第11章　付録『和陶詩』

■【11-2-027a】和陶帰園田居、并引

【解題】「和(わ)陶(とう)詩(し)」［→作品番号10-2-040］の第二作。蘇軾の作には序文がある。

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

三月四日、白(はく)水(すい)山(ざん)の仏(ぶっ)跡(せき)巌(がん)に遊び、湯(とう)泉(せん)で沐浴し、髪を滝の下で晞(かわ)かし、大きな声で歌って帰った。肩輿(かご)でもとの道を戻りつつ人々と語らい、いつの間にか川の北の荔(れい)支(し)浦(ほ)のあたりに来た。夕日は蔥曨(ぼんやりとうすあお)く、竹の陰(かげ)は蕭然(さびし)げで、時に芡(ひし)の実に似た荔子(ライチ)が累累(たわわ)に実っていた。八十五歳になるという老人がそれを指さして私にいった。

「食べられるころになりましたなら、酒を携えてお越しになりませんか」

私は喜んで応じた。

帰って臥せ、目覚めると、子の蘇(そ)過(か)が陶(とう)淵(えん)明(めい)の『園(えん)田(でん)の居(きょ)に帰(かえ)る』の詩の六首を朗誦しているのが聞こえ、それでことごとくその韻に和すことにした。私は広(こう)陵(りょう)［揚(よう)州］にいたときに初めて陶淵明の『飲(いん)酒(しゅ)二十首』に和し、いままたこれを作った。必ず全ての詩に和してしまおうと思う。

これを書いて、妙(みょう)総(そう)大(だい)士(し)参(さん)寥(りょう)に寄せる。

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の『園(えん)田(でん)の居(きょ)に帰(かえ)る』は最後となった官職を擲って帰郷した翌年の作とされ、そのとき42歳であった。恵(けい)州に流された蘇軾とは境遇も年齢も全く違う］

　其の一［陶淵明］

少無適俗韻、［少(わか)いころから俗(せけん)と韻(ちょうし)を適(あわ)せることができ無(な)くて］

性本愛丘山。［本(もともと)の性(せいしつ)として丘山(しぜん)を愛(あい)していた］

誤落塵網中、［誤(あやま)って塵(ちり)にまみれた網(あみ)の中(なか)に落(お)ちてしまい］

一去三十年。［一(ひと)たびそこに去(ゆ)くこと三(さん)十(じゅう)年(ねん)となった］

羈鳥恋旧林、［羈(つな)がれた鳥(とり)は旧(もと)の林(はやし)を恋(こ)い］

池魚思故淵。［池(いけ)の魚(うお)は故(もと)の淵(ふち)を思(おも)うものであって］

開荒南野際、［南(みなみ)の野(の)の際(きわ)で荒(あ)れたところを開(ひら)こうと］

守拙帰園田。［拙(つたな)さを守(まも)って園(えん)田(でん)に帰(かえ)った］

方宅十余畝、［方宅(すまい)は十(じゅう)畝(ほ)余(あま)り］

草屋八九間。［草(くさ)ぶきの屋(いえ)には八(やっ)つか九(ここの)つの間(へや)］

楡柳蔭後簷、［楡(にれ)や柳(やなぎ)が後(うし)ろの簷(のき)を蔭(おお)い］

桃李羅堂前。［桃(もも)や李(すもも)が堂(ひろま)の前(まえ)に羅(つら)なっている］

曖曖遠人村、［曖曖(ぼんやり)と遠(とお)く人(ひと)の村(むら)があり］

依依墟里煙。［依依(ゆらゆら)と墟里(むらざと)の煙(けむり)があがる］

狗吠深巷中、［狗(いぬ)が吠えるのは深(おくま)った巷(ろじ)の中(なか)］

雞鳴桑樹顛。［雞(にわとり)が鳴(な)くのは桑(くわ)の樹(き)の顛(いただき)］

戸庭無塵雜、［戸(もん)や庭(にわ)には塵雜(ごたごた)したものが無(な)く］

虚室有余閑。［虚(がらん)とした室(へや)には余(あま)りある閑(ゆとり)が有(あ)る］

久在樊籠裏、［久(ひさ)しく樊(とり)籠(かご)の裏(うち)に在(あ)ったけれど］

復得返自然。［復(ま)た自(し)然(ぜん)に返(かえ)ることが得(でき)たのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の第一首は、自身の本性に従った決断で郷里に隠棲するに至った経緯と、隠棲後の暮らし向きをさらりとスケッチしている。これに対して、自らの意志に反して流罪の身となって恵(けい)州に置かれた蘇軾は次のように和した］

　其の一［蘇軾］

環州多白水、［恵(けい)州を環(めぐ)るのはどれもが清流］

際海皆蒼山。［海の際(きわ)までもみな蒼(あお)い山］

以彼無尽景、［尽きることのないこの好風景をもって］

寓我有限年。［我が限りある残りの年月を寄せるところとする］

東家著孔丘、［東の家には孔(こう)子(し)のような人］

西家著顏淵。［西の家にはその弟子の顔(がん)淵(えん)のような人］

市為不二價、［市(いち)に出てもたかい値をふっかけられるようなことはなく］

農為不争田。［農夫も田畑をめぐって争うようなことをしない］

周公与管蔡、［周(しゅう)公(こう)とか管(かん)蔡(さい)とかの古(いにしえ)の偉人だって］

恨不茆三間。［ちっぽけな家にいれば余計な骨折りをしないですんだはずなのだ］

我飽一飯足、［私は一碗の飯があれば満足で］

薇蕨補食前。［おまけに薇(ぜんまい)や蕨(わらび)でもあればなおよい］

門生饋薪米、［門弟が薪や米を贈ってくれるから］

救我廚無煙。［厨房から炊事の煙が上がらないということない］

斗酒與隻雞、［一斗の酒と一羽の鶏を］

酣歌餞華顛。［飲んで食べよと、この禿げ頭にくれることもある］

禽魚豈知道、［鳥や魚は道(みち)［大宇宙の真理］を知ってはいないのだろうが］

我適物自閑。［私がゆったりしていると、ほかのものもやはりのんびりしている］

悠悠未必爾、［悠然としていられるほどにはまだなっていないにしても］

聊楽我所然。［私はこのようであることをいささか楽しんでいるのである］

【補足】［（1）この詩の第一句の「環州多白水」［州(しゅう)を環(めぐ)って白(はく)水(すい) 多(おお)し］は、欧(おう)陽(よう)脩(しゅう)が滁(じょ)州に左遷されたときに書いた『酔(すい)翁(おう)亭(てい)の記(き)』の冒頭の5文字、「環滁皆山也」［滁(じょ)を環(めぐ)りて皆(みな) 山(やま)也(なり)］を思わせるものがある［→作品番号06-3-073］。蘇軾は敬愛する陶(とう)淵(えん)明(めい)と欧陽脩とを重ね合わせてこの詩を作ったのであろう。（2）最後の句は「聊楽我所然」［我(わ)が然(しか)る所(ところ)を聊(いささ)か楽(たの)しむ］は意味が深い。陶淵明と違って蘇軾は自身の意志でこの現状を選び取ったのではない。だから心から満足することはできないのだが、現状を否定することなく、むしろ陶淵明と同じくらいに強く肯定して楽しもうとしているのである。（3）次韻の詩の達人は、韻をそのまま使うという制約がありながら、陶淵明と並ぶ高い水準の「和(わ)陶(とう)詩(し)」の一群の作品をこのようにして詠み上げて行く。あるいは、制約があった方が蘇軾の創作意欲をより高めたということもあったのかもしれない］

　其の二［陶淵明］

野外罕人事、［野(の)の外(そと)では人(ひと)との事(かかわり)が罕(まれ)で］

窮巷寡輪鞅。［窮(おくま)った巷(ろじ)にはやってくる輪鞅(くるま)も寡(すく)ない］

白日掩荊扉、［白日(ひるま)から荊(しば)扉(のと)を掩(おお)い］

虚室絶塵想。［虚(がらん)とした室(へや)では塵(つまら)ない想(おも)いなど絶(た)えてない］

時復墟曲中、［時(とき)には復(ま)た墟(むら)の曲(すみ)の中(あたり)を］

披草共来往。［草(くさ)を披(ひら)いて共(みな)と来往(ゆきき)する］

相見無雜言、［相(たが)いに見(み)て雜(よけい)な言(ことば)は無(な)く］

但道桑麻長。［但(た)だ桑(くわ)や麻(あさ)が長(の)びたことを道(い)うだけだ］

桑麻日已長、［桑(くわ)や麻(あさ)は日(ひ)にひに已(すで)に長(の)びて］

我土日已広。［我(わたし)の土(はたけ)は日(ひ)にひに已(すで)に広(ひろ)くなる］

常恐霜霰至、［常(つね)に恐(おそ)れるのは霜(しも)や霰(あられ)が至(き)て］

零落同草莽。［零落(しおれ)て草莽(ざっそう)と同(おな)じになってしまうこと］

　其の二［蘇軾］

窮猿既投林、［行き場を失っていた猿が林に逃げ］

疲馬初解鞅。［疲れきった馬が革(かわ)の首ひもから解放された］

心空飽新得、［心を空(くう)にして、新たに得たもので満たす］

境熟夢余想。［この境地が熟してくると、夢の中でもその想いが余るほどになる］

江鴎漸馴集、［江(かわ)の鴎(かもめ)も私に馴れて集まってくるようになったし］

蜑叟已還往。［蜑(たん)民(みん)［水上生活をする少数民族］の老人も行き来してくれるようになった］

南池�国K生、［南の池では緑の銭のような蓮の葉が生じ］

北嶺紫筍長。［北の山では紫の筍が伸び出した］

提壺豈解飲、［提(てい)壺(こ)［鳥の一種］は、名ばかりで酒を飲むことは知らないはずだが］

好語時見広。［好(よ)く語りかけてきて、心をゆるやかにしてくれる］

春江有佳句、［春の江(かわ)には佳(よ)い句が流れていたのだが］

我酔墮渺莽。［私は酔ってどこか遠くの草むらに落としてしまった］

　其の三［陶淵明］

種豆南山下、［南(みなみ)の山(やま)［廬(ろ)山(ざん)］の下(ふもと)に豆(まめ)を種(うえ)た］

草盛豆苗稀。［草(くさ)が盛(さか)んにのびて、豆(まめ)の苗(なえ)は稀(わずか)しかない］

晨興理荒穢、［晨(あさ)興(お)きてから荒穢(あれたはたけ)を理(ととのえ)ようとし］

帯月荷鋤帰。［月(つき)を帯(お)びて鋤(すき)を荷(にな)って帰(かえ)る］

道狹草木長、［道(みち)が狭(せま)く草(くさ)木(き)が長(の)びているので］

夕露沾我衣。［夕(ゆう)べの露(つゆ)で我(わたし)の衣(ころも)は沾(ぬ)れてしまう］

衣沾不足惜、［衣(ころも)が沾(ぬ)れるのは惜(お)しむに足(た)り不(な)いことだ］

但使願無違。［但(とにか)く（豆が育ってほしいとの）願(ねが)いを違(だめ)に使(し)てしまわないでほしいものだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は農民として生きる己を歌った。それに対して蘇軾は己をどのように位置づけていたのだろうか］

　其三［蘇軾］

新浴覚身軽、［湯(ゆ)浴(あ)みをしたばかりで身が軽い］

新沐感髮稀。［洗ったばかりの髪は薄くなったのを特に感じる］

風乎懸瀑下、［滝の下で風に吹かれ］

却行詠而帰。［もと来た道を吟唱しつつ帰る］

仰観江搖山、［仰ぎ観るのは、江(かわ)に揺すぶられる山］

俯見月在衣。［俯(うつむ)いて見るのは、衣にかかる月の光］

歩従父老語、［歩きながら老人と語り］

有約吾敢違。［約束したからには違(たが)えることはない］

　其四［陶淵明］

久去山沢遊、［久(ひさ)しく山(やま)や沢(さわ)での遊(あそ)びから去(はな)れていたけれど］

浪莽林野娯。［林(はやし)や野(の)で浪莽(ふらりふらり)と娯(たのし)んでいる］

試携子姪輩、［試(ふっ)と子(むすこ)や姪(おい)といった輩(れんちゅう)を携(ひきつ)れて］

披榛歩荒墟。［榛(はしばみ)を披(ひら)いて荒(あ)れた墟(むら)を歩(ある)いてみる］

徘徊丘壟間、［丘壟(はかば)の間(あたり)を徘徊(ぶらぶら)すると］

依依昔人居。［依依(ありあり)と昔(むかし)の人(ひと)の居(すまい)がある］

井竈有遺処、［井(いど)や竈(かまど)の処(あと)が遺(のこ)って有(い)るし］

桑竹残朽株。［桑(くわ)や竹(たけ)の朽(く)ちた株(かぶ)も残(のこ)っている］

借問采薪者、［借(ちょっ)と薪(たきぎ)を采(と)る者(ひと)に問(たずね)てみる］

此人皆焉如。［「此(ここ)の人(ひと)は皆(みな)焉(どこ)に如(い)ったのですか」］

薪者向我言、［薪(たきぎ)をとる者(もの)は我(わたし)に向(むか)って言(い)う］

死没無復余。［「死(し)んで没(しま)って復(も)う余(だれ)も無(いま)せんよ」］

一世異朝市、［一(いっ)世(せ)［三十年］で朝(くに)も市(まち)も異(こと)なってしまうというが］

此語真不虚。［此(こ)の語(ことば)は真(まこと)に虚(むな)しいものではないのだ］

人生似幻化、［人(ひと)の生(せかい)は幻化(まぼろし)に似(に)ている］

終当帰空無。［終(つい)には当(き)っと空(くう)無(む)に帰(かえ)ってしまうのだろう］

　其四［蘇軾］

老人八十余、［老人は八十歳余り］

不識城市娯。［町の中での楽しみなどは知りもしない］

造物偶遺漏、［造物者の手からたまたま漏れてしまったのだろう］

同儕尽丘墟。［ほかの仲間はみんな墓地に入ってしまったのに］

平生不渡江、［普段から川を渡ることもなく］

水北有幽居。［水辺の北で静かに暮らしている］

手插荔枝子、［自分で荔枝(ライチ)の実を植え］

合抱三百株。［ひと抱えもある大きな三百本の木にした］

莫言陳家紫、［「かの陳(ちん)家(か)の紫の品種の］

甘冷恐不如。［甘く冷たい味わいには及ばない、などとはいわせませんぞ］

君来坐樹下、［あなたも来られて、木の下に座って］

飽食携其余。［お腹いっぱい召しあがって、余ったら持ち帰えられて］

帰舎遺児子、［家に帰ってお子様方にさしあげたらよろしいでしょう］

懐抱不可虚。［この思いは無になさらないでください」］

有酒持飲我、［酒があるからと持ってきて飲ませてくれて］

不問銭有無。［もちろん銭については何もいわなかった］

【補足】［この第四首は二人とも土地の人との会話を入れて、似た趣がある］

　其五［陶淵明］

悵恨独策還、［悵(いた)み恨(うら)みつつ独(ひと)り策(つえ)をついて還(かえ)ることにし］

崎嶇歴榛曲。［崎嶇(アップダウン)のある榛(やぶ)の曲(あたり)を歴(とお)る］

山澗清且浅、［山(やま)の澗(たにがわ)は清(きよ)く且(か)つ浅(あさ)いので］

可以濯吾足。［吾(わたし)の足(あし)を濯(あら)うのに可(ちょう)以(どよ)さそうだ］

漉我新熟酒、［我(わたし)の新(あら)たに熟(じゅく)した酒(さけ)を漉(こ)して］

隻雞招近局。［隻(いちわ)の雞(にわとり)でもって近(きん)局(じょ)を招(まね)こうではないか］

日入室中暗、［日(ひ)が入(しず)んで室(へや)の中(なか)が暗(くら)くなったので］

荊薪代明燭。［荊(たき)薪(ぎ)で明(あか)るい燭(ともしび)の代(か)わりにしよう］

歓来苦夕短、［歓(よろこ)びが来(き)て、苦(よわった)ことに夕(よる)が短(みじか)いのだ］

已復至天旭。［已(すで)に復(も)う天(てん)が旭(あ)けるときに至(いた)ってしまったではないか］

【補足】［其の四の続きで、気持ちをほぐすために近所の人々を呼んで酒を酌み交わしたのである］

　其五［蘇軾］

坐倚朱藤杖、［ゆるゆると身を預けるのは朱い藤の杖］

行歌紫芝曲。［歩みつつ歌うのは『紫(むらさき)の芝(しば)』の曲］

不逢商山翁、［その曲を作った商(しょう)山(ざん)の翁(おきな)には逢えなくても］

見此野老足。［この野に住む老人を見れば心は十分に満たされる］

願同荔枝社、［願うのは、荔枝(ライチ)づくりの寄り合いに入れてもらって］

長作雞黍局。［鶏や黍をともに食べる仲間として長く付き合ってゆくこと］

教我同光塵、［私は塵の中に光を封じ込めてしまおうとおもう］

月固不勝燭。［月の光はもとより燭台の明るさに勝てないというし……］

霜飆散氛祲、［霜を帯びたつむじ風が悪い気(き)を吹き飛ばしてしまうなら］

廓然似朝旭。［からりとして朝日が射し込むようになるのだ］

【補足】［蘇軾は六首の詩に和しているが、六首目の原詩は陶(とう)淵(えん)明(めい)の作ではなく、別の人の詩であるので、ここでは訳さない］

　其の六［蘇軾］

昔我在広陵、［その昔、広(こう)陵(りょう)［揚(よう)州］にいたときに］

悵望柴桑陌。［はるかかなたに柴(さい)桑(そう)陌(はく)［陶(とう)淵(えん)明(めい)の郷里］を望み見て］

長吟飲酒詩、［飲酒の詩を長く吟じて］

頗獲一笑適。［一笑して心に適するものを得た］

当時已放浪、［そのときからすでに放浪の身で］

朝坐夕不夕。［朝には座っていても、夜には夜らしく寝られるというわけにはいかなかった］

矧今長閑人、［まして今はずっと長く閑な人で］

一劫展過隙。［離れたところから世間のあわただしい変化を見ているのだ］

江山互隠見、［江(かわ)や山はこれまで交互に現れたり隠れたり］

出没為我役。［私のために［蘇軾が転々とするので］、出没を繰り返さなければならなかった］

斜川追淵明、［これからは、陶淵明の斜(しゃ)川(せん)の遊びを追ってもよいし］

東皐友王績。［東(とう)皐(こう)に隠れた王(おう)績(せき)を友としてもよいのだ］

詩成竟何為、［詩がこうして完成して何になるのか］

六博本無益。［博打(ばくち)と同じく、もとより益などないのだ］

【補足】［この一連の詩を、先に見た「和(わ)陶(とう)詩(し)」の第一作［→作品番号10-2-040］と比べるならば、陶(とう)淵(えん)明(めい)との距離がかなり縮まっているように感じられるであろう］

■【11-2-080a】和陶貧士、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『貧(ひん)士(し)を詠(よ)む』に和した。蘇軾の作には短い序文がある。

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

私は恵(けい)州に遷(うつ)って一年、衣食が次第に窘(くる)しくなり、重(ちょう)九(きゅう)［九月九日］がちょうど近づいてきていても、樽の身も俎(まないた)の上も寂しいありさまである。そこで陶(とう)淵(えん)明(めい)の『貧(ひん)士(し)の詩』七首に和して、許(きょ)下(か)、高(こう)安(あん)、宜(ぎ)興(こう)にいる息子や甥に寄せることにし、併せて蘇(そ)過(か)にも同じように作らせた。

