たち)と接(いっしょ)にし］

引満更献酬。［満(みた)したさかずきを引(とっ)て更(こも)ごも献(やったり)酬(とったり)する］

未知従今去、［知(わか)りっこ未(な)いのだ、今(いま)従(か)らときが去(さ)って］

当復如此不。［当(ちょう)ど復(ま)た此(こ)の如(よう)なことがあるのか不(な)いのかなどは］

中觴縦遥情、［觴(さかずき)の中(なか)で遥(はる)かなところに情(こころ)を縦(ほしいまま)にさせて］

忘彼千載憂。［彼(か)の千(せん)載(ねん)さきを憂(うれ)うようなことは忘(わす)れてしまおう］

且極今朝楽、［且(とにもかくに)も今(いま)はこの朝(あさ)の楽(たの)しみを極(きわ)めようでないか］

明日非所求。［明日(あす)のことは求(もとめ)てえられる所(もの)では非(ない)のだから］

 

　［蘇軾］

謫居澹無事、［謫(たく)居(きょ)の日々は澹(あわ)く、これといった事もないので］

何異老且休。［老いて帰休したのと異なるところはない］

雖過靖節年、［私は陶(とう)淵(えん)明(めい)の年齢を過ぎてしまったが］

未失斜川游。［「斜(しゃ)川(せん)の游(あそ)び」は失われたわけではない］

春江淥未波、［春の川は淥(す)んで波もなく］

人臥船自流。［人は臥したまま船が勝手に流れてゆく］

我本無所適、［私はもとより適(ゆ)くところもないので］

泛泛随鳴鴎。［泛(ゆら)泛(ゆら)と鳴く鴎に付いてゆくだけである］

中流遇洑洄、［流れの中ほどで洑(うずま)き洄(めぐ)るのに遇い］

捨舟歩層丘。［舟を捨てて重なる丘を歩く］

有口可与飲、［口さえあれば一緒に飲めるのであって］

何必逢我儔。［我が友人に逢わなくてもよい］

過子詩似翁、［息子の過(か)の詩はこの翁に似ていて］

我唱而輒酬。［私が唱えるとすぐに酬(こた)えてくれる］

未知陶彭沢、［さすがに陶淵明だって］

頗有此楽不。［この楽しみはなかったはずだ］

問点爾何如、［孔(こう)子(し)が（弟子の）曽(そう)点(てん)に君はどうかと問うたとき］

不与聖同憂。［その答えは聖人のように（天下のことを）憂うものではなかった］

問翁何所笑、［この翁がどうして笑っているのかと息子に問われたなら］

不為由与求。［私も仲(ちゅう)由(ゆ)や冉(ぜん)求(きゅう)とは違って曽点に賛同するからなのだと答えるのである］

 

■【12-3-014a】和陶与殷晋安別

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『殷(いん)晋(しん)安(あん)と別れる』という詩に和した。蘇軾の詩には「昌(しょう)化(か)軍知事の張(ちょう)中(ちゅう)が官をやめて都に行くのを送る」との添え書きがある。

 

【訳文】

序［陶淵明］

殷先作晋安南府長史椽、因居潯陽。後作大尉参軍、移家東下，作此以贈。

［殷(いん)は先(さき)に晋(しん)安(あん)南(なん)府(ふ)の長(ちょう)史(し)の椽(じょう)と作(な)り、因(それ)で潯(じん)陽(よう)に居(す)んだ。後(のち)に大(たい)尉(い)参(さん)軍(ぐん)と作(な)って、家(いえ)を移(うつ)して東(ひがし)に下(くだ)った。此(これ)を作(つく)って以(それ)で贈(おく)る］。

【補足】［殷(いん)鉄(てつ)［字(あざな)は景(けい)仁(じん)］は、先に晋(しん)安(あん)郡に勤めていたので、詩題には殷晋安と記されている。その後、大(たい)尉(い)［劉(りゅう)裕(ゆう)のこと］に仕える参(さん)軍(ぐん)となったので、潯(じん)陽(よう)から長(ちょう)江(こう)を東に下って大尉のもとに行った。陶(とう)淵(えん)明(めい)が48歳のときであるという。なお、劉裕は後に晋王朝から皇位を簒奪する人物で、かつて陶淵明は近くで劉裕のことを見る機会があり、油断のならない人間であることを知っていた。殷鉄に贈ったこの詩には、陶淵明の複雑な気持ちが籠められている］

