第5章 嵐の訪れ――密州、徐州、湖州
［第5章その一］
熙寧7年［1074年］、蘇軾39歳。
熙寧8年［1075年］、蘇軾40歳。
■【05-1-001】平山堂次王居卿祠部韻
【解題】熙寧7年10月に長江を渡った蘇軾は、揚州の平山堂で知事の王居卿［字は寿朋］の作に次韻してこの詩を作った。平山堂は、かつて欧陽脩が揚州知事であったときに大明寺に建てたもので、眺望に優れ、遠く江南の山々を見晴らすことができた。王居卿は口が達者で、それを駆使して官界を巧みに遊泳するような人物であったらしく、この詩からもその一端が知れる。平山堂には潤州で再会した孫洙［字は巨源］［→作品番号04-3-086］も同行していた。
【訳文】
王知事殿が連日大いに催す酒宴のお供をする。
知事殿は、酒が入ると、酒狂を発し、
酒が醒めると、こんどは狂言連発する。
酒というものは、人の顔のように、もとより白く、
山というものは、人に向かって、とにかく青い。
あの飛ぶ雲は、北固山から長江を渡ってきたものなのか、
欄干の前の青い竹は、西湖の風景を思い出させる。
六朝［三国時代の呉と南朝五代の王朝］の興廃が繰りひろげられたこの地も、
当時と同じように残っているのは丘陵ばかりで、
かつて奸雄の腹芸に政敵が返した微妙な笑い声にしても、
知事殿の語りに思わず漏らす我等の笑い声にしても、
いずれも空しく消え去ってしまうのである。
【補足】［この詩には種々の故事が用いられていて意味が汲み取りにくい。史書には、王居卿は「俗吏」であったと評されているので、蘇軾が故事の厚いベールの下に、実はこっそり皮肉を忍ばせたと解釈できなくもないので、それに従ってここでは訳してみた。楽しくあるべき宴席で非礼を働くのは、蘇軾の好むところではなかったであろうが……］
■【05-1-002】書許敬宗硯
【解題】蘇軾は次の赴任先である密州に向かうために、揚州から大運河を北上した。高郵に至ると、そこには、母の喪に服して帰郷していた孫覚［→作品番号04-1-073など］がいた。孫覚に会うと、古い硯を蘇軾に見せた。それはいささか蘇軾と関わりのあるもので、そのことについて記した短文が二種類伝わっている。互いに補い合う箇所があるので、ここではそれらを合体して訳す。
【訳文】
杜叔元、字は君懿は、文雅な人となりで、書も詩も観るべき立派なものを作った。古い風字硯［硯の一つの型］を所有し、石が美しい上に、みごとな作りであった。唐の時代の許敬宗が愛用していたものだとして、代々杜の家に伝えられてきたものであったのだが、私は初めはそのことをあまり信じていなかった。
後に私が杭州に赴任すると、漁師が銭塘江から網で一つの銅の匣を掬い上げ、そこに「許敬宗」の字が鋳こまれていた。匣は硯を入れるのにちょうどよい大きさで、二つの足を受け容れるところがあった。杜叔元が持っていた硯にも二つの足があって、真四角な形で、匣にあるものとぴったり合うのだった。それでまことに許敬宗の硯であったのだと、私はそのときに知ったのである。
昔、私の父［蘇洵］は杜叔元と仲がよく、父はその硯を求めたのだが、断れられたということがあった。
杜叔元はかつて私に向かって、
「吾が家にはほかに何もないので、もしも私が死んだなら、この硯を潤筆料として、貴君に我が墓誌を書いてもらいたいと思っているのだが」
と、いった。
その後、杜叔元は亡くなり、その子の杜沂［字は道源］はこの硯を出して、実際に私に墓誌の執筆を求めた。私は普段から墓誌を書かないことにしていたので辞退した。
それで、杜沂はその硯を与えて、私の友人の孫覚に墓誌銘を作ってもらった。私は高郵を過ったときに、孫覚はその硯を出してきて、
「許敬宗は棍棒で人を処罰して殺すのを好んだようなとんでもない人物で、犬でもけしかけてやれば十分であるのに、どういったわけでこのような硯を持っていたのでしょうか」
と、いって笑った。
私はそれを聞いて、この硯は許敬宗のために四百年余りにわたって辱めを受け、いまだに穢れが落とされないでいるのであって、この硯の不運を思って哀れになった。許敬宗が奸事を為したときに、この硯は何も関わりがなかったのだから、硯には罪は一切ないのだ。ましてこの硯の善さは格別である。それで、その恥辱を洗い流してやろうと、孫覚に求めて私はその硯を得たのだった。
いま匣は唐氏のところにあって、唐氏はそれを甚だ惜しんで、求めても得ることができない。硯の美はずっと匣の中にないままであるのだが、上には敬宗の姓名があるのだから、そこに必ず蓄えておかれるべきなのである。
【補足】［（1）杜叔元は成都の人で、官界でキャリアを積み、蘇洵はかねてから杜叔元に兄事していた。蘇洵が科挙を受験する息子たちを連れて上京すると、杜叔元は蘇軾に筆を贈った。そのことについて蘇軾が記した短文を後の章で見るようになる。その後、蘇軾が鳳翔での任を終えて都に戻ったときに、たぶん郷里の成都にいたであろう息子の杜沂に宛てた蘇軾の手紙の断片が残っていて、それによると杜叔元が都にいたらしいことが知れるので、墓誌銘を依頼した話はそのころにあったのかもしれない。（2）蘇軾はある信念をもって墓誌銘の類を書かないことにしていたことが、この短文からも知れる。蘇軾が実際に執筆したのは特に個人的に深い関わりのあった人だけである。（3）同じく高郵滞在のときに、孫覚から秦観［字は少游］の詩を見せられ、大いに褒めたと伝えられている。このとき秦観は24歳で、後に科挙に合格し、蘇軾の高弟として「蘇門四学士」の一人と称されるようになる。秦観は高郵の人であるから、もしかしたらこのときに直接蘇軾と会ったのかもしれないが確証はない。「四学士」のもう一人の黄庭堅と蘇軾が知り合うのにも孫覚が関わっているのはなかなか面白い［→作品番号04-1-074］。「四学士」のさらにもう一人の晁補之との出会いは作品番号04-3-059で見ていて、残るもう一人の張耒については後に本章で触れることになる。なお「学士」とは皇帝直属の学術アカデミーの学士院に所属すること許された者に与えられる称号で、蘇軾は先に試験を受けて学士となっている［→作品番号03-1-001］。（4）高郵では、かつて湖州で会った邵迎［字は茂誠］［→作品番号04-1-081］の家も訪ねている。邵迎はすでに他界していて、遺族に弔意を述べ、邵迎の遺した詩集に序文を記したのだった［→作品番号04-1-082］］
■【05-1-003】更漏子
【解題】潤州で会った孫洙［字は巨源］は、揚州からも蘇軾に同行してそのまま都に行こうとしたのだろう、楚州に至って二人はようやく東と西に別れた。そのときに蘇軾はこの送別の詞を贈った。孫洙はこの年の8月まで海州の知事を務め、海州を去るに当たって、8月15日に景疏楼で送別の宴が開かれた。その宴で妓女が詠んだという設定でこの詞は作られたと読むこと可能であるので、その解釈に基づいて訳文を作った。
【訳文】
水涵空、［水と涵しあう空］
山照市。［山と照らしあう町］
西漢二疏郷里。［漢の時代の疏父子が帰ったのはこの郷里］
新白髪、［父子の新たに増えた白髪］
旧黄金。［父子が散財し尽くした黄金］
故人恩義深。［父子は昔なじみの人達に深い恩義を示したのです］
海東頭、［東の海のほとり］
山尽処。［ここで尽き果てる山］
自古客槎来去。［古来、旅人がここから漕ぎ去ったという槎］
槎有信、［槎には皆からの手紙］
赴秋期。［旅立つのは秋のこの時期］
使君行不帰。［知事殿は去ってもう帰らないのでしょうか］
【補足】「（1）疏父子［原詞は二疏］」とあるのは漢の時代の疏広とその兄の子の疏受。海州の出身で、2人とも優れた業績によって朝廷の高位に昇ると、2人揃ってさっと引退して郷里に帰った。そして、人々を招いて酒宴を開き、財産を惜しみなく郷里のために使った。「二疏」の引退は官僚の身の処し方として一つの理想型とされ、詞の前半はそのことを歌っている。景疏楼の名はその二疏にちなむ。（2）海州は元来帰ってくるべき土地であるのに、そこから逆に去ってしまう知事との別れを妓女が悲しむというのが詞の後半。知事が乗った槎を見送る妓女の想いは、すなわち孫洙の乗る船を見送る蘇軾の想いなのである］
■【05-1-004】永遇楽
【解題】楚州から東に進んだ蘇軾は大陸の縁近くを北上し、上の詞で見たように孫洙が8月まで知事を勤めていた海州に立ち寄った。11月15日、海州知事とともに景疏楼に登り、ちょうど3カ月前にそこで送別の宴が催された孫洙のことを想ってこの詞を作った。旧暦で15日は満月である。かつて景疏楼で孫洙との別れを惜しんだ妓女が、同じ満月の下で悲しんでいるという設定でこの詞は詠まれているのだろう。
【訳文】
長憶別時、［長く憶いつづけるのはお別れしたあの時］
景疎楼上、［景疎楼の上］
明月如水。［水のようにあたりをひたしていた明るい月］
美酒清歌、［美しい酒と清らかな歌］
留連不住、［それでも引き留められず］
月随人千里。［行く人とともに千里の彼方に随うのは月の光だけ］
別来三度、［お別れしてから三度］
孤光又満、［また満ちる孤独の光］
冷落共誰同酔。［寂しくも共に酔うのは誰と］
捲珠簾、［捲き上げる簾］
凄然顧影、［しみじみと顧みる私の影］
共伊到明無寐。［月とともに明るくなるまで眠らずにいるのです］
今朝有客、［今朝の旅人］
来従睢上、［来たのは睢河のほとりから］
能道使君深意。［よくぞいってくださいました知事様の深いお意］
憑仗清淮、［あてにするのは清らかな淮河の流れ］
分明到海、［きっときっと到るのです海に］
中有相思涙。［その中にある知事様が思ってくださる涙］
而今何在、［そしていまいるのはどこ］
西垣清禁、［禁中の西の御殿］
夜永露華侵被。［夜は永く、輝く露が湿らす夜具］
此時看、［その時に看るのは］
回廊暁月、［回廊にかかる暁の月］
也応暗記。［きっと暗に記えていてくださることでしょう］
【補足】［（1）詞の後半にある「今朝の旅人」とは蘇軾のことであろう。妓女を想う孫洙の心を蘇軾が伝えにきたという趣向なのである。このように友情を男女の情愛に擬して詩歌に詠むのは決して珍しいことではない。自由恋愛が許されなかった旧い中国においては、男女の恋を大っぴらに歌えない代わりに、男同士の友情を濃密に歌ったという説がある。（2）孫洙が海州にいた間にあったとされるエピソードがあるので、本筋からははずれるがここで見ておこう］
【訳文】
洪邁：『夷堅志』甲志巻第十一
孫洙［字は巨源］と李清臣［字は邦直］は若い時に同時に制科を受けた間柄で、熙寧年間に孫洙が海州知事であったときに、李清臣は副知事だった。李清臣の住まいと孫洙の家の庭は境を接していて、孫洙の末の娘はいつも庭で遊んでいた。李清臣は娘の姿を見ると、じっと目で追い、そのうち、車に乗って出かけるときに、娘の声が聞こえてくると、すぐに車を降りて引き返し、娘の姿を見ようとするまでになった。
李清臣の妻の韓夫人は、窓の内からそのような様子をたびたび見たので、
「何をなさっておられるのですか」
と、問いただした。李清臣はありのままに答えた。
ある夜、李清臣は夢を見た。
夢の中で、孫洙の庭に行き、娘を見かけたので、その後を追った。娘はすばやく立ち去ろうとし、李清臣はあとわずかのところにまで接近し、娘の鞋を踏んで、その襟首に花を挿し込んだ。
はっとして目が覚めて、その夢を韓夫人に告げた。
韓夫人は非常に驚き、
「花を簪にするとは、婚約が成り立つ兆しだといいます。『鞋』は『諧［かなう］』に通じます。とすると、私はきっと間もなく死ぬのでしょう」
李清臣は、
「お嬢様のことを思ってばかりいたので、おかしな夢を見てしまっただけなのでしょう。そのようなことが起こるはずはありません」
と、いったのだが、韓夫人は間もなく亡くなってしまった。
しばらくして、李清臣は媒酌人を立てて、娘を妻に迎えたいと孫洙に申し出た。
孫洙は、
「私と李君は一緒に勉強した間柄ではないか。年齢もほぼ同じだ。我が末娘と釣り合うはずがない」
と、怒って返事をしなかった。
孫洙は朝廷に帰還し、翰林学士となったのだが、病気のために死ぬばかりとなった。
孫洙が見舞いの客に向かって、
「末の娘がまだ片付いていないのが気がかりでなりません」
と、嘆くと、客人は、
「現在の士大夫のなかで賢人といったら李清臣様の右に出る者はおりません。どうして嫁がせようとなさらないのですか」
「年齢が違いすぎるではないか」
「嫁ぐべきところに嫁ぐのが何よりでありましょう。それより他に問題にすべきことなどないのではありませんか」
しかし、婚約が調わないうちに孫洙は亡くなってしまった。
後に、孫の家では、娘を李清臣に嫁がせた。後に魯郡夫人に封じられたのがその人である。
李清臣が書いた孫洙の墓誌には、
「三人の娘があり、長女は李公彦のもとにゆき、二人の女は家にいる」
と、記してあるから、墓誌を書いたときにはまだ李清臣は婿として定まっていなかったのだろう。
晁補之が書いた李清臣の行状記には孫氏の娘と再婚したと記してある。
【補足】［（1）『夷堅志』は南宋時代の著名な文化人である洪邁が編んだ奇談集で、収録されている話のほとんどは事実とはいえないようなものであるのだが、このエピソードは事実にある程度近いようだ。（2）ここに韓夫人とあるのは、韓琦の姪である。韓琦はたびたび見てきたように、蘇軾が8歳ときに憧れた4人のスーパースターの一人で、政界の超大物である。李清臣が韓夫人に何も隠さずに打ち明けているのは、韓夫人には頭が上がらなかったということの現れであろうか。李清臣は、欧陽脩がその才能を高く評価して将来を嘱望される若者であったので、韓琦はいち早く自身の親族に迎え入れたのである。士大夫が社会的に高い地位に昇るには、科挙に合格することが何よりも近道で、出世に成功した士大夫が一家の繁栄を後々までも保とうとするなら、やはり科挙に合格するような優秀な子や孫を持つ必要がある。それで、士大夫は士大夫同士で婚姻関係を結ぶことに非常に熱心であった。（3）李清臣が孫洙の娘に惚れてしまったときに李清臣も孫洙も四十代前半であって、娘の方は十歳前後であっただろうから、韓夫人が驚き、孫洙が怒るのも当然であるが、ありえないことではないだろう。なお、李清臣は政治的には、保守派でも改革派でもないという独自の立場を保ちつつ、権力の座を得ようとする野心はかなり強かったようである。李清臣と蘇軾の関りはこの後本章で見ることになる］
■【05-1-005】二疏図賛
【解題】先の詞で見たように、海州は漢の時代の二疏［疏広と疏受］の故郷である。海州で二疏を描いた画を見て、この賛を作った。賛は含蓄に富んだ韻文で、この訳文は残念ながらその味わいを全く生かせていない。
【訳文】
時代によって変わらずに壮健であるのは、
ただ天だけなのだろうか。
天は静かにして強く、和かに包み込む。
赫赫たる帝王であるのは、
漢の高祖であろうか。
高祖は智をもって王たることを努め、
君臣関係を明確にしたために、
師友の道は喪われてしまった。
宣帝は漢の統治を立て直し、
法をもって人を馭ろうとし、
蓋寛饒、韓延寿、楊惲を誅殺したのだが、
三人は実は良臣であった。
二疏先生はそれを憐れみ、
袂を振って、朝臣としての履を脱いだのだった。
ちまちました統治術で、
志のある士を抑えてはならない。
二疏先生はそのようなことをあらわにはいわなかったけれど、
その意は千年後に伝わっている。
私は二疏先生の画を観て、
涙で襟を濡らすのである。
【補足】［ここに挙げられている三人の良臣が誅殺されたのは、実は二疏が朝廷を去ってから少し後のことであったのだが、蘇軾はそのようなことには頓着せずに、その時代のありようを記しているのである］
■【05-1-006】次韻陳海州書懐
【解題】このときの海州知事は陳という人［名は不明］で、かつて蘇軾の故郷である眉山県の知事を務めたことがあった。その陳知事が、二疏のように隠退することに憧れる懐いを記した詩を示したので、それに次韻した。
【訳文】
暗くわだかまるあの山は、
遥か東の蒼梧の海から流れ着いたものだとか。
海上を眺めやると、
仙人が住む蓬莱島や方丈島は見えるのやら見えぬのやら。
それらの島では草も木も全てが仙薬になるというので、
妻子を棄てて海辺のこの町に逃れてきた人がかつていたという。
私達はといえば、
風雅に遊ぼうという志をいまだに成就できずにいる。
昔馴染同士でこうして会って、
互いに虚しく顔を見合わせている。
酒が醒めると、
故郷で過ごした子供のころのことがしきりと思い出される。
まことに残念なのは、
王喬の二羽の鳧にすがりついて彼方の世界に飛び去れないことだ。
【補足】［（1）昔の中国の人にとって海の彼方は神秘の世界で、蓬莱島やら方丈島やら、仙人が住む島があると想像し、海州から船を出してそのような島に渡ろうとした者も実際にいた。海州の近くには、遥か遠くの海［蒼梧の海］から、プレートテクトニクスではないけれど、流れ着いたといわれる山があった。（2）「王喬の二羽の鳧」は作品番号01-2-037で見ている。その詩は、仙人の世界からのこのこ俗世に出てきた王喬の行為を揶揄するような口ぶりだった。この詩では、二羽の鳧にすがりついて仙界に飛んで行きたいと、真剣に願っているわけではない。「退隠ということを軽いノリでいっているだけなのではありませんか」と、陳知事に問いかけているかのようである］
■【05-1-007】次韻陳海州乗槎亭
【解題】同じく海州で、陳知事の乗槎亭の詩に次韻した。「乗槎」とは槎に乗ること。槎に乗って行こうとするのは東の海の向こうにあるとされる仙界であろう。
【訳文】
人間界の出来事には涯しがなく、
人の一生には涯しがある。
故郷に帰り、漢江に筏を浮かべて釣りでもしようか、
それとも、
荒れる海の筏の上でも泰然自若としていたかの謝安を見習うのがよいのか。
世を逃れ去った後にも民衆から慕われ続けるようでありたいと思っても、
なかなかそういうことはないものだ。
乗槎亭から眺めると、
日が昇るとともに、紅い波が翠の山へと寄せ、
潮がくるとともに、白い浪が青い沙の上で巻く。
この美景と、そして陳知事との清らかな会話は、二つとも非常に結構なもので、
いつの間にか、帰りは、馬の鞍に月の光を浴びながらということになった。
【補足】［（1）漢江は蜀から流れ出る川で、そのことは何度か詩に詠まれていた。実際には、蘇軾の郷里を漢江が流れているわけではないが、漢江は広く故郷の河川の象徴として用いられているのだろう。（2）謝安は晋の時代の人で、作品番号02-3-014から何度か見ているように、いかなることに動じなかったという逸話が多数残っている］
■【05-1-008】次韻孫職方蒼梧山
【解題】孫奕［字は景山］が詠んだ蒼梧山の詩に次韻した。孫奕は一時期杭州で同僚だった人［→作品番号04-2-022］。何らかの経緯でこのときに海州にいたのだろう。蒼梧山は、遥か東の蒼梧の海からやってきたとされる鬱州山である。
【訳文】
蒼梧の海から山がきたとは、
いかにも不思議ではあるが、
虚伝というわけでもないのだろう。
荒唐無稽のような話は、
その方面の専門家であった晋の王嘉に問わなければならない。
蒼梧山は巨大な鰲の頭に乗り、
鵬の背に負われて青空を飛んできたのだ。
霊境は賢者のいるべきところといわれるが、
そこをつくった神妙の技もただの偶然であったのかもしれない。
聞くところでは、
新春には貴君は蒼梧山のあたりを自由に遊覧するとか。
貴君がこの平地にいながら、
仙人のように山々を飛びまわっているのを羨ましく思う。
【補足】［結びの句からすると、このとき孫奕は官職に就いていなかったのかもしれない］
■【05-1-009】次韻孫巨源寄漣水李、盛二著作並以見寄五絶
【解題】海州滞在中に孫洙［字は巨源］［→作品番号05-1-004］から詩が届いたので、それに次韻した。孫洙の詩は、海州に属する漣水県の李某と盛僑ならびに蘇軾に寄せたものだった。
【訳文】
其の一
南の山にいる劉君たちとはなかなか逢えない。
馬と牛のようにひとつに集まることはまずないのか。
孫君とは逢えはしたけれどその機会は多くない。
秋に去る燕と、秋にくる雁のようなものなのだろうか。
【補足】［この詩は、蘇軾自身の注で、「かつて揚州で、孫洙、劉攽、劉摯と会ってから長い時間が経ち［→作品番号03-4-037］、孫洙とは近ごろ潤州で会うことができた」と記している。四人が一堂に会する機会がないのを嘆いたのである］
其の二
優れた人であっても、
進むのが難しい時がくるものである。
勇退とは急流のなかにおいてなされるものであるのだろう。
慕うべきは「二疏」だけではない。
この地にはいずれ「景孫楼」が建てられるであろう。
【補足】［（1）海州にある景疏楼にかけて、いずれ景孫楼が建てられるだろうと孫洙に戯れたのである。（2）続く第三首と第四首は、幾つかの故事を引いて孫洙、李某、盛僑ならびに蘇軾のことを歌ったもので、訳すとひどくごちゃごちゃするので割愛する］
其の五
膠西［密州］にはまだ行っていないが、
私はその地にについて説くことができる。
桑や稲や麻が春の訪れを待っている。
羨ましくもなんともないのは、
都の塵を浴びて馬に乗る人。
羨むべきは、
膠西の地の川で、月の光のなかに舟を浮かべる人である。
■【05-1-010】浣渓沙
【解題】「海州知事の陳君に贈る。陳知事はかつて眉山県知事として名声があった」との添え書きがある詞。
【訳文】
長記鳴琴子賤堂。［陳知事もかの宓子賤のように琴を鳴らすだけでよく治めたのでした］
朱顔緑髪映垂楊。［楊の下に立ったそのときに陳知事は輝くばかりに若々しかったのです］
如今秋鬢数茎霜。［鬢の毛はいまでは秋枯れの草のようです］
聚散交遊如夢寐、［人が出会い、そして別れるのはすべて夢のよう］
升沈間事莫思量。［浮き沈みも、退隠も、思案の外のこと］
仲卿終不忘桐郷。［かつて赴任したところを故郷よりも忘れずにいた人もいました］
【補足】［（1）前半は眉山県知事であったときの陳氏について歌っている。（2）終わりの句の原文は「仲卿終不忘桐郷」［仲卿は終に桐郷を忘れず］で、これは漢の時代の朱邑［字は仲卿］の故事に基づく。朱邑は若いときに桐郷に赴任し、真心をもって統治にあたり、民衆から慕われた。朱邑は死期を迎えたときに、「後々まで私のことをこと厚く祀ってくれるのは桐郷の民だ」といって、桐郷に葬られることを希望した。実際に桐郷に葬られると、土地の人々は朱邑の祠を建て、長く祭祀を行い続けた。この故事を蘇軾は好んで詩文に何度か用いている。この詞を見ると、陳知事は老年に達していたのだろう］
■【05-1-011】王莽