　其の一［陶淵明］

万族各有託、［万族(あらゆるもの)には各(それ)ぞれに託(ゆだ)ねられるところが有(あ)る］

孤雲独無依。［孤(ぽつん)とした雲(くも)だけは独(ひと)り依(よ)るべが無(な)い］

曖曖虚中滅、［曖曖(ぼんやり)として虚中(おおぞら)に滅(き)えたなら］

何時見余暉。［何時(いつ)また余(のこ)りの暉(かがや)きを見(み)られるときがあるのか］

朝霞開宿霧、［朝霞(あさやけ)に宿(きのう)からの霧(きり)が開(ひら)かれると］

衆鳥相与飛。［衆(たくさん)の鳥(とり)が相(いっしょ)に与(とも)に飛(と)びだす］

遲遲出林翮、［しかし、遲遲(ぐずぐず)と林(はやし)から出(で)てくる翮(つばさ)がある］

未夕復来帰。［そして、未(ま)だ夕(ゆう)べにならないうちにそれは復(ま)た帰(かえ)って来(く)る］

量力守故轍、［（その鳥は）おのれの力(ちから)を量(はか)って故(もと)の轍(みちすじ)を守(まも)っているのだ］

豈不寒与饑。［（そのようにしていたら）豈(どうして)も寒(さむ)さと饑(うえ)がなくてすむはずが不(な)い］

知音苟不存、［苟(もし)も知音(わかってくれるとも)が存(い)ないとしたら］

已矣何所悲。［已矣(どうにもなら)ない、何(なん)とも悲(かな)しむ所(どころ)ではすまないのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の第一首は全体の序章にあたる。ぽつんと浮かぶ雲や、他の鳥とは一緒に行動できない鳥は陶淵明自身の象徴である。終わりの部分は、「知(ち)音(いん)」［心が通じる友人］がいるならこの悲しみにも耐えられるという意味。以下にその「知音」が並べられる。そして、蘇軾にとっての「知音」はいうまでもなく陶淵明であるということが以下の「和(わ)陶(とう)詩(し)」に歌われて行く］

　其の一［蘇軾］

長庚与残月、［長(ちょう)庚(こう)［宵の明星］と沈み残りの月が］

耿耿如相依。［耿耿(きらきら)と寄り添い合っている］

以我旦暮心、［朝から夜まで心にかかることがあるなかで］

惜此須臾暉。［このつかの間の暉(かがや)きを惜しんで見つめる］

青天無今古、［青い天は昔も今も変わらない］

誰知織鳥飛。［織(しょく)鳥(ちょう)［太陽］が飛び続けるわけを誰か知っているのか］

我欲作九原、［私は九(きゅう)原(げん)［墓］を作って］

独与淵明帰。［独(ひと)り陶(とう)淵(えん)明(めい)とともに帰ろうと思う］

俗子不自悼、［俗世間の人は、自身を悼(いた)まずに］

顧憂斯人饑。［陶淵明が飢えているのを気の毒に思っている］

堂堂誰有此、［陶淵明ほどに堂々と生きた人はいない］

千駟良可悲。［千頭の馬を持っていると威張っていた者の方こそ悲しむべきなのだ］

　其の二［陶淵明］

淒�詩ﾎ云暮、［淒(さむさ)��(きびしく)も歳(とし)は云(ここ)に暮(く)れる］

擁褐曝前軒。［褐(ぼろ)に擁(くる)まれて前(まえ)の軒(のき)で曝(ひにあ)たる］

南圃無遺秀、［南(みなみ)の圃(はたけ)に遺(とりのこ)した秀(ほ)は無(な)く］

枯条盈北園。［枯(か)れ条(えだ)が北(きた)の園(にわ)に盈(いっぱい)ある］

傾壺絶余瀝、［壺(つぼ)を傾(かたむ)けてみても余(あま)りの瀝(したたり)さえも絶(た)え］

窺竈不見煙。［竈(かまど)を窺(のぞ)いてみても煙(けむり)が見(み)えない］

詩書塞座外、［詩(し)書(しょ)ばかりは座(せき)の外(まわり)を塞(ふさ)ぐほどにあり］

日昃不遑研。［日(ひ)が昃(かたむ)いても研(けんきゅう)に遑(いとま)がない］

閑居非陳厄、［閑(ひま)な居(くらし)は（孔(こう)子(し)が）陳(ちん)のくにでこうむった厄(さいなん)ほどでは非(な)いが］

竊有慍見言。［竊(こっそ)り（孔子の弟子のように）慍(いかり)の言(ことば)を見(あら)わすものもいるようだ］

何以慰吾懐、［何(なに)を以(も)って吾(わ)が懐(こころ)を慰(なぐさ)めるのかというと］

頼古多此賢。［頼(さいわい)にも古(いにしえ)より此(こ)のようにしてくらした賢(けんじん)は多(おお)いのである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)が最初に「知(ち)音(いん)」として詠んだのは孔子(こうし)。孔子の故事を引いているところは、孔子の弟子にも先生の心を十分に理解していない者がいたように、家の者がぶつぶつ不平を言っているという意味合いであるようだ］

　其の二［蘇軾］

夷斉恥周粟、［昔、伯(はく)夷(い)と叔(しゅく)斉(せい)は（武力で殷(いん)を亡ぼした）周(しゅう)の世に生きるのを恥じ］

高歌誦虞軒。［（山に隠れて）太古の時代を回顧する歌を誦(うた)った］

産禄彼何人、［（漢(かん)の時代の）呂(りょ)産(さん)と呂(りょ)禄(ろく)はいったいどういう人だったのか］

能致綺与園。［（商(しょう)山(ざん)に隠れる）綺(き)里(り)季(き)、東(とう)園(えん)公(こう)（など四人の隠者）を朝廷に連れてきた］

古来避世士、［昔から、世を避けた士(ひと)であっても］

死灰或余煙。［消えたはずの灰が煙を立ててまた燃え出すことがあったのだろう］

末路益可羞、［人の行く路の終わりには恥じねばならないことがますますあって］

朱墨手自研。［朱い墨を磨って自分で消そうとしなければならないことにもなる］

淵明初亦仕、［陶(とう)淵(えん)明(めい)も最初はやはり出仕したが］

弦歌本誠言。［琴を弾きつつ誠の言葉を歌って］

不楽乃径帰、［心に楽しまないことがあるとして、ただちに帰ったのだった］

視世差独賢。［世の人と違って独り賢いというべきである］

　其の三［陶淵明］

栄叟老帯索、［栄(えい)の叟(じいさん)は老(お)いても索(なわ)を帯(おび)のかわりにしていた］

欣然方弾琴。［それでも欣(たの)然(しげ)に方(いつ)も琴(こと)を弾(ひ)いていた］

原生納決履、［原(げん)生(くん)［孔(こう)子(し)の弟子(でし)の原(げん)憲(けん)］は決(やぶ)れた履(くつ)を納(は)きながらも］

清歌暢商音。［清(きよ)らかに歌(うた)ったのは、暢(のび)やかな商(しょう)の音(おと)［『詩(し)経(きょう)』にある頌(しょう)歌(か)］だった］

重華去我久、［重(ちょう)華(か)［舜(しゅん)］から我(わたし)は去(はな)れること久(ひさし)く］

貧士世相尋。［貧(びんぼう)な士(ひと)はどの世(じだい)にも相(いつ)も尋(つづ)いたのだった］

弊襟不掩肘、［わたしの弊(ぼろ)の襟(きもの)は肘(ひじ)を掩(おお)ってくれないし］

藜羹常乏斟。［藜(あかざ)の羹(スープ)さえも乏(とぼ)しくて常(いつ)でも斟(の)めるわけではない］

豈忘襲軽裘、［軽(かる)い裘(コート)を襲(き)るよさは豈(とて)も忘(わす)れはしないが］

苟得非所欽。［苟(かり)にも得(ぼったくり)などは欽(ねが)ったりする所(ところ)のものでは非(な)い］

賜也徒能弁、［賜(し)［孔子の弟子の子(し)貢(こう)］ときたら徒(た)だ能(うま)く弁(しゃべ)るだけで］

乃不見吾心。［乃(やは)り吾(わたし)の心(こころ)を見(み)てくれるようなものでないのだ］

【補足】［ここでは4人の名が挙げられている。「栄(えい)叟(そう)」は、九十過ぎまで何の憂いもなく生きた啓(けい)栄(えい)期(き)のことで、陶(とう)淵(えん)明(めい)の好みの人物としてすでに『飲(いん)酒(しゅ)』の詩の其の十一［→作品番号06-3-025、10-2-040a］で見ている。「原(げん)生(せい)」は孔(こう)子(し)の弟子の原(げん)憲(けん)、「賜(し)」も孔子の弟子の子(し)貢(こう)で、2人は対照的な人物であったとされ、原憲はぼろをまとっても楽しげに過ごしていたが、子貢は口先が達者で出世欲が強かった。「重(ちょう)華(か)」は古代の聖天子の舜(しゅん)で、その理想的な時代から遠く離れた世には貧乏で不遇な者が大勢いるのである］

　其の三［蘇軾］

誰謂淵明貧、［誰が陶(とう)淵(えん)明(めい)を貧しかったというのか］

尚有一素琴。［一つの素朴な琴があったではないか］

心閑手自適、［心が閑(のどか)であるなら、琴を弾く手も自ずとそれに適(かな)うのであって］

寄此無窮音。［（陶淵明は）琴の無窮の音に心を寄せたのだった］

佳辰愛重九、［佳(よ)い辰(とき)として重(ちょう)九(きゅう)の節句を愛し］

芳菊起自尋。［芳(かぐわ)しい菊を尋ね歩いた］

疏巾歓虚漉、［ときには粗末な頭巾で酒を漉すのを歓び］

塵爵笑空斟。［ときには盃にあるのは塵ばかりだと笑いもした］

忽餉二万銭、［ふいに二万銭が贈られてきたこともあった］

顔生良足欽。［（贈り主の）顔(がん)延(えん)之(し)はまことに欽慕すべき人である］

急送酒家保、［陶淵明はその銭を急いで酒代の前払に使ったのは］

勿違故人心。［友人の心に違わぬ大した行為であった］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は敬慕する昔の人として、啓(けい)栄(えい)期(き)と原(げん)憲(けん)を挙げたのに対して、蘇軾は引き続き陶淵明その人を挙げている］

　其の四［陶淵明］

安貧守賤者、［貧(まずし)さにも安(やす)らかして、賤(ひく)さを守(まも)った者(もの)として］

自古有黔婁。［古(いにしえ)自(から)みてみると黔(けん)婁(ろう)が有(あ)った］

好爵吾不栄、［（黔婁は）好(よ)い爵(くらい)も吾(わたし)は栄(さかえ)とはしないといったし］

厚饋吾不酬。［厚(あつ)い饋(おくりもの)にも吾(わたし)は酬(こた)えたりはしないとした］

一旦寿命尽、［一(いっ)旦(たん) 寿(じゅ)命(みょう)が尽(つ)きたときには］

弊服仍不周。［弊(ぼろぼろ)の服(ふく)は仍(とて)もからだを周(おお)いきれなかった］

豈不知其極、［其(そ)のように極(きわ)まってしまうことを知(し)らなかった豈(わけ)ではない］

非道故無憂。［道(みち)をもとめることとはべつであるからと、憂(うれ)いはし無(な)かったのである］

従来将千載、［従(それ)来(から) 将(もう) 千(せん)載(ねん)にもなるが］

未復見斯儔。［斯(こ)の儔(たぐい)のひとを復(ま)た見(み)ることはない］

朝与仁義生、［朝(あさ)に仁(じん)義(ぎ)と与(と)に生(い)きることができたなら］

夕死復何求。［夕(ゆうべ)に死(し)んだとしても復(ま)た何(なに)も求(もと)めたりはしない］

【補足】［ここでは黔(けん)婁(ろう)という春(しゅん)秋(じゅう)時代の人物を挙げている。黔婁は、大臣や宰相として迎えようとする諸侯の誘いを断って清貧に甘んじ、死んだときには満足に体を覆う衣服さえなかった。そのような人物こそが、仁義とともに生きる者であるとして、自分もそのようなことができたなら、その日のうちに死んでしまってもよいと陶(とう)淵(えん)明(めい)はいうのである。国のため主君のために忠義を尽くして死ぬという考え方を陶淵明はとらない］

　其の四［蘇軾］

人皆有耳目、［人はみな耳と目があるけれど］

夫子曠与婁。［（それをまともに使ったと）手本にできるのは師(し)曠(こう)と黔(けん)婁(ろう)だ］

弱毫写万象、［筆先などは弱々しいものであるが、（陶(とう)淵(えん)明(めい)は）全ての現象を写し出し］

水鏡無停酬。［加減することなく人を映す鏡となった］

閑居惜重九、［（陶淵明は）のんびり暮らして重(ちょう)陽(よう)の節句が過ぎ去るのを惜しみ］

感此歳月周。［歳月のめぐることに感じ入った］

端如孔北海、［まさに孔(こう)融(ゆう)と同じように］

只有尊空憂。［盃が空になることだけを憂いた］

二子不並世、［陶淵明と孔融は同じ時代に並ぶことはなかったが］

高風両無儔。［その気高さは二人ともに類のないものだった］

我後五百年、［私は二人に後れること五百年］

清夢未易求。［清らかな夢を見ようとしても求めるのは難しい］

【補足】［原文に「曠与婁」とあるのは、陶(とう)淵(えん)明(めい)のもとの詩で黔(けん)婁(ろう)を讃えているので、「婁」が黔婁を指すことは確かであるのだが、「曠」が師(し)曠(こう)を指すことは、師曠を詠んだ詩句を訳者は陶淵明の作品から見出せていないので、必ずしも確かではないのだろう］

　其の五［陶淵明］

袁安困積雪、［袁(えん)安(あん)が積(つ)もる雪(ゆき)に困(こま)らされながらも］

邈然不可幹。［邈然(ひとごとのように)していて、（他人に施しなど）幹(もと)める可(べ)きではないといった］

阮公見銭入、［阮(げん)公(こう)は（縁談を承諾すると）銭(ぜに)が入(はい)ってきてしまうと見(み)て］

即日棄其官。［（その話を嫌って）即(そく)日(じつ)、其(そ)の官(かん)を棄(す)ててしまった］

芻槁有常温、［芻(まぐさ)や槁(わら)だって常(いつ)でも温(ぬくもり)が有(あ)るし］

采莒足朝餐。［莒(いも)を采(と)ったって朝(あさ)餐(めし)にするのに足(た)りるのだ］

豈不実辛苦、［（貧乏暮らしは）実(まこと)に辛(つ)苦(ら)くない豈(わけ)がないけれど］

所懼非饑寒。［（本当に）懼(おそ)れる所(ところ)のものは饑(う)えや寒(さむ)さでは非(ない)のだ］

貧富常交戦、［貧(まずし)さと富(ゆたか)さと（どちらをとるのか）は常(つね)に交(こも)ごも戦(たたか)うものであるのだが］

道勝無戚顔。［道(みち)が勝(か)つときにこそ戚(うれ)いの顔(かお)が無(な)くなる］

至徳冠邦閭、［（二人のような）徳(とく)の至(いた)りは邦(くに)や閭(むら)に冠(かん)たるものとなり］

清節映西関。［清(きよ)らかな節(こころね)は西(みや)関(こ)にたいして映(かがや)くのである］

【補足】［ここでは、後(ご)漢(かん)の袁(えん)安(あん)と晋(しん)の阮(げん)脩(しゅう)を挙げている。貧乏暮らしをしていた袁安はある大雪の日に家に閉じこもって平然と寝ていて、訪ねてきた長官に、「人に施し物を求めるわけにはいかない」といった。阮脩は持参金付きの結婚を勧められると、縛られるのを嫌って、即座に官職を棄てて去ってしまった］

　其の五［蘇軾］

芙蓉雑金菊、［芙(ふ)蓉(よう)と、黄金色の菊が混ざり合って］

枝葉長闌干。［枝や葉を長く垂らしている］

遙憐退朝人、［遠く想い見るに、朝廷から退く方々は］

糕酒出太官。［宮中のお台所からお酒を頂戴する］

豈知江海上、［そうした方々は、まさかこの片田舎で］

落英亦可餐。［落ちた菊の花びらをも食べようとする者がいるなど知りもしない］

典衣作重九、［衣を質に出して重(ちょう)九(きゅう)の祝いをし］

徂歳惨将寒。［惨憺たるありさまの歳が過ぎて寒くなろうとしている］

無衣粟我膚、［衣がなければ、粟粒のような鳥肌が立ち］

無酒顰我顔。［酒がなければ、顔をしかめることになる］

貧居真可嘆、［貧乏住まいはまことに嘆かわしい］

二事長相関。［衣のないことと酒のないことの二つがいつも関係するのだから］

【補足】［蘇軾は自分自身の暮らし向きを歌っている］

　其の六［陶淵明］

仲蔚愛窮居、［仲(ちゅう)蔚(うつ)は窮(くるしい)居(くらし)を愛(あい)し］

繞宅生蒿蓬。［宅(いえ)を繞(めぐ)って蒿(ざっ)蓬(そう)が生(は)えていた］

翳然絶交遊、［翳(ひっ)然(そり)と交(こう)遊(ゆう)を絶(た)ち］

賦詩頗能工。［詩(し)を賦(ふ)すことでは頗(すこぶ)る能(じょうず)で工(たくみ)であった］

挙世無知者、［世(よ)を挙(あ)げて（仲蔚のことを）知(し)る者(もの)は無(な)かったが］

止有一劉龔。［止(た)だ一(ひとり)劉(りゅう)龔(きょう)だけが有(い)た］

此士胡独然、［此(こ)の士(ひと)が胡(どう)して独(ひとり)だけ然(そう)だったのか］

実由罕所同。［実(まこと)に罕(まれ)に（心を）同(おな)じくする所(ところ)があった由(から)だ］

介焉安其業、［介(しっ)焉(かり)と其(そ)の業(すべきこと)に安(やす)んじて］

所楽非窮通。［楽(たの)しむ所(ところ)のものは（世間的に）窮(だめ)だったとか通(うまく)いったとかでは非(なか)ったのだ］

人事固以拙、［（仲蔚も私も）人(ひと)との事(かかわり)が固(もと)より以(とん)と拙(へたくそ)であるから］

聊得長相従。［聊(やは)り長(なが)く（仲蔚に）相(つき)従(したが)って得(いけ)るのであろう］

【補足】［ここでは、後(ご)漢(かん)の張(ちょう)仲(ちゅう)蔚(うつ)を挙げて、長く手本としたいと歌っている。張仲蔚の振る舞いはあたかも陶淵明自身のことであるかのようだ］