 

　［陶淵明］

遊好非久長、［好(よし)みによって遊(あそ)ぶのは久(ひさ)しく長(なが)いものでは非(な)いけれど］

一遇尽殷勤。［一(ひと)たび遇(あ)って尽(ふか)く殷(ねん)勤(ごろ)なあいだがらになった］

信宿酬清話、［信(ふたばん)宿(やど)って清(きよ)らかな話(はなし)を酬(か)わし］

益復知為親。［益(ます)ます復(さら)に親(した)しみを為(な)すことを知(し)った］

去歳家南里、［去(きょ)歳(ねん) 南(みなみ)の里(さと)に家(いえ)をもってからは］

薄作少時隣。［薄(いささ)か少(すこ)しの時(とき)だけ隣(となり)と作(な)った］

負杖肆遊従、［杖(つえ)を負(つ)いて肆(ほしいまま)に遊(あそ)び従(したが)い］

淹留忘宵晨。［淹留(ゆったり)して宵(よい)も晨(あさ)も忘(わす)れるほどだった］

語黙自殊勢、［語(かた)るか黙(だま)るか［出仕するか隠棲するか］自(おの)ずと勢(ようす)が殊(ことな)っていたので］

亦知当乖分。［亦(やは)り当(き)っと乖(はな)れて分(わか)れることになると知(し)っていたのだった］

未謂事已及、［それでも未(ま)だ謂(おも)っていなかった、事(こと)が已(す)でに及(やって)きて］

興言在茲春。［興言(ことがおこ)るのが茲(こ)の春(はる)に在(あ)ろうとは……］

飄飄西来風、［飄(ひゅう)飄(ひゅう)と西(にし)から来(く)る風(かぜ)に］

悠悠東去雲。［悠(ゆる)悠(ゆる)と東(ひがし)へと雲(くも)［殷(いん)君のこと］は去(さ)ってゆく］

山川千里外、［山(やま)や川(かわ)がへだてること千(せん)里(り)の外(そと)になってしまっては］

言笑難為因。［言(い)うも笑(わら)うも因(よすが)を為(つく)るのはもう難(むずか)しい］

良才不隠世、［良(りょう)才(さい)は世(よ)に隠(かく)れ不(な)いというけれど］

江湖多賤貧。［江湖(いなか)には賤(ひく)く貧(まず)しいものが多(おお)くいる］

脱有経過便、［脱(もし)もここを経(へ)て過(よぎ)る便(ついで)が有(あ)ったなら］

念来存故人。［故(ふる)い人(とも)が存(い)ると念(おも)って来(き)てくれたまえ］

 

　［蘇軾］

孤生知永棄、［我が孤独の人生は、永く棄てられるものであるとわかってはいたが］

末路嗟長勤。［地の涯(はて)にあって長く苦労するのを嘆いていた］

久安儋耳陋、［儋(たん)耳(じ)の田舎で暮らすのを久しく甘んじ］

日与雕題親。［額(ひたい)に入れ墨をした人々と日々に親しくしてきた］

海国此奇士、［海に囲まれたこの国にすぐれた士(ひと)［張(ちょう)中(ちゅう)のこと］がきて］

官舎我東隣。［私の東隣りの官舎に住むことになった］

卯酒無虚日、［毎日のように朝から酒をともにし］

夜棊有逹晨。［夜に碁を打って朝になることもあった］

小甕多自釀、［貴君は小さな甕(かめ)に自分でたくさんの酒を醸(かも)して］

一瓢時見分。［時々はひとつの瓢(ひさご)を分けてくれた］

仍将対牀夢、［しかも牀(ベッド)を並べてともに夢を結び］

伴我五更春。［夢の中で深夜の春に遊ぶのにも付き合ってくれた］

暫聚水上萍、［水辺に浮草が集まるのはしばしのこと］

忽散風中雲。［雲は風の中にたちまち消えてしまう］

恐無再見日、［恐らくは再び会う日はもうないのだろう］

笑談来生因。［いま笑って語るのは来世のよすがとなろうか］

空吟清詩送、［私には何もないので、ただ詩をもって送るだけ］

不救帰装貧。［貴君の帰り支度が貧しいのを救うことはできない］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩とみごとに共鳴し、張(ちょう)中(ちゅう)への情愛にも溢れ、まことに次韻の達人の極みである］

