■資治通鑑巻267
今月も歴史書からの一節。
［訳文］
このとき、梁軍の配置は、魏州、滑州の兵が東側に構え、宋州、汴州の兵が西側に構えていた。夕方になっても梁軍はまだ食事が得られず、兵士は戦う気力が萎えてしまっていた。梁軍の指揮官の王景仁はゆっくりと兵士を退却させた。
晋軍の指揮官の周徳威がすばやく号令をかけた。
「梁兵が逃げるぞ！」
晋兵は大いに騒いで争うよう前進した。
梁軍の東側の魏州と滑州の兵が先に退いて行ったのを見て、晋軍の李嗣源は部下を率いて敵の西側の陣の前で騒がせ、
「東の陣はもう逃げてしまったぞ。おまえたちはどうしてぐずぐずしているのだ！」
梁兵は驚き、互いに恐怖に駆られ、ついに総崩れとなった。
晋軍の李存璋は、この勢いに乗じて歩兵を率いて進み、
「梁の人もわれわれも同じく人である。父や兄のために食糧を運ぶ子や弟は殺してはならない！」
と、叫んだ。
これを聞いた梁軍の兵士は、甲を脱ぎ、武器を棄て、わめきつつ我勝ちに逃げた。
晋軍と連合していた趙軍の兵士は、深州と冀州で同胞が梁兵によって虐殺されたのを恨んでいたので、棄てられた武器や食糧には目もくれず、ひたすら白刃を振るって追撃し、そのために梁軍の主力の兵士はほとんど尽きるまでに殺され、野河から柏郷まで大地は倒れた死骸によって覆われてしまった。……
（大虐殺の張本人であった）梁軍の杜廷隠は、梁軍が敗れたと聞くと、占領していた深州と冀州を棄てて逃げ、二州の成年を奴隷として連れ去り、老弱の者は生き埋めにした。こうして町には壊れた垣しか残らなかった。
［解題］
これは、唐朝が亡んで数年後の911年、各地で戦乱が続くなかでの一つの戦闘の場面。当時、梁が最も強大で、弱小の趙はやむをえず梁の配下に従っていた。梁は、北から趙に圧力をかけている燕から守ってやるとの名目で、趙の領地内の深州と冀州に軍を送り込み、そこを拠点に趙を完全に占領してしまおうとした。これまでも梁の横暴にさんざん苦しめられていた趙は、もはや耐えられないと、晋に救援を求めた。すると、深州と冀州に駐留していた梁軍の指揮官の杜廷隠は、二州を守る趙軍の兵士を騙し討ちにしてすべて殺してしまった。こうして、晋軍の救援部隊とともに、趙軍は梁軍との決戦に臨んだ。それが上に訳した戦闘までの経緯である。晋軍は、勝利をおさめれば十分なので、敵が総崩れになったのを見て、無駄に殺害するのを戒め、敵を逃がしてやろうとした。しかし、虐殺された恨みのある趙軍は、武器を棄てて逃げ惑う梁兵を追って切りまくったのだった。それに対して、梁軍側はさらに残虐な行為で報復したのである。
［原文］
時魏、滑之兵陳於東、宋、汴之兵陳於西。至晡、梁軍未食，士無闘志、景仁等引兵稍卻、周徳威疾呼曰、「梁兵走矣」。晋兵大譟争進、魏、滑兵先退、李嗣源帥衆譟於西陳之前曰、「東陳已走、爾何久留」。梁兵互相驚怖、遂大潰。李存璋引步兵乘之、呼曰、「梁人亦吾人也、父兄子弟餉軍者勿殺」。於是戦士悉解甲投兵而棄之、囂聲動天地。趙人以深、冀之憾、不顧剽掠、但奮白刃追之、梁之竜驤、神捷精兵殆尽、自野河至柏鄉、殭屍蔽地。……杜廷隠等聞梁兵敗、棄深、冀而去、悉駆二州丁壮大奴婢、老弱者坑之、城中存者壊垣而已。
［参考書］
司馬光編著『資治通鑑』、中華書局（1956年）
公田連太郎訳註『国訳読通鑑論』（続国訳漢文大成）、国民文庫刊行会（1932年）