　其の六［蘇軾］

老�･亦白髮、［�･(せん)老人もまた白髪で］

相対垂霜蓬。［向き合うと霜を帯びた蓬(よもぎ)を垂らし合うようになる］

賦詩殊有味、［詩を賦すと殊(こと)に味わいがあるが］

渉世非所工。［世を渉(わた)ることは工(たくみ)ではない］

杖藜山谷間、［藜(あかざ)の杖をついて山や谷を歩き］

状類渤海龔。［その様子はかの渤(ぼっ)海(かい)の龔(きょう)遂(つい)に似ている］

半道要我飲、［道の途中で待ち伏せして私と飲もうとするのは］

意与王弘同。［その意(こころ)はかの王(おう)弘(こう)と同じであるのだろう］

有酒我自至、［ただ、私は酒があるところへなら自分から行くので］

不須遣龐通。［（王弘が）龐(ほう)通(つう)之(し)を迎えに遣わしたようなことはしないでよろしい］

門生与児子、［弟子や息子とともに］

杖履聊相従。［杖を持ち履(くつ)をはいて、貴公のお付き合いをするであろう］

【補足】［蘇軾は昔の人ではなく、恵(けい)州知事の�･(せん)範(はん)のことを歌っている］

　其の七［陶淵明］

昔在黄子廉、［昔(むかし) 黄(こう)子(し)廉(れん)が在(い)た］

弾冠佐名州。［弾(だん)冠(かん)（仕官する意）すると名(な)のある州(しゅう)の佐(ふくかん)にまでなった］

一朝辞吏帰、［一(ある)朝(あさ) 吏(やくにん)を辞(や)めて帰(かえ)ると］

清貧略難儔。［清(さっぱり)と貧(まず)しいことは略(ほとん)ど儔(なら)び難(がた)いものがあった］

年饑感仁妻、［ある年(とし)の饑(う)えに（黄子廉が）感(かん)じいったのは 仁(よい)妻(つま)が］

泣涕向我流。［泣(な)いて涕(なみだ)を我(おのれ)に向(む)かって流(なが)したことだった］

丈夫雖有志、［丈(りっぱな)夫(おこと)に志(こころざし)が有(あ)ると雖(して)も］

固為児女憂。［固(もと)より児(こ)や女(つま)の為(ため)には憂(うれ)うのである］

恵孫一晤嘆、［恵(けい)孫(そん)が一(ひと)たび（黄子廉の暮らしぶりを）晤(み)て嘆(かんしん)して］

腆贈竟莫酬。［腆(てあつい)贈(おくりもの)をしたのだが、竟(つい)に酬(う)けることは莫(な)かった］

誰云固窮難、［誰(だれ)が云(い)うのか 「固(こ)窮(きゅう)」は難(むずか)しいと］

邈哉此前修。［邈(はるか)なる哉(かな) 此(こ)の前(さき)の修(てほん)があるではないか］

【補足】［（1）陶(とう)淵(えん)明(めい)は7首連作の最後に「前(ぜん)修(しゅう)」［よき前例］として黄(こう)子(し)廉(れん)を挙げている。ただ、黄子廉がいかなる人物であったのか、この詩以外の資料はないようである。（2）「固(こ)窮(きゅう)」が陶淵明のよく使うキーワードであることは10-2-040aの其の二で見ている。『論(ろん)語(ご)』にある「君子は固(もと)より窮(きゅう)す」に基づき、志のある者は必ず困難に直面するのであって、そのときにいかに節義を守り抜くかが問われるのである。「前修」に思いを馳せることが「固窮」を耐え抜く大きな助けになるというのがこの一連の詩のテーマである］

　其の七［蘇軾］

我家六児子、［我が家には六人の男子がいる］

流落三四州。［三つ四つの州に流落し］

辛苦更不識、［その苦労のほどは見て知っているものではないが］

今与農圃儔。［いまは農民と同じようになっている］

買田帯修竹、［私は農地を買って青い竹をめぐらせ］

築室依清流。［清い流れのところに家を建てようとしている］

未能遣一力、［使いの者を一人送って］

分汝薪水憂。［諸君らの暮らしの心配を軽くするようなことさえもできない］

坐念北帰日、［時折思うのは、北に帰ることが叶う日がきても］

此労未易酬。［諸君らの苦労に酬いることはできないであろう］

我独遺以安、［私が遺せるものといったら「安らか」ということだけだ］

鹿門有前修。［これには鹿(ろく)門(もん)山(ざん)に立派な手本があるのだ］

■【11-2-099a】和陶己酉歳九月九日、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『己(き)酉(ゆう)の歳(とし)の九月九日』に和した。蘇軾の作には短い序文がある。陶淵明のもとの詩は義(ぎ)煕(き)五年［409年］、45歳のときの作。最後に職を辞してから3年後である。

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

十月一日、初めて菊の花が開いた。それで客人と重(ちょう)九(きゅう)の宴を催し、よって陶(とう)淵(えん)明(めい)の『己(き)酉(ゆう)の歳(とし)の九月九日』の一首に次韻した。（漢(かん)の時代の高官であった）胡(こ)広(こう)は菊(きく)潭(たん)の水を飲んで長生きをしたという。しかし、李(り)固(こ)の伝記に付された賛を読むと、李固は胡広のことを全くつまらない人間だとみなしていた。

　［陶淵明］

靡靡秋已夕、［靡靡(するする)と秋(あき)は已(も)う夕(くれ)れようとし］

淒淒風露交。［淒淒(さむざむ)しく風(かぜ)と露(つゆ)とが交(ゆきか)っている］

蔓草不復栄、［蔓(はびこ)っていた草(くさ)は復(も)う栄(さか)えることはなく］

園木空自凋。［園(にわ)の木(き)は空(から)っぽになって自(おのず)と凋(しぼ)んでゆくだけである］

清気澄余滓、［清(きよ)らかな気(き)が余(のこ)る滓(にごり)を澄(す)ませ］

杳然天界高。［杳然(はるか)にも天(てん)界(かい)は高(たか)くにある］

哀蝉無留響、［哀(かな)しくないていた蝉(せみ)ももうその響(ひび)きを留(とど)めてい無(な)い］

叢雁鳴雲霄。［叢(むれ)る雁(かり)が雲(くも)霄(ま)に鳴(な)いている］

万化相尋繹、［万(よろず)の化(へんか)は相(あ)い尋(つ)いで繹(こと)なり］

人生豈不労。［人(ひと)の生(せい)は豈(どうし)たって労(ろう)なしとはいかない］

従古皆有没、［古(いにし)え従(か)ら皆(すべて)に没(しぬ)ということが有(あ)る］

念之中心焦。［之(これ)を念(おも)うと中(こころの)心(まんなか)が焦(こ)げるばかりとなる］

何以称我情、［何(なに)が以(いっ)たい我(わ)が情(こころ)に称(ぴったり)するのか］

濁酒且自陶。［濁(にご)り酒(ざけ)で且(しば)し自(うっ)陶(とり)しようではないか］

千載非所知、［千(せん)載(ねん)のさきのことは知(し)れる所(ところ)では非(ない)のだから］

聊以永今朝。［聊(とり)以(あえず)のところ今(け)朝(さ)は永(ゆったり)としようではないか］

　［蘇軾］

今日我重九、［今日が私の重(ちょう)九(きゅう)の節句である］

誰謂秋冬交。［もう秋と冬の境になっているではないかといわないでほしい］

黄花与我期、［黄色い花と私は期すものがある］

草中実後凋。［草の中にあってもちゃんと後(おく)れて凋(しぼ)むのである］

香余白露乾、［花の香りを余して露が乾き］

色映青松高。［花の色を映して青い松が高くそびえる］

悵望南陽野、［思いをこめて北の方を望み見て］

古潭霏慶霄。［かの菊(きく)潭(たん)に雲がかかるありさまを想い描く］

伯始真糞土、［胡(こ)広(こう)はまことに糞土(がらくた)な人間で］

平生夏畦労。［普段から懸命にへつらってばかりいたから］

飲此亦何益、［菊潭の水を飲んだところで何のよいこともなく］

内熱中自焦。［体内の熱で自分を焦がしていたに違いない］

持我万家春、［私は「万(ばん)家(か)春(しゅん)」の酒を手に持ち］

一酬五柳陶。［ひとたび陶(とう)淵(えん)明(めい)と応酬しようと思う］

夕英幸可掇、［夕方に菊の落花を拾うことができたなら］

継此木蘭朝。［木(もく)蘭(らん)の露を朝に飲んだのに続けて食べようと思う］

■【11-2-101a】和陶読山海経、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の「『山(せん)海(がい)経(きょう)』を読む」に和した。蘇軾の作には短い序文がある。

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

陶(とう)淵(えん)明(めい)の『「山(せん)海(がい)経(きょう)」を読む』十三首」は、そのうちの七首はすべて仙(せん)語(ご)［仙界につての言葉］である。私は『抱(ほう)朴(ぼく)子(し)』を読んで感じるところがあったので、その韻を用いてこれについて賦した。

　其の一［陶淵明］

孟夏草木長、［孟(しょ)夏(か)には草(くさ)や木(き)が長(の)びて］

繞屋樹扶疏。［屋(いえ)を繞(めぐ)る樹(き)が扶(ふさ)疏(ふさ)になる］

衆鳥欣有託、［衆(たくさん)の鳥(とり)が託(そのみをあずける)ところが有(あ)るのを欣(よろこ)んでいる］

吾亦愛吾廬。［吾(わたし)も亦(ま)た吾(わ)が廬(いおり)を愛(あい)している］

既耕亦已種、［既(すで)に耕(たがや)し、亦(ま)た已(すで)に種(う)えたので］

時還読我書。［あいまの時(とき)に還(かえ)って我(わ)が書(しょ)を読(よ)む］

窮巷隔深轍、［窮(おくま)った巷(ろじ)は（役人の乗る車の）深(ふか)い轍(わだち)からは隔(へだ)たっているが］

頗回故人車。［頗(しば)しば故(ゆう)人(じん)は車(くるま)を回(めぐ)らせてくれるので］

歓然酌春酒、［歓(いそ)然(いそ)と春(はる)の酒(さけ)を酌(く)み］

摘我園中蔬。［我(わ)が園(はたけ)の中(なか)から蔬(あおもの)を摘(つ)んでくる］

微雨従東来、［微(かす)かな雨(あめ)が東(ひがし)従(か)ら来(き)て］

好風与之倶。［好(よ)い風(かぜ)も之(これ)と与(とも)に倶(いっしょ)にくる］

泛覧周王伝、［泛(ざっ)と『周(しゅう)王(おう)伝(でん)』を覧(み)て］

流観山海図。［流(さらり)と『山(せん)海(がい)図(ず)』を観(み)る］

俯仰終宇宙、［俯(たち)仰(まち) 宇(う)宙(ちゅう)の終(はて)にまでいってしまうのだから］

不楽復何如。［不(たのし)楽(すぎ)て復(も)う何(どう)如(しよう)もない］

【補足】［（1）『周(しゅう)王(おう)伝(でん)』は、周(しゅう)の穆(ぼく)王(おう)が黄(こう)河(が)を遡って旅をし、最後は西にはての崑(こん)崙(ろん)山(ざん)で西(せい)王(おう)母(ぼ)に会ったという伝説を記した本。『山(せん)海(がい)図(ず)』は『(「)山(せん)海(がい)経(きょう)』の挿絵。（2）其の一は全体の序章に当たり、時節のよいころに、他にすることもなく、不可思議なことが記されている書物を見ることの楽しさを歌っている。（3）陶(とう)淵(えん)明(めい)のこの一連の詩は、『山海経』に記されていることなどを踏まえての作で、『山海経』を詳しく読んでいない者にはさほど面白味がなく、「楽しすぎてもうどうしようもない」というわけにはいかない］

　其の一［蘇軾］

今日天始霜、［今日は天から初めて霜がおり］

衆木斂以疏。［もろもろの木は縮こまってまばらになった］

幽人掩関臥、［静かに暮らす人は門を閉ざして横になり］

明景翻空廬。［澄んだ陽ざしが何もない廬(いおり)に差し込んでくる］

開心無良友、［心を開く良い友もいないので］

寓眼得奇書。［眼を寄せるものとして奇書を引っ張り出してくる］

建�ｺ有遺民、［南に建(けん)徳(とく)という素朴な人々の国があって、いまも子孫がいるらしいが］

道遠我無車。［そこまでの道は遠いし、私には行くための車もない］

無糧食自足、［しかし、食糧がなくてもきっと何とか食えるのであって］

豈謂穀与蔬。［穀物がないとか野菜がないとかいってはならないのだ］

愧此稚川翁、［困難をものともせずに南に旅した稚(ち)川(せん)翁(おう)に対して恥じねばならない］

千載与我倶。［千年を経てともにいたいのはこの稚川翁であって］

画我与淵明、［その人と私と陶(とう)淵(えん)明(めい)を描いたならば］

可作三士図。［三(さん)士(し)の図ができあがるであろう］

学道雖恨晩、［残念なことに、道を学ぶことでは二人に遅れたけれども］

賦詩豈不如。［詩を賦すことについてはそうでもないだろう］

【補足】［蘇軾のこの詩も全体の序章に当たる。陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩は初夏であったのに対して、この詩は秋の終わりである。よい友もいないと、実際とはいささか異なっていることを歌っているのはちょっとした文学的虚構である］

　其の二［陶淵明］

玉台凌霞秀、［玉(ぎょく)台(だい)［神話中の山］が霞(あさやけ)を凌(しの)いで秀(そびえ)たつとき］

王母怡妙顔。［王(おう)母(ぼ)［不老長生の神である西(せい)王(おう)母(ぼ)］は妙(うるわ)しい顔(かお)を怡(やわ)らげる］

天地共倶生、［（西王母は）天(てん)地(ち)と共(とも)に倶(いっしょ)に生(う)まれ］

不知幾何年。［それから幾(どれ)何(ほど)の年(とし)がたったのか知(わか)らない］

霊化無窮已、［（西王母の）霊(れい)化(か)は窮(きわ)まり已(や)むことは無(な)く］

館宇非一山。［（西王母の）館(すま)宇(い)は一(ひと)つの山(やま)だけでは非(ない)］

高酣発新謠、［（穆(ぼく)王(おう)が訪ねてきたときに）高(ごき)酣(げん)で新(あたら)しい謠(うた)を発(うた)ったのだが］

寧效俗中言。［俗(ぞく)中(せけん)の言(ことば)に效(なら)うようなものでは寧(けっし)てなかった］

【補足】［遥か西方に住む不老長生の神である西(せい)王(おう)母(ぼ)伝説を歌っている。周(しゅう)の穆(ぼく)王(おう)は黄(こう)河(が)を遡って西王母に会ったとされている］

　其の二［蘇軾］

稚川雖独善、［稚(ち)川(せん)翁(おう)は独りだけきわだって優れていたのだが］

愛物均孔顔。［孔(こう)子(し)や顔(がん)回(かい)のように他の人も大切にしていたので］

欲使蟪蛄流、［夏の季節しか知らない蝉にも］

知有亀鶴年。［亀や鶴のように千年も万年も生きられることを教えた］

辛勤破封蟄、［封蟄(せまいりょうけん)を打ち破ろうと懸命に努め］

苦語劇移山。［山を移動させるほど力を尽くして述べた］

博哉無窮利、［そのもたらした益は広く無窮で］

千載食此言。［千年にわたってこの言葉に恩恵を被っているのである］

　其の三［陶淵明］

迢遞槐江嶺、［迢(はるか)な遞(はるか)な槐(かい)江(こう)の嶺(みね)］

是謂玄圃丘。［是(これ)は［天帝が住む］玄(げん)圃(ぽ)の丘(おか)だと謂(い)う］

西南望昆墟、［西(せい)南(なん)に昆(こん)墟(きょ)［崑(こん)崙(ろん)山(さん)］を望(のぞ)み］

光気難与儔。［（槐(かい)江(こう)山(ざん)の）光(こう)気(き)は与(とも)に儔(ならぶ)ものが難(ない)のである］

亭亭明玕照、［（槐江山には）亭(たか)亭(だか)と明(あか)るい玕(かん)［宝玉］が照(て)りかがやき］

落落清瑤流。［（ふもとには）落(さら)落(さら)と清(きよ)らかな瑤(よう)（の水）が流(なが)れている］

恨不及周穆、［恨(ざんねん)なのは、（私は）周(しゅう)の穆(ぼく)（王(おう)）のときに及(まにあわ)なくて］

托乗一来遊。［托(いっしょ)に乗(の)せてもらって一(ひと)たび来(き)て遊(あそ)べなかったことだ］

【補足】［周(しゅう)の穆(ぼく)王(おう)が遊んだという不思議な場所について歌っている］

　其の三［蘇軾］

淵明雖中寿、［陶(とう)淵(えん)明(めい)は中(ちゅう)寿(じゅ)［八十歳］にならなかったが］

雅志仍丹丘。［雅(みやび)な志は丹(たん)丘(きゅう)［仙界］に至ることにあった］

遠矣無懐民、［遠く無(む)懐(かい)氏［太古の帝王］の民であろうとして］

超然邈無儔。［超然と誰も行けない遥かなところにあったのである］

奇文出�\息、［息を引き取るときにも優れた文章を作ったのは］

豈復生死流。［生死の境でおたおたする連中とは異なっていた］

我欲作九原、［私は墓場からこの人を起こして］

異世為三遊。［稚(ち)川(せん)翁(おう)とともに世を異にする三人の友になりたいものだ］

　其の四［陶淵明］

丹木生何許、［丹(たん)木(ぼく)は何(ど)許(こ)に生(は)えているのか］

乃在峚山陽。［乃(すなわ)ち峚(みつ)山(ざん)の陽(みなみ)に在(あ)る］

黄花復朱実、［黄(きいろ)い花(はな)がさき、復(ま)た朱(あか)い実(み)をつける］

食之寿命長。［之(これ)を食(た)べると寿(じゅ)命(みょう)が長(なが)くなる］

白玉凝素液、［（峚(みつ)山(ざん)から流れ出る川にある）白(はく)玉(ぎょく)は素(しろ)い液(えき)が凝(かたま)ったもので］

瑾瑜発奇光。［とくに瑾(きん)瑜(ゆ)（の玉）は奇(ふしぎ)な光(ひかり)を発(はっ)する］

豈伊君子宝、［伊(これ)は君(くん)子(し)の宝(たから)というだけでは豈(けっし)てなく］

見重我軒黄。［我(わ)が軒(けん)黄(こう)［太古の皇帝］にも重(おもん)じ見(られ)たものなのだ］

【補足】［これは『山(せん)海(がい)経(きょう)』にある峚(みつ)山(ざん)についての記述をなぞっただけの詩で、特段の面白味はない］

　其の四［蘇軾］

子政信奇逸、［劉(りゅう)向(きょう)はまことに奇逸(すぐれ)た人で］

妙算窮陰陽。［絶妙な算(どうさつ)で陰陽のことわりを窮めた］

淮南枕中訣、［淮(わい)南(なん)王(おう)が遺した『枕(ちん)中(ちゅう)書(しょ)』の要点を掴み］

養煉歳月長。［長い歳月にわたって鍛錬に励んだ］

豈伊臭濁中、［臭気を放つ濁った世の中で］

争此頃刻光。［つかの間の光を争うようなことはしなかった］

安知青藜火、［青い藜(あかざ)の杖から火を発して］

丈人非中黄。［（劉向に天地開闢以前のことを説いた）人はきっと中(ちゅう)黄(こう)真(しん)人(じん)であったのだ］

　其の五［陶淵明］

翩翩三青鳥、［翩(ひら)翩(ひら)ととぶ三(さん)青(せい)鳥(ちょう)］

毛色奇可憐。［毛(け)の色(いろ)は奇(めずら)しくもまた可(かわ)憐(いら)しい］

朝為王母使、［朝(あさ)は（西(せい)）王(おう)母(ぼ)の使(つかい)と為(な)り］

暮帰三危山。［暮(く)れには三(さん)危(き)山(ざん)に帰(かえ)る］

我欲因此鳥、［我(わたし)が欲(のぞ)むには、此(こ)の鳥(とり)に因(よ)って］

具向王母言。［具(つぶさ)に（西(せい)）王(おう)母(ぼ)に向(む)かって言(い)いたい］

在世無所須、［「世(よ)に在(あ)って須(もと)める所(ところ)は無(な)いけれど］

惟酒与長年。［惟(た)だ酒(さけ)与(と)長(なが)年(いき)だけはありたいもの」］

【補足】［西(せい)王(おう)母(ぼ)に仕える三本足の鳥、三(さん)青(せい)鳥(ちょう)を歌っている。求めるものはないといいつつ、酒と長生きを願うのは、一種のジョークであろうか］