 

■【12-3-025a】和陶於王撫軍座送客

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『王(おう)撫(ぶ)軍(ぐん)の座(ざ)に於(お)いて客(きゃく)を送る』という詩に和した。蘇軾の詩には「再び張(ちょう)中(ちゅう)を送る」との添え書きがある。陶淵明のもとの詩は、王撫軍すなわち王(おう)弘(こう)が送別の宴を催し、そこに陶淵明も招かれて披露した作品。王弘は当時、江(こう)州の知事であった有力者。王弘は陶(とう)淵(えん)明(めい)と一献酌み交わしたいと申し込んだが断られてしまったので、陶淵明の親友に頼んで一計を案じ、道で不意打ちを食らわしてついに酒を共にすることに成功し［→作品番号11-2-080の其の六］、以来良好な関係にあった。この詩はそうした関係が成立した後の57歳のときに作られたもの。王弘に招かれた陶淵明は、恐らくあらかじめこの詩を用意して持参したのだろう。ごく一般的な送別の情を詠んでいて、陶淵明らしさはかろうじて末句に見られるくらいである。

 

【訳文】

　［陶淵明］

秋日淒且厲、［秋(あき)の日(ひ)ざしは淒(さむざむ)として且(しか)も厲(きび)しい］

百卉具已腓。［百(もろもろ)の卉(くさ)は具(とも)に已(すで)に腓(や)んでしまった］

爰以履霜節、［爰(ここ)に以(ちょう)ど霜(しも)を履(ふ)む節(とき)に］

登高餞将帰。［高(たか)いところに登(のぼ)って将(いま)しも帰(かえ)るひとを餞(みおく)る］

寒気冒山沢、［寒(かん)気(き)は山(やま)や沢(ぬま)を冒(おか)し］

遊雲倏無依。［遊(さまよ)う雲(くも)は倏(たちま)ち依(よ)るべが無(な)くなくなる］

洲渚四緬邈、［洲(す)や渚(なぎさ)は四(どこ)もかしこも緬(はるか)邈(にとお)く］

風水互乖違。［風(かぜ)と水(みず)は互(たが)いに乖(はな)れて違(ちが)うところへとゆく］

瞻夕欣良宴、［夕(ゆう)ぐれを瞻(み)ながらの良(よ)い宴(うたげ)であるのを欣(よろこ)びつつも］

離言聿云悲。［離(わか)れの言(ことば)は聿(とに)も云(かくに)も悲(かな)しい］

晨鳥暮来還、［晨(あさ)にでた鳥(とり)は暮(く)れに還(かえ)り来(き)て］

懸車斂余輝。［懸車(ひがしずんだところ)では余(のこ)りの輝(かがや)きが斂(おさ)まろうとしている］

逝止判殊路、［逝(ゆ)くひとと止(とど)まるひとは殊(こと)なる路(みち)に判(わか)れ］

旋駕悵遅遅。［駕(くるま)を旋(めぐ)らせるのも悵(かな)しさに遅(ぐず)遅(ぐず)としてしまう］

目送回舟遠、［目(め)で回(めぐ)りゆく舟(ふね)を遠(とお)く送(おく)れば］

情随万化遺。［情(じょう)は万(よろず)の化(うつりかわり)に随(したが)ってここにとり遺(のこ)されてしまう］

 

　［蘇軾］

胸中有佳処、［胸の中に佳(よ)いところがあるなら］

海瘴不能腓。［海からの熱い毒気にも病むことはない］

三年無所愧、［貴君は三年（の任期の間）に恥じることはなく］

十口今同帰。［家族全員とともにいま帰ろうとしている］

汝去莫相憐、［貴君が去ってしまったなら、思い合う相手がなくなってしまうのだが］

我生本無依。［私の来し方はもとより依るべきものはなかった］

相従大塊中、［それぞれ大きな世界の中にあって］

幾合幾分違。［幾たびか合い、幾たびか分かれるのである］

莫作往来相、［（時の流れのなかを）往き来する（哀しさを）顔に出すようなことはしないように］

而生愛見悲。［生きていれば愛おしく思うこともあり、そのために悲しみを見ることもあるのだから］

悠悠含山日、［ゆるゆると夕日が山に入ってゆく］

烱烱留清暉。［きらきらと清らかな輝きがまだ残っている］

懸知冬夜長、［冬に夜は長いのはもとからわかってはいるけれど］

不恨晨光遅。［（別れが迫るいまは）朝の光がくるのがもっと遅くならないのが残念でならない］

夢中無与別、［貴君との別れは夢の中のようであるから］

作詩記忘遺。［この詩を作って忘れないように残しておくのだ］

 