【解題】歴史に精通する蘇軾は、歴史上の人物や事件を主題にした詩をときどき詠む。前提となる知識を十分に共有しない我々は蘇軾が詩に籠めた意味を容易には読み取れない。これと次の詩はこのころに詠んだと推定され、前年の4月に王安石が宰相を辞めたこと［→作品番号04-2-096］と関連しているとされている。題に挙げられている王莽は、皇位を簒奪して前漢を亡ぼしたことで、儒学の伝統において極めて評判の悪い人物で、歴史上の事実を補足しつつ訳す。
【訳文】
漢朝は天下の治め方を知らなかったのだろう。
とかく新しい事をした者が功名を手に入れた。
ある田舎の役人が朝廷にこう報告した。
「夢に天からの使者を見まして、その者がいいますには――
『王莽はまことに傑物である。
わしの言葉が真実である証拠に、
汝の庭に深さ百尺の新しい井戸を掘るぞよ』
朝、起きてみると、確かに井戸がございました」
王莽は西に版図を広げようと意図し、
天下に優れた技を持つ者を募った。
すると、一日に千里を飛ぶという者が現れて、千金を獲得した。
ところが、その者が大きな翼を付けて飛んで見せたところ、
数百歩で落ちてしまった。
【補足】［この詩は王安石を王莽になぞらえて批判したという解釈に基づいて訳した。前半は、王安石が俄かに宰相になったことや、朝廷には改革を讃える情報だけが上がっていることをいっている。後半は、王安石が西方で軍事行動を構える姿勢でいたこと、そして人材を十分に吟味せずに集めたことをいっている］
■【05-1-012】董卓
【解題】董卓は後漢末期に政治的大混乱をもたらした人物として、やはり評判がはなはだ悪い人物である。董卓は横暴を窮めたあげくに、身辺警護を任せていた呂布に殺されてしまった。
【訳文】
董卓も、初めは儒者を用いるよう勧められてそのようにした。
しかし、その人達が董卓の暴政に一斉に反発したので、
「いったい何事だ」、
と、わめきちらした。
董卓は自分の非を指摘されると、
「天下にどうせ利口者などはいない」、
と、極論を言い放った。
確かにその通りで、
自分の最も身近なところに裏切り者の呂布がいることにさえ、
気付かないくらいの利口者だったのである。
【補足】［この詩は、王安石が最も信頼していた呂恵卿に足元を掬われてしまったことを痛切に皮肉っているとされる。王安石が宰相を辞めると、神宗皇帝は、韓絳を宰相に、呂恵卿を副宰相にして改革を続行させた。王安石は理想家であり理論家で、改革の実際上の運営は腹心の呂恵卿に全面的に依拠した。呂恵卿は政治的抗争を好み、非改革派を排除して改革を急テンポで進めることに成功した。蘇軾も蘇轍も呂恵卿によって朝廷から追い出されたのであって、改革はあらゆる異論を排除して断行されたのである。王安石が宰相を辞めると、呂恵卿は自身が権力を掌握する好機だと見て、王安石が二度と都に復帰できなくなるような工作を進めた。後に、そのまた裏をかくようなことが行われて王安石は宰相に返り咲く］
■【05-1-013】沁園春
【解題】「密州に赴くに、朝早く馬上で弟に寄せた」との添え書きがある詞。
【訳文】
孤館燈青、［ぽつねんと旅館の青い灯火］
野店鷄号、［野辺の店からの鶏の声］
旅枕夢殘。［旅の枕で終わったばかりの夢］
漸月華收練、［次第に収まりつつある月の白い光］
晨霜耿耿、［きらきらと朝の霜］
雲山摛錦、［山に錦を巻く雲］
朝露漙漙、［まるまるとした朝の露］
世路無窮、［窮まるところのない世間の路］
労生有限、［労苦多く限りある人生］
似此区区長鮮歓。［ちまちまとしてばかりいて少ない歓び］
微吟罷、［もう罷めようか微かに吟じていた詞］
憑征鞍無語、［旅の鞍の上で語らずにいるのは］
往事千端。［過ぎ去った千の事ごと］
当時共客長安。［ともに都に滞在したあの当時］
似二陸初来倶少年。［昔の有名な陸兄弟に似た少年］
有筆頭千字、［筆の先から溢れる千の文字］
胸中万卷、［胸の内には万の書物］
致君堯舜、［我が君のために為そう堯や舜の治世］
此事何難。［何の難しくもないと思えたこの事］
用舍由時、［用いられるか捨てられるかは時による］
行蔵在我、［出るか隠れるかは我による］
袖手何妨閑処看。［懐手をして閑を決め込むのも悪くはないのか］
身長健、［長く健やかな身］
但優游卒歳、［よいのはゆるゆると遊んで終える寿命］
且斗樽前。［ただ一斗樽の前で］
【補足】［（1）詞の前半は早朝の旅のスケッチである。（2）詞の後半の最初に原文で「長安」とあるのは都のこと。父に連れられて科挙の受験のために上京したころのことを回想して、自分たちは晋の時代の陸機、陸雲兄弟のようであったろうかといっている。陸兄弟は若くして当時の都洛陽に上ると、文才をもって一躍天下に名を轟かせた。宋の世の「陸兄弟」は、いまを古代の聖天子の堯や舜の時代に近づけることだってできるくらいの気構えでいたと、かなり誇張して自分たち兄弟の輝かしい日々を回顧している。しかし、現実には政争に敗れ、改革の進む政治情勢の中で地方官として不本意な日々を送るのを余儀なくされているのである。（3）これまでにも見たように、弟に向かっては心の底にあるものを率直に言葉にして示している。（4）現存する作品を見る限りでは、蘇軾はこの年に入ってからにわかに多数の詞を作るようになった。詞の新しい世界を切り開こうと、いろいろな試みをしていたのだろう。弟に向けたこの作品をもって、独自の新たな段階に入ったとみてよいように思われる。何度も記したように、詞は元来は酒宴の場で歌われる艶っぽいものであったから、自身のこのような恋愛感情ではない心情を吐露する作品はそれ以前にはまず見られないものであった］
■【05-1-014】虎児
【解題】このころに弟の蘇轍に第三子の虎児［寅年にちなんだ幼名］が生まれ、この詩を作って弟に寄せた。この詩は、弟が卯年であることから、「兎がどうして虎を生むのか」というジョークをベースに組み立てられている。それを導き出すために「老蚌生珠」の故事が最初に置かれている。「蚌」は「はまぐり」と読むこともあるが、蛤とは別種の「どぶがい」であるらしい。いずれにしても、貝から真珠［明珠］が生まれる意外性を、平凡な親から非凡な子が生まれる譬えとしている。
【訳文】
古くから、老いた蚌が明珠を生むということなら聞いているけれど、
老いた兎が虎を生むとは知らなかった。
兎が自分でいうには、
「おれっちは月におるものでして、
速く走る馬ではなく、蟾蜍に騎乗します。
蟾蜍というやつはのったりのったりと蛙跳びで、
すいすいとは進まんのです」
だからなのか、君はぱっとしない地位のままで、
白い髭ばかりが長くなってしまったのだろう。
虎は兎とはまるで違い、
己自身が駿足で獰猛である上に、
黄熊を顎で使い、黒貙に駕籠を担がせるのだ。
世間の子は不祥を避けるために、
丹砂とか紫麝といったまじない薬を塗るものだが、
虎にはそんな必要はなく、
ぎろりとひとにらみするだけで、
妖怪狐だって百歩飛び退いて走ってしまう。
それでも妖怪狐は、
「わしには知恵がある」
と、強がりをいうかも知れないが、
虎は牙を動かすまでもなく、
そんな連中はひと呑みしてしまうのだ。
【補足】［この詩は、知人の子の生後三日の祝宴で笑いを取った詞［→作品番号04-3-076］と並べてみるとより面白いであろう。先の詞では、熊、牛、犀を用い、ここでは蚌、兎、虎、蟾蜍、熊、貙、狐とたくさんの動物を並べている。大きな動物をひと呑みにしてしまうというイメージで、子がたくましく育つようにという思いを表現している点は共通している］
■【05-1-015】密州謝上表
【解題】蘇軾は12月3日に密州に着任した。密州には諸城、安丘、莒、高密の四つの県が属し、州庁は高密県にあった。密州は京東路に属し、路の役所も州庁の近くにあった。密州に到着すると、早速にこの文章を皇帝に朝廷に提出した。皇帝が知事職を授けてくれたことへの感謝状である。この表は駢文という非常にやかましいルールのある文体で書かれ、重々しい用語を連ね、きわめてへりくだった調子で綴られている。着任の報告をするだけでも、かなりの高度の文章作成能力を必要としたのである。そのようなことを日本語の訳文で示すのは不可能なので、いつも通りの「ずっぽ訳」を掲げつつ、知事としての職務に誠心誠意努める決意を述べた最後の段落は、荘重な言葉を並べただけでほぼ無内容なので、注釈抜きの書き下し文を掲げる。
【訳文】
臣軾が申し上げます。
先に密州知事の勅命を頂戴し、今月三日に到着いたしました。草や芥のような卑小な身でありながら、天地のような広大なお恵みをたまわり、私の誠を遂げることができます。勅命を受けて我が身を見ますと、その任にふさわしくないと知ったのでありますが、密州の境より入って、その地の風俗を問うと、思っていた以上にすばらしい土地柄であります。
伏して念いますに、臣の家は代々貧しく、性質は甚だ低く、学問には篤く志がありはしましても、昔の時代の進士の表面を飾った文章を習っただけで、議論するところは時代に後れ、老人たちが言い古した陳腐な説ばかりであります。聖世においては役に立たない者として捨て置かれてしかるべきでありまして、ひとたび都を離れてより幾度が歳が改まり、筆硯には塵埃が積もり、次第に古臭い学問も奥底から忘れるようになり、公文書の処理に奔走して、庶民の実情をほぼ理解するようになったのであります。かくて、民衆や国家のために我が力を試して、わずかばかりでも貢献できればと思った次第であります。公をみる朝廷においても私的な願いをすっかり廃することはないだろうと、また家族を都の近くに連れて行くと日常の品も宝玉のように高価であるのを憂い、さらには弟と近くなればと、東方の地を請い願ったのでありました。いかなる幸いでありましょうか、求めるところを臣は得られたのでありました。父や兄であっても臣に対して、これほどの僥幸を与えてくれるものではありません。遠く地方に置かれましても、これほどの巡り合わせはないのであります。
此れ蓋し伏して、皇帝陛下の上聖之資を躬として太平之業を建てるに遇うによるものであって、以為に、人は賢愚と無く、皆用う可きところが有って、故に臣等の如き輩と雖も、猶おも尽くは捐て未いのでありましょう。臣は敢のこと、仰ぎみて至恩に酬いて、益ます素守を堅くして、中和之政を推し広げて、疲瘵之民を撫綏しないでいることはないのであります。要ずや、民が臣に安んぜられることが、則ま臣が国に報じることとなるでありましょう。臣は、天を瞻て聖を荷いて、激切屏営之至りに任えるものではないのであります。
【補足】［（1）蘇軾が「老人たちが言い古した陳腐な説」［老生常談陳腐之説］を棄てて、「公文書の処理に奔走」［奔走簿書］と記したときの心情は、容易に推察できるであろう。改革に伴って、本来の学問が疎んじられて、法に基づいた実務能力ばかりが重んじられるようになったことを、蘇軾は繰り返し批判してきた。ここでは敢えて反対のことを書いたのである。（2）弟の蘇轍はこのとき密州と同じく山東半島に位置する斉州にいたので、弟の近くに赴任したいという蘇軾の願いは叶えられたのである。（3）同じときに着任の報告書を宰相の韓絳にも提出していて、そこでは、「自分ごときには、天は愚忠を与えてくれただけで、家には素朴な学問が伝えられ、議論は卑俗なところにとどまって、友人たちから陳人といわれた」と記している］
■【05-1-016】与滕達道
【解題】蘇軾は密州に赴任後に、青州知事兼京東安撫使の滕元発［字は達道］に宛てて、数通の手紙を書いているので、その一つを見ておこう。滕元発は官界での先輩で、若くして范仲淹に才能を認められ、科挙を第三位の成績で合格した。蘇軾は都にいた間に滕元発と会って話したことがあり、やはり改革を批判して地方に出されていた。密州は京東路に属しているので、この手紙には、蘇軾は滕元発の指揮下にあると記し、また青州は密州と近いので、この手紙ではそのことを強調している。
【訳文】
遠く離れ離れになって早や長い歳月が流れ、お会いしたい気持ちが日々に深まります。朝には履き物が凍り付くほどでありますが、いかがお過ごしでありましょう。拙く取り柄のない私でありながら、貴君の指揮下にありますのは、まさに天の幸いであります。お住まいとはごく近くでありながら、馳せ伺う縁がないのがひどく残念でなりません。……
【補足】［滕元発に宛てた別の手紙では、密州のあたりでも蝗の害がひどかったことや、新法によって密州の軍隊組織で幾つかの問題が生じていることが記されている。滕元発とは後に非常に親密な関係になる］
■【05-1-017】答水陸通長老
【解題】同じころに、蘇州にある報恩寺の水陸禅院の通長老にこの返書を送っている。通長老は、もとは成都の僧で、蘇軾の発案で蘇州に招いたのだった［→作品番号04-2-100］。
【訳文】
先ごろ、蘇州を通りました折に、お会いしてお別れを申し上げることができず、深く残念に思っておりました。お使い人が来られてお手紙を頂戴し、法履［通長老］が清勝であることをひとえに喜んでおります。私はこちらに到って十日ほどで、僻遠での地でありますから、事は少なく、拙い衰え者を養うにはよいところです。ただし、近くに山水のよいところはなく、寺は鄙びて僧は皆粗野であります。蘇州や杭州でのような湖山の遊びをまた求めたくても、ぼんやりと思い描くこともできません。いつかまたお会いできますことを楽しみに、この侘しさを慰めるばかりです。万万自重されますように。
【補足】［上の手紙で寒さについて触れていたが、3年間江南で過ごした蘇軾には、遥か北の密州にきていきなり12月の真冬の寒さに遭ったのは身にこたえであろう。なおさら蘇州や杭州の風光が懐かしく思えたのではなかろうか］
■【05-1-018】上韓丞相論災傷手実書
【解題】上の手紙で、密州は事もなく閑であると書いていたが、実際はそうではなかった。着任するとすぐに密州が直面している諸問題の把握に努め、その年のうちに宰相の韓絳に向けてこの意見書を提出した。その一部を訳す。
【訳文】
密州に至って二十日余り、ここの民は鈍くさく、よそからくる人は稀で、私のような真に愚拙な者が長くいるには結構な場所であります。しかし、災害の影響が残り、民衆は疲弊しております。
初めてこの州の境に入りましたとき、蝗をくるんで棄てた藁が道の左側にずらりと並び、二百余里にわたって続いていました。一体どれだけの蝗を捕殺したのかと役人に尋ねますと、およそ三万斛との答えでした。その一方で、役人がいうには、蝗は災いをもたらさなかったと。はなはだしくは、民のために草を除いたとまでいう者もいました。蝗がはたして民のために草を除いてくれるのなら、民は蝗がきてくれるのを祝うことがありましても、どうしてこれほどたくさん殺したりするでしょうか。
私は、杭州にいて、蝗が西北より飛来するのを目の当たりにしました。その音は大河の波濤が乱れるのにも似て、太陽も月も覆い隠し、蝗が地上に下ると、草も木も覆ってしまって、たまたま落ちたところは見渡す限り何もかもなくなってしまうのでした。その蝗は都の東方にいた集団が南に及んだものでありました。同じ蝗でありながら、都の東方では害をなさずに、南方では害をなしたというのは、南の人々が偽りをいっているからなのでしょうか。
地方の災害の状況については詳細な報告が朝廷に上がっていることでしょう。宰相殿はどうかそれらを少しく信用していただきたいのです。
……［副宰相の呂恵卿が新たに作った手実法などの新法の弊害を幾つか指摘する］……
私は銭塘［杭州］にありましたときに塩法を犯した者を裁く書類を書くたびに涙を流さずにはいられませんでした。京東路に到りますと、官が塩を売ることはなく、獄中に塩法の犯罪者を見ることもなく、途中の道でも塩法のために遠くへ流されて行く民を見ることはなく、私はまこと幸いであると竊に喜んでおりました。ところが、近ごろ朝廷からきた文書を見ますと、王伯瑜なる者が京東路、河北路でも塩を官の専売とすることの利害を説いていましたので、思わず愕然として嘆息したのであります。密州における塩の税収は一年に銭二千八百万余りで、塩の量は百九十万秤余りです。これは密州だけの数字です。これを官の専売として、全ての売買が実行できるのでしょうか。もしもそれができなければ、民衆は作ったものが余らないように生産を控えるか、あるいは、作って余っても敢えて売らずにおくということになるのでしょうか［密売が横行すると暗にいっている］。先ごろ、両浙［江南］の民で塩法を犯して罪を得た者は年に一万七千人もいましたが、それでも完全に抑えることはできませんでした。京東路の民は両浙の民よりずっと悪賢いので、一万七千人ではきっと留まらないでありましょう。もし官が塩の全ての売買を行うのなら、時機に後れることなく全てを売り尽くさないとなりません。それができないなら、残った塩は土塊と同じになってしまいます。害はそれに留まるものではありません。
どうか宰相殿におかれては、塩法が行われないようにしていただきたく、もしもすでに実施が決まっていたならば、どうにかして止めていただきたく願うものです。……［以下、特別な配慮を重ねて宰相に希望する文言が続く］……
【補足】［（1）この文書は州行政のトップに立った蘇軾の覚悟をはっきりと示すものであろう。副知事のときは、知事の指示に従って動くことしかできなかったが、知事になったからには、朝廷に対しても意見をはっきりと述べて、自身の考えで州行政を引っ張っていこうとしているのである。（2）最初に蝗の害について記し、杭州からは地域の実情をありのまま報告したのに、密州からは偽りの報告がなされていたのではないかと指摘している。朝廷に上がってくるのは朝廷が聞きたい情報だけになっているとしたら、蘇軾が神宗皇帝に差し出した意見書で危惧していた［→作品番号03-2-009］その通りになってしまったことを意味するであろう。つまり、改革政治はすこぶる順調に進んでいると中央に報告すると受けがよくて自身の出世につながるので、蝗の害などがあっては困るのだ。（3）塩の専売をより広い地域で行うべきだとの王伯瑜の提言も、同じような構図を見て取ることができるだろう。専売にすれば税収が大幅に増えると計算上はいえるだろう。実際の運営は容易ではなく、大量の犯罪者を生み出すという大きな弊害も生じるのである。（4）蘇軾は、宰相の韓絳とは若干の縁があり［→作品番号01-2-014］、副宰相の呂恵卿と違って、自分の意見にも耳を傾けてくれるのではないかとの期待をもってこの文書を提出したのだろう。しかし、名門出身の韓絳は決断力に欠け、政治的野心に燃える呂恵卿を抑えることができず、この二人は結局のところ何も決められない膠着状態に陥ってしまった。韓絳は思案にあぐね、後に王安石を呼び戻して呂恵卿を黙らせるという禁断の奥の手を使った。確かにそれで呂恵卿を出し抜くことには成功したのだが、圧倒的な実力者の王安石の前に韓絳も宰相職から飛ばされてしまうことになる］
■【05-1-019】論河北京東盗賊状
【解題】上の意見書に続いて、密州周辺で盗賊が増えている現状を分析して、その対策について提案するこの文書を朝廷に差し出した。12月3日に着任して、年内にこの二つの文書を出しているのを見ると、蘇軾には相応の行政能力があり、かつ勤勉であったと見てよいだろう。一部分を訳す。
【訳文】
熙寧七年十二月、太常博士直史館権知密州軍州事蘇軾が書状をもって奏上いたします。臣が河北路と京東路の現状を見ますに、ここのところ蝗害と旱害が並んで起こり、さらには盜賊の勢いがますます盛んになっています。いまも雨が降らず、秋から冬に至っても、数千里四方で麦が成長しておりません。心密かに、明年の春と夏の境のころには、いまよりも甚だしい患いとなってしまっているのではないかと心配しております。このことについて、愚かでありながらも陳述して、万に一つでも国政を補うことができればと存じます。
謹んで按じますに、［都の北東に当たる］山東地方は遠い昔から、国家の腹心根本の地でありまして……［歴史を振り返る］……陛下が即位されてからは、黄河の北側では北方の民が流動してきたり、天災が起こったりすることでは他の地方よりもはなはだしく、ここ五、六年の間はこうしたことを全く防げずにいます。しかしながら、京東路のあたりでは何事も起こっていないとされ、その民は富みかつ安逸に暮らしているので、黄河の北側で何かあったときにも物資を十分に送れるとされてきました。現実には、京東路でも近年は公私ともに欠乏し、民はお上からの命令に応えられなくなっています。
いま民が飢饉にさらされ流離していることに対しては、国が備蓄している食糧を放出して物価を安定させ、余裕のある民間人にも協力させようということだけが議論されています。盗賊が横行していることに対しては、お上に告げ知らせる者に褒美を与え、厳しく掴まえるということだけが議論されています。そのようなことで効果が上がっているのを見ることはできません。……［中略］……
いま一般の庶民は皆食糧がないために、法を犯して盗みを働き、ついには死刑にもなってしまっています。法を畏れて盗みをしなければ餓えて死ぬしかないとしたら、刑死するか飢え死にするか、いずれにしても等しく死があるだけです。目前の飢えと、この先の刑死とでは、身にふりかかる災いに早いと遅いとの違いがあります。盗賊となる理由がそこにあります。盗賊を一日に百人殺したところで、その勢いはやむことはないのです。……［中略］……
臣が治める密州は今年の秋から日照りによって、麦を植えても育ちません。十月十三日には雪が降るほどに地が冷え、麦は成長するのが難しく、例年に比べて十分の二ないし三程度しか育っていません。河北路、京東路ではどこも同様です。……［中略］……これでいつも通りに夏に徴税を行ったならば、民は必ず土地から逃げるでありましょう。逃げ去って、どこかに豊作の地があればまだしも、数千里にわたって麦が稔らない現状ではどこに行ったらよいのでしょうか。善良の民が挙って盗賊となってしまうのを恐れます。目のある者なら地に麦がないことは誰が見てもわかります。耳のある者なら民の困窮は誰が聞いてもわかります。朝廷を欺く者でなければ、どうして座視して何もしないでいるということができましょうか。
河北路、京東路では塩の国家管理が厳重になって以来、民衆は非常に困っています。……［中略］……河北路、京東路では塩の売買によってかつて国家が得ていた税額は三十三万二千余貫でありました。熙寧六年には四十九万九千余貫に、七年には四十三万五千余貫と増えました。一方で、法による刑罰は年々厳しくなり、多数の者が捕えられています。庶民は自分のための塩を買えずに困っています。……［中略］……ここ数年盗賊が増えたために、密州において塩からの税収が去年一年は二万貫の増額になった一方で、盗賊を捕えるための費用として一万一千余貫を費やし、それでも掴まえきれない盗賊がたくさんいます。これらを比較すれば、利害得失がどこにあるのか明らかとなりましょう。……［後略］……