　其の五［蘇軾］

乱離棄弱女、［戦乱から逃れようとして、歩けなくなった四歳の娘］

破冢割恩憐。［父は温愛の情を割いて、墓地の壊れた穴に棄てた］

寧知效亀息，［まさか亀に呼吸法を倣い］

三歳号窮山。［山の奥で、三年の間、生き続けるとは知りもしなかった］

長生定可学、［長生きはきっと学べるのだ］

当信仲弓言。［このことを記録した陳(ちん)仲(ちゅう)弓(きゅう)の言葉は信じるべきだ］

支牀竟不死、［牀(ベッド)に身を委ねたまま死ぬことなく］

抱一無窮年。［無窮の年月を過ごす者だっているのだ］

　其の六［陶淵明］

逍遙蕪皐上、［逍(ぶら)遙(ぶら)と蕪(ぶ)皐(こう)（の山）の上(うえ)をゆくと］

杳然望扶木。［杳(はる)然(か)に扶(ふ)木(ぼく)を望(のぞ)むことができる］

洪柯百万尋、［洪(おお)きな柯(えだ)は百(ひゃく)万(まん)尋(じん)のながさ］

森散覆暘谷。［森(わさ)散(わさ)と暘(よう)谷(こく)を覆(おお)っている］

霊人侍丹池、［丹(たん)池(ち)には霊(れい)なる人(ひと)が侍(はべ)っていて］

朝朝為日浴。［朝(あさ)朝(ごと)にここで日(ひ)が浴(みずあ)びを為(す)る］

神景一登天、［神(こうごう)しい景(ひかり)が一(ひと)たび天(てん)に登(のぼ)るなら］

何幽不見燭。［何(どんな)に幽(くら)いところであっても燭(てら)さ見(れ)ないことは不(な)いのだ］

【補足】［この詩が歌っているのは、東の涯の蕪(ぶ)皐(こう)山(ざん)から東を望むと、扶(ふ)木(ぼく)という巨大な木があって、その枝の覆う暘(よう)谷(こく)から太陽が昇るという風景。暘谷には丹(たん)池(ち)があって、そこで太陽は水浴びをする。その手伝いをするのが羲(ぎ)和(わ)という霊(れい)人(じん)＝神女である。『山(さん)海(がい)経(きょう)』に記されているこの奇怪な風景を、陶(とう)淵(えん)明(めい)は果たして事実であるとして受け止めていたのだろうか。そして、蘇軾は葛(かつ)洪(こう)が語る神仙譚をどこまで信じていたのだろうか。2人は、少なくともわれわれよりは真実性を疑う度合いは小さかったのだろう］

　其の六［蘇軾］

二山在咫尺、［（救世の道が得られるという）二つの山は実はすぐ近くにあるのだろう］

霊薬非草木。［霊薬は（普通に見られる）草や木のすがたはしていないのだろう］

玄芝生太元、［玄(げん)芝(し)（という霊薬）は（二山のうちの）太(たい)元(げん)山(ざん)に生え］

黄精出長谷。［黄(こう)精(せい)は長(ちょう)谷(こく)山(ざん)から出るという］

仙都浩如海、［仙(せん)都(と)なるところは海のように広く］

豈不供一浴。［身を清めるためにいくらでも浴びることができる］

何当従山火、［山に火［霊なる働きの象徴］があるなら］

束縕分寸燭。［麻の束に移して、灯火を分けるべきである］

　其の七［陶淵明］

粲粲三珠樹、［粲(きら)粲(きら)と三(さん)珠(しゅ)樹(じゅ)は］

寄生赤水陰。［赤(せい)水(すい)の陰(みなみ)に生(せい)を寄(よ)せている］

亭亭凌風桂、［亭(たか)亭(だか)と風(かぜ)を凌(しの)ぐ桂(かつら)は］

八幹共成林。［八(やっ)つの幹(みき)で共(とも)に林(はやし)を成(つく)っている］

霊鳳撫雲舞、［霊(れい)鳳(ほう)が雲(くも)を撫(な)ぜて舞(ま)い］

神鸞調玉音，［神(しん)鸞(らん)が玉(ぎょく)をころがすような音(おと)を調(かな)でる］

雖非世上宝、［世(せ)上(けん)では宝(たから)とはされ非(な)いものではある雖(けれ)ど］

爰得王母心。［爰(ここ)に（西(せい)）王(おう)母(ぼ)の心(こころ)を得(とらえ)ているのだ］

【補足】［この詩で、陶(とう)淵(えん)明(めい)は自由にイメージを飛翔させることを楽しんでいるようだ。この詩に従って、不思議な林の光景を描いた屏風画を想像するとよいのかもしれない］

　其の七［蘇軾］

蜀士李八百、［蜀(しょく)の士(ひと)、李(り)阿(あ)は八百歳になっても］

穴居呉山陰。［呉(ご)山(さん)の北の穴に住んでいた］

黙坐但形語、［黙って坐り、形をつくって語り］

従者紛如林。［弟子として従う者が林をつくるほど大勢いた］

其後有李�ｪ、［その後に李(り)寛(かん)という人がいて、李阿その人のようにいわれていたが］

雞鵠非同音。［李阿と李寛は鶏と鵠(おおとり)ほどに違っていた］

口耳固多偽、［口から耳へと伝えられることは偽りが多く］

識真要在心。［真実を知る要(かなめ)は心にあるのだ］

　其の八［陶淵明］

自古皆有没、［古(いにし)え自(か)ら皆(みな)に没(しぬこと)が有(あ)って］

何人得霊長。［何(だ)人(れ)であっても、霊(すぐ)れて長(なが)くいきて］

不死復不老、［不(ふ)死(し)であったり、復(また)は不(ふ)老(ろう)であったり］

万歳如平常。［（一(いち)）万(まん)歳(さい)になっても平(ふだ)常(ん)の如(まま)であるなどいうわけにはいかないのだ］

赤泉給我飲、［赤(せき)泉(せん)のみずを我(わたし)に飲(の)ませて給(く)れて］

員丘足我糧。［員(いん)丘(きゅう)［木の実］で我(わたし)の糧(はら)を足(みた)すなら］

方与三辰遊、［方(き)っと三(さん)辰(しん)［太陽、月、星］と与(とも)に遊(あそ)んで］

寿考豈渠央。［寿(じゅ)考(みょう)は豈(けっ)して央(つ)きることは渠(ない)のだろうに］

　其の八［蘇軾］

黄花冒甘谷、［甘(かん)谷(こく)を覆うのは黄色い菊の花］

霊根固深長。［その霊妙な根は深く長い］

廖井窖丹砂、［廖(りょう)氏の村では穴倉に丹(たん)砂(さ)を蓄えていて］

紅泉湧尋常。［紅い泉が普通にわいていた］

二女戲口鼻、［百七十歳まで生きた趙(ちょう)瞿(く)は、口と鼻の間で二人の微小な娘を遊ばせ］

松膏以為糧。［松やにを食べ物としていた］

聞此不能寝、［こうした話を聞いて私は眠れなくなり］

起坐夜未央。［起き上がって考え続け、夜は明けなかった］

【補足】［「其の八」では2人とも不老長生の術について歌っている。ともに可能性はあると信じていたのだろう］

　其の九［陶淵明］

誇父誕宏志、［誇(か)父(ほ)には誕(ばか)宏(でか)い志(こころざし)があった］

乃与日競走。［乃(それ)でお日(ひ)さま与(と) 競(きょう)走(そう)をした］

倶至虞淵下、［倶(とも)に虞(ぐ)淵(えん)［太陽が沈むところ］の下(した)にまで至(いた)ったときには］

似若無勝負。［似(あたか)も勝(しょう)負(ぶ)が無(な)いかの若(よう)であった］

神力既殊妙、［（誇父の）神(ふしぎ)な力(ちから)はそれだけ既(すで)に殊(こと)に妙(すぐ)れていたので］

傾河焉足有。［（喉が渇いたと）河(かわ)を傾(かたむ)けて（飲み干したところで）焉(どうし)て足(た)りることが有(あ)ろうか］

余跡寄�ｹ林、［（誇父は死んで）余(のこ)った（杖の）跡(あと)が�ｹ(とう)林(りん)（の大森林）と寄(な)ったのだ］

功竟在身後。［功(いさお)は竟(つい)いには身(み)を（喪った）後(のち)に在(あ)ったのである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は、太陽と競争するというおよそ無意味なことをして死んだ巨人に、なぜか強く惹かれた］

　其の九［蘇軾］

【補足】［蘇軾のこの詩は何を言いたいのかさっぱりわからないので、岩垂憲徳・釈清潭・久保天随訳解『蘇東坡詩集』（1927年）にある読み下し文をそのまま写しておく。いつか理解の及んだときに訳文を補いたい］

談道鄙俗儒、［道(みち)を談(だん)ずる 鄙(ひ)俗(ぞく)の儒(じゅ)］

遠自太史走。［遠(とお)く太(たい)史(し)走(そう) 自(より)す］

仲尼実不死、［仲(ちゅう)尼(じ) 実(じつ)は死(し)せ不(ず)］

於聖亦何負。［聖(せい)に於(お)いて亦(また) 何(なん)ぞ負(そむ)かむ］

紫文出呉宮、［紫(し)文(ぶん) 呉(ご)宮(きゅう)に出(い)で］

丹雀本無有。［丹(たん)雀(じゃく) 本(も)と有(あ)る無(な)し］

遼哉広桑君、［遼(はるか)なる哉(かな) 広(こう)桑(そう)君(くん)］

独顕三季後。［独(ひと)り三(さん)季(き)の後(のち)に顕(あら)わる］

　其の十［陶淵明］

精衛銜微木、［（海で溺れ死んだ恨みをはらそうと鳥に化した）精(せい)衛(えい)は微(ちい)さな木(き)を銜(くわ)えて］

将以填滄海。［将(それ)で以(も)って滄(あお)い海(うみ)を填(う)めてしまおうとした］

刑天舞干戚、［（猛獣の）刑(けい)天(てん)は（天帝と争って首を斬られても）干(たて)と戚(おの)をふりまわして舞(ま)い］

猛志固常在。［猛(たけだけ)しい志(こころざし)は固(もと)のまま常(つね)に在(あ)りつづけたのだった］

同物既無慮、［（精衛は）ほかの物(もの)［鳥］と同(おな)じになっても、既(もとよ)り慮(きにかける)ことも無(な)く］

化去不復悔。［（刑天は）化(しん)で去(しま)ってからも、復(けっ)して悔(く)いたりし不(なか)った］

徒設在昔心、［徒(むなし)く在(むかし)昔(のまま)の心(こころ)を設(たも)っていたところで］

良晨詎可待。［良(よ)い晨(あさ)は詎(どう)あっても待(ま)って可(く)れるものではないのだろうに］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は、其の八に続いて、精(せい)衛(えい)や刑(けい)天(てん)といった激しい心を持ったものへの共感は抱きつつも、復讐心が報われるのは難しいと歌っている］

　其の十［蘇軾］

金丹不可成、［金(きん)丹(たん)［仙薬］はおいそれと作れるものではなく］

安期渺雲海。［（有名な仙人の）安(あん)期(き)生(せい)は東の海の遥か彼方に行ってしまった］

誰謂黄門妻、［一方で、程(てい)偉(い)が仙薬作りに苦心惨憺していたときに］

至道乃近在。［実はその妻こそが道を得た人で、意外にも金丹の術は近くにあったのだ］

屍解竟不伝、［妻は昇仙してしまって、その術はついに程偉には伝えられなかったので］

化去空余悔。［妻が去ってからは、空しく悔いばかりが残ったのだ］

丹成亦安用、［いずれにしても、金丹はあったところで用のないものであろう］

禦気本無待。［気(き)を正しく制御するのは、薬の作用を待つまでもなくできるはずであるのだから］

　其の十一［陶淵明］

巨猾肆威暴、［巨(ひど)く猾(ずる)い（危(き)危(き)は）肆(ほしいまま)に威(い)暴(ぼう)をふるってを（窫(あつ)窳(ゆ)らを殺し）］

欽駓違帝旨。［欽(きん)駓(ぴ)は帝(みかど)の旨(こころ)に違(そむ)いて（祖(そ)江(こう)を殺した）］

窫窳強能変、［窫(あつ)窳(ゆ)は（殺された後で）強(けんめい)に能(うま)く（竜のような姿に）変(か)わったのだが］

祖江遂独死。［祖(そ)江(こう)は遂(つい)に独(ひと)り死(し)んでしまった］

明明上天鑒、［しかし、明(あか)明(あか)と上(じょう)天(てん)の鑒(かがみ)はかがやき］

為悪不可履。［悪(あく)を為(な)したところで、履(なしと)げ可(られ)るものでは不(な)いのだ］

長梏固已劇、［長(なが)く梏(しば)られることは固(もと)より已(すで)に劇(はげ)しいものがあったから］

●鶚豈足恃。［●(しゅん)や鶚(みさご)に（変身して逃れようとしても）豈(どう)したって恃(うま)く足(ゆ)くはずがなかったのだ］　●(しゅん)は�氈{鳥という字

【補足】［危(き)危(き)と欽(きん)駓(ぴ)の二人の悪者について、悪事は結局は成功しないということを詠んでいる。陶(とう)淵(えん)明(めい)は王朝の交代を目の前で見たので、この詩はそれを風刺するものであろうという］

　其の十一［蘇軾］

鄭君故多方、［鄭(てい)隠(いん)は数々の道術を得ていた］

元翁所親指。［それは（葛(かつ)洪(こう)の祖父の）葛(かつ)元(げん)翁(おう)の教えを受けたものだった］

奇文二百篇、［鄭隠は優れた文章を二百篇のこしたのだが］

了未出生死。［ついに生死の境から出るものではなかった］

素書在黄石、［黄(こう)石(せき)公(こう)には『素(そ)書(しょ)』があって］

豈敢辞跪履。［（張(ちょう)良(りょう)はそれを授かるためならと）跪(ひざまず)いて履(くつ)をはかせることもした］

万法等成壊、［万物はどれもできては壊れるものであるけれど］

金丹差可恃。［金(きん)丹(たん)だけはいくらか頼みがいがあったりするのだろうか］

　其の十二［陶淵明］

鴟●見城邑、［鴟(し)●(しゅ)（という鳥）が城(まち)や邑(むら)に見(あら)われるときには］　●(しゅ)は「朱＋鳥」という字

其国有放士。［其(そ)の国(くに)に放(ほう)士(し)［放逐された人］が有(い)るという］

念彼懐王世、［念(おも)うのは彼(か)の懐(かい)王(おう)（が屈(くつ)原(げん)を追いやった）世(じだい)］

当時数来止。［当(とう)時(じ)は（鴟(し)●(しゅ)が）数(しば)しば来(き)たの止(だ)った］

青丘有奇鳥、［青(せい)丘(きゅう)には奇(めずら)しい鳥(とり)が有(い)て］

自言独見爾。［自(みずか)ら言(い)うには「（他意はなく）独(ひと)り見(あら)われた爾(だけ)です」と］

本為迷者生、［本(ほんとう)は迷(まど)う者(もの)の為(ため)に生(あら)われるのであって］

不以喩君子。［君(くん)子(し)を以(わざ)わざ喩(さと)そうとするものでは不(な)いのだ］

【補足】［前の「其の十一」に続いて、奇怪な伝説に基づいて、現在の政治情勢を風刺する詩であるとの解釈もあるが、何がいいたいのか明らかではない。蘇軾はこれをどのように理解したのだろうか］

　其の十二［蘇軾］

古強本庸妄、［わしは四千歳だといっていた古(こ)強(きょう)なんぞは庸(ぼんくらな)妄(ほらふき)であったし］

蔡誕亦誇士。［仙界に行ってきたといっていた蔡(さい)誕(たん)もやはり誇士(おおぶろしき)であった］

曼都斥仙人、［曼(まん)都(と)が「斥けられた仙人」と呼ばれていたのは］

謁帝軽挙止。［天帝に拝謁したものの軽率な振る舞いをして叱られたと嘘をいったからだ］

学道未有得、［道を学んで得るところがないくせに］

自欺誰不爾。［自身をも欺く駄法螺を並べた阿呆な連中であったのだ］

稚川亦隘人、［稚(ち)川(せん)［葛(かつ)洪(こう)］もまた了見の狭い人で］

疏録此庸子。［こうしたぼんくらどものことまでその著作に無駄に載せたのだった］

　其の十三［陶淵明］

巌巌顕朝市、［（一国の大臣は）巌(いか)巌(めし)く朝(ちょう)（廷(てい)）や市(まち)に顕(あら)われでるのだから］

帝者慎用才。［帝(みかど)たる者(もの)は慎(つつ)しんで才(さい)あるものを用(もち)いなければならない］

何以廃共鯀。［（堯(ぎょう)の時代に）何(ど)以(う)して共(きょう)（工(こう)）と鯀(こん)が（不埒だとして）廃(はい)されたのかというと］

重華為之来。［重(ちょう)華(か)［舜(しゅん)］が之(これ)を為(たす)けたの来(だ)った］

仲父献誠言、［仲(ちゅう)父(ほ)［管(かん)仲(ちゅう)］は誠(まこと)の言(ことば)を献(けん)じたのだが］

姜公乃見猜。［姜(きょう)公(こう)［桓(かん)公(こう)］には乃(かえ)って猜(うたが)わ見(れ)てしまった］

臨没告饑渇、［（忠告を聞かなかった姜公は臣下に背かれて）没(し)ぬ臨(まぎわ)に饑(うえ)と渇(かわき)を告(うった)えたけれど］

当復何及哉。［当(もは)や復(も)う何(どう)したって及(まにあ)いはしないの哉(だ)った］

【補足】［最後は『山(せん)海(がい)経(きょう)』から離れ、史実から題材を拾っている。先の2首に関連して、為政者は誰の言葉を信じるべきかということを歌っているようだ］

　其の十三［蘇軾］

東坡信畸人、［東(とう)坡(ば)居(こ)士(じ)はまことに畸(き)人(じん)である］

渉世真散材。［世(よ)渉(わた)りについてはまったくの散材(やくたたず)である］

仇池有帰路、［仇(きゅう)池(ち)に帰るべき路があることはかつて夢に見ている］

羅浮豈徒来。［羅(ら)浮(ふ)山(ざん)に来たのは何か理由があるのだろう］

踐蛇及茹蠱、［ここに来て蛇を踏んだり虫を茹でて食べたりしているが］

心空了無猜。［心は空(くう)で、ついに猜(そね)むようなことはない］

携手葛与陶、［葛(かつ)洪(こう)と陶(とう)淵(えん)明(めい)と手を携えて］

帰哉復帰哉。［帰ろうではないか、帰ろうではないか……］

【補足】［ここで見たそれぞれ13首ずつの詩は、意味が汲み取りにくく、現代のわれわれの関心をひくようなものではないのだが、2人にとっては重要な関心事を歌ったものであるのだろう］

■【11-3-007a】和陶詠二疏

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)が「二(に)疏(そ)」を詠んだ詩に和した。「二疏」は理想的な退隠を果たしたことで有名な漢(かん)の時代の疏(そ)広(こう)とその甥の疏(そ)受(じゅ)。

