第5章 嵐の訪れ――密州、徐州、湖州
［第5章その三］
熙寧10年［1077年］、蘇軾42歳。
■【05-3-001】除夜大雪、留濰州、元日早晴、遂行、中途雪復作
【解題】密州から新たな赴任地の河中府に向かう旅は、山東半島の付け根を斜めに横切るようにして北西方向に進み、まずは黄河に面した斉州を目指した。斉州からはそのまま黄河沿いに河中府に進むか、あるいは一度都に立ち寄るか、状況次第ということであったのだろう。先に見た安丘から北に進んで濰州に至ったところで大晦日を迎え、年越しの夜はかなりの雪であったのが朝には晴れ、元日も留まらずに出発した。ところが途中でまた雪となり、この詩を詠んだ。
【訳文】
大晦日は雪によって足止めされ、
元日は晴天によって送り出される。
昨夜飲んだ酒に、春になったばかりの風が吹いてきて、
痩せ馬の上で、ゆらりゆらりとまだ夢の残りの内にある。
暁の明かりがほんのり開いてきたかと思うと、
あたりの花の上で光がくるくると巡る。
まことに結構な気分で、馬から下って野で一杯やりたくもなるが、
相手をしてくれる者は誰もいない。
にわかに暗い雲が合わさり、
鳥の羽根のような雪が、空からいっぱいに乱れて降ってくる。
そこを私はあたかも白い鳳になって飛んで行く。
ここに傾いた棟が連なっているのは、
都の東の地方は三年の間旱魃が続き、
逃亡した家がたくさんあるからだろう。
農家の老人は鋤をほうり捨てて嘆き、
涙は餓えた腸をさらに痛ませることだろう。
春の雪はいずれ終わるとしても、
春の麦をいまから植えてまだ間に合うのだろうか。
人々は労働の苦役を怨まずにはいられない。
せめてもの手助けになればと、
農事暦を詠んだ古い童謡でも歌ってみようか。
【補足】［終わりに童謡とあるのは、春にはあれをして、夏にはこれをして、と季節ごとにするべきことを挙げて、秋には米櫃がどっさりいっぱいになると歌いあげるもの。現実にそうなればとの願いを篭めて、蘇軾は歌おうというのである］
■【05-3-002】大雪、青州道上、有懐東武園亭、寄交代孔周翰
【解題】濰州から雪のなかを北へ北へと青州に向かいつつ、密州の園亭を想い出し、新しい知事となった孔宗翰［字は周翰］にこの詩を寄せた。
【訳文】
超然台の上に雪が降るときには――
街並みも山も川もすばらしい限り、
海の風が波を砕いて、青いガラス片を空に飛ばすのも、
その向こうに、三つの神山の白銀の宮殿があるのも、
超然台から見えようか。
蓋公堂の前に雪が積もるときには――
綠の窓と赤い戸が雪明りに映えて、
堂の中には一人の美女が雪と妍を争い、
粲然と笑うと、玉のような真っ白な歯が輝く。
それよりも山堂の雪はもっとすばらしい――
青い松、怪しい石に白い糸が乱れ舞い、
ここに知事殿は遊んで帰らずにいて、
真夜中になってようやく憂い顔で馬に乗る。
君は知っているだろう――
唐の時代の李愬が大雪の中、
独り蔡州城に入って賊の呉元済を縛り取ったのを。
君は知っているだろう――
唐の時代の孟浩然が大雪の中、
独り驢馬に乗って長安に向かう道で詩を吟じたのを。
いつか貴君と雪のなか、戸を閉じて美酒をともにしたいものだ――
人の毀誉褒貶をほしいままにする連中がいなくなったときに。
【補足】［（1）蘇軾は雪の中でいろいろな空想を楽しんでいる。超然台、蓋公堂、山堂はいずれも密州にあって蘇軾が改修したり造ったりしたものである。（2）後半では、李愬を孔宗翰に、孟浩然を蘇軾に譬えた。孟浩然は雪の中で「落雁は沙渚に迷う」と、長安に上ったものの皇帝に用いられずに終わったことを予感するような句を詠んだ］
■【05-3-003】至済南、李公択以詩相迎、次其韻二首
【解題】蘇軾が斉州［済南］を目指していたのは、そこが交通の要衝であるとともに弟の家族がいたからである。弟は前年の10月まで斉州掌書記としてこの地にいたのだが、朝廷に呼ばれて家族を残したまた都に帰還していた。蘇軾が済南まであとわずかのところまできたときに、斉州知事の李常［字は公択］［→作品番号05-2-036］から詩がもたらされた。それに返したのがこの詩。
【訳文】
其の一
よれよれの裘に痩せた馬、
古の大河のほとりに立つと、
野は広く天は低く、白い米粒を撒くようにして雪が落ちてくる。
笑ってしまうが、
私のこのありさまは、雪を噛み毛の敷物を食らった蘇武であろうか。
これから会うのは、官位を売って酒を買ったという李白であろうか。
官遊とは到ったところに身を寄せるもの、
農事を自分の手で行うようになるのはいつのことか。
新しい詩を作って貴君の詩に和すので、
昔からよくあるように、
風雨のために暁の鷄が鳴かなかったなどと言い訳をしないで、
早起きをしてこれを読んでもらいたい。
【補足】［（1）自分を漢代の英雄である蘇武に、李常を唐の大詩人である李白の譬えたのは、同姓の偉人を引いた遊びである。（2）「官遊」は官僚として各地を転々と移り行くこと。原詩では「宦遊」という表記を用いている。訳詩では他の言葉に置き換えることも多いが、使用頻度の高い語である。（3）「身如寄」［身は寄せるが如し］は蘇軾がしばしば用いる表現で、次第に意味するところが深くなってゆく］
其の二
夜に霅水のほとりで笙歌を聞いたあの楽しさは、
頭を回らせばすべては塵。
あのとき貴君は湖州知事になったばかりで、
密州知事として赴任する私を見送ってくれた。
いま貴君は斉州知事になったばかりで、
私は河中府知事として赴任するのを見送られる。
私はいつもどこかに行く途中で、貴君を主人として逢うのである。
集まったり散ったりするのは、よく考えればすべてが夢だ。
名声と我が身とどちらが大切かという問いがある。
ようやくそのどちらでもないとわかってきた。
貴君と会って話すときは、夜に蝋燭を継ぎ足す心配はない、
蝙蝠が飛ぶ夕方から鶏が鳴く暁までたちまち時間が飛んでしまうのだから。
【補足】［（1）霅水は呉興［湖州］の名所。作品番号04-3-077で見た湖州での遊びを回顧している。（2）この詩を返して済南へとさらに進むと、弟の息子の蘇遅と蘇适が出迎えにきた。甥とは、蘇軾が杭州に赴任する前に陳州に立ち寄って以来5年半ぶりの再会であった］
■【05-3-004】陽関曲
【解題】蘇軾は済南［斉州］に着くと、李常や弟の家族とともに1カ月余りをそこで過ごした。これは李常に贈った詞。
【訳文】
済南春好雪初晴、［済南の春はとてもよろしくて、雪が晴れましたから］
纔到竜山馬足軽。［さっそく馬足も軽く竜山に遊びに行きましょう］
使君莫忘霅溪女、［でも、知事様は霅溪の娘さんたちをお忘れになってはいけません］
還作陽関腸断声。［お別れのときに、あんなにも悲しく歌ったのですから］
【補足】［（1）竜山は済南近郊の山。霅渓は上の詩にあった霅水のこと。（2）このとき弟は斉州を離れて都にいた。弟が都に帰還したのは、王安石が再び宰相から退いて政界を引退するという大きな変化があったことと関係していた。王安石は一度は宰相に返り咲いた［→作品番号05-1-012］のだが、神宗皇帝も王安石にいつまでも従い続けるのは不満だったようで、一方で、王安石は最も頼りにしていた長男の王雱が33歳の若さで死んで気力を失ってしまったこともあって、都から去ったのだった。その後は、呉充、王珪の2人が宰相として改革を続行していくことになったのだが、馮京［→作品番号05-2-015］が成都から朝廷に呼び戻されるなどの変化も見られた。蘇轍は都に行くと、これまでの改革の問題点を指摘する文書を朝廷に提出して政策の大転換を訴えた］
■【05-3-005】問養生
【解題】蘇軾は済南［斉州］で呉復古［字は子野］という不思議な人物と出会った。呉復古は遥か南方の掲陽の人で、二度科挙に挑んで二度とも不合格となり、官職に就くことを諦め、道士となって潮陽［南シナ海に臨む町］に庵を結んだ。呉復古はいつも神出鬼没の動きを見せ、海路で移動する商人ないしはコンサルタント的な一面もあったと見てもよいのかも知れない。この文章は恐らくはしばらく後になって書かれたのであろうが、ここで読んでおくことにしよう。
【訳文】
私は養生について呉先生［呉復古］に尋ねたところ、二つの言葉を得た。それは、和と安である。
和とは何か。呉先生はこのようにいう。
「天地が暑さ寒さを為すのを見てください。寒さが極まると膠も折れ、暑さが極まると金も流れます。それほどの寒暑であっても物はそれによって病むことはなく、変化するとしても微小です。寒暑の変化は、日中の日の動きとともに、あるいは夜間の月の動きとともに進み、わずかの間にも実はしばしば変化しているのですが、人はそれを知りません。変化が極めて微小だからです。このように極まることと微小であることの両者をよくよく理解して、手懐けることが『和』であるのです。それができるのなら人の死は久しく遠いものとなるでありましょう」
安とは何か。呉先生はこのようにいう。
「私はかつて牢山［山東半島の海辺の山］から海に浮かんで淮南［長江下流部］に向かったときに暴風に遭いました。舟の中の人は井戸のつるべにしがみついているかのように上下し、あるいは車輪を踏むかのようにしてくるくるとまわり、胃がひっくりかえって、目が回るやら、気持ち悪くなるやら、留まるところがありませんでした。私はその中でもふだんと同じように飲食して過ごしていました。特別に変わった術があったわけではなく、風や舟の動きと争わずに、その為すがままにしていただけでありました。およそ病のもとは自分自身にあって、外物によるものではありません。食べ物の中に蛆があって、人がそれを見たなら、必ず吐き出します。見なければ食べてしまって、吐くことはありません。そのようになるわけを考察してみましょう。人は旨いものについて語るときにはきっと咽が動き、汚いものについて語るときにはきっと唾を吐きます。私はそのどちらもしたことがありません。唾を吐いたり咽が動いたりするのは何によって生じるのかというと、それは外物が生じさせるのでしょうか、それとも自分自身が生じさせているのでしょうか。私は自分自身が生じさせていると知っているので、物と接しても変わらずにいられるのです。これが『安』の至りです。『安』であるなら物が私を感じさせることは軽く、また『和』であるなら物に応じて順っていくことができます。外には軽く、内では順うのなら、生きることの理は備わっているといえるでしょう」
呉先生は古の静かな人［沈思し深く道に通じる人］である。ものを観るときに詳細に見極める。私は呉先生の言葉を知ってからは、時に応じて思い返して考えているのである。
【補足】［この短文は達意の文章で養生の極意を記しているので、訳者は十分に理解できていない。例によって「ずっぽ訳」である］
■【05-3-006】祭柳子玉文
【解題】このころに杭州時代に深い交流があった柳瑾［字は子玉］が亡くなり、蘇軾はこの祭文を書いた。原文は1句4文字の韻文で、言外に響く余韻に深い味わいがあるのだが、ここでは普通の散文として訳す。
【訳文】
ああ、柳先生は南国に秀で、はなはだ敏かつ文で、発する声は幼であった。武器庫のように縦横の知識を蓄え、文壇において光り輝き、とりわけ詩は鳥が囀るように天賦のものであった。唐代の詩人の元稹は軽薄、白居易は通俗、孟郊は寒々しく、賈島は痩せているといった欠点があったけれど、先生がひとたび詩を吟じると、他の人のあまたの作品はどれもつまらないものに見えた。古くからの友人にしても、新たに付き合う公卿大臣にしても、先生のまわりに集まったのは、地位などは青空に浮かぶ雲か何かのように視る者ばかりだった。人は、先生は志を得ないままに白髮が長く肩にまで垂れるようになってしまったという。先生は世俗から高く抜きん出て、頓着のない性格であったために、人の謗りを受けやすかった。思うところがあって、世間から離れ、山の猿を友としようと決め、官服を棄てて帰郷した。山の麓の土地を耕し、夜具には綿がなく、朝飯の釜には粥がないような暮らしを楽しみ、世間の欲しがるものには一切見向きもせず、俗な臭いは一切なかった。これはいわゆる、出世して得るものと失うものを差し引きしたらどうなのか、あるいは、病むところがあってこそ天寿を全うするといったことに当てはまるのであって、不幸ということではなく、誰かに咎められるようなことでもなく、先生にかねてから具わっていた生き方だったのである。
かつて私が杭州にいたとき、先生は喜んで私を迎えてくださり、半年の間を一緒に過ごし、毎日酒を飲み交わした。朝に南屏山に遊び、日暮れに霊鷲寺に泊まり、雪の窓辺で腹を減らしながら清らかな詩を詠み合ったこともあれば、沙河のほとりを夜に歩き、真昼ように白い月が照らす下で、先生の古めかしい服装が土地の婦人たちを驚かせ笑わせたこともあった。人と人との会合の難しさは、刺繍の糸のようで、ひとたびほどけてしまえば元には戻り難く、あるいは水をひっくり返したならば救いようがないようなものである。先生は老齢に至って名も徳も盛んであったが、厚く付き合う人は少なく、私は先生のもとに来るのが遅かった。
先生には立派な子がいて、先生の後をより大きくしてゆくであろう。特に伸び盛りの二人の孫がいる。それは私の甥に当たる。
先生がすでに永遠のもとに帰ってしまったことを思うと涙が落ち続けて止まらない。この詩を歌って先生に一樽の酒を捧げる。
【補足】［（1）この文章の初めの方で、唐代の4人の著名人をかなりの辛口で批評している。「元軽白俗郊寒島瘦」はわずか8文字でありながら的確な評としてよく知られる。（2）柳瑾と半年の間一緒に過ごしたといっているのは、飢饉対策のために奔走した時期のこと［→作品番号04-2-050］。柳瑾の孫の柳閎と柳闢は、蘇軾の伯父の蘇渙の娘の子であるから、蘇軾から見ると甥に相当するということは作品番号04-3-009で見ている。（3）柳瑾は蘇軾と別れて天柱山に向かったのだが［→作品番号04-3-014］、結局官職には就かなかったのだろうか］
■【05-3-007】僕曩於長安陳漢卿家、見呉道子画仏、碎爛可惜。其後十余年、復見之於鮮于子駿家、則已裝背完好。子駿以見遺、作詩謝之
【解題】蘇軾は斉州を発って都に向かい、途中の鄆州で鮮于侁［字は子駿］［→作品番号05-2-039］と会った。この詩の題は「私は先に長安の陳漢卿の家で呉道子が描いた仏画を見た。しかし、惜しいことに破れてぼろぼろになっていた。それから十余年後のいま、鮮于侁君の家で同じものを見せられたところ、みごとに修復されていた。鮮于君はその画を私に贈ってくれたので、詩を作ってその謝礼とする」。呉道子は唐代一とされる絵師。その画を長安の陳漢卿の家で見たのは、鳳翔での任期を終えて都に戻る途中のことだったと推測され、『酔道士図』［→作品番号02-4-022］を見たのと同じときであったのだろう。なお、この画を鮮于侁から贈られたのはこの旅の途中ではなく、新たな赴任地に着いての後のことだったかもしれないが、ここで訳しておく。
【訳文】
世間の貴人は、
お金がたくさあって体も閑なので、
銭勘定を度外視して書画を争って買ったりする。
梁の時代に殷鉄石が模倣して書いたものを、
かの王羲之の真筆だとしてつかまされたり、
呉道子の画だとして出回っているものは、
ほとんどが唐の終わりに朱繇が描いたものであったり、
そんなことがよくあるのだ。
仏画というものは、
香の煙に燻られ、雨漏りに損なわれることも多く、
それを立派な軸で外見ばかりを立派に装って売り買いするのは、
昔、白鹿の皮で璧を包むのが流行ったようなもので、
璧の値はたかだか千数百銭なのに、白鹿の皮の値は四十万銭、
とちらに価値があるのかわかったものでない。
呉道子の仏画の技は神から授かったもの――
呉道子は夢の中で空を飛ぶ仙人となり、
覚めてから筆を下し、
心に何かを思うこともなく、
妙所に迫る神技は線の末端にまで及んだ。
私は昔この画を長安で見て、
至宝が無残な姿となっているのに涙をこぼした。
絹の糸が切れ切れとなり、一部の断片が蝶のようにひらひらと飛び去ってしまったありさまは、
見るに忍び難いものがあった。
鮮于君はこの画をよく収拾して補綴したので、
消え失せてしまったところはあっても、
描かれた精神はついに全きを得たのである。
ここで思い出すのは、
ある人が杜甫の詩集を得て読み進めたところ、
「身軽一鳥」とだけあって、句末の一文字が欠けていた。
人々と、ああでもないこうでもないと思案したのだが、
後に善い本を得たところ、それは「過」の字であって、
誰一人として当てることはできなかったのである。
つまり、俗眼をもって画の傷んだところを補おうとしたところで、
それはできもしないのだ。
貴君に尋ねると、まことによく画の意を把握している。
世間の貴人が画を一見して、
これはよいとか何だとかいい加減なことを言うのは全く恥ずかしい。
財産をはたいて買ったところで意味がない。
ぼろきれとして使うのにも値しないものをつかまされて、
そんなものは火を付けて煙にしてしまうのがよいのだ。
【補足】［（1）末尾は調子に乗ってややブラックなユーモアをきかせている。（2）同じころに蘇軾は鄆州郊外の汶水のほとりで晁補之と会っている。そのことは晁補之が後に詠んだ詩の題に「私は李師中と汶水のほとりで会い、そこに蘇軾も同席し、初めて呉復古の名を聞いた」とあることからわかる。晁補之は後に「蘇門四学士」と称されるようになる人［→作品番号05-1-079］。李師中は蘇軾より23歳年長の官界の先輩で、呂恵卿に排斥されて都に外に出されていた。蘇軾は父の喪に服すために帰郷する旅の途中で李師中と会っていたようで、蘇軾がその旅で法の禁じる塩の私的な取引をしたとの告発を受けたときに［→作品番号03-3-023］、李師中はそのような事実はないと証言していた。呉復古は作品番号05-3-005で見た人物で、晁補之は名を聞いただけで会ってはいないので、呉復古はすでに南方に帰っていたのだろう］
■【05-3-008】満江紅
【解題】蘇軾は鄆州から黄河に沿って都に向かい、その一方で、蘇轍は兄を迎えるために都を出て、2人は澶州と濮州の間で行き会った。これはそのときの詞。兄弟が会ったのは、潁州に隠退していた欧陽脩のもとを一緒に訪れて以来で、この詞の前半は、兄弟が欧陽脩のもとを辞去して、蘇軾が潁水の流れに乗って東に進み、弟が西に帰って行った場面を回顧している［→作品番号03-4-027］。詞の後半は黄河のほとりでの再会を歌っている。
【訳文】
愁目断、［愁いの目はもはや届かなくて］
孤帆明滅。［見えたり見えなかったりする一艘の船］
宦遊処、［官員として行く先は］
青山白浪、［青い山、白い浪が］
万重千畳。［万に重なり、千に畳まれています］
辜負当年林下意、［背くのは、あのときに林の下での意］
対牀夜雨聴蕭瑟。［牀を並べて、夜の雨音を静かに聴こうと決めたのでした］
恨此生、［恨むべきはこの人生］
長向別離中、［長く別離の中にあって］
添華髪。［増えるのは白い髪ばかりなのです］
一樽酒、［ここに一樽の酒］
黄河側。［黄河のそば］
無限事、［限りないことごとを］
従頭説。［初めから話していきましょう］
相看恍如昨、［逢えばぼんやりとして昨日のよう］
許多年月。［でも長い歳月］
衣上旧痕余苦涙、［衣の上には涙の旧い痕が残っていても］
眉間喜気添黄。［顔に喜びの色が添えられます］
便当君、［さあ、まさにいま君と］
池上覓残春、［池のほとりで春の終わりをさがしましょう］
花如雪。［雪のごとき花に］
【補足】［詞の前半にある、牀を並べて夜の雨音を耳にしながらしみじみ語り合うこと、つまり「夜雨対牀」こそが兄弟の最も願うものだということは作品番号02-1-013で見ている］
■【05-3-009】与眉守黎希声
【解題】蘇軾は弟とともに都へと進み、陳橋駅に着いたところで、蘇軾の次の赴任地を徐州に変更するとの辞令がすでに2月12日に出されていたことを知った。そのあたりの経過をこれより少し後に眉州知事の黎錞［字は希声］［→作品番号05-2-019］に送ったこの手紙から知ることができる。
【訳文】
