■資治通鑑巻269
今月もまた『資治通鑑』から。都の宮殿にいる皇帝は、前線の将兵の労苦に思いを寄せることなく無理な命令を下して国を滅ぼしてしまうという話。
［訳文］
貞明元（915）年秋、梁軍を指揮する劉鄩は長らく莘県に駐屯していて、食糧の補給が続かなくなっていた。晋軍はしばしば梁軍の寨の下に至って戦を挑むのだが、劉鄩は出撃しなかった。晋軍は梁軍が作った補給路を攻撃し、補給路の左右を守る木の柵を千本余りの斧で断ち切った。梁軍は驚き、寨からばらばらと兵士が飛び出してきたので、晋軍はそれを捕らえて捕虜として連れ帰った。
梁の皇帝は詔書を出して劉鄩を叱責した。
「兵団をいたずらに疲れさせ、食糧を浪費し、逃亡した兵士も多い。それは速やかに戦わないからである」
劉鄩はこのように答えた。
「私は奇策をもって晋の都を攻撃し、それから一転して鎮州、定州を攻めるなら、十日のうちに黄河の北を鎮圧できると考えました。しかし、天は世の乱れにまだ飽き足らないのか、雨が何十日も続き、食糧は欠乏し、兵士は病んでおります。……私はいま退いて、莘県を保ちつつ兵士を訓練して、進軍の機会を狙っているところであります。敵を観るに、その兵数は非常に多く、騎射を得意とし、まことに強敵でありますので、軽々しく攻撃することはできません。もしも隙が生じたならば、それに乗じて攻めようとしているのであって、安逸を偸んで敵を養っているのではないのであります」
皇帝はさらに劉鄩に必ず勝てる方策を尋ねた。劉鄩は答えた。
「今の私には必勝の策はありません。ただ一人に十斛の食糧を供給してくださるなら、敵を必ず破ってみせます」
皇帝は怒り、劉鄩を責めて言った。
「そなたが米を求めるのは、敵を破るためであるのか、それとも飢えを癒すためであるのか」
皇帝は使者を派遣し、早く戦うよう督促した。
劉鄩は将軍たちを集めて言った。
「陛下は宮中の奥深くにいらして、戦場のことを御存知ない。ただ新進の若造どもと相談しているだけだ。用兵は臨機応変でなければならないのであって、あらかじめ必勝の策など定められるものではない。いま敵はなお強く、ここで戦ったならば、我が方には決して利はない。諸君はどのように思うか」
将軍たちは言った。
「勝敗をここで付けるべきです。むなしく日々を過ごしてもどうにもなりません」
劉鄩は黙ってしまい、顔をしかめて退き、親しい者に言った。
「陛下は暗愚であられ、大臣たちは諂うだけ、将軍どもは驕り、兵士は怠惰である。わしの死に場所はどこにもない」
日を置いて、将軍たちを軍門に集め、黄河の水を一碗ずつ汲んで、一人一人の前に置き、それを飲ませた。人々は何のことだかわからなかった。
劉鄩は教え諭して言った。
「一碗でも飲み干すのは容易ではない。滔滔と流れる黄河の水を、どうしたら飲み干すことができようか」
皆の顔はさっと青ざめた。
その数日後に、劉鄩は一万人余りを率いて鎮州と定州の兵士の軍営に迫った。鎮州、定州の兵は驚き騒いだ。晋軍の李存審は二千の騎兵を繰り出して橫から梁軍を攻撃し、李建及が千人の槍部隊で加勢した。劉鄩は大敗し、走って逃げた。晋軍はそれを追って寨の下に至り、千人ばかりを斬ったり捕虜にしたりした。
［解題］
先月の「自由訳」で見た戦闘から4年、かつては北中国で最大の勢力を誇っていた梁国は、晋国からの度重なる攻撃に次第に領地を失い、形勢はほぼ逆転した。両国の命運を分けた大きな要因の一つは、晋国の国王は自ら最前線に出て指揮を執ったのに対して、梁国の皇帝は宮殿の奥にいて、実情を知ることなく無理な命令を出していたことにあった。梁軍の要は、将軍の劉鄩であったが、皇帝に急かされて成算のない戦闘を仕掛けて敗北した。この後、劉鄩は晋国の王を毒殺しようとするなど、あの手この手で敵軍の前進を阻もうしたものの、敗北が続いたために、指揮権を奪われてしまった。それによって梁国の運命は尽き、間もなく滅ぼされてしまったのだった。
［原文］
劉鄩在莘久、饋運不給、晋人数抵其寨下挑戦、鄩不出。晋人乃攻絶其甬道、以千余斧斬寨木、梁人驚憂而出、因俘獲而還。帝以詔書讓鄩老師費糧、失亡多、不速戦。鄩奏称「臣比欲以奇兵搗其腹心、還取鎮、定、期以旬時再清河朔。無何天未厭乱、淫雨積旬、糧竭士病。又欲據臨清断其饋餉、而周楊五奄至、馳突如神。臣今退保莘県、享士訓兵以俟進取。観其兵数甚多、便習騎射、誠為勍敵、未易軽也。苟有隙可乘、臣豈敢偸安養寇」。帝復問鄩決勝之策、鄩曰「臣今無策、惟願人給十斛糧、賊可破矣」。帝怒、責鄩曰「将軍蓄米、欲破賊邪，欲療饑邪」。乃遣中使往督戦。鄩集諸将問曰「主上深居禁中、不知軍旅、徒与少年新進輩謀之。夫兵在臨機制変、不可預度。今敵尚強、与戦必不利、奈何」。諸將皆曰「勝負須一決、曠日何待」。鄩黙然、不悦。退謂所親曰「主暗臣諛、将驕卒惰、吾未知死所矣」。他日、復集諸将於軍門、人置河水一器於前、令飲之、衆莫之測。鄩諭之曰「一器猶難、滔滔之河，可勝尽乎」。衆失色。後数日、鄩将万餘人薄鎮、定営、鎮、定人驚擾。晋李存審以騎兵二千橫撃之、李建及以銀槍千人助之、鄩大敗、奔還。晋人逐之、及寨下、俘斬千計。
［参考書］
司馬光編著『資治通鑑』、中華書局（1956年）
公田連太郎訳註『国訳読通鑑論』（続国訳漢文大成）、国民文庫刊行会（1932年）