【補足】［（1）山東は「腹心根本の地」で、そこで盗賊が跋扈しているのは由々しい問題であると蘇軾はここで指摘しているのだが、後に民衆反乱の一大拠点となる梁山泊はまさしく山東の地である。そして、民衆反乱には必ず塩の密売人が関係していた。（2）ここでは、河北路、京東路と記しているが、詳しくは河北路は河北東路と河北西路に、京東路は京東東路と京東西路に分かれ、密州も弟がいる斉州も京東東路に属した。山東半島はおおむね京東路の範囲を指す］
■【05-1-020】鉄溝行贈喬太傅
【解題】密州の州庁舎は諸城県にあって、諸城の町の北東に、北に向かって流れる鉄溝水という川がある。喬敍［字は禹功］とともにその川に行き、鉄溝水を詠んだこの詩を贈った。蘇軾はどこに行ってもすぐに詩友ができるようだ。喬敍は諸城県の役人であった。
【訳文】
町の東の丘や農地が何に似るかというと、
風が吹いて海の波が高くなったり低くなったり――。
知事さんは、とにかく気分が悪くて何もできやしないと、
馬に乗って町の中から走り出て、
鉄溝水のあたりへとやってきた。
川の水は浅くて船を浮かべることができない。
貴君と二人で、昔のある師弟がそうしたように、
釣竿をここに並べてみよう。
ここに魚がいるかいないかは問題ではない。
その師弟のように、
我が憂いをここで少しばかり詩に写そうと思うのだ。
あの小さな村のあの小さな店には何もなさそうだが、
酒さえあれば、思いのほどを言い合えるだろう。
そろりそろりと山に日が落ちて行くのは、
金の盆が斜めに傾くかのようだ。
我等のこの白髪頭に載っている帽子なんぞは、
いっそひっくり返しにしてやったらよいのだ。
貴君はいう、
「若いときに従軍しまして、
軽い毛衣も速い馬もまったくありませんでしたが、
弓を手にし箭を腰に付け、
南の山の下で獣たちを追い掛けたものです。
こうやって老いて貴君とともに酔っ払い、
不景気面で、夜になってから帰ったならば、
漢の時代の李将軍が引退後には門衛にさえも馬鹿にされましたように、
町の人たちを驚かせる勢いなんぞはこれっぱかりもありませんな」
私はいう、
「だが、その李将軍も再び大いに用いられのですから、
来年には、貴君も志をきっと得るでありましょう。
そのときに、李将軍が門衛を罰して憂さ晴らしをしたようなことは、
貴君は決してしないでしょう」
【補足】［（1）「思いのほどを言い合」うと、ここでは平凡に訳したが、原文は「狂言を発せんと欲す」で、普通は黙っているべきことも言葉を飾らずにいってしまうという意味であろう。蘇軾は、鬱屈する思いを抱いている人とすぐに仲良くなる特技があったようだ。（2）李将軍とは漢の時代に西域で大活躍した李広のことで、将軍職から離れていた間に町の門を守る兵士に馬鹿され、後に再び将軍の地位に返り咲いたときにその兵士に復讐した。蘇軾はそれはつまらない行為だと見ていた。（3）この詩の終わりで、蘇軾はきっと志を得ると喬敍を励ましているが、後に見るようにそれは現実のものとなる］
■【05-1-021】雪後書北台壁二首
【解題】密州の官舎の北側にある見晴らしのよい建物［台］の壁に書いた二首の詩。
【訳文】
其の一
黄昏どきは、しとしとと雨が降っていた。
夜になると、風はなく、静けさが増し、次第に寒さが厳しくなり、
衾や裯が水をかけたような冷たさになった。
まさかそのときすでに雪が降り積もっていたとは。
真夜中に、軒端のあたりで冷え冷えとした音がし、
夜明け前に、書院の帷にほんのりと明かりが訪れた。
起きて、雪をはらって北台に登り、
馬耳山を見ると、
二つの尖った耳だけが、まだ雪に埋め尽くされずに飛び出ていた。
【補足】［馬耳山は諸城県の南にあり、山頂にある二つの尖った巌が馬の耳のように見えるところからその名がある］
其の二
町の上に出てきた朝日を受けて、鴉が翼を翻すと、
道は早くも泥んこ、車輪がのめり込んでしまう。
寒さは、玉楼［両肩］に氷が張るほど、
ぞくぞくとして肌に粟が立つ。
雪からの反射光が眩く揺れて、
ちらちらと銀海［両眼］に花が生じる。
この雪に驚かされて、蝗どもは地中深くに入ったであろう。
そして、この雪のお蔭で、
麦畑には雲を連ねるような豊かな稔りのときがくることだろう。
かつて氷の柱をみごとに詩に詠んだ人がいた。
それを吟じつつ、
自分の詩の力が、年齢とともに後退してきたのを嘆く。
【補足】［（1）雪は豊年の吉兆とされた。猛威をふるった蝗も雪によって完全に退治されることを蘇軾は期待したのである。（2）氷柱を詩に詠んだのは唐の時代の劉叉という人。温暖な江南から寒さの厳しい密州にきて、新たな土地にまだ慣れないことを、詩の力が後退したと表現したのだろう］
■【05-1-022】謝人見和前篇二首
【解題】ある人が上の詩に和したので、また和して返した。
【訳文】
其の一
酒というものは、
自分のぐだぐだのところへとうまく入り込んできてしまうので、
せめて詩の力でもって、
深く厳しく知恵をしぼり出そうとしなければならない。
昔の人もそうしたと見えて、
ある人は、漁師の蓑に積もる雪を詠んだ句をひねり出したところ、
画題としてまさにぴったりのものとなった。
ある少年は、雪を塩に譬えて、
「しめしめ、うまく詠めたぞ」
と、思っていたら、
「柳絮に譬えたほうがまだましだったでしょうに」
と、妹にいわれてしまった。
貧乏先生は、壊れた履で雪の中をで歩いて人に笑われ、
おかしな屁理屈の句を吐いたし、
地上に落とされた仙人は、
雪を簷に舞う花だと詠んだりした。
いずれにしても、
書生のすることはどうころんだところで笑ってしまうしかなく、
寒さに凍えながらで、とにかく詩を吟じたりするものだから、
酷使される筆にとっては迷惑な話である。
【補足】［（1）雪を詠んだ有名な句をあれこれ引用してこねくりまわした詩で、技巧的でさほど面白くないので、あえてふざけた調子で訳してみた。（2）第二首でも同じようなことをするのは気が引けるので割愛する］
■【05-1-023】除夜病中贈段屯田
【解題】大晦日にこの詩を詠んで段繹［字は釈之］に贈った。段繹は京東東路の役人。詩の題に「病中」とあって、体調を崩していたからなのだろうか、悲観的な内容の詩になっている。
【訳文】
三十九歳にしてすでにへとへと――
己の生命を疲れさせて人生の半分を超過してしまった。
昔、白居易が、
斜めになってきた大晦日の陽射しのもとで、
我が三十九歳もこれで終わると嘆いたのは、
こういうことであったかと実感させられる。
まだ今年はほんの一本の線ばかりは残っているのだが、
もはやそれも玩ぶほどにはない。
起きて無理にも酒を手にしようとして、
旧い友人は雲か雨のように散り散りになってしまっている。
何もないこの部屋で親しい友となっているのは、
次々に続く病気だけである。
冷たく寂しげな燈火と向き合って、
寒い夜はいつ終わるとも知れない。
下僕は倦み疲れて頭を屏風につけて居眠りをし、
腹をすかせた鼯がやってきて空っぽの机を嗅ぐ。
ここ数日間、門を閉ざして臥せっていたので、
白い髪が枯れ草のようにぼさぼさに乱れている。
使いの者がきたとの報せに、
よろよろと盥のところにまで行き、
手を洗い、髪を梳ってから迎え入れると、
貴君からの手紙がもたらされ、
ほっと安堵したのは、
往来が間遠になっていたけれど、
貴君はそれを変に思わずにいてくれたとわかったからだ。
忠烈と諡された唐代の段秀実――
貴君はその子孫であるから、
気高い義心は金石をも貫き、
権勢を誇る悪党どもをきっと撃つべく、
いささかも衰えたり怖じ気づいたりなどしない。
私はといえば――
この人生は何に似るのか、
暗い塵に埋もれた灰の中の炭か。
もはや燃え上がることがないのなら、
郷里に帰って田に暮らすと決めるべきである。
この町をいつまでも旅の宿りとしていようとは思わない。
鳥は一本の枝さえあれば暖かく暮らせる巣を作れるのだ。
昔の賢人は退官後に三本の小道を作って友を招く道とした。
願うのは、貴君がその小道をたどって我が一本の枝にきて、
長く逗留して粲って話し合うことだ。
【補足】［蘇軾は21年後に書いた手紙で、この年に初めて痔疾を患ったと記しているが、ここでいう「病」はそれを指すのではたぶんないだろう。ただし、蘇軾も痔疾のために急に悲観的になったと想像しても悪くはないのかもしれない］
■【05-1-024】喬太博見和復次韻答之
【解題】前の詩に喬敍が和したので、それにまた蘇軾が和した。前の詩は16カ所で韻を踏んでいて、詩の末尾に置かれた韻は「粲」で、前の詩ではそれを「笑う」という意味で使っていたが、この詩では「輝く」という意味で使っている。粲は燦燦の燦と通用するのである。
【訳文】
百年は三万六千日。
そのうち半分を老いや病が占めてしまう。
しかも、憂と楽が交互にあって、
歌い笑うと悲しみ嘆くとが雑ざり合う。、
我々は、人生が突如ひっくり返るのも知らずにいて、
運命の神にただ玩ばれる。
万事が一瞬にして風や雨のように散り散りになるありさまは、
笑ってしまうしかない。
この理を早く知ってからは、
私は子供同士の仲間から離れ、
世間の日々の出来事に関心を寄せる暇などなく、
無何有之郷に遊ぶことを想うようになった。
貴君を煩わせるのは恥ずかしいが、
私の混乱した人生をどうか整理していただきたい。
ただし、私は非才でしかも多病であるから、
私を評価するにはこの二つの点も勘案してもらわなければならない。
貴君は、譬えていえば、
周の文王の廟で祭祀に使われる器のように清らかで、
貴君が髭をちょいと震わせるだけで、役人たちの姿勢をぴしっと改めさせ、
一国の緩な風俗をもがらりと変えてしまう。
鳥は高く上がり過ぎると強い風に退かされてしまうものだが、
貴君はそのようなことはなく、
雑魚どもは貴君と並んで進もうとしてもとても及ばないと恥じ入るしかない。
貴君の議論のほんのおこぼれを聞くだけでも、
意気地のない者どもも勇気を与えられて発奮する。
名剣は炉の炭の力を借りることなく自ら躍り出るというが、
貴君がまさにそれだ。
朝は南の国で秣を食らっていた馬が、
夕方にはもう北の国の旅宿を通り過ぎてしまう勢いがある。
いつまでもぬくぬくと同じところに留まってなどいないのだ。
そこで、昔の賢人のように、
私は牛の角を叩きつつ、
君のためにこのように歌おうではないか――
「正しくない世間から離れ、
これから行くところ、
ああ、南山は粲いている。
【補足】［（1）喬敍は先の詩にあったように不本意な境遇に置かれていたから、蘇軾のやや暗い詩に共感しやすかったのだろう。それだけに、この詩は過剰なくらいに賛辞を贈って励ましている。（2）終わりにある「南山」は、具体的には長安の南方に聳える終南山［→作品番号02-3-033］を指すが、世に容れられない高潔な人間が最後に入って行く神聖な山というイメージがある］
■【05-1-025】二公再和亦再答之
【解題】喬敍に返した前の詩に、喬敍と段繹の2人がまた和したので、さらにまた和してこの詩を返した。こうした応酬が年末の一晩のうちになされたとは思えないが、ここでまとめて見ておく。ある人は、16個もの同じ韻を繰り返し使った最後のこの詩が最もこなれていて、再三和したものとは思えないと評している。末尾の韻の「粲」はこの詩では王粲という人名で用いている。王粲は戦乱に追われて故郷を離れ、ひとまず身を寄せた土地で高楼に登り、故郷を偲ぶ『登楼の賦』を作った。それ以来、「王粲」あるいは「登楼」は「望郷の歌」の代名詞のようになった。
【訳文】
鶏は朝になろうとするのを知って鳴き、
鶴は夜半になろうとするのを知って鳴く。
同じように、
病に臥せる老いた旅人は、年が改まろうとするのを知って嘆く。
光陰は石を叩くと飛び出る火花と同じ――
眼の前を一瞬過ぎたら、もう玩ぶことはできない。
親しい友は手に握った砂のようなもの――
手を開けばたちまちばらばらになってしまう。
旅から旅へと独り行く私は、
寂しくも伴う友もいない身だと、自分で自分を笑うしかない。
晋の世の喬智明は神のごとき智者といわれ、常に高い評判を得ていた。
漢の世の段熲は賢い将軍といわれ、机に埋もれての事務もこなした。
現代の喬智明、段熲ともいうべき二君と、
夜たけなわに至るまで燈火を乱して笑い合う。
食べ足らないうちに皿はすでにからっぽになり、
酒は薄くて杯を洗うくらいのことしかできない。
私が無作法でのろくさいのをどうか許していただきたい。
ここにはたおやかな美人の珠をころがすような歌声はないが、
幸いにも我等三人には縦横に動く舌があるのだから、
剣のような鋭い議論でたわけた連中の目を覚まさせようではないか。
二人の豪傑は、
湿った炭が火を暗くして埋もれているように、いまは下位に沈んでいる。
昔むかし、占いを研究して書斎の内で年老いた学者がいたけれど、
二君は決してそれと同じにはならないであろう。
いつか二君にも富貴が迫ってくるだろうが、
富貴というものには身を焦がしてしまう力があるので、
手をぬくめる程度でやめておくのがよいだろう。
そして、いつも故郷に帰ることを思って、
楼に登って王粲の賦を唱えるようにしていただきたい。
【補足】［詩を贈る相手と同姓の人の故事を詩に詠み込むのは蘇軾の得意技であった］
■【05-1-026】蘇州姚氏三瑞堂
【解題】熙寧8年［1075年］、蘇軾40歳。これは蘇州にある姚氏の三瑞堂について詠んだ詩。この詩を密州で作った事情ははっきりとはわからないが、この時期の作であるとされている。三瑞堂は蘇洲の閶門［→作品番号04-3-082］の西にあって、蘇軾自身の注によると、姚氏は代々、孝をもって知られたという。
【訳文】
昔、董邵南という人がいた。
貧しく世に隠れて生きていたが、
義を行い、孝にしてかつ慈であった。
天公は、その人が誰にも知れられないままになるのを恐れたのだろう、
鶏や犬が育児を助けるような不思議をさせたり、
韓愈に詩を作らせたりした。
それから三百年、
その名は淮水とともに東南に流れて広く知られている。
董邵南のように埋もれた賢人は世の中にきっと少なくなく、
このようなことも時にはあるのだろう。
蘇州の楓橋の近くにある三瑞堂は誰の目にも見え、
つまり、天の意は舜の後裔である姚氏の上にはっきりとあるのだ。
ただ問題は私が昔の韓愈ではないことであって、
測ることさえできないような高い価値を有する人に、
貴君は改めて詩を求めてほしい。
【補足】［依頼を受けて、どうにか義理を果たしたという感じの詩である］
■【05-1-027】莫笑銀杯小答喬太博
【解題】改革に伴ってしばしば公費削減の指令が下っていた。そのことに関連して喬敍に向かって戯れの詩を作った。
【訳文】
陶淵明は小さな町の県令だったとき、
お上から賜った公田は二頃五十畝の広さで、
その全てに酒を作るための秫を植え、
食べるための秔は植えなかった。
それによって、独り飲んで独り醒めるには十分な酒が得られた。
私はいま知事としていわゆる二千石の年俸で、
その中から年ごとに百石だけを費やして酒を醸すのでは、
客人を十分に酔わせることなどできるものではない。
銀の杯が小さいのも、どうか笑わないでほしい。
海辺の地域はこのところ日照りで窮迫し、もはや酒どころではない。
陶淵明ならさっさと衣をはらって郷里に帰ってしまうだろう。
そこで私は空想する――
河の神様に手紙を書いてお金を拝借し、
一万斛を積載する船を酒でいっぱいにして、
郷里に向かいつつ貴君と楽しく飲み続けようではないか。
【補足】［漢の時代に郡の太守［長官］の年俸が二千石であったことから、「二千石」は地方の広域行政区の長官の代名詞となった。それで、蘇軾は自分の年俸は「二千石」であると歌ったが、宋代の州の知事は漢代の郡の太守に比べたら収入はずっと少なく、行政者として自由に裁量できる範囲もかなり限定されていた］
■【05-1-028】蝶恋花
【解題】「密州の上元」という添え書きのある詞。つまり1月15日の上元の日に作った詞である。上元節の夜に多数の灯篭を飾って、それを見物して夜歩きするのを当時の人々は大きな楽しみとしていた。この詞は前半で杭州の上元を回顧し、後半で現在の心情を歌っている。
【訳文】
燈火銭塘三五夜。［杭州の灯篭、十五夜の月］
明月如霜、［霜のような、明るい月の光］
照見人如画。［画のような、灯篭に照らされた人々］
帳底吹笙香吐麝、［帳の内で吹かれる笙、流れ出る麝香のかおり］
此般風味応無価。［これらの風味は価を付けられるものではありません］
寂莫山城人老也。［山に囲まれた寂しい町で老いてゆく人］
撃鼓吹簫、［撃たれる太鼓、吹かれる簫］
乍入農桑社。［始まったのは豊作を祈る村の神様の祭り］
火冷燈希霜露下、［火が消えかかって、灯篭にうっすら降り下る霜］
昏昏雪意雲垂野。［雪を含んだ雲が暗く暗く野に垂れこめます］
【補足】［上元のころに南の杭州ではすでに華やかな春を迎えつつあり、北の密州ではまだまだ冬であった。そうでなくても、杭州は天下に名高い大都市で、密州は一地方都市でしかなかった］
■【05-1-029】江神子
【解題】「正月二十日、夢を記す」という添え書きのある詞。前の詞から5日後の作である。
【訳文】
十年生死両茫茫。［生きる者も死する者も遥かに遠くなった十年の歳月］
不思量。［ぼんやりとするばかり］
自難忘。［忘れられもしない］
千里孤墳。［千里の彼方にぽつねんとある墓］
無処話凄涼。［どのように話したらよいのかこのもの悲しさ］
縦使相逢応不識、［たとえ君に会えたとしても、「えっ、あなたは誰なの」］
塵満面、［僕の顔に満ちるのは人生の塵］
鬢如霜。［鬢はすでに真白なのです］
夜来幽夢忽還郷。［夕べ僕は故郷に帰っていた、あれは夢］
小軒窓。［小さな部屋の窓辺］
正梳妝。［君は化粧の最中］
相顧無言、［振り返って、ただ無言］
惟有涙千行。［ぽろぽろと落した無数の涙］
料得年年腸断、［これからはきっと毎年、心を痛めるのは］
明月夜、［昨夜と同じように明るい月の下］
短松岡。［まだ松が短いかの丘で］
【補足】［夢に見たのは10年前に亡くなった妻の王弗。父と妻を葬った墓地に自ら松を植えたことは作品番号03-1-007などで見ている。王弗を夢に見て、この詞を作ったのは、このころの蘇軾の心情を反映するものであったのだろう］
■【05-1-030】送段屯田分得于字
【解題】段繹［→作品番号05-1-023］が密州から去ることになり、喬敍、趙昶［諸城県の知事］、趙杲卿［密州の学校の教授］とともに送別の詩を作り、蘇軾には「于」の字が韻として割り当てられた。詩には特に送別ことは詠まれていないので、段繹は役目柄移動して行っただけなのだろう。
【訳文】
貴君［段繹］は農業を興す仕事を授かっているのだから、
古代なら大夫に相当する地位だ。
国家の仕事は決してないがしろにはできないと、
衣服が泥まみれになるのも厭わずに走り回り、
はなはだ身を疲れさせている。
喬君［喬敍］は鬚を恐ろしげに長く二つに伸ばし、
趙君［趙昶］は天をも走る馬のように格好がよろしく、
趙君［趙杲卿］は世間ずれしない学者然としている。
この四人が野外で呑む楽しさは、町の中にはないものである。
四人は自分自身で酒の壺を携えて川辺を歩く。
昔むかしある知事さんが春を楽しもうと、
客人を舟に乗せて、それを村人に曳かせようとしたところ、
ある賢者が笏を取り出して水をかき、
自分たちの遊びのために農民の仕事を妨げてはならないと、戒めた。
そのようなことは、四人はもとより最初からわかっているのだ。
この私は、病みかつ老い、その上、迂闊な知事であるので、
がらんとした部屋で書物を読んで憂いを紛らせようとしている。
昔むかしある人は四十歳までには国家の重鎮になるぞと心に期したものの、
三十六歳でなお遠くかけ離れた地位にあったので、
「我がつむりがどの程度であるのか私は知らないものではない、
もう郷里に帰るべきなのだ」
と、いった。
私はすでに四十歳――
人様に妙な具合に評判されるのを恐れて、
ぐずぐずしているのは実に愚かしいのではないだろうか。
【補足】［（1）蘇軾は詩詞の中でしばしば官職から退くことを歌っている。さしあたって具体的にその計画があるわけではないので、詩詞の味わいをよくする調味料〈退隠ソース〉をかけて一丁あがりというようなものではなかろうかとの疑いも生じるし、海州の陳知事に向かって安易に退隠を口にするのを戒めてもいた［→作品番号05-1-006］。それでも、蘇軾は厳しい政治情勢のもとに置かれていたので、精神を安定させる拠り所として、心の内に常に退隠のイメージを宿しておく必要があったのだろう。（2）同じころに、段繹の甥を褒める詩を作っているが訳は割愛する］
■【05-1-031】出城送客、不及、歩至渓上、二首
【解題】詳しい事情はわからないが、他所からきた人が町を去り、何かの都合で別れを告げることができなかった。その後を追ったが、その人に会えないまま渓流のほとりに至って詠んだ詩。
【訳文】
其の一
客人を送ろうと出たけれど、客人はすでに行ってしまった。
ならばと、花を尋ねようとしても、花はまだ開いていない。
町にもどる気にもなれずに水辺へときて、
ぶらぶら歩いていると、
土地の老人が声をかけてきた。
「州知事様はいまどこにおられましょうかなぁ。
今年は天候がなかなかよろしいので、
きっと麦がたっぷり収穫できましょうと、
お伝えいただきたいものです」
其の二
白居易はこういった――
「春はわずかに九十日、
その間に口を開いて笑わずにいるのは癡れ者だ」
春になってすでに六十日、
私はいったいいつ口を開いて笑ったのだろうか。
昔からいうように、
春は後ろ姿を見せて堂々く去ってしまう。
まさしくその通りになるのだろう。
これも昔からいうように、
自然の風光はこちらに姿を見せて得得にやってくる。
まさしくその通りである。
私は旅に倦み老いつつある。
陶淵明は官を去って廬山を望む郷里に帰った。
いま東を見れば、
ここにも廬山という名のうずだかい緑の山がある。
ごく小さな山だけれど、我が郷里の峨眉山にも似ている。
【補足】［ふつうに廬山といえば、慧遠が東林寺を建てた江西省九江市の廬山を指すが、密州にも同じ名の山があった。以下の詩にその山のことが詳しく歌われている］
■【05-1-032】遊盧山、次韻章伝道
【解題】章伝［字は伝道］［密州の学校の教授］が密州の廬山に遊んで詠んだ詩に次韻した。