先に密州から河中府に赴こうとして陳橋に至ったときに、任地が彭城［徐州］に改まったとの指令を受けました。そこで新たな地へ赴くことになったのですが、息子が妻を娶るために、しばらく都の東にある范鎮殿の園中に留まることになりました。間もなく汴河から東に進みますので、そちらとはますます遠くなり、お便りも届きにくくなるかと思うと、悵然としてしまいます。我が家の墳墓についていつもお手を煩わせており、ただただ感じ入っています。……
【補足】［（1）息子が妻を娶るとあるのは、長男の蘇邁の結婚をいう。相手は蘇洵の友人であった石昌言の孫である。蘇軾は政界の有力者と婚姻関係を結ぶよりも、郷里の人々との絆を大切にしたようだ。（2）この手紙では、息子の結婚のためにしばらく都の東の留まったとしているが、実は政治的な事情によるものであった。蘇轍が改革の大幅な見直しを求めたのに続いて、蘇軾も己の考えを皇帝に伝えようと、陳橋駅から進んで都に入ろうとした。しかし、都の門の外で急に足止めされ、中に入ることが許されなかった。蘇軾の影響力を恐れる人々が拒んだのだった。都にいた陳襄［かつて杭州知事として蘇軾と親しくした人］らが蘇軾を朝廷で用いるよう運動したが、それも叶わず、蘇軾はやむをえず都の郊外にあった范鎮の東園に居候となったのである。范鎮は蘇軾の大先輩で、重職を歴任した人である［→作品番号03-3-023など］］
■【05-3-010】和孔君亮郎中見贈
【解題】孔舜亮［字は君亮］から詩を贈られてそれに和した。孔舜亮は、蘇軾の後任として密州知事となった孔宗翰［→作品番号05-3-002］の兄で、都で官職に就いていた。
【訳文】
たまたま先生と向かい合って一樽を尽くすことになった。
酔って見るのは、
万物ががらがらと崩れて奔るありさま。
ゆるゆると人生を終えればよかろうと私は思うのだが、
先生のように門に突っ立って、
つまらないものだと世間を眺めているのがよいのだろう。
ただ恐れるのは、
世の中に長く留まっていられなくなって、
頭を振って遠くへと行かねばならなくなること。
もっともっと深く先生と論じ合わなければならない。
韓愈が孔子三十八世の孫を讃えた文章を私は昔から知っているが、
色白で長身の先生はそのまた十世の孫なのである。
【補足】［（1）孔子四十七世の孫である孔延之の挽歌を作品番号05-1-048で見ていて、そこでも韓愈が孔子三十八世の孫を讃えた文章について触れていた。孔舜亮は孔子四十八世の孫だと、蘇軾自身の注記がある。孔子の子孫は各地に大勢いた。（2）この詩は、幾つかの故事を引いて、蘇軾の当時の心境をかなり婉曲に詠んでいるようで、その含意と思われるところをやや顕わにして訳してみた］
■【05-3-011】殢人嬌
【解題】都に入ることができない蘇軾はいろいろな人の支援を受けながら范鎮のもとでしばらく過ごした。有力な支援者の一人に貴公子の王詵［字は晋卿］がいた。王詵はすでに見たように非常に裕福で［→作品番号03-2-011］、これまでにも折につけ珍しいものを都から贈り届けていたのだが［→作品番号05-2-029］、都の間近にまできた蘇軾に対して特にいろいろと手助けをしてくれた。蘇軾は詩文をもってその謝礼としたのだろう、王詵に贈った数篇の作品が残っている。これは、王詵に招かれた宴席で、王詵の侍人［妓女であろう］に贈ったとの添え書きがある詞。
【訳文】
満院桃花、［庭いっぱいに咲く桃の花］
尽是劉郎未見。［これらはすべて私が都にいたときには見なかったものです］
於中更、［とりわけすぐれているのは］
一枝繊軟。［細くやわらかな一本の枝］
仙家日月、［仙界の日や月のように］
笑人間春晩。［人間世界の春の終わりに笑っているのです］
濃睡起、［深い眠りから覚めたばかりで］
驚飛乱紅千片。［たちまち紅い千片の花びらは乱れ飛んでしまいます］
密意難窺、［心の奥は伺い知れませんが］
羞容易見。［恥じらう様子はすぐにわかります］
平白地、［地面を花びらが覆うとき］
為伊腸断。［悲しさに腸がちぎれるばかり］
問君終日、［あなたにお尋ねするのは］
怎安排心眼。［どうしていつでも心静かにしていないですか］
須信道、［本当のことをいったら］
司空自来見慣。［王詵君だけに見てもらいたいのでしょう］
【補足】［これは即興の戯れの詞で、その場で王詵がにやりとすればよいのであって、訳者にはよくわからない箇所があるのだが、あまり頭を悩ませても仕方ないので、とんでもなくいい加減な訳でごまかしておく］
■【05-3-012】洞仙歌
【解題】これは「柳を詠む」との添え書きにある詞。蘇軾が范鎮の東園に滞在するうちに、春は盛りを迎え、3月2日の寒食に、王詵に誘われて蘇軾は都の北郊外にある四照亭のあたりで遊んだ。そのときに詠んだと推定される作品。柳と、柳を人格化した女性を、なよなよと情緒的に詠んだ作品。本来の詞らしい詞であるといえるだろう。
【訳文】
早梅花開後。［早くも梅の花が開いたその後］
分付新春与垂柳。［新たな春が分け与えられるのは垂れ下がる柳］
細腰肢、［なよなよとした腰つきも］
自有入格風流。［自ずから品格のある風流なありさま］
仍更是、［それはまさしく］
骨体清英雅秀。［芯から具わる清、英、雅、秀なのです］
永豊坊那畔、［長安の永豊坊とはどこ］
尽日無人、［そこには一日中誰もいなくて］
惟見金糸弄晴画。［ただ金の糸のような柳の枝が春の光のもとで揺れています］
断腸是、［気持ちが断たれるのは］
飛絮時、［柳の絮の飛ぶとき］
緑葉成陰、［緑の葉がつくる蔭］
無個事、［何事もないままに］
一成消痩。［ただ痩せてしまうのです］
又莫是、［だってないのですもの］
東風逐君来、［東の風に乗ってあなたが来ることなどは］
便吹散眉間、［眉の間に吹きくる春風によって］
一点春皺。［また一つ春の皺が寄るのです］
【補足】［詩の前半の終わりに置かれた「清英雅秀」の4文字を簡潔に適切な日本語に置き換えるのは簡単ではないので、漢字のまま並べておく］
■【05-3-013】送范景仁遊洛中
【解題】都に入れない蘇軾が身を寄せていた范鎮［字は景仁］は洛陽に行くことになり、この送別の詩を詠んだ。范鎮と蘇軾の関係は、蘇軾が22歳で科挙に合格したときからであるから［→作品番号01-2-014］、すでに20年になる。范鎮は仁宗、英宗の時代に朝廷の要職にあり、神宗皇帝が王安石を抜擢して改革を始めようとしたときには強く反対した。熙寧3年［1070年］に、王安石は自分の好みで人事を左右しているなどと批判し、范鎮は朝廷の職を解かれた。そのときに不適切な人事として范鎮が挙げた事例には、蘇軾を要職に推薦したのに用いられなかったこと、孔文仲を推薦して制科の試験に受けさせたのに不合格になったこと［→作品番号04-1-061］、母の喪にあることを隠していた李定を用いたこと［→作品番号03-4-004］などがあった。范鎮が辞職すると、当時都にいた蘇軾は、「公は退かれても名誉はますます重んじられましょう」と、賀意を范鎮に贈った。すると、范鎮は、「天下が害を受けて自分が名誉を受けるなど、自分の本意ではない」と応じたのだった。
【訳文】
小人［つまらない連中］は、事の軽重がまるでわからない。
公［范鎮］は、地位を軽く見て、暇な地位に退くのも少しも難しいとはしない。
公は、広々とした天下の大道を歩み、心にひっかかることは何もない。
公の言論は深く、聴く者の肝を寒くさせる。
公は若い頃からずっと時事を憂いてきたので、髪が真っ白だ。
しかし、仙薬のお蔭であったりするのだろうか、
いまも元気にこの俗世に留まっている。
公は無心であるから、どこにいても安らかで、
誰と会っても、酒を飲むのを楽しみとしている。
公は六十三歳で職を退き、
ある日思い立って万里を旅し、郷里の蜀の各地を巡った。
老いて身はいよいよ健やかで、
そこらの山を登ったくらいでは十分に満足しなかった。
公がおられるところの道は、
いずれも雲の彼方へと飛び行く鳥の道につながっている。
このたび公が西の洛陽へと行くのは、
桜桃が咲き、筍が熟すころだと思うからだろう。
杖と履を携えてあちらに着いたなら、
園亭の客となってここかしこを見て歩くであろう。
斑竹寺で花を手折り、石楼灘で水遊びをし、
かつて売られてしまう馬を憐れんだ白居易に同情してみたり、
雷に驚いてやたらと恐れた韓愈を笑ってみたりするであろう。
はたまた、嵩山に登って苔むす洞穴を見たり、
天壇山に登って松が空を覆うのを見たりもするだろう。
そして試しに劉先生を誘って、
かの靖長官に会ってみてはいかがでしょうか。
【補足】［例によってたくさんの故事を踏まえた詩であるが、最後の劉先生と靖長官は何のことかわからないだろうと、蘇軾自身が注を書き添えている。「劉幾がかつてこのようにいった。『嵩山の奥深いところで、眼光が猫のような人に会ったのだが、あれはきっと靖長官だったのだろう』」。靖長官とは、唐の終わり頃の役人で、官職を捨ててついに仙人になった人で、その姿を宋代の役人である劉幾が見たのである。それで、范鎮も今回の旅で靖長官を探してみてはどうだろうかと戯れたのだ］
■【05-3-014】次韻景仁留別
【解題】上と同じときに、范鎮［字は景仁］が詠んだ別れの詩に次韻した。
【訳文】
公［范鎮］は老い、我もまた衰えた。
お会いする機会がわずかしかないのが恨まれる。
出発に臨んで一杯の酒を傾ける、
この意は山岳よりも重いものがある。
公の詩の言葉は、白い麻布よりも清いが、
私の詩の言葉は、琴の黄鐘の調べの音よりも濁っている。
公の詩が新たにして妙味のあることには和し難いが、
公が酒を飲むことは少ないのでそれはどうにか学べるだろう。
力ひとつとっても取り柄もない私であるから、
もとより武人としては役に立たないので、
しばし鄙びた東の国［徐州］へと出て行くことになった。
千里の遥かな道も憚ることなく、
公がもしも来られると聞いたならば、
大慌てで髪を束ね、下駄をさかさまに履いて出迎えるであろう。
■【05-3-015】書韓幹牧馬図
【解題】貴公子の王詵が、韓幹が描いた『牧馬図』を見せに蘇軾のもとにきて、何か添え書きをしてほしいと頼み、この詩を作った。韓幹は唐代の有名な画家で、馬を描くのを得意とした。韓幹の画を所有していることからも、王詵が極めて裕福であることがわかる。韓幹は画を曹覇に習い、同じ時代を生きた杜甫は、曹覇の画について幾つかの詩を詠んでいる。その中で弟子の韓幹について次のように言及している。「韓幹は早くから曹覇について学び、やはり馬を描くのが得意で特別なスタイルを窮めた。しかし、韓幹は肉を描くばかりで骨を描かないので、駿馬も気が抜けたようになってしまい、残念である」。馬は、一般的に肉がひきしまって骨格が顕われ出るのがよいとされていて、肉付きよく描いた韓幹の馬を、杜甫は感心しないといっているのである。
【訳文】
長安の南の山の麓、
汧水と渭水の間、
想い見みるのは唐の開元、天宝のころ――
牧場は八カ所に分かれて秦川のあたりにまで迫り、
四十万匹の馬が雲のように地を覆って広がっていた。
馬の種類はと見れば、
騅、駓、駰、駱、驪、騮、騵、白魚、赤兔、騂、皇鶾、
竜の顱に鳳の頸、獰げなのもいれば妍かなのもいる、
奇しい姿や逸德さで、駑頑を隱しているのもいる。
馬を世話するのは碧い眼の胡児、
季節がくると、手足の動きも鮮やかに毛並みを整え、
皇帝の御前へと馬を送り出す。
迎える皇帝は礼服を召し、
池のまわりに後宮の美女三千人を並べて待つ。
美女の紅い化粧が日に映え、その光が淵を流れ下る。
そこに馬が現れ出るやいなや、
一瞬にしてあたりは寒いくらいにぴんとひきしまり、
馬が往きつ戻りつ、歩んだり跳ねたりするたびに、
早瀬に波が生じて水しぶきが飛ぶばかり。
ここにあまたの画工は筆を執って描こうとするが、
ただ顔料を合わせるだけで手が出ない。
独り、曹霸将軍の弟子の韓幹だけが描いて見せたのがまさにこの画。
厩舎で育った馬は、肉が多くて尻の骨が円く、肉の中の骨を描くのは難しい。
馬に、金色の羈、玉の飾りの勒、繍羅のついた鞍を付け、
さらには、鞭箠を加え烙印を刻んだりするのは、
天より与えられた馬としての完全性を傷るもので、
この画に描かれた自然に近い馬の姿には及ばない。
いまかの牧場のあった平原は荒れ果て、草が生い茂っている。
この画中の馬は、そこを自在に駈け廻り、
鴻を驚かし、兔を跳び出させ、己とどちらが速いか争いたいと、
思っているのだろう。
あるいは古代の馬術の名人が行ったように、
万里を超えて、飛んで天にまで昇りたいと考えているだろうか。
いずれにしても、首をうなだれて車を曳くようなことは断じてしないのである。
【補足】［（1）詩の冒頭に「開元、天宝」とあるのは、玄宗皇帝の治世下の元号で、ちょうど韓幹や杜甫が活躍していた時代である。（2）途中に「騅、駓云々」と馬へんの字が並ぶのは、馬の様々な性質を表す語で、意味はわからずとも、語呂よく専門用語が並べられていると見るだけで十分であろう］
■【05-3-016】韓幹馬十四匹
【解題】事のついでに、韓幹の馬の画に関する詩と文章を合せて見ておこう。一つ目は韓幹が十四頭の馬を描いた画を見て詠んだ詩で、上の詩よりも半年ほど後の作品である。古来馬を詩に詠み込むのは難しいとされた。若い頃の杜甫は、己の才能を世間に認めさせて官職を獲得しようと必死だったので、他の人が尻込みするようなテーマにも果敢に挑み、馬の詩も幾つか作って具眼の士をうならせた。当時も科挙はあったが、試験の成績よりも、事前にどれだけ有力者に気に入られるかということの方が決定的に重要だった。杜甫はたくさんの詩を作って各方面の有力者に献じ、それは涙ぐましいまでの努力をしたのだが、報われなかった。杜甫の詩才は保守的な実力者には理解されなかったのである。杜甫の一連の馬の詩を超えることは誰にもできまいと思われていたのだが、蘇軾は韓幹の馬の画に触発されて、宋代の代表選手として馬の詩に挑もうと思い立ったのだろう。
【訳文】
先頭を二匹の馬が並んで走り、八つの蹄が一つに集まる。
次に二匹の馬が頸を曲げ、騣と尾が平行に並び合う。
一匹の馬が前に進もうとして、後ろ脚を挙げる。
一匹の馬がその後ろに退いて嘶く。
髯の長い老いた異邦人の飼育係が馬にまたがり、後ろを顧りみて何かをいう。
その者は前世には馬であったので、馬の言葉に通じているのだろう。
飼育係の後方にいる八匹の馬は水を飲んだり歩いたりしていて、
水の流れが口に入るときの音が聞こえてくる。
八匹のなかで前にいるのは林から出た鶴のように水を渉り終え、
後方にいるのはこれから水を渉ろうとして佇む鶴のようである。
最後に残った一匹こそは馬の中の竜ともいえ、
嘶かないし、動かないし、尾が風の中で搖れるだけ。
韓幹が画く馬はまさに真の馬、
私は詩を作ること画を見るようでありたいと思う。
いまの世には良馬を見出す伯楽もいなければ、
この画を描く韓幹もいない。
この詩とこの画は、果たして誰が見るべきものであるのだろうか。
■【05-3-017】韓幹画馬賛
【解題】次は四頭の馬が描かれた画に添えた賛。前の詩とよく似た構成になっている。
【訳文】
韓幹が描いた馬は四匹。
一匹は陸にあって、首を立て、鬣を奮い、何か望むところがあるようで、脚を留めて長く嘶く。一匹は水を渉ろうとしていて、尻を高くし首を下げ、渡るによいところを選びつつ、いまはまだ進みかねている。残りの二匹は水にあって、前なるものは後ろを振り返り、鼻で何やら語ろうとしている。後ろなるものはそれに応じるでなく、水を飲もうとして留っているようだ。
厩で飼われている馬かと見れば、前にまとわりつく手綱がなく、後ろに叩かれる鞭がない。野生の馬かと見れば、目がくりっとして耳がぴんと立ち、胸に豊かに肉が付き、尾が細く、どれも良馬としての基準に当たっている。
この静かなたたずまいは、賢者揃いの貴君子たちが帯を緩め、かぶりものをとって、悠然と水に臨んでいるのにも似ていようか。
馬も貴君子も想うのは――高く飛んで遠くに遊び、鹿を友として天寿を全うしたい。
しかし、そうしようとしても、それはなかなか得られることでない。せめて、あくせくすることなく、悠々と遊んで、ゆるゆる歳月を過ごすことならできるであろうか。
■【05-3-018】与司馬温公
【解題】范鎮［字は景仁］が洛陽に行ったのは3月の初めで［→作品番号05-3-013］、その月の終わりには帰ってきたことが司馬光に宛てたこの手紙からわかる。司馬光は蘇軾より17歳年長で、非常に学識があり、英宗皇帝からも神宗皇帝からも厚く信頼された。始め司馬光は王安石を高く評価し、国政の改革を王安石に託すことを皇帝に勧めるほどであったのだが、改革の中身が明らかになるにつれて批判的になり、後には鋭く対立するようになった。それでも神宗皇帝は司馬光にはしばしば意見を尋ねていたが、司馬光は次第に政治の実際から離れ、巨大な歴史書である『資治通鑑』の編集に専念し、後に洛陽に退いた。このころ、洛陽には富弼や司馬光など改革に反対の立場をとる政界の大物が集まり、范鎮が洛陽に赴いたのは、そのような人々と会うのが目的であったようだ。蘇軾はかつて母の墓誌銘の執筆を司馬光に依頼するなどの交流があり［→作品番号01-2-017］、蘇軾が違法な商行為をしたと告発されたときには［→作品番号03-3-023］、司馬光は皇帝の前で蘇軾を庇う弁明をしたこともあった。
【訳文】
春の終わりに、范鎮様が洛陽からお帰りになり、忝くもお手紙を頂戴いたしました。『超然台の詩』の雄篇を添えてくださいまして、喜んで日々読み返しております。都を出て職務に就くために暇もなく、あれやこれやとあわただしくしております。……
【補足】［司馬光もまた、蘇轍の『超然台の賦』と蘇軾の『超然台の記』［→作品番号05-1-077］に触発されて詩賦を詠んだ一人であった］
■【05-3-019】送魯元翰少卿知衛州
【解題】蘇軾が都のすぐそばにいると聞いて、大勢の人が蘇軾に会おうとして頻繁に来客や誘いがあったようで、これまでに我々がその名を見ている人物としては、銭藻、孫洙、胡宗兪、林希、晁補之がいて、特に魯有開［字は元翰］にはこの送別の詩を贈っている。魯有開とは杭州時代に交流があり［→作品番号04-2-079など］、魯有開が衛州知事として赴任することになって、都から旅立つ前に蘇軾に会いにきたのである。魯有開は立派な髯を蓄えていたので、この送別の詩では、髯卿［髯の君］と呼んでいる。また。魯有開はかつて副宰相まで務めた魯宗道の甥であることから、「堂堂の元老の後」とも詠まれている。
【訳文】
無用な人間は居場所がなくて、范公の園庭に身を寄せている。
そうこうするうちに、桃李が蔭を作り、薺も麦も伸びて、繁るまでになった。
門を閉ざしていると、春の昼は永く、黄色い蜂がにぎやかに飛ぶだけ。
誰かが酒を携えてわざわざきてくれたりしたならば、
楡や柳が群れ立つ村にでも行ってともに酔いたいものだと思っていたところ、
この髯卿はどういう人なのか、
これで一カ月に三度も我が門を叩きにきてくれたではないか。
私から出向いて挨拶することがないのに、
髯卿はきてくださるのでその意はいよいよ敦いものがある。
髯卿は堂堂の元老の甥で、仁人の言を倦むことなく説き続ける。
憶えば、杭州にあった年は、髯卿と私の情好は兄弟にひとしかった。
時には氷雪の中であっても、笑って語れば春の温もりを覚え、
時には夜に急に飲もうということになって、
酒を求めて我が家のうちを探してみたものの、箪笥の隅にも酒の肴になるようなものはなく、
かたじけなくも、髯卿が自ら煙の中で火をおこしてくださった。
杭州で別れてから今までにどれほど経ったのか、
向き合っていると、あのころのことが夢のように覚える。
このたび、髯卿は北に行くと私に告げて、
新しい詩とすばらしい酒樽を贈ってくれた。
髯卿が行かれるのは太行山が斜めに連なるところ、
黄河の湧き立つ波を越えた先にある。
それでも、髯卿は官員として不遇というわけではない。
衛州は都の西北の垣根に当たる場所だ。
民衆はいわば魚のようであって、網を見れば驚いて逃げ惑う。
水は、千丈の深さまでくっきり見えるほどに澄んでいるよりも、
一寸先も見えないほどに濁っている方がましである。
刑罰を司るのは地方官の重要は職務ではあるけれど、