■【12-3-026a】和陶答龐参軍

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)に答える』という詩に和した。陶淵明の詩には序文があり、蘇軾の作には「張(ちょう)中(ちゅう)を送る三回目の送別の詩を作った」との添え書きがある。

 

【訳文】

序文［陶淵明］

三復来貺、欲罷不能。自爾隣曲、冬春再交。款然良対、忽成旧遊。俗諺云、数面成親旧。況情過此者乎。人事好乖、便当語離。楊公所嘆、豈惟常悲。吾抱疾多年、不復為文。本既不豊、復老病継之。輒依周礼往復之義、且為別後相思之資。

［三(み)たび復(また)も貺(おく)って来(こ)られたものをよみかえし、罷(や)めようと欲(して)も能(で)き不(な)いでいます。爾(あなた)と隣(とな)り曲(あわ)せになって自(か)ら、冬(ふゆ)と春(はる)が再(ふたた)び交(いれかわ)りました。款然(うちとけ)た良(よ)い対(つきあい)も、忽(たちま)ち旧(むかし)の遊(あそ)びと成(な)ってしまいました。俗諺(ことわざ)に「数(しば)しば面(あ)えば親(した)しい旧(むかしなじみ)に成(な)る」と云(い)います。況(ま)して情(こころ)のつうじることでは此(これ)に過(まさ)る者(もの)であったの乎(です)。しかし人(ひと)にかかわる事(こと)は乖(そむ)き好(やす)く、便(すぐ)に当(き)っと離(わか)れを語(い)わなければならなくなるのです。むかし楊(よう)公(こう)が（分かれ道でいかにすべきかわからずに）嘆(なげ)いた所(こと)は、豈(け)っして惟(た)だの常(ふつう)の悲(かな)しみではないのです。吾(わたし)は疾(やま)いを抱(かか)えて多(おお)くの年(とし)をすごし、復(も)う文(ぶん)を為(つく)ることもあり不(ませ)ん。本(もと)より既(ず)っと豊(じょうぶ)では不(な)いところに、復(ま)た老(お)いと病(やまい)いが之(それ)に継(つ)いでいるのです。輒(そこ)で『周(しゅう)礼(らい)』(」)の「往(おう)復(ふく)之(の)義(ぎ)」に依(のっと)って（この詩をつくって）、且(まず)は別(わか)れた後(あと)で相(たが)いに思(おも)う之(ため)の資(よすが)と為(す)るものです］

【補足】［ここにあるように、龐(ほう)氏［名は不明］と陶(とう)淵(えん)明(めい)は一時期親しく付き合っていたのだが、龐氏は参(さん)軍(ぐん)の職を得て旅立つことになったので、この詩を贈ったのである。こうして別れた半年後に、龐氏は都に行く途中で近くを通った折に陶淵明に詩を送った。それへの返事を作品番号11-3-075aで見ている。このとき陶淵明は60歳であった］

 

　［陶淵明］

相知何必旧、［相(たが)いに知(し)るのは何(なに)も必(かならず)しも旧(ふるくからのとも)だけではない］

傾蓋定前言。［傾蓋(ゆきずりのあいだ)であっても（すぐに知己となる）との前(むかし)からの言(ことば)は定(ただしい)のだ］

有客賞我趣、［客(よそからきたひと)［龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)のこと］が有(あ)って我(わたし)のくらしの趣(おもむき)を賞(め)でてくれて］