【訳文】
世間の塵にまみれたいまの私の姿は、
荷車を曳けずにへたばっている馬にも似ていようか。
それでも、
私には、渓流を自由に泳ぐ魚と同じ野性が具わっている。
廬山に登り、
深さ千仞の岩壁の中と外とを出たり入ったりして、
我が十年前の筋力と比べてみようか。
先を行く車に美女を乗せて巡るような優美な遊びはしないけれど、
後ろの車に酒を入れた袋を積んで廬山に行こうではないか。
私のこの詩を読んで、野暮な暮らしをしていると笑わないでほしい。
貴君の詩を得て、それを味読する風雅な心は確かに自分には欠けるけれど、
字の形くらいは知っているので、筆を執ってこの詩を書いたのだ。
■【05-1-033】盧山五詠
【解題】盧山の詩の続き。蘇軾は実際に盧山に遊んだのだろう、山中にある盧敖洞、飲酒台、聖燈巌、三泉、障日峰の名勝を詠んだ5首の絶句を作った。障日峰が先の詩で峨眉山に似るといった山で、蘇軾は小峨眉と呼んだ。
【訳文】
其の一 盧敖洞
上界［仙界］にもきっちりと官僚機構があるとか。
だったら、昇天したところで何の益もないだろう。
この山に入ったところで、
霧の中で結局、何も見えないのである。
【補足】［盧山には昔、敖博士と秦博士が世の乱れを避けて入り、仙道を得たとされ、それにちなんで盧敖洞の名があった。仙界もどうせ窮屈なところであろうから、昇天などしないと豪語した仙人は昔から大勢いた］
其の二 飲酒台
飲酒台があるからには、
廬山に隠れた博士は雅やかに酒を飲むのを好んだのだろう。
しかし、人気のない山では誰とともに楽しんだらよいのか。
隠れるにしても、かの驪山はよろしくない、
始皇帝が儒者を嫌って生き埋めにしたところであるのだから。
其の三 聖燈巌
聖燈巌からはかつて光芒が発せられたとか。
巌の内に不老不死の金丹があって、
夜中に輝いて人々を驚かせたのだから、
山の神どもはそれは秘すべきものであるとは知らなかったのだろう。
【補足】［（1）蘇軾は、天上の仙界に昇るとか、不老不死の仙薬を得るとか、およそありえそうにない奇怪な伝説にはかなり冷淡で、この一連の詩でもその姿勢は明らかである。ただ、仙薬の製法には強い関心があり、病気治療や健康増進に役立つという範囲では有効性を認めていた。（2）三泉を詠んだ第四首は、意味が汲み取れないので割愛する］
其の五 障日峰
昔、ある皇帝の子は、
長安は太陽よりも遠いと答えた、
太陽はそこに見えるが、長安は見えないからだ。
本来、長安は遠くはないのだが、
蜀からきた私は、長安よりさらに向こうの故郷に帰ることができずにいる。
あの山を「障日」と呼ぶのはやめようではないか、
日を障ぎると、長安、そして蜀はますます遠くなってしまう。
だから、私は小峨眉の名を与えるのだ。
【補足】［蘇軾自身の注で、「障日峰は峨眉山に似るが、その耳は小さい」と記している］
■【05-1-034】与滕達道
【解題】滕元発［字は達道］［→作品番号05-1-016］に宛てた手紙。
【訳文】
我が弟を青州に招いてくださるとのお手紙で、恩義の深さに、まことに光栄に感じるとともに、弟とは長らく分かれていて、少しばかり近くなりますのを、私はことに喜んでおります。ただ、その通りに朝廷が決定してくださるかどうかはわかりません。いま私には朝廷には知り合いがおらず、尋ねることができずにいますが、お上が憐みをもって少しでも御留意いただけるなら、難しくはなかろうとか思います。長くお近くに参ることができずにいて、思うところがたくさんにあって、とても書き尽くすことができません。
【補足】［（1）青州知事の滕元発が、蘇轍を幕客に呼ぼうとして動いてくれたので、その謝礼を記している。しかし、それは後に見るように実現しなかった。（2）蘇軾はこのころに、霍郎中、陳郎中、宋駕部、伝虞部、喬太傅および莒県の人々とともに、沂州馬鞍山福寿寺禅院の恵皐従事を莒県の石城院開堂の説法者として招く手紙を出している。5人の姓の後ろにあるのは肩書で、喬太傅が喬敍［→作品番号05-1-020］であること以外は、ほかの人物についてはわかっていない。仏教界の人事に俗世の権力が関わっているのである］
■【05-1-035】与石幼安
【解題】3月某日の日付で、郷里の石康伯［字は幼安］に宛てた手紙。石康伯と蘇軾は姻戚関係にあり、石康伯の父の石揚休と蘇軾の父の蘇洵とは親しい関係にあった。
【訳文】
そちらに行った者が帰ってきて、お手紙を受け取り、皆様ともども安らかにお過ごしのことを詳らかにいたしました。私どもも皆恙なく過ごしております。こちらは凶作の後で、流民や盗賊が見られない日はなく、百事に心を労しておりましたが、このところは少しばかり静かになり、民衆も官を信用してくれるようになってきていますので、次第に事なきに向かうでありましょうから、御心配には及びません。楊絵君のお手紙は届いていますでしょうか。……
【補足】［終わりに名が挙がっている楊絵は杭州から潤州まで一緒だった人である［→作品番号04-3-077］］
■【05-1-036】和頓教授見寄、用除夜韻
【解題】頓起［字は敦詩］という人が詩を寄せてきたので、除夜の詩［→作品番号05-1-023］の韻を用いて詩を返した。頓起はこのとき青州の学校の教授であった。
【訳文】
笑ってしまうのは陶淵明だ――
妻が止めるのも聞かずに、
二頃半の田に酒を作るための秫ばかりを植えたくせして、
子どもに対してはあれこれ文句をつけたし、
琴は無弦の音こそ最上であるとわけのわからないこともいった、
だったらわざわざ琴を抱いたりしなくてもよかったはずだ。
笑ってしまうのは劉伶だ――
酒樽を載せた車を常に後ろに牽かせ、
酔い倒れて死んだなら、その場に埋めてくれといっていた、
人の一生など昼と夜の入れ替わりのようなもの、
死んだ後の埋めることまで心配しなくたってよいのだ。
二人とも世に納れられないことに苦しみ、
自ら鋤を担って耕すことを志向した。
二人は賢人だったのかどうか、
是非の定まらない禅問答のようなことをいったまでであろう。
このように人を笑う私にしても、
口では治乱を偉そうに談じて、
人からは笑われているのである。
我が一生は塵や垢にまみれ、
晩年に至ってようやく正しい学問に目覚めたところで、
成就するものもないままにぐうたら過ごし、
すべてを成り行きのままにほったらかしにしている。
ほのかに聞くに、
頓先生は道を講義して新しい見解を出されているとか、
ならば短いお手紙でも頂戴できないだろうか、
きっとつまらない言葉は一切記されていないであろうから。
我が邦はいま貧しく民は病み、
わずかな米粒を数えて炊き、炭は高くて買えないほど、
気の毒なのは章先生で、
十日の間、何もない家に座って、
袖から頓先生の詩を出しては、
それを貪読しつつ酒を暖めているとか。
何はともあれ狂言は慎まなければならない、
うっかりすると刑罰を食らってしまうのだから。
【補足】［（1）章先生とあるのは章伝のこと［→作品番号05-1-032］。恐らく蘇軾は章伝を通じて頓起の詩を受け取ったのだろう。（2）「狂言」とは普通には口にはしない言葉で、とくに権威者の前では口をつぐんでいるべきときに、内面から突き動かされて発してしまう言葉である］
■【05-1-037】祭常山祝文
【解題】先の詩で、土地の老人から今年は天候がよいと聞いた［→作品番号05-1-031］とあったが、実際には春から夏に向かう季節に雨がわずかしか降らず、今年もまた旱害と蝗害の発生が憂慮されるようになった。州知事の重要な職務に雨乞いがあることはすでに見ている通りで、4月に蘇軾は常山に登って雨を祈った。常山は諸城県の西南三十里にあり、あまり高くはないがその神は雨を降らせる霊験があるとされていた。これは山の神に雨を願った文。
【訳文】
天帝は、山や川などの神々の所轄のもとにその地の民を置き、皇帝は、州や県の役人の所轄のもとにその地の民を置く。だから、土地の神々と役人の職掌には共通するものがあり、民が困窮して生活を失えば、その咎は等しく両者が受けなければならない。
我が州の民は哀れにも日照りと凶作に遭遇したために、流浪し、命を落とした者もあった。その上、蝗が害毒を流し、その遺した種がいまも野に満ちていて、それがもしも変化して飛び上がるようになったなら、桑も柘も麦も稲も全てその災いを蒙り、民はもはやその子孫を一人も残せないまでになってしまうであろう。そうなれば、役人は罪を得なければならないし、神々はもう誰からも祀ってもらえなくなる。
私は四月一日より斎戒、蔬食し、ここに畏れ多くも、雨が遍く地を潤し、蝗が発生することのないよう、自ら牲幣を捧げて神の助けを謹んで祈るものである。
ああ、我が州を望むに、神々はいま何をしているのか。古老がいうには、
「この山の神に求めて叶えてくださらないことはありません。だから、常に徳があることをもってこの山の名となっているのです」
でありながら、もしも我が祈りに応じてくれないのならば、その名に愧じねばならないであろう。
【補足】［蘇軾が鳳翔府にいたときに太白山の神に雨を祈っていたが［→作品番号02-1-004］、そのときも神に対して少しもへりくだっていなかった。州知事と地方の神はここに記されている通りほぼ対等なのである］
■【05-1-038】次韻章伝道喜雨
【解題】蘇軾が強い調子で常山の神に雨を降らせるよう迫ったので、それに恐れ入ったからなのか、蘇軾が祈って3日後に雨が降り、それを喜ぶ詩を章伝［字は伝道］［→作品番号05-1-032］が詠んだので、それに次韻した。
【訳文】
去年の夏は日照りが続き、秋も雨が降らなかったので、
このあたりの海辺の人々は、塩辛い水を飲まなければならなかった。
今年の春は暖かく、
蝗の幼虫がたくさん湧き出し、
もぞもぞしているありさまは土よりも多いくらいだ。
いま心配されるのは、蝗に二つの翅が開いてしまうこと。
そうなったら、蝗にはたとえその気はなくても、
口から、まさしく嵐が吹き出すほどにもなってしまうのだ。
この前、蝗は長江を渡って呉や越の地方にまで入ってきた。
蝗が空を横断する有様は、
天下を奪おうとする大将軍の陣立てのようであった。
農夫は手をこまねいてただ泣くだけで、
人の力など小さすぎてどうすることもできなかった。
蝗は牛や馬の尾にまで食らいついて苦しめ、
家の戸にも穴を開けて入り込み、衣服までも噛んだのだった。
知事として、
このような蝗の害を座視して、民を救おうとしないということはありえない。
太古の神は、
蝗が自ら火に飛び込んで亡ぶようにしたと伝え聞く。
昔の皇帝が、
一石の蝗を掴まえて土に埋めた者には穀物を一斗与えるとふれたところ、
人々は争って蝗を埋め、飢えからも救われた。
常山の神はまことに英烈で、
雷の父に対して指図するし、雷の母を叱りつけもする。
神は、知事が老いて愚かであるのにもかかわらず、
どうにかして民衆の傷を癒そうしているのを憐れみ、
知事が山で祈って帰ると、
すぐに風の様子が変わって、
町に至る道の途中で早くも雨が降り出した。
夜になると、
窓ががたがたと揺れ、松や竹が騒がしく鳴る雨となり、
朝には、
田に白い乳のような水が流れるほどになった。
老農がいうには、
蝗の害と日照りの害は必ず一緒にやってくると。
願うのは、
たっぷりの潤いをもって蝗の残る害を掃い除いて、
今年は豊作となって収穫物をお上に還せるようになること。
一畝の田に群がる蝗はおよそ一升とか。
町の前ではすでに八千斛［八百万升］の蝗を穴に埋めた。
よくいわれるのは、
蚕が一眠すると蝗はもう生じないと。
いまや蚕は初眠を過ぎたのを我々はすでに見ている。
きっと豊年を祝う客が次々に訪れるようになるだろう。
貴君の筆力は私の畏れるところ――
南朝時代の大家である鮑照、謝朓を蹴倒し、徐陵、庾信の上にまたがろうとするほどだ。
たまたま談笑する間にも佳篇を得て、
それが世間に広まって、人々に吟唱される新しい型となるであろう。
この田舎の一地方に雨が降るか降らないかくらいは取るに足りないこと。
肝要なのは、我が君の盛んな徳が天下に普く行きわたること。
いつしか我が朝廷を讃える詩を作る詠み手を探そうということになったら、
いったい誰を選ぶのか、諸君等に尋ねるまでもないだろう。
【補足】［（1）この詩に「収穫物をお上に還す」［原文では「明主に還す」］という表現がある。優れた為政者の庇護のもと、人民は農地を分け与えられ、平和裏に耕作に勤しむことができるのであるから、収穫物は元来為政者に帰属するものと考えるのである。（2）この詩に見るように雨は降ったものの、大地を十分に潤すには至らず、その後も蘇軾は繰り返し常山に祈りに行かなければならなくなる］
■【05-1-039】謝郡人田賀二生献花
【解題】蘇軾の魅力の一つは、相手が皇帝であろうが一般庶民であろうが、ほとんと姿勢を変えることなく率直にものをいうところであろう。この詩は、田員外と賀秀才の2人が蘇軾に牡丹の花を献じた謝礼に詠んだもの。「員外」は正規の組織外のポスト、「秀才」は科挙の一次試験に合格した者を指す語であるが、次第に本来の意味を失って、ちょっとした町の顔役を「員外」、そこそこの教養人を「秀才」と呼ぶようにもなった。ここでもそのような意味であるのだろう。
【訳文】
町の中に住む田君も、
町より西に住む賀君も、
家といっても四つの壁があるだけ、
そのような身の上を愁うことなく、
自作の詩文を一千反の錦のように積み重ねている。
珍重すべき優れた作品は艱難の最後に開く――
そのことを体現したような牡丹を二人は贈ってくれた。
花の色は、昨日は、雷雨と戦い、
花の心は、今日は、春を終わらせようとしている落日に苦しんでいる。
老いた知事はこのところ病気がちで、
壮んな懐いはもう灰のようになってしまった。
そのような私のために、
二人はこの輝く牡丹を慇懃にも手折ってくれたのだ。
花の姿は、美しい腕が翻す紅の袖のようであり、
花のみずみずしさは、金の樽から注がれる酒のようである。
そこで二人に提案するのだが、
我が頭の白髪をそっくり抜き取って、
これらの牡丹をいっぱいに挿してみたらどういうことになるだろうか。
■【05-1-040】惜花
【解題】牡丹を見て、蘇軾が杭州を想わないわけがない。それで次のような短文を添えて「花を惜しむ」という詩を詠んでいる。
【訳文】
吉祥寺の牡丹は杭州第一である。三年前の春、その最も盛りのときに皆で賞玩しようと集まった。金色の盆、七色の飾りの付いた籠を、それぞれの前に置いて五十三人が座った。夜になってその一同が帰るのを、大勢の者が沙河の塘の上に並んで見物した。その後で同じことをする者はいなかった。今年、密州では、いろいろな家の庭で牡丹の花が盛りを極め、なかでも竜興寺の僧房のひとむれが最もすばらしい。病によって衰え、気持ちが沈む私は、牡丹を見てもなかなか興が湧いてこない。昨日は雹が降り、無事な牡丹がどれくらい残っているのか心配でならず、大きく溜め息ばかりついている。
吉祥寺に積まれた千段の錦――
かの年の玩賞こそはまことに盛んであった。
「清明節の日にお越しあれ」
吉祥寺の道人に誘われるがままに行ってみたのだった。
寺に着くと、
腰に括り付けた百面の太鼓が一斉に打ち鳴らされ、
春の雷のようなその音とともに牡丹の花が満開となった。
それはあたかも、
玄宗皇帝の面前で『春光好ろし』の曲が奏し終わるとともに杏の花がみな開いたのと同じであった。
私は花を頭に載せて沙河の塘を歩いて帰ったのだが、
すっかり酔っ払ってしまったために、
町の人々に笑われたのを実は覚えていない。
そのときはまさか、
鬢の毛がかくも抜け落ちて、
密州の町の西の草深い古寺［竜興寺］にくるようになるとは思いもしなかった。
ここでは一人の僧が門を閉ざして手ずから牡丹を育て、
千の枝、万の葉を巧みに剪栽している。
なかでもひとむれの花は何に似るかというと、
瑪瑙の盤に金の飾りを施した杯を載せたようであろうか。
私はここのところ清斎して蔬菜だけを食べているので、
せっかく見にきても酒を飲まないから、
花はおかしなことをしていると首をかしげたであろう。
その夜に、李の実ほどもある雹が降ったので、
紅は損なわれ、緑は暗くなってしまったのではなかろうか。
――ああ哀れむべきである。
【補足】［（1）3年前の杭州の吉祥寺での牡丹見物の折に詠んだ詩を作品番号04-1-015で見ている。（2）清斎［身を浄める］していたのは雨乞いのためである］
■【05-1-041】和子由四首
【解題】弟から送られてきた4首の詩に和した。
【訳文】
其の一 韓太祝送遊太山［韓太祝の太山に遊ぶを送る］
君［弟］はたまたま郊外の野に十日ばかり出ただけのこと、
獄中の囚人をもう見ないですむようになったわけではない。
塵の世を駆けまわりつつも、
雲山の春爛漫にひたったのである。
君は成都の濯錦江を偲んだりしているようだが、
退隠する場所ならどこにだってあるではないか。
ただ残念に思うのは、
君が太山の頂に登って、
夜の闇から金輪［太陽］が出てくるのを見なかったことだ。
【補足】［これは、韓宗弼という人が太山［泰山］に行くのを見送った蘇轍に詩に和したもの。蘇轍の詩には、郊外の野山で遊びつつ、故郷を想うことが歌われていたのだろう］
其の二 送春［春を送る］
夢の中でなら、
このよき春をいつまでも追い続けていられるのだろうか。
せめて、詩句でもって、今日の夕日とともに去り行く春を繋ぎ留めたい。
春の盛りとは、酒闌のころ――
悩みを抱える旅人はただ眠りたいと思う。
春の盛りとは、花の蜜が熟すころ――
黄色い蜂が飛ぶのもものうげである。
かくて芍薬も桜桃も地に落ち、
座禅の榻の上にある者の鬢の毛も抜け落ちてしまう。
近ごろ君は華厳経の法界観について読んでいるという。
僕も君に教わって、
人間世界は万事非であるとの嘆きを洗い去ってしまいたいと思う。
【補足】［（1）これは、『春を送る』とう蘇轍の詩に和したもの。（2）弟も仏教に強い関心を持っていた。「人間世界は万事非なり」とは、要するに、世の中は全てうまくいかないということか］
其の三 首夏官舎即事［首夏官舎即事］
安石榴は春の花の中で最も遅くに開き、
奥深い木からちらりと赤い裙を見せる。
想い見るに、
我が故郷の家は、いまのこの時期、限りなく好い。
なのに、旅に倦んだ客子はどうして帰らずにいるのか。
昔からいう――
樽に酒がたっぷりある宴席にいても、憂いがないわけではない、
「四事」はいつも巧みにすれ違うようになっている。
安石榴を見て僕は、かえって、西湖の畔のかの寺を思い出す、
柳の深い蔭のもと、扉を閉ざして午睡したのだった。
【補足】［（1）これは、『夏の首の官舎での即事』という弟の詩に和したもの。（2）「四事」とは、良辰［よいとき］、美景［よい風光］、賞心［めでる心］、楽事［楽しいこと］で、その四者が揃うのは難しいとされた。その「四事」が揃ったのが、故郷の家での少年時代、あるいは西湖の畔の寺での昼寝であった。寺での昼寝は「宝山昼睡」［→作品番号04-2-042］など幾つかの詩に詠まれている。（3）第四首の『李昭叙を見送る席上で李昭叙の詩に和した』という詩に和した作品は割愛する］
■【05-1-042】西斎
【解題】密州の住まいの西側にある部屋について詠んだ。
【訳文】
西斎は家の奥深くにあっても明るい。
中に六尺の寝台があり、
朝そこで起きれば、十分に眠りが足りていて、
昼にそこに座れば、一日がゆっくりと過ぎるのを感じることができる。
ここでとろとろとした心持ちになっているのは決して酔っているのではない。
ここにぽつんと一人でいるのは頭がおかしくなったからではない。
竹のあたりからくる風に衣をそっと曳き上げると、
わずかな涼しさがそろりとやってきてくれる。
立って西側の庭を歩む――
草や木はささやかな香りを含み、
柘榴のひと枝に花が開き、
桑や棗の葉がつやつやと光っている。
鳩は、木蔭が困ってしまうくらいによすぎるのだろう、
すっかり飛ぶのを忘れている。
黄鳥は、自分の美声に喜んでいるのだろう、
のどを変化させて囀りを新しくしている。
自然の移り変わりを観察しつつ、我が生きるありさまを顧みるに、
万物はおのおの時を得ているのではないか――
しかし、自分の生きざまはよたよたとして、一体どこに行こうとしているのか。
【補足】［末尾の二句には深い意味があるのだろう。原文は「万物各得時、我生日皇皇」［万物は各おの時を得て、我が生は日に皇皇］で、万物が道［宇宙の基本原理］に従うのなら自然界も人間界も調和が保たれて事なく運行されていくものであるはずで、自然界は確かにそうであることが目の前に見えているのだが、己は明らかに違っているという思いを詠んでいるだろう］
■【05-1-043】小児
【解題】小さな子供を詠んだ詩。題にある「小児」は三男の蘇過［4歳］であろう。
【訳文】
小児は、愁いを知らない。
小児は、私が立っても座っても衣を引っ張るので、
私は、小児を叱ろうとする。
妻は、小児にむしろいたずらをするよう仕向ける。
「児というものは、もとからおろかなのです。
あなたさまときたら、もっとおろかなのではありませんか。
だって、おろかな児がおろかなことをしたからといって叱ろうとするのですもの。
楽しもうとなさらずに、愁いてばかり。
いったい何をなさりたいのですか」
妻の言葉に、私がいつものように恥ずかしく思っていると、
妻は盞を洗って私の前に置いてくれる。
そうか、我が妻は、
酒代をちまちま節約しようとしたあの劉伶の妻よりもずっと勝るのだった。
【補足】［（1）表題は「小児」でありながら、実は妻について詠んだのだった。（2）「劉伶の妻」とは、こういう話である。劉伶は大酒飲みで、あるとき、「喉が渇いて仕方ないから酒を用意してくれ」というと、妻は酒を捨てて酒器を壊し、「飲み過ぎです。お体にさわります。どうかお酒を断ってください」と泣いて頼んだ。蘇軾はこのことを、酒代を節約したと脚色している。劉伶は、「よくわかった。では神に誓って断つことにする。ついては神に捧げる酒と肉を用意してくれ」といった。妻がそのようにすると、「このわしは他でもない、酒でもって天下に名をなした劉伶様だ。一度に一斛を呑み、二日酔いをさますのに五斗を呑む男だ」といって、神に捧げる酒を飲んでしまった］
■【05-1-044】寄劉孝叔
【解題】劉述［字は孝叔］に寄せた詩。劉述は王安石と考えが合わなくて江南に左遷され、蘇軾が飢餓対策で杭州から潤州の間を行き来していた時期に一度会っている［→作品番号04-3-035］。この詩は、かなりあからさまに改革を批判している。
【訳文】
皇帝は驕りたかぶった外国の悪党を懲らしめようと思い立たれた。