思うに、民の源を養うべきである。
どういうことかというと、昔のある知事は、
民衆がきちんとした下着を身に付けられるようになる政治をしたところ、
しばらくすると、人々は善政を讃える歌を唱えるようになった。
そのような政治をしていれば、盜賊についてあれこれ言うようなことは必要なくなるのだ。
【補足】［蘇軾は密州での経験から、困窮のあまり追い詰められて盗賊となった者を厳しく取り締まる政治よりも、民衆の生活の基盤を確保する政治をすべきだといっているのである］
■【05-3-020】次韻子由送蔣夔赴代州学官
【解題】同じころに、蔣夔が代州にある学校の教授として赴任することになり、弟の蘇轍が作った送別の詩に蘇軾が次韻した。蔣夔の名は作品番号05-1-071で見ている。代州は北の辺境の地で、改革に批判的な蔣夔はそのようなところにしか居場所を見出せなかったのだろうか。
【訳文】
功利を求めて先を争うのは、法を変える端緒となる。
旧来の典型を守るのは、いまや世間の落ちこぼれとなった老成した人だけだ。
人は困窮に置かれて後に立派な詩が作れるようになる――
この説は十分には信じられないが、
凝った刺繍は市場に投じる金額の多寡による――
こちらの説はかねていわれている通りだ。
代州の若者は、志は大きく不器用であると聞く。
貴君を囲んで種々の議論を戦わせ、心に適う説を求めるであろう。
貴君が向こうから帰ってきたときには、
「あちらの雁は旨かったかい」
などとつまらないことを私は問わない。
世俗を憎んだかの王符が著した『潜夫論』のような著作を、
貴君がものにしてきたのを見せていただくとしよう。
【補足】［（1）この詩の前半は改革への批判となっている。（2）刺繍云々は、より精緻な刺繍を求めるのならそれだけたくさんのお金を投じなければならないという昔からの言い回しを踏まえて、何でも国庫の増収に結び付けようとする改革を皮肉ったのである。（3）最後の雁云々は少々の解説が必要である。後漢の時代に皇甫規という人［蘇軾に比する］がいて、ある職務を終えて郷里に帰った。同じ時期に官職を金で買って雁門［すなわち代州］の知事になって勤めを終えた人物［改革の時流に乗ってにわかに職を得た者を比する］も郷里に帰ってきて、皇甫規のもとを訪れた。皇甫規は寝たまま出迎えに出なかったが、その者はずかずかと入ってきたので、「あちらの雁は旨かったかい」とだけいった［私服を肥やす以外に何もしなかっただろうという皮肉］。一方で、王符［蔣夔に比する］がくると、皇甫規は驚いて出迎え、歓を尽くして語りあった。王符は郷里に退いて世の中の是非を論じる『潜夫論』を書いたので、蘇軾はそのような著作を書くことを蔣夔に期待すると言って励ましたのである。これだけの内容が「帰来問雁吾何敢、疾世王符解著書」という十四文字に篭められているので、詩を味読する人にはそれなりの読解力を必要とした。蘇軾は複雑な故事の用い方をすることを得意とし、注釈家がいくら頭をひねっても何が言いたいのかいまだに解明できていない詩句が幾つもある］
■【05-3-021】李若之布気
【解題】蘇軾の長男の蘇邁は范鎮のもとに寓居する間に妻を迎えたが、一方で次男の蘇迨は小さいときから病気がちであったので［→作品番号04-2-053］、この時期に特殊な治療を受けている。そのことを記した文章を見ておこう。蘇迨はこのとき8歳であった。
【訳文】
『晋書』［晋朝の時代の史書］の「方技伝」［特殊な技の持ち主の伝記集］を見ると、幸霊という者がいた。
「幸霊の父母は、稲の見守りを幸霊にさせた。牛が稲を食らったのだが、幸霊は牛を追い払わなかった。牛がいなくなってから、幸霊は牛が食べ残した稲を起こして元通りに立てた。父母はそれを見て幸霊を叱りつけた。幸霊は、『それぞれのものにはそれぞれに食べたいものがあります。牛は食べたいものを食べただけなのですから、追い払うのはおかしいです』と、いった。父母はますます怒り、『そんなふうにいうのだったら、食べ残しを起こしてやる必要もないだろうに』というと、『稲は生きようとしています。牛がそれを妨げたのですから、ぼくは稲を助けるべきなのです』」
幸霊のこの言葉には理が具わっている。幸霊は子供のときから道を知る者だったのだろうか。
「呂猗の母は痿痺の病［手や足がしびれて萎えてしまう病気］に十年以上にわたって苦しめられていた。幸霊はその治療に当たった。幸霊は、病に伏せっている母から数歩のところに座り、しばらくじっと目を閉じていた。そして、『お母さまを助け起こしてそこに座らせなさい』と、いった。呂猗は、『もうずっと病気なのです。いまいきなり起きることなどできません』『試しに手を添えてみるのだ』。二人で助け起こすと、幸霊は、『立たせてみなさい』と、いった。母は二人に支えられて立つことができた。少ししてから幸霊は二人を離れさせると、母は自力で歩けた」
道を学び、気を養う者は、己を十分に満たした気の余りを人に与えることができるのだろう。都の道士の李若之はそのようなことができて、それを「布気」と称している。
我が子の迨は小さいときから体が弱くて病気がちである。李若之が迨と向き合わせに座って布気を行ったところ、迨は腹の中から日の出の太陽に照らされたような感じがして、ほかほかとした温もりを得た。
李若之は華嶽でたまたま道を得た異人に会ってこの術を得たという。
【補足】［現代の我々からするとナンセンスな治療法であるが、気［宇宙に充満するエネルギーのようなもの］を人から人へと移転できるとするなら、理に適っていると考えることも可能なのだろう］
■【05-3-022】京師哭任遵聖
【解題】都の近くに滞在する間に、悲しい報せも受けた。同郷の先輩である任孜［字は遵聖］が亡くなったのである。任孜は弟の任伋とともに科挙に合格し、郷里の偉人として「大任」「小任」と呼ばれていた［→作品番号03-2-002］。この詩では任孜のことを「老任」と呼んでいる。
【訳文】
私は故郷に帰らずにいること十年、
子供達は日夜に成長しているが、
自分はやたらと年齢を重ね、しかも次第に衰え凋みつつある。
よしみのあった先輩方が亡くなったと聞くと、
いつも涙を流し、声を放って泣いてしまう。
まして老任先生である……
先生はまれに優れた人で、
我が父も年長者として敬っていた。
文章ではいささか名誉を得て、
詩はきわめて清らかで堂々としている。
官員としての能力も高く、
談笑しつつ万人の上に立った。
問題の多い土地に行くのをむしろ喜び、
土地のならず者を赤子の腕をひねるようにしてやっつけ、
髭をぴくりと動かすだけで狡猾な小役人を震え上がらせ、
悪だくみをする将軍には歯を噛み砕かんばかりの勢いで対峙した。
しかし、哀しいことに不遇の運命であったのか、
才能があるが故にいつも謗られ、
ついに低い地位のまま、
遠い山の地、あるいは荒廃した土地に行かなければならなかった。
私は官界に入って久しく楽しまず、
川や山を隔てて先生を望み見ては、
いずれ退いて先生のもとで田畑を耕し、
季節ごとに酒食をもって労わりあいたいと思っていた。
この懐いはもはや遂げることはできず、
郷里に帰っても、見られるのはうずたかく土が盛られた墓だけなのである。
泣いて都から西を見れば、
落日の内に千の峰が含まれる。
先生にはただ一人の男児があって、
先生は掌中の珠のように大切にして、
七、八歳のころからすでに牛を食らうばかりの気迫を見せていた。
いつかその人が都にやってきたなら、先生のことを語り合いたいものだ。
そのときに、
人はただ息子の優れた器量に驚くであろうが、
私だけは、それは先生譲りであると知っているのだ。
■【05-3-023】与文与可
【解題】4月、蘇軾は都には入れないままに、新たな任地である徐州に向かった。その折に親友の文同［字は与可］［→作品番号05-2-012など］に送った手紙。
【訳文】
私は密州から河中府に移ることになって都の門外にまできましたところ、改めて徐州に赴任することになりましたので、家族を連れて今度は東に向かいます。官に仕えるからには行き先を選ぶものではありませんが、私の見るところでは彭城［徐州］は河中よりも過ごしやすいところでありましょう。
今日はこれから汴河に沿って任地に向かいます。弟も一緒で、聞くところでは貴君と婚姻について相談しているとか、極めて喜びに堪えません。かつてから貴君とは互いに深く契りを結び、さらにまた婚儀をなすとは無窮の喜びで、まことに美事、美事！ ただ我等は貧しい家柄でありますから、どうか貴君は我等を粗野な者とは見ませんように。
出発の間際でごたごたとして、ひどく乱雑な手紙となってしまいました。任地に着いてから改めてお便りいたしましょう。
【補足】［この手紙にあるように、蘇轍と文同の間で婚儀の相談が進んでいて、蘇轍の娘と文同の息子の文務光が後に結婚する］
■【05-3-024】代張方平諌用兵書
【解題】上の手紙にあるように、蘇軾は弟とともに船で汴河を東に下った。弟は、南京留守［南京応天府の知事］になったばかりの張方平の幕僚として招かれていたので、ちょうど同じときに同じ方向に移動することになったのである。都から南京応天府は南東に100キロほどで、速い汴河の流れを下って行くので、移動はたやすく、蘇軾もまずは南京応天府に行って張方平に会った。それは蘇軾が杭州に赴任する途中で陳州に立ち寄って以来で、6年ぶりであった。張方平はその後は公務から退いて南京応天府に隠棲していたのだが、この年の2月に公職に復帰したのだった。張方平は陳州知事であったときにも蘇轍を州学校の教授として招いたので、張方平は蘇轍の人柄を愛していたのだろう。3人が顔を合わせれば、話題は政治上の問題にも及び、西方での軍事行動［→作品番号05-1-044］を止めなければならないと3人の考えが一致し、張方平が皇帝に意見書を提出することになった。それを蘇軾が代筆したのがこの文章である。
【訳文】
臣は兵［軍備ならびに実戦］を好むのは色［性的放縦］を好むのに似ると聞きます。色はいろいろな面で生命を損ない、色をやたらと好む者はきっと死に至ります。兵はいろいろな面で民を賊ない、兵をやたらと好む者はきっと亡びに至ります。これは必然の理であります。
古の聖人は皆やむをえないところから兵を用い、勝つときには完全に安らかであるような福を享け、勝たないときにも意外なところから患いが生じたりするようなことはありませんでした。後世の用兵は、皆しなくてもよいのにしないではいらなくなっての行為であったために、勝ったときにも、後から異変が生じて大きな禍いとなり、勝たないときには、すぐに異変が生じて小さな禍いとなりました。聖人は勝負によって得るものを算段してそれをあてにするようなことはなく、兵を用いた後の禍を深く戒めました。
これはどういうことかというと、十万の軍隊を動かすと一日に千金を費やすばかりでなく、国中が大騷動となります。軍需物質を輸送するための人々が道路を行き来し、農業に携われなくなる者が七十万家にもなります。国庫はたちまち空になり、民衆は窮乏して飢えや寒さに迫られ、その後には必ず盜賊が出没する憂いが生じ、死傷する者、愁い怨む者が多数になり、ついには各地で水害、旱害が頻発するまでになります。すると将軍の中に兵士を擁して跋扈しようとの心を持つ者が現れ、あるいは民衆の中には長く苦役されたのを恨んで反乱を意図する者が現れます。このような異変が百出するのは皆兵を用いることから始まるのです。
このようになったときには、最初に事を興して用兵の議論を始めた者は、最も重い天罰を受けるべきであります。多数の平民が故なくして用兵のために死に、その怨みが天下に充積しているのですから、必ずその咎を受ける者がいなければなりません。だから聖人は兵を用いることには畏れを抱き、重大なこととして、やむをえないときでなければ敢えて兵は用いなかったのです。
古より人の上に立つ君主で、好んで干戈を動かし、敗れて亡んだ者は数え切れないほどたくさんいます。臣はそれらについては敢えて申し上げません。陛下のために、勝った者についてのみここで申し上げたいと思います。
秦の始皇帝は六カ国を平定して天下を一つにし、さらに外に対して兵を構えました。そのために徴兵されて辺境に連れて行かれる患いを天下の人々は被りました。新たな領土を広げたことでは古代からかつてないほどでありましたが、始皇帝が死んで間もなく、天下は怨みから秦に離反し、二世皇帝は殺され、三世の王となった子嬰も擒となり、その滅亡の悲惨さはやはり古代からいまだかつてないものでありました。
漢の武帝は、文帝、景帝の時代の有り余る豊かな富を用いて、まず匈奴に挑みました。戦争は連年続いて終わらなくなり、ついには様々な国へと戦争が拡大していきました。毎年毎年兵士も軍需物資もたくさん徴発し、兵の向かうところではどこでも成功を収めました。武帝が最初に兵を用いたとき、天には大空いっぱいの長さのほうき星が現れ、その春に皇太子が生まれました。それから戦争が続くこと三十余年、無数の死者が生じました。さらには皇太子が反乱を起こして、都におびただしい血が流れ、死者は数万人に及び、皇太子もその子も死んでしまいました。歴史家の班固は、皇太子は用兵の時代に成長し、用兵とともに終始した生涯であったと評しました。武帝は悔んで兵を用いる欲望に自ら克ちましたが、生涯の恨みはついに取り戻すことはできなかったのです。
隋の文帝は南朝の陳を下し、ついで外国との戦争を始めました。皇位を嗣いだ煬帝もその用兵の心は衰えることなく、強国を亡ぼし、その威は万里を震わせました。しかし、民は怨み、賊が起り、隋は瞬く間に亡んでしまいました。
唐の太宗は「神武」といわるほどに無敵で、用兵を最も好み、突厥、高昌、吐谷渾などを破り滅ぼし、それでも満足しないで、自ら兵を率いて遼東に遠征しました。その志は功を立てることにあって、やむをえず兵を用いたのではありませんでした。その後に則天武后の難が起こって唐の皇室は衰え、わずかに一本の糸でつなぐようなありさまとなってしまいました。思うに、兵を用いることの禍いは物の道理として逃れられないものなのでありましょう。太宗は仁聖寬厚にして、己に克ち、人を裕かにして、ほとんど刑罰を用いないですむような治世を実現させました。しかし、その子に皇位を伝えた途端に、子孫は塗炭の苦しみに陥ったのは、太宗のなした善の報いとしてはありえないことであって、それはやはり兵を用たことの禍いによるものなのであります。
以上のように観てきますと、漢や唐が兵を用いたのは寛大な仁政の後であって、勝利もし、用兵の禍いはあってもかろうじて王朝は存続しました。秦や隋が兵を用いたのは暴虐の後で、勝ってもついには王朝は滅亡してしまいました。臣は史書を読んでこのようなところに至ると、国家の計の過ちを傷んで、涙を流さずにはいられません。もしも、始皇帝、武帝、煬帝、太宗の四人の君主に、兵を用いる最初のときに、兵を用いることの難しさをよくよくわからせることができたならば、禍いは歴史に記録されるようなところにまでは至らなかったでありましょう。四人の君主は不幸にして兵を用いれば毎回勝ってしまったために、功利に馴れて、患いを慮ることがほとんどなかったのです。
だから臣は、勝ったときにも、後から異変があって大きな禍いとなり、勝たないときには、すぐに異変があって小さな禍いとなると、最初に申し上げたのです。このことはよくよく考えなければなりません。
昔我が朝の仁宗皇帝は天下を覆い育み、兵に心を用いることはありませんでした。将士は怠惰になって安楽を偸み、武器は錆びて朽ちてしまいました。西夏の元昊がその隙に乗じて、密かに軍隊を動かし、西のはずれの延州、涇州、源州、麟州、府州のあたりに攻め寄せました。宋は破れること数回に及び、一万以上の兵士が失われたこともありました。しかし、天下は落ち着いたままで、一時期の戦闘が終われば事はやみ、民衆に怨みの言葉はなく、国に患いが残ることもありませんでした。それはどうしてかというと、天下の人々は皇帝には兵を好む心がないのを知っていて、天地鬼神もやむをえず兵を用いたという実情をよく知っていたからでありました。
いま陛下には天より賜った勇智があり、富強に意を置いています。即位以来、武器を整備し軍団を編成し、隣国の動きを探っています。群臣は陛下の意向を窺い見て、多くの者が兵を用いることを言うようになりました。そのようになってからは、国政を担う宰相には深く憂い遠くを思う心がなく、軍政を担う重臣には害を慮り難局に向き合い続ける見識がなく、官僚を監督する職にある者にはよい策を献じて忠を納める議論がなく、小さなところから大きなところへと、順に禍いの階段を上るようになりました。
まず薛向が橫山における謀をなし、韓絳は深く敵地に入る計画を立て、陳升之や呂公弼等は陰でこれと力を合わせましたが、軍団は敗れて喪われ、国の財産は消耗してしまいました。このときの敗北は、先の仁宗皇帝時代にくらべたら十分の一にも及ばないものでありましたが、天は怒り人は怨み、辺境の兵士は離反し、都は騷然となり、陛下はこのために一カ月にわたって身を慎まなければなりませんでした。どうしてそのようになったのかというと、兵を用いる端緒を陛下自らが作ったからです。それで、官僚も民衆も、敵を怨むよりも陛下の過ちを思ったのでありました。我が朝の歴代皇帝の積み重なった徳の厚さと、天が天下を保とうとする恩の深さによって、王朝そのものは揺るがずにすみましたが、兵を出しても功がないと、陛下を感悟させるように実は仕向けてくださったのでしょう。
ところが、浅はかな連中は、敗れたことを恥として、努めて勝ちを求めて、それで陛下の心に適おうとしました。それで、王韶は禍いを熙河に構え、章惇は橫山に隙を見せ、熊本は渝瀘で難儀なことをしでかしました。これらは戦果があったように見せかけ、その実はすでに降参したものを殺害したり、老人や病弱な者を捕虜にしたりしたもので、中国本国を疲弊させて空しい無用の土地を取っただけでありました。陛下には勝利の虚名を受けさせ、実際の禍をゆるがせにし、ますます功名に奮い立たせようとするようなことになりました。さらには、沈起、劉彜が南方の地で軍事行動を起こし、十余万人が気候の悪い土地に行かされて、死者が半分にも及び、輸送路に当たる民衆は道に倒れ、食糧や軍事物資は敵を見る前に尽き果ててしまいました。これで兵を用いる意は少しは衰えるものと思われたのですが、李憲が洮州から出兵し、軍団は勝利して、いまは鋭気ますます盛んなありさまとなっています。陛下が一つの勝利を喜ぶのなら、その背後には四方の外国を軽視し、敵国を侮る意があると申せましょう。そのときには、天の意はもはや測り難く、臣は実に畏れるものであります。
戦争の勝った後に陛下が御覧になるのは、凱旋した将軍が勝利を報告し、陛下がお褒めのお言葉を賜り、群臣が祝いを述べるという、実に耳目に目覚ましいありさまでありましょう。しかし、遠方の民が白刃のもとに頭や腹を切られ、あるいは餓えて骨と筋だけになり、あるいは財産を失って流浪し、子供を売り、あるいは失明し腕を折り、さらには絶望のあまり自殺するようなありさまは、決して陛下は御覧になることはないのです。慈父、孝子、孤臣、寡婦が泣き叫ぶ声は、決して陛下がお聞きになることはないのです。譬えれば、牛や羊を屠殺し、魚を切り刻んで、御馳走を作るようなものです。それを食べるならはなはだ美味でありましょうが、殺される牛や羊や魚には非常な苦しみがあります。陛下が、刃の下で牛や羊が泣き叫び、魚がまな板の上でもがくのをご覧になったならば、最高の料理であっても、きっと食べるのは忍びがたくて箸を置くでありましょう。まして、人の命を奪って、耳目に目覚ましいありさまをなすというのはどうなのでしょうか。
陛下の軍団が精強で、国庫が充実して、秦、漢、隋、唐の皇帝のようであっても、勝った後には、先に申し上げた通りに、禍乱がきっとおこり、救いがたくなってしまいましょう。まして、現在の将軍や官僚は軟弱かつ凡庸で、昔の人に比べて全てにおいて及びもつきません。ここ数年来、公私ともに困窮し、長年国庫に蓄積してきたものは地を掃って余りがなく、地方の租税の蓄えも、上納されてほとんど尽きてしまい、官僚の俸給をかろうじて払い続けるだけで、国家の重要な儀式を行った際に払われるべき賞与はずっとないままとなっています。このようなことでは、よほどの知恵者であっても、今後よい方向にもって行くことはできないのであります。