【訳文】

　［陶淵明］

大象転四時、［大(おお)いなる象(かたち)［自然］は四(よっ)つの時(とき)［四季］にしたがって転(てん)じ］

功成者自去。［功(こう)を成(な)した者(もの)は自(おの)ずから去(さ)る］

借問衰周来、［借(ちょい)と問(と)うのだが、周(しゅう)が衰(おとろ)えて来(から)ののち］

幾人得其趣。［幾(いく)人(にん)が其(そ)の趣(ことわり)を得(わか)っていたのだろうか］

遊目漢廷中、［目(め)を漢(かん)の廷(ちょうてい)の中(なか)に遊(あそ)ばせると］

二疏復此挙。［二(に)疏(そ)復(だけ)が此(こ)のことを挙(なしとげ)たのだった］

高嘯返旧居、［（二疏は）高(たか)らかに嘯(うそぶ)きつつ旧(もと)の居(すまい)に返(かえ)ることにし］

長揖儲君傅。［儲(こう)君(たいし)の傅(せんせい)であることに長(なが)の揖(わかれをつげ)たのである］

餞送傾皇朝、［餞(みお)送(くり)は皇(ちょう)朝(てい)を傾(あ)げておこなわれ］

華軒盈道路。［華(はな)やかな軒(くるま)が道(どう)路(ろ)に盈(みちあふ)れた］

離別情所悲、［離(り)別(べつ)は（二疏にとっても）情(こころ)に悲(かな)しむ所(ところ)のものであったが］

余栄何足顧。［余(さら)なる栄(ほまれ)などは何(なん)ら顧(かえり)みるに足(た)りないのだった］

事勝感行人、［この事(ふるまい)の勝(すぐ)れていることには行(い)きがかりの人(ひと)までも感(かん)じいり］

賢哉豈常誉。［「賢(かしこ)いこと哉(かな)」といったのは常(ありきたり)の誉(ほめことば)では豈(けっ)してなかったのだ］

厭厭閭里歓、［厭(ゆる)厭(ゆる)と閭(むら)里(ざと)でのくらしを歓(たの)しみ］

所営非近務。［営(いとな)む所(ところ)のものは近(ふつう)に務(すべきこと)とは非(ちが)っていた］

促席延故老、［席(せき)を促(もう)けて故(ろう)老(じん)たちを延(まね)き］

揮觴道平素。［觴(さかずき)を揮(ふる)って平(むかし)素(のこと)を道(かた)りあった］

問金終寄心、［（故(ろう)老(じん)たちが）金(かね)について問(と)うたのは終(き)っと（二疏に）心(こころ)を寄(よ)せるからなのだが］

清言暁未悟。［（二疏は）清(すがすが)しい言(ことば)で（故(ろう)老(じん)たちが）未(ま)だ悟(わか)っていないのを暁(さと)したのだった］

放意楽余年、［つまり、意(こころ)を放(じゆう)にさせて余(のこ)りの年(とし)を楽(たの)しむのであって］

遑恤身後慮。［身(しんだ)後(あと)の慮(しんぱい)まで恤(うれ)いたりする遑(いとま)はないのだ、と］

誰云其人亡、［誰(ひと)は云(い)うであろう、其(そ)の人(ひと)はもう亡(いな)い、と。しかし、］

久而道弥著。［久(なが)くたつに而(つれ)て、道(みち)（正しい理(ことわり)）は弥(いよ)いよ著(あきら)かになっているのだ］

　［蘇軾］

二疏事漢時、［二(に)疏(そ)は漢(かん)の朝廷に仕えていたときから］

跡寓心已去。［身は世間の中に置きつつも、心はすでに世の外に去っていた］

許侯何足道、［許(きょ)伯(はく)が（自身の弟を皇太子の補佐役に推薦したのは）全くもって話にもならず］

寧識此高趣。［二疏の気高さを到底知ることなどできなかったのだ］

可憐魏丞相、［いくらかましだったのは宰相だった魏(ぎ)相(そう)で（許伯の先の推薦を疏広が退けたと聞くと）］

免冠謝陋挙。［愚かしい申し出をした者があったことを、冠を脱いで皇帝に詫びたのだった］

中興多名臣、［あたかもそれは漢朝の中興のときで、名臣が多くいたのだが］

有道獨両傳。［まことの道(みち)［正しい理(ことわり)］があったのは二疏だけであった］

世途方轂撃、［世間の途(みち)は車がぶつかり合うように錯雑としていて］

誰肯行此路。［あえて二疏のような路(みち)を行こうとする者はいない］

是身如委蛻、［人の身は蛻(ぬけがら)をこの世に委ねているようなもので］

未蛻何所顧。［それから脱け出る前も蛻(ぬけがら)などは顧みるまでもなく］

已蛻則両忘、［脱け出てしまえば、この世のことも蛻(ぬけがら)も忘れてしまうのであって］

身後誰毀誉。［死んだ後で、誰かが褒めようが謗ろうどうでもよいのだ］

所以遺子孫、［子孫に遺すべきものはといえば］

買田豈先務。［田を買うのは、決して先に選ぶようなことではない］

我嘗遊東海、［私はかつて東の海のほとりを旅し］

所歴若有素。［通りすがりながらも二疏とはもとからの所縁(ゆかり)があったように感じた］

神交久従君、［神(こころ)の交わりを二疏と長く結び］

屡夢今乃悟。［しばしば夢にまで見たけれど、いまこそわかったことがある］

淵明作詩意、［陶(とう)淵(えん)明(めい)がこの詩を作った意(こころ)は］

妙想非俗慮。［俗人の思慮の及ばない優れた考えであったのだ］

庶幾二大夫、［少しでも二疏に近づきたいと願う］

見微而知著。［微かなところ見て、真に明らかなことを知るべきである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は己の意志で帰隠を果たし、それに対して蘇軾は流(る)謫(たく)の身。陶淵明の意(こころ)を、「妙想非俗慮」［妙(みょう)想(そう)は俗(ぞく)慮(りょ)に非(あら)ず］と詠んだ蘇軾の心中はどのようであったのか］

■【11-3-008a】和陶詠三良

【解題】春(しゅん)秋(じゅう)時(じ)代(だい)に、秦(しん)の穆(ぼく)公(こう)の遺命に従って殉死した三兄弟、すなわち「三(さん)良(りょう)」をテーマに詠んだ詩。殉死は悪しき行為であるとみるのが儒学の伝統であって、陶(とう)淵(えん)明(めい)も蘇軾もそのように考えていた。

　［陶淵明］

弾冠乗通津、［（三(さん)良(りょう)が）冠(かんむり)を弾(はじ)いて［出仕したことをいう］、通(たいせつ)津(なちい)に乗(つ)くと］

但懼時我遺。［但(ただ)ただ懼(おそ)れたのは時(とき)のながれに我(じぶん)が遺(とりのこ)されないかということであった］

服勤尽歳月、［勤(つと)めに服(ふく)して歳(さい)月(げつ)を尽(つく)し］

常恐功愈微。［常(つね)に恐(おそ)れたのは功(こうせき)が愈(いつまで)も微(わずか)でしかないことだった］

忠情謬獲露、［忠(ちゅう)の情(こころ)によって謬(かたじけなく)も露(みとめ)られることを獲(え)て］

遂為君所私。［遂(つい)に君(くんしゅ)によって私(とくべつ)にたいせつにされる所(ところ)と為(な)ったのだった］

出則陪文輿、［そとに出(で)るときには則(いつ)も（穆(ぼく)公(こう)の乗(の)る］文(かざら)れた輿(くるま)に陪(つきしたが)い］

入必侍丹帷。［なかに入(はい)るときには必(かなら)ず（穆公のいる）丹(あか)い帷(とばり)のもとに侍(はべ)った］

箴規嚮已従、［箴(いさめの)規(ことば)は嚮(ひびく)ように已(すで)に従(したが)われ］

計議初無欠。［計(はかり)議(ごと)は初(はじ)めから欠(か)けたところが無(な)かった］

一朝長逝後、［一(ある)朝(あさ)、（穆公が）長(とこしえ)に逝(い)ってしまった後(あと)で］

願言同此帰。［（三良は）願(ねが)って言(ここ)に同(おな)じく此(あのよに)帰(ゆこう)とした］

厚恩固難忘、［（穆公の）厚(あつ)い恩(おん)は固(もと)より忘(わす)れ難(がた)く］

君命安可違。［（殉死せよとの）君(くん)命(めい)には安(け)っして違(そむ)くことは可(でき)ないのだった］

臨穴罔惟疑、［（三人の墓となる）穴(あな)に臨(のぞ)んで惟(ただ)に疑(うたが)うことは罔(な)かったし］

投義志攸希。［義(ぎ)にわがみを投(とう)じるのは志(こころ)に希(ねが)う攸(ところ)であった］

荊棘籠高墳、［荊棘(いばら)が（三良の）高(たか)い墳(つか)を籠(おお)い］

黄鳥声正悲。［（三良の死を悼む）黄(うぐ)鳥(いす)の声(こえ)は正(まさ)に悲(かな)しい］

良人不可贖、［良(よ)い人(ひと)のいのちは贖(かいもどす)ことは可(で)き不(な)いのだ］

泫然沾我衣。［泫(ぼろ)然(ぼろ)となみだがおちて我(わたし)の衣(ころも)を沾(ぬ)らすのである］

　［蘇軾］

此生太山重、［この命は太(たい)山(ざん)よりも重いものであるのに］

忽作鴻毛遺。［たちまち鳥の羽毛よりも軽いものとされてしまった］

三子死一言、［三(さん)良(りょう)は穆(ぼく)公(こう)のたった一言のために死んだのであって］

所死良已微。［死ななければならなかった理由はごく小さかったのだ］

賢哉晏平仲、［晏(あん)嬰(えい)こそは賢者であって］

事君不以私。［私情によって主君に仕えることはしなかった］

我豈犬馬哉、［「わたしは犬や馬ではない］

従君求蓋帷。［主君の車や帷(とばり)の近くにいることを求めはしない］

殺身固有道、［我が身を殺すにしてももとより道(みち)に従うのであって］

大節要不欠。［大きな節義を欠かしてはならないのだ］

君為社稷死、［主君が国ために死ぬのなら］

我則同其帰。［私も一緒に死ぬであろう］

顧命有治乱、［遺命を顧みて、国を治めるものと乱すものがあるのなら］

臣子得従違。［臣下としては従うこともあれば、背くことだってある」］

魏顆真孝愛、［魏(ぎ)顆(か)はまことに孝であり愛のある人であった］

三良安足希。［三良が及ぶところの者ではない］

仕宦豈不栄、［仕官は栄(さかえ)とすべきものなのであろうけれど］

有時纏憂悲。［憂いや悲しみがまつわりついてくる］

所以靖節翁、［だから陶(とう)淵(えん)明(めい)は］

服此黔婁衣。［黔(けん)婁(ろう)のようにつんつるてんの衣を着て生きることにしたのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は「三(さん)良(りょう)」を哀れむ思いを歌っているが、蘇軾は殉死を否定した上で、「三良」の評価もかなり低い。己の能力によって国家枢要の地位にまで昇ろうとする宋(そう)代(だい)の士(し)大(たい)夫(ふ)の心意気からしたら、君主の非人道的な殉死の命令に従うのは愚か者のすることなのである］

■【11-3-009a】和陶詠荊軻

【解題】荊(けい)軻(か)について詠んだ陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩に和した。荊軻は中国史上最も有名な刺客。陶淵明の詩はその事績を詠んだもの。

【訳文】

　［陶淵明］

燕丹善養士、［燕(えん)の（国の太子である）丹(たん)は善(よ)く士(し)を養(やしな)っていた］

志在報強嬴。［その志(こころざし)は強(つよ)い（秦(しん)の国の王である）嬴(えい)［後の始(し)皇(こう)帝(てい)］に報(むく)いることに在(あ)った］

招集百夫良、［百(ひゃく)夫(にん)の良(すぐれたもの)を招(まね)き集(あつ)め］

歳暮得荊卿。［歳(とし)の暮(くれ)に荊(けい)卿(けい)［荊(けい)軻(か)］を得(え)た］

君子死知己、［君(くん)子(し)は己(おのれ)を知(し)るもののために死(し)ぬのだと］

提劍出燕京。［（荊軻は）劍(けん)を提(ひっさげ)て燕(えん)の京(みやこ)を出(で)ることになった］

素驥鳴広陌、［素(しろ)い驥(うま)が広(ひろ)い陌(みち)で鳴(いなな)き］

慷慨送我行。［慷(ひどく)慨(たかぶ)って我(けいか)の行(たび)を送(おく)った］

雄髪指危冠、［（荊軻の）雄(さかだ)った髪(かみ)は危(たか)い冠(かんむり)を指(さ)しつらぬき］

猛気衝長纓。［猛(たけだけ)しい気(きはく)によって（冠を結ぶ）長(なが)い纓(ひも)は衝(はじ)かれたのだった］

飲餞易水上、［易(えき)水(すい)の上(ほとり)で餞(はなむけ)（の酒）を飲(の)み］

四座列群英。［四(まん)座(ざ)には群(たくさんの)英(りっぱなひと)が列(なら)んだ］

漸離撃悲筑、［（荊軻の親友の）漸(ぜん)離(り)が悲(かな)しげに筑(ちく)［楽器］を撃(う)ち］

宋意唱高声。［（勇士である）宋(そう)意(い)が高(たか)らかな声(こえ)で唱(うた)った］

蕭蕭哀風逝、［蕭(ざわ)蕭(ざわ)と哀(かな)しい風(かぜ)が逝(ふ)き］

淡淡寒波生。［淡(ゆら)淡(ゆら)と寒(つめた)い波(なみ)が生(しょう)じた］

商音更流涕、［商(しょう)［音階の一つ］の音(おと)に（客人は）更(それぞれ)に涕(なみだ)を流(なが)し］

羽奏壮士驚。［羽(う)［音階の一つ］の奏(しらべ)に壮(そう)士(し)［＝荊軻］は驚(めをいから)せた］

心知去不帰、［（荊軻は）心(こころ)には去(ゆ)けば帰(かえ)ることが不(な)いと知(し)っていて］

且有後世名。［且(それ)でも後(のち)の世(よ)に名(な)を有(のこ)すとおもっていた］

登車何時顧、［車(くるま)に登(のぼ)った（荊軻は）何(いつ)時(まで)も顧(かえり)みることなく］

飛蓋入秦庭。［蓋(くるまのやね)を飛(と)ばすようにして秦(しん)の庭(りょうち)に入(はい)った］

凌�脂z万里、［凌(はげしい)��(いきおい)で万(ばん)里(り)を越(こ)え］

逶迤過千城。［逶(うね)迤(うね)と千(せん)の城(まち)を過(とおりす)ぎた］

図窮事自至、［（荊軻が差し出した）図(ず)が窮(きわま)ったところで（暗殺の）事(こと)が自(つい)に至(クライマックス)となり］

豪主正怔営。［豪(だけだけ)しい（秦の）主(おう)も正(まさし)く怔(おそ)れて営(あわて)たのだった］

惜哉剣術疏、［惜(お)しい哉(かな) （荊軻の）剣(けん)術(じゅつ)が疏(へぼ)だったために］

奇功遂不成。［奇(めずら)しい功(ミッション)も遂(つい)に成(な)しとげられ不(な)かったのだった］

其人雖已没、［其(そ)の人(ひと)は已(も)う没(し)んでしまった雖(けれ)ども］

千載有余情。［千(せん)載(ねん)たっても有(あ)り余(あま)る情(じょう)がつたわっているのである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は穏やかな暮らしを得ようと退隠したのだが、その一方で、荊(けい)軻(か)のように「猛(もう)志(し)」［→作品番号11-2-101aの其の九］を抱く人物を慕う激しいところもあった］

　［蘇軾］

秦如馬後牛、［東(とう)唇(しん)の元(げん)帝(てい)は帝室の司(し)馬(ば)氏の子ではなくて父親は牛(ぎゅう)氏であったように］

呂氏非復嬴。［秦(しん)の始(し)皇(こう)帝(てい)も王室の嬴(えい)氏の子ではなく父親は呂(りょ)氏であった］

天欲厚其毒、［天は秦の害毒をよりひどいものにしようとしたのか］

仮手李客卿。［李(り)斯(し)の手を借りて秦の天下統一を成し遂げさせ］

功成志自満、［功が成って志が満ちたときに］

積悪如陵京。［積もり積んだ悪が岡のように巨大になった］

滅身会有時、［身を滅ぼすには必ずその時がある］

徐観可安行。［じっくり観るならしずしずとそこへと進んでいくことがわかる］

沙丘一狼狽、［沙(さ)丘(きゅう)で始皇帝が死ぬと近臣はあわてふためき］

笑落冠与纓。［それは知者が冠を落として大笑いするほどのものであった］

太子不少忍、［燕(えん)の太子はそうなるまで辛抱することができなかったのである］

顧非万人英。［つまりは万人のなかで特に傑出した人物ではなかったのだ］

魏韓裂智伯、［かつて魏(ぎ)桓(かん)子(し)と韓(かん)康(こう)子(し)が横暴を極めた趙(ちょう)襄(じょう)子(し)を滅ぼしたときには］

肘足本無声。［声を出さずに肘と足で合図したのだった］

胡為棄成謀、［どうして燕の太子は成算のある計画を立てずに］

托国此狂生。［一国の運命を荊(けい)軻(か)のような愚か者に託してしまったのか］

荊軻不足説、［荊軻は言うに足りない人物であったが］

田子老可驚。［荊軻を推薦した田(でん)光(こう)が老いぼれてしまったのはただ驚くばかりである］

燕趙多奇士、［燕には優れた人物が多いといわれていたが］

惜哉亦虚名。［惜しいことに誰もが虚名にすぎなかったのだ］

殺父囚其母、［始皇帝は本当の父を殺し、母を閉じ込めたのであるから］

此豈容天庭。［天の朝廷おいては赦されるような者ではなかった］

亡秦只三戸、［楚(そ)には三戸となっても秦を滅ぼすとの意志があった］

況我数十城。［まして燕には数十もの町があったではないか］

漸離雖不傷、［（荊軻を見送った）高(こう)漸(ぜん)離(り)は遺志を継いで始皇帝を襲った］

陛戟加周営。［傷つけるには至らなかったが、始皇帝はあわてて警護の兵を増やした］

至今天下人、［今に至るも天下の人々は］

愍燕欲其成。［燕が成功すればよかったのにと残念に思っている］

廃書一太息、［私は書物を置いて大きく嘆息する］

可見千古情。［千年来の人の情(こころ)はここに見ることができるのだ］

【補足】［異論好きの蘇軾は、荊(けい)軻(か)は言うに足りない人物だったと断じて人を驚かせる］

■【11-3-014a】和陶移居二首、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『居(すまい)を移す』の詩に和した。陶淵明の詩は44歳のときに火事にあって南の村に引っ越したときのことを3年ほど経ってから詠んだものだという。蘇軾の作には序文がある。

【訳文】

引(いん)［序文］

私は去年の三月に、川の東の嘉(か)祐(ゆう)寺(じ)から合(ごう)江(こう)楼(ろう)に居(すまい)を遷(うつ)した。それから一年になり、病(やまい)がちで歓びが少なく、川の東の楽しみを強く懐(おも)っていたところ、帰(き)善(ぜん)県に数畝(ほ)の空き地を得た。老人たちがここに昔は白(はく)鶴(かく)観(かん)があったというので、心に欣(よろこ)びが湧き、ここに住むことに決めた。そこで陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩に和した。