銅山をことごとく掘り尽くして銅銭を鋳て軍資金を用意させ、
三十七人の将軍を都に勢揃いさせ、
西方に馬を走らせておのおの司令部を開けと命じられた。
南の山では、木を伐って車の軸を作り、
東の海では、鼉を捕えて陣太鼓の皮とし、
人々は戦の準備で遅れを取るまいと、汗を流して奔走し、
軍用品を十分に供出できなくて、処罰されてしまうのを恐れている。
今日に至るまでに、
村々に自衛組織を作れとの号令はまだ十分に行きわたらず、
土地の計測を正確にする作業もなお山積みになっている。
新たに細かく課税対象を増やして、
ひげ根の先までも残さずに取り立てようとしたので、
あまりの行き過ぎに、皇帝は人民を深く憐れむ詔を出された。
しかし、役人は浅はかにも民衆が労苦するのを放置している。
かねてから、私の学問は「流俗」であるとばっさり切り捨てられ、
大勢の者が一斉にただピーピーやかましく笙を吹く中で、
一人だけ正しい音を出そうとしてみたものの全く聞いてもらえなかった。
おかしな楽曲ばかりが演奏されると、正しい楽譜はすたれてしまう。
民衆は毎年毎年飢饉に苦しみ、
木や草を剥いで齧り、泥を食らうありさまだ。
今年は雪や雨がちょうど時節に合致しているのに、
蝗に肢が生え、翅が出てきたとの報せもある。
私は憂いに襲われ、
盞を洗って無理にも酔ってみようかと思いもするのだが、
がらんとした部屋にあるのはからっぽの樽で、
それを枕に寝るしかない。
役場の厨からはもう十日も煙が立っていないのだ。
まして華やかに妓女が舞うような遊びは望むべくもない。
古くからの友人がくれる手紙への返事としては、
まさに故郷に帰るべきときがきたと記す以外に言葉がないはずなのに、
官服を脱ぎ棄てて、そこらの壁にでもひっかけて去って行こうとしないで、
雀や鼠のように官の倉から米を盗み食いすることを私は続けている。
「呉興の長者」［劉述のこと］は正しく真理をわきまえていて、
朝廷にあって補うところが多々あったにもかかわらず、
人が集まってこようとする都から逆に出て、
いまでは湖と山の地の主となっている。
長者の高い行いは釣り人とまじわる身となり、
「大隠」は必ずしも官服を脱がなくてもよいということを実践している。
昨年お会いしたときには、
道を尋ねてそのごくあらましをお聞かせいただいただけで、
十分には話せなかったので、
官職を捨ててそちらに行って学業を遂げたいと思う。
長者の家は呉興の霅渓のあたり、
白い雲が羽のように広がる下にあるという。
私は俗世間との縁が切れなくて、進退ははなはだもたついている。
「安心」を説いた達磨大師を思うべきなのだろう。
【補足】［（1）この詩の初めの部分では、西方の夏国との間の積年の問題を軍事力の行使によって決着させようと皇帝が意図し、それに応じて朝廷が動いていることを批判している。（2）劉述が呉興［湖州］の出身であることから「呉興の長者」と呼んでいる。（3）「大隠」とは町の中で普通の社会生活を営みつつ、精神は隠者と同じであることをいう［→作品番号04-1-028の第五首］。（4）最後に唐突に達磨大師が出てくるのは、劉述と蘇軾の間でかつて「安心」［心の安定］について話題にしたことがあったりしたからなのだろう］
■【05-1-045】文与可字説
【解題】蘇軾には、心を許せる先輩にして友人の文同［字は与可］がいた［→作品番号03-3-014など］。その文同の字の「与可」について蘇軾なりの解釈をほどこしたのがこの文章。
【訳文】
『論語』にはこのようにある――
弟子が尋ねた。
「村人が皆、その人を好むのなら、その人はどうなのでしょうか」［人物の評価基準を問う］
孔子は答えた。
「それだけでは十分ではあるまいな」
「村人が皆、その人を悪むのなら、その人はどうなのでしょうか」
孔子は答えた。
「それも十分ではあるまいな。村の善い人がその人を好み、村の不善の者がその人を悪むのには及ばないだろう」
この問答に対して次のような議論がある。
「善い人が好み、不善の者が悪むのなら、その人は君子［道徳的に優れた人］であるとするに足りるということなのか」
この問いに対して次のような答えがある。
「それは十分ではあるまい。孔子は問いに応じて、尋ねた者にわかるように、何をもって賢とするのかを答えたまでだ。村に君子がいれば、君子は善き人を推奨し、不善の者を心の内で恥ずかしく思うであろう。それだけのことなので、君子がどうして不善の者から悪まれたりするだろうか。君子は人を悪まないし、人から悪まれもしない。孔子の弟子の子夏は自分の弟子にこういったという。『交わってもよい人とは一緒にいるけれど、交わってはならない人と一緒にいるのは拒絶する』。そのことを告げた子夏の弟子に向かって、孔子の弟子の子張はこういった。『君子は賢を尊ぶとともに、多くの人を容れる。善をなす人をよしとするとともに、それができない人を哀れに思う。私がもしも大賢の者であるのなら、人との交わりで容れないことはないだろう。私がもしも賢ならざる者であるのなら、人が私を拒絶するであろう。だから、私から人を拒絶するようなことはない』。つまり、子張がいったのは、交わってもよい人と一緒にいて、交わってよろしくない人は自分からは遠ざけておくということなのではないのだろうか」
それに対して重ねて問うのは、
「交わってよろしくない人は自分からは遠ざけておくというのは、交わりを拒絶するよりもはなはだしいのではなかろうか。子張もつまりは拒絶したのではないか」
「いや、子張に拒絶する気持ちなどありはしない。もしも拒絶する気持ちがあるのなら、天下の人は結局は避けようとするであろうから、一体誰とともに一緒にいられるというのか」
「しかし、孔子は孺悲という人の面会を断ったではないか。これは拒絶ではないのか」
「孔子は病気を理由に孺悲とは会わなかった。そのとき、取次の者がその断りを孺悲に告げている最中に、孔子は楽器を弾かせて歌い、実は病気ではないことを相手に知らせた。それはつまり、会わない理由が孺悲の方にあることをわからせようとしたのであって、拒絶したのではないのだ。拒絶する気持ちがないのだから、交わってよい人となら一緒にいるのである。孔子も子張も同じなのだ」
吾が友の文君は名を同といい、字を与可という。「与可」とは子夏の言葉にある「交わってもよい人とは一緒にいる［可者与之］」からとったものであるから、ある人は文同に、
「君は子夏と同じ考え方なのか」
と、尋ねた。
文同は答えた。
「そうではない。子夏の言葉に基づくとはいえ、与にいるという方をとって、拒むという方はとっていない。実は子張と同じなのだ」
文同の人となりは、道を守って勢を忘れ、義を行って利を忘れる。徳を修めて名を忘れ、不義を為すことはなく、どれほどの俸禄を差し出されようと顧みることはない。しかも、人を悪むことはないし、また人から悪まれることもなない。だから、与可は子張なのである。
【補足】［（1）何やらごちゃごちゃして話の筋が見えにくいが、要するに、君子はいかなる交わりを人と結ぶべきかについてあれこれ思索を巡らせて、それと「与可」の意味と結び付けて解釈しているのである。改革が強引に推し進められて以降の官界のありさまを見るに、道義を守るよりも時の権勢に靡き、正義を行うよりも利益に走り、身に徳を修めるよりも一時期の名声を求め、俸禄を得るためなら不義をも為すような者が目に付くようになった［つまり、蘇軾が改革を批判して、いまは「風俗を厚くする」［→作品番号03-2-009］ことが肝要であると指摘したのが的中した］ので、ことさらに文同の人柄が慕わしく思われたのだろう。（2）名や字は何らかの思いを篭めて付けられるものだ。蘇軾の父の蘇洵はいかなる思いで息子に軾と轍の名を付けたのかということを書いた文章を作品番号01-2-008で見ている］
■【05-1-046】与霊隠知和尚
【解題】杭州の霊隠寺の雲知和尚に送った手紙。霊隠寺は作品番号04-2-053などで見ている。
【訳文】
私はしばらく銭塘［杭州］に滞在し、寝食を湖山の間で過ごし、時に仏説について聞くことがあり、見開かせられることが多くありました。とりわけ霊山道人［雲知和尚のこと］とは前世からの縁があったかのように感じたものです。お別れしてからすでに一年を経て、夢にも見ることがありますのは、きっと深く知り合ったために忘れ去ることができないからなのでしょう。
杭州から余簿君がきて、天竺寺の僧呂や俗人の手紙を百通余り受け取り、皆が私のことを思ってくれている気持ちや、杭州の民衆が私のことを忘れずにいることなどが記されていました。私には何の取り柄があるわけでもないのに、杭州との縁がまだ切れてはいないということなのでありましょうか。次の任地として湖州や明州を求めて、西湖にしばし留まって、日ごろの思いを遂げたいものです。……
【補足】［蘇軾がいかに杭州を好んでいたのかがよくわかる手紙である。縁が切れていなかったことは、ずっと後の章で見ることになる］
■【05-1-047】祭常山神祝文
【解題】この年は雨が少なく、5月には旱魃の様相を呈し、蘇軾はまた常山の神［→作品番号05-1-037］に雨を祈った。
【訳文】
私の不徳のために順調な天候を導くことができず、災厄を防ぐには、神のお力を求めるほかはありません。神よ、私の不才を憐れみ、その勤勉さをよしとされますように。常山の神に願っておよそ応えてくださらないことはなく、かつて神のもとに詣でましたときには、退いて三日のうちに雨があまねく降り、町から百里の範囲で蝗が生じることがありませんでした。私も民衆も、これは神の徳によるものだと思わなかった者はいなかったのでした。しかし、そのひと雨の後には、月を超えて雨が続くことがなく、百里の遠方において蝗の幼虫が初めて発生しました。神が先の願いに応じてくださりながら、後でこのようになったのは、近くは憐れみ、しかし遠方は憐れまないということなのでありましょうか。これはきっと私が知事の職に適う者ではなく、政治が的外れで、民心を乱してしまっているために、神も恵みを与えようがないからなのでありましょう。我が州の民は、ここのところ毎年飢えに苦しみ、いまはようやく命を繋いでいるところで、これでまた稔ることがなかったならば、もはや土地を離れて流浪の民となってしまうでありましょう。聡明なる神におかれては、私が不才であることにはどうかこらえて、民衆を救ってはいただけないでしょうか。この夏の麦がいよいよ稔るときを迎え、このままでは秋の収穫が枯れてしまうかもしれません。どうか雨をもたらし、虫の害を払って、秋の恵みをもたらしてくださいますように。かくて九月には人々がそろって神のもとに詣でて、お礼が申し上げられますように。
【補足】［前回雨を祈ったときと比べて随分と低姿勢なのは、状況がそれだけ深刻化したからなのだろう］
■【05-1-048】孔長源挽詞二首
【解題】孔子の四十七世の孫である孔延之［字は長源］の挽歌。孔延之は官界の先輩で、1年ほど前に61歳で亡くなっている。その死を悼む詩を蘇軾がこの時期に詠んだ経緯はわらかない。
【訳文】
其の一
公［孔延之］は若いときに、
その才気は当時天下に第一とされた。
公は晩年において、
その節義はただ一人だけが守る貴いものであった。
昔、韓愈は孔子三十八世の孫の墓誌銘を作り、
孔子の子孫としてまことに適う人であったと讃えた。
公もまたその通りである。
昔、蔡邕は郭泰の碑文を作り、
これまで数多くの碑文を書いたけれど、
どれほど褒め言葉を並べても一切恥じることのないのはこの文章だけだといった。
公の場合もまたその通りである。
公は南方［広州］に赴任したときに、
その地の知事の不善を暴いた者が獄に繋がれていたのを解放し、
その知事を罰した。
公は東方［越州］に赴任したときに、
そこで塩法［塩を国家の専売とする法］が実施されないのは公が止めているからだと告発され、
知事職を解かれて都に呼び戻された。
我等が仰ぎ見るべき先人はいま幾人が残っているのか。
己の義を貫かれた公であるから、
恨むことはしないけれども、
時の流れをひたすらに悲しむのである。
【補足】［孔延之は、この詩に詠まれているように、改革派に嫌われて越州を去って都へと向かい、その途中で杭州に立ち寄り、有美堂で詩を詠んだ。それは煕寧6年［1073年］11月であったと推定されていて、蘇軾はそのころに湖州に出張していたので、孔延之と会ったかどうか定かではないが、孔延之の詩に基づいて次の第二首を詠んでいる］
其の二
公はかつて杭州の小堰門にほど近い柳の木に船を繋いだ。
公が呉山の有美堂で宴を開いたときには、月光が筵を照らし、
夜中には、銭塘江を遡る潮が千の巌に当たる音が響いた。
そのとき公は詩を詠み、
その句は翌朝にはもう万民の間に伝えられた。
ところが、思いもかけず、公は寿命の長きを全うできず、
日が傾くようにしてたちまち亡くなったとの報せに、
私は驚かされた。
公の無窮の業績も墓地に納められてしまう。
南を見つつこの詩を作って、牋に涙がしたたり落ちる。
■【05-1-049】寄呂穆仲寺丞
【解題】呂仲甫［字は穆仲］に寄せた詩。呂仲甫とは杭州で親しくしていた［→作品番号04-2-023など］。
【訳文】
杭州の孤山の寺の門前には、
すぐそこにまで水が迫る。
私がその寺に行っていつも最初に見たのは、
貴君が酔って書いた墨の痕だった。
杭州には一人の役者がいて、貴君の真似をするのを得意としていた。
貴君が杭州を去ってしまった後でも、その役者がいると、
いまも貴君が談笑し、あるいは規律を正そうとしていると思えた。
先に杭州を去った貴君は、いまは塵埃の降る都の道を踏んでいる。
後から杭州を去った私は、いまは桑や棗を産する村を訪ねている。
首を回らせば、西湖は真に一場の夢。
しかし、もういうまい――
心の火が消えて灰になっただとか、髪が抜けて白くなっただとかは……
【補足】［（1）この詩にあるように、呂仲甫は蘇軾よりも先に杭州を離れて都に行っていたのである。（2）この詩にある「回首西湖真一夢」［首を回らせば西湖は真に一夢］は印象的である。蘇軾は杭州の風光を深く愛していたのである］
■【05-1-050】答陳述古二首
【解題】これは、都にいる陳襄［字は述古］から送られてきた詩に答えたもの。陳襄はかつて杭州知事を努め、蘇軾とはすこぶる信頼関係が厚かった［→作品番号04-2-033など］。
【訳文】
其の一
密州は山東第二の州であるとか。
棗の林、桑の入り江に、春を尋ねる遊びにはまだ行けていない。
町の西には千もの紅い牡丹があるとか。
あわれにもさらに老いた私の髪に挿されたのでは、
花はますます恥ずかしがるだろう。
【補足】［蘇軾は杭州で、牡丹は老人の頭に載せられるのを羞う、と詩に詠んでいた［→作品番号04-1-015］］
其の二
萼を破って小さな桃の花が開いたばかりのときには、
まるで春の風にも耐えられないような風情がある。
それはまさしく、美しい女性たちが居並ぶ中でも第一のあの人。
知事殿が杭州を去ってしまってからは、
その人の舞いの着物にも扇にも塵が積もってしまっているとか。
【補足】［これは、杭州で陳襄が贔屓にしていた妓女のことを詠んだ戯れの詩である。気心の知れた間柄なので、このような詩を作りもしたのだろう］
■【05-1-051】懐西湖寄晁美叔同年
【解題】これは、晁端彦［字は美叔］が杭州に赴任すると聞いて寄せた詩。晁端彦は同じ年に科挙に合格した「同年」の間柄［→作品番号04-2-095］。
【訳文】
西湖は天下一の景勝地。
そこに遊ぶ者は、
賢かろうが愚かだろうが、あるいは浅くあるいは深くそれぞれに得るところがあり、
しかも誰もその全てを知ることができない。
ああ、私はもとからおかしなくらいに真直ぐで、
世間から早々と棄てられてしまった。
だからこそ杭州の山水の楽しみをもっぱらにすることができたのだから、
むしろ天からその機会を授けられたのだろう。
三百六十の寺を奥深く訪ねて一年を使い果たし、
行けばどこにでも妙所があった。
それは心に知っても、口で伝えるのは難しく、
いまになっても夢に見て、目覚めた後もありありと目にも耳にも残る。
貴君は朝廷から杭州に派遣されることになり、
その風采の輝きに杭州の雲も霞も融かされてしまうだろう。
清らかな流れも険しい山も、
貴君のために特にそうするかのように、
麗しくその姿を見せることだろう。
貴君にお勧めするのは――
従者を退け、寺で僧榻を借りてしばらく眠ってから、
私が壁に書いた詩を読み、
清涼な空気に日頃の煩わしさを洗い流した後で、
道のあるなしによらず、心の赴くままに歩むこと。
そうすれば、古の「漁父」のような人が、葦の間を自在に行くのに出会うであろう。
もしその人に道を問うて会得するところがあったならば、
どうか魚を値切って買うような野暮なことだけはしないでくれたまえ。
【補足】［（1）「同年」の友に向けて率直に心情を吐露している。（2）初句の「西湖天下景」［西湖は天下の景］で、蘇軾がいかに西湖を好んでいたかがわかる。（2）第5句、第6句の「嗟我本狂直、早為世所捐」［嗟我は本より狂直、早く世の為に捐て所る］も印象的である。（3）「漁父」は中国の文化史においてかなり特徴的なキャラクターとして異彩を放ち、舟に乗って自由にどこへでも行く孤独の漁父は詩にも画にしばしば登場する。漁父のイメージの決定版ともいえるのが唐の柳宗元の『漁翁』の詩である。次の詩に描かれているような漁父と会い、脱俗的な会話を交わしておきながら、別れ際に「ところで、その魚、なんぼ？」とかいったら台無しであろう］
【訳文】
柳宗元：『漁翁』
漁翁夜傍西巌宿、［漁翁は、夜には西の巌に舟を寄せて眠る］
暁汲清湘燃楚竹。［暁には清らかな水を汲み、竹を燃やして朝飯を支度する］
煙銷日出不見人、［朝靄が消えて日が昇るころには、その人の姿はもうない］
欸乃一声山水緑。［棹をさす声がどこかで一つ響くと、あとは山と川の緑があるだけ］
迴看天際下中流、［漁翁はすでに天の涯を顧みつつ、中流を下っている］
巖上無心雲相逐。［もとの巌の上では、心を持たない雲が追い掛け合っているのである］
■【05-1-052】張安道楽全堂
【解題】恩人の張方平［字は安道］［→作品番号03-4-015］に寄せた詩。張方平は楽全堂という建物を作り、「楽全堂居士」と称した。
【訳文】
「楽全」［百パーセントの楽しみ］とは何であろうか。
列子はふわりと風に乗ってどこへでも行けたから、
なかなか結構な楽しみを自在にした。
しかし、荘子は、汲々として風に頼っておるではないかと列子を批判した。
世の中が非常に厳しかった時代に、
酒や琴に逃れて己の生命を保全しようとした者がいた。
己の生命を全て尽くせたからといって、
それだけでは「至楽」［百パーセント超えの楽しみ］とはいえないだろう。
釈迦の弟子の維摩詰は病気になり、
己の命を全て尽くせたわけではなかったのだが、
何もない部屋で悠然と過ごし、
それは「至楽」に近かったのではないだろうか。
楽全居士殿は天から与えられたものを全うしようと、
かつては飲んでいた酒をやめたし、琴は初めから持っていない。
陶淵明は弦のない琴を抱いて最高の音を楽しんだと聞くが、
無弦の琴よりもそもそも琴が存在しない方がより完全なのではなかろうか。
楽全居士殿は天より英雄としての素質を与えられ、
まさしく竜や鳳凰の姿を具え、
自ら発する輝きでまわりの魚や鳥を照らし出し、
朝廷に座っていれば、北方や西方での紛争も談笑する間に片が付いてしまう。
ところが、老いてからはもっぱら帰ることばかりを思い、
私に細々と手紙に書き、詩を添えて送ってこられた。
それでお尋ねするのは、
「楽しみを百パーセントにするとは何を百パーセントにするのでしょうか」
荘子はこういうことをいっている――
百パーセントを求めようとすれば必ず欠けたところがある、
もとより百パーセントを求めなければ欠けるところはない。
【補足】［（1）蘇軾には、もしかすると、自分の楽しみを百パーセントにすることを求めるよりも、民の楽しみを百パーセントにするよう努めてほしいと、張方平に期待するところがあったのかもしれない。（2）「北方や西方での紛争」は先の劉述に寄せた詩［→作品番号05-1-044］の冒頭にあったように、皇帝が外で軍事行動を起こそうとしていることに関連している。後に張方平は、戦争に反対する意見書を皇帝に提出する］
■【05-1-053】祭魏国韓令公文
【訳文】蘇軾が8歳のときに憧れた4人のスーパースターの1人の韓琦がこの年の6月24日に亡くなった。韓琦の霊を祀るこの文章は、遥か後に定州知事として赴任したときに書いたものであるとの推測されてもいるが、ここで読んでおこう。
【訳文】
……［前半では、荘重な言葉を並べて韓琦を讃えている］……
六月甲寅［二十四日］、公はもはや禄を受けることがなくなり、我等は天下を支える名臣を失ったのだった。我等の民を、これからは誰が教え導くのか。我等の子孫を、これからは誰が保護するのか。巍巍堂堂たる公のようなお方はもういないのだ。公が亡くなられ、我等には太陽がなくなった。慟哭涕流して、いくら嘆いたところで及ばない。昔、我が父が都で亡くなったとき、公は二首の詩を作って、父のしたことのあらましを詠んでくださった。父の文は古典を追い、古代の聖王について論じたと、公がひと言述べてくださったことで、それからは誰も敢えて父のことを評じ直しはしなかった。公の恩は不肖私にも及び、国士のように見なしてくださり、私自身が知らないところまでも公は見ていてくださった。父も私も弟までも公の門から世に出ることができたのだった。公は何ら報いを求めることもなく、私はその恩を深く思い、涙を流して公がもうおられないのをただただ哀しむのである。公の霊に供える肉は俎の上にあり、酒は樽の中にある。公はすでに天に帰ってしまって、私の言葉はそこには届かない。嗚呼哀しいではないか。
【補足】［韓琦は詠んだ蘇洵の挽詞の結びの句は、「父子尽賢良」［父子は尽く賢良］で、儀礼的な誉め言葉であったとしても、雲の上の人のように思っていた韓琦からそのような言葉をもらって、蘇軾はいつまでも感謝の念を持ち続けていたのである］
■【05-1-054】余主簿母挽詞
【解題】余主簿という人の母の死を悼んだ詩。主簿は役職の名称。この余主簿はもしかしたら作品番号05-1-046にあった「余簿」と同一人物であるのかもしれない。
【訳文】
閨庭［家庭］にある蘭玉［優れた母］は、
郷里を明るく照らし出し、
たとえ貧しくても余りある楽しみがあると、
昔からいわれている。
母は家にあって先祖に食を供えるだけでなく、
よき息子を育て、よき嫁を選ぶのである。