しかも飢饉があり疫病もあって、各地に盜賊が蜂起しているのは、京東路、河北路ばかりではありません。もしもさらに軍事行動がもう一回起こりましたならば、苛酷な徴発がすぐになされ、民衆にはその困窮を告げる先がなくて、勢い大盜賊とならずには、自らの命を全うできなくなってしまいます。外国との争いが深みにはまり、内患も同時に起ったならば、秦が滅亡したときの形勢がまさにいま現出するようになりましょう。これが臣が夜も眠らず、食事の間も嘆息がやまずに憂い、泣くことを止めることができないまでになっている理由であります。
臣はこのように聞いています。大きな事業を成し遂げるには必ず天の心に順わなければならないと。天の向うところに向かって事を挙げれば必ず成功し、天の向かうところに背を向けて事を挙げれば必ず失敗します。天の心がどこに向かっているのかは、災害、祥瑞、豊作、凶作の間に現れます。近年は、日食、星変、地震、山崩れ、水害、旱害、癘疫が連年続いて終わりがなく、民衆の半分が死にさらされています。天の心の向うところはここに現れているのです。しかし、陛下は断然として顧ることなく、事を興してやめようとしません。譬えるなら、父母の前で子が過ちをしているようなもので、子が静かに反省して恭順に自分の失敗を認めて自分を責めるのなら、きっと父母は許すでありましょう。もしも子が召使たちを叱責して、ほしいままに鞭で打ち、それで父母に仕えようとしたならば、父母は決して赦してはくれないでしょう。
臣はこのように願います。遠く先の世の興亡の跡を見て、深く天の心の向うところの道理を察して、兵を用いる意を絶って、国境を保って隣国と仲睦まじくして、静かにして何か事を構えることなく、国家の長久の計画を固くしていただきたいのです。そして、太皇太后、皇太后のお二人に朝夕に仕え、天下の億兆の命を済っていただきたいのです。そうすれば、臣は溝に倒れて死んでも満足であります。
昔、前漢の高祖は群雄を破ってついに天下を一つにし、後漢の光武帝は百戦百勝して漢を再興しました。しかし、高祖は白登城で外敵に囲まれると和親の方針を定め、光武帝は西域諸国から漢の配下に置いてもらいたいとの申し出があるとそれを謝絶しました。この二帝は兵を用いることを知らなかったのではありません。多くの戦乱を潜り抜けて、深く遠く患いを慮ったのであります。いま陛下は深く宮中におられるままで、軽々しく討伐を議論されています。臣は凡庸で臆病でありますが、ひそかにそれは過ちであると思っています。
臣下の者が主君に意見を申すときに、主君がすでに厭わしく思っていることならそれを止めるのは、力を使わなくても簡単にできます。しかし、主君が鋭意行っていこうとしているときに、それを折るのは非常に成功しにくいことです。およそ血気さかんな者は皆勝つのを好む意があります。その意気盛んなときには、そこらのつまらない人間であっても、それをやめさせることはなかなかできません。智識が特別にあって、度量が人に過ぎたる者でなければ、勇み奮い立っている最中に、自分の考えを捨てて、人の意見に従って、正しい義を聴こうとする者はありません。今陛下は武を用いる意欲が盛んで、その勢いをほかに振り向けることはできません。そのようなことを臣は知らないわけではありません。しかし、意見を献じてやまないのは、陛下がまことに聖德寬大で、よい考えを聴いて納められるのをこれまでにも見ているからであります。衆人が普通に勝ちを好む心を陛下には望まないのであります。
さらに臣はこのように思います。陛下が将来自ら兵を用いたことの害を御覧になったときには、必ず哀痛悔恨されて、左右の大臣が一言も言わなかったのをなぜかと追求されるでありましょう。だから敢えてここに申し上げるのです。
臣は老いて間もなく死ぬ身であります。地下で先帝にお会いしたときに、ここで何も申し上げておかないでいたのなら、合わせる顔がありません。そのような臣の思いを察してどうか哀れみください。
【補足】［これは張方平のために代筆したものであったが、蘇軾の用兵論の到達点で、これから後の蘇軾はもっぱら平和主義者として事を論じるようになる］
■【05-3-025】宿州次韻劉涇
【解題】張方平はすこぶる蘇軾兄弟に厚く、蘇軾が南京応天府から徐州に向かおうとすると、蘇轍も一緒に行くのを許してくれた。兄弟は引き続き行動を共にし、南京応天府からさらに100キロ余りで宿州に着き、知事の劉涇［字は巨済］と会った。これは劉涇の詩に次韻したもの。劉涇が父親の喪に服していたときに蘇軾が送った手紙を作品番号03-3-005で見ているが、その後、劉涇は公務に復帰していたのである。この詩には「劉涇の亡くなった兄の劉汴も文章に優れていた」と添え書きがあり、その兄の死は不本意なものであったようで、劉涇は世の中に対して不満を抱いていた。
【訳文】
私はいま引退して休みたいとの思いがあって、
楽器を奏でるような気分になることももはや稀で、
春に新しい衣服を新調して気の合う仲間とそぞろ歩きを楽しめるようになるのは、
果たしていつのことだろうか。
あれこれ愁いがあるために、いわゆる「白髮三千丈」で、
用のない身であるために、皮ばかりがだぶだぶにたるんでしまっている。
若い頃から、富貴は危機を踏まねば得られないいやなものであると知っていたが、
いまでは、文章は実につまらない小さな技であると覚っている。
昔、陸機は刑に臨んで、かつて親しんだ鶴の声を想って嘆息した。
鶴はいまも大空を飛んでいようが、貴君の兄はもはやいない。
そのために私はこの詩を吟じつつ涙する。
【補足】［（1）陸機の故事のココロは、死に際して、自分にとって本当に大切なことが何であるのかをやっと気付いたのでは遅いということ。（2）劉涇は不満を軽々しく口にする傾向があったようで、もう少し深く物事を考えてはどうだろうかと、この詩はかなり遠まわしに言っているのだろう］
■【05-3-026】徐州謝両府啓
【解題】蘇軾は4月21日に徐州に到着した。徐州は京東東路に属し、彭城、沛、蕭、縢、豊の5県が属し、州の役場は彭城県にあった。すぐに着任報告を兼ねて皇帝に感謝する書状を差し出し、同時に中書省と枢密院にも謝礼の文章を提出した。ここでは後者を見ておこう。
【訳文】
河中府知事への異動でさえもすでに我が身を超えた昇進と愧じ入っておりましたところ、泗水を臨む地へと改まり、そこは唐代においては藩鎮の中でも特に勢いの強かったところでありますので、まことに忝く存じた次第にございます。すでに土地の人々と会い、風俗を見て回りましたところ、地形の要点としては東南の地が水と陸とが当たるところとなっております。いま民衆の食糧事情は厳しく、春から夏にかけて干害と蝗害を蒙りつつあり、誠実な官員を得て千里四方の疲れた民を安んじる必要に迫られています。私などは才能は人に及ばず、学んだものは実用的でなく、先に都で御用を務めはしましたが、まことに拙くて職務を全うするのは難しいと自覚し、しばしば地方の知事職に就くことを願い出ましたのは、それが最善の計であろうと思ったからです。かくして三つの州を往き来して合計七年となり、足は常に危機を踏み、風波の険をかろうじて脱してきたのであります。心には行政の実務だけがあって、もはや学問も根本は忘れ去ってしまいました。それでも故郷に帰って農地を耕す決心がつかないままに、敢えてまた別の善い場所を願い出たのでありました。伏して思いますに、どのような官職にあろうとも、万物を正しく衡って、お上と心を一つにして、堅実であることをさらに堅くし、陶冶に力を尽くし、悪を正して、民に恩を施すために、疲れた体にも鞭打って、鈍きを磨いて、天の恵みに酬いる所存にございます。
【補足】［原文は独特のリズムで重々しい言葉を並べていて、具体的な記述はわずかしかない。興味深いのはここで地形の要点として挙げていることで、半年も経たないうちにそれがまことに慧眼であったと知れるようになる］
■【05-3-027】徐州送交代仲達少卿
【解題】前任の徐州知事であった江仲達が蘇軾の到着を待って徐州を離れたので、この送別の詩を贈った。
【訳文】
この無用の身をもって東に来た。
この不才を慰めてくれる江山があるのを頼みとしよう。
前知事殿は、とっくに衰え切ってしまった私を嫌うことなく、
再三にわたって酒樽を開くのを許してくれている。
町中に満ちているのは前知事殿の遺された愛、
それを誰が継げるのか。
人々は前知事殿が乗る舟を挽いて留めようとする、
しかし、舟は還ることなく、
人々は仕方なく、
舟が遥か彼方に消えるまで見続けるのである。
前知事殿は帰郷して後に、
再び青雲の志を抱くことがあるのだろうか。
故郷の町の景勝地を巡って、
懐かしい人々との交遊に明け暮れるのであろうか。
■【05-3-028】和孔密州五絶
【解題】蘇軾と交替で密州知事になっていた孔宗翰［字は周翰］［→作品番号05-2-041］から密州の庁舎の近くの景物を詠んだ5首の絶句が送られてきたので、それに和した。5首のうち3首を訳す。
【訳文】
其の二 春歩西園見寄［春に西園を歩んで寄せ見る］
庭を開いて人々を招き入れるのは、
徐州知事の毎年の恒例の行事、
春に背くことなくその楽しみが行われてきた。
今年の知事殿の後には、
それを継ぐはひどく難しくなるであろう、
聡明にして、人に恵む慈愛に溢れているからである。
【補足】［春に西の園を歩いて詠んだ詩に和した］
其の三 東欄梨花［東欄の梨花］
梨の花は淡い白、柳は深い青、
柳の絮が飛ぶとき、町は梨の花に満たされる。
東の欄干のもとで雪のような花を開かせる二株の梨――
悲しく思うのは、
人生においてこのようにして清明節を迎えられるのはあと何回だろうかと。
【補足】［東側の欄干の傍らにある梨の花を主題とした詩に和した］
其の五 堂後白牡丹［堂後の白牡丹］
町に西にある千葉［牡丹の一種］もなかなかに結構なもの、
酔ったような赤い顔で春の風に笑って舞っている。
しかし、部屋の後ろの白い牡丹にはかなわない。
氷の玉のように潔く、蜂でさえも近づくことができない。
【補足】［この詩には、蘇軾自身の注で、「孔君には大勢の声伎がいるのだが、客人は見ることができない」と、記してある。つまり、白い牡丹は実は歌の上手な妓女を指し、孔宗翰がそれを大切にして蜂［客人］を寄せ付けないとからかっているのである］
■【05-3-029】和趙郎中見戲二首
【解題】密州副知事の趙庾［字は成伯］［→作品番号05-2-045］から戯れの詩がきたので、それに和して返した。趙庾の詩には、徐州の妓女は密州の妓女に及ばないだろうという戯れが含まれていたので、徐州には有名な燕子楼の故事があると、この詩で応じている。白居易に燕子楼を詠んだ詩があり、それによると、唐の時代に徐州知事となった張建は、徐州一の妓女の盼盼と恋に落ち、燕子楼を建てて盼盼を迎え入れた。後に張建が亡くなると、盼盼はその恩を思って、他所には適かないと誓って燕子楼にひとり住み、後に絶食して死んだ。
其の一
燕子楼の人が亡くなってから三百年、
簾を巻き上げて見る景色は、
杜牧が愛した揚州に及ぶものではないだろう。
それでも、西の河中府に行っていたなら、
徐州にはとても及ばないということになっていたはずだ。
河中府では楼閣の上で空しく崔徽の歌を唱えなければならなかったろうから。
【補足】［この詩は、白居易、杜牧、元 稹という唐代の三人の有名人の詩を踏まえていて、それを知る人が読むと、膝を打って感心するというもので、現代の我々がわからないのは仕方がない。徐州の燕子楼は解題に記したように白居易の詩があり、揚州は天下に名高い雅な町で、杜牧はその魅力にとりつかれて一時期その遊里に耽溺した。元 稹には崔徽という女性を歌った詩があり、それによると、裴敬中という者が河中に赴任したときに崔徽と親しくしたのが、裴敬中が帰るのに崔徽は従うことができずに河中に残され、悲しみのあまり病になってしまったのだった］
其の二
密州で貴君と飲んだとき、
貴君が歌うと、私は藤の牀を叩いて調子を取った。
酔いが回ると、貴君は、
「来年はもう六十、はて、どうしらよいのやら」
と、必ずつぶやくのだった。
酔い崩れそうになったときにこそ、
風采をしっかりと整えることが大切である。
だからといって、
人前で妙に格好をつけることはないのだが。
■【05-3-030】与司馬温公
【解題】このころに司馬光［字は君実］に宛てた手紙。冒頭に「再び」とあるのは、作品番号05-3-018に続く手紙だからである。
【訳文】
再びお手紙差し上げます。貴君の『超然台の詩』は不肖の私にはふさわしくないほどに優れた作品で、東の小さな町にきた者にとってこれ以上にない有難いものであります。ただ、私を褒めてくださるのはあまりにも超過しております。長らく貴君の新しい文章を拝見することがなかったのですが、このたび『独楽園の記』を拝受し、繰り返し誦じつつ味わっております。私の力量不足を省みることなく一篇の詩を作りましたので、お笑いください。彭城［徐州］は山水に優れ、江湖には魚や蟹が豊富で、訴訟事は少なく静かで、盜賊は減少に向かい、拙い我が身をしばし置くには結構なところです。ただ友人は遠くに離れ、弟は長くは一緒にいられませんので、寂しさが増すことでありましょう。
【補足】［司馬光の『独楽園の記』とそれに応じて作った蘇軾の詩は次に見ることになる］
■【05-3-031】司馬君実独楽園
【解題】司馬光［字は君実］は洛陽の邸宅の庭を整備して「独楽園」［独りこの園に楽しむ］と名付け、『独楽園の記』を書いた。蘇軾はそれを読んでこの詩を作って司馬光に送った。
【訳文】
独楽園の建物の上に青い山があり、
独楽園の建物の下に流れる水がある。
独楽園はわずかに五畝の広さ、
それでも花や竹が秀でて、自然の野の趣がある。
花の香りは、園を巡る人の杖や履についてまわり、
竹の色は、園で憩う人の盃や斝の中に映る。
春の終わりは樽酒に楽しみ、長い夏は碁を打って過ごす。
洛陽には古より才子が多く集まり、風俗は今も優雅である。
先生は独楽園に篭って外には出ないけれど、
洛陽の人々を挙って先生のもとへと訪れる。
先生は衆人と楽しんでいるようではあるけれど、
実は独楽園は独り楽しむところなのである。
先生は独りで何を楽しんでいるのか――
自身に備わるものが完全であるとき、
その德は形として外には現れ出ない、
だから、何を貴んでいるのかを知る人は稀である。
先生はそのようして独り楽しんでいるのだか、
天下の人々は、
先生がこの世界を正しく鍛錬し直してくれることを望んでいる。
子供も先生を讃えて歌い、
使い走りの僕に至るまで先生を知らない者はいない。
このようであるのに、
先生は独りで一体どこに行こうとしているのか。
造物者は決してこのままにはしておかないに違いない。
私などは、いまだに世間の名声を追い掛けているのは、
天が罰として与える病のようなものなのだろう。
それでも、先生がずっとだんまりを決め込んでいるのを、
手を打って笑ってもよいのではなかろうか。
【補足】［（1）この詩の終わりは、独り園で楽しんでいないで天下のために働いてほしいと要望したのである。（2）司馬光は子どもでもその名を知っているとこの詩にあるが、蘇軾も引けを取らないくらいの有名人になっていた。ちょうどこのころに、高麗国からきた使者が杭州を通過した際に、蘇軾の詩集を探して買って帰ったとの話が記録されている。もちろん著作権などというもののない時代であるから、誰かが勝手に蘇軾の詩を集めて本にしたのであって、たくさんの誤りのある海賊版が横行し、むろん蘇軾のもとに印税が入ったりするようなことはなかった］
■【05-3-032】保母楊氏墓誌銘
【解題】蘇軾と蘇轍にはそれぞれに乳母がいて、2人とも母が蘇の家に嫁いだ際に連れてきた女性だった［→作品番号01-2-001の年譜］。以来、乳母はずっと兄弟のもとにいた。そのうちの蘇轍の乳母の楊金蝉が6月11日に徐州で亡くなった。それから8年後に蘇軾はこの墓誌銘を作った。
【訳文】
先夫人［兄弟の母］の使用人であった楊金蝉は眉山の人である。三十歳のときに初めて蘇の家にきた。柔順で、善いことに素直に従い、弟の轍の乳母になり、熙寧十年［1077年］六月巳丑に徐州で亡くなった。六十八歳だった。臨終に至っても乱れることはなかった。そのとき轍は南京応天府で官職に就いていたので、柩を応天府の開元寺に仮に安置した。
それから八年、軾は黄州から汝州に異動となった際に南京応天府を通ったので、応天府の東南三百里にある広寿院の西に正式に葬った。元豊八年［1085年］二月壬午であった。
銘に曰く。
百世の後、陵や谷は位置を変えることがあるだろう。しかし、蘇子の乳母のために、ここは毀さずにおいてほしい。
■【05-3-033】次韻子由与顔長道同遊百歩洪、相地築亭種柳
【解題】徐州には百歩洪という景勝地があった。徐州の州庁がある彭城の町から東南二里にある早瀬で、数里にわたって激流が岩に衝突する壮観を呈する。そこに弟と顔復［字は長道］とともに遊んだ。蘇軾は百歩洪のほとりに土地を選んで亭を築き、柳を植えようと考えたことがこの詩の終わりに見える。顔復は先に見た『鳧繹先生詩集叙』［→作品番号05-1-082］にその名が記されていた人物で、このとき彭城県知事であった。
【訳文】
朝早くに役所に座ったものの、席が暖まる前に帰り、
部屋を閉ざし、静かに一日を過ごそうとした。
臥せっていると、
客人がきたのが聞こえ、
あわてて履き物をさかさまにはいて迎えに出た。
両眼は朦朧としてまだ半分眠っていた。
町の東の泗水へ歩いて行こうでないかと誘われ、
曲がりくねる路を進んで百歩洪に出てみた。
そこは雪の白さを翻すかのよう。
私は想像する――
駿馬に青い綱を付ける、馬は身を縮める、馬は脚を踏み出す、
波の上を飛んで、向こう岸の柳の陰の下に行くのだ、
馬はたとえ激流に落ちても、両脚を踏ん張るなら、水中より三丈の高さへと飛び上がる、
鬣をふるって、声も乾くばかりに長く嘶く。
何かに取りつかれたような興奮、
少年のころにあったものから私は久しく遠ざかってしまっていた。
私は想う――
故郷の剣関を削って巡り流れる嘉陵江の急流、
それでも、剣関には車でも通れるような広い道が通じている、
帰ろうと思えばいつだって帰ることができるのだ。
山中の昔馴染は大いに笑うだろう――
百歩洪に亭を築いて柳を植える気でいながら、
いったい還るつもりがあるのかと。
■【05-3-034】和李邦直沂山祈雨有応
【解題】このころ李清臣［字は邦直］［→作品番号作品番号05-2-005など］は京東東路の役人として徐州にいた。作品番号05-3-026で見たように、この年も干害が心配されていたので、李清臣は沂山で雨を祈りに行った。それに応じてすぐに雨が降ったので、そのことを詩に詠み、蘇軾はそれに和した。沂山は密州から西に数十キロにあって、徐州とはかなり離れているので、雨を祈りにわざわざ遠くまで行ったのだろうか。
【訳文】
日照りが続くと、
高い土地の田には黄色い土埃が生じ、
低い土地の田には蒼耳［荒れ地の雑草］が生じるという。
いまや蒼耳さえなく、麦はどうかと問うまでもない。
雨を司る竜は眠りこけていて、少しは恥ずかしいと思ったのか、
大麦も小麦も枯れてしまった後になって、
地を洗うような雨をようやく降らせたのだった。
雨はいったどこからきてくれるのだろうかと思っていたころは、
百歩洪の急流の音を雷かと聞き違えたりしたし、
試しに町の高台に上って見たら、
天の際に至るまで、どこもかしこも菽も粟も枯れ枯れで、
飢えからくる火が腸を焼くばかりで、ぐうぐうと牛が吼るよう、
秋の稔りのときまでとても待てるような気がしなかった。
半年も雨が降らなかったのは、竜がなまけていたからなのだが、
竜はといえば、
「わしではない、わしより偉い天公を怨んでくれ」
と、ぼやいたのだった。
今朝のひと雨で罪はすっかり償えたと思ったのか、