毎毎顧林園。［毎(いつ)も毎(いつ)もわたしの林園(すまい)を顧(み)にきてくれた］

談諧無俗調、［談(はなし)が諧(ぴったりあ)って俗(ぞく)っぽい調(かんじ)は無(な)く］

所説聖人篇。［説(はな)す所(こと)は聖(せい)人(じん)の篇(かいたもの)についてだった］

或有数斗酒、［或(もし)も数(すう)斗(と)の酒(さけ)が有(あ)るなら］

閑飲自歓然。［閑(しずか)に飲(の)んで自(それだけ)で歓然(よろこばし)かった］

我実幽居士、［我(わたし)は実(まこと)に幽(ひっそり)と居(くら)す士(もの)で］

無復東西縁。［東(ひがし)にも西(にし)にも（世間との）縁(えん)などは復(まった)く無(な)いのだ］

物新人唯旧、［物(もの)は新(あたら)しいのがよいが人(ひと)は唯(とにか)く旧(ふる)いのがよいとか］

弱毫多所宣。［弱毫(ふで)によせて宣(の)べたい所(こと)は多(おお)くある］

情通万里外、［情(こころ)は万(ばん)里(り)の外(そと)にも通(つう)じるとか］

形跡滞江山。［ただわたしの形(からだ)と跡(ゆくところ)はこの江(かわ)や山(やま)に滞(とどま)っている］

君其愛体素、［君(あなた)は其(とにか)く体素(おからだ)を愛(たいせつ)に］

来会在何年。［あなたがこんど来(き)て会(あ)うことは何(いつ)の年(とし)に在(あ)るのだろうか］

 

　［蘇軾］

留燈坐逹暁、［燈火をつけたまま暁に達したのは］

要与影晤言。［貴君の影ともじっくり語りたいと思ったからだ］

下帷対古人、［貴君が去ったなら、もう窓も閉ざして古(いにしえ)の人の書物に向かうだけで］

何暇復窺園。［庭を見ることさえもしなくなるだろう］

使君本学武、［貴君はもと武を学び］

少誦十三篇。［若いときから『孫(そん)子(し)』の十三篇を唱えてきた］

頗能口撃賊、［弁論だけで賊を打ち負かす力があり］

戈戟亦森然。［武器を並べればまことに厳めしい］

才智誰不如、［誰にも劣らない才智がありながら］

功名歎無縁。［残念なことに功名とは無縁であった］

独来向我説、［私に向かって思うところを説くのだが］

憤懣当奚宣。［憤(ふん)懣(まん)は十分に言い尽くせるものではない］

一見勝百聞、［百聞は一見にしかずというとおり］

往鏖皐蘭山。［前線に出るなら大勝利を見せてくれるだろう］

白衣挾三矢、［目立つように白い衣を着て三本の矢を携え］

趁此征遼年。［昔の英雄と並ぶ活躍をするのだ］

 

■【12-3-059a】和陶和郭主簿二首、并引

【解題】2月24日の清(せい)明(めい)節(せつ)に陶(とう)淵(えん)明(めい)の『郭(かく)主(しゅ)簿(ぼ)に和す』という詩に和した。陶淵明の詩は最終的に帰隠するよりも前の38歳頃の作とされ、郭主簿［主簿は官職の名称］がどのような人であるかは不明。蘇軾の詩には序文がある。

 

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

清明日聞過誦書、声節閑美、感念少時、悵然追懐先君宮師之遺意、且念淮、徳二幼孫。無以自遣、乃和淵明二篇、随意所寓、無復倫次也。

［清(せい)明(めい)の日、息子の過(か)が書(ほん)を誦(よみあげ)るのを聞き、声と節が閑(ゆったり)として美しかった。それに感じて私が幼かった時のことを念(おも)い、悵(ちょう)然(ぜん)として先(ち)君(ち)の遺(い)意(い)を追(つい)懐(かい)するにいたり、さらに淮(わい)と徳(とく)の二人の幼い孫を念った。その気持ちの遣(や)り場がなく、陶(とう)淵(えん)明(めい)の二篇の詩に和した。意(おもい)をことばに寓するところのままに詠んだので、順序立ってはいない］

【補足】［原文に「先(せん)君(くん)宮(きゅう)師(し)」とあるのは父の蘇(そ)洵(じゅん)のこと。蘇轍が副宰相になったときに父に贈られた官名を「宮師」と略して用いている］

 