そのような母の乗る車が、
たちまち仙府へと帰ってしまい、
ただ高い木々だけが旧い廬を囲んでいる。
昔、老萊子は七十二歳になっても、
幼児の服を着て父母を喜ばせたという。
余君は、郷里に帰って、
千斛の涙を裾に灑ぐことであろう。
■【05-1-055】張文裕挽詞
【解題】挽詞が続く。これは前の年に八十歳で亡くなった張掞［字は文裕］の死を悼んだもの。張掞とは、蘇軾が都にいたときに若干の交流があったようである。
【訳文】
張公の高才は朝廷において右に出る者がなく、
その徳のほんの余りで政事をよく行ったのだった。
お会いするたびに、魏の曹植にも匹敵するような句を聞くことができ、
いまに伝わるのは、晋の魏華と同じく宝物とされる書である。
済南は昔から名士が多く輩出するところ、
しかしまた新たに一人が亡くなってしまった。
かつて張公は恵政を行った蜀の地では、
すでに公の祠を建てて祀っている。
私は西に向かう風に寄せて、
張公の廬を囲む高い木々に、
二筋の涙を寄せようと思う。
【補足】［（1）曹植と魏華は、それぞれ詩と書の名手である。（2）上の詩でもこの詩でも、旧居を高い木々が囲っているというイメージを詠んでいる。高い木々は長く家が繁栄する象徴である］
■【05-1-056】次韻劉貢父李公択見寄二首
【解題】劉攽［字は貢父］と李常［字は公択］から送られてきた詩に次韻した。二人とも以前からの友人で、劉攽が李常の草書を見てからかったエピソードを作品番号03-3-022で見ているように、二人の仲はよかった。湖州知事を務める李常［→作品番号04-3-076］のもとに劉攽が訪れて二人で詩を詠んだのだろう。
【訳文】
其の一
白髪となった二人の旧い友人が顔を合わせた。
二人の眼は、幾度となく時事が新たになったのを見た。
曲の調子が高くなると唱和する者が少なくなり、
議論の調子が高くなると理解できるものが少なくなるという。
李公は湖州周辺で飢饉が続いているために好い詩を歌い上げるひまがない。
劉公は細君を亡くしたばかりで夜長に親しく語る相手がいない。
私はといえば、思い煩うことはなく、
誰にも負けないくらいによく眠り、
鼻息は雷鳴のごとく四方を揺り動かすのである。
其の二
誰が私に勧めてここにこさせたのか。
絃管の楽器は使われずに苔が生え、米櫃には埃しかない。
酒は唇を濡らすだけで、蓄えはわずかしかない。
蝗が人の顔を打つほどに飛びまわり、すでに三回にわたって退治した。
刀を磨いて谷に入り、盗賊となった者を追うこともある。
町を回って、涙をこぼしつつ捨て子を拾うこともある。
地方の町を治めるのはまことに歓びが少ない。
しかし、それでも嘆くには及ばない――
塵にまみれて都の道を往来していたころに比べたならば……
【補足】［（1）第一首では、思い煩うことなくよく眠っていると詠んでいたが、実態はそれとは異なっていた。（2）密州では捨て子が多く、蘇軾は民間の力を借りて、捨て子を養うシステムを作った。詳しくは次の章で記述される］
■【05-1-057】祭常山回小猟
【解題】この年は依然として雨が少なく、蘇軾はまた常山の神を祀って降雨を祈った。その帰りに、ちょっとした狩猟をしてこの詩を詠んだ。
【訳文】
青い覆いのある車を黒い旗が先導する。
黄色い茅の繁る岡の下で、
長い囲みを作る。
風を受けて馬は、前脚を何度も跑いて勇み立つ。
蒼い鷹が地を掠めて飛び、逃げる兔を追いかける。
振り返ると険しい常山の上に白い雲が湧いている。
我が衣には数々の紅葉が落ちかかってくる。
晋の時代に書記の謝艾が将軍に抜擢されると、
白扇をもって軍を指揮して大きな戦功を挙げたというから、
今日のこの姿を皇帝がご覧になったなら、
この私もまたきっと用いられるであろう。
■【05-1-058】江神子
【解題】「密州で猟に出る」と添え書きのある詞。上の詩と同じときの作で、内容も共通している。
【訳文】
老夫聊発少年狂。［老人はにわかに少年のような物狂い］
左牽黄、［左手に黄色の犬］
右擎蒼。［右手に蒼い鷹］
錦帽貂裘、［錦の帽子に貂の裘］
千騎巻平岡。［低い岡を取り巻くのは千の騎馬］
為報傾城随太守、［報せが走って知事に随う町中の人々］
親射虎、［知事自ら虎を射るのは］
看孫郎。［まるで孫権を見るかのようですぞ］
酒酣胸膽尚開張。［酒たけなわにして開いてみせる胸の内］
鬢微霜、［鬢にまじる白髪］
又何妨。［それもまたよかろう］
持節雲中、［皇帝の命令を受けて行く国境の地］
何日遣馮唐。［いつの日か漢の大将軍のように］
会挽雕弓如満月、［よし引いてみせよう満月のようにこの弓を］
西北望、［西北を望んで］
射天狼。［天狼星を射るのですぞ］
【補足】［（1）冒頭の「老夫」は蘇軾自身のこと。千の騎馬とか城を傾けて知事に随うとか歌っているのは実景ではなく、三国志の英雄の孫権のようだと見栄を切ってみせるのはむろん遊びである。（2）詞は酒席において主として男女の情愛を歌うものとして、詩とは別の世界を形成してきた。これまでに見てきた蘇軾の詞もその延長線上で軟らかな情を歌うものであった。この詞は一転して勇壮な猟の場面を歌い上げ、詞の世界を広げようとするものだった］
■【05-1-059】与鮮于子駿
【解題】鮮于侁［字は子駿］に宛てた手紙。鮮于侁は作品番号04-2-002で見たように蜀の地で官職に就いていた。この手紙では、上に見た『江神子』の詞について書いている。
【訳文】
……送ってくださった詩文は、いずれも蕭然として遠く古の風味があります。この風味は長らく絶えてしまったもので、いまの世俗の人々の耳目に供しても疎んじられてしまうことでしょう。私は時間のあるときに独りで拝見しており、まだ誰にも見せておりません。これを愛する者が少ないのを知っているからです。
拙詩をお求めでありますが、手を動かすまいとしているわけではなく、作らないことは決してないのですが、とにかく暇がありません。ただ、近ごろ小詞を作りまして、柳七郎［柳永］の風味こそはありませんが、これもまた一家をなすものでありましょうか（笑い）。数日前に郊外で猟をして、非常にたくさんの獲物がありました。それでこの一篇を作り、密州の男どもに、手を叩き、足を鳴らし、笛を吹き、鼓を打って歌わせましたところ、すこぶる壮観でありました。この写しをみて、どうぞお笑いください。
【補足】［（1）柳永は蘇軾よりも一時代前の詞の名手で、井戸端で女たちが柳永の詞を歌わない日はないといわれたほどに非常にポピュラーな作詞家であった。柳永は科挙を受験したのだが、仁宗皇帝が「このような軟弱な詞を作る者は我が朝廷には不要だ」とのひと言で不合格になったという伝説があり、晩年に至ってようやく小さな官職を得られただけで、官界では不遇であった。（2）この手紙で面白いのは、鮮于侁の詩文は古風であるとして、蘇軾は敢えて自分の新しい詞を添えて送っていることである。古典を学びつつも、新たな表現の可能性を切り拓くことが肝要なのであろう。妓女が軟らかく歌うのが普通であるとされてきた詞を、がさつな男どもに勇ましく歌わせたとあるのは、蘇軾の一種の自負を示すものであろうが、こうなるともはや詞ではないと批判する人もむろん大勢いた］
■【05-1-060】和梅戸曹会猟鉄溝
【解題】これも猟を詠んだ詩。上の作品と同じときの作であろう。猟は鉄溝水［→作品番号05-1-020］のあたりで行われ、密州の役人である梅君が詩を詠み、それに和した。猟で梅君も趙君も獲物を射ることができなかったことをネタに詩を構成している。
【訳文】
趙君、梅君は山西の出身なのか。
山西は昔から猛者が出ることで知られている。
貴君らのような文官であっても、
いざとなったら命がけで城を守るくらいのことはする。
この界隈では盗賊が多く出没し、
近ごろさらし首にされた者たちはまだ土に埋められていない。
盗賊の親玉は討っても、
草の根に潜む狐や兎までは驚かさずともということはあるかもしれない。
その昔、大酒呑みで有名な趙さんやら、
詩が得意で妻子を棄てて姿をくらました梅さんやらがいたけれど、
諸君等はよもやそっちの仲間ではあるまい。
かつてある大臣は、美人の妻を娶ったものの、
妻は夫の顔があまりにも醜かったので三年の間全く口をきかなかった。
その大臣が妻の前で雉を仕留めると、
妻は初めて笑って夫と言葉をかわした。
諸君等もこれで何も射ずに帰ったのでは、
家で待つ美しい奥方にそっぽを向かれてしまうのではないのかな。
【補足】［全体として楽しい戯れの詩なのだが、盗賊を捕えてさらし首にしたことが詠み込まれているのは穏やかではない。作品番号05-1-019で見たように密州周辺では盗賊が横行していた］。
■【05-1-061】雨中花慢
【解題】これは一転して和かな詞。「密州に至った当初は、旱魃や蝗害の対応で月を累ねて潔斎しなければならず、春の牡丹が盛んに開くときに、一度も鑑賞できなかった。九月に至って、千葉［牡丹の一種］の一枝に花が開いたので、雨の中に酒を置いて花を見てこの詞を作った」と、添え書きがある。
【訳文】
今歳花時深院、［今年の花のときは建物の奥深くにいて］
尽日東風、［春風の吹く日にも］
蕩漾茶煙。［茶の煙がただようなかにいたのでした］
但有綠苔芳草、［苔や草が伸びあがり］
柳絮楡銭。［柳絮が飛び、楡の葉も出てしまいました］
聞道城西、［聞けば、町の西のあたりで］
長廊古寺、［長い廊下のある古い寺は］
甲第名園。［近隣第一の名園である、と］
有国艷帯酒、［国艷［牡丹の一種］は酒を帯びたような色合い］
天香染袂、［天香［牡丹の一種］は袂を染める風情で］
為我留連。［私のためにまだ花を留めている、と］
清明過了、［清明節も過ぎてしまって］
残紅無処、［どこにも紅の残るところはなくて］
対此涙灑尊前。［涙を灑ぐしかありませんでした］
秋向晩、［秋の暮れに向かうころ］
一枝何事、［どうしたことか一枝だけが］
向我依然。［私に向かって春と同じようになったのです］
高会聊追短景、［貴重な出会いは短い日と競い］
清商不仮余妍。［秋の風は美しさを余すまいとします］
不如留取、［ならば摘み取ってしまいましょうか］
十分春態、［この春の姿は］
付与明年。［また来年のものとして］
■【05-1-062】後杞菊賦
【解題】これは杞や菊を食べることを歌った賦。賦は韻文の一つの形式で、問答によって構成されるのが特徴となっている。作品を作った経緯を記した序文が付いている。
【訳文】
叙
唐代の天随生［陸亀蒙の号］はいつも杞と菊を食べていると書いている。「夏の五月に及ぶころには、枝の葉は成長して硬くなり、気味が苦く渋くなる」。それでも食べ続けていた。それで『杞菊の賦』を作って、自分の気持ちを慰めたのだった。
私は以前はここに書いてあることを疑っていた。いかに士が不遇となって、窮乏に迫られたからといって、飢餓の余り草木を噛んだというのは、あまりに過ぎたことではないかと思ったのである。
私は仕官して十九年、家は日々にますます貧しくなり、衣食に供せるものは以前に及ばなくなってしまった。膠西［密州］の知事に移り、飽くまで食べてみたいと思っても、廚の内は索然として、憂いに堪えぬばかりである。仕方なく、副知事の劉庭式君と毎日のように古い町並みの放棄された畑を巡って、杞や菊を探して食べ、腹をひねって笑いあっている。それで、天随生のことばは正しく信じるべきなのだと知ったのである。よって、『後の杞菊賦』として、自らを笑い、いささか気持ちをほぐそうとするものである。
賦
「ああ先生よ、誰が先生を立派な座敷に登らせて太守［知事］と称するようにさせたのかな。先生の前には客人が並んで食事にありつきたいものだと待っているし、先生の後ろには役人たちが書類をもって押し寄せてきている。朝早くから仕事を初めて、たちまち夕暮れになってしまう。酒の一杯があるわけでもなく、草木を取って口をごまかすしかない。机に向かってうなだれ、箸を手にしてうめくのだ。昔、麦の飯と蕪の葉をあてがわれたために、将軍の招きを断った人がいたけれど、先生はどうしたことか、それにも及ばない境遇にも未練たらたらであるとは。先生にだって故郷の山はあるだろうに、どうして帰らずにいるのかな」
先生は笑って答える。
「人生は、臂を曲げて伸ばす間のくらいの短いもの。誰が貧しいとか、誰が富むとか、何が美しいとか、何がやぼったいとか、それがどうだというのか。糠ばかり食べていてもぷっくら太っていた人もいたし、肉をたらふく食べても墨のように顔色悪く痩せていた人もいた。食事に一万銭を費やしても食べられる物がろくないといっていた者もいたし、二十七品を並べても少なすぎるといっていた者もいた。どれほどの贅沢をしたところで、それも夢のようなもの、ついには誰もが朽ち果てて終わるのだ。私は杞を主食とし、菊をおかずとする。春にはその苗を食べ、夏にはその葉を食べ、秋にはその花や実を食べ、冬にはその根を食べる。それによって、百年、二百年生きた仙人のような長寿を得ようと思っているのだ」
【補足】［（1）陸亀蒙の『杞菊の賦』を読んで、蘇軾は本当かどうかを疑ったのだが、我々は『後の杞菊の賦』を読んで、州知事でありながら杞や菊の葉しか食べるものがないなどということがあるのかと、やはり疑いたくなる。もちろんある程度はフィクションであって、蘇軾の言いたいことはそのことにあるわけではない。（2）なお、菊は長寿の象徴とされ、甘い菊がむらがり咲く谷の下流に住む人々は、菊のエキスがまざった水を飲んでいたために長寿であったという伝説があって、重陽の節句には菊の花を浮かべた酒を飲むようになったのである。しかし、現実的には苦い菊で飢えをしのぐのはあまり嬉しいものではなかったろう。（3）ここに劉庭式［字は得之］の名が挙げられているのは、たまたま副知事として近くにいたからではなく、実は非常に優れた人格の持ち主だったからである。そのことを記した文章を次の章で見ることになる］
■【05-1-063】与金山宝覚禅師
【解題】『後の杞菊の賦』を金山寺の宝覚禅師に送っているので、それに添えた手紙を読んでおこう。
【訳文】
去年、密州へと赴任する途中では、期限に迫られ、舟で金山に立ち寄る余裕がありませんでした。長江の流れの上で、雲のかかる山を見て、そこが遥かに遠くなって行くのを嘆いたのでありました。ところが、長江を渡えり終えると、軽やかに舟がやってきて、貴僧がわざわざ見送りにきてくださったのでした。笑って語り合い、食事をともにすることを得たのでありました。貴僧がそこまで私のことを懐ってくださることのかたじけなさは言葉にできるものでありませんでした。
お別れしてから、まだお手紙も差し上げずにいたところに、貴僧から使者がきて、忝くも数幅をいただき、何度も読み返して心を慰めております。拝見すると、目の前で妙論を伺っているかのようで、気持ちがすっきりします。仏説の佳勝を審らかに知る思いがします。
私はお上に仕える身で、お目にかかる機会はもはやないかもしれないと思うと、紙に向かっていて、茫然としてしまいます。万万自重されますように。
いま書いたばかりの『至遊堂の記』をここに添えます。また近ごろ作った『後の杞菊の賦』の一首も写しておきます。どうそお笑いくださいますように。
【補足】［ここに記されている『至遊堂の記』は後世に伝わらずに失われてしまった］
■【05-1-064】劉貢父見余歌詞数首、以詩戯、聊次其韻
【解題】劉攽［字は貢父］［→作品番号05-1-056］が蘇軾の最近の幾つかの詩を読み、戯れに忠告する詩を送ってきたのでそれへの返事。
【訳文】
私はこれで十年ばかしも都の外でふらふらし、
これからどうなるのかさっぱりわからぬ身、
都の花を看て再び詩を詠むことはあるまいと思う。
こんな私が我が家の門の先でうっかり憎まれ口をきいたのを、
一体どなたが貴君に伝えたのか。
酔って吐き出したふざけた詩など、自分でも知ったことではない。
昔、過激な言論で刑死した男は、息子の舌を錐で刺して口を慎めといった。
昔、権威者の横暴を止めようとした者は、眉毛を火で炙られることも辞さなかった。
一緒に飲むのなら、こういう野暮な話はなしにしようではないか。
まさに春の盛りの最もよい時節なのだから。
【補足】［劉攽は戯れの詩で蘇軾を戒め、蘇軾も戯れの詩を返したのだが、実のところは本気であったのだろう。「眉毛を炙られ」てもという覚悟であったから、ついには「嵐」を呼び寄せてしまうのを本章の終わりで見ることになる］
■【05-1-065】和章七出守湖州二首
【解題】10月、章惇［字は子厚］が湖州知事に任命されて都を出ることになった。そのことを詩で報せてきたので、それに和した。章惇は同じ年の科挙で合格した「同年」の間柄で、その後、長安で意気投合して、互いに親友であると認め合うようになった［→作品番号02-2-019］。詩題にある「章七」の「七」は「兄弟排行」で、兄弟・従兄弟等同世代の中での年齢順を示す。ちなみに蘇軾の兄弟排行は九十二であるらしく、眉州には同世代が大勢いたようだ。
【訳文】
其の一
仙人は東の海の渺茫たる彼方より現れ出たと聞く。
だから、気高い情は水雲の郷を愛するのだ。
功名は尊ぶべきであっても、
さすがに一カ月に三度も勝利を連ねる者はいない。
世を過ごすには、
なかなかできるものではないけれど、
是と非の両方とも忘れて自然に任せるのがよいのだろう。
私も貴君も、早くに官を退いて心身を休めたいとの心がもとからある。
そうした後に会えたならば、ゆっくりと語り合えるに違いない。
今はまだ皇帝の重い恩に報いることができていないので、
貴君の夢は、時に皇城の奥へと行くことであろう。
【補足】［（1）「水雲の郷」とは、太湖のほとりにある湖州のことをいう。この詩では、章惇の気高い心が「水雲の郷」に行くことを選んだように歌っているが、実際にはそうではなく、不本意な左遷であった。章惇は、これより4年前に蘇軾が都を出たのと入れ違うようにして王安石によって中央に抜擢され、改革の担い手の一人として活躍していた。熙寧7年［1074年］4月、天災の影響で王安石が宰相を辞め、韓絳が宰相、呂恵卿が副宰相という体制で改革を続けて行くようになると、章惇を初めとして多くの朝臣は野心家の呂恵卿のもとについた。先に記したように、韓絳には呂恵卿を抑える力がなく、宰相でありながら自身では何事も決定できない事態となり、密かに神宗皇帝に王安石を呼び戻すよう勧め、熙寧8年5月、王安石は宰相に復帰した。その結果、韓絳はよりいっそう何もできなくなって8月に宰相を辞め、呂恵卿は10月には副宰相を降り、呂恵卿第一の子分と見なされた章惇も朝廷から出されてしまったのだった。（2）続く第二首の訳は省略するが、湖州では俗世間から離れた楽しみを得られるであろうと、章惇を慰めている。政治的立場は異なっていても友情は続いていると蘇軾も章惇もこのころは考えていたのである。（3）同じ頃に、蘇頌［字は子容］［→作品番号04-2-022］に宛てた手紙を書いている。蘇頌は章惇とは逆に都に呼ばれたので、蘇軾は蘇頌が朝廷を刷新してくれることを期待すると書いている］
■【05-1-066】上文侍中論榷塩書
【解題】先に見たように、宰相の韓絳に提出した意見書［→作品番号05-1-018］で、塩を国家の専売とする政策を密州周辺でも厳格化しようとする動きに対して蘇軾は異議を唱えていたが、そのことを改めて論じるこの手紙を文彦博に出している。文彦博は蘇軾よりも30歳年長で、政界の大物で、かつて宰相であったときに王安石を高く評価して朝廷で用いるよう推薦したのだが、後に王安石が改革に着手すると疑義を示して朝廷から去り、このときは中央政府の要職に就いていなかった。韓絳には何か言っても埒が明かなかったので、文彦博なら皇帝の信頼を保てていて何らかの影響力を発揮してもらえるのではないかと期待したのであろう。とにかく意見表明をしないではいられないとの切実な思いに駆られてこの手紙を書いたのだった。塩の専売を押し進めようとしていたのは実は章惇で、上で見たように蘇軾と章惇は詩の贈答をし合って友情を保っていたのだが、政治的見解は大きく異なっていた。そのことがよくわかる部分を訳しておこう。
【訳文】
……先ごろ、三司使の章惇が、河北路、京東路でも榷塩［塩の専売］を実施するよう提議し、朝廷は実情を視察する役人を現地に派遣し、周革が朝廷に召されて報告した結果、提議が成案となったのでした。章惇は、「河北路も陜西路も国境防衛上の拠点となる地で、河北だけに榷塩が適用されていなかったのは祖宗［宋代初期の制度］が一時的に誤って恩を施したものでありました」と主張しました。しかし、私が見ますに、陜西の塩と、京東や河北の塩は同じではありません。（内陸にある）陜西の解池の塩池は広さが数十里しかなく、もとから官の所有であるそこを棄てて民に与えるのはよろしくなく、また官がそれを管理するのもたやすいことなのであります。……一方で、京東や河北の東北の地は海から採る塩で、それを官が管理して得ようとするなら、やはり海から塩をとる淮南や両浙の地と異なるところがありません。私が（両浙の）杭州にいたときに、塩の専売を犯して罪人になった両浙の民を見ましたが、それは一年に一万七千人にとどまるものではありませんでした。奸民は兵士によって護送され、誰もその近くには近づこうとはしないのですが、そのような者がいつでも数百人はいるような状況でありました。そうした者たちであっても、ほかに盗みなどの悪さをしたということは一切聞かれなかったのであります。
東北の人々は淮南や両浙の民よりもずっと荒々しく、普段から悪さをすることでは他の地域を超えて天下第一であるとされています。もしも塩の専売が実施されましたなら、その禍は一つや二つではとでもすまないでありましょう。このことからして、祖宗以来、河北の塩を専売にしなかったのは、まさしく適切な処置であったといえるのです。それをどうして誤って恩を施したなどといってよいのでありましょうか。塩の専売は昔から行われてきた施策ではありますが、王政の要であるとはいえません。陜西、淮南、両浙ではいまやめることはできないでしょうけれど、かえって京東や河北にも広げるのは、譬えていえば、左臂が病のために麻痺してしまい、右臂は完全に使えるのに、酒色によってさらに右臂も駄目にしてしまおうとするようなものでありましょう。……