竜も土地の神も、
「この雨はわしら功績だ」
と、言い立てている。
かく言う私も、実のところ、何の功績もなく、
天下の倉から毎日穀物を盗み食いしているのであるから、
竜と同じようなものだ。
李君は、その詩で、皇帝のお使いとして竜の怠慢を赦さないと言われる。
ならば、私も自分の罪をこの詩で白状しておかないとならない。
■【05-3-035】与梁先、舒煥泛舟、得臨釀字、二首
【解題】梁先［字は吉老］、舒煥［字は堯文］とともに舟を浮かべて遊び、詩を詠み合った。蘇軾は「臨」「釀」の二字が割り当てられたので、それを韻に用いて二首作った。梁先は蘇軾の名を慕って教えを請いにきた人であるようだ。舒煥は徐州の学校の教授。
【訳文】
其の一
彭城［徐州］は古くから戦の多かったところ、
旅人は所縁の地の数々を眺めることにも厭きてしまう。
西からは汴水が、北から泗水が流れてきて合わさり、
百丈の深さの潭がここにある。
なつかしい人は千里の道のりも軽いものと、
足を傷だらけにして尋ねてくれた。
このよき客人をどのようにしたら楽しませることができるのか。
この潭の水で貴君の心を洗うのである。
【補足】［これは梁先に贈ったもの。この詩によると、梁先とはかねてから縁があったようだ］
其の二
老いた知事［蘇軾］は書類を厭い、
先生［舒煥］は、師弟の席は一丈の間を空けるべきだという礼法にこだわりはしない。
二人の風流は魏晋のころの士大夫にも似て、
談笑すれば太古の時代に還ったかのような気分になる。
百歩洪のあたりもたちまち過ぎ去ると、
水の色は緑となって釀された酒のようである。
この楽しみは軽々しいものでない、
清くかつ自由なのである。
■【05-3-036】次韻答邦直子由五首
【解題】李清臣［字は邦直］［→作品番号05-3-034］と弟が詠んだ詩に次韻した。
【訳文】
其の一
夢の中でも、役所の書類は乱雑にひっくりかえったまま、
これほどまでに間抜けで怠け者であるのなら、
たぶん、呆れ返って許してもらえるのではなかろうか。
門を閉ざせば、僧舎の冷やかなのにも似て、のんびりと詩を作り、
そのうち横になって、聞こえてくるのは遠い急流の音。
つまらない懷いを忘れるには酒がよく、人と逢ってともにするのはもっとよい。
酒を呑めば眠ってしまい、
夢の中では、今度は文章が手を翻すように思うがままにできあがる。
調子に乗って、
喙を三尺ほども伸ばしてとんでもないことをいってしまいたくなるのだが、
貴君等がお瞋りになるのが怖くて、呑みこんでしまった。
其の二
町の南に住む李君は交遊を好む、
しかし、あぐらをかいて狂歌するような放縦なところはない。
李君は主を尊び民を庇い、道を得た者である。
私は天から授けられた命を知り、憂いがない。
李君は酔うと毎晩のように舞を見て楽しみ、
静かに秋を送る詩を詠むこともする。
李君は瀟灑で俗なところはないのだが、
果たして私を樽前の客として迎えてくれるのだろうか。
【補足】［これは李清臣に向けて詠んだもの］
其の三
尊敬すべき弟が東からきてくれたけれど、
ここは何もなくて寂寞としている。
昔馴染の人と呑んでくさくさした思いを慰めるのである。
町のすみは草むらに埋もれ、
そこに新たな道を開いて百歩洪に行くと、
雨で水かさが増え、もとの早瀬がなくなっている。
君の車馬の跡が消えるより先に僕の車馬は追いつこうとし、
その間を詩文の応酬が往き来するので、字を丁寧に書いているいとまがない。
この詩は君に見てもらってから書き改め、李君に見てもらおうと思っている。
【補足】［これ以降の三首は弟に向けて詠んだものである］
其の四
君は僕のためにここでぐずぐずしていてくれるけれど、
別れた後の寂しさを思うと、
僕はいまから憂いてしまうのだ。
近くにいても会わなければ千里の遠くにいるのと同じといいはするが、
やはり一緒にいるのがよいのであって、
官職より退いて故郷に帰って、
十年の歳月は君と遊んで過ごしたいものだ。
残念なのは僕等にはちっぽけな家さえなくて、
居心地の悪いところで辛抱していないとならないことだ。
聞くところでは、朝廷には立派な鳥がたくさん飛んでいるようなので、
鳥を捕らえる網も、岸辺に浮かぶ鴎にまでは及んでこないであろう。
其の五
わずかな俸禄のために塵まみれになる労苦があっても、
官職に留まっている方がまだましなのだろうか――
この鬱々とした思いを鎮めようと、戸を閉ざして部屋に閉じこもる。
嚢の内にあっても稲の尖った穎が飛び出すように、
自分が目立つ存在になってしまうのを僕は恥ずかしく思う。
漢の時代の朱雲は、皇帝のお気に入りの人物を批判して罰せられたとき、
これで古の忠臣と地下で顔を合わせることができると言った。
僕はその朱雲と地下で遊べるようなことをまだしていない。
特にすべきことがなければ気持ちよく呑むのがよいだろう。
故郷に帰りたいと思ったなら、昔の人の望郷の詩を唱えればよいだろう。
羨ましいのは、君の仕事場が僧舎のように静かであること、
毎日南の方を眺め、鴎が水浴びをしているのを見ていればよいのだから。
【補足】［（1）この詩の末尾は、弟が務めるのは張方平のもとであるから、何の問題もなく治められ、仕事もないだろうということ。（2）李清臣が昔のことを思い出して詠んだ詩にも次韻しているが、訳は割愛する］
■【05-3-037】宝絵堂記
【解題】都の貴公子である王詵［字は晋卿］［→作品番号05-3-011など］に請われてこの文章を記した。
【訳文】
君子は、意を物に寓せるのはよいけれども、意を物に留めるのはよろしくない。意を物に寓せるときには、ささいな物であっても十分に楽しみとすることができるであろうし、特殊な物であっても病となるほどのことにはならないだろう。意を物に留めるときには、ささいな物であっても病となってしまうであろうし、特殊なものであっても楽しみとするには足りなくなってしまう。
老子はこういっている。
「五つの色は人の目をくらませ、五つの音階は人の耳をこわし、五つの味は人の口を損ない、野を駆けて狩猟することは人の心を狂わせる」。
聖人はこの四つのことが起こるまでにならないように、いささか意を寓せるだけにしたのである。
劉備は英雄であったけれども特別な髪型に結うことにこだわり、嵇康は達人であったけれども刃物を鍛錬することを好み、阮孚は豪放であったけれども屐に蝋を塗る趣味があった。これらは先の四つのこととはまた異なるけれど、三人は生涯これを楽しみとして厭くことがなかった。
いろいろと人が喜ぶべき物があるなかで、人を存分に悦ばせて、しかも人を惑わせてしまうようなことがない物といえば、書と画に優るものはない。それでも、意を書画に留めるあまり、執着心から離れられなくなってしまっては、ひどい禍いとなってしまうことがある。鍾繇はある人にある筆法を求めて教えてもらえず、悔しさのあまり胸を叩いて血を吐き、その人が死ぬと墓を暴いて得ようとした。孝武と王僧虔は書法を巡って憎み合い、桓玄は書画を惜しむ余り、走る船の上に保存し、王涯は壁の後ろの秘密の部屋に隠した。これらの児童の戯れのような振る舞いは、その身に不幸にもたらし、国家を損ないもした。これは意を留めることによる禍いである。
私は若いころに書と画を好み、家に所有する物については、ひたすらそれを失うことを恐れ、人の所有する物については、それを自分に与えてくれないのを残念に思った。
その後、自分で自分のことを笑ってこのように思った。
「私は富貴を軽んじて、それよりも書を重んじた。死生を軽んじて、それよりも画を重んじた。これは誤った逆さまの価値観で、人としての本心を失ったものではなかろうか」
それからは以前のように好むことはなくなり、喜びを与えてくれるようなものを見て、ときにそれを自分の手元に蓄えることがあっても、それを他の人が取って行ったところで、惜しむようなことはなくなった。それは、雲や霞が前を通り過ぎて目に感じさせ、百種の鳥が鳴いて耳に感じさせるのに譬えることができるだろう。喜んでそれに接するけれど、自分のもとから過ぎ去っても、それに執着することない。ここにおいて書と画の二物は常に私の楽しみとはなっても、私の病となることはなくなった。
王君は皇室の親戚ではあるが、その服装、礼儀、学問、詩書はいつも貧窮の士とともに競い合い、普段の暮らしからは美食を除き去り、声色を遠ざけ、もっぱら書と画に従事し、私邸の東に「宝絵堂」を作り、所有するところの物をそこに蓄えている。そのことについて書くよう私に文章を求めた。私が恐れるのは、王君が不幸にして、私が若いときに好んだのと同じようであることだ。それで、このことを書いて王君に告げることにした。その楽しみを十分なものにして、病から遠ざかることを願うものである。
熙寧十年七月二十二日記す
【補足】［蘇軾は、弟が小さいときから書画に執着することがなかったと記していた［→作品番号01-2-008］。ここに書いているのは、兄もようやく弟の境地に近づいたということであろうか］
■【05-3-038】与杭守
【解題】杭州知事に宛てた手紙。ここでいう知事は、この年の5月までその任にあった蘇頌［→作品番号04-2-022］であると推定されている。
【訳文】
私が近頃浙中から来た者に聞いたところでは、杭州の人たちがいうには、ここ数年の饑饉続きで、もしも貴君がいなかったならば、人は魚の餌になるか蟻に食われるかであっただろうと。貴君が杭州を去るに当たっては、泣いて慕う者が数えられないほどにいたと。貴君はいったい杭州の民に何を施してそこにまで及んだのでありますかな。羨ましい限りです。
聞けば、兪主簿君が私への遣い物を貴君に託したとか。よもや徐州までお持ちいただくには及びませんので、全て范子礼君に預けてくださいますように。貴君にはいろいろ借りがありますが、天が窮まった人を養う一例であると思うことにいたしましょう。……
【補足】［蘇頌は杭州での任を終えて都に帰還し、その折に、蘇軾が杭州にいたときに交流のあった兪という人物から蘇軾に渡してほしいと物を託されたことがここに記されている。蘇軾はそれを范鎮の一族と推測される范子礼に預けてほしいと頼んだのである］
■【05-3-039】送顔復兼寄王鞏
【解題】顔復［→作品番号05-3-033］が都に行くことになったので、その送別の詩を詠み、兼ねて王鞏［字は定国］に送った。王鞏は名宰相であった王旦の孫で、かつて蘇軾が都にいたころから、蘇軾に教えを請うような形での交流が始まっていた［→作品番号03-2-010］。王鞏はこの後しばしば登場する。
【訳文】
徐州の官舎は水のように冷ややかである。
ここで私とともに遊ぶのは誰であるのか、
顔淵［孔子の高弟］の遠い子孫の貴君である。
我は衰えかつ病み、貴君は困窮している。
衰窮したとはいえ、ともに正しい道理を守っている。
ところが、貴君はどういうわけで私を捨てて行ってしまうのか。
この暑さのなか、軽い上着をひっかけて千里の旅に出ようとしている。
貴君に問う。
「何か求めるものがあるのか」
貴君は答える。
「そうではなく、成り行きなのだ」
「都では万事日日に新たになって、
知り合いでもとのままであるのは今幾人もいないだろう。
貴君は牛行街のもとの宰相のお宅を知っているだろう。
門を叩いて王居士［王鞏］に面会を求めるとよい。
王居士は詩も草書も妙所に入った人である。
王居士は別れてから紙を連ねてたびたび私に手紙を送ってきて、
会えないのがはなはだ残念であると書いている。
そして、重陽の節句にはともに菊の花を愛でようと約束もしている。
貴君が都から帰るときには、王居士を呼んで一緒に連れてきてほしい。
王居士はいまは官職に就いていないので、
どこに行こうがとやかく言われることはないはずだ。
太乙老仙殿［張方平のこと］は静かに家に篭っておられるだろうから、
王居士がその門に至って道を問うにはいまがちょうどよいだろう。
そこから徐州まではわずかな道のりである。
君よ、どうか王居士のお尻を叩いて引っ張り出してほしい」
仲間がそっくり集まって一酔を得るのも実のところ簡単ではない。
いまから羊を飼い、酒を醸して準備しておくとしよう。
【補足】［（1）王鞏は張方平の婿である。都から南京応天府を経由してくるなら、舅に挨拶をした上で自分のところにこられるというわけである。（2）この詩は7月の終わりから8月の初めのころに詠まれたと推測されている。実はそのころすでに重大な事態が徐州に迫りつつあった。雨が少なかったのは一時的なこと、あるいは局所的なことであったのか、それとも竜が頑張り過ぎたからなのか、干害を心配するどころではなくなっていた。7月17日、徐州から北に200kmほど離れた澶州曹村埽で黄河が決壊し、溢れた水が完全にコントロール不能になってしまっていたのだった］
■【05-3-040】書諸公送鳧繹先生詩後
【解題】顔復は、鳧繹先生こと顔太初の子で［→作品番号05-1-082］、40年余り前に、顔太初が蜀の閬中県に赴任した折に、人々が贈った送別の詩を集めた書物が残っていて、顔復はそれを蘇軾に見せて、一文を書き添えてほしいと頼んだ。
【訳文】
鳧繹先生が亡くなってすでに三十年余り。
その息子［顔復］との交遊が始まったばかりのときは、私は先生の子であることを識らなかったのだが、その人となりは知ることができた。
鳧繹先生が閬中主簿になったとき、餞別の詩を贈る者がおよそ二十人余りもいて、皆がその時代の名高い豪傑ばかりであった。その景祐年間から今に至るまでおよそ四十年余り、皆が老いてほとんどの人が亡くなり、残るのは張宗益君だけである。
鳧繹先生の盛徳と、諸賢の遺烈を想い、歳月の留まらないのを悼み、人事の変化の速さに感じ入りつつ、この詩集の終わりにこの文を書き、後の人がこのころの風流を想い見るよすがとなればと思うものである。
【補足】［ただ一人残ると記されている張宗益がいかなる人であるのか、官員としてのわずかな履歴が記録に残るだけであるという］
■【05-3-041】顔楽亭詩
【解題】顔復は孔子の弟子の顔淵の遠い子孫である。このころ、密州知事の孔宗翰は顔淵の旧居とされる場所に亭を建て、顔楽亭と名付けた。蘇軾はその経緯を記した序文と詩を作って孔宗翰に寄せた。
【訳文】
顔淵の住まいは、狭い路地にあったと『論語』に記されている。その後は井戸だけがあって、顔氏が長くそこに住んでいたわけではない。密州知事の孔宗翰はその地を得ると、井戸を浚って修復し、そこに亭を作って、顔楽亭と名付けた。
昔、孔子は、竹の器に飯を盛り、小さな瓢で水を飲むだけの質素な暮らしをしている顔淵の賢を讃えた。しかし、韓愈はそのようなことは道理に明らかに通じる哲人にとっては小さなことだと言った。本当にそうなのだろうか。
私が思うに、古の人が人を観るときは、必ず小さなところを観察した。大きなところには偽りがありうるからだ。
人は、千金の価値のある璧を砕いて、釜を破るような大声を発することもできなくはないし、猛々しい虎を撃ち、蜂の大群に襲われても平然としているといったこともできなくはない。竹の器に小さな瓢が哲人にとって大きなことであるのを多くの人は知らない。
そこで私は『顔楽亭の詩』を作って孔君に送り、韓愈の説を正し、もって自分自身の戒めとするものである。
天が人間を生んだとき、口と鼻を作った。
口はおいしいものを食べたがり、
鼻は香りのよいものを嗅ぎたがる。
おいしいものがあれば必ずまずいものがあり、
香りのよいものがあれば必ず臭いものがある。
そうした二項対立を離れて天［の道］に遊ぶのでなければ、
口、鼻、耳、目、心、知の六種の鑿［で作られた穴］のせめぎ合いに陥ってしまう。
六種の鑿の執着するところに従って一歩ずつ進むうちに、
遠く帰れないところにまで至って大悪人となってしまうのだ。
顔淵の偉大さは、
狭苦しい路地の奥で安らかに暮らしていたことにある。
古代のある勇士は武者震いしただけで虎や豹を走らせたというが、
顔淵の身の内にはその勇士以上のものがあった。
私は最高の楽しみとは何かを求め、手本となるものを探してきたのだが、
小さな瓢を手にして顔淵に従おうとして、
ふと気づくと、顔淵は我が後ろにいる――
顔淵はあくまでも路地奥につつましく留まっているのである。
■【05-3-042】快哉此風賦、並引
【解題】李清臣［字は邦直］［→作品番号05-3-036］は徐州の町の東南の隅の眺めのよい場所に亭を建て、蘇軾はそこを訪れ快哉亭と名付けた。蘇軾は『快哉此風』と題する賦を作った。賦の本文を訳すのは訳者の力量を超えるので割愛し、短い序文だけを見ておく。
【訳文】
引［序］
時に呉琯、舒煥、鄭僅とともに韻を分けて賦を作った。私は最初に「風」の字を韻にして作った。その他の作品はここには記録していない。
【補足】［（1）この序文を訳したのは、蘇軾と交流のあった人物名を見ておきたかったからで、呉琯［字は彦律］は徐州の酒税に関する仕事をする人、舒煥［字は堯文］は先に見たように徐州の学校の教授、鄭僅［字は彦能］は地元の士人である。（2）快哉亭の名は蘇軾のお気に入りだったようで、すでに密州でその名を用いていて、その後、黄州でもまた用いることになる。なお、現在の徐州市に快哉亭公園があり、そこの快哉亭にこの賦が刻まれているという］
■【05-3-043】蝎虎
【解題】詩の題にある蝎虎とは守宮のこと。宋代の人々はいわゆる「詩的」ではないものをも詩の題材とし、先輩の梅堯臣はミミズやドジョウを詩に詠んでいる。
【訳文】
鶏は黍を啄むように蝎を啄む。
窓の間に潜む守宮は蝎を食らうので蝎虎と呼ばれる。
守宮は暗い中で舌を伸ばして飛ぶ虫を捕る。
虫捕りが成功する工夫は、腰と背骨の使い方にあるようだ。
ずるずるにゅるにゅる壁に張り付いて動き、
そのいやらしいありさまには誰も感心しない。
今年の日照りでは蜥蜴を呼んで雨乞いをし、
子供達が歌ったり踊ったり大変な騒ぎで、
蜥蜴に水をかけたところ、雨が降り注いだ。
蜥蜴が竜に頼んでくれて、雲や雨を呼んだということであるらしい。
守宮が地道に努力して蠅を撃つありさまを見ていると、
来年がもし日照りであったならば、
守宮に雨を求めてみたいような気がする。
【補足】［この詩で何がいいたいのかよくわからないが、地味に虫を捕って実は人間の役に立っている守宮も頼りなるのではないかということであろう］
■【05-3-044】子由将赴南都、与余会宿於逍遙堂、作両絶句、読之殆不可為懐、因和其詩以自解。余観子由、自少曠達、天資近道、又得至人養生長年之訣、而余亦竊聞其一二。以為今者宦游相別之日浅、而異時退休相従之日長、既以自解、且以慰子由云
【解題】長い詩の題を訳すと、「弟はいよいよ南京応天府に赴くことになった。逍遙堂に一緒に泊まり、弟は二首の絶句を作った。それを読んで私は思いに詰まってどうすることもできないくらいになった。その詩に和して、自分の思いを少しときほどそうとした。弟は少年のころから心が広く、物事にこだわらず、生まれながらの資質として道に近く、しかも仙人のように養生をして長生きをする秘訣も得ている。私はその一つでも二つでも見習いたいと思っている。官職に就いていて弟と別れていなければならない歳月はもう長いものではなく、引退して後に一緒にいる歳月はきっと長いのだろう。そのように考えて、私の気持ちを解き、かつ弟を慰めようと思うのである」。
其の一
別れの時期が次第に近づく。
それが何時かと聞くことに僕は耐えられない。
風が寂しげに吹き、雨が寂しげに降る。
僕の魂はすっかり断ち切られてしまう。
それでも、
僕らはかの夏馥、夏静の兄弟と比べたら、ずっとましだと思えば慰めになろうか。
夏馥、夏静は迫害に遇ってばらばらになって、姿形がすっかり変わり、
顔を合わせてもそれとはわからなかった。
ただ声の調子だけに昔の面影が残っていたのだった。
其の二
朱い火で仙薬を作る方法があるという。
この別れは、薬を練る車が一回転するようなものなのか。
仙薬によって永遠の寿命を得たらどうなるだろう――
銅で作られた像と会って、
「この五百年の間に誰もいなくなってしまいましたなあ」
と、一緒に嘆くのが関の山だ。
■【05-3-045】記子由詩