　其の一［陶淵明］

昔欲居南村、［昔(むかし)、南(みなみ)の村(むら)に居(す)もうと欲(し)たのは］

非為卜其宅。［其(そこ)に宅(いえ)をつくるのがよいとの卜(うらない)をした為(ため)では非(なか)った］

聞多素心人、［素(さっぱり)とした心(こころ)の人(ひと)が多(おお)いと聞(き)いて］

楽与数晨夕。［数(しば)しば晨(あさ)も夕(ゆう)も与(とも)にいようと楽(ねが)ったからであった］

懐此頗有年、［此(こ)のように懐(おも)ううちに頗(すこぶ)る年(とし)が有(た)ち］

今日従茲役。［今(きょ)日(う)になって茲(こ)の役(しごと)［引っ越し］に従(したが)うことになった］

敞廬何必広、［敞(すま)廬(い)というものは何(なに)も必(かなら)ずしも広(ひろ)くなくてよいのであって］

取足蔽床席。［床(ねどこ)と席(すわるところ)を蔽(おお)うに足(じゅうぶん)であればよいと取(す)るものだ］

隣曲時時来、［隣(となり)曲(きんじょ)のひとが時(しば)時(しば)来(き)てくれて］

抗言談在昔。［抗(あつ)く言(かた)るのは在(その)昔(むかし)の談(はなし)だ］

奇文共欣賞、［奇(すぐ)れた文(ぶん)を共(とも)に欣(よろこ)んで賞(あじ)わい］

疑義相与析。［義(いみ)に疑(うたが)いがあるときには相(いっ)与(しょ)に析(しら)べるのである］

　其の一［蘇軾］

昔我初来時、［昔、私が恵(けい)州に来たばかりのときは］

水東有幽宅。［川の東に静かな住まいがあった］

晨与烏鵲朝、［夜明けには烏や鵲(かささぎ)といっしょに起き］

暮与牛羊夕。［日暮れには牛や羊といっしょに帰った］

誰令遷近市、［誰が町中に近いところに移動させたのか］

日有造請役。［日々に応接の煩わしさがあるようになった］

歌呼雑閭巷、［歌ったり呼んだりする声が路地の奥にまで行き交い］

鼓角鳴枕席。［太鼓やら角(つのぶえ)やらが枕もとで鳴ったりもする］

出門無所詣、［門を出ても尋ねるによいところがなく］

楽事非宿昔。［前のような楽しみはまったくなくなってしまった］

病痩独弥年、［病んで痩せ衰えて独り年を越して］

束薪与誰析。［薪を束ねるような仕事をいっしょにする者もいないのである］

　其の二［陶淵明］

春秋多佳日、［春(はる)と秋(あき)には佳(よ)い日(ひ)が多(おお)いから］

登高賦新詩。［高(たか)くに登(のぼ)って新(あたら)しい詩(し)を賦(ふ)したりする］

過門更相呼、［門(もん)を過(よ)ぎるときには更(たが)いに呼(よ)び相(あ)って］

有酒斟酌之。［酒(さけ)が有(あ)れば之(それ)を斟(やったり)酌(とったり)する］

農務各自帰、［農(のら)務(しごと)のときは各(おの)おの自(じぶん)のところに帰(かえ)っているのだが］

閑暇輒相思。［閑(ひ)暇(ま)ができると輒(すぐ)に相(あちら)を思(おも)い］

相思則披衣、［相(あちら)を思(おも)うと則(さっそ)く衣(ころも)を披(ひっか)けてでかけ］

言笑無厭時。［言(い)ったり笑(わら)ったり、厭(あ)きる時(とき)が無(な)い］

此理将不勝、［此(ここ)にある理(ことわり)は将(きっ)と勝(すぐれ)れて不(いない)ということはないだろう］

無為忽去茲。［忽(かるがる)しく茲(ここ)から去(さ)るようなことを為(し)てはなら無(な)いのだ］

衣食当須紀、［衣(い)食(しょく)は当(あたりまえ)に須(きちん)と紀(こしらえる)ものであって］

力耕不吾欺。［力(はげんで)耕(はたらく)ことは吾(わたし)を欺(あざむ)きは不(しない)のである］

【補足】［引っ越した後の充実した日々を陶(とう)淵(えん)明(めい)は歌っている。その根底には、自身の働き［力(りき)耕(こう)］によって衣食を得ることがあると、最後の句でいっている］

　其の二［蘇軾］

��潭転碕岸、［突き出している岸辺を、潭(ふち)で生じた渦巻きが巡る］

我作江郊詩。［そのおもしろさに私は『江(こう)郊(こう)の詩』を作った］

今為一廛氓、［いま私は一つの廛(すまい)を持つ民になろうとしている］

此邦乃得之。［この邦(くに)にいるからこそこのようにもできるのだ］

葺為無邪斎、［屋根を葺いて「無(む)邪(じゃ)斎(さい)」と名付けよう］

思我無所思。［私には思うところがないといえるようになりたいと思うからだ］

古観廃已久、［古い道教の寺院はずっと前に廃墟になり］

白鶴鶴何時。［そこにいたであろう白い鶴はいつ帰ってくるのやら］

我豈丁令威、［私はかの丁(てい)令(れい)威(い)ではないけれど］

千歳復還茲。［千年の後にまたここに戻ってくるであろうか］

江山朝福地、［ここの江山からなら福(ふく)地(ち)［仙境］の朝に詣でることができるであろう］

古人不吾欺。［古(いにしえ)の人［葛(かつ)洪(こう)をいうのであろう］は私を欺きはしないのだ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩は、新しい住まいでの近隣の人々との交流を詠んですこぶる現実的かつ庶民的であるが、蘇軾は孤り仙界へと飛翔しようとしている］

■【11-3-016a】和陶桃花源、并引

【解題】偽作であろうと疑われている『桃(とう)花(か)源(げん)』の詩に和し、陶(とう)淵(えん)明(めい)の『桃(とう)花(か)源(げん)の記(き)』に準じた序文を添えた。

【訳文】

『桃花源記』［陶淵明］

晋太元中、武陵人捕魚為業。縁溪行、忘路之遠近。忽逢桃花林、夾岸数百歩、中無雑樹、芳華鮮美、落英繽紛。漁人甚異之。復前行、欲窮其林。

林尽水源、便得一山、有小口、髣髴若有光。便捨船、従口入。初極狹、纔通人。復行数十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舎儼然。有良田美池桑竹之属。阡陌交通、鷄犬相聞。其中往来種作、男女衣著、悉如外人。黄髮垂髫、並怡然自楽。

見漁人、乃大驚、問所従来。具答之。便要還家、為設酒殺鷄作食。村中聞有此人、咸来問訊。自云先世避秦時乱、率妻子邑人来此絶境、不復出焉、遂与外人間隔。問今是何世、乃不知有漢、無論魏晋。此人一一為具言所聞、皆歎惋。余人各復延至其家、皆出酒食。停数日、辞去。此中人語云、「不足為外人道也。」

既出、得其船、便扶向路、処処誌之。及郡下、詣太守、説如此。太守即遣人随其往、尋向所誌、遂迷、不復得路。

南陽劉子驥、高尚士也。聞之、欣然規往。未果、尋病終。後遂無問津者。

［晋(しん)の太(たい)元(げん)中(ねんかん)［陶(とう)淵(えん)明(めい)より数十年前］のこと、武(ぶ)陵(りょう)の人(ひと)で魚(うお)を捕(とら)えることを業(なりわい)と為(す)るものがいて、溪(たに)に縁(そ)って行(ゆ)くうちに、路(みち)之(の)遠(とお)い近(ちか)いも忘(わす)れてしまった。忽(たちま)ち桃(もも)の花(はな)の林(はやし)に逢(あ)った。岸(きし)を夾(はさ)んで数(すう)百(ひゃく)歩(ほ)にわたって、その中(なか)に（桃ではない）樹(き)が雑(ま)じることは無(な)かった。芳(かぐわ)しい華(はな)が鮮(あざ)やかに美(うつく)しく、英(はなびら)が繽(ひら)紛(ひら)と落(お)ちるのであった。漁(さかなとり)の人(ひと)は甚(はだ)はだ之(これ)を異(ふしぎ)におもい、復(ま)た前(まえ)に行(すす)んで、其(そ)の林(はやし)を窮(きわ)めようと欲(し)た。

林(はやし)は水(みず)の源(みなもと)で尽(つ)き、便(そこ)に一(ひと)つの山(やま)が得(あ)り、小(ちい)さな口(くち)が有(あ)って、髣(ほの)髴(か)に光(ひかり)が有(あ)るかの若(よう)であった。便(そこ)で船(ふね)を捨(す)て、口(くち)従(よ)り入(はい)った。初(はじ)めは極(きわ)めて狹(せま)く、纔(わずか)に人(ひと)を通(とお)すだけであった。復(ま)た行(ゆ)くこと数(すう)十(じゅう)歩(ほ)で、豁(か)然(ら)りと開(ひら)けて朗(あか)るくなった。土(と)地(ち)は平(たい)らで曠(ひろ)く、屋(たて)舎(もの)は儼(りっ)然(ぱ)であった。良(よ)い田(た)や美(うつく)しい池(いけ)や、桑(くわ)や竹(たけ)之(の)属(たぐい)も有(あ)って、阡(みち)と陌(みち)とが交(まじ)わり通(つう)じ、鷄(にわとり)や犬(いぬ)のこえが相(こも)ごも聞(き)こえた。其(そ)の中(なか)を（人が）往(おう)来(らい)し、（作物を）種(う)えて作(つく)り、男(だん)女(じょ)の著(き)ている衣(ころも)は、悉(ことごと)く外(よそのくに)の人(ひと)の如(よう)であった。黄(ろう)髮(じん)も垂髫(こども)も並(なら)んで怡(うれ)然(しげ)で自(おのずか)ら楽(たの)しんでいるのだった。

（そこの人々は）漁(さかなとり)の人(ひと)を見(み)て、乃(すぐ)に大(おお)いに驚(おどろ)き、従(よ)って来(き)た所(ところ)を問(たず)ねたので、具(くわ)しく之(それ)に答(こた)えた。便(そし)て、要(むか)えて（そこの人々の）家(いえ)に還(かえ)り、このひとの為(ため)に酒(さけ)を設(もう)け鷄(とり)を殺(ころ)して食(しょくじ)を作(つく)った。村(むら)の中(なか)の（人々は）此(こ)の人(ひと)が有(い)ると聞(き)いて、咸(みな)が来(き)て問(と)い訊(たず)ねた。（人々が）自(みずか)ら云(い)うには、「先(さき)の世(よ)に秦(しん)の時(とき)の乱(みだ)れを避(さ)け、妻(さい)子(し)や邑(むら)の人(ひと)を率(ひき)いて此(こ)の（世間との関りの）絶(た)えた境(せかい)に来(き)て、復(また)た出(で)ることは不(なく)なったの焉(でし)た。遂(つい)には外(そと)の人(ひと)与(と)は間(あいだ)が隔(ひら)いたのです」と。また。「今(いま)は何(なん)の世(よ)で是(あ)りますか」と問(と)い、乃(つま)りは漢(かん)の有(あ)ることを知(し)ら不(な)いし、無(む)論(ろん)のこと魏(ぎ)や晋(しん)はしらないのだった。此(こ)の人(ひと)は一(ひと)つ一(ひと)つその為(ため)に具(くわし)く聞(き)かれた所(こと)を言(い)って、皆(みな)が歎(おどろき)惋(なげ)いたのだった。余(ほか)の人(ひと)も各(それ)ぞれに復(ま)た延(まね)いて其(そ)の家(いえ)に至(つれてい)き、皆(みな)が酒(さけ)や食(しょくじ)を出(だ)した。停(とど)まること数(すう)日(じつ)で、辞(わか)れて去(さ)った。此(ここ)の中(なか)の人(ひと)が語(つ)げて云(い)うには、「外(そと)の人(ひと)の為(ため)に道(い)う足(ほど)のことでは不(な)い也(です)よ」と。

既(すで)に出(で)て、其(もと)の船(ふね)を得(え)て、便(すぐ)に向(さき)の路(みち)に扶(そ)ってゆき、処(ところ)処(どころ)に之(ここ)だと誌(しるし)をつけた。郡(まち)の下(なか)に及(つ)くと、太(たい)守(しゅ)のところに詣(もう)でて、此(こ)の如(よう)に説(はな)したのだった。太(たい)守(しゅ)は即(すぐ)に人(ひと)を遣(や)って其(そ)の（漁師が）往(ゆ)くのに随(したが)わせ、向(さき)に誌(しるし)をつけた所(ところ)を尋(たず)ねさせた。しかし、遂(つい)に迷(まよ)って、復(ま)た路(みち)を得(え)ることはでき不(な)かった。

（かの有名な隠者である）南(なん)陽(よう)の劉(りゅう)子(し)驥(き)は高(たか)く尚(すぐ)れた士(し)で也(ある)が、之(これ)を聞(き)いて、欣(よろ)然(こん)で往(い)こうと規(こころ)みた。しかし、未(とう)とう果(はた)せないままに、尋(つ)いで病(や)んで終(お)わってしまった。後(のち)には遂(つ)いに津(ゆくみち)を問(と)う者(もの)もい無(な)くなったのである。

引(いん)［序文］［蘇軾］

世伝桃源事多過其実、考淵明所記止言先世避秦乱来此、則漁人所見似是其子孫、非秦人不死者也。

又云殺雞作食、豈有仙而殺者乎。

旧説南陽有菊花水、水甘而芳、民居三十余家、飲其水皆寿、或至百二三十歳。

蜀青城山老人村、有見五世孫者。道極険遠、生不識塩醯、而溪中多枸杞、根如竜蛇、飲其水故寿。近歳道稍通、漸能致五味、而寿亦益衰。

桃源蓋此比也歟。使武陵太守得而至焉、則已化為争奪之場久矣。

嘗思天壤之間若此者甚衆、不独桃源。

余在潁州、夢至一官府，人物与俗間無異、而山川清遠、有足楽者、顧視堂上、榜曰仇池。覚而念之、仇池武都氐故地、楊難当所保、余何為居之。

明日以問客、客有趙令畤徳麟者曰、公何為問此、此乃福地小有洞天之附庸也。杜子美蓋云、万古仇池穴、潜潛通小有天。

他日工部侍郎王欽臣仲至謂余曰、吾嘗奉使過仇池、有九十九泉、万山環之、可以避世如桃源也。

［世間で桃(とう)花(か)源(げん)のこととして言い伝えているものの多くは事実を誇張しすぎている。陶(とう)淵(えん)明(めい)が記しているのは、先の世に秦(しん)の乱れを避けてここに来たというだけであって、漁師が見たのはその子孫で、秦の時代の人が死なずにいたわけではない。また、鶏を殺して食べていると記してある。桃花源の人々がもしも仙人であったなら、生き物を殺すようなことはしないはずだ。

旧い説に南(なん)陽(よう)に菊(きく)花(か)水(すい)というところがあって、そこの水は甘くて芳しく、三十余りの家があって、その水を飲んで長生きをしていて、百二三十歳に至る者もいるとある。

蜀(しょく)の青(せい)城(じょう)山(ざん)には老人がたくさんいる村があって、五世の孫を見る者もいるという。道が極めて険しくて遠く、そこの人々は塩も酢も知らない。溪の中には枸(く)杞(こ)が多くあり、その根は竜のようにわだかまっている。そこの水を飲むから長生きなのである。近年はやや道が通じるようになって、次第に五味を味わうようになって、長寿であることもだんだんと衰えてきているという。

桃花源とはきっとこのようなところであるのだろう。もしも武(ぶ)陵(りょう)の太守がそこに行くことができたなら、ずっと前に争奪の場となってしまっていただろう。

思うに、天地の間にはこのようなところがきっとたくさんあって、桃花源だけではないのである。

私は潁(えい)州にいたときに、夢でとある役場に行き、そこの人々はこの俗世と異なるところはなかったけれども、山や川は清らかで十分に楽しめるものであった。振り返って建物の上を見ると「仇(きゅう)池(ち)」と書いた額があった。目が覚めてから考えると、仇池というのは武(ぶ)都(と)の旧くは氐(てい)族が棲んでいたところで、いまは楊(よう)難(なん)当(とう)が守備に就いているのであった。どうして私はそのようなところに行ったのだろうか。

翌日、そのことを人々に尋ねると、趙(ちょう)令(れい)畤(じ)［字(あざな)は徳(とく)麟(りん)］がこのようにいった。

「あなたはどうしてそのようなことを問われるのですか。仇池とは、小(しょう)有(ゆう)洞(どう)天(てん)に付属する仙界に通じるところでありませんか。杜(と)甫(ほ)の詩にもこうあります。