【補足】［（1）改革の大きな眼目の一つは国家財政の立て直しであった。だから、改革派はあの手この手で税収を増やす施策を次々に提案した。それに対して、蘇軾は地域によって条件が異なるのだから、計算通りに税収アップが実現するとは限らないし、場合によってかえって別の大きな問題を引き起こしてしまいかねないと懸念しているのである。（2）同じ頃に、やはり文彦博に宛ててもう一つの政治上の問題を議論する手紙を書いている。それは、犯罪人を捕らえた者に与える報奨金を半分に引き下げるという朝廷の方針に対する疑義を唱えるものであった。当時は十分な給与を保証された警察組織によって犯罪人の捜査や逮捕が行われていたわけではなく、口利き料や報奨金によって生活を成り立たせている下級役人がそれに当たっていた。犯罪人の逮捕は当然危険を伴うので、報奨金が半減したなら、我が身を危険にさらしてまでそれに取り組もうとする者が減って、盗賊が増えてしまうだろうと蘇軾は懸念し、日照りが続いて飢饉の恐れのあるときに、そのような方針は取り下げるべきだと強く主張したのであった。（3）また、それよりも前に、密州に赴任した直後に、「手実法」という新しい施策を実施するよう報せてきた者に対して強い疑念を呈し、使者がとまどって朝廷に帰ったということもあった。蘇軾は州知事として最大限、改革政治を是正することに努めていたのである。中央からすると、ごちゃごちゃ物を言う面倒臭い奴だと見られていて、いつか黙らせてやろうと画策する連中がいた］
■【05-1-067】酔白堂記
【解題】この年の6月24日に亡くなった韓琦［→作品番号05-1-053］は11月2日に郷里の墓所に葬られた。その後で、韓琦の息子の韓忠彦からの依頼でこの『酔白堂の記』を書いた。韓琦は晩年に改革に反対して相州に退き、この文章にある酔白堂を建て、『酔白堂の歌』を作った。『酔白堂の歌』はこの年の2月に詠まれていて、韓琦の最後の詩とされる。なお、冒頭に「魏国忠献韓公」とあるのは、韓琦が朝廷の要職に就いたときに「魏国公」に封じられ、亡くなってからは「忠献」の諡を皇帝から賜ったからである。
【訳文】
魏国忠献韓公は、私邸の池のほとりに堂を作って「酔白」と名付けた。それは白居易［白楽天］の『池上の詩』にちなむものだ。公は『酔白堂の歌』を作り、その詩は、白居易を羨んで自分は及ばないといっているかのように読むことができる。
天下の士はこの詩を聞いて不思議に感じた。公には、遠い昔に国政を補佐して後世の手本となった伊尹や周公旦にも恥じることのない立派な業績があるのに、どうして白居易を羨んだりするのだろうかと疑問を抱いたのである。
私はこれを聞いて笑っていった。
「公はただ白居易を羨むだけでない。ごく普通の人、特に聞こえることのない人間でありたいと願っていながら、そうはなれなかったのだ」
天がこの人をこの世に生んだのは、天下の重い任務に当たらせようとしたからである。天下の人々は、凍える者は衣を求め、餓える者は食を求める。何らかの不足のある者はそれを得ようと求める。民が求める物を与えようとするならば、決して十分ということにはならない。だから、民が求める物を与えようとする者は、常に憂患の内にあって、利害のからみあう道を進まなければならない。それは公の望むところであったのだろうか。
公は三代の皇帝のもとで宰相となり、天下を安定させると、水が流れるようにして官界から去り、家において老いの日々を送ろうとした。しかし、天下は皆で引き留めてそれを許そうとしなかった。まさにそのときに、公が白居易を羨んだのは、少しも怪しむことではない。
白居易がその生涯にしたことと同じことが公にもあるだろうかと探し求め、二人の成し遂げたことを比較してみるならば、どちらが厚くどちらが薄いのか、どちらが浅くどちらが深いのか、後世の評価はきっと一つに定まるに違いない。
文においては太平をもたらし、武においては乱れを定め、かくて国家を安定させて、しかもそれを自分の功績であるとはしない。賢才を求めることを急務とし、地位や俸禄などは軽く見て、しかも用いられた人には自分に恩があるとは知られずにいる。殺伐とした戦場で果敢に行動し、軍隊は安心してその指揮に従い、四方八方の外国にその風采が聞こえるところとなり、天下の安危はまさにその人の一身にかかっている。このようなところは公にはあっても白居易にはない。
身体がなお強健のときに官職から退いて隠居すること十五年、日に朋友とともに詩を賦し酒を飲み、山水園池の楽しみを尽くし、箪笥にはたくさんの絹があり、倉庫にはたくさんの穀物があり、しかも音楽をもって仕える妓女が家にいる。このようなことは白居易にはあっても公にはない。
忠言を為し、良い謀を巡らし、その効果がその時代に現れ、文采は後世にまで現れ、死生窮達において節操を守り、道徳が古の人よりも高い。このようなところは公と白居易は同じである。
公は、白居易よりも多いところがあるのを自分で多いとは思わず、白居易よりも少ないところがあるのを自分で少ないとは思わず、まさに同じであるところをもって、白居易に思いを寄せたのである。
公は酔白堂を作って、自分の生きる形を一酔の内に寓しようとした。それは、得るも喪うも同じ、禍も福も忘れ、貴も賤も一緒、賢も愚も等しいとして、万物と一体となって、造物者とともに遊ぼうとしたのである。つまり白居易と自分を比べようとしただけのことではないのである。
古の君子は己の身の処し方に厳しく、名声を得ようとする気持ちは薄かった。実質こそが大切で、名声などは浮ついたものであるとしたのだ。それで世の人は、その君子のすばらしさを称賛してやまないのである。
我々は孔子は聖人であるのを知っているが、孔子自身は、せいぜい賢大夫といわれた老彭くらいで、歴史家の左丘明と同じになれればよくて、弟子の顏淵には及ばないと考えていた。
ところが、後世の君子とされる人は、実質はそれほどでもないのに、皆に驕る心がある。自分自身で聖人だと言った臧武仲という人がいたし、自分は古の聖天子の禹と同じだと言った白圭という人がいたし、自分は昔の大将軍である藺相如のようであるとして名を相如に改めた司馬長卿という人がいたし、自分は孟子の上を行くと言った揚雄がいたし、自分は漢の高祖を補佐した張良の再来であるとした崔浩という人がいた。しかし、世の人はそれにはまるで同意しないのである。
このようなことを見れば、ごく普通の人でありたいと願った公の賢さは遠く人の及ばないところなのである。
かつて公はその子息の韓忠彦に、「酔白堂」についての文章を私に求めるようにいわれ、それを果たす前に亡くなった。すでに葬儀を終え後に、韓忠彦からそのことを告げられ、私は義として辞退することはできないと思い、泣きながらこれを書いたのである。
■【05-1-068】和張子野見寄三絶句
【解題】張先［字は子野］から3首の絶句が送られてきたのでそれに和した。張先は杭州において親しくした風流老人［→作品番号04-2-059など］。
【訳文】
其の一 旧て遊んだところを過る
前の世において私は杭州に到った――
杭州で行ったところはすべて、
かつて遊んだところだったのである。
いま想うのは、
杭州役場のしがない小役人となり、
静かな場所に小さな庵を結んで、
この現世に寄せるしばしの時を過ごすこと。
【補足】［張先の第一首は、蘇軾と楽しく過ごした場所を再訪して詠んだものであったのだろう。続く第二首は、蘇軾が壁に書いた詩を見たことを詠んでいたのだろう］
其の二 壁に題したのを見る
狂吟ものであるから、
跌宕で風雅などこれっぽっちもないし、
酔ってべたべた墨をしたたらせただけで、
形がまるでなっていない。
張先生のような詩人がとりあえず回顧するにはよかろうかと、
山寺の僧は壁土を塗りたくらずにいてくれたのであろう。
其の三 竹閣に憶わるる
柏堂の南隣は竹が雲のようにある。
そこの竹閣の主人は誰なのか。
張先生が鶴の羽根の衣を着てそこにおさまるなら、
わざわざ白居易の画像を飾っておく必要はないのだ。
【補足】［西湖に浮かぶ島である孤山に竹閣と柏堂が並び立っていることは作品番号04-2-060で見ている。竹閣は白居易に所縁があり、かつて蘇軾は張先は妙なところで白居易と似ているとからかっていた［→作品番号04-2-001］］
■【05-1-069】送趙寺丞寄陳海州
【解題】諸城県の知事の趙昶［字は晦之］［→作品番号05-1-030］が官職を失って郷里の蜀に帰ることになり、その送別の詩。趙昶が途中で海州に寄るというので、この詩は海州の陳知事［→作品番号05-1-006］にも寄せた。
【訳文】
貴君が海州に至ったならば、
陳知事はさっそく景疏楼の上に峨眉［眉の美しい女性］を集めて、
この詩を歌わせるであろう。
昔むかしの陳遵がしたように、
陳知事が貴君の車を井戸に投げ捨てて、
あくまでも引き留めて飲もうとしたならば、
貴君は思い出してほしい、
雪の降る中で君を見送りつつ、
故郷の峨眉山［蜀の名山］を想う詩を歌ったことを。
■【05-1-070】減字木蘭花
【解題】同じく諸城県知事の趙昶を見送る詞。
【訳文】
賢哉令尹、［『論語』にある言葉通りです――賢なるかな、この知事は］
三仕之無喜慍。［官職に三度就いて、喜怒哀楽を見せなかった――］
我独何人、［では、私は何者なのでしょう］
猶把虚名玷縉紳。［虚しい名をもっていまも官界を辱めているのです］
不如帰去、［よりよいのは帰り去ること］
二頃良田無覓処。［でも、求めることができないのです、わずかな田も］
帰去来兮、［陶淵明の言葉――帰りなん、いざ――を］
待有良田是幾時。［良い田が得られるのを待っていたら、いつ唱えられるのでしょうか］
【解題】［（1）趙昶が失官した理由は不明だが、この詞では陶淵明のように自ら帰郷することを決めたとして詠んでいる。（2）冒頭にある「賢哉令尹、三仕之無喜慍」［賢なる哉 令尹、三たび仕えて之に喜慍無し］は、楚の令尹［知事］であった子文を孔子が褒めた『論語』の文章を10文字に要約したもの。後半の「帰去来兮」は陶淵明の『帰去来の辞』にあるのをそのまま用いたもの。蘇軾は古典の言葉を自分の作品の中に効果的に取り込むのを得意としたが、これはその典型例］
■【05-1-071】和蒋夔寄茶
【解題】蒋夔という人が茶とともに詩を寄せたのに和した。蒋夔は弟の蘇轍とも交流があり、学者肌の人であったようだ。茶について詠んだ詩は、これまでにもいくつか見ているが、特有の語句が用いられてなかなかに難解である。この詩も一応の文脈がたどれる程度の大まかな訳である。
【訳文】
私の生き方は、百事すべて縁に随うというもの。
四方の水域だろうが陸域だろうがどこでも結構である。
ちっぽけな舟に身を任せて、長江を渡って呉越地方に行ってみたら、
三年の間というものは、
飲むものも食べるものも新鮮で旨いものばかりだった。
金のような齏、玉のような膾、雪のようなご飯、
水中から出たばかりの海の蟹やら川の貝柱、
それらを風に吹かれつつたらふく食べ、
そのままごろんと眠り、
目を覚ましたならば、
「花の乳」ともいうべき茶に軽やかに泡が浮かんでいるのを飲んだのだった。
その後、私は舟を捨てて東の野を行き、
桑や麻の畑を巡る川に到ったところ［密州に来たことをいう］、
毛を刈り取った羊が馬ほどの大きさであるのに驚かされ、
鹿角という魚の生臭さがそこらに渦巻くのに驚かされた。
厨では粟を蒸し、肉の上にてんこ盛りにし、大きな柄杓で酸醤をぶっかけ、
そのすっぱそうな匂いにもいつしか涎が垂れるようになった。
そしてこの地での茶はどうかというと、
「柘羅」「銅碾」といったかねからあるお流儀は棄てられて、
「脂麻」「白土」「盆研」といったものが用いられているので、
私は目をむいてびっくりしてしまい、
人々からは、逆に、
「昔ながらのご趣味ですな」
と、私はいわれてしまったのだった。
「沙溪茶」と「北苑茶」の区別を、
ほんのひと滴で見分けてやろうと先を争ったりもしている。
貴君は、千里の彼方より、二首の清らかな詩とともに、
一万銭の価値のある紫の茶、金の茶を百餅も送ってくださった。
貴君の詩を吟じても、茶を烹かしても、とにかくどちらもすばらしい。
その茶を「私も欲しい」と、人がいってくる煩わしさをいまから恐れている。
ところが、妻や子供らはせっかくの茶を大切にすることを知らなくて、
我が郷里に昔からある作法によって、薑と塩を入れて煎出してしまい、
すでにもう半分も残っていない。
それはそれとして、
人生においては、出会うものすべてをよしとすべきなのだろう。
北も南もそれぞれに嗜好があり、
いずれが賢でいずれが愚ということはないであろうし、
どちらが甘くてどちらが苦いか、美しいか醜いかを争うことはしないでよいだろうし、
死生も禍福もどちらかだけ一方を選ばずにいてよいのだろう。
貴君の詩によって、
厳しい境遇に置かれても貴君は自棄することがないのを知った。
この詩は謝礼を申し上げるとともに、いささか自分の思いを述べた次第である。
■【05-1-072】光禄庵二首
【解題】陳師道［字は履常あるいは無己］から送られてきた光禄庵の詩に和した。このころまでに蘇軾の名はすでに天下に鳴り響き、憧れて弟子となるのを希望する若者が大勢いた。蘇軾よりも17年若い陳師道もその一人で、蘇軾に詩文を送って、指導を仰いだのである。蘇軾の詩は、陳師道のもとの詩を踏まえて詠まれているのだろう、この詩だけでを見たのでは十分に意味を汲み取れないところがあるので、第二首だけを訳す。
【訳文】
其の二
町にいる知事はどのような人なのかといったら、
山林に隠れ住む賢者とはまるで違っている。
では、庵の中の光禄先生はと覗いて見ると、
雪に付いた履の跡、
あるいは鏡の中の影、
真の姿は掴めないのである。
■【05-1-073】答陳履常
【解題】上の詩とともに陳師道に送った手紙。
【訳文】
遠くから詩を送ってくださり、拝見してすがすがしい気分になりました。詩を読ませせいただく栄を得たのは何の幸いによるのでありましょうか。この詩を作った人の品格、品行が高く、政治について深く考えておられることがよくわかりました。そこで『光禄庵二絶』に和して、貴君を欽羨する懐いを寄せる次第です。ひとたび笑って投げ捨てていただければ結構です。……密州のあたりは連年の干害と蝗害で、北の地は紛然として疲弊しております。早く解放されたいものと、遠く天の川の彼方の仙界を仰ぎ見たりしております。……
■【05-1-074】趙成伯家有麗人。僕忝郷人、不肯開樽、徒吟春雪美句、次韻一笑
【解題】冬の始めに新たな副知事として趙庾［字は成伯］が赴任してきた。趙庾はなかなか気さくな人であったのだろう、「私のところにいる麗人［妓女であろう］は君と同じ蜀の人であるから、会ってみるかい」とかいって、蘇軾を家に招いた。さすがにその女性と盃を交わすわけにはいかないでの、春の雪を詩に詠んで座興とした。
【訳文】
刺繍を施した簾、朱く塗った扉、それらは開いたことがないので、
春の雪に驚いて鏡台の上に落ちた梅の花を見た者はいない。
昔、行き倒れになった人の帯に、雪を詠んだ立派な詩が記してあったとか。
やはり、暖かな部屋で酒を酌みつつ静かに詩を唱える方がよいに違いない。
老いた者どうしがうなだれて向かい合っているよりは、
美しい人のもとに帰ったらどうだろうか。
昔、卓文君は壁を隔てて司馬相如を覗き見て一目ぼれしたというが、
よもや私を見る人はいないであろう。
【補足】［戯れの詩であるので、訳文が不出来であっても大目に見ていただきたい］
■【05-1-075】成伯席上贈所出妓川人楊姐
【解題】趙庾［字は成伯］の家にいた妓女は四川［蜀］の人の楊姐で、宴席に顔を出したのでこの詩を贈った。
【訳文】
坐中に現れたのはまさしく見栄え好き人、
唇は深く閉ざされ、浅く眉が描かれている。
なるほど蜀の楊家からは佳麗な女性が生まれ出るのだ。
楊貴妃が少女のころに落ちた池は後に「浴妃池」と呼ばれるようになったが、
この人によって第二の「浴妃池」が生まれるであろう。
【補足】［趙庾のもとの妓女を同じく蜀出身の楊貴妃になぞらえた詩。さらにもう一首あるのだが、戯れの詩をあまり多く並べるのもさほど蘇軾の名誉にはならないであろうから、訳は割愛する］
【解題】この文章は蘇軾が密州を去ってから後に書いたもの。前の詩に登場した趙庾［字は成伯］とはもっと以前から交流があったことが知れるのでここに掲げる。
【訳文】
趙君［趙庾］はかつて眉州の丹稜県の知事となり、町の人はいまに至るも趙君のことを褒め称えている。私はその隣の町の人間であるから、そのことを詳しく知っている。趙君が丹稜県知事を辞めたときに、私はたまたま（父の喪に服して）眉州に帰っていたので、趙君と初めて識り合うことができた。
その後、私が都から杭州に出ることになったとき、趙君は泗州の副知事となり、同じ日に朝廷で辞令を受けた。宮殿の外の門で二人は顔を合わせ、手を取って語った。そして杭州に赴く途中、泗州で趙君と会い、先春亭で大いに飲んで大いに酔って別れた。
そして、私が密州の知事として移った後で一年もしないうちに、趙君が副知事としてやってきた。
私は、本性として言葉の慎みに欠け、親しいか疎いかの区別なく、人に向かって腹の内にあることをそのまますぐに言葉に写して残さず出してしまうところがある。喉から下っていこうとしない腐った物を必ず吐き出してしまわずにはいられないのと同じである。人によっては、私の言葉を胸に刻み、私を怨んで咎めるようになったりもする。そのために私はたくさんの人と深く付き合うことができない。
趙君と馴染になってみると、趙君は穏やかにしておおらかで、表も裏もなくいつもからりとしているので、趙君との付き合いを私ははなはだ楽しむようになった。しかも、趙君は役所の仕事に励み、お上の仕事を自分の家のことのように熱心に取り組むので、密州に副知事としてきてくれてからは、私はゆっくりできるようになった。
趙君はこういった。
「副知事の庁舎の壁には、額に掲げた文章がありません」
そして、趙君は、かつてここで勤めを為した者の姓名を集め、一文を添えるように私に託した。
ところが、私はそれを書く暇がないままに他所に移ってしまった。私が徐州に赴任してからも、趙君からの手紙にはいつもこのことが書かれていて、「貴殿に頼むのは不朽のものとしたいからだ」というのである。その訳は、昔、羊祜が襄陽の峴山に登った故事に由来する。そのときに、同行した鄒湛に向かって羊祜はこのようにいった。「宇宙があるようになって以来、この山がある。これまでに、我等と同じように、ここに登って遠くを見た者があまたあっただろう。それらの人々は全て埋もれて消えてしまい、誰がいたと聞える人はいない。悲しいではないか」。鄒湛はいった。「公のお名前はきっとこの山とともに後世に伝えられることになりましょう。私のごときの者が公のおっしゃる通りになるだけなのです」。天下の人々がいまに至るも鄒湛が峴山にいたことを知っているのは、羊祜が賢者であったからだ。それと同様のことを趙君は期待しているというのだ。
ところが、私は頑なで野卑で自分勝手で、かつ老いてしまって、後に世の人から顧みられるようなことはまずないだろう。自分自身が言うに足りない者であるのだから、その上に、趙君が名を残すようなことになろうはずがない。しかし、一言も書かないというわけにもいかない。もしもこの文章が、数百年の後に、崩れ去った壁や埋もれた井戸から見つかったりしたならば、茫然と嘆息するくらいのことをするよすがとなってくれるのかもしれない。
【補足】［（1）上の詩で見た趙庾の家にいた楊姐はもしかすると、丹稜県知事であったときに家に入れた女性であったのかもしれない。だとすると、蘇軾に会わせようとしたのも不自然ではなかったと理解できるだろう。（2）ここに触れている峴山を蘇軾は実際に登っていて、そこで詩を詠んでいる［→作品番号01-2-030］。そのときも羊祜が提示した永遠性がテーマになっている。蘇軾はここで、自分と趙庾の関係は羊祜と鄒湛のようにはならないと書いているが、実際には、蘇軾のこの文章によって趙庾の名は後世に伝わるようになった］
■【05-1-077】超然台記
【解題】蘇軾は密州の住まいの周囲に手を入れ、官舎の北側にもともとあった見晴らしのよい高い建物を改修した。弟の蘇轍がそれを「超然台」と名付け、『超然台の賦』を書いて送ってきた。それに応じて蘇軾は『超然台の記』を作った。最初に弟の作品から序文を見ておこう。
【訳文】
蘇轍：『超然台の賦』の叙
兄は余杭［杭州］副知事となって、三年間は交替がなかった。弟が済南［斉州］にいたために、兄は都より東方の州知事になることを希望した。かくて高密［密州］を得たところ、その地は大河と海の間にあって、その風俗は鄙びて朴訥で、四方からの賓客が訪れることがない。兄が密州知事に任命された歳は、大旱魃の余波を受けて、蝗の駆除に追われ、盜賊を取り締まり、そして飢えた民を救わなければならず、毎日少しの暇もなかった。ほぼ一年を経て後に少しばかり安らぎを得たので、住まいがひどく荒れていて、気持ちを放つことができないのを顧みて、城の上の廃れた台に新たな建物を作ることにした。
日々にそこから同僚と山や川を見る楽しみを私に告げて、
「この台を何と名付けたらよかろうか」
と、いった。
そこで、私はこのように答えた。
「山に住む者は山を知り、林に住む者は林を知り、原を耕す者は原を知り、沢に漁をする者は沢を知り、そしてそこに安らぎます。これは楽しむということとはまた別で、かえってこの台には全ての楽しみが具わっています。一方で、天下の士は是非を争う場において奔走し、栄辱の海において浮き沈みし、そこに力を尽くして何もかも忘れ、自ら知るところが何もありません。道に達する者は、この二者がともに物に累りあっていて、超然としていないことを哀れむのであります。老子は『栄観有りと雖も、燕処して超然たり』［道に達した者は、たとえ立派な建物に内にあっても、外界から超然として穏やかにしている］といっています。そこで、試みに『超然』と名付けてみてはどうでしょうか」
このことを賦をもって告げるものである。……［以下、賦の本文は省略］……
蘇軾：『超然台の記』
物という物には全て観るべきところがある。観るべきところがあるのなら、どの物も楽しむことができる。怪な物、奇しい物、偉な物、麗な物でなくても楽しむことができるのだ。酒をしぼった糟を食らったって、薄い水のような酒を啜ったって酔うことができるし、木の実を食べたって、野菜を食べたって、それこそ木を齧り草を噛んだって、腹をいっぱいにすることはできる。このことから類推するに、私はどこに行こうとも楽しめないということないのである。
福を求めて禍を避けようとするのは、福は喜ぶべきであって、禍は悲しむべきであるからだ。人が欲しがることには窮りがなく、しかし、物が人の欲を満足させるのには限りがある。心の中で美しいか醜いかの弁別をして目の前の物を取るか去るかの選択をするのなら、楽しむべきものは結局のところ少なくなり、悲しむべき物は結局のところ多くなってしまうだろう。これは禍を求めて福を避けるということになっているのではなかろうか。