【解題】8月4日に蘇軾は弟とともに台頭寺の石経院を訪れたことがこの短文に記されている。
【訳文】
八月四日、弟とともにここに来て、私は小詩三首を書き留めた。
「蔥蒨門前路……」
弟はそれに和した
「苕嶢山上寺……」
弟の詩は私の詩をはなはだ遠く超えるものであった。
熙寧十年八月四日、蘇軾記す。
【補足】［兄弟の詩はさほど興趣を誘うものではないので割愛した］
■【05-3-046】留題石経院三首
【解題】上で省略した蘇軾の三首の詩から第一首だけを訳す。
【訳文】
其の一
草があおあおと茂る門前の道から、
木の翠が密集する中を穿って進む。
堂に上がってから振り返り見ると、
巌に挟まれた谷に無窮の意が籠っている。
■【05-3-047】過雲竜山人張天驥
【解題】蘇軾は弟とともに雲竜山に行き、張天驥［字は聖塗］という風変わりな人物に会った。これはそのことを詠んだ詩。張天驥は、この詩にあるようにもともとはよい家柄の人であったようだが、いまは山の麓で、親に孝行しつつひっそりと暮らしている。雲竜山は彭城の町の西二里にある山。張天驥はこの後何度か登場する。
【訳文】
野原に雨が十分に足り、風は清く絶好の日和。
病みがちの知事［蘇軾］も喜び、轎に乗り、町の南の門を出て、道を進む。
荒れた農地で、蝗が飛び、蚯蚓が鳴いている。
村の奥に、梨や棗の実が下がり、訪ねる人の住まいがそこにある。
門は閉ざされ、雀が噪ぐばかり、
秋の風に落ち葉が掃除もされずに積もっている。
斜めになった日ざしのもとに一人の僮僕が臥し、
衰えた馬が秋の野原に放たれている。
垣根は倒れたまま、近くの村人のほかに訪ね来る者はいない。
貴君の家は、もとは高位に就いた人を出し、
賑やかな音楽がすぐ近くから聞こえてくるようなところに住んでいた。
貴君は名利の世界を脱し、高い道徳で己の身を洗った。
病気を抱えながらも自分で耕し、百歳の老人に孝養を尽くしている。
豆を煮て水を捧げて父母を歓ばせることに努めつつ、
いつも詩や書物を朗読している。
昔の天随先生は餓えと寒さに迫られ、菊を植えて食べていたという。
昔の董先生は親孝行であったけれども、ひどい貧乏で、
鷄も犬も餌をもらえなくて、互いに労わり合っていたという。
私の人生は寄せるようなもの。
帰る計画を失って、もはや遅いのか。
それでも故郷の山は忘れずにいてくれるのか。
ただ恐れるのは白髪の迫ってくること。
貴君に従って秫を植えることを学び、
自家製の酒で貴君と慰労し合いたいものだ。
【補足】［この詩の後半にある「吾生如寄耳」［吾が生は寄せるが如き耳］という句は、作品番号05-3-003で見た「宦遊到処身如寄」［宦遊 到る処 身は寄せるが如し］とほぼ同じ内容で、これから類似表現をしばしば見るようになる］
■【05-3-048】徐州与人
【解題】張天驥と会ったことはこの短い手紙にも記されている。徐州の誰に宛てたものであるのかはわかっていない。
【訳文】
徐州の人の張天驥は志を求めて隠れ住んだ。上は親と離れず、下は俗世間と絶たず、足るをもって嘉しとしている。近ごろ雲竜山の下に居を定め、高きに憑って遠くを覧て、この一州にある景勝の地をことごとく想いのままに見ようとしている。貴君も一酔をともにすべきで、そのときには早々に帰るようなことは慎んでしないように。
■【05-3-049】贈王仲素寺丞
【解題】王景純［字は仲素］に贈った詩。王景純はもとは官員であったが、すでに辞めて揚州の灊山に隠棲していた。仙道を求める旅に出て、徐州に立ち寄って三日ほど留まり、蘇軾と会った。このとき74歳であったという。
【訳文】
気を養うのは児を養うようなもの、
官職を棄てるのは泥を棄てるようなもの。
人は貴君の拙さを笑うかもしれないけれど、
事を定めたからは、貴君は誰に何を言われても迷わない。
貴君はいう、
「帰って農地を耕すつもりです」
私は貴君が貧乏をするのではないと心配で、貴君に尋ねる。
「故郷に何を持って行くのかい」
貴君はいう。
「一尺四方の家でも己の身を覆うことができます。
一寸四方の農地でも作物は育ちます。
心に明るい珠があるのなら、
よれよれの衣服だって明るく照らしてくれて、
おんぼろの部屋にも虹がかかるのです。
銭に仕えること兄に仕えるごとくにしなければならないことはなく、
妻がなくても、仏法を妻として楽しむことができます」
私の人生といえば、もともとひどく田舎じみていて、
若いころは、気合で自分をぐいぐい押しまくり、
ちっぽけな一艘の舟で大河を遡り、
素手で象や犀を捕えようとするようなものであった。
ここのところはこうした自分の振る舞いを自分で可笑しく思い、
気を臍の下あたりに留めておこうとするようになった。
はなはだ残念なのは、
そうした道理を知ることが遅かったために、
何かしら凄まじいなかに置かれてしまっていることだ。
昔ある人は、悪い病気になってからようやく養生の道を問い、
もはや遅かったかと、枯れた梨の木の詩を詠んだ。
――私はそのことを悲しく想いつつ、貴君の決断に敬服する。
【補足】［途中の「仏法を妻として」の後に続く数句はかなり複雑な故事の用い方をしているので、この訳では省略した］
■【05-3-050】陽関詞三首
【解題】蘇軾の詩集には『陽関詞三首』として三つの作品が一つにまとめられていて、それらは七言絶句と見なされているのだが、それぞればらばらの時期に詠まれた詞であるもののようだ。
其の一 贈張継愿［張継愿に贈る］
唐の時代に張仁愿が受降城を築くと、
西方からの侵入はおさまり、
紫色の髯の異人も穏やかに交易をするようになった。
ここ徐州には項羽の築いた戯馬台があり、
その近くに漢の劉邦と争った古戦場がある。
貴君は国境の守備に就いていたのだが、
残念なのは契丹の首を取ることなく、
甲や旗を使わないままに故郷に帰って来たことだ。
【補足】［（1）この詞を贈られた張継愿の詳しいことはわからないが、詞の内容から、国境地域から帰還してきた武将であったのだろう。（2）戯馬台は徐州の名所の一つで、漢の高祖と天下を争った楚の項羽が築いた高台で、項羽はそのまわりで馬を乗り回したといわれている。この後何度かその名を見るようになる。（3）第二首は李常に贈ったもので、その訳はすでに作品番号05-3-004で見ている］
其の三 中秋月［中秋の月］
暮雲収尽溢清寒。［夕暮れの雲がすっかり消えると、溢れ出てくるさえざえとした光］
銀漢無声転玉盤。［天の川は声なく玉盤を回転させる］
此生此夜不長好、［この生もこの夜も長くいつまでも好いわけではないのです］
明年明月何処看。［明年の明月はどこで看るのでしょう］
【補足】［これはいよいよ徐州から去って行く弟に贈った詞である。ごくあっさりとした作品であるが、これから18年後、蘇軾は都から遥か遠くに流された先で、中秋の月のもとで独りこの詞を吟じることになる］
■【05-3-051】水調歌頭
【解題】弟は、兄と中秋の名月を見た後に徐州を離れた。この詞は弟が去ってすぐ後に作られたもの。次のような短文が付いている。
【訳文】
去年の中秋は、密州にいて、『水調歌頭』の詞を作って弟に寄せた。今年の中秋は、弟とともに徐州で過ごし、その直後に弟は去った。弟は中秋に『水調歌頭』を作って別れの詞としたが、それは悲しみが勝ち過ぎていると感じた。そこでいまそれに和して、退くのに早過ぎることはないと自分を戒め、退いてともに楽しむことを慰めとしようではないかと弟に告げようと思う。
従事鬢驚秋。［謝安が国政に従事したのはもう髪が白くなってからの秋］
中年親友難別、［年を取ってからつらいのは親友との別れ］
糸竹緩離愁。［愁いを緩めてくれるのは管弦の音］
一旦功成名遂、［謝安がいったん功成り名を遂げてより］
準擬東還海道、［準備していたのは東の海の道への帰還］
扶病入西。［かえって病をおして入ったのは西の都］
雅志困軒冕、［官服の内で苦しみ続けた雅な志］
遺恨寄滄州。［遺恨を海浜に寄せたのでした］
歳雲暮、［暮れゆく歳月］
須早計、［早く立てるべき計］
要褐裘。［要るものといえば粗末な衣服］
故郷帰去千里、［故郷は去ること千里］
佳処輙遅留。［留まるべきは佳き処］
我酔歌時君和、［僕が酔って歌うとき、和せよ君］
酔倒須君扶我、［僕が酔って倒れるとき、助けよ君］
惟酒可忘憂。［憂いを忘れさせてくれるのはただ酒］
一任劉玄徳、［雄大な志を抱く劉備に勝手してくれと任せたなら］
相対臥高楼。［僕なんぞは高楼の下の地べたに置かれてしまうでしょう］
【補足】［（1）序文にある1年前の密州での詞は作品番号05-2-028で見ている。（2）詞の前半は、晋の時代の謝安［字は安石］に焦点を当てている。謝安はいかなる重大事にも悠々と対処し、国難を幾度も救った人物で、蘇軾はこれまでにも何度か言及している［→作品番号02-3-014など］。その謝安も、身を退くことは思いのままにならなかった［→作品番号04-2-070］。（3）詩の最後は、三国時代の英雄の劉備［字は玄徳］にまつわる次のような故事を引用している。許汜という人物が、劉備の前で、「陳登は世間では評判がよいらしいが、私に言わせたら、傲慢な嫌な男です」とけなした。陳登を批判して、己を高く見せようとしたのだ。「何しろ、かつて陳登に会ったときに、まともに人と話もしないで、しかも、自分だけは立派な寝台の上で眠り、私は床に寝かせたのですぞ」と息巻く許汜に、劉備は「私だったらこうするだろうな。私は百尺の高楼の上に眠り、君には地べた寝てもらおう」といった。そのころ劉備は雌伏の時期で、高い志を抱いて天下の趨勢について考えていたのに対して、許汜は早くから土地を買って隠棲の地を得ることを考えていた。ということから、隠棲についていつも言っている自分などは、劉備からしたら実に語るに足りない奴だと自虐的に笑ったのである］
■【05-3-052】和孔周翰二絶
【解題】密州知事になっていた孔宗翰［字は周翰］［→作品番号05-3-002］からまた詩が送られてきたので、それに和した。第二首を訳す。
【訳文】
其二 観静観堂效韋蘇州詩［静観堂を観て韋応物の詩に效う］
鳥が林に巣をつくるには一本の枝があれば十分だ。
隠者が静かに住むには蝸牛の殻のような小さな住まいがよく似合う。
白居易には長い長い作品も含めて三千首の詩があるが、
貴君はむしろ韋応物の一篇の五言詩を愛するのである。
【補足】［これは、孔宗翰が静観堂［隠者の庵であろう］を見て、唐の韋応物に倣って詠んだ詩に和したもの。韋応物の作品は淡白な味わいの短い詩が多い］
■【05-3-053】答任師中、家漢公
【解題】任伋［字は師中］と家勤国［字は漢公］から送られてきた詩に答えたもの。2人とも眉州の人で、任伋は、先に亡くなった「大任」［→作品番号05-3-022］の弟。家勤国は、家定国、家安国兄弟の従弟で、少年時代にこの3人は蘇軾とともに劉巨先生について学んだことのある同門の友［→作品番号01-2-008、そこでは三兄弟と記したが、家勤国は従弟のようである］。家定国は蘇軾と同じ年の科挙に合格したが、家勤国は合格しなかった［後に家勤国の息子の家愿が国家の重職に就くようになる］。このとき任伋は瀘州にいて、官職に就かない家勤国がしばらく身を寄せていたのだろうか。
【訳文】
昔わが父がまだ出仕する前の皇祐年間［蘇軾の幼少の頃］、
父は門を閉ざして家に篭っていた。
父は高い道徳を保って貧賎であることなど気にかけず、
その立派な態度は郷里に照り輝いていた。
父自身がつまらない人物たちを疎んじることはなかったけれども、
つまらない人物たちは自分から父とは距離を取るようになった。
父がたまに門から歩み出て行くところといえば、
町はずれの丘にある史経臣先生の家だった。
その門前に万本の竹があり、家の内にはぎっしりと書物があった。
紅消梨［実の大きな梨］が高々とそびえ、小さな池に白い蓮があった。
いつも素足で走りまわる下女が一人だけいて、
雨の中でも畑の野菜を採ってきたりしていた。
これより少し後に、
任伋先生が高い志を抱いたまま、官を罷めて旧居に還ってきた。
このときに村里の子どもたちは、
任伋先生の家の門に向かって車の轍が幾重にも付くのを見て、
初めて「長者の車」［有徳者のもとに土地の名士が集まりくる］の意味を知ったのだった。
任伋先生は人がくると鶏を煮て酒を酌み交わし、
客人と相対して大いに楽しんだ。
ときに古の隠者のような人がいると聞くと、任伋先生は自らそのもとに訪れ、
逆にその人がくると、任伋先生の妻がかいがいしく接待し、
どちらが主であるのかまるでわからなかった。
私はこのときまだ幼く、漢の司馬相如を慕って賦の勉強をしていた。
任伋先生が話をするのを傍らに立って聞き、
先生の精悍なありさまに私は発奮させられた。
それから歳月はどれほど経ったのか、
あのころの老人たちは逝ってしまって、もはやいない。
思えば、史経臣先生が最初に亡くなり、
その墓に植えられた桑や樗は一抱えほどの太さにまでなった。
私は官職に就いて万里を旅する身となり、
父を喪って衣服を涙でぬらしつつ一度だけ帰郷し、
各地を漂流すること二十年に及び、
人間界の万縁の虚しさを知った。
ただ喜ばしいのは、
任伋先生が老境に至って知事に就任し、
威信が未開の地にも及んで、中華の風俗に靡くようになったことだ。
任伋先生は任期が満ちても、特に再任が許されて俸禄も増し、
都に出て朝廷に業績報告をした姿は、まことに盛んなものがあった。
ところが、任伋先生はこれ以上の栄誉を望まず、
田園に帰る意志は少しも緩まない。
それはなぜかというと、
かつて蔡州にいたときに土地の人に慕われてよい農地を寄贈されたからで、
そこには肥えた土に水路が走る百頃の稲田があり、
安心して十年の儲えを得ることができる。
昔蔡州の地に、鹿や猪を狩って楽しんだ宰相がいたけれど、
任伋先生も十斤の重さの鷹を連れ、驢馬ほどもある猛犬を伴って、
猟にいそしむことができるであろう。
陶淵明が隠退してから、自ら鋤を手に農作業に苦労したのとは同じではない。
私は今や四十二歳、
髪が衰えて、梳るだけの量がない。
ここ彭城は歴史に名高い町であって、
人材の乏しさからたまたま私が任命されただけで、
私のこれから先はもう知れたようなもの、
遠からず、樵や漁を我が仕事とするようになるであろう。
となれば、任伋先生のもとに従って、
草鞋を穿いて荒れ地を開墾して老いていくのがよいだろう。
任伋先生はいま蔡州から遠い瘴江のほとりにいて、
その思うところを誰に述べたらよかろうかと困っていたところに、
幸いにも私の同門の友である家勤国君が訪れた。
家勤国君と私は、歓んで一つの乗り物に乗って語り合うほどの仲で、
氷の上に刺身を並べ、酒を酌み交わしたこともある。
近ごろ、家勤国君は酔ってふと私のことを思い出したのか、
玉を連ねたような清らかな詩を送ってきてくれた。
家勤国君は、思いに適うことが私には少ないのを知っていて、
その詩で私の気持ちをほぐしたり伸ばしたりしてくれた。
世間のことは、風の中で翻る旗のよう、
日々にあちらからこちらへとひっくり返る。
高位にあって訪問客が絶えなかった大臣も、
ひとたび地位からすべり落ちると、門の外に雀取りの網が張れるほどにひっそりとしてしまい、
皇帝の寵愛を一身に集めていた後宮の美女も、
ひとたび愛情が他に移ると、秋の扇の悲しさに沈んでしまう。
昇るも落ちるも一瞬のこと、
そのたびに人は喜んだり怒ったりする。
私がこの詩を作って任伋先生と家勤国君に送るのは、
我が父以来の故郷の人々を見てきて、
「国に道が行われているときは智者として振る舞い、
国に道が行われていないときは愚者として振る舞う」
あるいは、
「国に道が行われているときは官に仕え、
国に道が行われていないときは退いて帰る」
という古の人々の教えを師とすることを学んだからである。
【補足】［蘇洵の友人としてここに詠まれている史経臣については、作品番号01-2-004で見ている］
■【05-3-054】初別子由
【解題】弟が行ってしまってからの思いを詩に詠んだ。
【訳文】
僕は若い時分に、君がどういう人物であるかを知った。
天然の資質として、君は温和で清秀である。
学問を好み、成長するとともに好学の心はますます堅くなった。
表も裏もなく、どこまでも明るく見通せる人になった。
僕にとって君がかけがえのない存在であるのは、
君が我が弟だからというだけでなく、要するに賢友であるからだ。
僕が杭州に行ってから、君を見ないことを六七年に及び、
微妙な言説を語り合う相手がいなかった。
僕は率直にものを言ってしまう性格であるから、
程というのをわきまえないで身勝手に振る舞ってしまうのを、
僕は自分でずっと恐れていた。
君と会ってみたら、黙って秤の前にいるような気分になった。
僕の妙な意気を鎮めてくれて、よからぬことが萌したりしなくなった。
君には六人の娘がいて、
皆女性としての振る舞いを得ていて心配がない、
それはひとえに君の賢夫人によるものだ。
家庭内がきちんとしていれば、粗末な食事も正式の御馳走に等しいというは、
まさに君の家のことで、
君は内のことを気にしないで、外で思いのままに行動することができる。
ところが、出来の悪い官員である私は、明日の朝に炊く米もなく、
それでいながら、雷鳴のごとき鼾をかいて平気で眠っている。
秋になって東の部屋で眠って、夜に風雨の音を聴くと、
別れは長くは続かないと思えてくる。
それはどうしてかと聞かれても困る、
妙理は細かく分析することはできないのである。
この前、君は彭城の町の門から出て、一艘の舟に乗って西に行ってしまった。
君は南京応天府に帰ってから、
高殿に上って、古い建物が聳え立つのを空しい気持ちで眺めたり、
家にいて、僕とともに官職に就いたのは誤りでなかったかと、
ふとそういう考えにとりつかれて驚いたりしていることだろう。
南京はまことに繁華なところで、人事は水と火のように争い合っていよう。
僕が思うに、まずは門を閉ざして静かに座し、
身を無きもののようにして、見ざる聞かざるを決め込むのがよいだろう。
家族を養うなど小さなこと、
文章に励んでも虚名を得るだけ。
成り行きのまま白髮を靡かせるのでよろしく、
長生きの薬など用いる必要はさらさらない。
■【05-3-055】与劉貢父
【解題】弟が8月16日に徐州を発ったことは、劉攽［字は貢父］［→作品番号05-1-064］に宛てたこの手紙からもわかる。
【訳文】
回文の短詩をお示しくださり、精緻な構成で、しかも悠然としていて、和そうとしましたけれども、とても及びませんので、ただ歌って味わっております。
王景純君はまことに道を得た人で、その至術をいろいろと教わりました。王景純君に贈った詩がありますので、写してここに添えましょう。御笑覧ください。
弟もまたやや知るところがあって、私はいつも感化されています。弟は嗜好に淡く、行いは常に一定で、それは得ているところがあるからなのでしょう。
我らはこうしたことにおいて、秘訣を得られないのを残念がらずにはいられません。たとえ得られるようなことがあっても暁らずにいるのでしょう。自ら守るものが堅くなく、思考の賊が浄め尽くされることがないのは、はてさてどうしたものでしょうか。
弟は十六日に出発して南都［南京応天府］に赴きました。
【補足】［王景純は作品番号05-3-049で見た人物である］
■【05-3-056】次韻呂梁仲屯田
【解題】徐州の町から東南に五十七里にある呂梁の地に住む仲伯達の詩に次韻した。
【訳文】
葉は雨のために、花は風のために、日夜稀になりゆくこの季節、
花や葉に一杯の酒を託すのはいつになるのかと気が気でない。
花や葉がないからといって、宝玉がその代わりをしてくれるわけではない。
それでも、枯れ朽ちたとしても、なお菌が出てきてくれたりはするであろう。
町の外の呂梁のあたりは川の流れが急であるとか、
我が胸の内は何やらもやもやとして出渋っている。
ともあれ、九月九日の重陽の宴には必ず来るように、
謝霊運にも負けぬ貴君の筆力をそこで是非見せていただきたい。
【補足】［終わりの部分は、昔、劉裕が徐州の戯馬台で九月九日に遊び、人々が詩を賦したなかで、謝霊運が最も優れたいたという故事を用いている。戯馬台は作品番号05-3-050にもあったが、徐州の町の南方にある名所］