万古仇池穴、［万(ばん)古(こ) 仇(きゅう)池(ち)の穴(あな)］

潜通小有天。［潜(ひそ)かに通(つう)じる小(しょう)有(ゆう)天(てん)］」

別の日に、王(おう)欽(きん)臣(しん)［字は仲(ちゅう)至(し)］が私にこのようにいった。

「私はあるとき使命を受けて仇池に行ったことがあります。九十九の泉があって、一万の山がそのまわりにありました。世を避けるのに桃花源のようなところでありました」

　［陶淵明］

嬴氏乱天紀、［嬴(えい)氏(し)［秦(しん)の王室］が天(てん)の紀(ちつじょ)を乱(みだ)したときに］

賢者避其世。［賢(けん)者(じゃ)は其(そ)の世(よ)を避(さ)けた］

黄綺之商山、［（たとえば）黄(こう)（公(こう)）や綺(き)（里(り)季(き)）は商(しょう)山(ざん)に之(い)ってかくれたのだが］

伊人亦云逝。［伊(こ)の人(ひと)たちも亦(ま)た云(ここ)に逝(い)ったのだった］

往迹浸復湮、［往(い)った迹(あと)は浸(だんだん)と復(ま)た湮(うずも)れて］

来逕遂蕪廃。［来(き)た逕(みち)は遂(つい)には蕪(あ)れて廃(すた)れてしまった］

相命肆農耕、［（ここにきた人々は）相(それ)ぞれに命(めい)じあって農(のう)耕(こう)に肆(つと)め］

日入従所憩。［日(ひ)が入(しず)むと憩(いこ)うような所(やりかた)を従(と)った］

桑竹垂余蔭、［桑(くわ)や竹(たけ)が余(あま)るほどの蔭(かげ)を垂(た)らすようになり］

菽稷随時藝。［菽(まめ)や稷(きび)を時(とき)に随(したが)って藝(う)えた］

春蠶収長糸、［春(はる)の蠶(かいこ)から長(なが)い糸(いと)が収(と)れ］

秋熟靡王税。［秋(あき)に熟(う)れたものは王(おう)の税(ぜい)としてとられることは靡(な)いのだ］

荒路曖交通、［荒(くさのは)えた路(みち)が曖(ほのか)に交(まじ)わり通(つう)じ］

鷄犬互鳴吠。［鷄(にわとり)や犬(いぬ)が互(たが)いに鳴(な)いたり吠(ほ)えたりしている］

俎豆猶古法、［俎(まつりの)豆(うつわ)は猶(なお)も古(いにしえ)の法(やりかた)のままであるし］

衣裳無新製。［衣(い)裳(しょう)も新(あたら)しい製(モード)などは無(な)い］

童孺縦行歌、［童(こども)孺(たち)は縦(きまま)に行(あるき)ながら歌(うた)い］

斑白歓遊詣。［斑(ろうじん)白(たち)は歓(たのし)げに遊(あそ)び詣(めぐ)っている］

草栄識節和、［草(くさ)が栄(しげ)ってくると節(じせつ)が和(なご)やかになったと識(し)り］

木衰知風�氏B［木(き)が衰(おとろ)えてくると風(かぜ)が��(はげ)しくなったと知(し)る］

雖無紀歴誌、［紀(こよ)暦(み)を誌(しる)したものなどは無(な)く雖(て)も］

四時自成歳。［四(よっ)つの時(きせつ)が自(おの)ずから歳(とし)を成(つく)るのである］

怡然有余楽、［怡(うれしい)然(こと)といったら余(ありあま)るほどの楽(たの)しさが有(あ)るのだから］

于何労智慧。［何(なに)に于(お)いて智(ち)慧(え)を労(わずらわ)すことがあろうか］

奇蹤隠五百、［奇(ふしぎ)な蹤(あと)が隠(かく)れてから五(ご)百(ひゃくねん)］

一朝敞神界。［一(ある)朝(あさ)のこと神(しん)界(かい)が（われらのまえに）敞(ひら)かれたのだった］

淳薄既異源、［（しかし）淳(じゅんぼく)な（桃(とう)花(か)源(げん)）と薄(けいはく)な（現世）とは既(すで)に源(みなもと)からして異(こと)なるので］

旋復還幽蔽。［旋(たちま)ち復(ま)た（桃花源は）幽(くら)く蔽(とざ)されたところへと還(かえ)ってしまったのだった］

借問游方士、［借(ち)とお問(たず)ねしますが、方(ちつじょのなか)で游(うろうろ)する士(みなさま)がたよ］

焉測塵囂外。［焉(どうした)って塵(よごれ)て囂(がやがや)とした（現世の）外(そと)のことなど測(はかりしる)ことはできませんでしょうな］

願言躡軽風、［（わたしが）願(ねが)うのは、言(そう)だ、軽(かろ)やかな風(かぜ)を躡(ふ)んで］

高挙尋吾契。［高(たか)く挙(あが)って吾(わ)が契(ちぎり)のところ［桃花源］を尋(たず)ねることなのだ］

【補足】［これは後人の偽作といわれている通り、新味のない蛇足であるようだ］

　［蘇軾］

凡聖無異居、［凡人と聖人はいるところを分けているわけではない］

清濁共此世。［この世において清(せい)と濁(だく)はいっしょくたになっているのである］

心閑偶自見、［心が静まっているとたまたま桃(とう)花(か)源(げん)のようなところが見えたりし］

念起忽已逝。［しかし、おかしな念(ねん)が起こるとそれはすぐにどこかに消えてしまう］

欲知真一処、［真にこれ一つというところを知ろうとするには］

要使六用廃。［眼、耳、鼻、舌、身、意の六つとも廃さなければならない］

桃源信不遠、［桃花源は実は遠いところにあるのではない］

藜杖可小憩。［杖をついてちょっと休憩するくらいで行けるのだ］

躬耕任地力、［それはすなわち、自ら耕して、できばえを大地の力に任せ］

絶学抱天藝。［学問を断って、天の与えてくれた技芸に任せることであろう］

臂雞有時鳴、［肘が鶏なら時がくれば鳴いてくれるし］

尻駕無可税。［尻が駕籠なら費用なしで乗れる］

苓亀亦晨吸、［蓮に乗る亀は長く生きる呼吸をし］

杞狗或夜吠。［長寿をもたらす枸(く)杞(こ)は神の犬によって守られている］

耘樵得甘芳、［草や木から甘く芳しいものを得て］

齕噛謝炮制。［焼いたり煮たりしないでそのまま食べる］

子驥雖形隔、［劉(りゅう)子(し)驥(き)は実際に桃花源に行こうとしたけれども、遠く隔たったままだったが］

淵明已心詣。［陶(とう)淵(えん)明(めい)は心のなかですでに至ったのである］

高山不難越、［行こうとすれば、高い山だって越えられないことはないし］

浅水何足�氏B［浅い水なら衣をちょいと挙げればよいだけだ］

不如我仇池、［それはそうと、私は仇(きゅう)池(ち)へと］

高挙復幾歳。［高く挙がって行ったのは何年前であったのか］

従来一生死、［もとより生と死は一つであると知っていた］

近又等癡慧。［近頃では愚かなのも賢いのも等しくなっている］

蒲澗安期境、［恵(けい)州の近くには安(あん)期(き)生(せい)がいた菖(しょう)蒲(ぶ)澗(かん)もあれば］

羅浮稚川界。［葛(かつ)洪(こう)がいた羅(ら)浮(ふ)山(ざん)もある］

夢往従之遊、［夢に安期生や葛洪と遊び］

神交廃吾蔽。［私を覆うつまらぬものをなくすなら、神(こころ)の交わりができるのだ］

桃花満庭下、［庭に桃の花が咲き］

流水在戸外。［戸の外に水が流れる――ならばここがすでに桃花源であろう］

卻笑逃秦人、［そう思うと、秦(しん)の世の乱れから逃げたという人々は］

有畏非真契。［恐れを抱いていたのであるから、仙界と真の契りを結んだのではなかったのだ］

■【11-3-036a】和陶乞食

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『食(しょく)を乞(こ)う』という詩に和した。

　［陶淵明］

饑来駆我去、［饑(う)えが来(き)て、我(わたし)を駆(か)りたてて去(ゆ)かせる］

不知竟何之。［竟(いった)い何(どこ)に之(い)ったらよいのか知(わか)ら不(な)い］

行行至斯里、［行(ゆ)きまた行(ゆ)き、斯(こ)の里(さと)に至(いた)り］

叩門拙言辞。［門(もん)を叩(たた)いて拙(しどころもどろ)に言辞(ことば)をならべる］

主人解余意、［主(しゅ)人(じん)は余(わたし)の意(こころ)を解(わか)ってくれて］

遺贈豈虚来。［その遺(おくり)贈(もの)は豈(けっし)て来(き)たことを虚(むな)しくはしなかった］

談諧終日夕、［談(はなし)がぴったり諧(あ)って、日(ひ)の夕(く)れがたも終(お)わって］

觴至輒傾杯。［觴(さかずき)が至(く)れば輒(すぐ)に杯(さかずき)を傾(かたむ)けるのであった］

情欣新知歓、［情(こころ)のうちで新(あたら)しく知(し)りあった歓(よろこ)びを欣(うれ)しくおもい］

言詠遂賦詩。［言(ことば)を詠(よ)んで遂(つい)いには詩(し)を賦(ふ)した］

感子漂母恵、［子(あなた)の「漂(ひょう)母(ぼ)の恵(めぐ)み」に感(かん)じ］

愧我非韓才。［我(わたし)には韓(かん)の才(さい)が非(な)いことを愧(は)じるばかりだ］

銜戢知何謝、［こころに銜(ふく)み、くちに戢(おさ)めて何(どのよう)に謝(かんしゃ)したらよいのか知(わか)らない］

冥報以相貽。［せめて冥(あのよ)からの報(むく)いで以(も)って相(あなた)に貽(おく)ることにしよう］

【補足】［（1）終わりの方にある「漂(ひょう)母(ぼ)の恵み」とは韓(かん)信(しん)の故事［→作品番号10-2-021］である。韓信は若いころは貧乏で、漂母［洗濯婆さん］から施し物をもらってどうにか暮らしていた。後に漢(かん)の高(こう)祖(そ)を助けて天下統一の事業を成し遂げ、漂母に十分な恩返しをした。（2）陶(とう)淵(えん)明(めい)は韓信のようにはできないので、「あの世から恩返しをします」といった。この「冥(めい)報(ほう)」について蘇軾はかつて短文を記していた［→作品番号06-3-026］］

　［蘇軾］

荘周昔貸粟、［昔、荘(そう)子(し)は貧乏で籾(もみ)米(こめ)を借り］

猶欲舂脱之。［自分で舂(つ)いて脱穀しようとした］

魯公亦乞米、［魯(ろ)公(こう)［顔(がん)真(しん)卿(けい)］もまた米を乞い］

炊煮尚不辞。［自ら煮炊きすることも辞さなかった］

淵明端乞食、［陶(とう)淵(えん)明(めい)こそは食を乞い］

亦不避嗟来。［嗟(さ)来(らい)［さあさあもらいにおいで］の招きも避けなかった

嗚呼天下士、［ああ天下にこの人ありとされる士(し)でも］

死生寄一杯。［死ぬか生きるかは一杯の飯によるのだ］

斗水何所直、［一斗の水にはさほどの価値はないけれど］

遠汲苦姜詩。［姜(きょう)詩(し)は母のために遠く苦労して汲みに行った］

幸有余薪米、［幸いにも私には薪も米も余裕があって］

養此老不才。［この老いた不才の身を養うことができている］

至味久不壊、［ここに至(し)味(み)［最高の味わい］があって、それは永久に壊れないものであるから］

可為子孫貽。［子孫に贈るべきはこれなのである］

■【11-3-038a】和陶和胡西曹示顧賦曹韻

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『胡(こ)西(せい)曹(そう)の詩に和して、あわせて顧(こ)賦(ふ)曹(そう)に示す』という詩に和した。西曹も賦曹も役職の名称で、胡と顧がどのような人であったのかは知られていない。陶淵明の原作は、紫の葵(あおい)に託して志の遂げられない嘆きを歌っているのに対して、蘇軾の詩は、長(ちょう)春(しゅん)花(か)を惜しみつつ、王(おう)朝(ちょう)雲(うん)を悼み思うものであるとされている。

【訳文】

　［陶淵明］

蕤賓五月中、［蕤(すい)賓(ひん)［は音階の五番目］、すなわち五(ご)月(がつ)の中(うち)の］

清朝起南䴙。［清(きよ)らかな朝(あさ)に、南(みなみ)から䴙(すずしいかぜ)が起(た)つ］

不駛亦不遅、［駛(はや)くも不(な)く、亦(ま)た遅(おそ)くも不(な)く］

飄飄吹我衣。［飄(ふわ)飄(ふわ)と我(わたし)の衣(ころも)を吹(ふ)く］

重雲蔽白日、［重(かさ)なる雲(くも)が白(たい)日(よう)を蔽(おお)って］

閑雨紛微微。［閑(しず)かに雨(あめ)が紛(みだ)れて微(しと)微(しと)とふる］

流目視西園、［目(め)を流(うつ)して西(にし)の園(はたけ)を視(み)ると］

曄曄栄紫葵。［曄(きら)曄(きら)と紫(むらさき)の葵(あおい)が栄(さか)えている］

於今甚可愛、［今(いま)に於(おい)ては甚(はなは)だ愛(め)でる可(べ)きものであるのだが］

奈何当復衰。［当(きっ)と復(ま)た衰(おとろ)えてしまうのを奈(どうす)何(ること)もできない］

感物願及時、［物(もの)に感(かん)じて、（そのもっともよい）時(とき)を及(とら)えたいと願(ねが)うが］

毎恨靡所揮。［毎(いつ)も恨(くやしい)ことに揮(ふる)っても（飲むべき）所(ところ)の（酒が）靡(な)いのだ］

悠悠待秋稼、［悠(ゆる)悠(ゆる)と秋(あき)の稼(みのり)を待(ま)っていたところ］

寥落将賒遅。［寥(さびし)く落(かれ)てしまって、将(どうや)ら賒(あてにしていた)ものを遅(とりそこな)ってしまったのだった］

逸想不可淹、［逸(はや)る想(おも)いは淹(とど)め可(よう)が不(な)く］

猖狂独長悲。［猖(もの)狂(くる)おしく独(ひと)り長(なが)く悲(かな)しむのである］

　［蘇軾］

長春如稚女、［長(ちょう)春(しゅん)花(か)は若い娘のように］

飄颻倚軽颸。［飄(ゆら)颻(ゆら)と軽やかな風に寄り添っている］

卯酒暈玉頬、［朝の酒に玉(たま)の顔(かんばせ)をぽっと染めて］

紅綃巻生衣。［おろしたての紅(あか)い衣を巻いたかのよう］

低顔香自斂、［顔を垂れて香りを内におさめ］

含睇意頗微。［目に思いを含ませた様子はなかなかに微妙である］

寧当娣黄菊、［菊と比べたらその姉とすべきであって］

未肯姒戎葵。［葵(あおい)と比べてもその妹というわけではないだろう］

誰言此弱質、［見かけはいかにも弱々しいだのが］

閲世観盛衰。［世の盛衰を実は見守っているのである］

頩然疑薄怒、［つんとして少し怒っているようにも見えるので］

沃盥未可揮。［化粧をするための水を差し出すのをはばかれもする］

瘴雨吹蛮風、［ところが、熱気を含んだ雨と南の荒い風が吹いて］

凋零豈容遅。［凋んで枯れてしまうのをとどめることはできなかった］

老人不解飲、［老人は飲んで思いを解くこともできずに］

短句余清悲。［不十分ながらもこの悲しみを短いに句に託すしかない］

■【11-3-050a】和陶歳暮作和張常侍、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『歳(とし)の暮(く)れに張(ちょう)常(じょう)侍(じ)に和(わ)す』という詩に和した。張常侍［常侍は官職名］は陶淵明の親類であるという。蘇軾の作には序文がある。

【訳文】

引(いん)［序文］［蘇軾］

十二月二十五日、酒がなくなった。米を取って酒を造ろうと思ったが、米もまた尽きてしまった。

このとき、呉(ご)遠(えん)遊(ゆう)と陸(りく)道(どう)士(し)が客人として私のところにいた。陶(とう)淵(えん)明(めい)の『歳(せい)暮(ぼ)に張(ちょう)常(じょう)侍(じ)に和(わ)す』の詩を読み、私もまた酒のないことを嘆いたのだった。そこでその詩の韻を用いて詩を作って二人に贈った。

【補足】［2人の客人の呉(ご)遠(えん)遊(ゆう)は呉(ご)復(ふく)古(こ)、陸(りく)道(どう)士(し)は陸(りく)惟(い)忠(ちゅう)のことである］

　［陶淵明］

市朝悽旧人、［市(まち)や朝(ちょうてい)の（このごろの）できごとは旧(ふる)い人(ひと)のこころを悽(いた)ませる］

驟驥感悲泉。［（歳月は）驟(はやい)驥(うま)のように（走りゆき）、悲(ひ)泉(せん)（日の落ちるところ）があるのをいたみ感(かん)じる］

明旦非今日、［明(あした)の旦(あさ)はもう今日(きょう)では非(な)いのだ］

歳暮余何言。［歳(とし)の暮(く)れに余(わたし)は何(なに)も言(い)えない］

素顔斂光潤、［素(す)の顔(かお)からは光(ひかり)も潤(うるお)いも斂(なくな)ってしまい］

白髮一已繁。［白(はく)髮(はつ)だけが一(ひとえ)に已(すで)に繁(たくさん)あるのだ］

闊哉秦穆談、［闊(おかしな)ことであった哉(なあ)、秦(しん)の穆(ぼく)（公(こう)）が談(かた)ったのは］

旅力豈未愆。［（自分に限っては）旅(せぼね)の力は豈(けっし)て愆(うしな)われはし未(な)いと（ありえないことを）いったのだ］

向夕長風起、［夕(ゆう)べに向(むか)って長(とおく)からの風(かぜ)が起(おこ)り］

寒雲没西山。［寒(さむ)ざむとした雲(くも)が西(にし)の山(やま)に没(かく)れる］

�囚視C遂厳、［��(びし)��(びし)と気(き)が遂(つい)に厳(きび)しくなり］

紛紛飛鳥還。［紛(ちら)紛(ほら)と飛(と)ぶ鳥(とり)は還(かえ)ってゆく］

民生鮮常在、［民(たみ)の生(くらし)が常(いつも)のように在(あ)ることは鮮(すくな)くて］

矧伊愁苦纏。［矧伊(まして)や愁(うれ)いと苦(くる)しみに纏(まとい)つかれているのである］

屡闕清酤至、［屡(しば)しば清(さ)酤(け)が至(く)ることが闕(か)けてしまい］

無以楽当年。［それで以(もっ)で当(こ)の年(とし)を楽(たの)しむことができ無(な)いでいる］

窮通靡攸慮、［窮(こま)ったり通(うまくい)ったりするのは慮(おもいなや)む攸(ところ)のものでは靡(な)いのであって］

憔悴由化遷。［憔(やつ)れ悴(おとろ)えるのは化(なる)遷(ゆき)に由(まかせ)ておけばよい］

撫己有深懐、［己(おのれ)を撫(なぜさす)って深(ふか)い懐(おも)いが有(あ)る］

履運増慨然。［わが運(めぐ)りあわせの履(ありよう)に慨然(なげき)が増(ま)すのである］

【補足】［この詩は陶(とう)淵(えん)明(めい)が54歳のとき、晋(しん)朝(ちょう)の安(あん)帝(てい)が劉(りゅう)裕(ゆう)によって殺された年の作であると推測されている。劉裕はその翌年、晋朝から皇位を奪って自身が皇帝になる。陶淵明は引退して10年余り経っていたが、世の変転に無関心だったわけではなく、不正義のはびこる世の中に対して自身が無力であることを、ときにはこうして深く嘆いていたのだった］

　［蘇軾］

我生有天禄、［我が人生において酒はいわゆる「天から与えられた禄(ろく)」のようなもの］

玄膺流玉泉。［たとえそれがなくても玄(げん)膺(よう)［唾液腺］からは自然と玉(ぎょく)泉(せん)［唾液］が流れ出る］

何事陶彭沢、［陶(とう)淵(えん)明(めい)先生はどうしたことか］

乏酒毎形言。［酒が乏しいと毎度毎度言葉に出している］

仙人与道士、［仙人とか道(どう)士(し)とかいうものは］

自養豈在繁。［自らを養って、あれがほしいとかごちゃごちゃいったりしないはずだ］

但使荊棘除、［自身の内にある荊棘(いばら)のようなものを取り除いてしまえば］

不憂梨棗愆。［よい梨棗(かじつ)が稔らないとか心配する必要はないのだ］

我年六十一、［我が年齢は六十一だ］

頽景薄西山。［頽景(ゆうひ)がもう西の山に迫っている］

歳暮似有得、［歳の暮れになって何か得たものがあったのか］

稍覚散亡還。［散り散りになっていたものが還ってきたような気がする］

有如千丈松、［千丈の高い松も］

常苦弱蔓纏。［いつもは蔓がからまってくるのに苦しんでいるけれど］

養我歳寒枝、［歳の終わりの寒さにも己の枝を養っているなら］

会有解脱年。［きっと（蔓が枯れて）解脱のときが来るのだ］

米尽初不知、［米がなくなったのを知らずにいた］

但怪饑鼠遷。［ただ飢えた鼠どもがよそに行ってしまったのを変だとは思っていた］

二子真我客、［貴君ら二人はまことに我が客人である］

不酔亦陶然。［酒で酔わなくても陶(とう)然(ぜん)としているのだから］

■【11-3-067a】和陶時運四首、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『時(じ)運(うん)』の詩に和した。「時運」とは時の巡り、つまり四季の運行である。それぞれに序文がある。

【訳文】

序［陶淵明］

時運游暮春也。春服既成、景物斯和、偶影独游、欣慨交心。

［時(じ)運(うん)によんだのは暮(ぼ)春(しゅん)に游(あそ)ぶおもい也(である)。春(はる)の服(ふく)が既(すで)に成(できあが)って、景(け)物(しき)が斯(こう)も和(なごや)かで、影(かげ)を偶(とも)なって独(ひと)り游(あそ)ぶと、欣(よろこ)びと慨(なげ)きとが心(こころ)のうちで交(まじ)わるのである］