　其の一［陶淵明］

藹藹堂前林、［藹(もこ)藹(もこ)とした堂(さしき)の前(まえ)の林(はやし)は］

中夏貯清陰。［中(さかり)の夏(なつ)に清(すずし)げな陰(かげ)を貯(たくわ)えている］

凱風因時来、［凱(みなみ)の風(かぜ)が時(きせつ)に因(よ)ってふいて来(き)て］

回飆開我襟。［回(めぐ)り飆(まわるかぜ)が我(わたし)の襟(えり)もとを開(ひら)いてくれる］

息交遊閑業、［（世間との）交(まじ)りを息(や)めて閑(ひまびと)の業(わざ)に遊(あそ)び］

臥起弄書琴。［臥(ふ)しても起(お)きても書(しょもつ)か琴(こと)を弄(もてあそ)んでいる］

園蔬有余滋、［園(はたけ)の蔬(やさい)は余(あま)るほどに滋(めぐみ)が有(あ)るし］

旧穀猶儲今。［旧(きょねん)の穀(こめ)も猶(なお)も儲(たくわえ)が今(いま)はある］

営己良有極、［己(おのれ)のくらしの営(いとな)みには良(まこと)に極(ほど)というものが有(あ)るので］

過足非所欽。［足(た)りるよりも過(す)ぎることはわたしの欽(ねが)う所(ところ)では非(な)い］

舂秫作美酒、［秫(もちあわ)を舂(つ)いて美(うま)い酒(さけ)を作(つく)り］

酒熟吾自斟。［酒(さけ)が熟(じゅく)したならば吾(わたし)が自(みずか)ら斟(く)んでのむ］

弱子戲我側、［弱(おさな)い子(こ)が我(わたし)の側(そば)で戲(たわむ)れ］

学語未成音。［語(ことば)を学(まな)んで未(ま)だ（意味のある）音(おと)を成(な)さない］

此事真復楽、［此(こ)のような事(こと)は真(まこと)に復(やは)り楽(たの)しいのであって］

聊用忘華簪。［聊(しばらく)は用(これでも)って（役人の冠をとめる）華(はな)やかな簪(かんざし)のことなどは忘(わす)れているのである］

遙遙望白雲、［遙(はる)かに遙(はる)かに白(しろ)い雲(くも)を望(のぞ)んで］

懐古一何深。［古(いにしえ)を懐(おも)うこと一(まこと)に何(なん)とも深(ふか)いものがある］

 

　其の一［蘇軾］

今日復何日、［今日はさて何の日であるのか］

高槐布初陰。［高い槐(えんじゅ)が若葉の陰を作っている］

良辰非虚名、［（清(せい)明(めい)節(せつ)が）目出度い日であるというのに嘘はなく］

清和盈我襟。［清く和やかな気配が私の襟にも満ちている］

孺子巻書坐、［我が息子は書物を巻いて］

誦詩如鼓琴。［琴を奏でるかのように詩を朗誦している］

卻念四十年、［遡って思う四十年の昔］

玉顔如汝今。［我が顔もそなたと同じく玉のように輝いていた］

閉戸未嘗出、［いつも門を閉ざして勉強し］

出為隣裏欽。［たまに出ると隣近所の人が喜んだのだった］

家世事酌古、［家は代々古(いにしえ)のことを酌んで学び］

百史手自斟。［史書は父が自分で校訂したものであった］

当年二老人、［そのころに父と祖父の二人は］

喜我作此音。［私が書物を読む声を喜んだのだった］

淮德入我夢、［孫の淮(わい)と徳(とく)が私に夢に入り込んできて］

角羈未勝簪。［髪を角(つの)型(かた)に結い、まだ簪(かんざし)の重さには耐えられないようであった］

孺子笑問我、［息子は笑って私に問いかける］

君何念之深。［「父上は孫のことをどれほど深く思っているのですか」と］

 