■【05-3-057】王鞏屡約重九見訪、既而不至、以詩送将官梁交且見寄、次韻答之。交頗文雅、不類武人、家有侍者、甚恵麗
【解題】都にいる王鞏［字は定国］［→作品番号05-3-039］からは9月9日に重陽の節句に間に合うように徐州に行くとの手紙が届いていたのだが、その日が近づいてもまだくる気配がなかった。この詩の題は、「王鞏君からはしばしば重九には訪れると言ってきているのだが、すでにその日になろうというのにまだやって来ない。王鞏君は、将官の梁交君を見送る詩を作り、合わせてそれを私に寄せてきたので、それに次韻して答える。梁交君は武人でありながら文雅にすこぶる優れ、家には非常に美しい侍者がいるという」。この詩はもっぱら梁交について詠んでいるのだが、宴席の座興として作りでもしたのだろう、酔っ払いのたわごとのように支離滅裂な印象であるので訳は割愛する。
■【05-3-058】台頭寺雨中送李邦直赴史館、分韻得憶字人字、兼寄孫巨源二首
【解題】李清臣［字は邦直］が都での職を得て徐州を去ることになった。この詩の題は、「台頭寺で雨の中、李清臣が都の史館へと赴くのを見送った。韻を分けあって憶の字と人の字を得た。合わせて孫洙［字は巨源］に寄せる」。台頭寺は戯馬台の上に築かれた寺で、作品番号05-3-045でも見ている。李清臣と孫洙の仲がよいことは作品番号05-1-004で引いたエピソードで見ている。「憶」の字を韻とした第一首を訳す。
【訳文】
其の一
葉が枯れ始めた林に、秋風がずっと強く吹き寄せ、
都に行く貴君を送る老いた私に、百の憂いが集まってくる。
人々が歌う送別の詩は、遥か遠くに行こうとする雲の中に入り、
詩の悲しみのために、雲は進まなくなり、天は泣く。
紅葉に黄色い菊、秋はまさに色の乱舞、
白い魚に紫の蟹、秋の美味にも貴君は立ち去り難くしている。
貴君に依って美しい髯の将軍［孫洙］に告げるのは、
私はもう病み衰えてしまって、逢ってもきっとわからないくらいになってしまったよ――
■【05-3-059】代書答梁先
【解題】梁先［字は吉老］［→作品番号05-3-035］はこのころに徐州から去ったようで、蘇軾はこの詩を贈っている。
【訳文】
我が身もこの世も悠久の流れのうちにあり、
顔が衰え髪が白くなることから誰も免れはしない。
私は無理して徐州知事の名を得ているのだが、
このまま故郷の帰らないようでは猿にも劣るというものだろう。
孔子は生きていたときには、
故郷の人からさえも冷たい仕打ちを受けたのだが、
さて私はどうなのかと思っていると、
心が清く身をしっかりと修めている梁君は、
珍しいことに千里も遠くないと私のもとにやってきた。
胸の内の正しさは瞳に現れるという通りで、
世間の流行に走ることなく、
漢代からの儒学の伝統をきちんと受け継いで、
欧陽公［欧陽脩］の書を学び取ろうとしている。
私はもはや衰えて学ぶことを廃して時を盗んで過ごすだけ、
貴君からものを問われるのを畏れるばかりであった。
貴君と別れるいまは紅葉、黄花の秋、
これからは夜の夢に貴君を見て愁うようになるだろう。
貴君は山の谷に生まれた宝玉、
さらに磨けば王公のもとにあっても恥ずべきものではない。
学問とは広く求められる商品のようなものとか、
人はそれを仰いで取り、俯いて拾い、余すところがない。
道は天のように大きく、求め尽くすことができない。
その見るべきところを修めて、その奥深いところを追求すべきである。
願うのは、貴君が篤実であって、身を慎み、浮わつかないこと。
学問は心の底より発して、食を忘れ、楽しみのあまり憂いを忘れるものである。
■【05-3-060】送楊奉礼
【解題】楊という人を見送った詩。詩の題に「奉礼」とあるので、官員であるようなのだが、詳しいことはわからない。
【訳文】
楊氏の系譜は関右の地に興り、
天下一と称えられた楊氏の風流は靖恭里から出たのであった。
いまの世情は険しくなるばかりであるが、
楊氏の家法はもとよりおおらかである。
いまある酒は一鐘だけ。
誰がこの老人が気ままに振る舞うのを許してくれるのかというと、
貴君だけなのである。
【補足】［この詩には、蘇軾自身の注で、「大水の中で別れた」と記してある。7月17日に黄河が決壊し、溢れた水がじわじわと南下して徐州へと迫ってきていたのだった］
■【05-3-061】九日邀仲屯田、為大水所隔以詩見寄、次其韻
【解題】作品番号05-3-056で見たように、呂梁の仲伯達を重陽の宴に誘っていたのだが、大水のために行けなくなったとの断りの詩が送られてきた。それに次韻した詩。
【訳文】
重陽の節句といえば、晋の時代の賢人の孟嘉の故事を思い起こす。
今年の重陽の宴に貴君がこれらないのではその孟嘉を欠くのに等しい。
西からきた黄河の神様は、どうもおのれの力の大きさを誇り過ぎだ。
船頭の黄色い帽子も吹き飛ばしてしまって貴君はこられなくなるし、
せっかくの樽酒も浪の花に浮かぶようなありさまだ。
貴君は鯉を使わして、大水のなかでも詩を送ってきてくれたのだが、
その珠玉の文字に対して、私は瓦礫のような文字を並べて答える。
何時か貴君と会って、老い去ってからの秋の悲しさを語り合いたいものだ。
重陽の宴の酒に酔って詩を作ったので、
字が斜めになっているのを許してもらいたい。
【補足】［（1）孟嘉の故事は作品番号02-2-021で見ている。孟嘉の帽子からの連想で、船頭の被る帽子が導き出されているのだが、その帽子が黄色であるのは、陰陽五行説で「水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」という関係があり、土の色である黄色を身にまとえば水を自在に制御できるという意味によるのである。（2）この詩は酔っ払って書いたことになっているが、実際は迫りくる洪水を前にそういう状況にはなかったはずで、わざと余裕のあるポーズをとったと見るべきだろう］
■【05-3-062】獎諭勅記
【解題】1873年［明治6年］に来日したオランダの土木技術者のデ・レーケは日本の河川を見て、大陸で培われた河川工学の常識が通用しないことに驚き、「これは川ではない、むしろ滝である」といったと伝えられているが、逆に我々が大陸の大河川の洪水のありさまを想像するのは容易ではない。7月17日に決壊した黄河の水は行き場を求めて延々と旅を続け、数十日をかけて遠く200km先の徐州にまで至った。蘇軾は徐州周辺の地形の要所として、東南の地が水と陸の当たるところであると記していたが［→作品番号05-3-026］、黄河の水はそこで山地に阻まれて滞り、あたり一面を水浸しにしたのだった。蘇軾がそれにどのように対処したのか、弟の蘇轍が記した二つの文章から知ることができる。一つは翌年の秋に書いた『黄楼の賦』の序文、もう一つは25年後に書いた兄の墓誌銘。両者は重複するところもあれば補い合うところもあるので、適宜合成してここに訳す。
【訳文】
蘇轍：『黄楼賦叙』および『亡兄子瞻端明墓誌銘』から
熙寧十年七月十七日、黄河が曹村で決壊した。水は梁山泊［黄河の南の低湿地帯］を水浸しにし、南清河に溢れ、さらに泗水に溢れ、彭城［徐州］の南を取り囲む二つの山で止められて呂梁と百歩の間で滞り、八月二十一日、彭城の町にまで及んだ。たまたま徐州知事として彭城にいた兄の蘇軾は、水がくる前に人々に指示し、土を運ぶための畚や鍤を用意し、土や石を蓄え、干し草で城壁の穴を塞ぐ備えをした。水は町のまわりを囲み始め、いまにも城壁から入り込んで町が破壊されそうになったために、富豪たちは浮足立って町から出て水を避けようとした。
兄はいった。
「もしも富む者が出て行ったなら、民心が動揺してしまう。私は誰と町を守ったらよいのか。私はここに留まる。水は決して町を壊しはしない」
使いを出して人々を説得して町に呼び戻した。
兄は兵士のいる宿舎に行き、その隊長を呼んでいった。
「水はまさに町を害なおうとしている。事は急である。諸君等は皇帝の兵士で、中央からの命令に従う者ではあるけれども、私に力を貸してほしい」
隊長はいった。
「知事殿が洪水から逃げずにいるのですから、我等ごとき者はその指示に従うまでです」
兄は隊長とともに、短い衣を付けた裸足の兵士たちを率い、砂袋をもって町の外に出ると、町の南東の戯馬台から始めて城壁に至るまでの長い堤を築いた。堤が完成すると、水がその下にまできたが、町に害は及ばなかった。民心はこれで静まった。
しかし、雨は日夜やまず、水は勢いを増して暴れ、九月一日、町に及んだ水は深さ二丈八尺にもなり、東門も南門も北門も塞ぎ、水は町から山までを浸した。
兄は城壁の上に小屋をつくってそこに寝泊まりし、草鞋を履いて町を駆けまわって官吏のそれぞれに受け持ちの場所を与えて守らせた。
水は千余里にわたって漲り、人家を漂わせ、墓所を破壊し、老弱な者は川に浮かんで流され、壮強な者は必死に走って水を避けたが、木や高台で孤立して食べる物がなくて餓死する者があった。兄は水に慣れた者に命じて船を出し、食糧を配って大勢の者を救った。
朝廷は黄河を塞ぎ、ようやく水が引いたのだが、朝廷には徐州について考慮する余裕がなかった。
兄はいった。
「黄河が本当に塞がれたのなら徐州にはもう害が及ばないだろう。しかし、塞がれるか塞がれないかは天の定めにもよるだろう。徐州の人々を重ねて被災させるわけにはいかない」
城壁を補強し、水害の要となる場所を見定めて木製の堤防を作り、たとえまた水がきても町は安全であるようにしようとした。朝廷に労働力を調達することを請い、朝廷はそれを許し、事が終わると、詔をもって褒められた。
徐州の人々は兄とますます親しみ、町の東門の脇に高い楼閣を築き、「土が水に勝つ」との意味を示すために壁を黄色く塗ることを勧めた。完成すると兄は黄楼と名付けた。
【補足】［この文の終わりにあるように、水害への対応が完了した後に蘇軾は皇帝から褒められ、また黄楼と名付けた楼閣を建てた。それを黄色く塗ったのは、先の詩で見たのと同じく、土は水に勝つ意味からである。黄楼の完成は洪水から1年後の秋で、そのことについては後で見ることにし、ここでは皇帝から褒められたことについて蘇軾自身が記した文章『獎諭勅記』［獎め諭す勅書についての記］を見ておこう。前半は皇帝の勅書の写しで、後半に弟の文章にはなかった幾つかの具体的な記述がある
【訳文】
蘇軾に下された勅書に曰く。
「京東東路安撫使司ならびに転運司の奏するところを見ると，昨年、黄河の水が徐州城下に至ったとき、汝は自ら官吏を率い、兵夫を駆り、監督して、城壁を救い護った。一城の人民ならびに倉庫、廬舎にいたるまで、漂流、水没の害を免れることができ、ついに全てがもと通りのままであることを得た。黄河は中国にとって長く患いとなっており、その堤が潰えて水が東に注ぎ、溢れて徐州にまで及んだのだった。汝がいたことで、民は住居に留まり、城郭を増強して、安らかであることができた。朝廷への使者がしばしばこのことを告げ、朕は甚だ喜ばしく思っている」
熙寧十年［１０７７年］七月十七日，黄河は澶州曹村埽で決壊し、八月二十一日、徐州城下に水が及んだ。九月二十一日に至って、水の深さはおよそ二丈八尺九寸にまでなり、東西に広がり、北は山に触れて止まった。皆清水で濁流ではなかった。水の高さは城壁の内側の平地よりも一丈九寸ほども高くなり、外壁の東南の隅では水沈するところまであと三版となった。
土地の古老がこのようにいった。
「かつて天禧年間に二つの堤を築きました。一つは、小市門外の壕を絶って南に向かい、少し西に振って戯馬台の麓に至るものでした。もう一つは、新墻門外の壕を絶って西に向かい、折れて城下の南京門の北に至るものでした」
急遽人夫五千人を集め、武衛奉化牢城の兵士も合わせて、昼夜兼行で堤を作った。堤が完成した翌日、水は東南の隅から溢れてきたが、堤に当たるとそこで止まった。
徐州には水門が六カ所あり、まだ水の至らないうちに、薪や芻で土嚢を作って城壁の外側から塞いだ。水が至ってから後は、城壁の内側からも塞いだのだが、どれも恃むに足りないものであった。
城中にはもともと土を掘った大きな坑が十五あり、外の水と呼応して坑の水位が変化し、水が溢れ出るものもあった。徐州は三方を水に囲まれてしまったために、亜父の塚の東側だけから工事用の土を取ることができた。
町の附城の部分から始まる昔の長堤の址があり、それを大きくして長さ九百八十四丈、高さ一丈、そして幅を倍にした。
公私の船数百艘が風浪のために動けなくなっていたのを城下に繋ぎ、それで河の勢いをそいで水の怒りを鎮めた。
十月五日に至ってようやく水は退き、城は全きを得た。
翌年二月、朝廷より銭二千四百十万が支給され、人夫四千二十三人を集めた。また、備えていた常平銭六百三十四万と米一千八百余斛を放出して、人夫三千二十人を募集し、城外の小城を改築した。木で堤防を四カ所に作った［石が調達できなかったので木を用いた］。一つは天王堂の西、一つは彭城楼の下、一つは上洪門の西北、一つは大城の東南隅である。十五あった大きな坑は皆塞いだ。
一方ですでに澶州霊平の堤防が完成したので、黄河の水はもはやこなくなった。
臣が思うに、黄河は常に五六十年に一度は決壊する。徐州は古汴河と泗水の下流にあって、上下二百余里にわたって皆山に阻まれ、水が最も深くなり、そして排水が難しいことでは、他の地域と異なっている。恐れるのは、久しい後にまた緊急事態になったときに、役人も民衆もそうしたことをきちんと知らないでいることだ。そこで、皇帝から詔書を頂戴した機会に、この大略を記して、石に刻もうと思う。そして詳細は文書にして役場に納めておく。これを『熙寧防河録』という。
【補足】［次の災害に備えて今回の経験を石に刻んで残しておくところまで、蘇軾の措置は実に行き届いたものだった。詩にしばしば詠んでいるように、病み衰えて酒を呑んでばかりいたわけではないのである］
■【05-3-063】河復
【解題】以上は災害への対応がひとまず終わってから書かれた文章であったが、時間を戻して、洪水が引いた直後に詠んだ詩を見ておこう。さすがに蘇軾といえども、町が一面の水の中で孤立して対応に奔走していたときには詩を詠むような余裕はなく、黄河の流れが戻ったことを聞いて、ようやくその喜びを歌うことができた。次のような序文が付いている。
【訳文】
叙
熙寧十年秋、黄河は澶淵で決壊し、鉅野［梁山泊あたりの旧名］に注ぎ、淮水から泗河［南清河の旧名］に入った。澶の南、魏より北のあたりでは黄河の水が本来の川の流れを絶って溢れ、甚大な被害となった。彭城［徐州］の城門の下に深さ二丈八尺の水が迫り、七十余日間退かなかった。役人も民衆も懸命に水を防いだ。十月十三日、澶州で強い風が終日吹き、それが止むと、黄河の流れの一筋がもとの道へと戻った。これを聞いて私は非常に喜び、できうれば黄河が塞がれるようにと願った。そこで『河復』の詩を作った。これを人々が道々で歌うことで、民衆の願いが神に届けばと思ったのである。これはつまり土地を治める者の志なのである。
皆は知っているだろうか、
漢の元光年間に黄河は瓠子で決壊し、
それから二十年ほど後の元封年間にまたしても瓠子で決壊した。
鉅野は東に傾いて水が溢れ、淮水、泗河は水でいっぱいになり、
南方の人々は、黄河の魚を飽きるほど食べることになった。
皇帝は予定されていた国の重要な儀式を取り止め、
越の巫を使わし、河の神を鎮めるために白馬を水に沈めた。
しかし、河の神は、人力を使い果たすまで努めても許そうとせず、
堤防を塞ぐために投じた薪や芻を数限りなく流し下してしまった。
我が宋朝の皇帝の徳は古の堯のように盛んで、
神々もそれぞれに役目を皇帝から受けるようになったのに、
黄河の神だけがなお驕りたかぶっていた。
天帝は風の神を遣わして黄河の神に命令したので、
ようやく、夜のうちに、水は澶州橋から北に向けて流れることになった。
東の風も氷を吹いていささか助力したので、
これ以上の土木工事をしないでもよくなった。
こうして南方の人々は水が引いた後の土地で、
黄河の水がもたらした泥の上に麦を蒔き、
大木にひっかかっている筏を仰ぎ見るのである。
■【05-3-064】登望◆亭 ［◆は谷＋共という字］
【解題】高いところにある亭から洪水の痕を見て詠んだ詩。
【訳文】
黄河の水が西から漲りきたときには、
大きな谷間のようなここの地勢が全く失われ、
水の光のただ中に、徐州の城だけがぽつんと存在していた。
突然退くや、水はどこかに消えてしまい。
残された千里の土地では、稲も麻もみな空しくなってしまっていた。
■【05-3-065】有言郡東北荊山下、可以溝畎積水、因与呉正字、王戸曹同往相視、以地多乱石、不果。還、遊聖女山、山有石室、如墓而無棺槨、或云宋司馬桓魋墓。二子有詩、次其韻二首
【解題】長い詩の題の前半は、「ある人が徐州の東北の荊山の下に溝があって、ここに水を流すことができるだろうというので、呉琯と王文誥と一緒に見に行った。しかし、石がごろごろしていて、思うところを果たせそうになかった」［以下は略す］。次の洪水に備えて、蘇軾はできる限りのことをしようとしていたのだ。2首のうち詩の題の前半部分に関連する第一首を訳す。
【訳文】
其の一
「手を立てて黄河の水を遮る」ということわざがある――
ちっぽけな素手で遮ることなどできるはずがない。
黄河の奔流は、一瞬にして千の家を巻き込んでしまった。
昔、智伯は趙の町を囲んで水攻めをした――
そのようなことが実際にできるものか私は疑っていた。
しかし、張湯は蜀への道を整備するのに、
山をまわる坂道を繋ぎ合わせるのではなくて、
谷を穿って水路を通じさせたのだから、
やり方次第では、水を制御することも可能なのだろう。
私は世事に疎いためにこの徐州の地に出され、
苦労の日々を送らなければならなくなった。
私のごとき知事があれこれ対策を立てたところで、
ごろごろと雷様の車の引かれる音が轟いて、大雨が降ったならば、
何の役に立ちもしないと笑われてしまうだけなのだろうか。
【補足】［以上、洪水に関連するいくつかの詩文を見てきたが、この先しばらく別のテーマの詩文が並んで、また洪水に戻る］
■【05-3-066】表忠観碑
【解題】杭州知事の趙抃からの依頼で、表忠観という道教の寺院の由来を記したこの碑文を作った。趙抃は蘇軾より28歳年長の大先輩で、かつて副宰相も務めた官界の大物。王安石が神宗皇帝によって初めて副宰相に抜擢されたとき、趙抃は先輩副宰相として、王安石が進めようとする改革を強く批判した。しかし、王安石に国政を任せようとする皇帝の意志は固く、熙寧3年［1070年］4月、副宰相を辞して杭州知事に転出した。それは蘇軾が改革を批判する意見書を皇帝に提出したすぐ後のことだった［→作品番号03-3-004］。それから1年ほどたった熙寧4年［1071年］年6月に、蘇軾も都にいられなくなって杭州副知事として転出した。蘇軾が杭州に着任したのは12月で、その直前に趙抃は他州へと移り、すれ違いとなった。そして、この年の5月に、趙抃は再び杭州知事になった。この碑文の大半は、趙抃が朝廷に提出した文章の写しで、蘇軾が作ったのは最後の銘文だけである。ここで主題となっている銭氏の呉越国［唐と宋の間に興った地方政権の一つ］について、蘇軾が肯定的な見方をしていたことは作品番号04-2-039などですでに見ている。趙抃と歴史認識［ならびに政治的立場］を共有することから碑文の執筆を依頼されたのだろう。銘文は韻文としての体裁が見えやすいように訳してみた。
【訳文】
熙寧十［1077］年十月戊子、資政殿大学士、右諫議大夫、知杭州軍州事の趙抃は朝廷に次のように申し上げた。
「もとの呉越国の王の銭氏の墳廟と、その父祖、妃、夫人、子孫の墳で銭塘県にあるもの二十六および臨安県にあるもの十一は、どれもが荒廃したままに放置され、土地の父老はそこを通るたびに涙を流しております。