【補足】［「春(しゅん)服(ふく)」の2文字を見ると、昔の読書人は必ず『論(ろん)語(ご)』の一節を思い浮かべた。あるとき孔(こう)子(し)が弟子たちに、「いつか思い通りにできるようになったら何をしたいかね」と尋ねると、それぞれが答えたなかで最後に曽(そう)�ﾙ(せき)は、「春の終わりには、できあがった春の服を着て、若者五六人、少年六七人とともに沂(き)水(すい)で身を清め、雨乞い台のあたりで風に吹かれ、歌いながら帰りたいと思います」と答えた。「私もそれに賛同しよう」と孔子はいった。陶(とう)淵(えん)明(めい)の『時(じ)運(うん)』の詩は、このことを踏まえて詠まれている］

引(いん)［序文］［蘇軾］

丁丑二月十四日、白鶴峰新居成、自嘉祐寺遷入。

詠淵明時運詩云、斯晨斯夕、言息其廬。似為余発也、乃次其韻。

長子邁、与余別三年矣、挈攜諸孫、万里遠至、老朽憂患之余、不能無欣然。

［丁(てい)丑(ちゅう)［紹(しょう)聖(せい)四年］二月十四日、白(はく)鶴(かく)峰(ほう)の新居ができあがり、嘉(か)祐(ゆう)寺(じ)から遷(うつ)って入った。

陶(とう)淵(えん)明(めい)の『時(じ)運(うん)』の詩を詠みあげると、「斯晨斯夕、言息其廬」［斯(こ)の晨(あさ) 斯(こ)の夕(ゆうべ)、言(ここ)に息(いこ)う其(こ)の廬(いおり)］とあり、あたかも私のために発したかのようである。それでその詩に次韻した。

長男の邁(まい)は私と別れて三年になる。孫たちを連れて万里の彼方のここにきた。老い朽ちて憂患が多くあるけれど、欣(よろこ)びがないわけではない］

　其の一［陶淵明］

邁邁時運、［邁(じわ)邁(じわ)と時(とき)は運(めぐ)り］

穆穆良朝。［穆(ぽか)穆(ぽか)と良(よ)い朝(あさ)がきた］

襲我春服、［我(わ)が春(はる)の服(ふく)を襲(き)て］

薄言東郊。［薄(はて)言(さて) 東(ひがし)の郊(のべ)にいこう］

山滌余靄、［山(やま)は余(のこ)っていた靄(もや)が滌(あら)われ］

宇曖微霄。［宇(そら)には微(かす)かな霄(にじ)が曖(あわ)くかかっている］

有風自南、［風(かぜ)が有(あ)って南(みなみ)自(から)きて］

翼彼新苗。［彼(か)の新(あたら)しい苗(なえ)を翼(そだて)てくれる］

　其の一［蘇軾］

我卜我居、［私は我が住まいを占った］

居非一朝。［住まいは一日だけのものではない］

亀不吾欺、［亀による占いは私を欺くことはなく］

食此江郊。［この江(かわ)のあたりで暮らすことになった］

廃井已塞、［だめになった古い井戸は塞ぎ］

喬木干霄。［高い木は空を覆ったままでよい］

昔人伊何、［昔ここにいたのはどのような人であったのか］

誰其裔苗。［その子孫として誰がいるのだろうか］

　其の二［陶淵明］

洋洋平津、［洋(ひろ)洋(びろ)とした平(たい)らなところの津(わたしば)で］

乃漱乃濯。［漱(すす)いで乃(みた)り、濯(あら)って乃(みた)りする］

邈邈遐景、［邈(はろ)邈(ばろ)とした遐(とお)い景(けしき)に］

載欣載矚。［欣(よろこ)んで載(みた)り、矚(ながめ)て載(みた)りする］

人亦有言、［人(ひと)も亦(ま)たこのように言(い)うことが有(あ)る］

称心易足。［「心(こころ)に称(かな)うなら足(みたさ)れ易(やす)い」と］

揮茲一觴、［茲(こ)の一(ひと)つの觴(さかずき)を揮(ふる)って］

陶然自楽。［陶(うっ)然(とり)と自(みずか)ら楽(たの)しむのだ］

　其の二［蘇軾］

下有澄潭、［下に澄んだ淵があって］

可飲可濯。［飲むこともできれば濯(すす)ぐこともできる］

江山千里、［江(かわ)や山が千里の彼方まで］

供我遐矚。［私の眺めのうちに入ってくる］

木固無脛、［木にはもとより脛(すね)があるわけではなく］

瓦豈有足。［瓦にはむろん足があるわけではない］

陶匠自至、［しかし、職人たちが自(おのずか)らやってきてくれて］

嘯歌相楽。［歌いつつ楽しむうちに我が家を作ってくれた］

　其の三［陶淵明］

延目中流、［目(め)を流(なが)れの中(なか)ほどに延(や)りながら］

悠想清沂。［悠(はる)かに清(きよ)らかな沂(き)のかわを想(おも)う］

童冠斉業、［（そこでは）童(こども)と冠(わかもの)が斉(いっしょ)に業(べんきょう)して］

閑詠以帰。［閑(のど)かに詠(うた)い以(なが)ら帰(かえ)っていったのだった］

我愛其静、［我(わたし)は其(そ)の静(しず)かなるありさまを愛(あい)し］

寤寐交揮。［寤(さ)めても寐(ね)ても交(こも)ごもこころが揮(ふる)いたつ］

但恨殊世、［但(ただ)し恨(ざんねん)なのはもはや世(よ)を殊(こと)にして］

邈不可追。［邈(は)るかに追(お)いかけることは不(でき)可(ない)のだ］

【補足】［これは孔(こう)子(し)の弟子の曽(そう)�ﾙ(し)が理想とした楽しみへの憧憬を歌っている］

　其の三［蘇軾］

我視此邦、［私はこの邦(くに)を視(み)るに］

如洙如沂。［洙(しゅ)水(すい)や沂(き)水(すい)のあたりのようである［孔(こう)子(し)の故郷のように純朴な風俗であるという意味］］

邦人勧我、［この邦の人が私に勧めるのは］

老矣安帰。［「老いてどこに帰ろうというのですか［ここに永住なさい］」］

自我幽独、［私は独り静かな暮らしをするようになってからも］

倚門或揮。［門のあたりに佇みつつ、時に心が奮い立つことがある］

豈無親友、［私にだって親しい友がなかったわけではない］

雲散莫追。［雲が消えるように散ってしまってもう追いかけることはしないのだ］

　其の四［陶淵明］

斯晨斯夕、［斯(こ)の晨(あさ)も斯(こ)の夕(ゆうべ)も］

言息其廬。［言(そう)さ其(こ)の廬(いおり)で息(ゆったり)としているのだ］

花薬分列、［花(はな)や薬(やくそう)が分(わか)れて列(なら)び］

林竹翳如。［林(はやし)や竹(たけ)が翳如(かげり)をつくっている］

清琴��床、［清(きよ)らかな琴(こと)は床(とこ)に��(よこ)わり］

濁酒半壺。［濁(にご)った酒(さけ)は壺(つぼ)に半(なか)ばだけ］

黄唐莫逮、［黄唐(たいこのむかし)は逮(およ)ぶものでは莫(な)いので］

慨独在余。［慨(なげ)きは独(ひと)り余(わたし)のもとに在(あ)るのだ］

【補足】［終わりのあたりにある「黄(こう)唐(とう)」は伝説の黄(こう)帝(てい)と理想の天子であった堯(ぎょう)の時代を指す。孔(こう)子(し)もまたそのような遠い昔に強い憧憬を抱いていた］

　其の四［蘇軾］

旦朝丁丁、［朝早くに丁(とん)丁(とん)と］

誰款我廬。［我が廬を叩くのは誰であろうか］

子孫遠至、［子や孫が遠くから来たのだ］

笑語紛如。［笑いや語りが入り混じる］

剪髤垂髫、［前髪を切りそろえたのやら髪を束ねたのやらが］

覆此瓠壺。［わいわいと酒壺をひっくりかえしてしまった］

三年一夢、［三年もまた一つの夢］

乃復見余。［諸君等はこうしてまた私を見たのである］

■【11-3-075a】和陶答龐参軍六首、并引

【解題】陶(とう)淵(えん)明(めい)の『龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)に答える』という詩に和した。それぞれに序文がある。陶淵明の詩は60歳のときに龐参軍の詩に応じたもの。龐参軍［参軍は職掌名］にはこれより半年ほど前に贈った詩があり、そちらの序文によると、2人は1年ほど前に知り合って親しくしていたのだが、龐氏は江(こう)陵(りょう)に参軍の職を得てそちらに出て行った。江陵は陶淵明の住む潯(じん)陽(よう)からは長(ちょう)江(こう)を遡ったところにある大都市で、そこを治める謝(しゃ)晦(かい)は実力者であった。

【訳文】

序［陶淵明］

龐為衛軍参軍、従江陵使上都、過潯陽見贈。

［龐(ほう)は衛(えい)軍(ぐん)［謝(しゃ)晦(かい)の率いる軍団］の参(さん)軍(ぐん)と為(な)り、江(こう)陵(りょう)従(か)ら上(じょう)都(と)［当時の都、南(なん)京(きん)］へ使(つか)わされ、潯(じん)陽(よう)を過(よぎ)ぎって（詩を）贈(おく)って見(こら)れた］

【補足】［ここにある龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)の動きは当時の政治情勢と関連している。これより4年前に、劉(りゅう)裕(ゆう)は晋(しん)朝を滅ぼして新しい王朝［宋(そう)朝(ちょう)］の初代皇帝となった。しかし、即位からわずか2年で劉裕が死ぬと、後継者争いが起こった。謝晦は一方の側の中心人物で、都にいる同調者のところに使者として龐参軍を送った。龐参軍はおそらくいささか危険な役目を担っていたのであろう。それを陶(とう)淵(えん)明(めい)に打ち明けたはしなかったろうが、恐らく察知するものがあったに違いない。謝晦らの企みは一時的に成功するものの、後に謝晦は反乱を起こして討伐されてしまう］

引(いん)［序文］［蘇軾］

周循州彦質、在郡二年、書問無虚日、罷帰過恵、為余留半月。既別、和此詩追送之。

［循(じゅん)州知事の周(しゅう)彦(げん)質(しつ)は、任地にあること二年、一日も欠かすことがないほどの手紙をくれた。知事を辞めて帰還するに際して恵(けい)州を通り、私にために半月も留まってくれた。すでに別れて、陶(とう)淵(えん)明(めい)の詩に和して追って送別の詩とした］

　其の一［陶淵明］

衡門之下、［衡(きをわたした)だけの門(もん)之(の)の下(もと)にも］

有琴有書。［琴(こと)も有(あ)れば書(ほん)も有(あ)る］

載弾載詠、［載(あちら)で弾(ひ)いたり載(こちら)で詠(よ)んだり］

爰得我娯。［爰(ここ)に我(わたし)の娯(たのし)みを得(え)ている］

豈無他好、［他(ほか)に好(よいこと)などは豈(けっし)て無(な)いのであって］

楽是幽居。［是(こ)の幽(かすか)な居(くらし)を楽(たの)しんでいるのだ］

朝為灌園、［朝(あさ)に為(す)るのは園(はたけ)に灌(みずをそそ)ぐこと］

夕偃蓬廬。［夕(ゆう)べには蓬(くさぶき)の廬(いおり)に偃(ふ)すのである］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)が危うい使命を帯びていることをうすうすわかっていて、この一連の詩を詠んだのであろう。最初に、穏やかな暮らしのうちにささやかな楽しみ見出すのをよしとする己の信条を歌い、以下、龐参軍とのこれまでの交遊を順に歌っていく］

　其の一［蘇軾］

我見異人、［私は異(い)人(じん)に会い］

且得異書。［しかも異(い)書(しょ)を得た］

挾書従人、［異書を手にして異人に教えを乞えば］

何適不娯。［いつでも楽しくないことはない］

羅浮之趾、［羅(ら)浮(ふ)山(ざん)のふもとに］

卜我新居。［我が新居を作ったところ］

子非玄徳、［あなたは劉(りゅう)備(び)ではなく（私は諸(しょ)葛(かつ)孔(こう)明(めい)でもないのに）］

三顧我廬。［三回も我が廬を訪ねてくれた］

【補足】［蘇軾は周(しゅう)彦(げん)質(しつ)との交遊について詠んでいる］

　其の二［陶淵明］

人之所宝、［ほかの人(ひと)之(の)宝(たから)とする所(ところ)のものがある］

尚或未珍。［尚(それで)も或(わたしなど)は珍(たいせつ)だとはし未(ない)のである］

不有同好、［好(この)むところが同(おな)じようで有(あ)るので不(な)ければ］

云胡以親。［云(どう)胡(した)って以(それ)で親(した)しくはできない］

我求良友、［我(わたし)は良(よ)い友(とも)を求(もと)めて］

実覯懐人。［実(まこと)に懐(おも)うような人(ひと)に覯(あ)うことができたのだった］

歓心孔洽、［歓(よろこ)ぶ心(こころ)は孔(はな)はだ洽(かな)うものがあり］

棟宇惟隣。［とうとう棟(い)宇(え)を惟(まさ)に隣(とな)りにしたのだった］

【補足】［これは龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)との出会いを詠んだもの］

　其の二［蘇軾］

旨酒荔蕉、［旨い酒と荔子(ライチ)と芭蕉(バナナ)］

絶甘分珍。［絶妙にうまくて珍しいものを貴君と分け合おう］

雖雲晩接、［我が晩年になって知り合ったのだが］

数面自親。［自然と親しくなってしばしば会うようになった］

海隅一笑、［海辺の涯の地で笑い合う］

豈云無人。［どこでも心親しむ人がいないということはないのだ］

無酒酤我、［私は酒を買うことができないので］

或乞其鄰。［隣りからもらってくることもある］

　其の三［陶淵明］

伊余懐人、［伊(これ)は余(わたし)が懐(おも)っていたとおりの人(ひと)で］

欣徳孜孜。［徳(とく)を欣(よろこ)ぶことでは孜(いそ)孜(いそ)とはげむのだ］

我有旨酒、［我(わたし)に旨(うま)い酒(さけ)が有(あ)るときには］

与汝楽之。［汝(あなた)と与(とも)に之(それ)を楽(たの)しんだ］

乃陳好言、［乃(あるとき)は好(よ)い言(ことば)を陳(かた)らい］

乃著新詩。［乃(あるとき)は新(あたら)しい詩(し)を著(あら)わした］

一日不見、［一(いち)日(にち)見(あ)わ不(な)いと］

如何不思。［あなたのことを如(どう)何(して)も思(おも)わ不(な)いわけにはいかなかった］

　其の三［蘇軾］

将行復止、［あなたは行こうとしてまた止まり］

眷言孜孜。［顧みて急いで話をする］

苟有於中、［心の中にある限りを］

傾倒出之。［傾けて出してしまおうとする］

奕奕千言、［きらきらとした千の言葉は］

粲焉陳詩。［輝いて詩として並べられる］

觴行筆落、［盃が巡り、筆を走らせる］

了不容思。［考えるひまもないほどにすばやい］

　其の四［陶淵明］

嘉遊未斁、［嘉(よ)い遊(あそ)びが未(まだ)まだ斁(みちた)りないのに］

誓将離分。［誓(さて)も将(いま)や離(はな)れて分(わか)れることになってしまった］

送爾于路、［爾(あなた)を路(みち)に于(おい)いて送(おく)り］

銜觴無欣。［觴(さかずき)をくちに銜(ふ)くんだけれど欣(よろこ)びなどは無(な)かった］

依依旧楚、［依依(のろのろ)と（あなたは）旧(ふる)き楚(そ)のあたり（江(こう)陵(りょう)へとゆき）］

邈邈西雲、［邈邈(はるか)な西(にし)の雲(くも)（をわたしはみていたのだった）］

之子之遠、［之(こ)の子(ひと)が遠(とお)くに之(い)ってしまってからは］

良話曷聞。［良(よ)い話(はなし)を曷(まった)く聞(き)かなくなってしまった］

【補足】［これは龐(ほう)参(さん)軍(ぐん)が江(こう)陵(りょう)に行ったことを詠んだもの］

　其の四［蘇軾］

丱妙侍側、［美しい少女がかたわらに座っている］

両髦丫分。［髪を二つに分けて左右に垂らしている］

歌舞寿我、［少女は私のために寿(ことほ)いで歌い舞い］

永為歓欣。［永く続く歓びとしてくれた］

曲終淒然、［曲が終わると急に寂しくなって］

仰視浮雲。［空に浮く雲を見上げた］

此曲此声、［この曲とこの声］

何時復聞。［いつまた聞くことができるだろうか］

　其の五［陶淵明］

昔我云別、［昔(かつて)我(わたし)が云(ここ)で別(わか)れたとき］

倉庚載鳴。［倉(うぐ)庚(いす)が載(ちょう)ど鳴(な)いていた］

今也遇之、［今(いま)也(また)之(ここ)に遇(あ)うと］

霰雪飄零。［霰(あられ)や雪(ゆき)が飄(はら)零(はら)とふってくる］

大藩有命、［（あなたには）大(おお)きな藩(はん)からの命(しめい)が有(あ)って］

作使上京。［上京(みやこ)への使(つか)いと作(な)っている］

豈忘宴安、［豈(け)っして（あのころの）宴安(やすらかさ)を忘(わす)れてはいないのだろうけれど］

王事靡寧。［王(くにの)事(しごと)にあっては寧(やす)らぐことも靡(な)いであろう］

　其の五［蘇軾］

撃鼓其鏜、［太鼓がドンと撃たれると］

船開艫鳴。［船が動き出して櫓の音が響く］

顧我而言、［あなたは私を振り返り見て何かを言おうとするが］

雨泣載零。［雨のように涙がこぼれ落ちる］

子卿白首、［かの蘇(そ)武(ぶ)が白髪頭になって］

当還西京。［都に帰還したように、あなたはいま帰ってゆく］

遼東万里、［万里の彼方の遼(りょう)東(とう)から］

亦帰管寧。［管(かん)寧(ねい)が帰ったように私も帰るときがくるのだろうか］

　其の六［陶淵明］

惨惨寒日、［惨(うす)惨(ぐら)く寒(さむ)い日(ひ)ざし］

肅肅其風。［肅(ひゅう)肅(ひゅう)と其(ここ)に風(かぜ)がふく］

翩彼方舟、［翩(ひるがえ)るような彼(か)の方(にそう)の舟(ふね)は］

容裔江中。［容(ゆら)裔(ゆら)と江(かわ)の中(なか)を（すすみがたくしている）］

勗哉征人、［勗(つと)め哉(なさ)い征(ゆ)く人(ひと)よ］

在始思終。［（あなたは出仕の）始(はじ)めに在(あ)っても終(おわ)りのときを思(おも)っていたはずだ］

敬茲良辰、［茲(こ)の良(よ)い辰(とき)を敬(たいせつ)にして］

以保爾躬。［以(そし)て爾(あなた)の躬(み)を保(たも)ちたまえ］

【補足】［陶(とう)淵(えん)明(めい)は、与えられた使命を全うするよりも、自身が大切にするものを全うさせることを優先せよといっているのだろう］

　其の六［蘇軾］

感子至意、［あなたの至誠の心に感じて］

托辞西風。［風に託してこの送別の辞を送る］

吾生一塵、［私の生命はひとつぶの塵］

寓形空中。［空中にたまたま形を宿しているだけ］

願言謙亨、［願うのは謙譲をもって貫き］

君子有終。［君子として生涯を全うされること］

功名在子、［あなたに功名があるのならば］

何異我躬。［それは我が身にあるのと同じなのである］