　其の二［陶淵明］

和沢周三春、［和(なご)やかな沢(あめのめぐみ)が三(みつき)の春(はる)には周(あまね)くおよんでいたのだ］

清涼素秋節。［いまは清(きよ)く涼(すず)しい素(さっぱり)とした秋(あき)である］

露凝無遊氛、［露(つゆ)が凝(まとま)り、遊(ただよ)う氛(もやもや)が無(な)くなって］

天高粛景澈。［天(てん)には高(たか)く粛(ぴん)とした景(けはい)が澈(す)みわたっている］

陵岑聳逸峰、［陵(おか)や岑(やま)のなかに逸(すぐ)れてたかい峰(みね)が聳(そび)え］

遙瞻皆奇絶。［遙(はる)かに瞻(み)ると皆(どれ)もが奇(ひどく)絶(すぐれ)ている］

芳菊開林耀、［芳(かぐわ)しい菊(きく)が開(ひら)いて林(はやし)を耀(かがや)かせ］

青松冠巖列。［青(あお)い松(まつ)が巖(いわお)を冠(おお)って列(なら)んでいる］

懐此貞秀姿、［（菊と松は）此(こ)の貞(しっかり)として秀(ひい)でた姿(すがた)を懐(いだ)いて］

卓為霜下傑。［卓(すっく)とたって霜(しも)の下(もと)での傑(すぐれもの)と為(な)っている］

銜觴念幽人、［觴(さかずき)をくちに銜(ふく)んで幽(ゆう)人(じん)［静かな隠れ人］を念(おも)うに］

千載撫爾訣。［千(せん)載(ねん)にもわたって爾(なんじ)ら（菊と松）は（その幽人の）訣(ひけつ)を撫(たも)ってきているのである］

検素不獲展、［（あなたからの）検素(てがみ)を展(ひら)くことが獲(で)き不(ない)でいるままに］

厭厭竟良月。［厭(うじ)厭(うじ)とこの良(りょう)月(げつ)［十月のこと］も竟(お)わってしまうのだ］

【補足】［最後の句は、郭(かく)主(しゅ)簿(ぼ)には夏の詩［其の一の詩］を送ったのに、いまだに返事がないことをいうのであろう］

 

　其の二［蘇軾］

雀鷇含淳音、［「雀(じゃく)鷇(こう) 淳(じゅん)音(おん)を含(ふく)み、［雀の雛は昔ながらの声］］

竹萌抱静節。［竹(ちく)萌(ぼう) 静(せい)節(せつ)を抱(いだ)く」［筍は落ち着いた節をすでに抱いている］］

誦我先君詩、［と、我が父の詩を誦すると］

肝肺為澄澈。［肝も肺もそれによって澄み渡ってくる］

猶為鳴鶴和、［鶴が和して鳴くような［父の心と自分の心が共鳴するような］思いがして］

未作獲麟絶。［いつまでも終わりにすることができない］

願因騎鯨李、［願うのは、鯨にまたがろうとした李(り)白(はく)のような気概をもって］

追此禦風列。［風に乗って飛ぶ我が父の後を追って行くこと］

丈夫貴出世、［大丈夫たる者が貴ぶのは世の外に出ることであって］

功名豈人傑。［功名を立てるなどは優れた人のすることではない］

家書三万巻、［我が家には三万巻の書物がある］

独取服食訣。［特に私が重んじるのは道家の食事の秘伝である］

地行即空飛、［地を行きながらも空を飛ぶが如くになるなら］

何必挾日月。［何も太陽と月を脇にはさむような大げさな振る舞いをしなくてもよいのだ］

 

■【12-3-063a】和陶始経曲阿

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『始めて鎮(ちん)軍(ぐん)参(さん)軍(ぐん)と作(な)って曲(きょく)阿(あ)を経て作る』という詩に和した。陶淵明の詩は元(げん)興(こう)三年［404年］、40歳のときの作で、鎮軍将軍の劉(りゅう)裕(ゆう)の幕下に加わって参軍の職を得て、劉裕のもとに赴く途中で曲阿を通過したときに詠んだもの。劉裕は後に晋(しん)朝から皇位を簒奪する人物である。

 