臣が謹んで考えますに、呉越国の最初の王であった銭鏐は、民衆を兵士として集め、唐末に大乱を起こした黄巣を破って走らせ、江淮地方にその名が知られるところとなりました。次に、唐朝に背いた劉漢宏を八組の兵団を率いて破って越州を平定し、それを董昌に捧げ、自分は杭州を拠りどころとしました。ところが、董昌が越州をもって唐朝に反したために、すぐに董昌を討ち取り、越州も合わせて、浙東、浙西の地を平定しました。唐が亡んだ後には呉越国の王となり、その子の銭元瓘に王位を伝え、孫の銭仁佐に至って南唐国の兵を破って福州を取りました。銭仁佐の弟の銭俶が王位を継ぎ、再び南唐国を攻め、周朝の世宗皇帝の軍団を迎え入れました。その後、ついに宋朝に仕えるようになりました。
呉越国の三世四人の王は、五代十国時代の天下が大いに乱れた時代を過ごしました。このとき各地に豪傑が蜂起し、ほんの数州ばかりの土地に拠って勝手に王を名乗る者が大勢いました。今ではそれらの一族のほとんどが滅び去り、ひいてはそれに従わせられた無辜の民も子孫が残らないようなことになってしまいました。しかし、呉越国ばかりは千里四方の土地に兵士十万を擁し、山から金属を採り、海から塩を煮て取り、象牙、犀の角、真珠といった富にも恵まれ、天下第一といわれるほどに繁栄し、それでいて臣下としての節義を失うことなく、その時その時の皇帝に絶えることなく貢物を献じ、その地の民は老いて死ぬまで戦争を知らずに過ごし、四季の遊びを楽しみ、歌や鼓の声がいつも聞こえ、今に至ってもそれがそのままに続いています。呉越国の王が民に徳あることはなはだ厚いものがあったのであります。
宋朝が天命を受けて四方の乱れを順次平らげて行ったときに、蜀国の孟氏や南唐国の李氏はその堅固にして遠く離れていることをたのみとして、宋の兵団に城下にまで迫られ、ついに力に屈して勢いが窮まって後になってようやく降参しました。また漢国の劉氏は死を賭して宋の軍団に抵抗して百回戦い、味方の遺骸を積んで城壁とし、池ができるまでに血を流して抵抗し、ついには宋が天下の力を尽くしてようやく勝利したのでした。ただ呉越国だけは、宋朝からの命令を待つこともなく、府庫に封印をし、土地と人民の帳簿をともに宋朝に提出し、宋朝から統治するための官吏を派遣してくれるよう請い願い、銭氏は駅舎から旅立つ旅人のように王の地位から去ったのでした。宋朝に功績があったこと、実に大きなものがあります。
昔、後漢の時代に竇融が河西地方を漢朝に献じたとき、光武帝は竇融の父祖の墳墓を治めて厚く祀るよう詔を下しました。今の銭氏の功德はほとんど竇融を超えるものがありますのに、百年に及ばない歳月の間に銭氏の墳廟は荒れ、道行く人は傷み嘆くありさまとなっています。これは忠臣を褒め、民心を慰めるという道理に反するものであります。
臣が願いますに、竜山にある廃れた仏寺の妙因院の址を道教の寺院とし、そこに銭氏の子孫で道士となっている自然という者を居させ、銭塘県にある墳廟をこの自然に管理させるとともに、臨安県にあるものはその県の浄土寺の僧で道微という者に管理させ、一年にそれぞれその弟子から一人ずつを道士、僧侶にし、世々この仕事を掌らせて、その土地からの収入をもって建物を維持させるようにしたいと考えます。もしそれらの者がきちんと仕事をしない場合には、県の役人が監督指導し、ひどい場合には管理者を交替させるようにします。こうすれば永久にこのことが続き、朝廷が銭氏を優遇する意を表すのに適いましょう。臣は死を犯して以上のことを申し上げます」
これに対して朝廷からは「よろしい」との裁可が下り、妙因院には改めて表忠観の名が与えられた。
銘に曰く。
天目之山、苕水出焉。［苕渓の水が流れ出る天目山］
竜飛鳳舞、萃於臨安。［そこは竜が飛び鳳凰が舞い集まるところ］
篤生異人、絶類離群。［ここに生まれ出たのは、人と大きく異なる者［すなわち銭鏐］］
奮挺大呼、従者如雲。［かの者が奮起して呼べば雲のように集まり従う人々］
仰天誓江、月星晦蒙。［天を仰ぎ川に誓うとき、月も星も暗く、ただ輝くのはかの者］
強弩射潮、江海為東。［かの者が潮を射るなら、海も東に退く勢い］
殺宏誅昌、奄有呉越。［劉漢宏を殺し董昌を誅し、樹立した呉越国］
金券玉冊、虎符竜節。［その功を刻むのは金券、玉冊、虎符、竜節］
大城其居、包絡山川。［大きな町を作り、取り囲む山と川］
左江右湖、控引島巒。［町の左は大河、右は湖、遠くに控える島々］
歳時帰休、以燕父老。［時に故郷に帰って、父老を集めての酒宴］
曄如神人、玉帯球馬。［玉帯を纏って馬にまたがった姿は神のよう］
四十一年、寅畏小心。［己を戒めて天に仕えて在位四十一年］
厥篚相望、大貝南金。［呉越国には次々に集まりくる宝玉を納めた箱］
五朝昏乱、罔堪托国。［ときは五つの王朝が乱れ立ち、民には生命を託す国はなく］
三王相承、以待有德。［ただ呉越国だけは民に徳があり、継承した三代の王］
既護所帰、非謀非咨。［すでに帰順すべき皇帝を得れば、謀ることなく即決］
先王之志、我維行之。［後代の王が行ったのは先王銭鏐のもとからの志］
天胙忠孝、世有爵邑。［天は銭氏の忠孝を褒め、代々保つ爵位と領地］
允文允武、子孫千億。［銭氏は文武に優れ、繁栄する子孫は千億］
帝謂守臣、治其祠墳。［ここに皇帝は大臣に命じる――銭氏の祠墳を治めよ］
毋俾樵牧、愧其後昆。［樵や牧人によって荒らされ、銭氏の子孫が恥じぬようにせよ、と］
竜山之陽、巋焉新宮。［竜山の南に新たに築いた堂々の宮］
匪私於銭、唯以勧忠。［それは銭氏を特に贔屓するのではなく、忠を勧めるため］
非忠無君、非孝無親。［忠がなければ君はなく、孝がなければ親はない］
凡百有位、視此刻文。［あらゆる官吏はここに刻んだ文章を見るがよろしい］
■【05-3-067】与劉貢父
【解題】劉攽［字は貢父］［→作品番号05-3-055］への手紙。
【訳文】
さきに貴君が曹州を離れると聞きましたが、いまは旅の途中でありましょうか、きっと転送されて届くでありましょう。……［劉攽の今後の境遇について記す］……私はお蔭で恙なく過ごしておりますが、秋には水の患いがあって、かろうじて魚の仲間になることだけは免れました。来年がどのようになるのか気がかりで、予測はできません。あるいは他の地への転出を願って脱け出すこともできるのかもしれませんが、それでは後からくる人に患いを遺すことになり、識者から譏られてしまいましょう。すでに朝廷に使者を出して、石甃を使って城脚をぐるっと一丈の高さに固めることを求めておりますが、その労役は甚だ大きくて困難でありましょう。もし完成すれば百年以上にわたって民の利となります。これより昼夜に労苦すれば半年でできるでしょう。完成後には退官を乞い願って、郷里に帰ることをようやく謀れるでありましょうか。……
■【05-3-068】贈写御容妙善師
【解題】徐州に肖像画を得意とする妙善という僧がいた。その妙善が画いた仁宗皇帝の肖像を見ての詩。
【訳文】
憶い出すに、
私は昔、仁宗皇帝の御前で制科の試験を受けた。
珠の簾に翡翠のカーテンのかかる廂のところで、
紫の衣を着た皇帝の使いの者から詔が下され、
跪いて捧げ持つと、天からの香りがほんのりただよってきた。
仰ぎ見ると眩い光に目がくらみ、
ただ東の海から暁の色が開かれるかのようだった。
試験が終わると、
皇帝はお帰りになるべく迎陽門から歩み出られ、
皇帝に付き随う前後の飾りが廊下を明るく照らした。
私のような野人は皇帝のお顔を見知ることはできなかったが、
それでも皇帝の瞳の光ばかりは記憶に刻まれた。
私は制科に合格すると鳳翔で三年間の任に就き、
帰ってくると、真に一つの夢、
仁宗皇帝の御陵に凄然と風が吹いているのだった。
仁宗皇帝の天容玉色は誰にも描けるものではなく、
老先生［妙善］は古寺に篭って昼も戸を閉ざし、
夢の中で神から技を授けられて心に得るものがあり、
覚めて後に、筆のあるのを忘れて手に任せて描いたのだった。
私は老先生の庵に入れていただき、
仁宗皇帝が普段のお召し物で、
厳として動かずにお立ちになっているのを見て、
涙が止まらなかった。
傍らには立派な髯や眉の元老が控え、
虎のような武臣が長い剣を持って立っている。
老先生は竜や鳳のような高貴な方だけを画き、
草の間に住む猿やら鹿やらを画くことは決してないので、
都の人が老先生の鉄の門を踏み破ぶって頼みにこようが、
黄金やら白い璧を床に山と積んで頼んだところで聞くことはない。
ところが近ごろ私を画いてくださることになったのは、
私が仁宗皇帝にお仕えしたことのある白髮の老人の一人だからであろうか。
かくて老先生の画いてくださった絵を見て、
鏡を見るまでもなく了解したのは、
かように老いぼれになったのでは、
明年にも身を引いて故郷に帰るべきだということ。
【補足】［（1）蘇軾は蘇州で何充に肖像画を描いてもらっていた［→作品番号04-3-081］。どちらかでも後世に伝わっていたならば大いに珍重されたであろう。（2）宋の時代の大きな特色の一つは、試験制度を整備して優秀な人材を中央に集め、合わせて社会の流動性を保つことにも成功した点にあり、それは宋代前半の皇帝が熱心に取り組んだ成果であった。明代の文人である謝肇淛が編んだ巨大な随筆『五雑組』には、仁宗皇帝がどれだけ科挙と誠実に向き合っていたかということが記されているので、その部分を見ておこう］
【訳文】
岩城秀夫訳『五雑組7』（東洋文庫640）、平凡社、1998年。
宋の趙清献公に『御試日記』一巻の著がある。おそらく嘉祐六年天子が親しく進士の試験を行われたときのことであろう。公はちょうど右司諌の役にあり、賈直孺・范貫之といっしょに編排官に充てられた。
日記は二月二十六日に始まり、三月九日に終わっている。考校所（試験場）に行幸されたのが二度、覆排所（再試験所）に行幸されたのが四度、詳定所（成績審査所）に行幸されたのが二度、編排所（順位決定所）に行幸されたのが一度である。上巳や寒食の休暇の日であっても、孜々として訓勅を廃されることがなく、慰労の茶と果物や酒肴を賜ることは、一日として欠けたことがなかった。
【補足】［（1）趙清献公とあるのは先ほどその名を見たばかりの趙抃［→作品番号05-3-066］である。（2）ここには嘉祐六年［1061年］春の科挙のありさまが記録されているのだが、奇しくも蘇軾は同じ年の秋に制科の試験を受け、上の詩はそのときのことを歌っているのである］
■【05-3-069】哭刁景純
【解題】杭州時代に親しくした潤州の刁約［字は景純］［→作品番号05-2-011および04-3-006など］の訃報を聞いて詠んだ詩。刁約は蘇軾よりも42歳上の大先輩。
【訳文】
書物を読んで先人に思いを馳せると、
いつももっと早く生まれなかったのを残念に思う。
それでも、何かと道を誤りやすい若い時分に、
私はこの老先生に会うことができた。
老先生は松や柏のように霜や雪にあっても枯れることなく、
ごく小さな芽から、自分自身を養って、ひと抱えもある大木に到った人である。
宏材［優れて汎用性のある木材］は手近な用にはなかなか役立たないので、
千年間も抛っておかれたままで、枯れて倒れてしまうようなことが多い。
魏の正始年間は学問が盛んで、
後に学術が衰えて再び興ってきたときに、
また「正始の音」を聞けるようになったといわれたものだが、
老先生の文章はまさにその趣があり、
白髪になるまで変わらない風節を貫いた。
普段から人のために努めるばかりで、
自分自身のためにすることはほとんどなかった。
是か非かは一つには決めがたいもので、
老先生の論じるところは反覆して看るとますます好いとわかってくる。
私は先に呉越地方を巡り、
酒を把って老先生の長寿を祝った。
朝でも夜でもかまわずに老先生の門を叩き、
かの龐徳公のようにどちらが主人であるかわからないほどに親しく接してくださり、
老先生のもとに百度立ち寄っても、
かの漢の高祖が若いころに友人を連れて伯母のもとにたびたび立ち寄って、
疎まれてしまったようなことはなかった。
最後に別れたときに老先生はすでに八十歳、
後にまた会えることは保証し難いと思った。
昨日友人からの手紙で、
昨年は老先生の奥様が亡くなり、
今年は老先生が亡くなったと知らせてきた。
潤州の人々は、范橋から下を覗いて、
冷たい水に藻が所在なく揺れ動くのを見て、
心を傷めているであろう。
飼われていた馬は、
家の内に主人がいないので、
痩せて空しく老先生を慕って嘶いているであろう。
所縁の水辺にもはや老先生の姿が映らないのを想うと、
遠くここで私は慟哭するばかである。
私はそちらに行き、匏に水を酌んで墓に詣でたいと思うのだが、
老先生が親しく岡に植えた一万本の松が、
手入れする人もなく秋の草に埋もれてしまっているのを、
見るに忍びない。
■【05-3-070】答呂梁仲屯田
【解題】先に重陽の節句に大水に阻まれてくることのできなかった仲伯達［→作品番号05-3-056］から詩が届いたので、それに答えた詩。
【訳文】
彭城県の周りを、多数の山が折り重なるようにして囲っている。
仲君の官居は、その山の一つ、滝のかかる呂梁にある、
そこはもの寂しいところで、民は鹿とともに暮らしている。
小さな市場はさびれて鶏や豚さえ売られていない。
黄河の水が西からきたときに、初めはそうだとはわからなかった。
いつもは清らかな泗水がなぜか濁って勢いを増したのを訝しく思ったのだった。
夜には、沙の岸辺でおうおうと鳴るのが聞こえ、
暁には、雪のような白い浪頭の上に巨大な魚が浮ぶのが見えた。
呂梁は昔からこのあたりの要の地とされていたのだが、
万頃もの広大な土地があっと思う間なく呑み込まれてしまった。
水はたちまち町に流れ入り、村をも巻き込んだ。
役人も民衆も走って逃げ、ただ仲君だけが留まった。
打つ手はなく、路は断たれてどこにも行けず、
仲君は壊れた家で愁いに沈む鳶のように蹲って詩を歌うしかなかった。
冬の寒さがきて、霜が重く降るころになって、
屋根の瓦に沙の痕を留めて、水は退いていった。
人々が町に戻ってきて顔を合わせると、
あたかも夢であったかのようで、
かろうじて魚や大亀の餌にならなかったのを喜んだのだった。
仲君は惜しまずに酒や食べ物を用意して、
人々と笑って話して歌って踊った。
念うに、いま仲君の官舎は冬の氷雪の寒さ、
私のこの詩とともに酒を送るので、少しでも温まっていただきたい。
人生とは寄せるようなものであるのだから、
いささかでも楽しむべきではなかろうか。
昔からいうように、黄昏時から蝋燭をたくさん灯して遊ぶのがよいのだ。
堤防はまだ築かれておらず、淮水、泗水には水が満ちている。
黄河の以前の道は消えてしまって、洪水の傷が残っている。
来年の労苦は、きっといまよりも甚しくなるであろう。
私も人々の先頭に立って土を運ぶつもりだ。
仲君に頼みたいのは、
万の指とともに、千の鎚を雷のように鳴らして固い岩を撃って、
山の根を切ってもらいたい。
そうすれば、町は高く鉄のような壁で守られ、水路が快く通って、
水が勢いよく流れるのを笑って眺められるようになるであろう
農民が臂を振って働いてくれれば、飢饉を脱して、
秋には野に雲がむらがるように穀物が稔るのを見るようになるだろう。
そのときには、仲君ために、脚をへなへなしてしまうような強い酒を置いて、
太鼓を叩いて囃し立てながら、金の樽を傾けようではないか。
■【05-3-071】答宋寺丞
【解題】宋という姓のある官員に送った返書。
【訳文】
……［宋氏が蘇軾に賛辞を贈ったことに対する謙遜の辞を並べる］……徐州に来ましてからは、夏には日照りの害があり、秋には洪水があって、続けての災いで、人は流されたり疫病に見舞われたり、百もの害が起こり、公私ともに騷然としていまもおさまりません。算段を立てても治まりはしないという者が大勢います。しかし、仁を具えた君子は、人の過ちを指弾するのではなく、その人の及ばないところを教え、さらにはできるところを誉めるものであるといいます。孔子は、弟子から仁の実践について問われたときに、「どの邦にいても、賢者といわれている大夫に仕え、仁者といわれている士を友とせよ」と答えました。これより貴君と手紙の行き来がありますのは、ただ楽しいばかりではなくて、私を教え導いてくれる者を得るということになりますので、願ってもないことであります。たまたま工事が起り、わずかの閑もなく、意を尽くして書くことができません。どうか深くお察しください。
■【05-3-072】祭任鈐轄文
【解題】蘇軾が人格的に優れていると感じるのは、上の手紙やここで見る祭文のように、いわば無名に人に対しても謙虚に温かく接していると知れる事例が多々あることだ。これは洪水対策に奮闘するなかで命を落とした任という姓の人物を悼む文章である。
【訳文】
ああ、君は青年になってより兵員として従事すること四十年余り、町を守る大黒柱となり、世事に明るく、物事に練達し、我が軍を治めること厳格にして公平であった。君のもとで役人も兵士も肅然として、争い事が起こることはなかった。汴水と泗水が氾濫し、町を囲む壁が傾き壊れ、風に埃が巻き上がり、雨露に冒されるなかで、君は町を救うために奔走し、ついに病に罹って輿に担がれて町の中に還ってきた。それでもなお君は起きて働こうとしたのだが、もはや死の訪れを止めることはできず、君が亡くなったと聞いて人は驚き嘆いたのだった。君の子孫はたくさんいるけれど、皆は粗末なものを着て、粗末なものを食べているだけで、君は生きているときには勤めだけに励み、亡くなってからはまことに清廉であったと知れたのである。觴を挙げて、涙とともに君と訣別するものである。
■【05-3-073】臨江仙
【解題】王緘という人物が帰郷するのを見送った詞。王緘は蘇軾の妻の王氏の親族であろうかとの推測もあるので、それに従ってここでは訳す。
【訳文】
忘却成都来十載、［故郷のことをすっかり忘れてしまってもう十年］
因君未免思量。［あなたに因って、免れることのできないこの感情が戻ってきてしまいました］
憑将清涙灑江陽。［あなたに憑って、故郷の川に私の涙を注いでもらいたい］
故山知好在、［故郷の山はもとより好いままにあるのですが］
孤客自悲涼。［私は独りここで悲しみ傷むのです］
坐上別愁君未見、［送別の席上でのこの愁い、そしてあなたがまだ見ていないのは］
帰来欲断無腸。［あなたが帰った後で、跡形もなくずたずたに断ち切られた私の腸］
慇懃且更尽離觴。［さらに尽くしましょう、離れがたき別れの觴を］
此身如伝舎、［私の身は宿場の駅舎のようなもの］
何処是吾郷。［どこであってもそこが故郷なのです］
【補足】［この詞の終わりは作品番号05-2-043の詩にあった「官僚の住まいなんぞは宿場の旅館のようなもの」というのと発想が共通している。官舎も駅舎も次々に人が通過していく場であるのだが、ある種の思考の飛躍をもって、官舎や駅舎とそこを通過する人とを同一視し、さらに飛躍して、どこもが故郷であるという思いが生まれるのだろう］
■【05-3-074】答孔周翰求書与詩
【解題】密州知事の孔宗翰［字は周翰］［→作品番号05-3-052］から書と詩を求められて、この戯れの詩を返した。
【解題】
閑な折があればと、貴君から書と詩を求められたのだが、
口は禍のもと、閑な身であるなら、じっと口を閉ざしているのがよい。
ましていまは厳しい寒さの季節、
手は懐の奥深くにしまっておきたい。
詩を吟じたり、字を写したりして忙しくしているようでは、
塵と垢にまみれた俗世から幾世にもわたって離れられはしない。
柳宗元は、詩と書を好むのは困った病癖であると言った。
私にもその病癖があるのを貴君は謗るのではなく、
かえって書や詩を求めてこられたのは、
どうしようもない愚か者であるという烙印を私に押したも同然だ。
次に貴君と会うのはいつのことであろうか、
春風に花の開くころであろうか。
昔、杜甫と再会した李白は、
「君は詩に打ち込み過ぎだ、ひどく痩せたではないか」
と、笑った。
昔、庾亮の書は、飼われて肥えた鶏のようで、
痩せた野生の鳥のような王羲之の書よりも一段劣るとみられた。
貴君は私と会ったなら、
きっと私は太ったと思うであろう。
何はともあれ口は禍のもとであるのだから、
会っても何も語らずにいるのがよい。
孔子も百杯の觚の酒を飲んだというから、
我等もひたすら杯を重ねようではないか。