禍を求めて福を避けるのは、人の普通の情ではないだろう。物の存在によって心が蓋われてしまっているからこのようなことになるのである。物の存在の内側で右往左往していて、物の存在の外側に出て自由に遊ぼうとしていないのだ。物にはもともとは大きいとか小さいとかの区別はない。物の存在の内側にあって物を観るのなら、全て高く大きくない物はない。物が高く大きなところから人を見下ろしてくるのなら、人は常にくらくらおろおろしていなければならない。譬えれば、狭い隙間から大きな合戦を覗き見るようなもので、勝負がどのようになっているのかなど知りようがないのである。このようなことから、美やら醜やらがやたらと生じ、憂いと楽しさがやたらと出てくるのである。大いに哀しむべきではなかろうか。
私は銭塘［杭州］から膠西［密州］の知事に移り、舟に身を任せる安楽さを捨てて、車馬に身を揺られる労苦を強いられ、彫刻が施された美しい塀に囲まれた家を出て、丸太で作られた家に住まわねばならなくなり、湖と山の景観に背を向け、桑と麻の野を歩まねばならなくなった。初めてここに来たときには、穀物の稔らない年が続いていて、たくさんあるものといったら、野に盜賊が満ち、町に裁判沙汰がやたらとあるくらいで、台所はいつもすっからかんで、杞の葉やら菊の花やらを毎日食べなければならなかった。
こういうことであるから、きっと私は楽しんでいないと人は思ったようだ。ところが、私はここにいること一年となって、見た目がふっくらとし、髮は白から黒へと日に日に戻ってきた。私はここの風俗が淳朴であるのを楽しみ、ここの人々は私の拙さにも安んじて暮らしているのである。
ここにおいて私は、果樹園や畑を整備し、家や庭をすっきりさせようと思い、安邱県や高密県の木を伐って、とりあえず壊れたところを修理する計画を立てた。そして、園の北に城壁に寄り添うようにして旧い見晴らし台があったのを、屋根を葺き直して新しくすることにした。
折々に人と連れ立ってその見晴らし台に登ってあたりを覧ると、意は放たれ、志を肆になる。南を望めば、馬耳山や常山が、出たり沈んだり、見えたり隠れたり、近くにあるようでもあり遠くにあるようでもある。そこの山にはきっと隠れ住む君子がいることだろう。東を望めば、盧山があり、秦の時代に盧敖が遁れたところである。西を望めば、穆陵関が黒くもっこりとして城郭のようで、そこには太公望や斉の桓公の武威がここにまで及んだ跡がいまも残っている。北を望めば、濰水の流れがあって、そちらを見て慨然と嘆息するのは、漢の時代に韓信が偉大な功績がありがなら、その終わりをよくしなかったことを残念に思うからである。
この台は高いけれども安定し、奥深くにあるけれど明るく、夏は涼しく冬は暖かい。雪が降る朝にも、月のよい夕べにも、私がそこにいないことはなく、客人が一緒に行かないことはない。畑の野菜を摘み、池の魚を取り、秫で酒を釀し、玄米を粥にして食べ、皆でいうのは、
「楽しいかな、この游びは」
この時、私の弟はたまたま済南にいて、このことを聞いて賦を作り、この台に「超然」と名付けてくれた。それによって私がどこに行こうとも楽しまないでいることがないのは、物の存在の外へと超然と脱け出て遊ぶからであるということを示そうとしてくれたのである。
【補足】［（1）「物にもともとは大きいとか小さいとかの区別はない」と書いているのは荘子の哲学に基づく。物の大小の区別は相対的なものでしかない、だから［実は荘子は論理を飛躍させているのだが］、物には元来大小の区別などはなく全ては等しいのだとする。（2）馬耳山は作品番号05-1-021の詩に詠まれていた。その詩の題にあった「北台」を修理したのが「超然台」なのだろう。（3）常山は作品番号05-1-037などで見たように、蘇軾が雨乞いに行った山。盧山は作品番号05-1-032にある］
■【05-1-078】書子由超然台賦後
【解題】蘇轍の書いた『超然台の賦』にこの短い文章を添え書きした。
【訳文】
弟の文章は、言葉の使い方が精密で意味が正確であることにおいて、私には及ばないところがある。しかし、全体の構成の妙や格調の高さにおいては、私は弟に及ばない。私も弟もそれぞれに及ばない点を乗り越えようと勉めたのだが、天から授かった資質によるので、足りないところからはついに脱け出ることができなかった。ところが『超然台の賦』を見ると、精確かつ高妙で、弟はふたつともほとんど会得したようである。最も貴いというべきである。
【補足】［蘇軾は弟の『超然台の賦』と自身の『超然台の記』を記して多数の友人に送った。するとかなりの反響を呼び、大勢の友人が蘇軾に詩賦を寄せてきた。それについては後にまた見るが、その中の一人に鮮于侁［→作品番号05-1-059］がいて、このころに蘇軾から手紙を書いていて、「密州にきてちょうど一年になります。諸般の状況がほぼわかるようになりましたが、凶作のために民は貧しく、力が及ばずどうにもならないことがたくさんあります。ただ、決して恥じることのないように行動していて、ただそれだけです」と記している］
■【05-1-079】晁君成詩集引
【解題】杭州に赴任している間に知り合った晁端友［字は君成］［→作品番号04-2-017］が47歳で亡くなり、その息子の晁補之［→作品番号04-3-059］から、父の詩集に序文を寄せてほしいと頼まれて、この文章を書いた。
【訳文】
賢を称揚した人からは立派な子孫が出る。漢の時代の張湯がその例だ。張湯は苛酷な人であったから、後継者がいなくてもよいようなものであったけれど、その子は名臣となった。
実質がないのに名声だけを竊み取ろうとした者からは立派な子孫は出ない。漢の時代の揚雄がその例だ。揚雄は優れた文化人であったから、後継者がいてもよいようなものであったけれど、その子孫にこれといった者は出なかった。
このことから、賢を称揚した者には立派な後継者があるけれど、賢を蔽い隠すようなことをした者には立派な後継者がないと私は知った。そして、その実質がなくて名声を竊むような者には立派な後継者がなく、その実質があっても名声を求めようとしない者には立派な後継者があると私は知った。
賢とは、それによって民が生きるもととなるものだ。賢を蔽い隠すとは、すなわち民を絶つことである。
名声とは、古も今も最も尊ぶところで、富貴よりも重いものだ。これを竊み取るとはすなわち天を欺くことである。
民を絶ち天を欺けば、その後継者がいなくて当然である。一方で、賢を称揚する者と、実質があっても名声を求めない人には立派な後継者がいる。私は常にそのように言ってきた。
私は杭州に赴任したところ、新城の晁県令、字は君成、諱は端友は、君子であった。私は三年間晁君とお付き合いし、その君子たることを知った。しかし、晁君が文章をよく書き、詩をよく詠むということは知らずにいた。晁君はそのようなことは一言も言わなかったからだ。
その後、晁君は都で亡くなり、その子の晁補之が晁県令の詩三百六十篇を私に見せてくれた。これを読んで私は驚いた。
詩というものは、その指し示すところは微妙ではあるけれど、その美悪あるいは高下は、言葉によって表現されているので、はっきりと見てとることができる。人が賢であるのか不肖であるのか、深く遠く茫昧として知り難いことでは、詩よりもずっとはなはだしい。
私が、晁君がよく詩を詠んだことを知らないままでいたならば、果たして晁君が君子であることを十分に知り尽くすことができたであろうか。晁君は科挙の進士科に合格して官員となり、行く先々で民に安寧をもたらすことを楽しみとし、民は晁君が任期を終えて去ってしまうことを恐れた。そして、晁君は自分のしていることを顕彰してほしいと、一言も求めたりしなかった。官員として仕えること二十三年、次の新たな官職を得ようとしているときに亡くなった。そのようなことから、晁君が君子であることを十分に知り尽くしていなかったのは私だけではなく、世の人々も皆そうであったのだ。
晁君の詩は清く厚く静かで深く、その人となりそのままである。しかもどの詩にも新たな情趣の発見があり、際立った語句の使い方がある。それは人が皆愛すべきものであって、晁君が秘匿しておかずにいたならば、勢いとして人が必ず知るべきものであったのだ。
その子の晁補之は、文を書いてよくしないところはなく、語彙が豊富で内容も優れ、人々の遥か上を行き、必ず世に顕れないことはないであろう。つまり、晁君父子を見れば、実質があって名声を求めることがない者には必ず立派な後継者があるということが、ますますはっきりとわかるのである。
昔、漢の時代に李郃は蜀の地方の町役人であった。皇帝は二人の使者を派遣し、平民の衣服で蜀に入らせた。二人は李郃の家に泊まった。李郃は星を見て、二人が皇帝の使者であることを知った。その後、使者の一人はその地方の太守となったけれど、李郃はやはり町役人のままだった。世間の人々は李郃のことを特に知らずにいたのである。李郃が実は博学で徳を己の内に隠していたことは、その子の李固に及んで顕れ出て、李固は漢朝の大官となった。
『詩経』に「徳の和らげる先祖の霊は、子孫の心を安らかにし、子孫に恵福を与える」とあるのは、まさにこのことを言うのであろう。
【補足】［（1）歴史上のよろしくない人物としてここでも漢代の揚雄が引かれている。揚雄は文章に優れ、学者としても一流で、高く評価されることが多いのだが、なぜか蘇軾のみならず宋代の人々の間では、上辺の言葉だけが立派で実質を伴わないということで、評判が芳しくない。（2）ここで蘇軾は「賢を称揚する者と、実質があっても名声を求めない人には立派な後継者がいる」と力説しているのは、にわかには納得し難いものがある。しかし、蘇軾は確信をもってこの説を後に再び展開する。なおここにいう「賢」は、知的に優れてかしこいだけでなく、道徳的に優れてかしこい行動をするということも意味し、かしこいという状態をいうだけでなく、かしこい行為とそれを行う主体も含めた広い意味がある。同様に、仁や義や節や孝といった語も、必ず実践を伴って初めて意味を為すものである。なお、いわゆる「ずるがしこい」は「賢」のなかには含まれない］
■【05-1-080】与王慶源
【解題】王淮奇［字は慶源］に宛てた手紙。王淮奇は郷里の人で、妻の王閏之と同族である［→作品番号03-1-009］。
【訳文】
高密［密州］の風土として、食べ物はややよろしいのですが、経費削減のために、倹約に努め、何もないくらいに寂しいありさまです。こちらに来て、飢饉の歳に遇い、人々は荒々しいため盗みや強奪のない日がないほどで、悪者を捕らえるべく督促して、数十人を捕まえたところ、ようやく静かになり、訴える者も少なくなりました。住まいや庭に少しを手入れ、そこにいて楽しめるようになりました。また、ときに高いところに登って西南を遠く望むと、その日はずっと気が沈んでしまいます。近頃は酒がやや飲めるようになり、一日に盃で十五杯に及ぶこともあります、いつかまたお供をして、かの橋を渡り、道で歌いつつ、酔い倒れたいものです。
【補足】［（1）西南を望むと気が沈むのは、故郷に長く帰っていなことを思い出すからである。（2）ここでも盗賊について触れているのが、民衆が恐れていたのは盗賊だけではなかった。盗賊を討伐する兵士のモラルが低く、民衆に迷惑をかけることでは盗賊と変わりがないということもあった。弟が書いた墓誌銘から、関連する部分を読んでおこう。なお、この問題について、蘇軾はかつて制科の試験の答案の中で議論していた［→作品番号02-1-009］］
【訳文】
蘇轍：『亡兄子瞻端明墓誌銘』
密州に盗賊が現れ、ひそかに逃れてまだ捕まえることができなかった。安撫転運司はそのことを憂い、一人の役人に猛々しい兵卒数千人を指揮させて密州に向かわせ、それを捕まえようとした。ところが兵卒たちは乱暴をほしいままに行い、勝手に民衆をあらぬ罪で捕らえたり物を奪ったりし、ついには争って人を殺すに至った。そのことでお上から罰せられることを畏れ、ついには逃亡して反乱を起こしそうになった。民がそのことを公［蘇軾］に訴えた。公はその書を見ることもなく投げ捨て、「必ずそこまで至るまい」といった。逃亡した兵卒はそのことを聞いて、少し安堵し、それから使者を出して、帰順するよう招くと、兵卒は出てきて公の命令にしたがった。公はその首謀者を死刑にした。
■【05-1-081】塩官大悲閣記
【解題】蘇軾は杭州にいたときに塩官県の安国寺を訪れていた［→作品番号04-1-065］。そこの禅僧の居則が大悲閣を建て、それを記念する文章を蘇軾に依頼したので、これを書いた。
【訳文】
「羊や豕はうまいものである」「酸っぱい、苦い、辛い、鹹い、甘いの五味を調和させる」「秫稲で酒をつくるには曲糵を用いる」。これらのことは天下のどこであっても同じである。材料が同じで、水や火の作用が同じで、寒暖や乾燥、湿潤の気候条件が同じであっても、二人の者が腕をふるったときに、出来のよしあしが等しいとは限らない。
よい出来の人はどこか違うのか。数多く実践するかしないかによるのではないだろうか。古の優れた技の持ち主は数を惜しむようなことはなかった。よくする者は数を経て妙所を得るのだが、よくしない者は数をおろそかにして概略だけを得る。要するに数が大切であって、それをよくするかしないかで、出来のよしあしが現れるのだ。人は結果だけを見て、よい方を求めて背後にあった数は見ないし、そこに至った過程を棄てて結果の妙所だけを追いかける。そして「私は酒食のよしあしを知った」というのである。よしあしを分けるのが何であるかをいい加減にし、数を経ることを捨て、大切なのはそこにはないとして、己の思いで造る。世間には数を経る過程を大切にする人は少ない。
いまの学問をする者の病も同じだ。天文・地理・音楽・律暦・宮廟・服器・冠婚・喪紀の法則、史書の『春秋』が記録したかしなかったかの意味、礼がよしとするもの、刑が禁じるもの、歴代の興廃、人の賢・不肖、これらは学ぶ者が力を尽くさなければならないものである。ところがいまの学問をする者はこのようにいう。「これらは皆学ぶに足りないものだ。書物に載せることができずに、口でのみ伝えられるものを学ぶべきである」
孔子の弟子の子夏はこういった。「まだ身についていないところを日ごとに知り、身についてできるようになったところを月ごとに忘れないようにする。このようにすれば学ぶことを好むといえるであろう」。古の学ぶ者は、まだ得ていないところとすでにできるようになったことを一つ二つときちんと数えて、日ごと月ごとに見直したのである。今の世の学ぶ者は、果たして何を得ているのか、何ができているのか。
孔子はこういった。「私はかつて昼間は食べず、夜は眠らず、ずっと考え続けた。そして、それは無益であると知った。考えるのは学ぶのには及ばないのだ」。このことから見るに、学ばずに考えるのは孔子の禁じたことであるのだが、いまの世の人はそれがよいとしている。
学問をする者だけでなく、仏の道に仕える者も同じである。斎戒して規律を守り、経典を講誦し、塔廟を崇めて飾る。これは仏教者が日夜人に教えていることである。しかし、中にはこういう者がある。斎戒して規律を守るよりも無心が大切、経典を講誦するよりも無言が大切、塔廟を崇めて飾るよりも無為が大切だと。そして、無心、無言、無為だといって、その実は飽食して楽に暮らしているのである。これは大いに仏を欺く者ではなかろうか。
杭州の塩官県の安国寺の僧の居則は九歳で出家し、十年後に重い病でほとんど死にそうになった。居則は、戒律を一生守り、千手千眼の観世音像を造り、その名を千万遍唱えると誓った。病は脱したものの力はなく、かろうじて生きること三十余年、ほんのわずかずつ積み上げていって、ついに成就するところとなった。観世音像の高さは九仞、それを容れるのは四重の大屋である。
そして私はこのことについて文章を書くように求められた。かつて私は杭州の人々にここに記したようなことを話したことがあった。しかし、納得して実践しようとした者はわずかであった。居則が勤苦して従事してなしとげるところがあり、志を篤くして節を守り、老いて衰えず、仏を欺く者と大いに異なるのを私は喜ばしく思う。よってこのことを記して、我が密州の人々に知っていただこうと思うのである。
【補足】［この文章には「数」という語が何度となく使われている。大森信徳「『書如其人（書は人なり）』蘇軾の書論に関する一考察――文章論・絵画論を視野に入れて」（2015年）にこの文章の一部が引用されていて、「『数（度）』は『法度（きまり、規範）』と同義と捉えてよいだろう」と記されている。きっとその通りで、前半はそれに従って理解することができる。しかし、後半とどのようにつながるのか、私にはよい知恵がなく、それでこの訳文では、「数」は「数多くこなす」という珍解釈によってまとめてみた］
■【05-1-082】鳧繹先生詩集叙
【解題】鳧繹先生こと顔太初の詩集の序文。鳧繹先生がどのような人であるからは本文中に記されている。
【訳文】
孔子はいった。
「昔の人々は、歴史を記録するに当たって、明らかでないところは欠文のままにした。新しい馬を得たときには、人に貸して乗り馴らしてもらった。いまはこうした慎重さが失われてしまった」
欠文や馬を貸すことは、世の中の損益に特に影響することではない。それでも孔子がこのようにいったのは、世の人が手本とすべきかつての君子や長者が年々遠い存在となって、その人たちの立ち振る舞いを若い人たちがもう見なくなると、日に日に小賢しくて口先だけへと流れてしまって留まることがないと考えていたからだ。先の二つのことは世の中の損益に特に影響しなくても、君子や長者の余沢が後世に及ぶか及ばないかが必ず世の損益につながると孔子は考えていたのだ。
私の父はかつて都に行って士大夫と交わり、帰ってくると私にこのようにいった。
「今のままでゆくと、文章は日に日に巧みになるだろうが、本当に大切なことは失われてしまうだろう。人々は遠大なことを好み、身近なことをおろそかにしている。華やかさを貴んで、実直であることを賤しんでいる。私は都でこうした兆を見たのだ」
そして、魯の人の鳧繹先生の詩文十余篇を私に示し、
「このことを覚えておけ。これから数十年の間に、天下にこのような詩文はもはや存在しなくなるであろう」
鳧繹先生の詩文はどれも実践を踏まえて作られたもので、見かけは精悍ではなはだごつごつとしていて、世の中の過ちを言い当てないことはなく、五穀がきっと飢えを癒すのと同じように明瞭で、薬が病を伐るのと同じくきっぱりとした物言いである。高く遊離したところで議論をもてあそんだり、半端な言葉で美しく見せたりするようなことは、鳧繹先生には一切ない。
それから二十余年が経ち、我が父は亡くなったけれど、そのいったことは的中した。人々が文を作るとき、現実に存在するものから超然と抜け出て、明瞭でない言葉で高邁なことを論じようと、そのようなことばかりしている。漢や唐の文章などは野暮であるとし、正しい議論を軽んじ、やたらと難癖をつけてまわっている。鳧繹先生の文を貴ぶようなことはない。
私は先の孔子の言葉と同じような意味で、このことを悲しむのである。父の遺訓を思って、私はますます先生の文を求め、先生の子の顔復からこの詩集を得たので、このことを記録して我が蔵書とする。
鳧繹先生の諱は太初、字は醇之、姓は顏氏である。孔子の弟子の顔淵の四十七世の孫であるという。
【補足】［父の蘇洵が鳧繹先生の詩文を蘇軾に示したのは、蘇洵が科挙に落第して帰郷したときだったのだろう。蘇洵は空疎な美文がもてはやされる風潮に絶望して故郷で独り研鑽に励んだ。顔太初の子の顔復は蘇軾より2歳年長で、王安石の科挙の改革に反対して都を出ていた。これより少し後に蘇軾は顔復と直接会う］
■【05-1-083】書李憲臣蔵墨
【解題】上の文章に関連する短文を見ておこう。
【訳文】
私が鳧繹先生の詩集の序文を作ると、先生の子の顔復君が遠くから李廷珪の墨を譲ってくれた。形も質も絶類で、金で竜と銘が描かれ、「李憲臣が所蔵するところの皇帝からの賜り物」とある。この墨は長い歳月が経っていても実に黒々として、李廷珪が作った真の墨であろう。
【補足】［（1）五代十国時代の南唐国の職人であった李廷珪が作った墨は、中国史上で最高のものといわれるほどの絶品であった。顔復は父の詩集の序文を書いてもらった謝礼として、秘蔵のその墨を贈ったのである。（2）銘にある李憲臣は不明］
■【05-1-084】立春日、病中邀安国、仍請率禹功同来。僕雖不能飲、当請成伯主会、某当杖策倚几於其間、観諸公酔笑、以撥滞悶也。二首
【解題】長い詩の題の大意は次の通り。「今年は十二月のうちに立春となった。体調不良でくさくさするので、文勛［字は安国］を呼んで、喬敍［字は禹功］を連れてきてほしいと頼んだ。さらに趙庾［字は成伯］も呼んで、その三人で酒宴を開かせ、自分は飲めないながらも人々が酔って談笑するのを見て楽しんだ」。文勛は公務を帯びてこのとき密州にきていた。喬敍は作品番号05-1-020からたびたび登場していて、趙庾は作品番号05-1-074で見ている。
【訳文】
其の一
ぽつんと一つの燈火が私を照らす。
夜はまだまだ長い。
花の枝を手にしても、見るのは気おくれがする。
まして、簪の代わりに花を挿すのは、この白髪では恥じらいに耐えない。
立春の日に盤に盛る御馳走も、病にある私には、野菜の粥だけでよい。
この地では、春になると、犬の肉を煮て宗廟に供え、
畦道に牛の形の土の像を競って並べて今年の豊凶を占う。
昔の人はこのようにいった――
「老人だって遊びたかったりするものだ」
というわけで、私だけが部屋の隅の方を向いていたら、
一堂の者だって歓びがないのではないかな。
其の二
寒食の前の日々を病に伏せて書斎で過ごしている。
去年の春は潔斎を続けていたので、
名花に背くことすでに一年である。
知事殿［自分のこと］は無理にでも喜ばなければ、
早春の風物もあでやかになってきた甲斐がないであろう。
青い上着の貴公子が家から千里の地をさまよい、
白髪の先生が杖に先に百銭だけをぶらさげて放浪する、
そのような知事殿と諸君等であるのだから、
皆で集まって酒宴を開かずにいてよいはずはないのだ。
【補足】［ちなみに、暦の関係で12月のうちに立春がきてしまうことの不思議を詠んだ在原元方の「年の内に春はきにけり ひととせを去年とやいはん 今年とやいはん」を巻頭に置く『古今和歌集』の撰進の勅命が下ったのは蘇軾のこの詩の170年前のことである］