【訳文】

　［陶淵明］

弱齢寄事外、［弱齢(わかいころ)から事(せけんのこと)の外(そと)に（心を）寄(よ)せて］

委懐在琴書。［懐(おもい)を委(ゆだ)ねるのは琴(こと)と書(しょもつ)で在(あ)った］

被褐欣自得、［褐(そまつなころも)を被(かぶ)っていても自(みずか)ら得(え)るところがあるのを欣(よろこ)び］

屡空常晏如。［屡(しば)しば（蓄えが）空(むな)しくなっても常(いつ)も晏(ゆっ)如(たり)としていた］

時来苟冥会、［時(とき)がめぐり来(き)て苟(たま)たま冥(みょう)に会(ぴったり)したので］

宛轡憩通衢。［轡(くつわ)を宛(ゆる)めて通衢(おおどおり)［官界］に憩(いこ)うことになった］

投策命晨裝、［策(つえ)を投(な)げて晨(あさ)の裝(したく)を命(めい)じ］

暫与園田疏。［暫(しばらく)は園(えん)田(でん)与(と)は疏(はなれ)れることになった］

眇眇孤舟逝、［眇(はるか)に眇(はるか)にわが孤(いっそう)の舟(ふね)は逝(ゆ)き］

綿綿帰思紆。［綿(ぐ)る綿(ぐ)ると帰(かえ)りたいとの思(おも)いが紆(まとわり)つく］

我行豈不遙、［我(わたし)の行(たび)は豈(け)っして遙(はる)かで不(な)いことはない］

登降千里余。［登(のぼ)り降(くだ)ること千(せん)里(り)余(あま)りもきたのである］

目倦川途異、［目(め)は川(かわ)の途(みち)の異(めずらし)さにも倦(あ)き］

心念山沢居。［心(こころ)は（故郷の）山(やま)や沢(さわ)にある居(すま)いを念(おも)うのである］

望雲慚高鳥、［雲(くも)を望(のぞ)んでは高(たか)くとぶ鳥(とり)に慚(は)じ］

臨水愧遊魚。［水(みず)に臨(のぞ)んでは遊(あそ)ぶ魚(さかな)に愧(は)じる］

真想初在襟、［真(まこと)の想(おも)いは初(はじ)めから襟(むね)に在(あ)ったのだ］

誰謂形跡拘。［誰(だれ)が謂(い)うのか、（わたしが）形跡(よくあるいきかた)に拘(しばら)れているなどとは］

聊且憑化遷、［聊(いささ)か且(しばら)くは化遷(せけんのうつりかわり)に憑(よ)るのだけれど］

終返班生廬。［終(つい)には（漢(かん)の時代の）班(はん)生(せんせい)の廬(いおり)［仁者の住むところ］に返(かえ)るのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は、自身の本来の考えとは異なるけれども、一時的に仕官しなければならなくなった思いを詠んでいる］

 

　［蘇軾］

虞人非其招、［虞(ぐ)人(じん)［狩猟を手伝う人］でさえも正式に招かれたのでなければ］

欲往畏簡書。［行こうとしても、書簡が確かなものであるのかを心配をする］

穆生責醴酒、［穆(ぼく)先生は、王の代替わりに伴って待遇がわずかに疎かになったと見ると］

先見我不如。［たちまち新王のもとから去ったという、その先見の明は私の及ぶところではない］

江左古弱国、［長(ちょう)江(こう)下流の古くて弱い国［陶(とう)淵(えん)明(めい)が生きていたときの晋(しん)朝(ちょう)］は］

強臣擅天衢。［力の強い大臣［劉(りゅう)裕(ゆう)］が朝廷を勝手に左右していた］

淵明墮詩酒、［陶淵明は詩と酒に堕(お)ちて］

遂与功名踈。［ついに功名とは無縁であった］

我生値良時、［私の人生はよい時代に逢い］

朱金義當紆。［義を立てて朱(しゅ)綬(じゅ)と金(きん)印(いん)［高官の象徴］を身にまとった］

天命適如此、［しかし天命はまさにこのように定まっていたのか］

幸収廃棄余。［朝廷より廃棄され、我が身を生かすことだけは、幸いにもできている］

独有愧此翁、［私はこの翁［陶淵明］に恥じなければならない］

大名難久居。［立派な名のもとには、やはり長くはいられないのである］

不思犧牛亀、［思えば、神に犠牲として捧げられる牛や亀も］

兼取熊掌魚。［ひとたびは熊の掌や魚を己に捧げられはしても、ついには殺されてしまうのだ］

北郊有大賚、［都の北で新皇帝が天を祀って大赦が行われ］

南冠解囚拘。［南方に流された囚われの身も解き放たれるとか］

眷言羅浮下、［心引かれるのは羅(ら)浮(ふ)山(ざん)のもと］

白鶴返故廬。［白(はく)鶴(かく)峰(ほう)のなつかしい廬(いおり)に帰ることである］

【補足】［これが和(わ)陶(とう)詩(し)の最後の作品である。陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩は南方での過酷な日々を支え、恐らく、ここぞという時機が来たならばこの詩に和して終わりにしようとの心積もりであったのだろうか］